《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》幕間6 螺旋迷宮に出口は無い

「ネイガス、橫からも來てるっす!」

「りょーかい、っと!」

王國北西部に存在する、教會の地下研究所跡。

セーラとネイガスは、そこで巨大な蜘蛛のようなモンスターと戦っていた。

蜘蛛と言っても、頭部は馬のような形をしているし、口からは無數の手が生えているのでまともな生では無さそうなのだが。

実験に使われていた場所らしく、部屋はやけに広い。

ネイガスにとってセーラを守りながら戦うのは、さほど難しいことではなかった。

側方でしなる手の鞭を飛び避けると、彼はセーラを抱き寄せ、手を前方にかざして魔法を発する。

「トルネード・イリーガルフォーミュラ!」

ビュオォォ――ゴオォォオッ、ガガガガガガッ!

魔力の過剰行使により生された巨大な竜巻が、二人を包み込む。

威力は時間経過とともに次第に増し、やがて全ての敵を切り刻む絶対無敵の壁となる。

「ギイイィィィィ! ギー! ギイィィ!」

知能は低いのか、自らの半分ほどを竜巻の部に突っ込ませた二のモンスターは、苦しげな聲をあげた。

それでも獲を喰らおうと、必死に口から紫手をばす。

だがそれがネイガスに屆くより前に、バキッ――と何かが割れ、砕けた。

「ギギャアアァァアアアアッ!」

馬の口から粘を撒き散らし、ぶモンスター。

同じくもう一も耐久の限界を迎え、の中央から真っ二つに切斷される。

「まだ死なないっすか!?」

セーラは、思わず聲をあげた。

が半分になりながらもこちらに近づいてくる化

Advertisement

その生命力の高さと執念に、若干の恐怖を覚える。

ネイガスは冷靜に、

「メルティダークネス」

手のひらから拳大の黒い球を、モンスターの頭に向けて放った。

それはふわふわとシャボン玉のように近づき、そして接した瞬間に一気に膨らみ、頭部を包み込む。

その側では、闇の魔力が皮を溶かしていた。

闇が消えると、その部位が骨だけになって現れる。

さすがに脳が破壊されては活を維持することはできず、モンスターはぐったりと倒れ込み、かなくなった。

「ふぅ……」

ネイガスは息を吐いた。

まだ余裕を持って倒せる程度ではある。

だが、研究所の使用期間が現在に近づくにつれ、確実に強くなっていく。

法外呪文イリーガルフォーミュラに耐えるほどのモンスターなど、野生ではなかなか見かけない。

このまま進歩を続けていけば、やがてネイガスクラスの使い手が放つ魔法にも耐えるようになるのだろう。

いや、あるいはすでに今の時點で――

「ネイガス、手に怪我してるっす」

真剣に考え込んでいたネイガスは、セーラにれられた途端にでれっとだらしない表になった。

そんな彼に呆れつつも、いつの間にか手の甲に出來ていた傷に治癒魔法を使うセーラ。

「いつの間にやられてたのかしら」

「油斷っすよ、敵もどんどん強くなってるんすから」

「セーラちゃんに心配されるなら怪我も悪くないわね……」

「あんまり調子に乗ってると放置するっすからね」

そう冷たく言い捨てると、一人で部屋を出て行くセーラ。

Advertisement

「やあねえ、冗談だってばぁ。待ってよセーラちゃんっ」

それを小走りで追いかけるネイガス。

隣に並ぶと、また真剣な顔に戻り、喋りだす。

「それにしても、頭を潰すと素直に死んでくれるあたり、最初に比べるとオリジンっぽさは無くなったわよねえ」

「確かにそうっすね、傷口がねじれることも無いっすし。でも見た目はどんどん気持ち悪くなってる気がするっす」

「キマイラ……んなモンスターのを繋ぎ合わせ、適したコアを與えて強力な兵を作り出す研究……か。業が深いわ、ほんと」

「しかも確実に力をつけていってるっすからね、今稼働してる研究所ではどんなのを作ってるんすかね」

もやもやと、セーラは頭の中でんなやモンスターを組み合わせた化を想像する。

相當に気持ちの悪いのができたらしく、彼は「うぇ」と舌を出して言うと、首を振ってそのイメージを頭の中から追い出した。

そんな彼の様を見て、くすりと微笑むネイガス。

「セーラちゃんがいなかったら、この研究所の場所もわからなかったんだし、本當に謝してるわ」

「なんすか、藪から棒に。好度稼ぎっすか?」

「たまに優しくすると辛辣な言葉が返ってくるのはなぜなのかしら……」

「自業自得っすね」

ぐうの音も出ない正論に、ネイガスは何も言えなかった。

しかし実際、セーラのもたらした報がなければ、彼は延々と教會と関係のない跡を調べ続ける羽目になっただろう。

もっともセーラの方も、リーチに頼まれた薬草“キアラリィ”の場所を探るときに、偶然にも教會の中で見つけた資料――まさかそこに記された地名が、キマイラの研究所の場所を示すものだとは思いもしなかったが。

Advertisement

「でもネイガスほどの風魔法の使い手なら、地下からの風の流れとかで研究所の場所ぐらい調べられるんじゃないっすか?」

「王國って、無駄に大量の跡が埋まってて區別がつかないのよ」

「なんでそんなにあるんすか?」

「たぶん、オリジンと戦ってた頃の名殘じゃないかしら」

「……オリジンと、戦う?」

聞き返されて、ネイガスは骨に“しまった!”と言う表で足を止めた。

「王國って、オリジンと戦ってたんすか?」

「い、いや……なんていうか、言葉の綾っていうか……」

「まーた機事項だから、っすか。いいっすよ、どうせネイガスは人間であるおらには何も話してくれないっすもんねえ」

「うぐ……」

罪悪から、を抑えて苦しそうな聲を出すネイガス。

「一緒に旅をしてかなり仲良くなったつもりだったんすけど、そう思ってたのはおらだけっすから」

「ぬぐぐ……!」

「あーあ、今日の宿では二人でお風呂にってもいいと思ってたんすけどねえ。ネイガスが必死になって頼んでくるから、そろそろ許してもいいかと思ったんすけど、隠し事ばっかりしているようじゃそれも難しいっすよね……」

「むむぅ……!」

さらに彼は苦しみ、葛藤する。

確かにお風呂にはりたい、いっそ土下座しようかと思ってしまうほどりたい。

しかし、自分のを優先して、魔族の機報をらしてしまっていいものなのか。

いやだめだ、常識的に考えて駄目だ。

だが常識を越えなければ、理想郷は手にらない。

それに冷靜に考えてみれば、ここまでセーラを巻き込んでおいて、オリジンのことを何も教えないのはアンフェアではないか――

「むがああぁぁー! わかった、わかったわ、話せる範囲で話すわよぉ! こうなったらもうヤケよ、機なんてくそくらえだわ! だから一緒にお風呂にらせてくださあぁいッ!」

人間を超越したきで額を地面にり付け、頼み込むネイガス。

セーラはもちろんドン引きした。

◇◇◇

最寄りの町であるノウェイスの宿を取った二人。

部屋にり、ローブをいでからというものの、ネイガスは「おっふろ、おっふろっ」と子供のように浮ついていた。

一方でセーラは“早まったかな”と後悔気味である。

何もを売り払わなくても、ちょっとに飛び込むだけでオリジンの報ぐらい話してくれただろうに。

しかし約束してしまったからにはしょうがない。

そのために、わざわざ部屋に風呂が備え付けてある高い宿を取ったのだから。

というわけで、念願の浴タイムである。

にまとっていたバスタオルは即刻剝ぎ取られ、湯船の中でネイガスの足の上に座らされるセーラ。

今までさんざん抱きしめられたりセクハラされたりしてきたが、直接れるとなるとまた事が違う。

湯気がもくもくと立ち込める中、彼は顔を真っ赤にしてこまっていた。

一方でネイガスは、実に幸せそうにセーラのを抱きしめている。

「ふへ……へへ……でへへへ……」

「頼むからそのおっさんっぽい笑い聲をやめてしいっす」

「えぇー? 無理よぉ、だってあのセーラちゃんと一緒にお風呂にれてるのよぉ?」

「オリジンのことを教えるっていう約束、忘れてないっすよね?」

「そこはちゃんと覚えてるから安心して。じゃあどっから話そうかなー」

どうやら彼は、このまま風呂の中で話をするつもりらしい。

セーラと長時間同じ湯船に浸かるための時間稼ぎだろうが。

小癪だが、話を聞きたいセーラは従うしかない。

「王國がオリジンと戦ってたって話から聞きたいっす」

「それは王國じゃなくて、正確には人間と魔族ね。だから魔族の領地にも跡は結構埋まってるのよ」

「人間と魔族は……協力してたんすか?」

「もちろん、いくらオリジンに対する耐を持ってたとしても、そうしないと勝てるはずがないわ」

「耐、っすか」

「そう、耐。オリジンが生まれてからというものの、この星に存在する生は急速に進化していったの。“屬”をに著け、魔法が使えるようになったのもそのうちの一つ」

「そんな都合よく進化できるものなんすかね」

「この星から生命を絶やさないようにするための、“星の意志”とも呼べる力が働いていたのかもしれないわ。舊人類が進化して人と魔族に別れたのもそのため。生命に多様を持たせることで、どちらかが滅んでもどちらかが生き殘られるようにしたの」

規模が大きすぎて、セーラはいまいちピンとこなかった。

「このあたりを理解してもらうには、オリジンがどういうものなのかを知ってもらう必要があるわね」

「それが一番知りたいっすね」

「じゃあ聞くけど、セーラちゃんは、この世界から爭いを無くすためには何をしたらいいと思う?」

なぜ急に関係のない話を――そう思ったが、ネイガスの聲のトーンは真剣そのものだ。

これもオリジンに何らかの関係がある話なのだろう。

セーラは下に人差し指をあてて、「うーん」と悩む。

ネイガスはその可らしい仕草に興する。

「全ての人にしっかりとした道徳教育を施す、っすかね」

「思ったより現実路線ね……」

「違うっすか?」

「確かにそういうのが理想なんでしょうけど、オリジンを作った・・・人はこう考えたの」

セーラのこぶりな耳にを寄せ、ネイガスは囁く。

「あらゆる生命の脳を接続し、一つの命にしてしまえばいい、って」

ぞくりとを震わせるセーラ。

の聲も相まって背筋が凍るが、よくよく考えてみると――

「……それを至近距離で言う必要、無くないっすか?」

「野暮ねえ、雰囲気作りは大事なのよ?」

「そういうのはいいっすから、淡々と事実だけを教えてほしいっす」

を尖らせ、不満をこぼす。

余計なことさえしなければ、優しいお姉さんなんすけどねえ――と心の中で付け加えながら。

「ところで脳を接続って、どういうことっすか?」

「だからそのままの意味よ、他者がいなければ爭いが起きることはないじゃない。まあ一応、人の意識が回路を巡ることで永遠にエネルギーを生し続け、増を続ける無限機関、っていう側面もあるみたいよ」

だからオリジンは止まらない。

の消耗を自の生み出したエネルギーで補うことで、破壊されるまで延々と規模を拡大し続ける。

「なんだか、寂しいやつっすね」

揺れる水面を見つめながら、セーラは言った。

「確かに一人になれば爭いはなくなるかもしれないっすけど……それじゃあ、誰かを好きになることもできないっす」

「セーラちゃん……」

かな彼らしい反応である。

顎から滴り落ちた雫が、彼の悲しみを象徴する涙のように見えた。

ネイガスはし、抱きしめる両手にし力を込めた。

しばしの沈黙し、靜かな浴室に水の音だけが響く。

それを破ったのは、ネイガスのこんな言葉だった。

「それは私に対する遠回しな告白だと思っていい?」

緒が臺無しっす」

臺無しであった。

有無を言わさず立ち上がり、湯船を出るセーラ。

「あぁ、待って、悪気はなかったのよおぉ!」

ネイガスは必死に足にしがみついたが、つるんとってすり抜けていく。

結局そのまま、夢のお風呂タイムはお開きとなったのだった。

◇◇◇

風呂上がり、セーラは部屋に備え付けられた鏡臺の前に座った。

ネイガスは彼の後ろに立ち、風魔法で彼の髪を乾かし、ブラシで梳いていく。

「しかし々おかしいっす。人間と魔族は元々協力しあってたのに、なんで今はこんなに仲が悪いんすかね」

「私とセーラちゃんはこんなに仲がいいのにねえ」

「ネイガスみたいなのが多いからっすかね」

「セーラちゃんの辛辣さが留まるところを知らないわ……」

「重ね重ね自業自得っす」

十割ネイガスが悪い。

もちろん彼にも自覚はあった。

真面目な話のときでもついつい茶化したくなってしまうのは、昔からの悪いクセである。

「冗談はさておき、魔族との距離を取るっていうのは、元々は人間側が求めたことだったの」

「なんでそんなことをしたんすか?」

「人はの強い生だから、いずれ力を求めてオリジンの封印を解いてしまうだろう。だから我々でなく魔族が、未來の人間に奪われることがないようそれを守ってしい――って、オリジンを封印した初代の勇者が言ってたそうよ」

魔族は人と違い、も薄く、その代わり數もないのだ。

だからこそ、作もあまり育たない北の地で生き続けることができた。

「新事実が続々出てくるっすね。そのじだと、オリジンって魔王城あたりに封印されてるんすか? しかも勇者って、今のキリルさんだけじゃないんすね」

「もうこの際だから言っちゃうけど、その通りよ。魔王城の地下に封印……と言うか、オリジンの上に魔王城が建てられたの」

「……オリジンって、思ってたよりスケールが大きそうっすね」

「大きいわよお。勇者に関しては、何百年かに一回は現れてるみたい」

しかし、オリジンのいない時代に生まれたところで、“ものすごく強い冒険者”程度の人でしかない。

勇者が真価を発揮するのは、オリジンが復活したときか、あるいは――

「もしかして、オリジンのお告げでキリルさんが魔王城に向かわされたのって……」

「封印を解くためでしょうね」

「狡猾っす、フラムおねーさんが選ばれたのも似たような理由なんすかね」

「そこは私にもわからないわ、でもどうせろくな事に使わないでしょうし、遠ざかってくれてよかったと思ってるわ」

ネイガスはフラムの屬“反転”のことを知っている。

唯一コアを破壊できる能力――それが目當てだったことは想像できるが、確証が無いため明言は避けた。

「あれ? そういえば、まだ人間と魔族の仲が悪くなった理由を聞いてないっすよね、さっきのはほとんど流がなかった理由にしかなってないっす」

「実を言うとね、はっきりとした理由はわかってないの。五十年ぐらい前だったかしら、人間との間に結んでた停戦協定が一方的に破棄されて、しかも王國に流通する本や語に、魔族を悪者にするような容が増えだしたのよ」

「それって、國ぐるみでやらないと難しくないっすか?」

「でしょうね」

「オリジンの仕業……なんすかね」

「たぶんね。國王との繋がりも強い教會が、組織ぐるみでオリジンコアを使った研究をやってるんだもの。ひょっとすると、とっくに王や教皇たちは洗脳されてるのかもしれないわ」

風魔法が止まると、ネイガスはセーラの金の髪にれる。

すっかり乾いているようだ。

セーラは「ありがとっす」と、鏡越しに笑いかけた。

「そういえば、人間と魔族は耐があるんすよね。だったらなんで今は“コア”の影響をけてるんすか?」

は鏡の前から移し、ベッドの縁に腰掛ける。

ネイガスは一足先に布団に潛り込みながら返事をした。

「可能々考えられるわね、今の耐を持った人間や魔族がオリジンに新たに接続されて対処法をに著けた、とか」

「それが原因だとすると、オリジンに接できる人が犯人なわけっすよね。言いにくいっすけど……魔族の中に裏切り者がいるんじゃないっすか?」

「魔族がオリジンに肩れする理由が無いし、調べても形跡が無いのよ」

形跡を消してまでオリジンに接ができるのは、シートゥムか、ツァイオンか、ディーザか、それぐらいのものだ。

裏切る彼らの姿を想像したが――馬鹿げている、と彼はすぐに想像を打ち切る。

「わかんないことばっかりっすね」

「地道にやってくしかないわよ。まずは第一に、コアに込められた力の出処を突き止めるため、キマイラの稼働してる研究所を見つけ出すことから」

目を細め、天井を見つめるネイガス。

普段はふざけてばかりで印象に殘りにくいが、彼の顔は非常に整っている。

黙ってさえいれば、いかにもクールな人と言った雰囲気で――その表を見たセーラのは、どきりと高鳴った。

そしてすぐに「はっ」と正気に戻り、ブンブンと首を橫に振る。

「セーラちゃん、何やってるの?」

「な、何でもないっす!」

「寂しいなら一緒に寢る?」

そう言って、布団を開いてうネイガス。

「斷るっす!」

セーラは語気を荒らげ、暴に布団をかぶった。

「つれなわねえ」

そう言って微笑むと、ランプのスイッチに指でれ、魔力を流す。

部屋を淡く照らしていたランプが消えた。

視界にぼんやりと浮かぶ木組みの天井の概形。

瞼を落とすと、それすら黒に包まれ見えなくなった。

「おやすみなさい」

「……おやすみっす」

こんなときでも挨拶をわすのは忘れずに。

二人は瞳を閉じ、明日の探索に備えてすぐに眠りについた。

◇◇◇

魔王城の中にある図書室には、魔族の歴史と叡智が詰まっている。

すでにみなが寢靜まった時間、シートゥムは椅子に腰掛け、まばたきすら忘れて書にのめりこんでいた。

何度確認しても、オリジンの封印に緩みは確認できない。

だがどうしても納得ができず、別の手がかりが無いかと夜な夜なここに通っているのだ。

そんな彼の背後から手がび、機に芳しい香りが立ち上るお茶が置かれる。

「兄さ――」

シートゥムは振り返り、そう言いかけた。

だがそこで笑っているのはツァイオンではなく、片眼鏡をかけた燕尾服の男――ディーザであった。

「ふふ、わたくしで申し訳ございません」

「……うぅ、ち、違うんです、そういうつもりでは」

「今からでもツァイオンを呼んできましょうか?」

「もうディーザ、あんまりいじわるを言わないでくださいっ」

顔を真っ赤にして、シートゥムは俯いた。

がツァイオンのことを想っていることぐらい、ディーザにはお見通しである。

逆もまた然り、むしろなぜ仲にならないのか不思議なぐらいだ。

無論、それが魔王としての責任によるものであり、なおかつオリジンの存在が二人の仲を邪魔していることもまた、彼は知っているのだが。

「もう夜も遅い、あまりを詰めすぎるとを壊してしまいますよ」

「今は急時ですから、そんなことは言ってられません」

「ふむ、ご立派になられましたな……泣いてばかりいた子供の頃が噓のようです」

勇ましいツァイオンの背後に隠れ、いつも不安そうな顔をしている。

それが期のシートゥムであった。

「子供の頃のことは言わないでください、言われれば誰だって恥ずかしいものなのですから」

「そうでしょうか、わたくしは平気ですが。先々代に拾って頂いてから今に至るまで、ここ魔王城で過ごした時間を恥ずかしいと思ったことはありません」

“拾って頂いた”とは比喩でも何でもなく、彼は赤子の頃に捨てられ、拾われたのである。

ゆえにディーザは自分の両親が何者なのかを知らなかった。

「ですので、魔王様もを張るべきかと、僭越ながら意見させて頂きます」

「……そう言いながら、私が大泣きした話を持ち出して、からうかうのがディーザなんです」

「信用がありませんな」

「日頃の行いですよ……って言ってる側からほら、顔が笑ってますし! やっぱりからかうつもりだったんですね!?」

シートゥムが頬を膨らますと、ディーザの口元はさらに緩む。

彼はおほん、と咳払いをして気を取り直すと、彼に忠告する。

「それでは魔王様、くれぐれも無理はなさらぬよう」

そう言い殘して、ディーザは立ち去った。

殘されたシートゥムは、再び本に向かい合う。

「わかっています、でも……」

先代が殘していた日記でもあれば、手がかりが見つかるのかもしれない。

シートゥムは母がそれを書いている姿をはっきりと覚えているのだが、城のどこを探しても見つけることはできなかった。

ならば自分の力でどうにかするしかない。

無理をしてでも、封印に生じた見えないを塞がなければ。

その後數時間、シートゥムは自らのに限界が來るまで、本のページをめくり続けた。

    人が読んでいる<「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください