《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》025 DAWN
禮拝堂の先に続く廊下を、並ぶドアを一つずつ開きながら進んでいく。
デインを殺したことで気持ちが切れたのか、戦闘中ほどが言うことをきかない。
手を壁に當て、それを支えにしながら、足を引きずり歩く。
背後からは無數の眼球が迫っている――戦いは終わっても、まだ危機は続いているのだ。
そして廊下の一番奧、最後のドアを開く。
他の部屋よりし広めのそこには、床に座り込むインクの姿があった。
「イっ……ン、ク?」
だがフラムの聲は途中で途切れる。
インクの隣に、見覚えのない、長180cmはある大きなが立っていたからだ。
いや――本當になのだろうか。
服裝はワンピースで、つば広の帽子をかぶっており、赤い髪がちょうど顎あたりまでびている。
一見してそう見えないこともない。
しかし、筋質な手足に、広い肩、そしてその顔つきは、男そのものだ。
「その聲、もしかしてフラム?」
「あらあらぁ、あの男、あっさりと負けちゃったのね。こんなに早く來るとは思っていなかったわ」
その聲は、やけに野太かった。
やはり男に間違いない。
「あなたがフラムね。ごきげんよう、私はマザー。この子たち――螺旋の子供たちスパイラル・チルドレンの母親よ」
「インクから離れなさい」
フラムは剣を抜く。
その存在だけは、インク本人から聞いて知っていたが。
てっきり、だと思いこんでいた。
「どうして母親である私が離れなければならないのかしら。それにインクが化だの何だのって、酷いことを吹き込んだのはあなたでしょう?」
「母親を名乗ってるってことは、もちろん知ってるんでしょ? インクが持つ力を」
「ええ、だって心臓の代わりにコアを移植したのは私ですもの」
マザーは即答する。
母親を名乗っているものの、おそらくは彼こそが、この研究計畫のリーダー。
つまり教會に所屬する科學者ということになるのだろう。
「つまり第二の誕生、母の子宮を経て生まれた彼たちが、私の子供になるための儀式――だからね、インクちゃんも含めてみんな、正真正銘の私の子供で、私はみんなの母親なのよ」
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聞いていないことまでペラペラと喋るマザー。
狂信者――と言うよりは、自分の設定・・に酔っているようで、とにかく他人に自分が“母親”であることをアピールしたくてしょうがないのか。
「でも……あたしは」
「人間がいいの? どうして? 確かにあなたは出來損ないよ、けれど素晴らしい力を持っているわ。子供を産み落とし、母親になる力が。ほら」
彼はフラムの背後を指差す。
開け放たれたドア、その向こうには無數の白い球がひしめき合っていた。
しかし部屋にはってこない。
主であるインクがここに居るからだろうか。
「インクちゃんの可らしい子供たちが、こちらを見ているわ」
「子供って……」
「あなたが失ったもの」
ゴツゴツとした手のひらが、インクのまぶたに被せられる。
「そしてあなたがしがったもの。そのがオリジン様の力で“増”して、の中から吐き出された。そしてオリジン様の力を宿したまま、優しいインクちゃんの意思に従って、私たちを守ってくれたの」
「違うっ、あたしはそんなことっ!」
「恥じることは無いわ、立派よ。立派なおかーさんよ、インクちゃんは。私のする子供が、こんな立派なおかあさんになってくれて嬉しいわあ」
そう言って、マザーは彼を抱きしめる。
今まで見てきたオリジンの力とは、別の意味でおぞましい景。
寒気がする、吐き気がする。
フラムには、そこにマザーの言うようなが存在すると思えなかった。
「初対面で悪いけど、そこのマザーとか言う人」
「なあに?」
「たぶん、あなたは母親なんかにはなれないと思う」
「どうして? 何も知らないくせにどうしてそう言い切れるの?」
「子供の方を見てないから。自分の都合ばかりを押し付けて、む形に歪めようとしている。も、心も、誰もそんなことんじゃ居ないのに!」
「それを決めるのは私でもなければあなたでも無いわ。ねえ、インクちゃん。あなたは私のをじてくれているわよね?」
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彼はさらにインクにを著させた。
さらに頬ずりし、息が荒くなる。
インクは――普段から慣れているのだろう、特別嫌な表はしなかったが、嬉しそうでもなかった。
そしておずおずと、控えめに口を開く。
「あたしは……嫌だ。人間が、いいよ。誰かを傷つける化になんか、なりたくないっ!」
「……そう」
マザーの表から、すっと笑顔が消える。
無表になった彼は立ち上がり、インクの前に立つと、ぐらを摑み、手を振りかぶって――バチン、と平手打ちをした。
男の腕力によって放たれたそれをけ、インクは床に叩きつけられる。
「じゃあいらないわ、あなた。もうただのゴミよ、廃棄でもなんでもされちゃいなさい。役立たずでもを注いで育ててあげたのに、恩知らずな子」
「インクッ!」
フラムは急いで彼に駆け寄り、抱き上げると、
「フラム……」
力ない笑みと共に、小さな自分を呼ぶ聲を聞いて、ほっとをなでおろす。
そしてすぐさま、部屋の隅へと移する大きな背中を睨みつけた。
「マザーッ!」
怒気を孕んだ聲に、彼は足を止め、振り返った。
「怖いわねえ。やっぱり、子供は自分で育てるに限るわ」
その言葉と同時に、彼の背後に――4人の子供が現れる。
魔法で隠れていたのか、それともワープしてきたとでも言うのか。
マザーの左側には、パーマがかった緑髪の、無意味に満面の笑みを浮かべた年と、不機嫌そうにそっぽを向きながら、つま先でリズムを刻む金髪の年が。
右側には、顔を顰しかめながら赤く腫れた頬をでる生意気そうな青髪の年と、白い長髪を揺らし、目を前髪で隠した、人の形をしたぬいぐるみを抱くが。
「あらネクト、どうしたのその傷は」
「仕留め損なったんだ。あのクソ野郎、今度は絶対に殺してやる……!」
それはガディオと戦闘していたはずの年、ネクトだった。
街中に音が響くほど激しい戦いだったが、どうやら無事撃退され、敗走してきたようだ。
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「そうだ、フラム、あなたにも紹介するわね。この子達が私の大事な子供、つまり螺旋の子供たちスパイラル・チルドレンよ」
マザーは手を大きく開き、自慢げに言った。
みな年齢はインクと同じか、し下と思われる。
今こそ普通の子供のような姿をしているが、力を使う時はインク同様に、顔があの気持ちの悪いの渦に変わるに違いない。
「左の緑髪の子がフウィスちゃん、その隣の金髪の子がルークちゃん。青い子がネクトちゃんで、右端のの子がミュートちゃん。どうかしら、みんな可らしい子供でしょう?」
フラムは、ごくりと唾を飲んだ。
もしここで、彼らが自分を殺そうとすれば、確実に負けるだろう。
逃げることもできず、この場で塵も殘さずに消されるはずだ。
幸い、今のところは敵意を向けられていないようだが――
「あら、そんなに警戒しなくてもいいのよ。オリジン様の間でも意見が割れているようで、あなたを殺すか、利用するか、まだ結論がでてないみたいなの。だからそれまでは、中立である私たちはあなたを殺さない」
「オリジンの……間?」
まるで複數居るかのような言い方を、フラムは訝しむ。
「ふふふっ、じきにわかるわ」
「ねえ早く行こうよぉ、マザー」
「フウィスの言うとおりだ、いつまでこんなゴミに時間使ってんだか。インクもよぉ、とっとと捨ててりゃよかったんだ」
「子供たちには等しくチャンスを與える。それが私の教育方針なのよ、ルークちゃん」
口の悪いルークは、マザーの諌めるような言葉に、また視線を逸らした。
「マザー、おしっこ」
「あらあらミュートちゃん、それは大変ね。急がないといけないわ。ネクトちゃん、お願いしてもいいかしら?」
「うん、わかったよマザー」
ネクトは開いた手のひらを前にかざす。
フラムには、その上に何らかの力が渦巻いているように思えた。
「そうだ、最後にそれ・・の処理についてだけど」
“接続”が発する直前、マザーは思い出したようにフラムに語りかける。
「正直、あの眼球はとても邪魔だから、あなたの力で壊してもらえると助かるわ。助けようだなんて思わない方がいいわよ、どうせ無理だし、それに――生き殘っても、目が見えない上に、も弱くて、特に長所もない、ただのゴミが殘るだけだから」
フラムはギリ……と歯を鳴らした。
救いようがない。
どこまでも、勝手で、理不盡で――
「それが、母親を名乗る人間の言葉ッ!?」
「今は赤の他人、だからゴミ。そういうことよ。じゃあ、また・・ね、フラムちゃん」
ネクトが「接続コネクション」と告げると、マザーたちは一瞬で姿を消した。
「待ちなさいッ!」
その聲は屆くこと無く、室に虛しく響いた。
「くっ……」
悔しげに拳を握るフラム。
そんな彼の音を聞いて、インクは不安げな表を浮かべる。
「……ごめんね、フラム」
「なんでインクが謝るの? 悪いのは、私だから。インクに、酷いこと言っちゃったよね」
「でも……本當だったんだよね。私は、夜になると化になって、よくわからないものをたくさん吐き出して……生きてるだけで、迷かけてる」
「そんなことっ……!」
“無い”と言い切りたかった。
しかし、このまま彼を生かしておけば、犠牲者は増えるばかりだ。
フラムたちも、死ぬまであれに追われ続け、インクの近くでなければまともに眠ることすらできないだろう。
數日眠らないぐらいならなんとかなる。
だがこれから先、一生となると――もはや死ねと言われているのと同じことだ。
「いい、から」
「インク?」
「もう、いいよ。最後にフラムと、こうやってお話できただけで、あたしは幸せな方なんだと思う」
「待って、勝手に諦めないでよぉ!」
「じゃあどうすんのっ!? あたしが生きてる限り、みんな傷つくんだよね? そこまでして、生きていたいとは思わない。人間として、普通に幸せになることもできないなら、不幸なまま生き続けるより、ここで死んだ方がいいに決まってるじゃん……」
違う、間違っている、私がどうにかする。
本當は、そう言ってやりたかった。
けれどフラムは自分の無力さを知っている。
できることと、できないこと、それが存在することを理解してしまっている。
“諦める”という選択肢は――時に、正しいのだ。
インクはを起こし、フラムの腕の中から抜け出す。
そして床に橫座りで落ち著くと、フラムに向けて笑いかけ、両手を広げた。
「……はい、どうぞ」
甘えるように、インクは死を懇願した。
フラムはを震わせ、歯を食いしばり、嗚咽をらし、そしてついには涙を流す。
何も、できないのか。
コアを破壊しなければ、狀況は打開できない。
けれど、破壊すれば、彼は死ぬ。
別の方法での解決策が――仮にあったとしても、フラムが1人でそれを実現できるだろうか。
彼の手札は、魂喰い、凍結、反転、プラーナ。
それをパズルのように組合せても、インクを救うための手立ては思い浮かばない。
「それに、あたしを殺すのがフラムなら、それもそれで結構幸せなことなんだよ? だって、ほら、なんとなく……人間として、死ねるような気がするから」
彼は明るい聲で言った。
その言葉はきっと、フラムを納得させるためというよりは――自分の死を、けれるためのものに違いない。
殺したくなんてない。
けど、何も選ばないのは、それはそれで無責任だ。
死ぬ思いでデインを退けて、インクの元にたどり著いた。
それは、生かすか殺すか、どちらかを選ぶためだったはず。
すでに答えは出た。
彼もんでいる。
だったら、もう、どうしようもないと言うのなら――殺すしか、ない。
「ぅ……っく、は……あ……ああぁ……」
肩を震わせ、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、フラムはゆっくりと立ち上がった。
幽鬼のごとくふらりと揺れ、滲む視界で、インクの笑顔を正視する。
作り笑顔の、なんと痛々しいことか。
頬の筋が引きつり、強く目をつぶるとまた大粒の涙があふれる。
そんな狀態でもフラムは、責任を果たすために前に進む。
未だに拒もうとする右足に過剰なまでの力を込めて、持ち上げ――踏み出す。
浮いた足裏が再び床にれると、ずん、とさらに心が、そしてが重くなった。
「はああぁぁ……!」
腹筋に力を込め、息を吐き出しながら、次は左足をかす。
魂喰いの刃が、床とこすれカラカラと鳴る。
全から冷や汗が吹き出し、シャツをじっとりと濡らしていた。
「あ……うあぁっ……!」
もう、屆く。
両手で柄を握ると、切っ先を震わせながら、インクのにあてがう。
金屬の冷たい溫度をがじ取り、彼はぴくりとを震わせた。
「そう、それでいい。あ、でも一瞬で終わらせてね。痛いのは、やっぱ嫌だし……」
それは一杯の強がりだ。
わかる、考えなくたっていい、誰だって死にたいとは思わない。
できることなら、人として幸せになりたい。
インクは今だってそう思っているはずなのだ。
たった10歳のが、生きたいとんで、それが葉わない世界なんて――そんなもの。
「……フラム?」
「はぁ……ふぅ……はぁ……は、ひゅぅ……」
「ダメだよ、フラム。そこで止まったら。怖いじゃん。もう一気にやっちゃってよ、ぐさ、って!」
インクの聲だって、明るいようで、震えていて。
目が開けたなら、その下に涙が浮かんでたりするに決まってる。
「……ねえ、インク……本當は、我慢してるんでしょ?」
「してないよ」
「してるに決まってる! だって、じゃないと、おかしいよ! 噓、つかないでよ。本當はどう思ってるのか、教えてよ」
「それを教えて、意味がある? もし、あたしが本音をここで言ったとして、あたしとフラムが辛くなる以外の意味が、本當にあるの?」
そんなものは、無い。
強がりがインクの自己満足だというのなら、本音を求めるのはフラムの自己満足だ。
「無くても、私は聞きたい」
噓を噓のままにした狀態で、死んでほしくない。
せめて死ぬ前ぐらいは素直な自分で居てしい、と――殘酷に、けれど優しくそう願う。
「あたしは……あたしだって、本當は……!」
フラムにそう言われて、まだ隠し通せるほど、インクは大人じゃない。
虛勢は儚く。
一度壊れてしまえば、もう二度目の壁を作ることはできない。
垂れ流す。
願いと、みと、と――わがままに、年相応に全てを吐き出す。
「そんなの、生きたいに決まってるよ! だってあたし……まだ、10歳だよ? 10年しか生きてないんだよ? それなのにもう終わりだなんておかしいよおぉっ!」
「そう、だよね」
「なんで死ななきゃならないの? なんで化なんかになっちゃったの? どうして、あたしは普通に生きられなかったの!? オリジンの力なんていらなかった! あたしは、普通に――人間らしく生きられたら、それだけで良かったのに……!」
「うん、うん」
「けどこんなこと言ったって……どうにもならないことも、わかってる。だから、言わなかったの……死ぬしか無いから、飲み込んだまま終わろうと思ってたのぉ……!」
「……うん」
「フラムは、ひどいよ」
「ごめん」
自覚はある。
だから素直に頭を下げる。
それがあまりに即答だったものだから、インクは「ふふっ」と軽く吹き出す。
そして作りではない、本當の笑みを浮かべて言った。
「でも……ありがと。ちょっと、楽になったと思う」
吐き出した未練の分だけ、魂が軽くなる。
その分、フラムが背負うは多くなったが――んだのは、他でもない彼自だ。
「じゃあ、楽なうちにやっちゃってよ、フラム」
言われるがまま、フラムは手のひらに力を込める。
「わかった」
あとし、剣を前に突き出し、そして魔力を注ぎ込むだけで――終わる。
これから先、どんなに辛くても、今日、奪った命を永遠に背負い続けて。
二度と同じことを起こすものかと心に刻んで。
それを糧として、これから先の未來も、フラムは教會と戦い続けるのだろう。
仕方ないことだ。
フラムが出會った時點で、インクはすでに人間ではなかった。
心臓をオリジンコアとれ替えられ、人外の力を扱う螺旋の子供だった。
だから、時間を遡りでもしない限り、フラムに彼は救えない。
すでに終わった話。
本當は、この罪悪だって不要なもの。
インクの言うとおりだ、早く殺してあげて、一刻も早く生き地獄から開放して、前に進まなければ。
「……すす、む」
前へ。前へ。前へ。
――前って、どっちだろう。
自分が進もうとしている方向が前であるという保証は、どこにある。
確かにオリジンの力を持つ彼を殺し、それをに戦い続けるのは正道であるかもしれない。
しかし、それは、フラムがむ“前”なのだろうか。
「ちがう」
斷じて、違う。
出會ってしまった。
ほんの數日の生活だったとしても、ミルキットの時がそうだったように、時間なんて関係なくフラムはインクを救いたいと願っている。
それが、“前”だろう。
一般常識とか、倫理観とか関係なく、自分が進みたいと思った向きが、前であるはずなのだ。
「こんなのは、違う」
それが、守りたい人を殺して終わりだなんて。
後退だ。
転落だ。
フラム・アプリコットの死にも等しい。
そんなことが、あってなるものか。
あってなるものか。
あって――なるものか!
「間違ってる、絶対に。私は――」
フラムの手のひらから、剣が零れ落ちる。
「私はインクを殺さないッ! 最後の瞬間まで諦めない! じゃなきゃ、誰のための英雄にもなれっこない!」
「フラム……もう、いいよ」
「いいわけないじゃんっ! 生きたいんでしょ!? やりたいことがあるんでしょ!? だったら、葉わなきゃおかしいじゃない!」
「でもどうすんの!? どうやってあたしはそれを葉えたらいいのか、方法も思いつかないくせに適當なこと言わないでよぉっ!」
2人の聲が部屋に轟いた。
「方法はっ……方法なら……!」
彼を救うために必要なこと。
コアの破壊、その代用となるの手、そして移植。
1番目は問題ない、むしろそれ以外にフラムにはできることはない。
問題は2番目と3番目だ。
まずは1つずつ考える。
コアの代用品。
いや――そもそもコアは心臓の代わりに彼に配置されているのだ、正確には心臓の代用品と呼ぶべきだ。
「心臓の、代わり……代わり?」
……である必要など、あるのだろうか。
そのもので、いいのではないだろうか。
すなわち、生きた心臓。
く、死んでも構わない、誰かの――
「デインの、心臓……」
それを、インクに、移植する。
自分で言っておいて、そんな馬鹿げたことができるものか、と笑ってしまいそうだ。
仮にそれが可能だったとしても、コアを破壊して移植を済ませる間、インクの生命をどう維持する?
さらに心臓とは別の、一時的でもいいから彼を生かしておける“生命の力”が必要になる。
そんな都合のいいものがあるものか――と、再び鼻で笑いつつも。
しかし、心當たりはあった。
「無理だから……もういいからっ!」
黙り込むフラムに向かって、怒り混じりで言い放つインク。
その時――り口の方から、ゴオォオッ! と強烈な風が吹いた。
廊下にあふれていた眼球たちはその一撃で全てはじけ飛び、彼らが通るための道を開く。
そして姿を表したのは――
「フラム、無事だったか!」
「無事合流、生きてるみたいでよかった」
「ご主人さまぁぁぁぁっ!」
ガディオに、エターナに、そして誰よりも大切な人だった。
ミルキットは主の姿を見るなり彼に駆け寄り、抱きつく。
フラムもすぐさま抱き返し、2人はく抱き合った。
「よかった……よかったぁ……もう、會えないかと思いまじだぁ……っ」
「ミルキット……あぁ、私も會いたかった。本當に、本當に無事でよかった……!」
にじるぬくもりと、甘い匂い。
2人はお互いにお互いのを確かめあって、心の底から生きて再會できたことを喜んだ。
だがそんな喜びもつかの間。
再會できた所で、まだインクにまつわる問題は何も解決していないのだ。
「彼が螺旋の子供たちの1人――インク・リースクラフトか」
「無事なのは何より。でもシチュエーションを見るに、喜べる狀況でも無さそう」
彼のすぐそばに落ちた大剣に、涙で濡れた2人の顔。
エターナは見た瞬間に、大の事を察した。
だが何も知らない者も居るため、インクは改めて説明する。
「実はね……みんなを追い詰めてたあの眼球は、あたしが作ったものだったの」
「え、インクさんが、作った?」
フラムから離れると、ミルキットが聞き返す。
インクは頷き、話を続けた。
「オリジンの力が、意識を失うと表に出てきて、あたしを化に変えるんだ。あたし自には何も制できない。だから、全部終わらせるために、フラムに殺してもらおうとしてたんだけど」
「なるほど、寸前で殺すのをやめたんだ。そうなるよね、フラムなら」
し呆れたように言うエターナに、フラムは反論した。
「だって、まだ救える方法があるかもしれないじゃないですか!」
「そもそも、彼のがどういう狀況なのかわたしはよく知らない」
彼の疑問に答えたのはガディオであった。
「彼は生まれてすぐに、教會の施によって心臓とオリジンコアをれ替えられる処理をけている」
「解説ありがと。つまり、コアを破壊したらインクが死ぬんだ。なるほど確かに、代わりの何かが無い限り助けられないね」
「だから私は……」
ダメ元で、笑われても構わない、とフラムは先ほどの思いつきをみなに告げる。
「禮拝堂にあるデインのから、心臓をインクに移植できないかと思ったの」
「フラム、そんなこと……できるわけないじゃん」
「わかってる! でも聞いてみないとわからな――」
的になるフラム。
だが彼の言葉を遮って、エターナは言った。
「できる」
一瞬で、場が靜まり返る。
フラムはもちろん、冗談だと思った。
臓を別のにれ替えるなど、聞いたことがなかったからだ。
「心臓移植だよね。わたしなら、やろうと思えばできる」
だからなのか、彼は二度繰り返す。
二度目の言葉を聞くと、もはや疑おうという気は起きない。
事実なのだろう、できるのだろう、できて――しまうのだろう。
「臓の移植か、回復魔法の技が発展する以前に行われていたと聞いたことがあるが……」
「失われた技とか、薬の作り方とか、そういうの好きだから。ただし、非常に繊細で、高度な魔法の制が必要になる」
つまり、それを可能とする魔法使いは――彼しかいない。
「エターナの得意分野だな」
「そういうこと」
そう言って、手元で小さくピースサインを作るエターナ。
絶対に無理だと思っていたことも、可能にする……さすが英雄だ、とフラムは改めて痛する。
「ところでデインのって、さっき見かけたあの気持ち悪いの塊のこと? 確かにまだいてたけど」
「そ、そうですっ! あれを使えばっ!」
「型が一致している奇跡、拒絶反応が起きない奇跡、あと他にも――正直に言うといくつも奇跡を祈らないと功しないけど、それでもよければ。あとコアを破壊したあとの生命維持はどうするの?」
「それはっ……えっと、それも馬鹿げたことと言われるかもしれないですけど……」
だが、心臓の移植がるというのなら――
「ガディオさん、プラーナって、力っていうか、人の生命エネルギーみたいなものですよね?」
「そういう見方もできるな」
「じゃあ、プラーナを使って、死ぬはずの人間の命を延長することって、できませんか?」
もしプラーナが、數時間――いや、數十分でも良い、コアを破壊したあとのインクの命を維持できるのなら。
ガディオはし考え込んで、返事をした。
「扱いは難しいだろうが、傷を癒やしたり、毒を取り除く技もある。そういう使い方もできないことは無いだろう」
可能は、産まれた。
あとはそれをいかに摑むか、それだけだ。
フラムはインクに近づくと、しゃがみ込み、同じ目線の高さで問いかけた。
「もしかしたら、インクを人間に戻せるかもしれない」
「本當に、そんなことできるの?」
「可能は、0じゃない。失敗したら、取り返しはつかないかもしれないけど……」
もちろん、死ぬ可能だってある。
けれど、今まで絶対に無理だと思っていた、普通の人として幸せに生きる人生をつかむチャンスがそこにある。
諦めなくていい、選択する余地がある。
もし失敗したとしても、それは一方的に與えられたものではなく、自分が選んだ結果である。
その違いが、どれだけ彼を救うことか。
「しでも可能があるなら、あたしは賭けてみたい」
インクに、迷いなど無かった。
◇◇◇
それからは、時間との戦いだった。
エターナはすぐさま禮拝堂へ戻り、デインのを水で包んで部屋まで運ぶ。
それを隅で見ていたミルキットは、あまりのグロテスクさに口元を手で抑えた。
しかし、フラムとガディオはそれどころではない。
「俺はお前に合わせる、好きなタイミングでやれ」
「はいっ!」
大剣ではなく、デインから回収した短剣を握り、インクのに先端を當てるフラム。
「痛いけど、我慢してね」
「……うん、頑張る」
フラムは目を閉じ、大きく深呼吸をして、の中から魔力をかき集めた。
イメージする。
の真ん中で集められた魔力は球となり、浮かんでいる。
それを両手に流し込み、手のひらを通して短剣の柄へ、そして刃へ。
狙うはオリジンコア。
反転の力を、刃が接すると同時に中に流し込み、破壊する。
一連の流れが、瞼の裏に焼き付けられる。
あとはその手順通り、自分がくだけ――腕に力が籠もり、刃がインクのの中に沈んでいく。
「っぐ……」
「反転リヴァーサルぅっ!」
パキッ!
魔力が流れ込むと、コアの中が逆回転を始め、負のエネルギーを作りだす。
すると水晶そのものが、想定外のエネルギーに耐えられなくなり、で2つに砕けた。
インクは、自分のから力が失われていくのをじた。
そして同時に、教會を取り囲んでいた眼球が、枯れるように灰になり、崩れていく。
もうあのおぞましい景を見ることも無いだろう。
「ふんッ!」
そこにすかさず、ガディオがインクのに手を當て、素手でプラーナを注ぎ込む。
ドクンッ!
手のひらから注ぎ込まれる、膨大な量の“生命”の塊。
コアを失い、冷たくなりはじめていたインクのが、今度は焼けるように熱くなった。
「あっ……あ、あっ……」
インクはをのけぞらせ、ガクガクと震える。
「頑張れ、インク」
フラムの応援の聲が聞こえたのか、口元に微かに笑みが浮かんだ。
そして、ついにエターナが近づき、移植を開始する。
「ここからはもっと痛い、歯を食いしばって」
そう言って彼が手を橫に薙ぐと、の周辺に大小様々な水の刃が浮かび上がった。
そのうちの1つがインクのに素早く近くと、彼のにメス・・をれる。
そこから先のきは――あまりに早く繊細で、近くで見ていたフラムにも理解できないほどだった。
數十本の水の刃、そして後から現れた數本の水の手が、踴るように飛びい、インクのを切開していく。
まず最初にから割れたコアを取り除くと、が吹き出した。
すぐさま水の塊で傷口を塞ぐ。
の清潔さを保ち、出量を抑える――本來なら複數人で行うはずの作業を、エターナは魔法を用いてたった1人で行った。
インクは、あまりの痛みにぎ聲のように小刻みにを震わせている。
実はガディオの手によって痛覚も鈍り、格段に痛みは軽減されているのだが、それでも普通では耐えられないほどである。
彼を支えているのは、これさえ終われば、自分が人間に戻れるのだという希。
遠くで見ていたミルキットは、いつの間にか彼のすぐそばに移しており、手を握って無事を祈っていた。
フラムも同様に手を握り、開かれたから目をそらさずに、真剣な表で施を見守る。
「ふぅ……」
エターナは時折、汗ばむ額を手首で拭った。
彼をもってしても、困難な作業だということだろう。
しかし、人の手で行われた時よりも、はるかに早いスピードで手は進んでいく。
あれよあれよという間にデインのから心臓が切り離され、インクのに沈む。
そして水魔法で生した糸で合し、正常にいたのを確認。
最後に傷口も塞ぐと――施は完了した。
「……できることはやった」
全を襲う気だるさに、エターナはその場でもちをつくように座り込む。
インクは力の限界だったのか、苦しそうな表で意識を失っていた。
上下するの下では、自分のものではない心臓が鼓を刻んでいる。
「助かったの……かな」
「そう願いたいな」
ガディオは、灰まみれになった廊下を眺めて言った。
「あとは後の経過次第」
顔に表は出ないが、エターナも彼なりにインクの無事を祈っている。
「ありがとうございました、私だけじゃどうにもできなかったです」
フラムは深々と、2人に頭を下げて言った。
「それはわたしも同じこと」
「俺だけでも無理だっただろうな」
「私は……居なくてもよかったかもしれませんけど」
謙遜するミルキット。
そんな彼に、エターナがにやりと笑って一言。
「ミルキットが居ないとフラムがやる気を出さない。だから必要」
「まるで私のやる気が無かったみたいじゃないですか!」
フラムは早口気味にまくしたてた。
「確かに、彼が來る前と來た後では、全く表が違うな」
「ガディオさんまで……」
ふくれるフラムに、エターナとガディオは表をほころばせる。
一方でミルキットは、し照れくさそうにしていた。
そして彼はフラムに近づくと、隣に座り、他の人たちから見えないようこっそりと軽く手を重ねる。
「ミルキット?」
間近で目を見つめながら、フラムは問いかける。
すると彼は、2人だけに聞こえる小さな聲でつぶやいた。
「私も、ご主人様が居ないとダメみたいです」
し離れただけで、気が狂いそうになるほど辛かった。
常に不安でがぎゅっと締め付けられて、息ができないほど苦しかった。
だからもう――離れ離れにならないように。
そんな願いを込めて、彼の方から手をれ合わせたらしい。
フラムの顔がぽっと赤らむ。
喪失の痛みは、何も彼だけが味わっていたわけじゃない。
互いに苦しみ、だからこそ、今までより強く相手のことを想えるようになった気がする。
フラムは、重ねられるだけだった手を、きゅっと握った。
「あ……」
「別に見られたっていいじゃん、ね?」
フラムがウインクしながら言うと、ミルキットは「はい」と小聲で返事をした。
実を言えば、エターナとガディオにはとっくに気づかれていたのだが。
英雄の目を素人が欺けるはずがないのである。
「早く目を覚ますといいね」
「はいっ、インクさんにはまだまだ食べてしい料理がたくさんありますから」
そう言って、2人でインクの顔を見つめる。
その場に居る誰もが、彼が目を覚まさないことなど考えもしていない。
誰もが、功を確信していた。
日の出とともに照らされた空は、地平線より黒から紫へ、そして橙へとを変えていく。
朝日が王都に差し込み、闇を払ってゆく。
長い夜は終わった。
そして、誰一人欠けること無く、新たな朝が始まる――
【書籍化・コミカライズ】竜神様に見初められまして~虐げられ令嬢は精霊王國にて三食もふもふ溺愛付きの生活を送り幸せになる~
魔法王國フェルミ。 高名な魔法師家系であるエドモンド伯爵家令嬢ソフィアは、六歳の時に魔力判定でゼロを出したことがきっかけで家族から冷遇される日々を送っていた。 唯一の癒しはソフィアにしか見えないフェンリルの『ハナコ』 母にぶたれても、妹に嫌がらせを受けても、ハナコをもふもふすることで心の安寧を保っていた。 そんな彼女が十六歳になったある日。 ソフィアは國家間の交流パーティにて精霊王國の軍務大臣にして竜神アランに問われる。 「そのフェンリルは、君の精霊か?」 「ハナコが見えるのですか?」 「……ハナコ?」 そんなやりとりがきっかけで、何故かアランに求婚されてしまうソフィア。 家族には半ば捨てられる形で、あれよあれよの間にソフィアは精霊王國に嫁ぐことになり……。 「三食もご飯を食べていいんですか?」 「精霊國の皆さん、みんなもふもふ……幸せです……」 「アラン様と結婚できて、本當によかったです」 強制的に働かされ続け、愛も優しさも知らなかった不器用な少女は、精霊王國の人たちに溫かく見守られ、アランに溺愛され、幸せになっていく。 一方のフェルミ王國は、ソフィアが無自覚に國にもたらしていた恩恵が絶たれ崩壊への道を辿っていて……。 「君をあっさり手放すなぞ、エドモンド家は判斷を誤ったな。君の本當の力がどれだけ凄まじいものか、知らなかったのだろう」 「私の、本當の力……?」 これは、虐げられ続けた令嬢が精霊國の竜神様に溺愛され、三食しっかり食べてもふもふを堪能し、無自覚に持っていた能力を認められて幸せになっていく話。 ※もふもふ度&ほっこり度&糖分度高めですが、ざまぁ要素もあります。
8 135【書籍化決定】白い結婚、最高です。
沒落寸前の男爵家の令嬢アニスは、貧乏な家計を支えるため街の菓子店で日々働いていた。そのせいで結婚にも生き遅れてしまい、一生獨身……かと思いきや。 なんとオラリア公ユリウスから結婚を申し込まれる。 しかしいざ本人と會ってみれば、「私は君に干渉しない。だから君も私には干渉するな」と言われてしまう。 ユリウスは異性に興味がなく、同じく異性に興味のないアニスと結婚すれば妻に束縛されることはないと考えていた。 アニスはそんな彼に、一つだけ結婚の條件を提示する。 それはオラリア邸で働かせて欲しいというものだった。 (ツギクル様にも登録させていただいてます) ※書籍化が決定いたしました。12/9、ツギクルブックス様により発売予定です。
8 165井戸の中【完】
裏庭にひっそりとある、その古びた井戸。 誰からも忘れ去られて腐って黒ずんだ姿は、近付くのも恐ろしい程にとても不気味だった。 ーーだけど、それ以上に不思議な魅力があった。 次第にその井戸に取り憑かれてゆく俺。 そこは、俺の過去を隠す秘密の場所ーー。 ↓YouTubeにて、朗読中 https://m.youtube.com/channel/UCWypoBYNIICXZdBmfZHNe6Q/playlists ※ 表紙はフリーアイコンを使用しています 2018年10月29日 執筆完結作品
8 58五つの世界の神になる!?
主人公神谷皐月はトラックにより死んだ…それは神様が関わっていた!? 死なせてしまった神様は謝罪を込めて皐月を異世界に送ると言い そこから皐月の異世界生活が始まるが…能力がチート過ぎて…どうなってしまうのか!?
8 77魔法と童話とフィアーバの豪傑
グローリー魔術學院へ入學したルカ・カンドレーヴァ。 かつて世界を救う為に立ち上がった魔法使いは滅び200年の時が経った今、止まっていた物語の歯車は動き出す___。
8 176闇夜の世界と消滅者
二〇二四年十一月一日、世界の急激な変化をもって、人類は滅亡の危機に立たされた。 突如として空が暗くなり、海は黒く染まり始めた。 それと同時に出現した、謎の生命體―ヴァリアント それに対抗するかのように、人間に現れた超能力。 人々はこれを魔法と呼び、世界を守るために戦爭をした。 それから六年。いまだにヴァリアントとの戦爭は終わっていない…………。
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