《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》018 王都に赤い風が吹く

セーラは必死で逃げた。

こみあげるを抑えるように歯を食いしばり、手の甲で目をこすり、何度も鼻をすすりながら。

一度も通ったことの無い道を、どこを目指すでもなくひたすらに走り続けた。

親しい人間が、死んだ。

いや――死ぬよりもっと酷い姿になってしまった。

自分のせいだろうか、自分があんなことを聞いてしまったから。

きっと違う、そう思いたい。

だが、タイミングのせいで、自分のせいだという懸念が振り払えない。

それにセーラは、あの眼球を、なぜだか知っているような気がした。

フラムと共に切り抜けた研究所での危機、あの時に見た、顔に渦巻きのあるオーガと似た雰囲気をじたのだ。

だとしたら、あれが本當にあの研究の果なのだとしたら――

『西區の教會の地下にはの施設があって、そこでは孤児院の子供を使った実験が行われてるらしい』

『神の力をの中に埋め込むらしい』

“らしいらしい”と、信憑にかける報ばかりだったが、あれは事実なのかもしれない。

いや、だとしても、孤児院の名簿にインクやその他の子供の名前が無かった理由にはならないが。

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しかし彼らの犠牲を無駄にしないためにも、絶対にこのことをフラムに伝えなければ。

まずはこのまま壁沿いの道まで出る。

そうしたら、もうし広い通りがあるはずだ。

普段は絶対に近づくなと言われているほど治安の悪い地域だが、いざとなればメイスを抜けば大の狀況は切り抜けられる。

そこからひたすら西の門の方まで移し、大通りに出て、フラムの家に向かう。

は下り坂を駆け下りながら、移ルートを頭のなかで弾き出した。

ぴちゃ。

そんな時、セーラは背後で聞こえた微かな音に反応して、思わず立ち止まる。

そして振り返ると――地面を転がる、壁を這う、屋から見下ろす――無數の瞳が、彼を見つめていた。

「……2人も奪っておいて、それでも足りないっすか?」

首を振りながら、涙目の彼はそう絞り出すように言った。

目に音は聞こえない?

いや、エドの噂話をトリガーとして襲い掛かってきたのだとしたら、こいつらは聞いているはずだ。

だからきっと、セーラの悲痛な言葉にも反応せず、じりじりと距離を詰めてくるのは……“そうだ、まだ足りない”と、そう言っているに違いない。

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「っああぁぁぁぁあああああ!」

行き場のない怒りや恐怖をびに変えて吐き出し、セーラは再び走った。

眼球はどんどん増えていく。

周囲の屋から、家の中から、あるいは排水路から。

至る場所から蟲のように湧いて出て、道を埋め盡くす。

ここには人通りがない――まるで最初からそれを、知っていたかのように。

セーラはもう後ろを振り向かない。

どうせ見たってあるのは絶的な景だけだ。

だから悲鳴を上げる太ももに鞭打って、弱音を吐く肺の聲に耳をふさぎ、壊れそうな心を串刺しにして無理やり繋ぎ止めて、がむしゃらに両腕を振って前に進む。

王都の中でも特に貧しい者が住む、西區城壁沿いの通りに近づくにつれ、周囲を取り巻く空気の匂いが変わっていく。

生ゴミめいたその不快な臭いに、しかし今のセーラは安心すら覚えた。

そこになら人が居る、さすがに人目がある場所では襲ってこないはずだ、と。

そして広い通りに出た彼は、スピードを落とさず弧の軌道を描き右折する。

小奇麗な白いローブを纏った彼はここではかなり目立ったが、人々の視線など今は全く気にならない。

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念のため、通りをしばし進むと、そこで速度を緩めて一旦振り返った。

「はぁ……はぁ……あ、ぁ……そん、な……こんなのって、無いっす……」

必死に走っていたせいか、周囲の聲が聞こえていなかったのだろう。

セーラがそこで見たのは、地獄と言う他無い、凄慘な景だった。

「なんだこの気持ち悪い……? お、おい、來るなよ……來るなっ、うわあああぁぁっ!」

たまたま近くに居ただけの通行人の腕が、2本、3本と増えていく。

揺して立ち止まると、さらに大量の眼球がに殺到し、あっという間に人としての形を失っていった。

「ひいいぃぃっ! 神よ、私を守ってください……お願い、お願い、神さ……ま……おごっ、う、ぷ……げっ」

道に座り込み、オリジン教のシンボルを必死で握りしめていたは、り込まれ、が膨張する。

最初は恐怖に引きつった聲をあげていたが、次第にそれも途切れ、口の端から泡のような涎が流れる。

さらに多數の眼球が侵すると、りきれなくなったピンクの中・・があふれだした。

「いやっ、いやあぁぁぁあああっ! 來ないでっ、この子だけは、この子だけはお願いっ!」

「おかーさんっ! おかー、さ……」

「あっち行けっ、あっちいけえぇぇぇっ!」

「おかさん、たす」「たすけ……おかさっ、たす、た、たすっ」「た、たたっ、おが、ごっ、だず……っ」

「ひいぃっ!?」

母の腕に抱かれた子供は、必死の抵抗も虛しく首にり込まれ、頭部が3つに増える。

恐怖に顔を歪ませた母は思わずその子供を離してしまったが、眼球が殺到するのを見てすぐに覆いかぶさり、そして我が子と1つになるようにして異形化していった。

あまりに容赦がない。

隠そうという気もじられない。

これが教會の隠蔽工作だとしたら――あまりに暴ではないだろうか。

「ごめんなさいっす、ごめんなさいっす、ごめんなさいっす――!」

に罪はない。

だが自責の念に耐えきれず、セーラはひたすらに謝りながら走った。

犠牲者は増えたが、しかし敵の目的はあくまで報を握る人なのである。

追うのに邪魔な障害を排除しただけで、今でも彼らの視線は間違いなく、彼の方を向いていた。

セーラは再び右に曲がり、細い道にる。

背後でさらなる犠牲者のび聲が聞こえたが、自分にはどうにもできない。

あるいは、逃げるのをやめれば止めることはできるかもしれないが――10歳の彼にあれをれて人として生きるのをやめろというのはあまりに酷だ。

今はただ、爪が手のひらに食い込むほど強く拳を握りしめて、涙の滲む視界で前に進むしか無かった。

駆ける、駆ける、駆ける――

ひと気のない道を、さらに誰もいない場所を求めてさまよう。

もうどれぐらい走ったのかわからない。

とっくに力は限界を超えていたし、は悲鳴をあげていたが、“とにかく前に進まなければ”という使命だけで覚のない足をかしていた。

「はひゅっ、はひゅっ」と乾いたから息が吐き出されるたび、側が痛む。

限界を超えた先にある真の限界は、もうすぐそこにまで迫っていた。

けれどあいつら・・・・に限界なんてない。

振り切ったかと思えば、どこからともなく現れ、いつの間にかセーラを囲んでいる。

どこまで行けば逃げ切れるのか、いや――そもそも、この逃避行に終著點などあるのだろうか。

教會の地下施設、あの報を摑んだ瞬間に、こいつらに目をつけられた時點で、もう運命は決まっていたのではないか。

「はっ……かはっ…あ……あぁ……」

セーラのから、力ない聲がれる。

ああ、確かに終著點はあった。

大通りに出るわけにはいかないと、誰もいない場所を見つけて狹い道を、曲がりくねりながらさまよった。

その果てにあったのは、袋小路。

壁に手を當て、ざらりとしたじ、膝から崩れ落ちる。

それ以上、先はない。

もう走る必要も無いのかと思うと、むしろ気が楽なったぐらいだった。

「エド、ジョニー……おらもすぐ、そっちに行くっすから」

壁を背中に、地面に座り込む。

ローブが砂で汚れたが、どうせすぐ終わるのだから、気にする必要もない。

手足を投げ出し、ぼんやりとした目で道を眺めていると――眼球たちは、しずつ姿を表し始めた。

普通に転がってきたかと思えば、上から落ちてきたり、から這い出てきたり、蕓達者な奴らだ。

気づけば、地面は白い球で埋め盡くされ、真ん中の黒目が全て彼の方を向いていた。

「ごめんなさいっす、みんな……」

脳裏に走馬燈のように浮かぶのは、家族同然に暮らしてきた中央區教會の人々や、エド、ジョニー、フラムたち、そして途中で巻き込まれ犠牲になった人々の姿。

全ての人々に謝罪すると、天を仰ぎ、目を閉じる。

そんな彼の頬を、一陣の風が凪いだ――

◇◇◇

フラムはいつものように、依頼を探しにギルドへ向かっていた。

り口を抜けると、いつものように酒臭く男どもの喧騒で溢れた空間が広がっているはず――と思いきや。

紹介所はがらんとしており、珍しく靜まり返っていた。

付カウンターではイーラが不機嫌な顔で、頬杖をついている。

「なにこれ、デインたち廃業でもしたの?」

に近づいたフラムは、何気なく尋ねた。

イーラは「ふんっ」と鼻を鳴らすと、目を合わせることもなく答える。

「教會に行ってんのよ」

「教會ぃ? まさか依頼の功を神様にでも祈りに行ってるとか?」

「そのまさか。揃いも揃って禮拝に行ってる」

「……はぁ?」

ジョークのつもりだったのだが、まさか當たっているとは。

、何の風の吹き回しなのか。

フラムは改めてほぼ無人の紹介所に目を向けて、眉間にしわを寄せた。

「教會も俺たちのにしてやる! とか勢いづいてた時はかっこよかったんだけどなぁ」

「イーラは行かないわけ?」

「はっ、何で私が禮拝なんかに行かなきゃなんないのよ。神なんて信じてるわけないじゃない、私が信じてるのは金と男だ、け」

らしいと言えばらしいが、自慢げに言うことではない。

「大、想像してみなさいよ。むっさい男たちが、教會を埋め盡くして殊勝にお祈りしてる所をさ! 気持ち悪いったりゃありゃしないでしょう?」

「それは確かに、不気味で近寄りたくないかな」

珍しく2人の意見が一致する。

それほどに、不可解で異様な狀況であった。

彼らが禮拝に行くとしたら、西區の教會ということになるのだろうし、セーラが巻き込まれなければいいのだが、とフラムは心配する。

まあ、さすがに彼らも、教會の敷地で修道に手を出したりはしないだろうが。

「で、今日は何かいい依頼ある?」

「やる気が無いから今日はナシで、明日出直してきなさい」

「いやいやいや、ギルドとしてそんなの許されるわけないから」

「許すも何も、監督するマスターが居ないんだから私の勝手じゃない」

「……マスター、居ないの?」

「名前だけのマスターなら居るわ、でも実際は一度も姿を見たことが無いかなー。西區のギルドマスターなんて面倒な役目、誰もやりたくないもの。適當に高ランク冒険者に役職だけ押し付けて、あとは放置ってわけ」

どうりで、イーラやデインたちが好き勝手やれているわけだ。

おそらくギルドマスターを指名したのは中央區のギルド本部だと思われるが、その仕事ぶりも適當なものである。

それだけ、西區のギルドの扱いは低いということなのだろうが。

「だからって、仕事を貰えないのは困るんだけど?」

「最近は稼いでるんだし、一日ぐらい休んだらぁ? それか奴隷らしくでも売ってきたらどうかしら」

「そのネタ、何回聞いたと思ってんの? もう飽きたんだけど」

「あらそう? でも私は永遠に言い続けるつもりよ、あんたには冒険者なんかより、娼婦の方がお似合いだ、ってね」

「娼婦みたいに元開いた服を著てるに言われたくないかな」

「あ? あんた、この格好が娼婦みたいだって言ってんの?」

2人の言い合いはヒートアップしていく。

茶々をれる冒険者が誰も居ないので、止まることもない。

「実際そうじゃないの、デインたちに毎晩毎晩を開いてあんあん鳴いて――」

「黙って聞いてれば、好き放題言ってくれるじゃないの」

イーラはフラムを睨みつけた。

だがただの付嬢である彼の視線には迫力がない。

フラムは余裕の笑みを浮かべ、さらに挑発する。

「私のがそんなに安いとは思わないことね!」

「そうなの? 売れ殘って半額になってると思ってたけど」

「言っとくけどねぇ、私、本當に惚れた男にしか抱かせないんだから!」

「で、その相手がデインなんだ。ははっ、男を見る目が無いっていうか、趣味が悪いって言うか」

「デインじゃないわよ!」

「……あれ、そうなの?」

「そうよ! あの男には々ギルドの権限を使って融通をきかせてるだけで、別にまで捧げたつもりは無いわよ!」

意外な事実を聞かされ、フラムは急に冷靜さを取り戻した。

デインたちに毎晩好き放題されていると勝手に思い込んでいたのだが、冷靜に考えてみれば、彼に言い寄るデイン一派の男を見たことは無い。

「……な、何よ、その目は」

「いやあ、実は寂しい思いをしてるのかと思って」

「余計なお世話だっての!」

図星だったのか、イーラは微かに頬を染めながら吠えた。

「ったく、デインたちが居ないと調子が狂うわ。ほら、依頼ならあるから、こっから適當に選びなさいよ」

「あれ、いいんだ」

「叱るマスターは居なくても、解決が遅くてクレームれてくる依頼主は居るのよ」

「じゃあ最初から出せばいいのに」

「うるさいわね、黙って見てなさい」

ひょっとすると――暇だったから、時間を潰すついでに喧嘩をしたかったのだろうか。

フラムはため息をつくと、何かと面倒くさい付嬢に辟易しながら、今日中に終わりそうな依頼を探す。

リストに目を通していると、ギルドのり口が開き、息を切らした男がカウンターに近づいてきた。

「お、おいイーラ、デインたちは……? あいつらはどこに行ったんだ!?」

は目を走らせ、青ざめた顔をしている。

「教會に行ってるけど、どうかしたの?」

「……っ、あれだ、あれがまた出たんだよ!」

「あれって?」

「フィルだよ! この前、化みたいな姿になって見つかったフィル! あれと同じ死が、西區の壁沿いの通りで何も見つかったって!」

フラムは“化”という言葉に、ぴくりと反応した。

思い浮かべるのはもちろん、研究所で見たオーガだ。

人を化に変える力――教會が絡んでいる可能は十分にある。

だが、おそらくこの男はデインの一派。

できれば借りは作りたくないが、例の研究の手がかりを得るために、背に腹は代えられない。

フラムは彼の方を向くと、

「その話、詳しく聞かせてもらってもいい?」

そう聲をかけた。

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