《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》048 

眠れば嫌なことは忘れられる、そう思っていた。

けれど人は、本當に落ち込んでいるとき、眠りですら安寧を得ることはできない。

悪意のない・・・・・悪夢が、押し寄せるようにキリルに襲いかかる。

『おめでとう』

は喜ぶフリをした。

けれどそんなもの、誰がしいとんだか。

素行の悪い人間が、ほんのしの善行を積むと、周囲から高い評価をける。

態度の悪い生徒ほど、先生に可がられる。

人間とはそういう生きだ。

期待なんてされない方がいい。

だって他人よりどんなに優れていても、それに応えられなければ、周囲から向けられるのは冷たい評価だから。

『オリジン様に選ばれるだなんて、すごいねキリルちゃん』

數年前から、両親に芋の育て方を習っていた。

畑の一角に専用スペースをもらって、ようやく最近は売りにできるぐらいのが出來るようになった。

楽しかった。

今日はその取れた作を使って、お菓子でも作って、両親に振る舞おう。

二人は笑いながら“おいしい”と言って、キリルの頭をでるだろう。

幸せだった。

『畑のことなんて気にするんじゃない、お前はお前の役目を果たすんだ』

父が嬉しそうに言った。

母も頷いていた。

キリルは二人の期待に応えるため、無理やり笑顔を作って、返事をする。

あのとき――泣きながら、“本當は嫌だ”と訴えていたら、何か変わっていたのだろうか。

そんな、悪い夢を見た。

目を覚ます。

悪い現実が広がっていた。

固く冷たい地面に橫たわったキリルは、薄っすらと目を開ける。

周囲は朝だというのに、建の影の下だからか暗く寒い。

そこは中央區の東側にある、とある店の裏手だった。

人の目が屆かない場所を探して、二人がたどり著いた場所である。

ぼーっと、眼前に広がる灰の景を見つめるキリル。

必死に餌を求めて這い回る小さな蟲を観察して、「羨ましい」とつぶやいた。

いや、彼には彼なりの苦労があるのだろうが――なくとも“自分のため”に生きてはいるはずだ。

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しかし彼には、もうそれができない。

自分のために行を起こそうとすると、理が靜止をかけるのだ。

大事な人を傷つけ、他者の期待を裏切り、逃げ出したくせに、罪も償わずに甘えたことを――と。

「起きてる?」

ミュートの聲が聞こえてきた。

先に目をさましていた彼は、地面に座り、壁に背中を預けている。

「……うん、起きてる」

昨日、彼と出會ってから、何度も言葉をわした。

ミュートは主張する。

『人間、自分だけ。他人、み、本當を理解、無理』

そして全ての人の期待に応えることもまた、不可能である。

だがそれでも――失の目を向けられることを、キリルは恐れているのだ。

『優しさ、正義、怒り、憎しみ、他、全部……言葉、違う。意味、同じ。全部、自分のため』

この世界は全ての人々の自己満足で形されている。

他者を思いやる気持ちも、突き詰められば偽善だ。

與える人と、ける人、その二人のチャンネルが偶然にも一致していたから、“優しさ”として立するだけ。

『他人のため、生きる。いつか、自分、壊れる』

そのレールの上に、今のキリルはいる。

罪の償いも、自分を責め続けることも、いわばただの自己満足だ。

そんなことをしたって、自分のせいで傷ついた人が癒えるわけじゃない。

だから、自分のみを貫け――ミュートはそう説き続ける。

それでも、キリルが変わることはなかった。

沈みきったに罪悪のチェーンが巻き付いて、浮上を許さない。

「そろそろ、はじめる。ついてきて」

そう言ってミュートは立ち上がり、どこかに向かって歩き始めた。

寢起きのキリルは、腫れた目をこすって、彼の小さな背中を追いかける。

◇◇◇

何を始めるのか、聞いてもミュートは話さなかった。

二人とも、相変わらず薄汚れたローブを纏い、フードを深くかぶり、顔を隠しながら歩く。

東區に差し掛かると裕福な人間が増え始め、その格好が逆に周囲の注目を集めるようになっていた。

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キリルが挙不審に視線を彷徨わせていると、ミュートは前方から近づく二十代ほどの男に駆け寄る。

「ミュート?」

キリルは戸い、聲をかけるも、ミュートは止まらない。

そのまま彼の前で足を止め、肩を摑んだ。

もちろん男はミュートを睨みつける。

だが彼じずに、そして――能力を発させた。

「共シンパシー」

特別、何か目に見える変化があったわけではない。

しかしキリルはそのとき、男の目から意思が消えるのと、ぶちゅ、というった音を聞いた。

ミュートは彼から手を離すと、用済みと言わんばかりに何も言わずにまた歩き出す。

キリルはかなくなった男を見ながら、彼のあとを追った。

その後も、先にあった公園にっていったミュートは、人にれて「シンパシー」とつぶやき、それを繰り返す。

「ねえミュート、何をしてるの?」

聞いたって彼は答えない。

だが、ミュートにれられた途端にかなくなる人々を見ていると、ひょっとすると何か恐ろしいことが起きているのではないか、そんな恐怖が湧き上がってきた。

もちろんキリルは、彼が何者かを知らない。

だからそんな能力・・・・・があることなど、想像すらしなかった。

知っていたのならもちろん、今のキリルだって止めようとしただろう。

そこを一通り回ると、ってきた場所とは別の出口から公園を後にする。

そして、ギリギリで公園の狀況が確認できる位置まで移すると、ようやくミュートはキリルの方に振り向き、口を開いた。

そのローブの首元は、なぜか赤黒くっている。

「準備、できた。はじめる」

「準備って、どういうこと?」

「共。意識を繋げる、沒個化する、同一化させる。意識、混濁。自我、喪失。最初からそういうもの、オリジン、注ぐ。私、支配する」

「同一化? オリジン? 支配? ごめん、私にもわかるように――」

「見る。それで、わかる」

ミュートはそう言って、公園の方を指差した。

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キリルは彼に言われるがまま、その方向に視線を向ける。

すると――散歩をしていた男が、おもむろに自分の拳を咥え始めた。

もちろん口にはらない。

それでも強引に、の端を切りながら押し込み、そして顔やを変形させながら、肘まで飲み込んでいく。

「……え?」

彼に何が起きたのか、キリルには理解できなかった。

自分で自分の腕を飲み込み、呼吸困難に陥り、打ち上げられた魚のように苦しそうにもがく。

しかし腕が引き抜かれることはなく、やがて彼は窒息してかなくなった。

「死んだ……?」

人の死。

非日常。

それが、何の前れもなく、目の前で起きている。

あまりに現実がないせいか、キリルが取りすことはなかった

だが、心が余裕を持てるのも、今のうちだけである。

死んだ男の隣にいたが、いきなりい地面に頭をぶつけだす。

額が切れてが流れても、ぐちゃっ、と何かが潰れるような音がしても、彼は止まらない。

両腕に力がらなくなっても、地面に必死で頭をり付ける。

その行為は、彼が完全に絶命するまで続いた。

「あ……あぁ……」

そのほど近くを歩いていた男児が、自分の腕のをパンのように千切りだす。

をだらだらと流しながらも、いたがる様子はない。

そして握りしめたそれを、自分の口に放り込んだ。

さらに続けていくつものをむしり取り、頬張っていく。

「な、なにが……なにが、起きて……!」

男児の母親は、自らの眼球を指でほじくり出し、投げ捨てた。

さらにぽっかりとあいた空に、強引に手を挿して脳をかき混ぜようとする。

「ミュート……まさかあれ、あなたががやらせてるの……?」

「そう、私、やらせた」

さすがにキリルでも気づく。

そしてミュートも即答した。

ここまで連れてきたのは――彼が見せたいと言っていたのは――この、狂った景だったのだ。

公園のいたるところで、人間が自らのを破壊し、命を落とす。

果たしてその行為に、一何の意味があるというのか。

「やりたいこと、やる。他人、関係ない。生きた証、傷跡、殘す」

「そ、それはダメ、そんなのはおかしいッ!」

聲を荒らげ、キリルはミュートを睨みつける。

しかし、彼の顔はフードで隠れていてよく見えない。

「おかしい、何もない。正しいも、何もない。私は、私。み、果たす」

「人が死んでるのに!? そんな勝手なこと許されるはずがないよ!」

「他人の目、関係ない。勝手、構わない。止める理由、ない」

確かに彼はそんなことを言っていた。

他人のために生きるな、自分のみを貫けと。

それでもキリルには、そのために他人を殺すことが正しいとは思えない。

「キリル、止める、む。なら、私、殺せばいい」

「そ、それは……」

「私、勇者、勝てない。キリル、私、殺せる。私、死ぬ。他人、生きる」

ミュートの言うとおり、キリルが剣を抜けばいい。

それだけで、あそこでもがき苦しむ見ず知らずの他人のうちの何人かは生き殘るかもしれない。

勇者ならばそうするべきだ。

だが――彼を殺して勇者を気取ったところで、キリルは救われない。

何も変わらない。

また期待に押しつぶされて、自分を殺す・・・・・羽目になるだけだ。

「っううぅ……うああぁぁああ……ッ!」

キリルはき、右腕を震わせた。

その手のひらに剣が握られることはない。

ミュートを殺さなければ、きっと彼は人々を見捨てた罪悪に苛まれるだろう。

しかしミュートを殺せば、彼を殺した罪科を背負い、寄る辺を失い、またも何もない暗闇の中に突き落とされるだろう。

どちらを選んだって――そこは、地獄だ。

悩んでいる間にも犠牲者は増えていく。

斷末魔のびが聞こえないのが唯一の救いか。

淡々と、が裂け、骨が砕ける音だけが、公園から聞こえてくる。

「殺すなんて……でも、ああ、だけどっ……私はどうしたら……!」

膝をつき、キリルは嘆く。

泥沼の中で足掻き、さらに奧へとはまっていく。

「決める、自分。全部、自分のため」

「でもっ、私にはそれが、どうしたらいいのかわからな――」

キリルは縋るようにミュートの方を見上げる。

すると、フードで隠れていた顔が、下からだとよく見えるようになっていた。

ぶじゅっ。

そこにあるのは、いかにも大人しそうな、ぽーっとしたの顔――ではない。

顔をえぐり、削ぎ落とし、そこに何かのを詰め込んだかのような、異形の面。

しかも、それそのものが生きていている。

うぞうぞと、脈打つように、這いずるように、螺旋を描き時計回りに捻れ、を吐き出す。

「は……」

息を吐き、それきり何も言葉を発せなくなるキリル。

いや、聲どころか、呼吸すらままならない。

なぜミュートが――あのときの、最後に見たマリアと同じような姿をしているのか。

人をり自殺させる能力と言い、彼は一何者なのか。

たちは一どのような存在なのか。

自分は一、何に巻き込まれているのか。

「あぁ……」

ようやく聲を取り戻す。

だが、疑問、恐怖、混、絶――赤と黒の吐き気を催すようなが混ざりあって、頭がまともに働かない。

一方で異形と化したミュートは、無言のままの渦を脈させながら、キリルの方をじっと見つめていた。

「うあ、ああ、あぁぁああ……」

頭の中で、意識が、が、一瞬にして膨張する。

「ひ、ひぅ……あっ、あぁああっ……!」

言わなくてはならないことがある。

の所行を止めるべきである。

そんな正義心も存在しないわけではない。

しかし、圧倒的な恐怖を前に、そのようなちっぽけな義憤は無意味である。

何を否定しているのか首を橫に振り、後ずさり、頭を抱え――

「あ、あああぁぁぁあ、ああぁああああああああああああッ!」

キリルは発させるようにんだ。

「あ―――」

そしてその聲は突如ぷつりと途絶え、彼は意識を失う。

崩れ落ち、地面に橫たわるキリルを見下ろすうちに、ミュートの顔は元に戻っていった。

◇◇◇

――誰かの聲が聞こえた。

立ち盡くしていたフラムはぴくりとそれに反応すると、自分で両頬をぺちんと叩いて気を引き締め、走り出す。

には見るも無殘な死がいくつも転がっており、痛ましい亡骸を見るたびに、彼を痛めた。

そして公園を抜けた彼は――地面に倒れる誰かと、その近くに立つの姿を目撃する。

白い髪に、赤黒い顔が渦巻き、両手で人の形をしたぬいぐるみを抱きしめている。

フラムは、すぐさま彼が螺旋の子どもたちスパイラルチルドレンの一人、ミュートであることに気づいた。

プラーナを腳部に満たし、加速して接近する。

いつでも魂喰いを抜く用意はできていた。

遠慮など必要ない。

教會に裏切られ、破れかぶれになって無差別の殺を行うような輩など、例え子供だろうが何だろうが――容赦なく斬り伏せる。

しかしその途中で、倒れていたのフードが風で揺れ、顔の一部がわになる。

「え……キリルちゃん!?」

思わずフラムは聲をあげた。

完全に見えたわけではないが、金の髪にあの顔立ち――倒れているのはおそらく彼だ。

行方不明になっていたキリルが、なぜミュートと一緒にいるのか。

理由はさておき、まずは彼を救い出さなければ。

「フラム程度、私、負けない」

の渦を蠢かせ、ミュートは臨戦態勢にる。

フラムも彼を睨みつけ、魂喰いを引き抜こうと手のひらに力を込めた。

「おっと、ミュート。それはまずいよ、決戦にはまだ早すぎる」

すると、前方に突如ネクトが現れる。

思わず足を止めるフラム。

ミュートは意外そうに彼の方を見た。

「ネクト、どうして來る?」

「どうしてって、妹分がいつの間にか勇者を連れて、その上に無茶してるのを見かけたら放っておけるわけがないじゃないか」

「……確かに」

はあっさりと納得する。

一方でフラムは、し離れた場所で苦しげに二人を見ていた。

「まさか、ネクトまでいるなんて」

ミュート一人ならともかく、ネクトまで現れてはフラム一人で相手するのは難しい。

年は相変わらずの生意気な顔で、上から目線に話しかけてくる。

「やあお姉さん、シェオルから無事出できたようでよかった」

「おかげさまでね。余裕かましてるけど、そっちだってネクロマンシーを潰したせいでキマイラに狙われてるんじゃないの?」

「まあね、あれがきっかけになったことは否めない」

ネクロマンシーが潰れたことで喜んでいたようだが、それもほんの一瞬の夢だった。

歓喜して王都に戻った直後に、キマイラに襲撃されたのだから。

「でもサトゥーキはいずれそうするつもりだったんだろうさ、あいつに信仰心なんて無いから」

そう言いつつも、ネクトの表は苛立たしげだ。

彼らにも仲間意識はある。

フウィスの死に、彼だってなからずショックをけているはずなのである。

「心臓まで捧げたのに、結局は信仰心の無いやつらに裏切られて負けるなんて、オリジンも大したことないんじゃない?」

フラムは挑発のつもりで言い放つ。

しかしネクトはじない。

むしろ「ははっ」と自嘲的に笑い、

「そうかもしれない」

そして肯定する。

オリジンに全てを捧げてきたネクトにあるまじき言葉である。

驚くフラムをよそ目に、彼はさらに饒舌に語った。

「そう意外そうな顔をしないでよ。僕らを裏切り切り捨てたのは、サトゥーキだけじゃない。オリジンだってそうさ。僕らは完全なる捨て駒だ」

言葉を紡ぐ度に、彼の口元に悲壯のある笑みが浮かぶ。

「いや、思えば最初からそうだった。礎になるべく生まれてきた。ここまで生きてこれたのは、マザーの優しさがあったからだ。でもそれも終わる」

本當は終わりたくなどない――本心はそう思っているのだろう。

だから、微かに聲が震える。

「だからこれから、僕らは無差別に王都の人間どもを殺す。區別も差別もせず平等に殺戮して、僕らが生きた証をこの世界に刻むんだ。むしろ清々するね。ようやく、顔も知らないオリジンのためではなく、自分たちのためだけに、みを果たせるんだからさぁ! あははははっ、はははははは!」

その笑い聲は空っぽで、どこか虛しさをじさせた。

「あんたたちの都合なんて知らないけど……オリジンに見捨てられたってどういうこと? オリジンのために生きてきたんじゃなかったの?」

「さあ? 僕らにだってわからないよ。ただ結果としてそういうことになった、だから最期に一花咲かせたい」

詳しく説明をするつもりは無いらしい。

フラムはまともな応酬を諦め、怒気を孕んだ聲で言い放った。

「その手段が人殺しだなんて、他にもっとあるはずじゃない!」

「ははっ、無理だよ。キマイラ同様、僕らは“兵”だ。そのためにマザーに育てられてきた。兵にとって最大の幸福って何かわかるかい? 他者の命を奪うことだよ。そのために生まれてきたんなら、それを果たさなきゃ生きてる意味がない!」

ネクトも負けじと的に言い捨てた。

ネクロマンシーが例外だっただけで、教會のプロジェクトは基本的に戦うための道を作り出すためのもの。

それは彼らとて例外ではないし、その自覚だってあった。

「だけどインクは、今だって人として私たちと一緒に真っ當に生きてる!」

「第一世代と一緒にしないでしいな。僕らは第二世代、出來が違う」

「そうやってわけわかんない括りに拘って、挙句の果てに他人まで巻き込んで、むしろ第二世代の方が劣化してんじゃない!」

「辛辣だなぁ……でもまあ、最終的に生き殘るのが彼だけだったってことを考えると、お姉さんの言葉もあながち間違ってないのかもね」

そう言って、また自的にネクトは笑う。

相手をするフラムは、妙なじを覚えていた。

以前までの、話しているだけで伝わってくる不快がないのだ。

むしろ、今にも壊れてしまいそうな不安がある。

余裕があるというよりは、全てを諦め、何もかもがどうでもよくなって、笑っているような――

「さて、と。思わず口車に乗って時間稼ぎに付き合ってしまったけど、本當にここで死ぬわけにはいかないんだ。そろそろ他の英雄たちが來そうだから、逃げさせてもらうよ」

ネクトはどうやら、ライナスかガディオが近づいてくる気配を察知したらしい。

ミュートが橫たわるキリルを抱え起こす。

そしてネクトは彼に左手を當てると、右の手のひらを広げた。

「待ってよ、なんでキリルちゃんまで連れていくの!?」

「さあ? それはミュートに聞いてよ。僕個人としては勇者なんてどうでもいい」

ミュートは何も答えない。

いつの間にか顔は普通ののものに戻っていたが、その表からは何も読み取れなかった。

せっかく會えたのに、キリルをここでさらわれるわけにはいかない。

フラムはリスクを承知の上で、転移しようとするネクトに突撃し、魂食いを抜き振り上げる。

そして彼らに斬りつけたが――斬撃は空を切った。

近くに転移したという可能にすがり、フラムは機敏なきで周囲を見回す。

だがもちろん、彼らの姿が見つかることはない。

「……逃げられた。でもどうして、キリルちゃんまで巻き込まれてるんだろ」

フラムの頭が混する。

なくとも教會絡みのいざこざに、キリルは関わっていなかったはず。

フラム離後のパーティで何かが起きたのだろうか。

だとすると、マリアが行方不明になったのも――

剣を握ったまま立ち盡くす彼の元に、し遅れてガディオとライナスがやってきた。

「フラム、大丈夫か!」

「すまねえフラムちゃん、もっと早くに気づいてりゃ撃で援護できたんだが」

どうやら、ライナスはネクトたちの存在に気づいたが、矢をる直前で転移されてしまったらしい。

フラムは彼らの方に振り向くと、浮かない顔で口を開く。

「キリルちゃんが……ネクトたちにさらわれてしまいました」

「なんでまたそんなことに」

「奴らの狙いは彼だったということか?」

「いえ、そういうわけでは無さそうなんです。彼らの目的はわかりませんが、でも……これからも人殺しを続けると、そう言っていました」

風に乗って、公園からの匂いが流れてくる。

その慘劇を視界の端に収めながら、フラムは悔しげに歯を食いしばった。

「公園はひでえ有様だったな、やっぱあれも“チルドレン“とやらの仕業ってことか」

フラムから話は聞いていたが、想像以上の景に、さすがのライナスもしんどさをじているようである。

一方でガディオは公園の方を見て、何度か“スキャン”を発させていた。

「何やってんだ、ガディオ」

「名前もステータスも同一、か」

「ガディオさん、それって確か……」

「ああ、デインの部下とやりあったときと同じ現象だな」

インクを救い出そうとするフラムの前に立ちはだかった、二十人ほどの男たち。

彼らは何者かの手によって全員が同じ名前、同じステータスを持つ存在に作り変えられ、そして自らの意思も失っている様子だった。

「たぶん、あれをやったのがミュートっていうの子なんだと思います」

「それが二人目か。となると殘り一人も、どこかでいていると見た方がいいな」

「敵は確か三人だったっけか?」

「いや、マザーも含めると四人だ」

「……そうか、裝してるっていう得の知れないやつがいるんだったな。別れても手が足りねえな、マリアちゃんがいてくれると助かるんだが」

彼らは誰ひとりとして、ジーンのことを最初から戦力として考えていなかった。

もっとも、彼がいたところで、仲間に不和が生じて空気が悪くなるだけだが。

「ひとまず手分けして敵の居場所を探るしかないな」

「私はリーチさんに話を聞いてみようと思います」

送られてきた手紙のことも含めて、彼ならば何か知っているかもしれない。

「フラムちゃんが東區に殘るなら、俺は西區でも探ってみるかな」

「ならば俺が中央區だな」

「あの……公園の死は、このまま放っておいてもいいんでしょうか」

もはや生存者は一人もいないが、せめて弔いぐらいはできないか――フラムはそう考える。

しかしガディオは首を振った。

「じきに兵が到著するだろう、彼らに任せるべきだ。萬が一、犯人として疑われでもしたら長時間拘束されることになる」

「そう……ですよね」

「フラムちゃんが落ち込む必要はないって、悪いのは敵なんだから」

「それに、この程度で気に病んでいると、キリが無い・・・・ぞ」

「っ……」

ガディオの言葉は冷たく聞こえるが、彼とて何もじていないわけではない。

おそらくここから先、犠牲者はさらに増える。

悲しみ足を止めるぐらいなら、一刻も早く螺旋の子どもたちスパイラルチルドレンを止めること。

それが――今のフラムたちにできることなのだ。

三人はその場で別れ、それぞれの目的地へと向かった。

◇◇◇

、リーチの屋敷へ向かったフラム。

アポイントメントを取っていないにも関わらず、彼はすぐに客間に通された。

そしてお茶が出されるよりも早く、リーチは慌てた様子で姿を現した。

彼はソファに腰掛けるも、前のめりになりながら問いかける。

「公園で何があったんですか?」

まるでフラムがそれを知っていることを確信しているようだった。

リーチは彼が答えるより先に、矢継ぎはやに次の言葉を発した。

「外に出ていた使用人が一人、帰っていません。おそらくは巻き込まれて命を落としたものと思われます。軍もまだ狀況を把握していないようで、兵も戸っている様子でした」

まだ集団自殺が発生してからさほど時間は経っていないはずなのだが――さすがの報収集能力だ。

フラムは圧され気味になりつつも、しっかりと疑問に答える。

「チルドレンに関連する人間が、公園にいた人々をって自殺させたんです」

「な……っ、今まで裏でいていたはずなのに、なぜ急にそんなことを!?」

「教會から切り捨てられたことで、王都の人たちを無差別に殺そうとしているみたいなんです……」

まだ目的がそれだけと決まったわけではないが。

「教會がチルドレンを見捨てた? どこでその報を手にれたのですか?」

「シェオルから持ち帰った資料の中に、チルドレンの拠點の場所が記してありました。それでガディオさんと一緒にいざその場所に言ってみると、戦闘の形跡と、子供の死が放置してあったのを見つけて。あの場所を知っていて、なおかつチルドレンを殺せるだけの戦闘力を持った存在は限られています」

「なるほど……キマイラにやられた可能が高いということですね。しかし妙だ、なぜわざわざ教會は死を放置したんでしょう」

「えっ? あぁ、言われてみれば」

期からコアを心臓代わりに育ってきた子供だ。

キマイラとの直接の関わりは無いにしても、研究で役に立つデータだって取れるはず。

「まるで誰かに見つけてしかったようではないですか」

「それって……私たちに、ってことですか?」

「あくまで可能ですが」

なぜ教會が、敵対するフラムに対して報を與えようとするのか。

そのとき彼は、ふとあの手紙のことを思い出した。

「そういえば、昨日からうちにこんなものが屆くようになったんです」

ポケットから昨日屆いた『あと四日』と記された紙を取り出す。

そしてリーチの前に差し出した。

彼はそれをけ取ると、目の前に広げてまじまじと観察する。

「あと四日……」

「今日も『あと三日』と書かれた手紙が屆きました。エターナさんに調べてもらったら、普通の人は使わない上質な紙とインクを使ってるって言われたんです」

「ええ確かに、品質は高そうですね」

「大聖堂や王城で使われてたりしませんか?」

「うーん……」

彼は手紙の角度を変えながら、さらに書かれた文字を凝視した。

指で紙のやざらつきも確かめ、鼻を近づけて匂いまで嗅いでいる。

「確かにこの紙なら、取引はあったと思います。なるほど、フラムさんはこの手紙が、死同様にキマイラからもたらされた報ではないか、と考えたわけですね」

フラムは頷く。

「それが事実なら、キマイラ……いえ、この場合はサトゥーキと考えるべきかもしれません。彼は王都で暴れるチルドレンの処理を、フラムさんたちに押し付けようとしているのかもしれませんね」

「王都で犠牲者が出れば、教會や王國が追い詰められるんじゃないですか?」

「そうなっても、一番痛手をけるのは今の教皇と國王でしょう」

そして教皇と國王の力が弱って喜ぶのは、野心を抱くサトゥーキぐらいのものだ。

要するに彼は、王都の住民の命を、自分がさらなる高みに上り詰めるための踏み臺にしてようとしている。

その思に乗るのは嫌だが――自分たち以外にチルドレンを止める者が誰もいないのならば、やるしかない。

「じゃあこのカウントダウンは、チルドレンが三日後に何かを起こす……ということを、私たちに伝えてるんですかね」

「ひょっとすると、そう思わせておいてフラムさんたちを焦らせるためのブラフかもしれませんが」

どちらにせよ、三日も四日もネクトたちに好き放題させるわけにはいかない。

このカウントダウンが終わる前に彼らを止める――フラムはそのつもりである。

「ウェルシーもじきに事件を追ってき出すでしょう、報共有をするように伝えておきます」

「ありがとうございます、助かります」

「いえ……私としても、公園で何が起きたのか一足先に知れましたので」

そう言って、リーチはし寂しげな顔をした。

使用人とはいえ、一緒に暮らしてきた人間だ、本當はもっとを表に出して悲しみたいのだろう。

フラムは彼の気持ちを察して、早々にリーチの屋敷を後にした。

門から外に出ると、空を仰いで「ふぅ」と大きく息を吐く。

殘り三日のカウントダウン。

王都での殺を目論むチルドレン。

そんな彼らとフラムたちを戦わせようとするキマイラの思

行方不明のマリアに、ネクトとミュートにさらわれたキリル。

考えるべきことが多すぎて、頭がまとまらない。

足を止めて考え込んでいても、それは同じこと。

行く先は思いつかなかったが――とりあえずフラムは、何でもいいから手がかりをつかもうと、その場から歩きだした。

◇◇◇

一方そのころ、ガディオは中央區の大通りを移していた。

王都で最も多くの人間が往來するこの場所――チルドレンの狙いが殺というのなら、最も効率の良い場所である。

覚を研ぎ澄まし、一般人とは異なる、殺気を放つ人間を探す。

ただでさえ圧迫のある顔をしているのに、さらに鋭い目つきをした彼には、誰も近づきたがらない。

自然と人混みに微妙なスペースが空き、おかげで歩きやすくなっていた。

しかし、これだけの人間がいると、その中から目的の人を探し出すのは困難を極める。

北側から王都南門に向かって進み、大通りのちょうど中央に差し掛かった頃――

「きゃあああぁぁぁあっ!」

前方から、び聲が聞こえた。

人々の視線が一斉にそちらを向く。

――馬車が暴走している。

いわゆるキャラバンと言われる大型で金屬製の荷車が、なぜか引いている馬も無しに猛スピードで人々を轢き殺しているのだ。

に巻き込まれた人間のの一部が吹き飛び、しぶきがあがる。

大通りは混に包まれた。

巻き込まれないように、と馬車から必死で遠ざかる人々。

ガディオにも雑踏の波が押し寄せてくる。

「離れろォッ!」

ガディオは気迫の篭った聲でそう言い放つ。

すると蜘蛛の子を散らすように、彼の周辺から人が離れた。

その隙に軽く助走を付け、地面を蹴り、荷車に飛び乗る。

ガギィッ!

背負った大剣を抜き、高速で回転すると車に突き刺す。

金屬製の車は丈夫だが、ガディオの一撃に耐えられるほどではない。

ひしゃげ、破壊され、地面に転がる。

殘る車は三つ、しかし一個でも壊せば荷車はバランスを崩し減速するはずである。

だが不思議なことに、車の回転は止まらない。

何か見えない力でも備えているかのように、石の地面をガリガリと削りながら強引に走行を続ける。

すぐさまガディオは、殘り三つの車にも剣を振り下ろした。

するとようやく止まったものの――通ってきた進路上には、大量のが流れ、何十人もの罪のない人々が倒れている。

騒ぎは以前収まらず、阿鼻喚の景をし高い場所から眺め、犯人を探すガディオ。

だが、すぐさままた別の場所からび聲が聞こえてくる。

王都の大脈ともなると、通りがかる馬車も一臺や二臺ではない。

今度は小型の荷車が複數臺暴走を始め、人々に襲いかかった。

そのときガディオは、路地にっていくローブを纏い、深くフードを被った年を目撃する。

「あいつが――」

おそらくは螺旋の子どもたちスパイラルチルドレンの最後の一人、ルーク。

追いたい気持ちはあったが、これ以上死者を増やさないためにも、まず馬車を止めなければならない。

彼は舌打ちをすると、荷車の上から高く飛び――暴走する荷車に向かって、大剣を振るいプラーナの刃を複數出した。

そして、著地。

すぐさま路地にり追いかけようとしたが……窮地を救ったのが英雄ガディオだということに気づくと、民衆は湧いて、彼の回りを囲んだ。

道は塞がれ、きが取れなくなる。

「……クソッ」

悔しさをにじませるガディオの言葉は、喧騒にかき消され、誰の耳にも屆くことはなかった。

    人が読んでいる<「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい>
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