《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》幕間4 βは矛盾を投げ捨てて

――セーラが行方不明になったその日。

王都の路地にて、彼は眼球に追い詰められ、逃げ場も失っていた。

「ごめんなさいっす、みんな……」

走馬燈のように脳裏に浮かぶ、お世話になった人々の姿。

二歳の自分を、まるで自分たちの子供のように可がってくれた修道や騎士たち。

ない教會の外での友人であるフラムやミルキット、それに出會ったばかりのエターナ。

誰にも恩を返すことができず、このまま死んでしまうのか――

最後に浮かんだのは、ついさきほど、目の前で死んでしまったエドやジョニーの姿だった。

彼らは、まるで兄のように自分を可がってくれた。

時折うざったくじることもあったけれど、遊び相手として、訓練相手として、そして家族として――あんな死に方をしていい人間では無かったはずだ。

憤る。

しかし憤怒を力に変えても、自分にはこの狀況を打破することはできない。

無力にひしがれるセーラ。

そんな彼の頬を、一陣の風が凪いだ。

ゴオォォオオッ!

突如巻き起こった暴風。

セーラはとっさに、両手で頭を守った。

その隙間からは、自分を追い詰めた眼球が浮き上がり、空中で細切れにされていく景が見えている。

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だが見えているのはそれだけではない。

風の向こうからこちらに歩み寄ってくる、ローブを纏った――彼は風によって切り開かれた道を真っ直ぐに進み、セーラの前で立ち止まると、しゃがんで彼の顔を覗き込み言った。

「無事だったかしら、セーラちゃん?」

フードの向こうで、赤いルージュのが笑みを形作っている。

どこかで聞き覚えのある聲に、青い、そしてさらに濃い青の髪。

セーラは、彼を知っている。

「ネイガス、っすか?」

名前を呼ばれると、彼は上機嫌に「ふふっ」と聲を出した。

「どうしてここに?」

「覚えててくれて嬉しいわ。まさかこんな場所で會うとは思ってなかったけど、どうやら私と同じ狀況みたいね」

「同じ狀況……まさかあれに追われてるんすか?」

「ええ、教會のことをちょっと調べただけでこの有様よ、酷いってもんじゃないわ。さて、事の説明は後でするとして、まずはここから逃げないとね」

ネイガスの背後からは、また新たな眼球が迫っている。

はセーラの小柄なを抱き上げると、足元に風をまとわせ、近づく球を切り刻みながら、薄暗い路地を駆け抜ける。

「ま、待つっす! なんで魔族がおらを助けるっすか!?」

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「なんでって……追い詰められているの子がいるのに、助けない理由があるの?」

「そ、それはそうっすけど……」

「困った人がいたら助ける、それは當然のことだと思うわ」

自分の故郷を滅ぼした魔族の言葉とは思えない。

しかし、彼が噓を言っているようにも思えない。

セーラは戸いながらも、ネイガスの首に両腕を回した。

逃亡を続ける二人がガディオと出會ったのは、それからわずか數十分後のことである。

奴らの追ってこない場所を探し、り組んだ道を進んでいる途中のこと。

角を曲がると、珍しく長い直線に出る。

すると真ん前から、ドス、ドスと重い足音を鳴らしながら、どこかで見覚えのある黒い鎧の男が走ってきた。

敵だ――そう思いネイガスは瞬時に構えたが、彼の背後から現れた眼球を見て警戒を解く。

どうやらガディオも、同じように教會の暗部にれてしまったらしい。

両者はちょうど中央にあった曲がり角の前で合流すると、並走しながら會話をわす。

「何者だ?」

ガディオは背中の剣に手をかけながら、ローブのを睨みつけた。

「私よ、ネイガス。お久しぶりね、英雄さん」

ネイガスはしフードをまくり、青いを見せながら言う。

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さすがにこれにはガディオも驚いたらしく、目を見開いて彼を凝視した。

「……三魔將だと? 貴様がなぜここにいる」

「なぜって、あなただって教會の暗部を調べてたから、あれに追われてるんでしょ?」

「なるほど、お前も同じということか」

現在、二人の目的は一致している。

魔族にしてみても、オリジンの力を使う教會を放置はできない。

本來、あれは完全に封印されているはずなのだ。

そして、魔王の手により管理が行われている。

先代からけ継いだ図を參考に、封印に変化が無いかチェックされ、萬が一にでも緩む可能は無い。

しかしなぜか、力が王國にれている――その出処を探るため、ネイガスは教會の施設の調査を行っていた。

フラムやセーラと遭遇したあの時も、ちょうどその調査の途中だったのだ。

「それにしても無茶な奴だ、単で王都に潛するとはな」

「そっちだって一人で無茶やったから、追われてるんじゃないの?」

「まあな」

二人はほぼ同時に「ふっ」と軽く吹き出した。

笑っている場合ではないのだが、逆に言えば笑うしかないほど追い詰められたということもである。

「私は今まで、王都の外にある教會施設を調べてたの。でも、なかなか所在もわからないし、いざ研究所を見つけてももぬけの殻ってことが多くてね。だから思い切って、本拠地に侵してみたってわけ。それに、いざ貧民街ってとこに潛んでみたら、意外と見つからないのよね。あの辺の警備はザルよ、ザル」

「人のテリトリーを王國が統一してからもう長い。侵者の危険も無いとなると、警備の兵たちもたるんでしまうのは仕方あるまい。もっとも、今は兵より優秀な警備システムが設置されているようだがな」

ガディオはそう言うと、速度をゆるめずに首だけを回して振り向く。

そこには、三人分――つまり三倍の量の、道を埋め盡くすほどの眼球が転がっていた。

「あれは、一なんなんすか?」

その正すら知らないセーラは、二人に問いかける。

ガディオは彼の質問に答えるより先に、ネイガスに別の疑問を投げかけた。

「ネイガス、そのは誰だ。見たところ修道のようだが」

「セーラって言うの、何故かあれに追われてたから拾ったのよ。うっかり何か知っちゃったんでしょうね。ほら、あなたと一緒に旅してたフラムちゃんって子がいたじゃない? あの子の知り合いみたい」

「フラムの? 彼は田舎に帰ったのでは――」

ジーンの言葉を信じるのなら、だが。

要するに、彼が噓をついていたということなのだろう。

薄々そんな気はしていた。

確かに力は無かったが、それでも努力を重ねていたフラムが、無責任にいきなり逃げ出すとは思えなかったのだ。

ガディオは珍しく不快わにした。

それを見て、ネイガスは「ふうん」と何かを納得したようにつぶやく。

「違うっす、おねーさんは今も王都に居るっす。あ、そうだ。もしフラムおねーさんに會うことがあったら、自分は無事だと伝えてしいっす!」

「承知した。だが彼は一どこに……ちぃっ!」

言葉を言い終える前に、上からぼとぼとと奴らが落ちてくる。

ガディオは剣を抜き、ネイガスは魔法を放つ。

おかげでどうにか難は逃れたが、一時しのぎにしかならない。

次から次に降り注いでくる眼球に、二人は分斷されてしまう。

そしてそのまま、結局フラムが王都にいる理由を伝えられないまま、別々の方向へと走っていったのだった。

◇◇◇

その後、セーラはネイガスに抱えられたまま、一日ほど王都をさまよった。

どこか安全な場所は無いか、元兇がどこかに潛んでいるのではないか、と期待して探索するも、結局見つからず。

さらにはセーラが教會から追放処分をけていることを知り、意気消沈したまま――王都を出る。

眼球は、王都からいくらか離れると、もう追ってこなくなった。

小高い丘の上に立つネイガス。

その腕の中で、セーラは遠く離れ、小さくなった王都を、寂しげに眺めている。

「風をって聲を聞いてみたけど、教會の人たちは心配してたみたいよ」

「……そう、っすか」

「みんながみんな悪い人ってわけじゃないわ」

「わかってるっす。でも……」

セーラは目を細め、修道服をきゅっと握りしめる。

信じてきたものに裏切られた。

その痛みが、無くなるわけじゃない。

「おらはこれから、どこに行ったらいいんすかね。居場所が、なくなってしまったっす」

故郷ももう存在しない。

第二の故郷にはもう帰れない。

仮にあの眼球が消えたとしても、追放処分が覆ることはないだろう。

それこそ、教會が消滅するか、あるいは制が変わりでもしない限りは、もう二度と王都には戻れないのだ。

「居場所になるかはわからないけど、魔族の町に案してもいいわよ。基本的に人間とは関わらないよう魔王様に言われてるけど、みんな嫌いってわけじゃないのよ? セーラちゃんぐらい素直でかわいければ、みんな優しくしてくれると思うわ」

「魔族っすか……」

「やっぱり信用できない?」

セーラは、ためらいがちにこくんと頷いた。

確かに助けられた。

教會にも裏切られた。

だからといって、憎み続けた魔族を信用できるわけじゃない。

「じゃあ――信用できるようになるまで、私についてくるっていうのはどうかしら?」

屈託のない笑顔で、そう提案するネイガス。

「ネイガスに?」

セーラは不安に揺れる瞳で、彼の顔を見た。

「ただし、條件がひとつだけあるわ」

「まだ付いていくって決めたわけでもないのに、條件を押し付けるんすか?」

「……ま、まあ、一応聞くだけ聞いてしいの。その、わ、私のことも……フラムちゃんと同じように、“おねーさん”って呼んでくれないかしら?」

鼻息荒く、ネイガスはそう提案した。

その表は、セーラの目からみても、どことなく変態っぽい。

「嫌っす」

セーラは即答した。

「なんで!?」

「なんか気持ち悪いっす。ネイガスはネイガスで十分っす」

「えぇー! 呼び捨てなんて味気ないじゃなーい! 呼んでよぉ、呼んで呼んでー!」

子供のように駄々をこねるネイガス。

セーラの中の、魔族に対するイメージがガラガラと音を立てて崩れていく。

ネイガスはしばらく子供のようにを尖らせていたが、何かを思い出したように「はっ」と真剣な顔になって、何やらぶつぶつと呟きはじめる。

「……いや、待って。呼び捨てっていうのも、それはそれで距離まってアリなんじゃないかしら。おねーさんって言うと“憧れ”とか“高嶺の花”ってじが出るけど、呼び捨てだとというか、手が屆く範囲にいるみたいで……滾るわ!」

ちなみにそれらは、獨り言ではあったが全てセーラに聞こえていた。

はドン引きすると、ネイガスの腕の上で暴れだした。

「離すっすー! おらは一人で旅に出るっすー!」

「あ、ちょっ、待って、待って! 降ろすから! 私がゆっくり降ろすから、落ち著いて!」

バランスが崩れ落ちそうになる前に、ネイガスは自らセーラを腕から解放し、ゆっくりと地面に降ろす。

そして「おほんっ」と咳払いをすると、気を取り直して話を再開させた。

「これから私は、教會の使う力がどこから來たものか探るため、王都の外にある施設を探そうと思うわ。王都の中に関しては、私が介しなくても、あのガディオって男がいてるならいつか暴かれるでしょう」

「フラムおねーさんもくと思うっす」

「そっか、あの子も王都にいるのよね。ならあっちは任せるとして――ところでセーラちゃん、やっぱり私のこともおねーさんって……」

未練タラタラのネイガスを、キッと睨みつけるセーラ。

「わかったわよぉ、今は諦める。あなたの信頼を勝ち取ることを第一に考えるわ」

「その調子じゃ無理だと思うっすけど」

と言いつつも、すっかりセーラは警戒を解いている。

信用はしていないが、すでに彼が危険な相手だとは思っていないようだ。

「まあとにかく、教會の施設を探るわけだから、もし私についてくるなら、危険に巻き込まれることも出てくると思う。一人で辺境の村に潛むって言うんなら、それでもいいと思うわ。安全な場所までは私が送っていく」

「知り合いも居ない場所で、ひとりは、辛いっすね」

特に心が弱っている今は、誰でも良いから近くにいてしい。

「最悪、ネイガスでも良いから一緒にいてくれた方が、助かるっす」

「……最悪なの?」

「最悪っす」

「ぐっ」

を抑え、膝をつくネイガス。

大げさなリアクションに、セーラは微かに口元に笑みを浮かべた。

「でも、仮についていくとしても、ネイガスの負擔にならないっすか? おら、そんなに強くないっすよ?」

セーラは、エニチーデ近辺の窟で見た、彼のステータスを思い出す。

文字通りの桁違い、指先一つで吹き飛ばされてしまいそうなほどの力の差があった。

「回復魔法の使い手が行を共にしてくれるってだけで助かるわ。それに、一人で行するのも飽きてきたしね。私としても、二人の方が気持ちは楽になると思う」

「なら……お言葉に甘えさせてもらうっす。まだ完全に信用はできないっすし、故郷を滅ぼしたのが魔族じゃないってのにも納得はしてないっすけど……なくともネイガスが噓をついてないってことは、なんとなくわかるっすから」

「そっか、ありがとね」

ネイガスは腰をかがめて視線の高さを合わせると、目を合わせ、微笑みながら、セーラの頭をでた。

本當に彼は、真っ直ぐに笑顔を向けてくる。

フラムもそうだったが、基本的に人間というのは、真正面から笑顔を向けられると恥ずかしいものだ。

相手が人ならなおさらで――ネイガスは言の変態さえ無ければ、顔つきはまっとうな人である。

スタイルだって良い。

そんな相手に見つめられ、頭もでられたのだ、セーラの溫が上がるのも仕方のないこと。

ほんのり赤らんだ彼の頬を見て、ネイガスはにやつき、ぼそりと零す。

「脈あり?」

「そういうこと言うから臺無しになるんすよぉ!」

「あはは、ついね。悪い癖だとは思ってるんだけどぉ……セーラちゃんが可いのが悪いのー!」

抑えきれないが顔を出し、ネイガスはセーラの小さなをがばっと抱きしめた。

「あぁ、なんでこんなに可いのかしら。最初に見た時に、こう、何ていうの? 小を見た時のきゅんきゅん來ちゃうじ? あれを何倍にも膨らましたようなが私の中に芽生えたのよ!」

「やめるっす、苦しいっす! それにおらはじゃないっすー!」

「ごめんなさいねえ、可いものを見ると歯止めが効かなくなっちゃうのよ……私、魔族だから」

「魔族関係ないっすよそれー!」

苦しいし、熱いし、らかいし、やけにいい匂いがして、なぜか嫌だった。

セーラは必死に抵抗したが、魔族は筋力もかなり高い。

中々離れてくれず、結局は彼が満足するまで數分間たっぷり抱きしめられてしまった。

「ぜぇ……はぁ……」

ようやく解放されたセーラは肩を上下させ、疲労困憊だ。

一方でネイガスは、非常に満足げだった。

の暴走をれるかどうかはさておき、こうも自分をでたがるネイガスが、セーラに噓をついているとは思えない。

これが噓だと言われたら、セーラはもう二度と誰も信じることができなくなるだろう。

だから、噓であってはならないのだ。

信じる他、彼に道は無い。

セーラは大きく息を吐くと、ネイガスに自分の手を差し出した。

「はぁ……とりあえず。これから、よろしく頼むっす」

その表はどこか不満げだ。

だが――“挨拶はしっかりすること”、教會で育てられてきた彼にとって、それは避けられない儀式なのである。

ネイガスはその小さな手に、一回り大きな青い手を重ね、しっかりと握りしめる。

「こちらこそ、よろしくね」

確かには違う。

しかし手のひらごしに伝わる溫は、等しく溫かい。

魔族も人間と同じ生きなのだと、セーラは今さらながら、そう実するのだった。

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