《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》幕間5 αは矛盾を知るがゆえに
キリル、ジーン、マリア、ライナス――ついに四人になった勇者パーティは、それでも旅を続けていた。
勇者は相変わらず落ち込んだままで、言葉數はない。
それに引っ張られて、パーティ全の空気が悪くなっていたはずなのだが、どうも今回は事が違うようだ。
ジーンが、やけに上機嫌だった。
マリアも高揚しているようで、ライナスが話しかけると、いつも以上に饒舌に答えてくれる。
歩く速度もいつもより早い。
魔王討伐のための旅だ、二人が調子を取り戻したのなら歓迎すべきなのだろう。
しかしライナスは、し歩く速度を緩め、三人の後ろ姿を考え込むような表を見せながら観察していた。
そしてじる。
彼らを――特にマリアを取り巻く、薄氷のごとき“危うさ”を。
苦悩を自力で打ち破ったのではなく、間違った方向に吹っ切ってしまったのではないか。
そんな時、ふいにマリアがライナスの方を振り向く。
彼は笑顔を見せると、彼に近づいていった。
「難しい顔をしてどうされたんですか?」
「やけにマリアちゃんが上機嫌だったから、何かあったのかなって考えてたんだよ」
「大した理由ではありません。ただ、いつもよりしばかりの調子が良いだけです」
「そう? ならいいんだけどな」
違う。
おそらく彼は、何かを隠している。
そしてそれを、自らの口でライナスに語ることはないだろう。
利用価値が無いと思われているからか。
信用されていないからか。
あるいは――巻き込みたくない、そう思っているからなのか。
し前までは、マリアの笑顔を見ていれば、ライナスの悩みなど容易く吹き飛んでいたものだが。
今は、彼のその表を見るたびに、不安が膨らんでいる。
――本當は、強引にでも連れ去って、旅を辭めさせるべきなのかもしれない。
そしてどこか遠い場所で、二人で暮らすのだ。
いや、ライナスにだってそれが無理なことはわかっている。
マリアは全力で拒むだろう。
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だが、だとしても、彼が“正しい”と信じていることが、果たして本當に正しいことなのか。
「……どうして、ライナスさんは」
一瞬、マリアの表が曇る。
「ん?」
「いえ、なんでもありません。行きましょう、ライナスさんっ」
すぐにその影は消え去り、彼は誤魔化すようにライナスの手を握った。
そして彼らは並んで歩く。
その間に、絶的なほど巨大な、見えない隔絶があることを自覚したままで。
◇◇◇
魔族の領地を進んでいると、例のごとく、妨害するために三魔將のツァイオンが襲い掛かってくる。
ここ數回ほど、キリルたちはツァイオン一人に撃退され、撤退を繰り返していた。
いい加減に彼の方も飽きた様子で、最低限の力で向かってくる。
「てめえらには熱がねえ。これぐらいで十分だ――フレアメテオライト!」
ツァイオンが天に向かってかざした手。
その上に、巨大な火球が生み出される。
しかし、魔力を過剰消費し、魔法の威力を増大させる法外呪文イリーガルフォーミュラすら使っていない。
明らかに手を抜いた魔法の行使だが、それすらも突破できないほど、勇者パーティは弱化していたのだ。
唯一まともに戦えていたライナスが、ツァイオンの程外より弓を引く。
パシュゥッ!
放たれる三本の矢。
それらはツァイオンに命中する前に散開し、それぞれ別の方向から彼に襲いかかった。
「こいつだけは熱量を失ってないようだが、オレには屆かねえよ」
フレアメテオライトを地上の三人に向かって放ち、そして彼はついでのように自らのの周りに炎を纏った。
ただそれだけで、ライナスの放った矢は燃え盡きる。
決して甘い攻撃ではない。
本來ならば、ガディオの剣ですら撃ち落とすことが難しいほどの力がこもっているのだ。
それをいとも簡単に燃やしてしまう、ツァイオンの炎が異常なのである。
しかしライナスは手を緩めない。
また三本の矢を引き――今度は束ねて放つ。
シュゴオォッ!
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明らかに先ほどとは異なる、空を切る音。
ツァイオンはそれを睨みつけると、
「そらぁっ!」
同じように炎を束ねた矢――ファイアアローをけしかける。
直後、地上のジーンが彼に向かって魔法を放った。
「ブルーフレイム」
「オレに向かって火屬魔法だと? トチ狂ったのかよ!?」
まるで人魂のようにゆらりと青い火玉がツァイオンに向かって飛んでいく。
あえて対処する必要をじないほど、弱い炎だった。
パァンッ!
ファイアアローとライナスの矢がぶつかり、弾ける。
すると今度は、々に砕け散った矢の破片のひとつひとつが風の魔法を宿し、ツァイオンを追尾した。
「テラーメッセンジャーは、死ぬまでお前を追い続ける」
ガディオが地屬の魔法を使いこなすように、ライナスも風屬の魔法の使い手である。
彼の放った矢は、全ての破片が跡形も殘らず消されるまで、最初に定められたターゲットを風に乗って追尾する。
ツァイオンは空中で高速で旋回し、振り切ろうと試みる。
しかし距離は離れても、追尾は止まらない。
炎魔法で矢を破壊しても、さらに斷片化され、數が増えるだけだった。
ジーンのブルーフレイムも同様に、ゆるゆるとした速度で彼を付け回す。
「しゃらくせえェッ!」
彼はそれら全てを引きつけると、
「ブレイズスフィアアァァッ!」
自らの周囲を超高溫の球で覆い、全てを焼き盡くす。
ライナスの矢はそれによって一瞬で灰となり消え失せた――が、ジーンのブルーフレイムに変化はない。
ブレイズスフィアの中にあっても、青い火玉は同じ調子で追跡を続ける。
ツァイオンは舌打ちすると、自らそれに接近して手で握りつぶそうと試みた。
それがただの炎ならば、問題なく消えるはずだった。
しかし――青い炎がツァイオンの腕に纏わりついたかと思うと、彼の溫を急速に奪っていく。
「なっ……! 炎じゃ、ねえのか? 腕はかねえ、じゃあこれは氷――いや、だったらブレイズスフィアで消えるはずだろ!?」
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戸うツァイオンを見て、地上のジーンはにやりと笑う。
「ブルーフレイムは炎だ、それでいて氷でもある。頭の悪いボク以外のサルどもにはわからないだろうけど、ふふっ、ははははっ、ボクはついにこの領域まで到達したんだよォ! そら次も行くぞ、メデューサウィンド!」
ジーンが手をかざす。
だが、景に変わりはない、魔法はなにも発していないように見える。
そんな時、ツァイオンの顔をそよ風が凪いだ。
チリッ……そして頬に何かが當たったような気がして、彼はそこにれる。
すると、石が付著していた。
彼は指先でそれを払おうとしたが、張り付いておりうまく取ることが出來ない。
さらに指でつまむと、一緒に顔の皮まで引っ張られる。
「まさか……っ!?」
そう、石は付著したのではない。
が石化していたのだ。
ツァイオンは、猛スピードでその場から移する。
そこに、まるで読んでいたかのようにライナスの放った矢が飛來し、ザシュッ、と右肩に突き刺さった。
「がっ……! ち、ちくしょう、妙な魔法を使いやがって! プロメテ――」
ツァイオンは手加減をやめ、大規模魔法を発しようとする。
だがマリアの魔法がそれを遮った。
「セイクリッドランス!」
一本のの槍が彼の橫に作り出され、ツァイオンに向かって一直線に飛んでいく。
彼はを傾け回避しようとしたが、それは右腕を貫く。
そしてジュゥ――とを焼いた。
「があぁっ! ぐっ、だが……まだまだァッ!」
彼の戦意は萎えていない。
の奧で、盡きること無く燃え続けている。
しかしマリアの魔法が、腕を貫きを焼いた程度で止まるはずもなかった。
「スパイラル」
彼は口元に笑みをたたえると、ぼそりとそう呟いた。
するとの槍が高速で回転を始め、ツァイオンの腕が捻れていく。
「な、なんだ……回って……ぎっ、い、ぎっ……があぁぁぁああっ!」
ギュイイィィィィ――のミキサーが、を巻き込み、筋をねじ切り、骨を砕いていく。
ツァイオンの腕は意思に関係なくガクガクと震え、さらに破壊を続けると、やがて彼の腕を回転させながら引きちぎった。
「はっ……あ、ぐ……てめ……えぇ……!」
それでも意思は強く、高潔に。
彼らをシートゥムの元にたどり著かせるわけにはいかない、その一心でマリアたちを睨みつける。
だが、ジーンとマリアは次の魔法を放とうとしているし、ライナスも弓を引く。
唯一キリルだけは、剣を握ったまま暗い表で突っ立っているだけだが、ツァイオンを殺しきるにはすでに十分である。
シートゥムの泣き顔が浮かぶ。
死ぬことだけは――それだけは、避けなければならない。
彼は地面に落ちた、千切れた腕を手に取ると、背中を向けて撤退した。
「エレメントバースト!」
「ジャッジメントストーム!」
ゴオォォオオッ!
そんなツァイオンに向けて、ジーンとマリアは容赦なく魔法を放つ。
それも、自分が持ちうる最高威力のを。
エレメントバーストは、四屬を束ね、直線上に存在するあらゆるを破壊する、威力だけに特化した魔法だ。
四屬が混じり合っているためか、放たれるのは白い閃で、屬魔法に見えなくもない。
火を防げても他の三屬が、水を防げても他の三屬が対象にダメージを與えることで、裝備も耐も関係なく平等に死をもたらす。
ジャッジメントストームは、本來は相手に向かって巨大なの剣を放つだけの“ジャッジメント”の応用魔法だ。
剣を高速回転させることで、周囲を巻き込む衝撃波を発生させ、より広い範囲の敵を浄化し、焼き盡くす。
ツァイオンはちらりと振り向くと、まずはジャッジメントストームを回避した。
完全には避けきれず、肩のがえぐられたが、どうせ最初から右腕はボロボロだ、何の問題もない。
そしてすぐさま左腕をかざし、持ちうるありったけの魔力を注ぎ込んで、エレメントバーストとぶつかりあった。
威力の高さは見ればわかる、今までの魔法のように打ち消すことは出來ない。
だから、け流し、軌道を変える。
「ぐ……っ、そりゃぁぁああああッ!」
彼の全力――全てを注ぎ込むことでようやく線は曲がり、遠く彼方へと飛んでいく。
それは空に到達しても威力が減衰することはなく、雲に接するとそれら全てを吹き飛ばし、曇天の空が一気に晴天へと変わる。
ツァイオンはその威力に戦慄しつつ、悔しさを顔ににじませながら、魔王城へと戻っていった。
◇◇◇
城に戻ると、すぐさまツァイオンは自室にった。
そしてすぐさま床に倒れ込む。
傷口を焼いては止めた、ここまで歩いて來たが、痕跡は殘っていないはず。
あとは回復魔法を使える誰かを呼んで――
「シートゥムに心配かける前に治さねえ……っ、と、なぁ。さすがに、はぁ……ふ、こんなだっせぇ姿は見せられねえ……!」
問題はどうやって人を呼ぶか、である。
床に橫になった狀態で、肩を上下させながら、ツァイオンは痛みに耐える。
そして、「ふっ」と息を吐き出し、を起こした所で、
「兄さん、戻ってるんですか?」
一番會いたくなかった人が、部屋を訪ねてきた。
「マジかよ……」
ツァイオンは再びがくっと倒れ込む。
このまま黙り込んで誤魔化せないかと一瞬だけ期待したが、まあ無理なのはわかりきっている。
なぜなら、彼とシートゥムは、勝手に部屋に出りをしても文句を言わないほどの間柄なのだから。
「聲が聞こえました、居るんですよね。りますよ」
し怒り気味にそう言うと、シートゥムは返事も待たずにドアをあける。
そして、倒れ込むツァイオンの姿を見て、「ひゃっ!?」と聲をあげた。
「兄さん、どうしたんですかその怪我っ! まさか、勇者たちにやられて……!」
「……そういうこった。かっこわりぃ」
「なっ、もしかしてさっき黙ってたの、そんな理由で!? 今さらじゃないですか、兄さんがかっこ悪いことぐらい私は知ってます!」
「それはそれでショックなんだが……」
心に傷を負ったツァイオンだったが、の傷はすぐさまシートゥムが回復魔法で癒やした。
千切れた腕も、拾ってきたおかげですぐに修復され、元通りにくようになる。
闇――シートゥムの持つ希屬は、と闇の魔法を扱うことができた。
特に彼は回復魔法を得意としていて、よくツァイオンに“魔王っぽくない”とからかわれていた。
「ありがとな」
治療が終わると、ツァイオンはシートゥムの目を見ながら禮を言った。
二人きりの時は、周囲に人がいる時と違って素直なのだ。
「隠される方が私は嫌です。こういう時は、ちゃんと頼ってください」
「かっこつけたい年頃なんだよ」
「いい年なんですから、もう卒業してくださいよ。ついでに襟を立てるのも」
「そりゃ無理だな、これはオレの――」
「魂、ですよね。言わなくてもわかってますから。まったく……それさえ無ければ、兄さんのこと手放しにかっこいいって思えるのに……」
シートゥムは頬を膨らましながら、ぶつぶつと愚癡った。
心、それはそれで、他の魔族からもモテるようになりそうで嫌だ――という気持ちもあるのだが、もちろんそれは黙っておく。
「それにしても、ここまでやられるなんて何があったんですか?」
彼は立ち上がると、ぼふっとツァイオンのベッドに腰掛けた。
「わかんねえ、いきなり見たこともない魔法使いやがったんだよ。威力も熱さも前とは段違いだったぜ」
彼も床から立ち上がり、シートゥムの隣に座る。
「急に強くなるなんて。せっかく、人數も減ってきて、このまま終わらせられそうだったのに……」
「寄せ集めの人間を騙しながら使ったって、いずれパーティは崩壊する――シートゥムの見立ては當たってたが、そう甘くはなかったな」
ツァイオンは落ち込む魔王の頭をぽんぽん、とでながら言った。
シートゥムは、そんな彼に寄りかかる。
出來る限り、人間との戦いを避けたい。
特に、母の影響でその想いが強いシートゥムは、人の善意を信じてほとんどの抵抗を放棄した。
勇者たちが侵攻する前に、その付近に住む魔族は北に退避させ、被害を最小限に抑える。
基本的に魔族は、溫厚で爭いを好まない。
ゆえに住民たちのほとんどは魔王の命令をけれたが、もちろん中には反対する者も居た。
そういった彼らの要を葉える形で、王國での破壊行為を行っているのだが――本當は、それすらも彼はやりたくなかったのだ。
「しっかし、ただの訓練だけで、いきなり魔法の威力がびることがあるのか?」
「もしかすると……彼らも、オリジンの力を」
「やっぱその可能が高いか。回転や接続、増――そのあたりに関係する魔法使ってきてたしな。なあシートゥム、本當に封印は緩んでねえのか?」
シートゥムは、首を縦に振る。
「兄さんも知っての通り、図面は普段、オリジンが封印された頃から魔王しかれることのできない場所に保管されてますから。ディーザが手伝ってくれる時も、常に私がついているんですよ? だから、変わってることは無い、はずなんです」
「王國の連中の様子がおかしくなったのは、確か五十年ぐらい前だったよな」
「はい、お母様の時代ですね。それまでは良好な関係を保っていましたから」
「あの人がミスするとは思えねえんだよな……どうなってんだか」
先代魔王――つまりシートゥムの母親は、人魔戦爭のあとに病で命を落とした。
魔族としては早すぎる死である。
その時、彼を看取ったのはシートゥムとディーザの二人。
娘に聲をかけたあと、ディーザの手を握り、小さく掠れた聲で『ディーザ、あなたが……』と彼に娘のことを託して眠るように死んだのだ。
その後、まだいながらも親を失ったシートゥムは魔王の役目を引き継ぎ、ディーザやツァイオン、ネイガスに支えられながら約三十年間、巫として封印の管理を続けてきたが――結局、人間がどこからオリジンの力を手にれてるのかはわからず仕舞い。
別のオリジンが存在している可能も考え、ネイガスを調査に向かわせているが、今のところは目ぼしい報は手にれられていない。
「このまま勇者がこの城にたどり著いてしまえば、封印が解かれてしまいます」
「やっぱ、殺すしかないんじゃねえの?」
「ですがそれでは、オリジンの思う壺です! 仮に勇者を撃退したとしても、さらなる憎しみが人間たちを突きかし、対立は深まる一方でしょう。だから本當は、町の破壊だってやりたくなかったんです!」
シートゥムは聲を荒らげる。
「すまねえ、淺はかだった」
ツァイオンは気まずそうに、俯きながら言った。
「いえ……私の方こそ、的になってすいませんでした。私が甘いから、兄さんは今日みたいに傷ついてるのに……」
彼はそう言って、彼の方にさらに寄りかかり、をくっつける。
その重みをじる度に、ツァイオンは強く決意するのだ。
何があっても絶対に、彼を守らなければならない、と。
「彼らを止めるには、どうしたらいいんでしょうか……」
「あいつらを支援してる、教會や王國そのものを止めるしかねえんじゃねえの?」
「ですが彼らは、もう私たちの話を聞いてくれません」
異変が始まった五十年前ならともかくとして、人魔戦爭が起きた三十年前の時點で、すでに人間たちは魔族を悪だと思いこむようになっていた。
つまり、シートゥムが魔王の地位を引き継いだ時點で、すでに何もかもが手遅れだったのである。
「書を送っても返答はなし。もちろん、王との會談の申し出などけれられるはずもなく。かつて魔族とのパイプがあった貴族はみな権力を失うか、謂れなき罪を被せられて処刑されてしまいました」
「教會や王國の権威を失墜させようにも、オレらだけじゃ難しい、か。味方に引き込める人間はいねえのか?」
「今の人間たちは、誰もがいころから“魔族は悪い奴らだ”と教え込まれた者ばかりです」
「じゃあほら、勇者のパーティから居なくなった連中とかどうよ?」
「えっと、ガディオ、エターナ……それからフラム、でしたっけ」
シートゥムは実際に顔を見たことは無い。
彼らの報は、ツァイオンやネイガスから聞いた話だけである。
「話してみる価値はあるかもしれません。確か、ネイガスは遭遇したことがあったはずですよね?」
「ああ。でもあいつ、最近帰ってこねえよな」
「調査が難航しているのでしょう。彼が戻ってきたら聞いてみましょう、試す価値はあるかもしれません」
「そうだな」
話が一段落すると、二人は黙り込む。
沈黙を苦痛とは思わない。
流れる空気は暖かく、優しい。
互いに溫をじるだけで、十分だ。
どうかこんな時間がずっと続きますように、とツァイオンとシートゥムは心の中で願うのだった。
◇◇◇
キリルのリターンにより、王城地下の転移部屋へ戻ってきた勇者一行。
沈んだ――と言うより戸った様子のキリルに気を使うこともなく、ジーンは上機嫌に部屋を出て行く。
彼の後ろ姿を見ながら、マリアはなぜか満足げな表を浮かべていた。
「なあ、マリアちゃ……」
聲をかけたライナスだったが、それより先に彼は部屋をあとにする。
今まで無視されることなんて無かった。
彼は困った表でその場に立ち盡くす。
「ライナスさん。あの二人……何かあったのかな」
「わっかんねえわ。ちょっと前から様子がおかしいのは確かなんだがな」
「私、役に立って無いよね」
「気に病むなって、しずつ調子を取り戻していけばいい。キリルが旅に必要なのはみんなわかってんだからさ」
「……うん」
ライナスの勵ましも虛しく、キリルは暗い表のままで外に出た。
そして彼は、外の空気を吸うために、城のバルコニーへと向かう。
勇者ともなると、外を出歩くだけで人々に囲まれ、大騒ぎになる。
特にキリルやマリア、ライナスあたりは近づきやすいのか、よく聲をかけられて、気分転換に外を散歩する自由すらなかった。
そんな狀況の積み重ねが、さらに彼を追い詰めていく。
憂鬱な表で、城下町の人々を見下ろすキリル。
その視線の先には、いつか訪れた、お菓子の店があった。
目を瞑ると、その時の景が鮮明に思い出される。
『んんー! クリームも中のスポンジも果も全部味しいよね、さすが王都!』
『うん、おいしい。すごくおいしい』
そう言って、キリルはぱくぱくとケーキを平らげていく。
『ふふふ、そんなに急いで食べたらすぐに無くなっちゃうよ?』
『二個目、食べるから。フラムはどうする?』
『じゃあ私も……二個目、行っちゃおうかな』
そこからフラムもスピードを上げて、あっという間に皿の上に乗ったケーキはなくなった。
そして店員を呼ぶと、今度はお互いのメニューを換して注文する。
『良かった』
店員が去った直後、フラムがキリルの方を見ながら言った。
『何が?』
『英雄に私なんかが選ばれてさ、すっごく不安でいっぱいだったの。実際、すごい人ばっかりで、私は全然役に立てなくて。だから……きっと私、キリルちゃんがいなかったら、とっくに逃げ出してたと思う』
『フラム……』
『キリルちゃんと出會えてよかった。というか、パーティにいてくれてありがと』
フラムははにかみながらそう言った。
彼は、勝手に自分に救われた気になっている。
けれど実際は逆だ。
その不安やプレッシャーは、フラム以上にキリルがじていたもので。
フラムがいなければ――とっくに、キリルは潰れていた。
だから本當は、その時、そのことを彼に言うべきだった。
でも、言えなかった。
言葉がで詰まって、どう言えばいいのか思いつかなくて。
キリルはあの時ほど、口下手な自分を呪ったことはない。
そして次に想起するのは、それからしばらく後の出來事。
『また、お前のせいで一人傷ついたぞ。どう責任を取るつもりなんだい?』
『ご、ごめんなさい……』
地面に座らせられ、可哀想なほど萎したフラムの姿。
それを、キリルはジーンの傍らで見下ろしていた。
『君は、自分がどれだけゴミなのか理解していない! 謝って済むと思ってるのか!?』
『あぐ……』
ぐらを摑まれ、フラムは苦しげな聲をあげる。
ジーンが彼を責めるのは、決まって他の人間がいないときばかりだった。
つまり、この場でフラムが助けを求めることができるのはキリルだけで。
彼の視線が自分の方を向くのは當然のことで。
だから――ああ、きっと、ジーンもそのことを理解していたのだ。
全ては予定調和、そうなることが決まっていて……だとしても、キリルは許されない。
『こいつは役立たずだ。足手まといだ。なあ、キリルもそう思うだろ?』
ジーンが問う。
ひたすらにフラムの悪口を吹き込まれた。
どれだけ自分が才能のある人間で、どれだけ彼が役立たずなのか何時間も何日も囁かれた。
だから、その時キリルは……頷いて、しまったのだ。
“うん”と聲を出さなかったのは、せめてもの責任逃れ。
自分は悪くないと言い聞かせるための、クズの所行。
そして結局――フラムはそのせいで追い詰められて。
二度と、戻ってくることは、無い。
あの幸せだった時間も、自分の心を支えてくれていた大事な人も。
もう、どこにも、存在しない。
「キリルさん」
どこまでも沈んでいく心。
そんな彼を、優しい聲が呼んだ。
「マリア……」
キリルが振り返ると、そこにはマリアが立っていた。
いつも通りの、聖らしい慈に溢れた笑みを浮かべているのに、なぜかやけに、彼だけ景から浮いているように思える。
奇妙な覚だった。
マリアはキリルの前に近づいてくると、彼の手を取った。
そして握らされたのは、黒い――側で何かが渦巻く水晶。
「なに、これ」
「“コア”と、わたくしたちはそう呼んでいます」
「コア……」
側の螺旋をじっと見ていると、意識が吸い込まれそうだった。
寒気がする。
これは良くないものだ、と本能が訴えている。
「ジーンさんもわたくしも、これを使うことでより強い力を手にすることができました」
その力を、キリルはつい最近、目の前で見せつけられた。
あの力があれば……しでもパーティに貢獻できれば……泥沼から、抜け出すこともできるかもしれない。
でも――
「キリルさんも調子が悪いようですから、良ければ使ってみてください」
「本當に、使っても大丈夫なもの?」
「ええ、教會の研究の果ですから、信用してください」
マリアの笑顔を信用していないわけではない。
キリルはコアをけ取ると、「ありがとう」と禮を告げて、肩にかけた袋にそれをれた。
本當に用事はそれだけだったらしく、マリアは「どういたしまして」と返事をするとすぐに城の中に戻っていった。
◇◇◇
マリアが城を歩いていると、白を纏った、金髪のが近づいてくる。
彼はマリアの前に立ち、眼鏡をくいっと持ち上げると口角を吊り上げた。
「首尾はいかがでしたかぁ、聖様」
「エキドナさん……ええ、予定通りキリルさんはコアをけ取りましたよ」
「それは良かったですわぁ。せっかくの研究果、け取ってもらわないと作り損ですからぁ、んふふっ」
泣きぼくろが特徴的な、艶めかしいの名はエキドナ。
教會部での地位はマザーと同等――つまり、とある研究の責任者である。
「ああそうだ、聖様のコアはいかがですかぁ? 癥狀が出たりはしていませんかぁ?」
「ええ、今のところは。コアの利用に関しては、“キマイラ”が最も進んでいますから、そこは心配していません」
「んっふふふ、それはよかったぁ。“チルドレン”や“ネクロマンシー”に負けるわけにはいきませんからぁ。でも私ぃ、聖様に何かあったらって不安だったんですよぉ?」
「ご心配いただきありがとうございます。それでは、わたくしは用事があるので」
「あらぁ、引き止めてしまって申し訳ありませんわぁ。それでは、また」
はびた笑みを顔にり付けて、廊下の奧へと去っていく。
一人になったマリアは、頭に直接響いてくる聲に意識を集中させた。
『わるくない』
『あとすこし』
『もういらないわ』
『不安だ』
『一刻も早く、復活を』
信する。
數多の聲を。
「わかっていますわ、オリジン様」
聖は微笑む。
『統一する』
『接続しましょう』
『いや殺せ』
『星の意思を消すことが優先である』
『次が誕生する可能はどうする』
『接続するべきである』
『いいや殺せ、殺せ、殺せ』
頭に流れ込んでくる聲は、コアを取り込んだことでより大きくなった。
今でこそ意見は割れているが、いつもはもっと統一した意見があるのだ。
それもこれも、全ては――フラムのせい。
「何にせよ、まずはキリルさんを城に送り屆けなければなりません」
全てはそれからでも遅くはない。
オリジンの封印を解き、マリアの目的を達するために――
「この世界に存在する全ての生命を消し去るために」
彼はぶつぶつと呟きながら、城の外を目指す。
「憎い、憎い、魔族が憎い。だから滅ぼさなければ」
誰もいないことをいいことに、本をさらけ出す。
「憎い、憎い――」
ノイズがじる。
微かに浮かぶ、男の……あの人・・・の笑顔。
首を振って、消し去る。
忘れろ、そんな雑音は、邪魔になるだけだ。
「人間が、憎い。だから滅ぼさなければ」
がりっ、と彼は親指を噛んだ。
が流れ出る。
舐め取り、鉄の味を飲み込む。
忘れない。
憎悪は、に刻み込まれている。
彼自の存在価値となって、聖の皮を被って、ただそれを果たすためだけにき続けている。
裏切りをけれて、妥協して、全てはそれ・・を果たすためだけに。
迷いはない。
この世界に未練など――何も、何も無い(はず)なのだから。
【電子書籍化決定】生まれ変わった女騎士は、せっかくなので前世の國に滯在してみた~縁のある人たちとの再會を懐かしんでいたら、最後に元ご主人様に捕まりました
セリーヌは主である第三王子殿下を守るために魔物と戦い、同僚たちと共に命を落とす。 他國でスーザンとして生まれ変わった彼女は、十八年後、任務で前世の國を訪れる機會を得る。 健在だった兄や成長した元同僚の息子との再會を懐かしんでいたスーザンは、その後が気になっていた主と、自分の正體を隠して対面することになるが… 生まれ変わった女騎士が休暇を利用して前世の國に滯在し、家族や知人のその後の様子をこっそり窺っていたら、成長し大人の男性になっていた元ご主人様にいつの間にか捕獲されていたという話。 プロローグのみシリアスです。戀愛パートは後半に。 ※感想・誤字報告、ありがとうございます! ※3/7番外編を追加しました。 ※電子書籍化が決まりました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございました。
8 54モンスター・イン・エンドアース
ようやく高校受験も無事にパスした栗棲(クリス)は、兼ねてから志望校に受かったらと念願の VRを買って貰えることになった。 一昔に。流行り言葉となったひと狩り行こうぜがぴったり來るCMに魅せられた栗棲は。モンスター・イン・エンドアースと呼ばれるゲームを選ぶ、年齢フリー、VRとは思えない感情豊かなNPC、日常と非日常を楽しむため早速、ログインしてキャラクターデザインしていく、
8 109転生貴族の異世界冒険録~自重を知らない神々の使徒~
◇ノベルス4巻、コミック1巻 11月15日発売です(5/15)◇ 通り魔から幼馴染の妹をかばうために刺され死んでしまった主人公、椎名和也はカイン・フォン・シルフォードという貴族の三男として剣と魔法の世界に転生した。自重の知らない神々と王國上層部や女性たちに振り回されながら成長していくカイン。神々の多大過ぎる加護を受け、でたらめなステータスを隠しながらフラグを乗り越えて行く、少し腹黒で少しドジで抜けている少年の王道ファンタジー。 ◆第五回ネット小説大賞 第二弾期間中受賞をいただきました。 ◆サーガフォレスト様(一二三書房)より①②巻発売中(イラストは藻先生になります) ◆マッグガーデン様(マグコミ)にてコミカライズが3月25日よりスタート(漫畫擔當はnini先生になります) https://comic.mag-garden.co.jp/tenseikizoku/
8 100転生したはいいけど生き返ったら液狀ヤマタノオロチとはどういうことだ!?
いじめられ……虐げられ……そんな人生に飽きていた主人公…しかしそんな彼の人生を変えたのは一つの雷だった!? 面倒くさがりの主人公が作る異世界転生ファンタジー!
8 184これが純粋種である人間の力………ってこんなの僕のぞんでないよぉ(泣
普通を愛している普通の少年が、普通に事故に遭い普通に死んだ。 その普通っぷりを気に入った異世界の神様が、少年を自分の世界に転生させてくれるという。 その異世界は、ゲームのような世界だと聞かされ、少年は喜ぶ。 転生する種族と、両親の種族を聞かれた少年は、普通に種族に人間を選ぶ。 両親も當然人間にしたのだが、その事実はその世界では普通じゃなかった!! 普通に産まれたいと願ったはずなのに、與えられたのは純粋種としての他と隔絶した能力。 それでも少年は、その世界で普通に生きようとする。 少年の普通が、その世界では異常だと気付かずに……… ギルクラとかのアニメ最終回を見て、テンションがあがってしまい、おもわず投稿。 學校などが忙しく、現在不定期更新中 なお、この作品は、イノベイターとはまったく関係ありません。
8 122転生チートで英雄に!
主人公 竜華星華は、お忍びで來ていた某國の王族の子供を交通事故に見せかけて撥ねようとしたトラックから身を挺して庇い死んでしまった。 だが、意識があることに疑問を持ち、目を開いてみたら………………………!?
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