――強さを求める上で、仲間との記憶など邪魔になるだけだ。

だからと言って、彼は過去を捨てようという気にはなれなかった。

それがガディオの弱點であることは、彼自も理解している。

だが同時に、彼を強くした原力でもあったからだ。

あれから二人は服を纏い、しばらくベッドの上で肩を寄せ合っていた。

しかしやはり、彼の興味はここにないようである。

ずっと教會――いや、研究所の方を見ていたかと思うと、ついにベッドから抜け出してふらふらと歩き始めた。

ガディオには何も言わずに。

「なあ、ティア」

呼んでももう、返事はない。

彼は六年前のことを思い出した。

もはや死も殘っていない慘劇の現場。

全てが終わったあと、そこに戻ってきたガディオは、ティアに何度も呼びかけたのだ。

『なあ、ティア。俺はこれからどうしたらいい？　なあティア。何か言ってくれ――』

もちろん返事はなかった、今日と同じように。

生者は死者と言葉をわすことはできない。

この世界の、絶対的な真理。

もしやオリジンならばそれも越えられるのではないか、ガディオはそう期待していたが――

「ふっ、俺も考えが甘いな」

世界はそんなに優しくない。

「お前に會うには、同じ場所に行くしか無いんだ。それぐらい知っていたつもりだったんだが」

もはやそれは、ただの獨り言だった。

その家に、もう生者はガディオしかいないのだから。

「すまないな、ティア。俺はまだお前に顔を向けられるほど立派な人間になれちゃいない。ああ、だけどそう長い間、寂しい想いはさせないつもりだ。ひょっとするとお前の方は案外ケロっとしているかもしれないが……何というか、俺が寂しいからな」

ベッドから抜け出し、壁に立てかけられたソーマの剣を手に取る。

「役目は果たす。いや、役目と言うほど立派なものではないか。これは俺の個人的な復讐だ」

そして、家を出ようとするティアに近づいた。

「キマイラを潰す。それさえ済めば、すぐにでもお前たちのところに行けるはずさ」

彼は震える手で、親友の形見である剣を構え――

「だから、もうしだけ待っていてくれ……ティア」

する妻の背中に、突き刺した。

正確無比な一撃は、確実に心臓周辺だけを貫く。

コトン、とから押し出されたコアが地面に落ちた。

ガディオは死してもなおしいする人の姿を見下ろしながら、ただただ虛無を覚えていた。

そしてティアのを持ち上げると、ベッドに寢かせ、頬にれる。

彼は手のひらで優しく開いた瞼を降ろし、額にキスをすると、コートを羽織って外へ出た。

「ガディオ、遅い」

そう言ってジト目で彼を睨みつけるのは、エターナであった。

「ううぅ、臭いー！　やっぱり鼻がどうにかなりそうだよぉ……」

彼の両腕に抱えられたインクは、そこで自分の肩を抱きながらぶーぶーと文句を垂れている。

確かに、慣れていない人間にとっては、この死の臭いは耐えられるものではないだろう。

「だから家の中で待っておくと良いって言ったのに」

「これは何事だ？」

「さあ？　わたしも出てきたばっかりだからよくわからない。でも村中から悲鳴が聞こえてきて、死者どもが揃って研究所に向かってたから」

「だから……全て一人で処分した、と」

あれほど綺麗で落ち著いた景だったシェオルのメインストリート。

だが今は、大量の死が転がる地獄絵図と化していた。

「全てじゃない、まだ沢山いる」

エターナが顎で指した方からは、無表の人間たちが無數に近づいてきていた。

まだ仕事は殘っていたようで、ガディオはほっと肩をなでおろす。

「エターナはいつ気づいた」

「死者は蘇らないってこと？」

「そうだ」

「確信したのはインクが來たとき。でもいざ殺すとなると、踏ん切りがつかなかった。わたしもまだまだ」

そう言いながらも、エターナは異変が起きる前に、自の手で両親を手にかけていた。

平然としているようにも見えるが、今でも彼はの苦しさをじている。

その覚は、しばらく消えることは無いだろう。

「そんなものだよ、ガディオもエターナも人間なんだからさっ」

インクの言葉に、二人は微かに笑みを浮かべた。

「ところで、フラムが研究所の中にいると思うんだけど。とても心配」

「あいつには謝らなければならないな」

「うん、だから迎えにいかないと。でもその前に――さすがにこれは數が多すぎる、たぶん中の人間より多い」

「ああ、まずはこいつらを蹴散らしてから行くか」

迫る死者の群れに向かっていくガディオとエターナ。

英雄二人を前に、彼らは為すもなく、一方的に倒されていくのだった。

◇◇◇

スージィはフラムの放ったプラーナの刃を、こともなげに飛び退き避けた。

そしてルコーを床に置くと、落ちていた金屬製のパイプを手に取る。

窓の格子に使われていたものだ。

パイプを握る拳に力を込めると、それは螺旋の力で捻じれ、延び、細長く鋭い槍・へと姿を変える。

それが彼の獲である。

何かを確かめるように、スージィはその先端で床を二度叩いた。

コォン、コォン。

ただの棒にしては、やけに音がよく響く。

素材の質なのか、はたまた彼の腕によるものなのか。

その間にも、フラムはもう一度、今度は橫薙ぎに気剣斬プラーナシェーカーを放った。

ヒュオッ！

だが、スージィが突き出した槍にいともたやすくかき消される。

「やっぱ、今までの相手とは格が違いそう」

うんざりしながらフラムは言った。

そしてスキャンを行い、ステータスを確認する。

--------------------

スージィ・シャルマス

屬ィ：gin

筋力：1768

償力：891え

力：迎い

敏捷：3861

呼：1749

--------------------

映し出された文字を見て、フラムは舌打ちをする。

オリジンの意思が邪魔をしてまともに數字が表示されないからだ。

しかし、ダフィズの言っていた“制”のおかげか、侵食の度合いは低く、全く読み取れないわけではない。

見てわかるように、魔力はフラムの方が上のようだが、敏捷の高さが段違いである。

力の數値にもよるが、Ｓランク並の実力を持っていると考えられる。

それに加えて、騎士剣キャバリエアーツをたやすく消したあの槍の腕に、ハイハイしながら不気味にこちらに近づいてくるルコー。

これは最初から出し惜しみせずにぶつからなければ、勝つのは厳しそうだ。

コォン、コォン。

スージィは槍を構え、その先端で地面を鳴らす。

挑発のつもりなのだろうか。

フラムはやけに耳障りな音に左瞼をひくつかせ――苛立たしげに突進した。

音に引されたわけではない、冷靜さは持ち合わせている。

そして最高速に達したところで、大剣で地面をぶっ叩く。

ゴッ――プラーナの嵐が吹き荒れ、瓦礫を巻き上げる。

それは歪むルコーを吹き飛ばし、壁に叩き付けた。

「ぎゃっ」

グチャッ。

潰れ、の花を咲かせる生命なきの塊。

しかしそんな、人のを破壊するのに十分な威力を持つ風の中を、スージィはあえて前に突っ込んできた。

まるで矢のように、一切の減速なく、真っ直ぐにフラムの頭を狙って槍を突き出す。

フラムは刃の腹でそれをけ止めた。

ギイィィンッ！

金屬同士がぶつかりあう音が鳴り響く。

続けてスージィは、雨のように止めどなく素早い――文字通り目にも留まらぬ連撃を繰り出した。

それを魂喰いを傾けながら防ぐ。

だが間をうように巧みに繰り出される攻撃が、確実にフラムのに傷を殘していった。

「っ……ぐっ！」

そこでフラムは、あえて防を解く。

ザシュッ！

捻れた槍が腹に深く突き刺さった。

すぐに引き抜こうとするスージィだが、フラムは似さがぬよう捻れた柄を握りしめる。

力では彼の方が勝っている、ゆえに引き抜けない。

フラムは足裏で彼の腹を蹴飛ばした。

槍が手から離れ、スージィは苦しそうに腹を抑えながら後退する。

そこにすかさず、フラムは腹に鉄の棒を突き刺したまま斬りかかる――

「もらったァ！」

ダフィズには申し訳ないが、彼を倒し、死者を全滅させねば道は開けない。

それに――スージィが生きている限り、彼を諦めさせるのは困難だろう。

殺すつもりで、渾の力で振り下ろそうとしたその時、

「だぁ」

フラムの足元から、赤子の聲がした。

下を見ると――そこには自らの足にしがみつこうとする、歪みきった、異形のルコーの姿があった。

「なんでッ！？」

――さっき、壁に叩き付けたはずなのに。

急いで離れようとするが、もう遅い。

楕円形のルコーがばした手らしき部位が、フラムの左足にれる。

すると彼の腳部がごぎっ、と鈍い音を立てながらねじ曲がった。

「がっ、あ……ッ！」

倒れないよう、右足で踏ん張るフラム。

そこに、再び鉄パイプを拾い、新たな槍を作り出したスージィが迫る。

思い切り左足を振ると、ルコーは飛ばされ弧を描き、床にべちゃりと叩き付けられた。

傾く、目前に迫ったスージィの刺突。

完全に避けることはできない、せめて致命傷を避けようと、あえて重力に抗わずさらにを倒すフラム。

そして穂先は肩にれ――バチュッ！　とを吹き出しながら、首・に突き刺さった。

「は――？」

唖然とするフラム。

すぐさま槍を引き、距離を取るスージィ。

なぜ、首に。

確かにフラムの目が見たのは、肩に命中する景だったはずなのに。

直前で曲がったようにも見えなかった。

だったらなぜ――自分は今、首にを空け、大量のを流しているのか。

「が……ぶぇっ、かひゅ……ごほっ……ご、ぼっ……」

フラムはせり上がってきた鉄臭いを口から吐き出す。

べちゃっ、と床に赤い水たまりが作られた。

口に広がる、生臭い鉄のような味が気持ち悪くて仕方ない。

それがさらに彼の嘔吐を発したが、首の傷が埋まるにつれて、その覚はしずつ薄まっていった。

完全な治癒が完了する前に、スージィはさらなる攻撃をしかけてくる。

し暴に剣を振り回し、フラムはそれを迎撃した。

當たるとは思っていない、ただの威嚇だ、時間稼ぎができればそれで十分。

コォン。

しかしその直前――槍が床を叩いて音を鳴らした。

するとぐにゃりと視界が曲がり、剣閃の軌道が逸れる。

スージィは明後日の方向に繰り出された攻撃を悠々と避け、心臓目掛けて槍を突き出した。

何が起きたというのか、さっきから理解の出來ない現象ばかり引き起こされている。

フラムは足がはち切れるほど強く地面を踏みしめ、強引にを捻る。

ドスッ！

槍は右・・に突き刺さり、肺にを開けた。

ずるりとから鉄の棒が引き抜かれる。

痛みに怯まず、両足を地面に付けたフラムは、スージィの側面から黒刃を叩きつけた。

ギイィィンッ！

彼は縦にした槍でそれをけ止める。

衝撃で捻れた金屬棒が振し、甲高い音が周囲に響いた。

それを聞いた瞬間、またから力が抜けて、フラムのがぐらりと揺れる。

「これ、なん……くそぅ、っああぁぁぁぁッ！」

ビュオォッ！

スージィは、今度は真っ直ぐフラムの眉間を狙った。

避けるのは無理だ、そう判斷した彼はあえて魂喰いを手放す。

そして、脳を貫く寸前のそれを右手で摑もうとした。

……摑めた、はずだった。

確かにその尖った先端が、黒い篭手の中に収まる瞬間を目撃したのだ。

だがいざ拳を握りしめても、その中にあるのは空気だけである。

そして、頭を狙っていたはずの刺突は、肩に突き・・・・刺さった・・・・。

「づうぅっ……またッ！？」

フラムの頭は混している。

一、どんなからくりを使っているというのか。

怯むフラムに対し、スージィは続けて槍を橫になぎ払い、顔を守るように前に突き出された左手を篭手ごと切り落とした。

スパッ、とあまりにあっさり喪失した部位を、フラムの視線は自然に追ってしまう。

それが床に落ちる様を見たとき、彼は、再び四つん這いで自分に迫るルコーの存在を認識した。

なぜ――最初のルコーは、壁に叩き付けられたままのはずなのに。

二目のルコーは、遠くに投げ捨てられたまま……微だにしていない。

つまり今、フラムの足に手をばしているのは、三目・・・のルコーである。

こいつらは一どこから現れているのか、そしてなぜ増えるのか――あいにく、考える暇はなかった。

まずはスージィから距離を取らなければ、殺されてしまう。

「リヴァーサルッ！」

自らのに反転魔法を付與、そしてフラムは後退する。

スージィは飛翔軌道を計算した上で追撃を繰り出すが、その攻撃は空を切った。

なぜなら、フラムのが理法則に従い、地面に落ちることはなかったからだ。

彼は天井・・に足を著くと、すぐさまそこを蹴って、スージィからさらに離れた場所に著地する。

この“重力反転”、つい何度も使ってしまうほど便利な代だ。

ただし、なかなかに魔力の消耗が多いらしく、フラムは自分のから大量のリソースが消費されていくのを実していた。

長時間は使用できない、使い所を見極めていく必要がある。

だが、なにはともあれ――これでほんの剎那ではあるが思考の余裕ができた。

今のうちに呼吸を整え、対処法を考えねばならない。

スージィの抱える謎は三つ。

まずはルコーがどこから現れているのか。

フラムの視界の中にルコーの姿はなかったはずだ。

だというのに、戦闘真っ只中、それは突如フラムの足元に現れた。

なぜ、どうやって。

推察と呼べるほど確実なものではないが――何となく、想像はできた。

だが最悪のイメージである、できれば考えたくはない。

しかし、今は十分に最悪の狀況と言える、ならば有力な可能として留意するしかあるまい。

それは――スージィは戦闘しながら、あれを産み落としているのではないだろうか、という説である。

あれは人間ではない。

人間を模したの塊であり、オリジンが死者のを使って、人間の繁活を再現するために作り出したものである。

つまり、そのつもりになれば、異との行為を必要とせずに産み落とすことができるはずなのだ。

戦闘中、いきなり足元にルコーを設置する方法は、それ以外に考えられない。

次に、スージィを前にすると突如平衡覚が失われるあの癥狀。

これは、詳しい原理はさておき、スージィの行の中に怪しいものがある。

あの“音”だ。

彼の持っている槍はその場で螺旋の力で作り出したもの、あれ自に細工が出來るとは思えない。

つまり、特殊な音を鳴らす技――それがスージィの持つ槍の極意なのかもしれない。

相手にそれを聞かせることで、三半規管に異常を生じさせる。

厄介な“技だ”。

最後、槍が刺さった場所と別の場所に傷が出來るあの現象。

これが一番の謎だ。

何を細工すれば、フラムの視覚に干渉できると言うのか。

オリジンにそういう能力が存在する？

螺旋、回転、捻れ、接続し、増する――そのどれに該當する力だというのか。

予測できない、もちろん対処法など思いつくはずもない。

「単純にステータスでも負けてんのに、こっからどう勝てばいいんだろ」

フラムはぼやく。

全を包む倦怠。

ここまでの戦闘で消耗した疲れもある、長期戦はこちらが不利になる一方だ。

重たい剣を持ち上げ、構え、スージィを睨みつけるフラム。

そして早々に第二ラウンドを始めるべく、突っ込もうとする。

しかし彼は、あまりにおぞましい景を前に、一時的に戦意を喪失し、足を止めた。

「うえぇ……」

最初に壁に叩き付けたルコーの片、それがスージィのにまとわりつき、口の中に侵しているのだ。

一目の吸収が完了すると、次は地面で潰れていた二目が、巨大な塊のまま彼のを這い上がっていく。

ルコーはその場で捻れ、細長い姿になると、大きく開かれたスージィの口の中にり込んでいった。

「いくら再利用するからって、もうちょっとやりようあったんじゃない……？」

フラムが苦言を呈したところで、オリジンの悪趣味が改善されるわけでもない。

エネルギーの吸収を完了したスージィは、すぐさまフラムに向かって駆け出した。

コォン。

穂で床を叩くと、跳躍――橫に一回転し、素早く斬りかかってくる。

音が耳の奧まで響き、ぐらりと揺れる視界。

フラムは両足で踏ん張り、攻撃を剣でけ止める。

そして接と同時に、ブーツに宿る呪いの力を刀に伝搬させた。

使用する力は“氷結”。

凍りついた槍は、重さも振數も変わる。

スージィは後退すると、再び音を鳴らしてフラムに襲いかかろうとしたが――

カンッ。

響いたのは、乾いた音。

聞いたって、先ほどのように目眩にも似た癥狀を覚えることもない。

「はっ、自慢の槍破れたり、ってね」

フラムは不敵に笑みを浮かべると、繰り出された刺突をを捻り回避。

スージィはすぐさま槍を引いて、またレンジ外へと逃げる。

「逃がさない……ッ！」

前進しようとしたフラムだったが――ずるぅっ、とスージィの足の間からルコーが吐き出される。

ああ、やはりそうだ、彼は破壊されるたび、ルコーを産み出しているのだ。

オリジンから人間に対する最大限の侮辱をじる。

フラムは今度こそ冷靜に、足裏をタンッ、と鳴らした。

「押し潰せリヴァーサル」

冷淡な聲。

彼の前方にある床が反転によって裏返り、ルコーはそれに巻き込まれてぶちゅっと潰れる。

さらに裏返った床を上から踏み、さらに塊を潰して前進。

まだ勢が整っていないスージィを、袈裟斬りにした。

だが――Ｓランク級の敏捷は伊達じゃない。

彼は不安定な勢から地面を蹴り、バク転しながら斬撃をかわした。

「はああぁぁぁッ！」

一方でそれもまた、フラムは織り込み済みである。

ダメ押しと言わんばかりに、反転の魔力を込め魂喰いを橫になぎ払い、気剣斬プラーナシェーカーを放つ。

すまわち、我意・騎士剣キャバリエアーツ・エクスパンション――反・気剣斬プラーナシェーカー・リヴァーサル。

これにはさすがに、スージィも槍を立てて防ぎ、被害を軽減するので一杯だった。

ザシュウッ！

左腕が吹き飛び、部に深い裂傷が刻まれる。

それでも彼は、このに痛覚など存在しないと主張するように、表を一つも変えなかった。

しかし、まだ“反転”が殘っている。

それは、し遅れて効果を発揮し始めた。

左腕の切斷面周辺のが反り上がり、骨から剝がれるように裂けていく。

同様に腹部も、傷口が開き、中が顔を覗かせる。

勝った――そう確信するフラムだったが、スージィは「こおぉ……」と息を吐き、全に力を込めた。

すると反転はそこで止まった。

當たればその時點で勝利が決まる必殺の一撃――と、そんな都合のいい攻撃が存在するはずもないのだ。

教會で戦ったときのデインと異なり、スージィにはまだ余力が殘っている。

己のに叩き込まれた反転魔法は、それ以上の力で意識的・・・に上から抑えつければ、被害を軽減することができる。

フラムは一つ學んだ、そして焦燥を覚える。

これで倒せないとなると、さらなる苦戦が予想できてしまうではないか。

スージィは手の甲に管を浮き上がらせ、殘った右手で強く螺旋槍を握把した。

「……ブランキング」

そして、ぼそりとそう呟く。

スージィの持つ屬――の魔法が発し、彼の姿が消えてなくなった。

「まだそんな奧の手を殘してたなんて！？」

突如消失した敵を探してフラムの眼球だけが忙しなくく。

ネクトのように転移した可能も考えたが、気配もするし、微かに足音も聞こえている。

つまり彼は、魔法によって見えなくなっただけ。

「ああそっか、魔法での屈折をってたわけだ……！」

フラムはようやくその答えにたどり著く。

だから実際の槍の軌道が、目視したものと比べて逸れていたのだ。

しかし、完全に姿を消せるほど魔法を使いこなせるのなら、最初からそうしていればいいはず。

なぜ勿ぶったのか――それはおそらく、魔法の維持に大量の魔力を消耗するからだと思われる。

フラムの重力反転と同じだ。

魔力は限られたリソース、無限に使い続けられるわけではない。

要するに、彼から逃げ続ければじきに魔力は盡き、フラムの勝利が決まるのだ。

だが――果たしてスージィが、そう簡単に逃げさせてくれるだろうか。

ビュオッ！

フラムは前方から繰り出された刺突の“気配”をじ、咄嗟に首を傾けた。

髪が何本か舞い上がり、耳からが流れる。

再び眉間を狙って一突き。

を後ろに反らしギリギリでかわす。

次は左肩――これは避けられない、突き刺さり、即座に抜き取られ、ぢくりとした痛みが走る。

続いて繰り出された攻撃をフラムは大剣の広い刃で防ごうとしたが、スージィはカバーしきれない部分を的確に狙ってくる。

足、頬、橫腹、太もも――一方的に貫かれながら、フラムは間を見計らって魂喰いを薙ぎ払う。

だが姿を消したスージィは高く飛び、今度はフラムの背後に移した。

そして心臓を狙って素早く突き刺す。

フラムは直でを揺らし、すんでのところで即死を免れた。

振り向きざまに薙ぎ払う、しかしやはり彼はそこにもういない。

気配を察知するより前に側方から槍を振り下ろされ、フラムの魂喰いを握る右腕が切り落とされた。

すぐさま左手に持ち替え、見えないスージィに向かって踏み込もうとしたが――足に何かが纏わりついている。

「まさか、こっちまで明に！？」

バギッ、メキィッ！

足が捻れ、中が砕される音が、骨を電してフラムのに響く。

痛みと、吐き気を催すような気持ちの悪いに、彼はすぐさま足を振り、ルコーを吹き飛ばした。

その一連の作の間に再びスージィは背後に回り込み、フラムのを滅多刺しにする。

それでも彼が心臓や脳への致命打を避けられたのは、“生きたい”と願う執念の差か。

怒濤の攻撃を耐えきったフラムは、當てずっぽうでスージィの位置を予測し、ダメ元で大振りの一刀を放つ。

手応えはなし――「リヴァーサル！」と彼はすぐさまその場で真上に飛んで、天井に足をつく。

そしてそのまま駆け抜け、階段付近で解除、著地。

通路の端から広範囲に攻撃を放てば、何かしらのダメージは與えられるはず。

そう考え、剣を振り上げ――

「てえぇえりゃああぁぁぁあああッ！」

び、叩き付け、プラーナの暴風を巻き起こす。

砂礫が舞い上がり、一帯の空気を薄白く汚した。

そのおかげで――ダメージがあったかはさておき、砂埃の流れでスージィの位置は確認できた。

フラムは再び剣にプラーナを注ぎ込み、接近する彼を迎撃する。

「そこぉッ！」

フオォンッ！

渾の一撃の、はずだった。

しかし、フラムの渾の一撃は、空振りに終わる。

スージィはそこにはいなかったのだ。

の移によって巡る砂埃の流れ――そのの屈折をり、彼はフラムの視覚を翻弄した。

そして前方ではなく、斜め・・前から、その脳を狙って刺突を放つ。

「――ッあ」

死の気配が目前に迫る。

バチュッ！

その尖った先端がフラムの眼球を突き破り、そして脳に到達する寸前で――フラムのガントレットに握られて、止まった。

彼はその悪寒に従って剣を手放し、ギリギリのところで難を逃れたのである。

しかし、絶絶命であることに変わりはない。

脳に向けて力づくで押し込まれる槍。

それを必死で押し返すフラム。

互いの腕が震える。

その時、フラムの足元に――新たに産み落とされたルコーが、れた。

「ぎ……あ、ああぁぁぁぁあッ！」

足がねじれる、だが今は振り払うこともできない。

螺旋の力はじわじわとを上っていき、太ももや腰に至る。

下半の覚がなくなり、腕からも力が抜けていく。

拮抗が破れそうになる、フラムはそれをプラーナで補った。

しかしルコーがそこにいる限り、彼の敗北は時間の問題だ。

打開する方法を――死ななければ何だっていい、しでも、スージィを引き剝がすことができれば。

そう、死にさえしなければ。

必死に思考し、弾き出される冴えないやり方。

フラムの呼吸が恐怖に震える。

“自で自を傷つける行為”というのは、これだけボロボロになって恐ろしいものだ。

それでも、死ぬよりはマシである。

彼は槍を握りしめる手に力を込め、ガントレットに宿る呪いの力を呼び起こす。

「……ッ、燃えろおぉおおおおおおッ！」

彼の呼びかけに応じ、槍が炎に包まれた。

無論、フラムの顔も焼かれるが――スージィの手からも一瞬だけ力が抜ける。

――フラムは、その剎那を待っていた。

顔から槍を引き抜くと、後退した彼はすぐさま剣を握り直し、足にしがみつく明になったルコーに突き刺した。

ありったけの・・・・・・力を込めて・・・・・。

そして転がり、四つん這いでその場から離れ――幸いなことに、スージィからの追撃はない。

どうやら、エネルギー補給の時間のようだ。

何も見えないが、這いずるような音だけがする。

フラムに撃破された哀れな片が蠢き、スージィの口の中へとっていっているのだろう。

「……あなたがもし、まともな冒険者だったら、きっと勝つのは難しいんだろうけど」

話したところで通じないはずだ。

だが、フラムはそれでも言葉を続ける。

口元に笑みを浮かべ――勝ち誇った表で。

「でも、今のあなたは人間じゃない」

ルコーの吸収が終わる。

スージィのに、力が行き渡る。

「だから……まだ、私にも勝機があった」

同時に――フラムの注ぎ込んだ力も、全て取り込まれたのだ。

異常を察したのか、魔法が解かれ、スージィが姿をあらわす。

「お……おごぉおおおお……！」

彼はを反らしながら、苦しげな聲をらした。

さらには口から泡を拭きながら、全を痙攣させた。

耐える、耐える。

とっくにではルコーに注ぎ込んだプラーナと魔法が炸裂しているはずなのに。

それでも、生前に鍛えられた強靭なが、死を拒もうと強張り震える。

「もう死んでるのに、どうしてそこまでスージィのを使い潰そうとするかな」

フラムは靜かにスージィに歩み寄る。

そして魂喰いを握る手を前にばし、その切っ先を彼のに當てた。

「でもおかげで、死は綺麗なままダフィズさんに返せそうかな」

ありがたいことではあるが、當然禮は言わない。

そのまま刃をに埋め、こつんと固い何かに當たると、魔力を注ぎ込む。

「反転しろリヴァーサル」

パキィン――心臓の代わりをしていたコアが割れ、スージィのは力を失う。

死が膝をつき、床に倒れていくうちに、刃は勝手にずるりとり抜けた。

完全にかなくなったことを確認すると、魂喰いと篭手を収納する。

「はぁ……」

上を向き、大きく息を吐くフラム。

「これで……最後かな」

言いながら、彼は階段の上を見上げた。

新たな死者が降りてくる様子はない、気配もしない、足音も聞こえない。

村にいる死者の數はもっと多いはずだが、ひょっとすると外で誰かが戦ってくれているのかもしれない。

「とりあえず、一段落ってことで……」

ミルキットを迎えに行かなければ、それまでは止まるわけにはいかない。

問題は、これでダフィズが話を聞いてくれるかどうかだが――

「おつかれさま、お姉さん」

嫌な聲が聞こえた。

フラムは恐る恐る振り返ると、異形の死者を踏みつけながら、そこには歩いてくる青髪の年の姿があった。

「ネクト……どうしてここに！？」

「どうしてここに、って、元は僕が頼んだんだから様子を見にくるのは當然だよね？」

理屈は通っている、だがそれにしたってタイミングが絶妙すぎる。

様子を見に來た、ではなく、ずっと前から様子を見ていたのではないか。

そこまで深読みしてしまうほどに。

「そう警戒しないでよ。僕はただ――最後の仕上げ・・・・・・のために來ただけだから」

ネクトはそう言って、にっこりと、憎たらしいほど爽やかに笑った。