《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》022 闇夜を砕く

フラムから、時間覚は完全に失われていた。

頭を抱え、まばたきもせずに床を見つめたまま、いったいどれだけの時間が経ったのか。

永遠にも思えるほど長い時間だったが、実際には數時間程度なのだろう。

まだ夜は明けない、座り込んだ廊下は暗いままだ。

口の中はカラカラで、もう汗も流れない。

は水分を求めていたが、立ち上がり、キッチンに向かうだけの力は無かった。

ガタンッ。

フラムの後ろで、ドアが揺れた。

ガチャガチャとノブが捻られ、何度も背中にぶつかる。

「あ、あれ? 開かない、なんでだろ。鍵はかけてないはずなんだけど……」

中から聞こえてきたのは、インクの聲だ。

フラムはびくっとを震わせる。

退くべきだろうか。

退いて、彼と対面して、どうする。

ああ、そんなのは決まっている。

インクは、研究所で見たあの化と、同じ存在なのだ。

だったら――だったら――

「わっ、開いた。あれ、誰かそこに居るの?」

ドアの前から離れたフラムは、右膝を付き、しゃがみこんだ勢で魂喰いを呼び出した。

黒い刃の先端は、彼の方を向いている。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「息遣いだけ聞こえる。フラムなのかな? ねえ、黙ってないで何か言ってよ」

顔は――普通の、いつも通りのインクだった。

條件がある? 意図的に変えられる?

わからない、もう何も信じられない。

でも、さっき見たあの景だけは、確かな事実だ。

インクの顔が渦巻き、眼球を吐き出すあの、悪夢のような景は――

セーラが居なくなった。

ミルキットとエターナが帰ってこなかった。

他にも、人が、何人も死んだ。

それが、インクの手によって行われたことだとするのなら。

フラムは立ち上がる。

剣を持ち上げ、握る両手に力を込める。

あとは振り下ろせば。

振り下ろせば――死ぬのだろうか。

いや、彼が本當にアレ・・と同じだと言うのなら、傷口が渦巻いて、コアが潰れるまで死なないはず。

Advertisement

コアはどこにある、心臓だろうか、それとも別の場所に?

それをはっきりさせるために、まずは、彼を切斷して――切斷、して……!

「そこにいるんでしょ? おかえりフラム。ごめんね、あたし寢ちゃってたみたいで。気づいたら2階に居たんだけど、寢ぼけてたのかな。前からよくあるんだよね、だからみんなにも“お前は寢相が悪すぎる”ってよく怒られてたの」

「……っ、ふ……」

「もうフラム、イタズラのつもり? あたし、耳はいいんだから、ちゃんと聞こえてるよ。なんだったら、こんだけ靜かなら心臓の音だって聞こえるんだから」

インクは、変わらない調子でフラムに話しかけてくる。

殺すのか。殺せるのか、この子を。

ひょっとすると、さっき見た姿は、インクとは全くの別人だったのかもしれない。

そう、すり替わっていたんだ。

が眠っている隙にあいつは現れて、れ替わって、そしてフラムを驚かせるためにわざと姿を現した。

そう考えれば辻褄は合う。

合うのだが――合ったからと言って、それが何だと言うのか。

「インク……」

ついに、フラムは名前を呼んでしまった。

インクはほっとした表を浮かべ、すぐに頬を膨らまして怒った。

「やっと反応してくれた。フラムじゃなかったらどうしようと思って不安になってたんだからね?」

は年相応の、人間らしい表を見せる。

人、だ。

これが人でないのなら、一何だと言うのだろう。

いっそ化になったまま戻らなければいいのに、どうして人の姿を取るのか。

フラムを追い詰めるため、あるいは油斷させるため。

けど、それが理由なら、とっとと一緒に暮らしている間に殺せばいいだけだ。

そうしなかったのは、なぜ。

なぜ、なぜ、なぜ。

何もかもがわからない、考えても答えは出ない、れられない。

「でもそのじだと、2人は見つからなかったんだね。殘念だったけど、明日、明るくなったら帰ってくるかも――」

「ねえインク、覚えてないの?」

Advertisement

だから、問いかけた。

の匣に、自ら手をばした。

インクは首を傾げる。

「何を?」

フラムは乾いたから聲を絞り出す。

「自分が……眼球を、吐き出す、化になってたことを」

「……なに、それ。フラム、いくら冗談にしてもそれはひどいよ!」

「違うっ! 冗談なんかじゃない、幻でもない。さっき、たった今、インクは私の目の前で確かに化になってたの! 私は見たの!」

2人しか居ない家に、フラムの悲痛な聲が響く。

その音は、微かに外にまでれていた。

「フ、フラム、そんなわけ……」

「ある。見間違えなんかじゃない。音もしたし、匂いも嗅いだし、溫度だって覚えてる! あの時、インクは間違いなく人間じゃなかった。目玉を吐き出す化だった! ねえ本當の事を教えて。インクはなんなの? どこから來たのっ!?」

フラムの聲から、彼が本気だということを悟ったのだろう。

インクは「違う、違う」と何度もつぶやき、首を橫に振った。

そして手で壁の位置を確認し、フラムからしずつ離れていく。

「あたしは、人間だもん」

「違う、人間じゃない」

即答で否定する。

どちらかが噓をついているわけではない。

互いに、そう確信しているからこそ対立するのだ。

「人間だよぉ……」

「あの眼球で、セーラを追い詰めた」

「ち、違う、あたしじゃない……っ!」

「何人もの人が犠牲になったッ」

フラムが怒り混じりに吐き捨てる。

インクは、向けられる、信じていた相手からの突然の憎悪に、困するしかない。

だが――彼は理不盡だとは思わなかった。

“もしかしたら、そうなのかもしれない”。

その予があったから、だから、余計にフラムの言葉が突き刺さる。

「知らない、知らないっ!」

「そしてミルキットと、エターナさんも戻ってこなくなったの!」

「違う、違う、違うっ! 何で信じてくれないのぉっ!?」

「見たからに決まってんじゃないッ! あんなもの見せつけられて、どうやってインクの言葉を信じろって言うの!?」

Advertisement

フラムだって、できることならこんなことは言いたくなかった。

信じられるなら、いつまでも信じていたかった。

そうむなら、フラムとミルキットが出會って互いに居場所を得たように、インクの居場所になってもいいと、そう思っていた。

けれど――崩れたのだ、もう、とっくに、全てが。

「あたしは……化なんかじゃない、化なんかじゃないッ!」

そう言って、インクは階段を駆け下りていく。

途中で躓いて、1階まで転げ落ちた。

がずきずき痛む。

閉じられた瞳から涙が零れた。

それをシャツで――フラムから借りた、彼の甘い匂いがちょっとするシャツで、拭う。

過ごした數日の記憶が蘇って、余計に悲しくなった。

その悲しみを糧に立ち上がって、廊下を走り、何度も壁に肩を打ち付け、よろめきながら玄関にたどり著き――足のまま外に出た。

夜の冷たい空気が、“お前は孤獨だ”と告げているようだ。

フラムは――そんなインクを、止めることすらしなかった。

魂食いがゴトンと手からこぼれ落ち、彼も崩れ落ちる。

膝立ちの勢になると、目を閉じたまま上を向いた。

インク同様に、フラムだって泣いている。

何の涙なのかは本人にだってわからない。

んな――とにかく様々な嘆きが混ざりあって、それが現化して雫になっている。

「っ……あぁぁぁああああっ! あぁっ、ああぁっ、あぁぁあああっ!」

行き場のないを咆哮に変え、狂ったようにんだ。

両手で頭を抱え、額を床にり付ける。

そしてまた、ぶ。

ガンガンと何度もその額を床にぶつけ、が滲むほどそれを繰り返し、痛みで自らを罰する。

そしてまた、枯れた聲で、ぶ。

そこから離れようとしていたインクは、家の中から聞こえてきた聲に、思わず足を止めた。

嘆いているのは、自分だけではない。

苦しんでいるのは、自分だけではない。

噓偽り無く、泡沫でもなく、その聲にこもるには、確かな形が――“実”がある。

すなわち、噓ではない。

夢でもない。

インクは確信する。

きっと、フラムは自分が化になった姿を、本當に見たのだろう、と。

「ふっ……ぐ、う……うぅ……っ」

インクはを噛み、肩を震わせ、嗚咽をらす。

そんなこと、ありえないと思いたい。

けれど、自分が育ってきたあの施設が、普通で無いこともわかる。

自分はあそこで何をされていたのか、何のために育てられてきたのか、彼は何も知らされていない。

役立たずで、仲間はずれだったからだ。

けど、こんなことになるなら、嫌になって逃げ出したりしなければよかった。

知らないまま、箱庭の中で家畜として生き続けたかった。

そしたら、人並みの幸せなんて手にらなかったもしれない。

でも――こんな苦しみを、味わうことも無かったのだから。

「フラ……んぐっ!?」

もう一度家に戻ろうと、一歩踏み出したインクを――何者かが背後から羽い締めにし、口をおさえる。

手の大きさ、力の強さからして男だろうか。

インクはもがき、抵抗したが、逃げられそうにない。

しかし手が口から離れた一瞬、必死で聲をあげた。

額を床に當てたまま、放心狀態で座り込んでいたフラムの耳に、

「いやっ――!」

インクのび聲が飛び込んでくる。

すぐに途切れてしまったが、聞き間違いではない。

誰かに襲われているのだろうか。

助けなければ――反的にそう思い、立ち上がる。

しかしその場で足を止めた。

「は……ぁ……助けて……どうする、つもりなんだろ」

追い出しておいて、化け扱いしておいて、今更。

「……ああ」

鎌首をもたげる、偽の正義心。

そいつはこう言うのだ。

「それ、でも」

ミルキットはここに居ないのに、英雄ぶってどうなるというのか。

フラムにもわからない。

けれど、押さえ込めそうには無い。

「それでも……助けなきゃ、きっと私は後悔する……!」

理屈抜きに、そう思ってしまった。

だったら、後先なんて考えてはいけない。

そんなもの、終わった後に考えればいいことだ。

今は、生かすにしても……殺すにしても、選択の余地を殘すために、インクを救う。

フラムが階段を駆け下りると、床に落ちていた魂喰いは粒子となり、彼の手のひらに印が浮かび上がる。

1階の廊下につくと、彼は全力疾走で直線の廊下を疾走し、外に飛び出した。

跳躍と同時にの粒子が足を包み、エピックのレザーブーツを裝著。

そしてザザッ、とりながら著地し、左右を確認した。

インクの姿は――あった、大柄の男に羽い締めにされている。

「インクッ!」

「おっとぉ、やっぱ出てきたか」

「あんた……デインッ! なんでここに!?」

「なんでって、そりゃあこの逃げ出したモルモットを探すために決まってんだろ? ここに居るんじゃないかって、んな気がしてたが、やっぱ僕の予通りだったらしい。さすが僕だ、冴えてるよなぁ」

そう言うと、デインは腕に力をれてインクのを更に締め上げた。

は苦しそうにもがく。

「インクを離しなさいッ!」

「やなこった、僕にも事ってもんがあるんでね。それによお、こいつが1人で飛び出してきたってことは、喧嘩でもしたんだろ? わかる、わかるぜ、どうせお前がこいつに“化めー!”とか言ったんだろうなあ。ああ、かわいそうに、まあ事実だけどな、ひゃはははっ!」

「っ……あんたはあぁぁぁぁああっ!」

「おお怖い、図星だったか」

怖いと言いながら、デインは余裕の表だ。

「なあフラム、なんでこいつが出來損ないとか役立たずって言われてたか知ってるか?」

「知らないし知りたいとも思わない!」

「まあ聞けよ。こいつはさ、知っての通り自分が化で人殺しだっていう自覚が無いんだ。なぜかわかるか?」

「んうぅっ……!」

。人殺し。

それらの言葉に、インクはし俯きながら、首を振って反応した。

信じたくないのだろう。

だがデインは構わず――いや、むしろ嬉しそうに、インクの真実を語っていく。

「それは、オリジンの力が発現するのが“深い睡眠狀態”にある時だけだからだ。意識を手放した時だけがオリジンの力に支配されるって寸法だ。お前の家に泊まってる間も、全員が寢靜まった時間にあの気持ち悪ぃ顔面から自防衛機能を持ったお優しい眼球を産み出してたんじゃねえの? それがフラムぅ、お前のお友達や保護者に奴隷まで追い詰めてるってんだから、稽な話だよなぁ、あははははははっ!」

「あんた、ミルキットとエターナさんのことを知ってるの!?」

「知ってるも何も、あの2人に眼球をけしかけたのは僕だからさ。今ごろどっかであの気悪いの塊になってる頃だろうなぁ!」

「――ッ! 殺す、あんただけは絶対に殺してやるうぅぅうッ!」

剣を抜き、デインに突撃するフラム。

「おっと、僕は走した化を送り屆ける役目がある。足止めはこいつらに頼むぜ」

デインが合図をすると、待機していた男たちがからぬるりと現れる。

全員が死んだような顔をしている。

おそらく教會に何らかの処置をされたのだろう。

哀れな。

ずっとデインを信じて付いてきた仲間だろうに、奉仕の末に待っていたのが、自意識を奪われて道扱いとは。

「雇い主にフラム・アプリコットは殺すなって言われてるから……まあ、僕としては殺したいからどっちでもいいんだが、一応警告しといてやる」

「……警告?」

「ああ、僕なりの優しさだよ。そいつらには手を出すな・・・・・。逃げえ、そして僕を追おうと思うな。なぜならそいつらは、とっくに教會側の人間だからだ」

「命乞いのつもり?」

「はははっ、そんなんじゃねえよ! 僕はお前のことを思って言ってんだぜ? その目を見る限り、自制できそうにねえけどな。じゃ、せいぜい生き殘れるよう頑張るんだな」

「んぐうぅぅっ!」

そう言って、デインはインクを抱えて逃げていく。

は助けを求めるように、フラムに向かって手をばした。

「インクウゥゥゥゥッ!」

フラムは彼の名をび、前に出ようとする。

だがそこに、デインの手下たちが立ちはだかった。

短剣、槍、鈍――様々な近接武を手にフラムを囲む男の人數は10人ほど。

さらには離れた場所や屋の上に、弓やボウガン、スリングを構えた男もいる。

1人を相手にするには、過剰すぎる戦力だ。

彼らの実力を、フラムは一番近くの男をスキャンして確認する。

--------------------

ゴージン・トーレス

:火

筋力:611

魔力:422

力:580

敏捷:412

覚:457

--------------------

計2482――Cランク最上位の実力。

かなりできる冒険者だ、この男がリーダー格だろうか。

念のため、さらに別の男にもスキャンをかける。

--------------------

ゴージン・トーレス

:火

筋力:611

魔力:422

力:580

敏捷:412

覚:457

--------------------

「全く、同じ?」

そんなことがあり得るのだろうか。

同姓同名ならともかく、屬もステータスも全て一致するなんてことが。

次は隣の男にスキャンをかけると――

--------------------

ゴージン・トーレス

:火

筋力:611

魔力:422

力:580

敏捷:412

覚:457

--------------------

また、同じだった。

つまりフラムを囲むデインの部下は、全員が姿が違うだけの全く同じ能力を持つ人間ということになる。

こうも骨だと、もうフラムも驚きはしない。

「これも教會の仕業ってわけ」

十中八九、コアの力だろう。

デインは教會の一員となるために、仲間を売った。

見ればわかる、おそらくもう彼らに自意識はない。

んで、このような狀態になる人間が居るものか。

ギリ……とフラムは歯ぎしりをした。

罪のない人間とは言わない。

しかし、彼らは彼らなりにデインを慕っていたはずなのだ。

それを保のために裏切るなどと――

「許せない、何もかも……!」

怒りを力に変えて、フラムは地面を蹴り、前方の男たちに接近した。

対多人數の戦闘など初めての経験だ。

相手は自分よりし力が劣る程度の冒険者たち、人數差を考えると勝てるわけがない。

アドバンテージを――の再生と反転の魔法を最大限に活かさねば、可能は見えてこないだろう。

そして、圧倒的不利な狀況を変えるため、まずは確実に一人ずつ數を減らしていく。

フォンッ!

抜いた魂喰いを、橫一文字に凪いだ。

範囲に居た男たちが、全く同時にバックステップで避ける。

フラムが剣を振り切ったその時、上の方からパシュッという小さな音が聞こえた。

放たれた矢を視界の端で確認、足を目掛けてそれに合わせて魔力を集める。

そして矢の先端が足に接し、鋭い痛みが走ったその瞬間に合わせて――

「リヴァーサルッ!」

魔法を発する。

すると矢は向きを変え、それを放った本人に向けて出された。

男はを捻り、それを回避する。

フラムは「ちっ」と思わず舌打ちした。

うまくいけば1人仕留められるはずだったのに。

あらかじめ、そう來るだろうとわかっていたからこその、反転魔法。

これが不意打ちならうまく行かなかっただろう。

すぐに気持ちを切り替える。

真正面、槍を持った男が後退と同時に槍を突き出し、を狙う。

ザシュッ!

フラムはそれをあえてけた。

リーチの長さの有利不利は覆らない、を切らせて骨を斷ち、強引に近づくしか無いのだ。

鋭い穂が肩に突き刺さる。

が吹き出し、熱した鉄の塊を埋め込まれたような、強烈な痛みがフラムを襲った。

は一瞬、痛みに表を歪めたが、息を吐いて意識を留める。

すぐに引き抜かれないよう槍の柄を摑み、力づくで獲を奪い取る。

槍が男の手から離れたのを確認すると、それをすぐさま地面に投げ捨てた。

両サイドから同時に剣を持った男が襲い掛かってくる、背後からも別の槍が迫る。

前進するしかない。

降り注ぐ刃の合間をくぐり抜け、素手になった男に剣を振るう。

まだ踏み込みが甘い、これも避けられるはず、だから次を――そう考えていたフラムだったが、

「ふッ!」

男はあろうことか自ら接近し、その拳に捻りを加えて腹部に叩き込んだ。

「が……はっ!?」

ドゴォッ!

強い衝撃に臓が揺さぶられ、口から肺の空気が全て吐き出される。

あまりに手練たき――槍が本命ではなかった?

いや、その前のきだって、素人のそれではなかったはずだ。

格闘技と槍をどちらも極めて……そんな男が、デイン一派の下っ端という立場に甘んじるものだろうか。

フラムの脳裏に、1つの可能が浮かぶ。

まさか彼らは、能力だけでなく、技量まで共有しているのではないか――と。

よろめく彼の背中を、別の男が串刺しにする。

素早く引き抜かれ、すぐさま次の一撃。

「あぐぅっ」

加えて、右側から男が迫り、首を落とさんと剣を振り下ろす。

フラムは右手でそれを防ぐも、防いだ部位が切斷され地面に落ちる。

「い、ぎいぃい……っ!」

さらに前方から矢が飛來し、肩に突き刺さった。

左の屋の上からは火球が放たれ、彼の左足に著弾すると同時に炸裂、を抉り、その衝撃にが右側に転倒する。

「う……ぐっ……ぁ……!」

のあらゆる部分から脳に叩き込まれる痛みが、の自由を奪っていく。

力の差は、あまりに圧倒的だ。

この人數を相手に広い場所で戦うのは愚策、路地を探すもその距離は今のフラムにはあまりに遠い。

フラムは地面に倒れると、軽さを優先して魂喰いを一旦消した。

そして勢いを利用して側転で転がり、剣を持った男の背後を取る。

「っああぁぁぁっ!」

そして腕を振りながら魂喰いを抜き、その首を狙った。

フォンッ!

だが――男は後ろを振り向きもせずに、しゃがんでその渾の一撃を回避する。

――そんな馬鹿な。

さすがにフラムも目を剝いた。

背中に目がついていると言うのか、今のは確実に取ったと思ったのに。

……ひょっとすると、冗談抜きで、似たようなものなのかもしれない。

共有しているのだ。

能力、技量のみならず、五までもを――他の男たちと。

でなければ見ずに背後からの攻撃を避けられた理由の説明がつかない。

唖然としていたフラムに、また剣と槍と矢と魔法が殺到する。

さらに転がってそれを避けるも、追撃の手は緩まらない。

デインの言葉が脳裏によぎる。

癪だった。

あいつの忠告に従って、それが正しい結果を招くなどと、認めるわけにはいかなかった。

しかし今は、まずは逃げるしか無い。

フラムは前のめりに倒れそうになりながら、一番近くにある路地のり口へ急ぐ。

傷はすでに癒えつつある、痛みはあるがけないほどではない。

背後から男たちが迫る。

しかし、逃げに徹すれば彼らとてフラムの速度に追いつくのは困難――それに狹い道なら1対1の狀況を作り出せる。

時に躓きながら、必死に走る。

あとし、あとしでたどり著く。

そう、思ったのに。

フラムのの両側を魔法が掠めていく。

その火球は、住宅の外壁に衝突し――

ドゥンッ!

――それを破壊する。

崩れた瓦礫が積み重なり、道を塞いだ。

登れば通れないことはない、しかしこの人數を前にそんな悠長なことをしている暇はない。

フラムは焦り、後ろを振り返る。

剎那、腹と太ももに矢が突き刺さった。

「はっ……ああぁぁぁっ!」

すぐさま引きぬく。

「はっ、はっ、はっ」

強い痛みに、目を見開いて息を繰り返し吐き出す。

間髪れずに次の矢が、魔法が放たれ、それをいなしているうちに、片手で扱えるサイズのメイスを持った男が近づく。

やけくそ気味に魂喰いを振るうフラム。

もちろん避けられ、距離を詰めた男は鈍の金屬塊を振り上げた。

ここで見えいた反撃を放った所で、こいつらは共有した覚を利用して全てを避けてみせるだろう。

相手の攻撃を甘んじてけるしか無いのか。

フラムは――しかし、にやりと笑った。

足元に魔力を集中、適応対象はつま先がれている、數十cm四方の石畳。

「リヴァーサル!」

が魔法を発すると、それの裏表が逆転する。

ゴギッ!

鈍い音が聞こえたかと思うと、足が裏返った石畳の下敷きとなり、ありえない方向に曲がっていた。

そしてバランスが崩れ、が傾く。

これなら、いくら見えていようが避けられまい。

「そおりゃああぁぁッ!」

掛け聲と共に振り下ろされた渾の一撃は、男の無防備な右肩口と左脇腹を直線で結び、切斷した。

直後、切斷面が凍りつく。

「まずは1人目ぇッ!」

數の差は歴然、それでも1人減れば攻撃の手はそれだけ緩む。

仲間が死んでも男たちに揺は無い。

やはり、彼らに意思は無い。

統一され、1つにされてしまった意識は、もはや人間のそれとは呼べない。

リーダーたるデインの命令を聞くだけの、ただの人形だ。

だからなのか、人間を殺した時ほどの葛藤は無かった。

足元を狙う魔法を飛び避け、剣先を真っ直ぐに男たちに向けるフラム。

一度見せた手が、次も通用するとは限らない。

二人目をどうやって仕留めたものか――そう考えていると、ぽとり、と何かが落ちる音が聞こえた。

音のした場所、自分の真橫を見ると、そこには――

眼球が、落ちている。

「……え?」

1個だけで終わってくれればよかった。

しかし、白い球はその後もぼとぼとと、雨のように降り注いでくる。

上からだけではなく、からも、背後からも、そして男たちが迫る前方からも。

「まさか……そういう意味で……っ」

デインの忠告。

この男たちに手を出すな、逃げえ――その真の意味に、フラムはようやく気づいた。

インクに人を殺した自覚はない。

インクに自分が化だった自覚はない。

つまり、全ては彼の意思に関係なく、放れた力が自発的に行ったこと。

防衛。

教會の関係者を……いや、セーラや騎士が巻き込まれたことを考えるとそうではない。

おそらくは研究の関係者や、その機報を自的に守ろうとする、制不能の能力――それが、あのおぞましい姿になったインクが吐き出した、眼球の正

それにれてしまった者の末路を、フラムは実際に自分の目で見ている。

的に飛び退いて距離を取った。

しかし間に合わず、すでに著していた目玉が、ブーツの上からにズブズブと侵してくる。

痛みはない――ただひたすらに、気持ちの悪い覚だけがある。

「ひうっ……!」

フラムはをこわばらせた。

そいつが足の中央まで移を済ませると――ずるぅっ、とブーツの中で足首から先が増する。

ボコッ、とブーツの上部が膨らんだ。

「こ、これが……くっ、ぐうぅ、気持ち悪い……っ!」

重なり合うように二段重ねになったそれのせいか、足にうまく力がらず、地面を踏みしめられない。

そこに、短剣を持った男が近づき――心臓を狙って一突き。

バチュッ!

フラムは咄嗟にそれを手でけ止めた。

「あっ、ぐ……」

刃が手のひらに突き刺さり、貫通する。

男はすぐさま引き抜き次の攻撃を放とうとしたが、フラムはヒルトを握りしめ阻止した。

2人の筋力は拮抗している。

ならば手を負傷しているフラムの方が不利かと思われたが――彼は足をかけ、男の勢を崩した。

そして男のを、すぐ橫にまで迫る眼球の海に引き倒す。

眼球は蜘蛛の子を散らすように倒れた男のを避けた。

どうやら、味方に危害を加えないようにできているようだ。

しかし、避けきれなかった一部は彼のれ、り込み――ズルゥッ、と新たな腕や足が生えてくる。

も増しているのか、も地面にれている面だけが歪に膨れ上がっていた。

立ち上がろうと男はもがく。

しかし足や手がうまく機能せず、ひたすらにその場で蛆蟲のように蠢くだけだった。

「これで、2人目っ!」

自らを鼓舞するように宣言する。

それでも、まだ敵は多く殘っている。

足が増えたせいか移速度が落ち、視認さえできていれば避けられていた矢や魔法が、を掠めるようになる。

反転でいくつか跳ね返してやったが、見抜かれているのか中々命中しない。

眼球のせいで、狹い路地にって人數とやりあう戦法は封じられた。

どこか――自分に有利な場所は無いものか。

フラムは一旦彼らに背を向けて、地の利を得るため走り出した。

だがやはり、増えた足のせいで速度が上がらない。

この人數相手なら、長期戦になるのは間違いない。

は、“傷”ではない。

魂喰いの再生で治癒することはできない。

だったらいっそ、自分からこの足を――

は魂喰いを地面に突き立て、その刃に向かって蹴りを放つ。

「っぐ、があぁぁぁっ……!」

ザシュッ!

フラムの苦悶の聲と共に、増した足が切斷された。

片足を失った彼は、剣を杖にしながら、それでも前進を続ける。

止まれば眼球の餌食だ。

足の再生までのラグはあるが、それでもずっとあの増えた足と付き合うよりマシである。

追跡する男たちが追いつくより前に腳部の再生は完了し、は萬全の狀態に戻る。

ブーツにより上昇した敏捷により、全力疾走で駆けるフラムは、徐々に男たちから離れていった。

そこでフラムは、前方から近づいてくる騎士の姿を見た。

人數は5人ほど。

デインの部下はともかく、彼らをあの眼球に巻き込むわけにはいかない。

ここから離れるように伝えるために、フラムは白いプレートアーマーを纏った彼らに近づいた。

「あのっ、ここは危ないので離れた方、が……」

すると騎士たちは、ほぼ同時に剣を抜いた。

よく磨かれた銀の刃が、街燈の明かりを反する。

フラムはスキャンを発する。

デインの部下とは違ったが、彼ら5人は揃って――全く同じステータスをしていた。

「そんな……挾み撃ちなんてっ!」

あまりに徹底している。

殺すのか、捕らえるのか、その違いはあっても、ここでフラムを逃がすつもりはないらしい。

魂喰いを握り、彼は両側から迫る敵を互に見る。

冒険者、騎士、眼球。

敵が多すぎる、この狀況を1人でどう切り抜けろと。

手が震え、剣先がぶれる。

孤獨が迫る恐怖をさらに膨張させているのだ。

フラムは、まだ16歳のだ。

ミルキットを支えにしてどうにか戦ってきたが、今は彼すら居ない。

待つ者も守るべき者も居ない今、その心は脆く――足は凍りつき、死が、終わりが迫っていた。

「死にたくない……私は、死にたくなんてない……っ!」

振り絞るのは、殘り滓のような勇気。

死をれたくないという、ネガティブなから生まれた後ろ向きな意地。

要するに、どちらか一方さえ足止めできれば、そこから逃げられるのだ。

冒険者よりは數のない騎士の方を向き、剣を高く掲げる。

意識を集中、に満ちる力を消耗し、プラーナへ変換。

その湧き水のように澄んだエネルギーを腕へ移させ、さらに剣に満たす。

気剣斬《プラーナシェーカー》。

偽イミテーションではなく、本を。

あれさえ放てれば――いや、よしんばうまく行ったとしても、騎士全員を仕留めるのは無理だろう。

連続で放つ? そんな蕓當ができるほど練もしてない。

そもそも、一発だってちゃんと扱えるかわからないのだ。

手のひらに汗が滲む、迷いに呼応するようにプラーナが薄れる。

ダメだ、後ろ向きになるな、諦めるのは、実際にやってみてからだ。

そう自分に言い聞かせる。

これが最期になるだろう。

もう時間は殘されていない、じきに冒険者たちはフラムに追いつく、眼球もすぐに取り囲む。

そこに騎士まで加われば、今度こそ、攻撃を凌ぐことすらできなくなる。

だから、無理だとわかっていても、奇跡を信じて、全ての命を賭した一撃を――

「フラム、そのままプラーナを地面に叩きつけろッ!」

――その時、絶満ちる王都に勇猛なる英雄の聲が響き渡った。

「はああぁぁぁぁぁああああああっ!」

フラムは聲に従い、咄嗟に魂喰いを地面に叩きつける。

その瞬間、プラーナは弾け、炸裂した。

バシュッ、ゴオォォォオオオオッ!

そして弾けた力は、豪風と無數の刃となり、騎士たちに襲いかかる。

彼らは手に持った盾で防ごうとするも、ぜたプラーナは鎧の隙間から侵し、を切り裂いていく。

騎士剣キャバリエアーツ・気剣嵐プラーナストーム。

製したプラーナを刃として放つのではなく、弾けさせ前方の広範囲を切り裂く剣技。

気剣斬プラーナシェーカー以上に多量のプラーナを必要とする技だが、追い詰められたフラムのプラーナは、すでにそれを可能とする領域にまで達していた。

聲の主は、屋の上からフラムの隣に飛び降りた。

ズウン、と石畳を砕きながら、漆黒の重鎧を纏った男は著地する。

そして、降り立つと同時にすぐさま大剣を抜き、フラムの背後より迫る冒険者と眼球に向かって振るう。

「ふんッ!」

ゴオォォ――ゴガガガガガッ!

放たれた莫大な量のプラーナは、地面どころか周囲の建の外壁まで削りながら、範囲に存在するあらゆる生命を砕け散らせる。

すぐさま眼球はどこからともなく現れたが、さすがに冒険者は警戒して足を止めた。

「ガディオさん……!」

フラムは震える聲で、彼の名を呼ぶ。

「油斷するなフラム、まだ來るぞ」

野太く、迫力があって、でも優しいその聲が――孤獨に沈んでいたフラムの気持ちを照らす。

彼の言うとおりだ、まだ戦いは終わっていない。

再會を喜ぶのは、後からでも良い。

「っ……はいっ!」

浮かぶ涙を拭って、フラムは新たに現れた騎士を真っ直ぐに見據える。

互いに巨大な剣を握り、背中合わせで構え――

「おオォッ!」

「はあああぁぁあぁぁっ!」

2人は同時に、地面を蹴った。

    人が読んでいる<「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください