《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》033 Re

ガチャン、という音とともに回転扉が閉まり、鍵がかかる。

これで、壁と一化したり口を見つけることはできないだろう。

仮に誰かがそれに気づいたとしても、施錠を解除する方法が無い。

なぜなら、本棚の裏に隠されたダイヤルキーをフラムが破壊してしまったからだ。

るときは奇跡的にそれで開いたが、二度は無いはずである。

つまり、サティルスの死が放置された部屋は、よっぽどのことが無い限り誰にも見つからないというわけだ。

冒険者の死の橫を通り抜け、ミルキットを抱えたフラムとウェルシーは、ようやく外に出る。

ウェルシーは「んーっ!」とを思い切りばし、澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込んだ。

「王都の空気はさほど綺麗じゃないって言われるけど、さっきの空間に比べたら味しいのなんのって……!」

に慣れていない彼にとって、その臭いは耐え難いものだったのだろう。

フラムも釣られるように軽く深呼吸をする。

そこに、先ほどまでの殺意に満ちた彼の表はない。

ミルキットは外に出られたことよりも、主がいつも通りの優しい顔に戻ったことに安心していた。

なるべくひと気のない道を通って、まずはリーチの屋敷へ向かう。

は東區の地理に詳しいウェルシーだ。

無事、誰にも見つからず、リーチの屋敷の裏側に到著すると、こっそりと裏口から中にる。

そこは臺所につながっていた。

作業をしていたシェフらしき男がじっとこちらを見たが、ウェルシーが笑いながら手を振ると、首を傾げながらも仕事に戻る。

そして廊下に出て――偶然通りがかったリーチと遭遇すると、まあ當然、いきなり妹と、包帯で顔を覆ったを抱えたフラムが現れたわけだから、彼は大層驚いた。

しかし、そんなのはまだまだ序の口だ。

サティルスの隠し部屋から大量の資料を持ち帰ったこと、そして彼を殺したことを告げると、さらに目を見開いて驚愕した。

彼はまず、フラムに対してなぜ殺したのか問いただす。

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それに対し、ミルキットがさらわれ、殺されかけていたことを話すと、頭を抱えてため息をついた。

「まさか彼の悪趣味がそこまで極まっていたとは……」

待の話は聞いていても、まさか殺人まで犯しているとは思ってもいなかったらしい。

いや――というか、想像したくなかったようだ。

その後、彼はフラムがサティルス殺害の罪で裁かれないか心配していたようだが、死が誰の目にもつかない場所にあることを説明すると、ひとまずは安堵した様子だった。

しかし確かに、フラムは的になるあまり、そのあたりを全く考えていなかった。

いくらミルキットがさらわれたとはいえ、あまりに考えなしに突っ込みすぎた、今後は自重を――と思ったのだが。

ミルキットが傷つけられた時點で、冷靜でいられるわけがない。

その時はその時だ、と諦めることにした。

「まあ、とりあえずサティルスの悪行の証拠はここにあるから、報の出し方さえ間違えなければ、私たちの立場が悪くなることはないんじゃないかなー」

仮にサティルスが行方不明扱いになったとして――持ち出した資料の報を拠に教會を糾弾するような記事を書けば、真っ先にウェルシーの新聞社が犯人として疑われるだろう。

を殺したという証拠がなかったとしても、あまりに心象が悪い。

教會を追い詰めるにはまず、求心力を失わせ、民衆の彼らに対する不満を膨らますことである。

商人を殺して報を得ました、なんてことになれば、逆に追い詰められるのは自分たちの方だ。

幸い、ウェルシーが持ち出した資料の中には、サティルスが奴隷に待を加えたり、拷問の末に殺していたことを示す証拠もっている。

要するに、報を公開する量と、タイミングである。

それさえ見極めれば、サティルスの死への関與を勘ぐられず、うまい合に教會の力を削ぐことができるはず――ウェルシーはそう考えた。

そしてリーチも同意する。

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二人はその後も小難しい話をしていたが、フラムにはどうにもついていけそうにない。

なにはともあれ、資料の取り扱いはリーチとウェルシーに任せるとして、フラムはミルキットを休ませてやりたかった。

するとリーチは、屋敷のゲストルームを快く貸し出してくれた。

現れた給仕に案され、用意されたふかふかのベッドに彼を寢かせる。

「ここまでしなくても、私は平気です。怪我もありませんから」

はそう強がったが、フラムは首を振った。

今はまだ午前中。

つまり短時間の出來事だったわけだが、彼の疲労は相當なものであるはず。

「怪我がなかったとしても、今は一時間でも二時間でもいいから休んでよ。私もちょっと休憩したいしさ」

ベッドの縁に腰掛け、ミルキットの額をでながら言った。

“私も休憩したい”、そう言われるともう逆らえない。

フラムもミルキットの扱い方がしずつわかってきたようだ。

良いように扱われているようで複雑な心境だが、それも自分を心配するがゆえ。

ミルキットは観念して目を閉じる。

すると、五分もしないうちに寢息を立て始めた。

「ほら、やっぱり疲れてるんじゃん」

フラムは彼の天使のような寢顔を見ながら、頬を指先で軽くつついた。

そしてフラム自もベッドに突っ伏し、じきに寢息をたてはじめる。

結局、そのまま二人とも三時間ほど眠り――リーチの屋敷を出た頃には、晝過ぎになっていた。

◇◇◇

エターナはさぞ不機嫌にしているだろう――そう想像していたフラムは、恐る恐る玄関を開ける。

するとそこには、不安げな表で壁にもたれる彼の姿があった。

開いたドアの隙間から顔を覗かせるフラムと目が合う。

満足な二人を見るなり、エターナはほっと息を吐いて、真っ直ぐにフラムに近づくと、人差し指で額を弾いた。

「あいたっ」

軽くのけぞりながら聲を上げるフラム。

もちろん、そんなに痛くはない。

気持ちの問題である、彼の怒りが嫌というほどわかってしまうから。

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「二人とも、起きたらどこにもいないから心配した」

を尖らせながら言うエターナ。

怒るというよりは、心配されていたようだが、フラムにとってはそっちの方が辛い。

はおもむろにフラムの首元に顔を近づけると、すんすんと鼻を鳴らす。

「……の匂いがする」

あれから休憩はしたが、を洗ったりはしていない。

服にはつかないよう気をつけたものの、部屋に充満した空気は多なりとも服に染み付く。

鼻のいい人間には、どうしても気づかれてしまうだろう。

「ごめんなさい。ちょっとミルキットがさらわれてて、取り返しにいってたんです」

「さらっと言ってるけど、とんでもない大事件だと思う」

「私もそう思います。でもまあ、見ての通り、無事に助けられたんで」

ミルキットは気まずそうに頭を下げた。

エターナは「ふむ」と息を吐く。

「教會がらみ?」

真っ先に疑うのはそこだ。

だとすれば、救出したところで安心はできない。

次の襲撃がすぐにでも行われる可能があるからだ。

「ミルキットがさらわれた件に関しては、関係ありません。犯人は、以前の主であるサティルスってでした」

「だったらまあ……今回は傷も無いみたいだし、何も言わない。でも今後は、わたしのことも頼ってしい。一人で追いかけるより、そっちの方がいいと思う」

あの時は、犯人を追いかけることで頭がいっぱいだった。

一瞬でも見逃してしまえば、二度と助けられないような気がしていたのだ。

それに、エターナはまだ寢ていたし、起こしてからの追跡では間に合わないような気がして。

けれど実際のところは、彼と一緒の方がもっと早く解決していたのだろう。

の扱う水の魔法は、フラムが想像している以上に用なのだから。

「肝に銘じておきます」

フラムは素直に反省する。

それを見たエターナは、満足げに微笑んだ。

「そうしてしい。ところで、お晝ごはんはわたしが作ってみたんだけど、食べる?」

居間の方から、微かに香ってくるいい匂い。

フラムのお腹がぐぅと鳴った。

エターナが料理を作るところなど見たことはないが、伊達に長く生きていない、それなりに経験もある……のだろう。

二人はほぼ同時に、首を縦に振った。

◇◇◇

その日の午後は、あんなことがあった直後なだけに、フラムとミルキットはほぼ部屋に引きこもって過ごした。

エターナもインクを見ておかなければならないため、全員が家から一歩も出ることはなかったようだ。

夕食もあるで作った。

本當は今日にでも買いに行こうと思っていたため、し質素なメニューになってしまったが、それでもミルキットの腕にかかれば味しくなる。

晝のエターナの料理も悪くはなかった。

でもやっぱりこっちの方が――とフラムは心の中だけで考え、エターナは「こっちの方がおいしい」とし悔しそうに敗北を宣言するのだった。

英雄に勝てたことに、ミルキットは珍しく誇らしげな表をしていた。

いっそお風呂も一緒にる? とフラムは提案するも、さすがに恥ずかしいらしく斷られる。

心、フラムも承諾されたらどうしようと考えていたようだ。

しかし、一緒にはれないものの、よほど不安だったらしく、彼はずっと所で座り込んでいた。

そして就寢時間。

違いでおそろいの寢間著を纏った二人は、包帯を外し終えると、それぞれのベッドに向かう。

しかしフラムは――「ねえミルキット」と聲をかけ、彼を自分のベッドに招いた。

「さ、さすがにそれは、シングルベッドですし狹すぎると思います」

「くっつけば問題ないって」

布団を持ち上げて、自分の隣にってくるよう促す。

いつもと違って、ちょっと強引である。

見た目や言は普段どおりのフラムに見えるが、本當は怖いのだ。

寢ている間に、今日の朝のように、ミルキットが目の前から消えてしまうのではないか、と。

あんな一瞬の出來事で、人は簡単にいなくなってしまうのだ。

そう思うと、寢ることすらできない。

を抱きまくらにして、常にそこにいることを確認してからでなくては。

「えと……本當に、いいんですか?」

「むしろ私がお願いしてるんだけど……」

「そう、ですか。それでは、お邪魔します」

ミルキットは申し訳なさそうに布団に潛り込むと、フラムと著させた。

すでにその空間の中は主の溫で満たされており、まるで全が抱きしめられているかのような覚に陥る。

嬉しさ半分、恥ずかしさ半分。

なぜか、ただ抱きしめられるよりも恥心が強く刺激され、目が冴えてしまいそうだった。

「もうちょっと寄ったら?」

「あ……」

フラムはまだ著したりないようで、ミルキットを抱き寄せた。

眠るには向かないシチュエーションだが、安心はある。

フラム同様、ミルキットにも、拐される恐怖は今も殘っている。

いきなり誰かに毆られ、意識を失った。

そして次の瞬間、目を覚ましたら、目の前にはもう二度と會わないはずだったかつての主の姿があった。

あの時に見たおぞましい笑顔は、トラウマとなり、しばらくは消えないだろう。

思い出すだけでが震える。

フラムが與えてくれるぬくもりがなければ、一人で涙を流しながらを震わせていたかもしれない。

「あの、ご主人様」

「なあに?」

らかな聲で聞き返すフラム。

“助けて”――ミルキットはサティルスに襲われた時、そう願った。

主が自分を助けにきてくれることを、んでしまった。

結果、フラムは自分を助けてくれたが――あの瞬間、奴隷と主という関係は、完全に壊れてしまったような気がした。

いや、元々フラムはミルキットのことを奴隷として扱っていなかった。

要するにそれは、ミルキットの都合だったのである。

は奴隷と主以外の関係を知らない。

フラムとの間に存在するのがそれ以外の関係になってしまった時、どう接して良いのかわからない。

だから今までは、ただの建前だと理解した上で、それを名乗り続けてきた。

テンプレートをなぞれば、最低限のコミュニケーションは取ることができたから。

しかし、建前としてすら維持できないとなれば、新たな距離を模索していくしかない。

その第一歩を、ミルキットは自らの意志で踏み出そうとしていた。

「えっと……もし、よかったら、なんですが」

遠慮がちに、張のあまりかしどろもどろになりながら、

「明日からも……こうして、一緒のベッドで寢ても、いいでしょうか?」

けれど大事な部分ははっきりと、彼は告げた。

それは奴隷が主へ向ける言葉ではなく、パートナーとして――対等な相手に向ける、彼の“わがまま”。

フラムはミルキットに顔を近づけると、こつんと額をれ合わせる。

そしてにこっと笑いながら言った。

「私の方から言おうと思ってたんだけどな」

フラムはミルキットに対して噓をつかない。

例えそれが“お世辭”と呼ばれるものであっても、いつだって彼は真摯に向き合ってくれる。

だからその言葉は、ミルキットのの奧底まで染み込んだ。

そしてじる。

自分は今、大切な人と同じことをんでいる――その喜びを。

「明日さ、一緒に服でも買いにいこっか」

「今日の分の代わり、ですか?」

「それもあるし、私もそろそろ新しいの買っときたいなあと思って。ミルキットはどこか行きたいところはない?」

「そうですね……じゃあ、味しいものが食べたいです」

味しいものかぁ、それならちょっと発して、高めのレストランなんかどう?」

「あんまり無理はしないでくださいね、高級すぎると家で真似できなくなってしまいますから」

「なるほど、そのつもりで味しいもの食べたいって言ったんだ」

「はい、ぜひとも自分のにして、どこのお店に行くよりも、私の料理の方がおいしいって思ってもらえるようになりたいんです」

「んー、だったらとっくにそうなってるけどなー……」

二人はベッドで寄り添いながら、明日のお出かけの予定を立てていく。

結局、それが盛り上がりすぎてすっかり目が冴えてしまい、寢る時間がいつもより一時間ほど遅くなってしまったわけだが。

まあ、楽しい時間を過ごせたことに比べれば、些細なことである。

◇◇◇

翌日、二人の間に漂う浮ついた空気を、エターナが察知しないわけもなかった。

ソーセージを口に運び、パリッと半分ほどを口に含み、咀嚼して、飲み込んで――ぼそりと一言。

「今日、デートなの?」

「げほっ、ごほっ!」

ちょうどスープを飲み込もうとしていたフラムは、が気管にり込み盛大にむせた。

慌ててミルキットが寄り添い、背中をさすりながらコップを手渡す。

フラムは水を一気に飲み干すと、ぜえはあと肩で呼吸をしながらエターナを睨みつけた。

「違いますから!」

「そういう雰囲気にしか見えない」

今までも常々そう思ってきたのだが、エターナはあえて言わなかった。

しかし、ここまで二人の距離がまってくると、もう指摘しないわけにはいかない。

「ただ、昨日破れた服を買いに行くだけですよ。ちょっと寄り道はしますけど」

「それを世間ではデー……」

「買いと言います! 大、私とミルキットが出かけてどうしてデートになるんです、おかしいじゃないですか。ねえ、ミルキット」

「はい、ご主人様と私はただ買いに行くだけです」

二人はそう言いはったが、エターナは「それをデートって言うと思う……」と不満げだった。

もっとも、當の二人にそんなつもりはさらさら無いわけだが。

友人でもない、あくまでパートナー。

曖昧な関係で、しかし今の二人は、それに満足している。

強いて言うなら家族が近く、けれど斷言するには二人の関係は熱しすぎていて。

「……よくわからない」

エターナがお手上げ狀態になる程度には、微妙で紙一重な狀態なのであった。

◇◇◇

町へ繰り出したフラムとミルキット。

二人が真っ先に目指したのは、最初にミルキットの給仕服を購したあの洋服店である。

そもそも、給仕服を取り扱っている店、という時點で相當限られるので、自ずと同じような店に繰り返し來ることになるのだ。

すでに店員に顔も覚えられており、金払いがいいおかげか、最初のように奴隷だからと言って嫌な顔をされることはなくなった。

気持ちよく買いできる分にはいいのだが、素直に喜んでいいのかは微妙なところである。

二人は手を繋いで、店の商品をしていく。

あれがいい、これがいいと話し合いながら、特に気になるものがあると手にとって、試著室に持ち込んだりしていた。

「おー……たまにはこういうのもいいよね」

し地味かな、と思いますが」

「地味というか、普通ってじ? でもミルキットが著ると何でも似合っちゃうからずるいと思うな」

「何でも、ということはありません。ご主人様の見る目が甘すぎるだけです」

ミルキットが最初に試著したのは、ベージュのドレスの上から厚手の白いエプロンを纏った、非常にシンプルな給仕服。

頭のキャップも、おしゃれと言うよりは、髪のが落ちないため機能を重視していて、気の類は一切ない。

ただ、これはこれで、生活があるというか、家事をするための裝と言った趣で、味がある。

「本當に、そんなにいいんですか?」

じろじろと眺めるフラムの視線に、ミルキットは不安そうに尋ねた。

「いつものミルキットはさ、綺麗すぎてよそに取られちゃうんじゃないかって不安があるんだけど、その服を著てると、なんていうか……安心がある、っていうかな」

その言葉を聞いて、改めてミルキットは鏡の方を向き、スカートの端をつまんだり、帽子の角度を調整したりして狀態を確認する。

「ご主人様の言うことはよくわかりませんが、第一候補にしてみますか?」

「うんうん、そうしよう!」

ひとまずキープということで。

カーテンが閉まり、次の服に著替える。

「そういえば、ミルキットって意外と、フリルとか多いのが好きだよね」

「ふりふりのドレスは、かわいいと思います」

「ってことは、さっきのやつ、あんまりお気に召さなかった?」

「正直なことを言うと、もっと裝飾が多い方がいいと思っていましたが……ご主人様の聲を聞いて、気が変わりました」

そんな會話をしているうちに、裝チェンジが完了。

カーテンが開かれる――と思いきや、ミルキットはなぜか顔だけ出してフラムの方を見た。

その頬は、というか首元まで真っ赤に染まっている。

「こ、これ、ご主人様が、選んだんですか?」

「うん、その上著のじだとそうだと思う。さっき話してた通り、フリルが多くて可いなーと思ったんだけど……何か問題でもあった?」

「いえ、その……と、とりあえず、見てください」

ゆっくりと幕が開き、その全貌が明らかになる。

「おおう……」

それを見た瞬間、フラムは思わず聲をあげた。

上はまあ、予想通りフリルが多く可らしいのだが、問題は下である。

スカートが、とにかく短いのだ。

ギリギリ下著が見えないぐらいの長さしかなく、ミルキットの、最近付きがよくなってきた太ももがわになっている。

は顔を赤くしながら、必死にスカートの裾を握って、足を隠そうとしていた。

その仕草を見ていると、フラムはなぜかが高鳴ってくる。

「ご、ごめんね? まさかそんなにスカートが短いとは思ってなくて」

「……そう、ですか? ご主人様が、こういうのが好きなら、えっと……家の中、だけなら、著てもいいですけど……」

非常に魅力的な提案だった。

しかし首を縦に振った瞬間、フラムは大事なものを失ってしまう気がしたので、ぐっとこらえた。

「い、いや、無理しなくていいよ。他の行こう、他の!」

「わかりました」

ミルキットはほっとした表でカーテンを閉めた。

その顔を見て、フラムは心の底から、“我慢してよかった”とをなでおろす。

それから數分後、再び新たな裝がお披目される。

今度は給仕服ではなく――純白のワンピースであった。

「これも……ご主人様が、選んだんですよね」

「うん……」

フラムは、見惚れていた。

元から彼はミルキットに対して清純なイメージを抱いていて、白いドレスなんかが似合うに違いないと思っていた。

だが、実際に著せてみると、まさかこうもぴったり合うとは。

「どこかのお嬢様みたい」

「言い過ぎですよ、ご主人様。こんなに包帯ぐるぐる巻きのお嬢様なんていませんから」

それすら魅力的に見えてしまうのは、間違いなくフラムが彼を贔屓しているからなのだが。

それでも、仮に素顔を曬して今の服を著たとして、すれ違う人々は誰もがミルキットのことを深窓の令嬢だと思うだろう。

「本當に、綺麗……」

思わずそうつぶやいてしまう。

今、目に映っている景を切り抜いて、絵として殘したい。

柄にもなく、そんなことを考える。

「き、著替えますね」

あまりに熱のこもった視線が恥ずかしくて、耐えきれなくなったミルキットは、また姿を消してしまった。

そして元々著ていた給仕服に戻り、外に出てくる。

「どうしましょうか、まだ選びますか?」

「最初の給仕服は買って良いんじゃないかな、と思うんだけど。確か値段も安かったよね?」

「はい、他の服に比べると」

ミルキットは値札を確認しながら言った。

ちなみに、最も高額なのは二番目のミニスカートの給仕服である。

「じゃあそれは決まりとして、あと二枚ぐらいしいかな」

「ご主人様は買われないんですか?」

「私はこのお店だと、あんまり著る服が無いと思う」

「たまには、違う雰囲気のご主人様をみてみたいです」

「……そう? だったらミルキットが私に似合いそうなやつ選んでくれる?」

「いいんですかっ?」

すると彼は、実に楽しそうに、活き活きと服を選び始めた。

ここまでテンションの高いミルキットは珍しい。

「そんなに著せたかったんだ……」

どんなリクエストをされるのか、フラムは若干の不安を抱きながら待った。

そして一著だけ手渡されると、確認する間もなく試著室に向かわされる。

カーテンの前でニコニコしながら主の著替えを待つミルキット。

カーテンの奧で、「えぇ……」と困しながら、仕方ないのでそれを著るフラム。

帳が開く。

その向こうから姿を現した彼は――いかにもミルキットが好みそうな、フリルだらけの給仕服をに纏っていた。

「うわあぁ……」

頬に手を當てながら、嘆の聲をらすミルキット。

一方でフラムは、上著の裾を握りながら、顔を真っ赤にしてうつむいていた。

いつもとは立場が逆である。

しかし、まさか給仕服を著るだけで、こんなに恥心を刺激されるとは、いつも著させている彼でも予想外だった。

「似合って、ない、よね……」

「そんなことありません! ご主人様、とっても可らしいです!」

ミルキットは熱弁する。

言われ慣れていないフラムは、さらに赤くなり、今すぐにでもカーテンを閉めたい衝に襲われていた。

しかしぐっと我慢する。

これも、ミルキットのためである。

「服に著られてるじがしない?」

「完璧な著こなしだと思います」

「いかにも家事ができなさそうな雰囲気があると思う」

「そのギャップがいいんです」

「なんか……ミルキット、いつもと違わない?」

「……あ」

指摘され、固まる。

「も、申し訳ありません。浮かれてしまって、つい……」

主に好きな服を著せられる機會など、そうそうあるわけではない。

いや、フラムの場合、頼まれれば何でも著るとは思うが、ミルキット側からそれを言い出すことは滅多に無いはず。

つまり、フラム自が、“何でも著せていいよ!”と言わない限り、今のようなシチュエーションは実現しないのである。

「もう、著替えるねっ」

シャッ、と勢い良くカーテンが閉まる。

そしてフラムは大急ぎで服を著替え、いつものシャツとショートパンツのきやすいスタイルに戻す。

最後に軽く念じると腰にベルトが巻かれ、鏡を見たフラムは「ふー」と一息ついた。

「やっぱりこっちのが落ち著くかな」

きやすいし、何より自然だ。

だが、ミルキットがあそこまで喜んでくれるのなら、たまには彼の選んだ洋服を著てみてもいいのかもしれない。

試著室から出たフラムは、さらに二著ほどミルキットの給仕服を選び、購した。

もちろん値段はそこそこするが、冒険者として日々稼いでいるフラムなら、すぐに取り返せる金額だ。

まだ殘金に余裕もある。

店をでると、今度は予定通り、高級レストランに向かうことにした。

◇◇◇

中央區の大通りは、相変わらず人でごった返している。

ミルキットを雑踏から庇うように、フラムはし前を歩いていた。

目當ての店は、その流れを逆行した先にある。

「こんなに沢山の人が王都に住んでるなんて、今でも信じられません」

「この通りは、王都の人だけじゃなくて、観客とか外から來た商人もよく使うからね。ほら、馬車が真ん中を通って人混みが割れてるでしょ? あれで流れが詰まって、さらに度が上がるの」

一時期は馬車専用の通路を作る、という話もあったらしい。

しかし、王國はそれよりも別のことにお熱になっているようで、いつの間にか立ち消えになっていた。

通りに限った話ではない。

インフラ整備や、施設の修繕、治安の維持――王都は発展しているようで、様々な問題を抱えている。

そしてその多くは解決されないまま放置され、しずつ、民衆の不満は溜まってきていた。

だから、先日のインクが吐き出した眼球、その被害者の話が“教會の実験ではないか”という噂が広まるのだ。

拠はない、一般市民に教會の人実験の実態を知るはないのだから。

しかし、事実である。

これだけの人々が平和に暮らしている裏で、彼らは今日も、犠牲者を増やし続けている。

「ミルキット、人酔いしてない?」

「平気です」

「よし、じゃあちょっと強引に前に進むから、手を離さないようにね」

「はいっ」

さらに狹い場所に、り込むようにっていき、前に進むフラム。

抜けたところで、次の隙間を探そうと周囲を観察していると――ふわりと、どこかで嗅いだ覚えのある香りがした。

はとっさに反応し、風の上流に視線を向ける。

ファーの付いた赤いコート。

コサージュが並ぶ派手なドレス。

のネイルに、大きな寶石のついた指をいくつもつけ――ブロンドとピンクと水が混じり合ったようなオパールヘア。

そして何よりも、一度見たら忘れない、あの濃い化粧。

「な……ん、で?」

見てしまった。

人混みの中、平然と歩いて行く彼の姿を。

「ご主人様?」

急に立ち止まった主を、不安げに覗き込むミルキット。

しかしその聲はフラムに屆かない。

「サティルス……昨日、殺したはずじゃ……?」

確かに、この手で。

を裂くも、骨を砕く覚も、や臓の臭い、そしてび聲――全てを目の前で見てきたはずだ。

だというのに、なぜ――

はまるで生者のように歩き、そして、どこかに消えていく。

フラムは、その場で呆然と立ち盡くすしかなかった。

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