《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》017 検閲者

食事會の翌日、モンスターから取れる素材の採取依頼をけていたフラムは、その完了報告を終えギルドを出た。

最初のアンズー討伐が効いたのか、冒険者ランクはいつの間にかDランクに上がり、収も増えてきた。

2人を養おうとするとそれなりに稼がなければならないので、まだまだ油斷は出來ないが――

「と言うか、エターナさん働かないのかな……」

ずっと自室に引きこもって何かをしているようだが、何をしているのかはわからない。

しかし暇な時はフラムに薬草や魔法について教えてくれるので、『働かないんですか?』とは聞きづらく。

今のところ生活費は足りているので、しばらくは様子を見ようと思っていた。

空はすっかり暗くなっている。

別にギルドで一悶著あったから遅くなったわけではない。

単純に、任務が厄介だっただけだ。

大して強くないモンスターだから余裕だと思っていたのだが、まさか、ああも小さく、逃げ足が早い小型のモンスターだとは。

最終的には無事倒して皮を手にれることが出來たものの、疲労の度合いはいつもの倍以上である。

これで付のイーラや、紹介所のデイン一派に絡まれていたなら、今頃ぶっ倒れていてもおかしくないほどだ。

しかし幸いなことに、今日は、なぜか全員やけに元気が無かった。

リーダーであるデインも、何やら重苦しい様子で仲間たちと會議をしていたようである。

単純に絡まれないでよかったと安心する。

だが同時に、彼らにダメージを與える手段が中々見つからないことに、焦りも覚える。

「調子が悪そうな間に潰せたらいいんだけどなー……」

そんな願を口にして、ブーツで小石を蹴飛ばす。

すると転がった石は、地面に倒れる大きな何かに當たって止まった。

……の子だ。

冷たい石の地面に橫たわるは、セーラと同じぐらいの年齢だろうか。

黒い髪を結ってポニーテールにしており、上下ともに土で汚れた白い服を著ている。

「……事件の予がする」

Advertisement

フラムはそうぼやく。

しかし、実は西區で人が倒れているのはそう珍しいことではない。

酔っ払った男ならそのあたりによく寢転がっているし、數年住んでいれば必ず1度は死を見ることにもなるのだとか。

ただ、で、しかも子供となると見かけることはあまり無いかもしれない。

夜になると町の治安が悪化するのは言うまでもないことで、そんな中をが歩いていたら、すぐに男たちが群がってくるのだ。

もちろん、自らのを満たすためだけに。

つまり――フラムが見かけるより前に、他の誰かに見つかるから、あまり見かけないということである。

そんな場所に、をそのまま放っておくわけにもいかない。

フラムはしゃがみこみ、肩に手を當てて彼を揺らした。

「ねえ大丈夫? こんな場所で寢たら変質者に襲われちゃうよ?」

「んう……」

ごろんと転がったの子の顔を――正確には“目”を見て、フラムはぎょっとした。

合され、閉じられていたのだ。

痕も綺麗で、化膿もしていないので、醫者の手によって施された処置だと思われる。

だとしても、相當に異様な景だったが。

「目が見えないのに、ここまで來たっての? 子供ひとりで?」

付きは悪くない、食事はちゃんと食べているようだ。

髪先もギザギザではない、ちゃんとハサミで誰かが整えている。

待の痕も無いし、臭いもしないということは風呂にもっている。

場所から走してきた、という雰囲気でも無いが――

フラムがさらにの肩を揺らすと、彼は気だるげに「だれぇ?」と聲を出した。

「通りがかりの一般人。どこかに行きたいなら、私が送ってこうか?」

はしばし黙り込むと……明るい聲で告げた。

「インク!」

「へ?」

「あたしの名前、インクって言うの。よろしくね」

「え、ええ……よろしく」

つい釣られて“よろしく”と言ってしまったが、一何をよろしくすればいいのか。

いまいち流れの摑めないフラムに、彼は続けざまにこう言った。

Advertisement

「あたし、記憶喪失なんだ。自分が誰だかよくわかんないの」

さっきインクと名乗ったばかりなのだが。

「名前は覚えてたの?」

「うん、偶然!」

都合のいい偶然もあったものだ。

フラムは呆れ気味にため息をつくと、とりあえず彼の手を引いて立ち上がらせる。

そしてに付いた砂埃を叩いて落とすと、

「じゃあね、インク」

と落ち著いた様子で手を振ってその場を去ろうとした。

しかし、彼がせっかく見つけたカモフラムを逃がすわけもなく――がしっと両手で服を摑まれ、立ち止まる。

「あたしね、寢る場所がないんだ」

「そ、そう……」

「帰る場所も覚えてないし、お金も持ってないし、ないないづくし!」

何を期待されているのかは、だいたい想像がつく。

要するにこの盲目の家出は、自分をお前の家に泊めろと言っているのだ。

しかも、記憶喪失などという丸見えの噓までついて。

こんな子を泊めれば、どう足掻いても厄介事に巻き込まれる上に、フラムに一切の利益はない。

だが、放っておけば……夜の西區にが1人、どうなるかなどわかりきっている。

そのヴィジョンを想像してしまった時點で、フラムの負けであった。

は再び「はあぁ」と大きくため息をつくと、インクの手を取った。

「とりあえず、うちに連れてってあげるから。家の場所がわかったらすぐに送ってくからね、それでいい?」

「あたし何もわかんないよ、記憶喪失だから!」

そんな明るい記憶喪失者がこの世のどこに居るというのか。

呆れたフラムは、早くも本日三回目のため息を吐き出し、手を引いて歩き始めた。

◇◇◇

家に帰るまでの道のりで、フラムはインクに様々な質問をしたが、彼は強にも何も答えなかった。

とっくにバレているのだが、記憶喪失という設定を変えるつもりは無いらしい。

1人の手には負えそうにないので、ミルキットとエターナに助力を求めるべく、歩く速度がし早くなる。

インクはそれにも問題なくついてきた。

Advertisement

力面でも問題は無し――ならばステータスはどうだろう。

本人の許可も取らずに見るのは気が引けたが、設定を撤回しないインクが悪いのだ。

--------------------

インク・リースクラフト

:水

筋力:18

魔力:43

力:28

敏捷:23

覚:49

--------------------

魔力と覚が高いが、普通の健康的なの子の數値だ。

名前もどうやら本名らしい。

と言うか、どうあがいても偽名など使いようがないのだが。

「リースクラフトねぇ……どこの家だろ」

「……スキャンでみたの?」

「見たよ」

「えっち」

思わず拳を握って腕を震わすフラムだったが、どうにか抑える。

相手は子供である、16歳のフラムは大人にならねばならない。

「ところでインクは何歳なの?」

「10歳!」

やはりセーラと同じ年齢だ。

「記憶喪失なのにそれはわかるんだ」

「あっ……えっと、が覚えてる」

用なね」

「なんかその言い方もえっちじゃない?」

「じゃないから」

本當に都合のいい記憶喪失だ。

しかし、10歳の盲目の子供が夜の西區で家出とは、無謀なことをしたものだ。

面倒ではあるが、一番最初に見つけたのが私で良かった、とフラムは心の底から思う。

それからまたしばらく歩き、2人はフラムの家に到著した。

玄関を開き「ただいまー」と言うと、キッチンの方から誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえる。

ミルキットは包帯の下に笑顔を浮かべて主を迎えたが、

「おかえりなさい、ご主人さ……ま?」

その隣に立つを見て、不思議そうな顔をした。

「あとでまとめて説明するから、とりあえず上がってもいい?」

「は、はいっ。ご飯できてますよ」

「うん、ありがと」

そう言ってフラムがぽんぽん、と頭をでると、ミルキットははにかむ。

並んで歩く2人の後ろを、インクはフラムの服を摑みながら付いていった。

味しそうな匂いがここまで來てる。嗅いでたらお腹空いてきちゃった」

タイミング良く、フラムのお腹がぐぅと鳴った。

そう大きな音ではないが、ミルキットの耳には屆いたようで、可らしい催促に頬がゆるむ。

「ふふっ、今日は初めての食材に挑戦してみたので、ご主人様の口に合うと良いんですが……あ、そう言えば、この子の分も用意した方がいいですか?」

「あー……どうするインク、ご飯も食べる?」

「もちろん!」

まったく遠慮をしない子である。

フラムは呆れたようにがっくりと肩を落とし、ミルキットは苦笑した。

そのまま3人で居間にると、夕食の完を待ちわびていたのか、エターナがフォークとナイフを手に座っている。

はフラムを見て、ミルキットを見て、最後にインクを見ると――

「フラムがを連れ込んでる」

無表にそう言った。

「違いますから! たまたま拾ったんですけど、さすがに放置しておくわけにはいかなくて」

「連れ込まれました!」

元気に手を上げて宣言するアホが一名。

「だからぁ……っ」

「あはは、元気な子ですね。私は夕食の準備が殘ってるので、ご主人様は座って待っててください」

「ああいいよ、私も手伝うから。インクはここに座ってて」

「はーい!」

手を上げて元気に返事をするインクは、手で椅子の位置を探ると、1人でそこに腰掛けた。

盲目故に助けが必要かと思っていたが、ある程度は彼だけでも行できるようだ。

フラムはキッチンに向かい、ミルキットと並んで料理の仕上げを行う。

ミルキットは一瞬だけ申し訳無さそうな表をしたが、もうそれを言葉にしたりはしない。

謝していないわけではないが、フラムが料理の手伝いをするのはいつものことだし、謝る度に『言わないでいいよ、當然のことしてるだけだから』と諌められてしまうのだ。

今、共に過ごしている主は、ミルキットが過去に仕えてきた人たちとは違う。

當たり前に、卑しい奴隷である自分のために盡くしてくれる主なのだ。

甘えられるのをまれているというのなら、そうなるのが奴隷の勤めであり――単純に、ミルキット自みでもある。

隣に居るフラムと目が合う。

特に意味は無いが、彼が微笑むと、ミルキットも微笑み返した。

それだけで幸せなのだから、例え失うのが怖くなってしまったとしても、もっとこの関係を深めていければ、と思った。

「お先にお風呂いただいたっすー」

フラムが料理をテーブルに運び始めた頃、タオルで頭をわしゃわしゃと拭きながらセーラがってくる。

「セーラちゃんも來てたんだ」

3人分を用意したにしてはやけに多いと思っていたのだが、まさか昨日の今日でまた食べに來ているとは。

「あ、ごめんなさいご主人様。セーラさんが來てるの、言うのを忘れてました」

「おねーさんこんばんはっす、ミルキットおねーさんの料理が味しくて、ついまた來てしまったっす!」

「教會の方は良いの?」

「友達の家にご飯を食べに行くって言ったら、笑って送り出してくれるっすよ?」

フラムが思うより、意外と戒律はゆるいらしい。

まあ、西區の治安が悪いと言っても修道を襲うアホはそうそう居ないし、セーラなら返り討ちにできるだろうという判斷の上で、なんだろう。

「ところでそっちの子は誰っすか?」

「あたしはインクだよ!」

「インクちゃんっすか、よろしくっす」

「よろしくっすー!」

ノリの良いインクは両手をパタパタさせながらそう言った。

年齢が近いからか波長が合うらしく、2人はやけに盛り上がりながら「いぇーい!」とハイタッチをしていた。

そうこうしている間にも、テーブルの上に料理が並んでいく。

エターナは空腹の限界が近づいているのか、走った目で、キャンディボアのシチューを睨みつけていた。

「そういや、キャンディボアってCランクモンスターだよね。高かったんじゃない?」

「それが半額だったんです、期限が近いからって。それでも安くはなかったですけど……贅沢、しすぎでしょうか」

「いや、いいんじゃない? 半額ならゴートとかバッファローよりは安いだろうし、それにキャンディボア味しいしね。私もお腹空いてきちゃった」

フラムは大皿に載せられた野菜サラダを食卓の中央に置き、自分の席に座った。

キャンディボアは、大きなを持ったCランクのイノシシ型のモンスターだ。

見た目通り筋力が高く、加えて巨の割に敏捷も高いため、討伐難度はなかなか高い。

弱點は直線的なきしかできないことだが、それを広範囲の地屬魔法でフォローしている。

“キャンディ”という名前は、砂糖の原料であるシュガーケインの畑を荒らすことから付けられた名前だ。

シュガーケインに限らず、キャンディボアは特に甘いものを好としているらしく、木に突進して蜂の巣を落とし、そのを舐めている姿も目撃されたことがあるらしい。

その影響か、も脂も甘味が強く非常に味で、ボア種のモンスターとしては高級な方である。

じっくりと煮込まれ、茶いドミソースの中に沈むそのサイコロ狀のは、れずとも繊維がほどけるほどらかく煮込まれており、見ているだけで涎をすすってしまうエターナの気持ちがよくわかる。

ソース自は、商店から出來合いのものを買ってきたようだが、ミルキット曰く隠し味もっているとのこと。

れる隠し味なら、間違いなく一段階上の味に昇華しているはずだ、こちらにも期待ができる。

一緒に煮込まれた芋も、味がしみてホクホクで味しそうだ。

用意されたバゲットとの相も、言うまでもなく抜群だろう。

全員が席についたのを確認すると、全員が「いただきます」と聲を揃え、し遅れてインクも続く。

こうして、今晩の夕食が始まった。

エターナはいの一番にスプーンで一口大のをすくい上げ、たっぷりとシチューソースを絡めて口にれる。

舌で軽く圧迫するだけで繊維がほろりとばらけ、甘みのあるの味と、かなデミソースの香りがいっぱいに広がっていく。

歯で脂の部分を噛むと、じゅわりとにじみ出たがさらに甘みを高めていく。

は「んふー」と満足げに微笑むと、今度はバゲットをちぎってシチューに付けた。

さらにその上にを乗せ、ちょっぴり品がなく、口を大きく開いてそれを頬張る。

ソースの染み込んだパンを、歯で潰す度にじゅわ、じゅわ、とソースが溢れてくる。

それがバゲット自の香ばしさや微かな塩味と混ざりあって、単で食べたのとはまた違う味わいをじた。

ミルキットは、みなが味しく食べる様を見て幸せそうに頬を綻ばせる。

自分で食べるのより、他の人が自分の作った料理を食べているのを見たほうが幸せ。

そんなタイプらしい。

フラムは、その満足げなミルキットを見て、自が幸せになっていく。

ふと、2人の目が合った。

「おいしいですか?」

「うん、最高。良いお嫁さんになるよ、ミルキットは」

「お嫁さんなんかより、私はご主人様たちに食べてもらった方が嬉しいです」

そんな言葉をわして、フラムはまたスプーンにシチューをすくい上げた。

インクもミルキットの手料理には満足しているようで、「うちより味しいご飯って存在したんだ……」と何やら1人で驚いている様子。

だから記憶喪失設定はどこに行ったんだ、とフラムは心の中で三度突っ込んだ。

◇◇◇

食事を終え、テーブルの上が片付くと、次は尋問タイムである。

さすがにこのまま記憶喪失でゴリ押しさせるわけにはいかない。

まずは最初に、簡単な自己紹介から始める。

「インク・リースクラフト、10歳だよ。記憶喪失やってます!」

「職業みたいに言われても……」

呆れ顔のフラム。

すると、インクの視線が彼に向いた。

どうやら次はフラムが自己紹介する番だ、と主張しているらしい。

「フラム・アプリコット、16歳……って、そういやまだインクにも自己紹介してなかったんだっけ」

「してなかったよ」

から話を聞き出すにしても、お互いの素ぐらいは明かしておくべきだろう。

フラムは素直に頭を下げた。

「それはごめんね、完全に忘れてた。職業は一応、冒険者ってことになってる」

インクは首を何度も縦に振りながら、「ふむふむ」と相づちを打ってフラムの言葉を聞いていた。

続いて、ミルキット、セーラ、そしてエターナと順番に進めていく。

「エターナ・リンバウって、あの英雄の?」

とまあ、さすがにエターナの自己紹介には驚いた様子で。

そして驚かれた彼は、を張って何やら自慢げにしている。

「ってことは、フラム・アプリコットもそういうこと? 同姓同名の別人だと思ってたけど……」

「一応そういうこと」

「大に拾われちゃった……これは予定外、いやラッキーだったのかな。経済力はありそう」

金目當てをほのめかす彼に疑いの眼差しを向けるフラム。

その言葉の真意も含めて、彼の正を明かさねばならない。

ただの家出ならそれでいい、明日にでも家に帰せば済む話なのだから。

「さあ、じゃあこっからはキリキリと本當の事を吐いてもらうから」

「記憶喪失だから答えられないよ?」

「それで逃げられると思ったら大間違いだから。さすがに、いつまでも素の知れない子供を預かっておくわけにはいかないんだから」

「ど、どうして記憶喪失が噓だって言い切れるの?」

本気で揺している。

所詮は子供ということか。

「むしろどうしてバレないと思ってたか気になるんだけど」

ボロを出しすぎだ。

子供らしいと言えばらしいが、それだけに危うい。

今回の家出が思い付きで行われたものだとすれば、今頃親さんが必死で探している頃だろう。

下手すれば、衛兵や教會騎士まで員されているかもしれない。

拐犯扱いされる前に、早く帰る場所を聞き出したいものだ。

「確かに、記憶喪失っていうのは噓だけど……実はどこから來たのか、あたしにもわかんないの」

「いやいや、そんなわけないじゃない」

「本當に。無我夢中で走ってきたから、全然わかんなくって」

「家じゃ、ないの?」

「どこかの施設だと思う」

「だったらその施設名を――」

「それは、聞いたこと無い」

そんな馬鹿な、と言いたい所だったが、インクにふざけている様子はない。

本當に、自分が王都のどこで生きてきたのかすら知らなかったらしい。

そんなことがありうるのだろうか。

よほど過保護が行き過ぎた保護者の元で育ったのか――

「でもね、そこには他にも子供たちが居たよ。フウィスに、ルーク、あとネクトに、ミュートも!」

そこには、おそらく同年代と思われる子供たちが、なくとも4人居る。

となると、場所は自ずと限られてくる。

「もしかして、西區の孤児院っすか?」

「わかんない。でも、とにかく子供が居たの」

10歳の子供が歩き回れる範囲で、子供が沢山暮らしている場所。

そう限られると、やはり孤児院しかないだろう。

「保護者の名前とか覚えてない?」

「マザーのこと?」

「それは、名前じゃないよね」

「でもマザーのことは、みんなマザーとしか呼ばないから」

孤児院で子供の面倒を見ている修道が、マザーと呼ばれている可能は十分にある。

……だとしても、本名を知らないなんてことがあるのだろうか。

あるいは、本當に名前がマザーなのかもしれない。

「孤児院ならおらの知り合いも居るっすから、明日にでも西區の教會に問い合わせてみるっすよ。子供の名簿でも見たら一発っすからね」

「巻き込んだみたいで申し訳ないけど、お願い」

フラムはセーラに頭を下げる。

教會には知り合いも居ない上に、できればセーラ以外の関係者とはお近づきにはなりたくない。

つい先日、そいつらが作り出した化に殺されかけたばかりなのだから。

さらにその後も、念のためにいくつか話を聞いてみたが、手がかりらしい手がかりは得られなかった。

逃げる時に階段を登ってきたとか、料理が味しかったとか、マザーは優しかったとか。

もっとも、インクが全て包み隠さずに話したかと言われれば微妙な所だが。

まあそれも、彼が孤児院の子供だとわかれば全て解決する話である。

今は、明日以降のセーラからの連絡を待つしか無かった。

◇◇◇

セーラを中央區の教會まで送るため、フラムは彼とともに家を出ようとしていた。

そこに居間の方から、靜かにエターナが歩いて近づいてくる。

そう言えば、先ほどの尋問中に彼はほとんど口を開かなかった。

ミルキットもそうだったが、彼が最低限しか會話に參加しないのは今に始まったことではない。

つまり様子がおかしいのは、エターナだけだったのだ。

目の前で立ち止まった彼は、シリアスな表で、インクに聞こえないよう小さな聲で言った。

「あの子、まだ沢山隠してることがある」

「だと思います。どうしてその施設から逃げてきたのかとか、何も聞けてませんし」

「それもあるけど……し、私と似たような匂いがする」

「エターナさんと?」

フラムはエターナのに顔を近づけて匂いを嗅いだが、「そうじゃない」と鋭いチョップが脳天に降り注いだ。

「いったぁ……じゃあ匂いって何なんです?」

フラムが頭をりながら尋ねると、彼は遠い目をしながら語った。

「普通じゃないというか、不自然というか。そういう空気の話」

「私は別に、エターナさんが不自然とは思いませんよ?」

「フラムは鈍だから気づかない」

「酷い言われよう……」

「おらは、わかる気がするっす。浮いてるというか、他の普通の子供とは纏ってる雰囲気が違うっすよね」

あまりに象的すぎて、フラムの頭の上には“?”マークが浮かびっぱなしだ。

しかし、エターナもその覚をうまく言葉で言い表せず、もどかしい思いをしていた。

「とにかく、早く帰る場所を見つけてあげて、送り屆けた方がいい。深りしないうちに」

「明日には結果を報告しに來るっすから、それでこの件は終わりになると思うっすよ」

どうせ孤児院の子供だろう、誰もがそう高をくくっていた。

もしそれ以外の施設の子だったとしても、王都に孤児院はそう多くない。

セーラが明日のうちに調べ上げて、インクがどこの子かを明らかにしてくれるはずである。

◇◇◇

翌朝、セーラは早速、他の修道に見送られて中央區の教會を発った。

向かう先は西區の教會。

用事が無い限り行く場所ではないので、知り合いはあまり多くないのだが、そこに勤めている教會騎士は、以前中央區に居たことがあったので、面識があった。

リーチのカバンが盜まれた時、デインの部下を捕らえた2人である。

教會付近の詰め所で待機していた彼らは、近づいてきたセーラを見るなり立ち上がり、「よう、よく來たな」と気さくに聲をかけた。

そしてそのうちの1人は彼に歩み寄ると、自分たちよりも遙かに小さなセーラを弄ぶように、頭をでまくる。

「ちょ、やめるっすよエド! 髪がぐちゃぐちゃになるっすからー!」

「お、髪のこと気にするようになったのか、マセてきたなお前も」

エドと呼ばれた男は、それでも頭に置いた手をかしつづける。

その顔には、実にいじわるな笑みが浮かんでいた。

「やめてやりなよ、昔っからそれ嫌がってただろ」

「いやぁ、仕方ないことなんだよジョニー。どうもこいつ見てるとりたくなるんだよなぁ、俺。犬をでたくなる飼い主の気持ちみたいな? わかるだろ?」

「同意を求められても困る」

ジョニーは、苦笑する。

その間も、セーラは頭をかき混ぜられており――

「おらは犬じゃないっすー!」

――彼が本気で振り払うと、男は笑いながら「すまんすまん」と言って手を離した。

れた髪を手櫛で整えると、彼は彼を睨みつけながら、怒鳴りたい気持ちをぐっと抑えて、インクのことを尋ねる。

「実は昨日、知り合いがの子を保護したんすけど、孤児院からの子が居なくなったとか騒ぎになってないっすか?」

「いや、別になってないぞ」

「ああ、昨日とか平和そのもので、暇すぎて退屈してたぐらいだ」

詰め所の機を覗き込むと、カードらしきものが散らばっている。

どうやら本當に暇で、エドとジョニーは2人で賭けでもしていたらしい。

「インク・リースクラフト、10歳の子なんすけど、本當に心當たりはないっすか?」

「いや、ねえけど。あと別の孤児院から子供の捜索依頼が出てるなんて話も聞いてないがな」

エドが言い切る。

真面目に仕事をするジョニーも同意したということは、事実なのだろう。

「じゃあ、フウィス、ルーク、ネクト、ミュート……どれか名前を聞いたことはないっすか?」

「さすがに全員は覚えてねえからなぁ」

「僕が名簿でも持ってこようか?」

「お願いするっす!」

ジョニーが駆け足で孤児院に向かった。

エドとセーラが半ば喧嘩のようにじゃれあっている間に彼は戻ってきて、け取ってきた名簿を手渡す。

「えっと……インク、インク……」

まずは彼の名前を探すが、そこには載っていない。

続いて、フウィス、ルーク、ネクト、ミュートという文字がどこかに紛れていないか、指でなぞりながら1つ1つ確認するも、やはり見つからない。

「ここの子じゃなかった、ってことっすか……だとすると、あとは――」

「存在しないはずの子供って、なんかあれみたいだな」

エドがにやりと笑って、ジョニーに対して言った。

話題を振られたジョニーは「はっ」と鼻で笑う。

「ああ、あれな。夜な夜な孤児院に不気味な音が響いて、居るはずのない子供が出てくる、って言う」

「なんすかそれ」

「騎士の間で一時期流行った噂話だよ。今じゃすっかり廃れてるけどね」

「でもジョニーは知らないだろ。あの話、本當はもっと詳しい続きがあってだな」

エドはこの手のゴシップが好きなのか、饒舌に語り始めた。

「実は、西區の教會の地下にはの施設があって、そこでは孤児院の子供を使った実験が行われてるらしい……!」

「いや無理だってそれ。今ですら、子供が1人居なくなるだけで大騒ぎなんだからな。それに、噂が本當だったら教會が完全に悪者じゃないか。上に怒られるぞ」

「夢がねえなあ、ジョニーは。セーラはどうだ? 興味あるだろ?」

「……確かに、興味はあるっすね」

ただし、単なるオカルト話に対する興味とは別のものだが。

エドが話している噂話、それはただの噂では無いかもしれない。

火のない所に煙は立たない。

研究所の存在を知る何者かが、うっかりらしてしまった話が、噂として騎士の間に広まってしまった――そう考えられないだろうか。

「それは人間を神の領域に引き上げるための実験らしい」

「神って、オリジンっすか?」

「いや、そこまで詳しい設定があるかは知らんが、とにかく神らしいぞ。で、神の力をの中に埋め込むらしい」

それはまさに、セーラが窟の研究所で見た、あの化そのものではないだろうか。

張から、口に溜まった生唾をごくりと飲み込む。

「するとその子供たちは、神の業としか思えない不思議な力を扱えるようになるんだとか。しかも、神と自由に信する力も持ってるらしくてな。聖顔負けだよなあ、そんなのが居たら」

マリアもお告げを聞くことは出來たが、いつも聞こえるわけではないらしい。

それでも聖として崇められるほどの立場なのだ、常に神と話すことのできる子供が居れば、生き神扱いされるに違いない。

エドはセーラの真剣な表を見て、“こいつ、すっかり信じきってやがるな”と調子に乗っている。

「計畫名はずばり!」

そんな彼は彼の前にビシッと人差し指を立てると、決め臺詞のように言った。

「螺旋の――」

だがその言葉は、途中でぴたりと止まった。

「こ……お……ぁ?」

そして、口を半開きにしたまま、意味のない聲を垂れ流す。

「エド?」

急に様子がおかしくなってしまったエドに、ジョニーが心配して近寄る。

そして肩に手を置くと、彼の頭がびくんと跳ねた。

「あ……あー……螺旋、の子……?」

「だい、いち、せだ……がっ……」

「おいエド、どうし……た――なっ!?」

その時、ジョニーの目に映ったのは――彼の首の後ろから生えてきた、もうひとつの頭だった。

まるで木の枝のように分岐して、口をぱくぱくとかしている。

「エド、エドッ! 何がどうなって……ん、だ?」

ジョニーは自分の右太ももに違和を覚え、視線を向ける。

すると、白と黒と赤の球が、ずぶりとそこに沈んでいるではないか。

「うわああぁぁぁっ! 來るなっ、って來るなっ!」

必死に抉り出そうと手をばすも、すでに手遅れである。

眼球が完全に沈むと、そこから――新たな足が、ずるりと生えてきた。

額に冷や汗をにじませたジョニーは、ふと気配をじ、詰め所の屋を見上げた。

そこから、大量の眼球が、こちらを見下ろしていた。

死を――いや、それよりももっと恐ろしい狀況を想像する。

の気が引き、頬が引きつり、全が粟立つ。

しかし逃げようにも、新たに生えてきた第三の足が邪魔をして思うように走れない。

だから彼は、剣を抜いた。

そして降り注いできた球を、空中で切り裂く。

幸い、それぞれの耐久はさほど高くないようだ。

問題は數と、れただけで攻撃が立するという即効だが――足止めぐらいなら、彼にだってできるはずだ。

「セ、セーラ、逃げろっ!」

「で、でもっ!」

「いいから逃げろ! 何かはよくわからないが、僕たちでどうにかできる相手じゃない!」

「う……うぅ……っ」

「エドだってそれをんでる、だから!」

ジョニーは、青ざめた顔のセーラに向けてんだ。

は、彼の覚悟を汲み取り、を噛んで「ごめんっす……!」と悔しそうな表で走り去っていく。

エドはとっくに人格を失い、人とは呼べないり下がっていた。

ジョニーのにも、次々と眼球がり込んでくる。

意識が遠のく。

自分が人ではない何かになっていく。

確かに怖い、しかしもう諦めは付いた、それよりも――

遠のいていくセーラの後ろ姿が、角を曲がり、消える。

それを見屆けたジョニーは、最期に「ふっ」と笑うと、瞳を閉じ、意識を手放した。

    人が読んでいる<「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください