《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》020 絶の中で足掻くために
フラムが中央區の教會に到著する頃、あたりはすでに暗くなり始めていた。
手前の角で、建の影にを隠しながらフラムは様子を伺う。
どうにも教會の雰囲気がおかしい。
門の所に騎士が待機しているのはいつもどおりだとしても、その表はやけに険しい。
敷地――本堂のり口付近では、修道たちがたむろして不安げな顔で何やら話し合っていた。
その中にセーラの姿はない。
何か事件でも起きたのだろうか。
直接聞きに行くべきか、その場で考え込んでいると、ちょうど前を20代ぐらいの、セーラと同じような白いローブを纏った修道が通りがかった。
「そこのシスターさん、聞きたいことがあるのですが」
とっさに聲をかける。
彼は足を止め、淡い桃の髪を揺らしながら、「どうかしましたか?」とニコリと微笑んだ。
フラムはその修道を手招きして、騎士から見えない場所に移すると、単刀直に問いかけた。
「セーラって子、知ってますか?」
「あなた、あの子のこと知ってるの!?」
すると彼は逆にそう聞き返し、フラムの肩を摑む。
その必死の形相からして――ああ、おそらくセーラに何かが起きたのは間違いないのだろう。
「あ……ごめんなさい。急な出來事で、混してて……」
彼の手には買い袋が握られている。
騒の最中、買い出しを頼まれて帰ってきた所だと思われる。
「やっぱり何かあったんですね」
「……その前に、あなたとセーラの関係を聞かせてもらってもいいかしら」
「私はフラムって言います、セーラとは――」
フラムが説明を終える前に、修道は話を遮って話し始めた。
「あぁ、あなたが! 話は聞いているわ、おいしいごはんをご馳走してくれる優しい人だ、って」
完全に話は伝わっているらしい。
真っ先に食事の話題が出てくるあたりが、いかにもセーラらしい。
「自己紹介がまだだったわね、私はティナよ。あの子が小さい頃から教會で一緒に暮らしてきたの」
そういえば――と、フラムもセーラから聞いた話を思い出す。
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彼から何度か教會の“家族”の話を聞いていた、ティナもそのうちの1人なのだろう。
「あなたになら、今起きてることを話しても大丈夫そうね。さっき、急に教皇からお達しが來てね……セーラを、破門するって言ってるの」
「破門!? なんで急に!」
「それが……魔族を崇拝していたからというのが理由みたいで。見つかり次第、教會裁判所に連行されるみたい」
教會裁判所とは――王國が設置した裁判所とは別の、教會の規を破った構員に対して罰則を與えるための機関だった・・・。
固刑や、時には拷問、処刑まで行われることがあるのだという。
もちろん、王國の法には完全に違反している。
だが、彼らがそういった教會の橫暴に介する様子はなく、むしろ一部地域の治安維持を教會に丸投げしている節すらあった。
つまり、現在の王國において教會裁判所への連行は、犯罪者として扱われるのとほぼ同じ意味なのである。
「もちろん魔族崇拝なんてしているはずがないわ、はっきりと言い切れる。だって私たち、あの子と一緒に暮らしてたんだもの」
そんな罪は、完全にでっち上げだ。
フラムは苛立ちから、歯を強く噛みしめる。
だが、セーラは教會にとっても才能あふれる貴重な人材だったはず。
そんな彼を切り捨ててまで隠したい何かが――インクや、西區の教會にあるということなのか。
「ねえフラムさん、セーラはどこに行って、何をしたの? どうしてこんな扱いをけなきゃならないの!?」
ティナの聲が揺れている。
の側からこみ上げる、涙腺を緩ますの波を押し殺すように。
しかしフラムも、それを聞きたかったから教會を訪れたのだ。
「私は、孤児院で調べることがあるから西區の教會に向かう、と言う話を聞いただけです。知り合いの騎士も居るので、話はすぐに聞けるはずだと言ってました」
「知り合いの騎士……エドとジョニーのことだわ。やっぱり無関係じゃなかったのね……」
「その騎士の人たちにも、何かあったんですか?」
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「今日付けで、急に辺境の村に異になったの。王都所屬の騎士が左遷されるなんて、問題を起こした時だけだわ。でもそんな話聞かないし、本人たちに聞こうにも、もう王都を出たっていうの。以前は中央區に居たから親しい方だし、異になるなら普通は挨拶ぐらいしていくはずなのに」
自分のを抱きながら、ティナは不安げに言った。
フラムも苛立ちからか、シャツの元を人差し指と親指で弄る。
明らかに――隠蔽のため、規律を無視した力が働いている。
だが、なぜセーラは破門で、騎士は異なのか。
その違いに何の意味がある。
元が修道と騎士だから? いや、破門はオリジン教徒にとって共通かつ最大の罰であるはずだ。
追い出すという目的だけなら、騎士たちも破門して、教會裁判所にかけてしまえばいい。
そうできない、異でなければならない理由があった――そう考えるのが自然だ。
「あと、もうひとつ。西區の壁沿いの通りで、修道服を纏った金髪のの姿が目撃されているらしいわ」
「それって――例の死が見つかった場所では?」
ティナは無言で頷く。
そして、きっと答えは得られない、そう理解していても――彼は最後のみを賭けるように、フラムに問いかける。
「あの事件と、セーラが破門された件は……関係が、あるの?」
確信は無い。
だが、タイミング、狀況、そして過去の教會の所業から推測して、フラムはこう答えた。
「おそらくは、教會が絡んでいると思われます」
赤い瞳を見開くティナ。
驚愕すると同時に、心のどこかでは“やっぱり”と納得していた。
「私が思うに、左遷された騎士たちは、すでに死んでいるんじゃないでしょうか。だから異扱いにして、死を隠蔽する必要があった」
「じゃあセーラは?」
「セーラちゃんは、まだ死が見つかっていない。今も何か・・から逃げ続けているのかもしれません。だから萬が一、再び姿を現した時に備えて、破門扱いにしたんじゃないでしょうか」
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「そこまでして、教皇が隠したがってることって何なの?」
「それは……」
聞けば、彼もあとに引けなくなる。
フラムはを噛んで首を橫に振った。
「……ごめんなさい、巻き込めません。あなたもセーラちゃんと同じ目に合ってしまうかもしれないから」
「それでもかまわないわ! あの子は……確かには繋がってないけど、私たちの家族なのよ!?」
「それでも――もしセーラちゃんが今も逃走を続けていたとして、一度もあなたがたの前に姿を現さないのは、彼自があなたがたを巻き込むことをんでいないからだと思います」
「……だとしても、だとしてもよ……あの子のことを、みんながどれだけしてると思っているのよ……!」
言葉に悔しさを滲ませるティナ。
だがそれは、フラムも一緒だ。
彼らが問題を解決できるほどの力を持っていれば、セーラは頼ってくれたかもしれない。
しかし、そうはならなかった。
己の無力さを痛する。
「どうしたらいいの? 教皇に毆りかかればいいの? そしたら、あの子は帰ってくる?」
「そう簡単には行かないと思います」
「そうね、私たちぐらいの力じゃ教皇に敵うわけが――」
「違います。そういう意味ではなくて、教會自が……」
「教會自が、何? もういいじゃない話してくれても。覚悟はしてるわ、教皇たちが何かを隠していることぐらい……私たちにだって、わかってるわ」
下手をすると、教會を疑っている外野よりも、より深い疑念を抱いているのかもしれない。
なくとも、手放しで信用できる教皇たちではない。
それはまともな・・・・修道や神父たちの間にある共通認識である。
フラムはその決意を前に、観念して、自分が知っていることを彼に話すことにした。
「……今回事件を起こした“何か”を、制できていない可能があるからです」
「何か?」
「人実験の果です」
「人実験……! じゃ、じゃあ、セーラもそれに巻き込まれたってこと?」
「おそらくは。実験そのものではなく、果に関する何かを知ってしまったんでしょうね。そしてそれを隠蔽するために、消されようとしている」
あるいは、すでに消されたか。
ティナは頭を抱えてよろめく。
それほどにショッキングな事実だったようだ。
しかし、いくらセーラと知り合いとは言え、出會ったばかりのフラムの言葉を信用するということは――心のどこかで、ずっとそんな気がしていたのだろう、とフラムは察した。
「おそらくセーラちゃんは、今日の朝に中央區の教會を出て、西區の教會に向かいました」
「さっきも言っていたけど、用事があったのは孤児院なのよね? でもあの場所には何もないわ、私自も行ったことがあるけれど、子供たちが元気に暮らしているだけよ」
「ええ、ですので研究が行われているのはおそらく孤児院ではありません。別の場所で、子供を使った実験が行われていたんじゃないでしょうか」
先ほどのインクとの會話から、フラムはそう予測する。
しかし彼が西區に倒れていたことから考えて、おそらくその施設はそう遠くないどこかにあるのだろう。
「しかしセーラちゃんは、西區の教會で騎士2人と話をし――その後、あるいはその途中に、何者かに――おそらくはあの異形の死を作り出す“目”に襲われた」
「目?」
「そういう目撃報があるんです。犠牲者は、大量の目に襲われて、が膨張してあの姿になった、と」
「どういう、こと? 目が、目だけが、襲ってくるの?」
「たぶん、そういうことかと」
「そんなおぞましいものが、この王都に……それもまた、人実験の果なのね」
ティナはごくりと生唾を飲み込んだ。
自分の見ている風景には一度も映り込んだことはないが、そういう化が、今もどこかに隠れているのかもしれない。
「でもどうして、襲われたりしたのかしら。エドもジョニーもただの騎士よ、実験のことなんて知らないはずだわ」
「そこまではわかりません。ですが事実として、騎士たちは何らかの形で犠牲になり、そしてセーラちゃんだけが逃げることに功した。そしてひと気のない道を通って逃げ続けた」
フラムは、セーラを自分に置き換えて思考する。
友人と會話をしていたら、急に不気味な目玉に襲われた。
友人は自分を庇って死んでしまった。
どうにか逃げられたが、追跡はまだ続いている。
人気のない道を、目玉に追われながら走り続ける。
しかしその途中、彼ならあることに気づくはずだ。
その異様な姿、そして教會で襲われたというタイミング、ならばこれは教會が隠したがっている研究の果そのものなのではないか、と。
「その逃避行の末、セーラちゃんは壁沿いの通りに出ました。“目”は、自分以外を襲わないはずだし、大勢の人々の前には出てこないだろう、と予測していたからです。それ自を、教會は隠したがっていた、だから自分たちは襲われたんですから」
「でも……他の人たちも巻き込まれてしまった。だから、制しきれてない、ってこと?」
「ええ、教會の方も焦っているんじゃないでしょうか。でなければ、騎士2人の異も、セーラちゃんの破門も、こんな無理で暴な方法を使わずに、もっと狡猾にやったはずです。いつも通りに・・・・・・」
2人の間に沈黙が流れる。
別にセーラの無事が確認できたわけではない。
目の正もわからないままだし、教會の橫暴は止められないし、何かが進歩したわけでもないのだ。
「でも、しは希が湧いてきたわ。セーラは無事かもしれないのよね?」
「可能としては」
「それがわかっただけでも十分よ。私は信用できる人にだけそれを話して、あの子のことを探してみるわ」
「あまり深りしないでくださいね、いつ誰が狙われるかわからないんですから」
「むしろ狙われた方がセーラに早くたどり著けるかもしれないじゃない」
そのジョークを、フラムは笑えなかった。
実際にあの現場で、人としての形を失った死を見てしまったのだ、笑えるわけがない。
「ありがとうね、々教えてくれて」
「いえ……こちらこそ、ありがとうございました。セーラちゃんの無事が確認できたら、また連絡します」
「お願い。私の方も、見つけたら連絡するわ」
フラムはティナに、自分の住居場所を教えると、手を振って別れた。
予想していたより多くの報を得ることが出來たが――彼は紫の空を見上げ、大きくため息をつく。
「セーラちゃん、無事だといいんだけど……」
あの天真爛漫なが、膨らみ、増し、醜い姿になっていたら――想像するだけでも吐き気がしそうだ。
一刻も早く、セーラを見つけて、インクの居た施設も潰して、そして……それで、本當にその“目”とやらが止まるのかはわからないが。
とにかく今は、き続けるしかなかった。
◇◇◇
中央區から西區へと戻る道中、フラムは前方からやってきた大柄の男と目が合った。
……デインだ。
「よお」
彼はニヤニヤと気持ちの悪い笑みを顔にり付けて、フラムに聲をかける。
背後には、20人ほどの男たちが、まるで軍隊のように整列して追従していた。
教會の禮拝に參加していたことといい、意思のない人形のような面構えをした男たちといい、何を考えているのか得が知れない、不気味だ。
無視して通り過ぎようとした彼だったが、
「つるんでた、ちっこいガキが居なくなって落ち込んでるんだろ?」
その言葉に、思わず足を止める。
デインの背後の男たちは、全員が無表にフラムの方を凝視していた。
ぞくり、と寒気をじる。
「次は気持ち悪い包帯の番かもなぁ」
「デイン、あんたはっ!」
明らかな挑発に、フラムは聲を荒らげてデインのぐらを摑もうと迫る。
しかし彼は、不敵に笑ってこう言った。
「いいのかぁ? 僕たち、教會の信者になったんだぜ? 敬虔けいけんで、従順な、オリジンサマの犬ってわけだ、ひゃはははっ」
「なけなしのプライドも捨てたってわけ?」
「はははっ、子犬ちゃんに睨まれたって怖くもなんともないなぁ! 悪かない、教會ってのもさ。圧倒的な力の庇護下ってのは、それだけで気が楽になるもんだ。まあ、いくつか殘念な部分はあるけどな」
そう言って、デインはフラムの手を振りほどくと、2歩ほど後ろにさがり距離を取る。
「クライアント……いや、今は上司になんのか。そいつからフラム・アプリコットには手を出すなって言われててな。まあ、それぐらいならって飲むしかないよな、僕たちにしてみれば。ローリスクハイリターンってやつだ」
「何言ってんの?」
「へへっ、じきにわかるさ。おらいくぞ、お前ら」
彼が指示すると、男たちは一糸れぬきで歩きだす。
まるで命の宿っていない機械のようなきだ。
イーラが今のデインを嫌う理由がよくわかった。
ローリスクハイリターンと言っていたが、そんなわけがない。
失ったものはあまりに多く、しかし本人のする利益が大きいため、彼自がそれに気づいていない。
おそらく、“デイン一派”はもうおしまいだ。
それでも――新たな支配の形を作り出すヴィジョンが、彼の頭の中にはできているのかもしれないが。
しかしそこにはやはり、強烈なカリスマで西區を率いてきたデイン・フィニアースの姿は無いだろう。
フラムは拳を握るような仕草を見せ、腕に力を込める。
遠ざかるデインたちの後ろ姿。
おそらくあいつらは、フラム自を狙えないのなら、周囲の人々を狙ってくるはずだ。
宣言通り、ミルキットだって。
いっそ、ここで仕掛けた方が後のためになるのではないか。
憎悪の炎を滾らせ、魂喰いを抜こうとしたフラムは……視線をじ、ふと右の方を見た。
――眼球が、こちらを見つめている。
1個だけだが、じっと、フラムの方を見つめている。
「っ……」
フラムは息を呑んだ。
なぜ。
教會の報もまともに得られていない、まだ危害を加えても居ない自分の前に、なぜこいつが現れるのか。
「まさか、これが……」
それは間違いなく、あの異形の死を作り出した眼球である。
すっかりデインに対する敵意は失せ、恐怖にすくむフラム。
彼は剣を抜き、その“目”と向き合った。
すると、そいつはコロコロと転がり――角を曲がり、姿を消してしまった。
慌てて追うフラムだったが、すでにその姿は見えない。
「何だったの、今の……」
追うわけでもなく、ただ姿を見せただけ。
解せない行に、もやもやとした気持ちを抱きながら、フラムは今度こそ家路についた。
◇◇◇
フラムを待っていたミルキットは、彼の表を見て、何も聞かずに笑顔で「おかえりなさいませ」と迎えた。
食事は明るく楽しく食べた方がおいしい。
だから、フラムもまだセーラがどうなっていたのかを言おうとはしないし、ミルキット含めエターナやインクもいつも通り食卓を囲む。
だが、誰もが察していた。
行方不明という事実は知らないにしろ、よくない報せがあるのだろう、と。
そして食事が終わり、片付けも落ち著いた所で――フラムはみんなに、セーラが教會に帰っていないことを伝えた。
それを聞いて、特に傷ついていたのはインクだ。
自分のせいで、彼が事件に巻き込まれてしまった、と。
できる限りめの言葉はかけたが、それでも傷を癒やしきるには至らず。
しばらくすると、彼は2階に上がり、ちょうどフラムたちの寢室の向かいにある、彼に與えられた客間に閉じこもった。
エターナも作業があるから、と自室に戻ると、居間はふたりきりになる。
ミルキットは、落ち込むフラムに対して何度も聲をかけようと口を開きかけるも――うまく言葉が見つからず、中々言い出せない。
誰かのために、自分から何かをしたいと思うということ。
今までの自分には無かった、行原理。
ミルキットは自分のふがいなさを悔やんだが、フラムは彼がこうとしてくれたことだけで、十分すぎるほど力をもらっていた。
「ありがと」
「……え?」
「私さ、ミルキットにすっごく救われてる」
「い、いえ、私……何も、できていません」
「んーん、十分だよ。ミルキットがここに居てくれるだけで、私は強くなれる。だから――」
フラムは椅子から立ち上がり、を乗り出して、ミルキットの手を握った。
「特別な言葉なんていらないし、落ち込む必要も無いの。笑顔さえ見せてくれれば、私はまだまだ頑張れるから」
「そう、言われましても……私は、ご主人様が向けてくれる気持ちの大きさに、応えたいんです」
「んっへへ、なにそれ、すっごい嬉しい。まあ、ミルキットが自分でそう思ってくれるなら、私は止めないけど、できれば笑っててしいと思ってるご主人様の気持ちも忘れないでね」
そう言って手が離れると、ミルキットは寂しげに「あ……」と聲を出した。
それに気づいてか気づかずか、居間から出ていこうとしたフラムは、最後に彼を背中から軽く抱きしめ、そして頭をでていく。
「ご主人様……」
殘されたミルキットは、1人そうつぶやき――頬に手を當て、包帯を軽くくしゃりと摑む。
隙間から見える頬は、真っ赤に染まっていた。
◇◇◇
コンコン、とエターナの部屋のドアをノックすると、「どうぞー」と気だるげな聲が聞こえてくる。
「やっぱり來た」
部屋にってきたフラムを見て、彼はまるで最初からわかっていたかのように言った。
「なんで予想できてたんですか?」
「食事中から用事ありそうな顔してたから、わかりやすい」
そんな顔していたかな、とペタペタと両手で自分の顔をるフラム。
もちろんそれでもわかるはずもない。
「椅子、適當に使っていいよ」
フラムは部屋の隅に置いてあった椅子を手に取ると、それを壁際に設置された機の近くまで運び、エターナの隣に陣取った。
彼も手を止め、フラムの方を向く。
機の上には、いくつもの乾燥した葉と、謎の彫像が散している。
「何してたんですか?」
「病気にも怪我にも効かないけど、気分が良くなるを作ってた」
「それ、まずい薬なんじゃ……」
確かに病気や怪我に効かないなら、教會には目をつけられないかもしれない。
しかし別の場所から睨まれそうである。
「ただのハーブティーの調合」
「あ、そういうことですか……あれ、でもエターナさんが飲む量にしては多いですよね」
「売ろうと思ってる、いつまでもタダでご飯食べさせてもらうわけにはいかないから」
なるほど、とフラムは手を叩いた。
どうやら彼も、いつまでもタダで居座るのは悪いと思っていたらしい。
し意外だ、と言うとエターナに怒られてしまいそうだが。
「じゃあ、そっちの彫像は?」
「これは……」
本題は別にあるのだが、あまりに気になるのでフラムはつい尋ねてしまった。
どうやら人間の上半を象った、木製の像のようだが――エターナはそれを手に取ると、彼に渡す。
「んー……なんか、私に似てません?」
「ミルキットが作ってたフラムの彫像」
「やっぱり私なんですか! しかもミルキットが、って……確かに手先が用って話はしてましたけど」
「奴隷時代に、って今も奴隷は奴隷だけど、とにかく昔から、手みにその辺にある石や木を削って々作ってたらしい。その賜」
「それが、なんでエターナさんの部屋に?」
「見つかったら恥ずかしいけど、捨てるのは忍びないから、って。私もいらないからあげる」
自分の彫像を自分に渡されても困る。
フラムは謹んで辭退して、それをエターナの機に戻した。
彼もを尖らせている、言うまでもなく扱いに困っているらしい。
「ミルキットはフラムの役に立つために、居ない間に々試してる」
「彫像もその1つ、ってことですか」
「そういうこと。呆れるぐらいされてる」
「ってほどじゃないとは思いますけど……でも、好かれてるのかな、とは思います」
「のろ気」
「のろけてませんっ!」
を乗り出し、大きな聲で反論するフラム。
その姿を見て、彼が元気を取り戻していることに安心したのか、エターナは微かに微笑んだ。
フラムは椅子に座りなおすと、大きく息を吐き、表を引き締める。
「それでは改めて、ここからが本題なんですけど」
エターナもおふざけは抜きで、彼の言葉に耳を傾けた。
「エターナさん、私に魔法を教えてくれませんか」
――力不足は、痛している。
セーラに頼りにされない、救うこともできない、そんな自分に嫌気がさす。
しかし、“反転”のせいで、彼はステータスが上がらない。
どんなに努力をしても、他の人と違って確実に強くなることは無いのだ。
それでも、できることはある。
ステータスに表示されない能力、騎士剣キャバリエアーツや魔法の技、知識などは彼にも磨くことができる。
毎日、暇があればプラーナを製する訓練をしたり、の魔力を摑む練習はしてきた。
しかし、それを“魔法”という形に昇華することができなかったのだ。
「わたしは水屬だから、希屬持ちに教えられることはない。あと単純に人の事を教えるのは得意じゃない……って、以前も言ったと思う」
「簡単な使い方だけでもいいんです」
「んー……でもフラム、プラーナは扱えるんだよね。使い方としてはあちらの方が難しいはず、なのに魔法が使えないのは解せない」
「魔力は摑めるんですけど、それを魔法という形で外に放出することができないんですよ」
「試しに、1回魔力を手のひらに集めてみて」
「わかりました」
フラムは目を細めると、に満ちる魔力を捉え、包み込み、形を整え――エターナの前にかざした手のひらに集めた。
先ほど言われた通り、この行為自はプラーナ製よりも容易い。
「量も、質も、狀態も悪くない……でも……」
エターナはそんなフラムの手にれながら、ぶつぶつと呟く。
「そういう特質……なるほど」
そして1人で納得して、頷いている。
「何か、わかりましたか?」
フラムが恐る恐る聞くと、彼は突然立ち上がり、自分が座っていた椅子を指差した。
「これ、魔力はそのままでってみて」
「はぁ……」
言われた通り、椅子の上にる。
エターナの溫が殘っており、微妙に生溫い。
「あとはイメージの問題。“反転”ならどう反転させるか、明確にヴィジョンを描いて、質に作用させる」
「え、えっと……想像して、魔力を椅子に伝えればいいんですか?」
「そう、まさにその通り」
言われた通り、フラムはイメージする。
反転――縦か、橫か、か、外か。
初めてだからか覚はいまいち摑めないが、おそらく、消耗が一番大きいのはと外。
椅子そのものを壊すような方法は、使用するエネルギー量が大きい。
初めて使うとなると、単純なきで、縦軸に、作用させる。
すると魔法の名前は、自然と頭に浮かんできた。
「反転してリヴァーサルッ!」
するとその場で椅子がぐるりと回転し、椅子の座面が下になった狀態でぴたりと止まった。
イメージ通り、“反転”したそれを見て、フラムは呆然と呟く。
「……できた」
魔法というにはあまりに影響は小さいが、それでも、発したことに変わりはない。
今までできなかったことが――自分には一生使えないと思っていたものが――この手のひらに、宿っている。
「こんな簡単に、私が……魔法を、使えた……」
「消耗はどう? から何かがごっそりとなくなった覚は無い?」
「い、いえ、それは全然っ!」
この程度なら、何百回、いや何千回でもできそうなほどの余裕がある。
「じゃあ問題は無い、魔力さえ確保できれば、おそらく燃費は優秀な屬。ただし、あとは何を反転させるかにもよると思う」
どうやらフラムの予想は當たっていたようだ。
例えば椅子の側を引きずり出して、破壊するような使い方をしてれば、どっと疲れが押し寄せて來ていたはずだ。
ついでに、エターナの私を壊したことで機嫌も損ねていただろう。
「でもなんで、急に使えるようになったんですか?」
「単純な話」
エターナはフラムの手を取ると、むにむにとみながら言う。
「フラムの魔法は極端に適用範囲が狹い。対象にれていないと使えない。だから他の屬みたいに遠距離を攻撃しようとしても使えない」
考えてみれば、フラムは魔法の訓練をする時、今まで見てきた魔法をイメージして遠い的を狙っていた。
彼自が大剣を使って戦っているため、遠距離攻撃をしていたから、というのもある。
しかし実際は、近接攻撃専用の屬だったわけだ。
「もうちょっとが傷つかない戦い方したかったんだけどな……」
フラムは一応の子なんだし、と心の中で付け加える。
痛いのにも隨分慣れてきたが、それでも嫌なものは嫌なのだ。
「諦めるしか無い、そういうものだから。あとは使い方次第。例えば対象が繋がった1つのなら、消費は多くなるけど、まるごとひっくり返したりもできるはず」
「じゃあ例えば――この床板に魔法をかけたら」
彼はしゃがみこみ、床に張ってある木の板にれる。
エターナはこくりと頷き言った。
「その板は全てひっくり返る」
つまり、長い板を使えば、遠距離攻撃まがいのことができないわけではない。
もっとも、それが実戦で使えるかと言われると微妙な所だが。
「地面とかはどうなんでしょう」
「それはフラムの制と想像力次第。地面そのものをひっくり返せるわけはない。だから、適切な範囲と深さを指定して、それを確固たるイメージとして固められれば――ひっくり返せるかもしれない」
さすがにそこまでは、まだイメージできない。
しかしれられる範囲だけだとしても、魔法のある無しの違いはあまりに大きい。
「とは言え、魔法が使えるからと言って、あまり1人で無理はしない方がいい。わたしもある程度なら力になれる」
「それでも、私の手で守れるだけの力が無いと」
相手は、常識が通用しない化やクズばかりなのだから。
「フラムは無理をしすぎる、旅の時もそうだった」
「できることがない分、頑張らないといけないんです」
「自己犠牲的な戦い方は、1人ならいいけど、仲間がいる時は控えた方がいい。ミルキットはフラムが傷つくと特に悲しむ」
「それは……わかってます」
ミルキットには笑っていてしいと、フラムは心の底から思う。
笑顔を守るためにを削って、そしたら彼は悲しんで。
矛盾を背負って、それでも戦わなければならない。
小綺麗でいられるほど――フラムは強くも用でもないから。
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『LIBERTY WORLD ONLINE』通稱 LWO は五感をリアルに再現し、自由にゲームの世界を歩き回ることができる體感型VRMMMORPGである。雨宮麻智は、ある日、親友である神崎弘樹と水無月雫から誘われてLWOをプレイすることになる。キャラクタークリエイトを終えた後、最初のエリア飛ばされたはずの雨宮麻智はどういうわけかなぞの場所にいた。そこにいたのは真っ白な大きなドラゴンがいた。混亂して呆然としていると突然、白いドラゴンから「ん?なぜこんなところに迷い人が・・・?まあよい、迷い人よ、せっかく來たのだ、我と話をせぬか?我は封印されておる故、退屈で仕方がないのだ」と話しかけられた。雨宮麻智は最初の街-ファーロン-へ送り返される際、白いドラゴンからあるユニークスキルを與えられる。初めはスキルを與えられたことに気づきません。そんな雨宮麻智がVRの世界を旅するお話です。基本ソロプレイでいこうと思ってます。 ※基本は週末投稿 気まぐれにより週末以外でも投稿することも
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