《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》054 

異形と化したミュートは吼える。

甲高いその音を聞いていると、ライナスの視界がぐらりと歪んだ。

『接続を』

『一つに』

『あなたは私、私はあなた』

『抗うな』

『貴様の罪は、生命である』

『捧げろ』

『捧げろ』

『捧げろ』

『あるべき場所に――』

意識が緩んだ・・・瞬間、耳障りなノイズが脳を埋め盡くすように流れ込んでくる。

「がッ……あああぁぁぁあッ!」

ライナスは頭を抑え膝をつくと、苦しみんだ。

持って行かれる。

自分が、自分以外の何かの一部として、引きずり込まれていく。

それは間違いなく目の前で音を響かせるそれ・・の力だ。

抗う。

いや――“抗え”と自分に言い聞かせ、ライナスは踏ん張る。

それでも、彼ほどの強固な意思を持ってしても、化の意思の方が勝っている。

このまま手を離せば、待っているのは死だ。

あるいは、死よりももっと慘めで殘酷な末路。

まだ、今はまだ・・・・、命を賭けるつもりなどなかった。

なぜなら彼にはやるべきことがあったからだ。

の――マリアの中に未だ殘る闇を、払ってやらなければならない。

「マリア……ちゃん……!」

の人のことを思い浮かべる。

すると途端に、脳を埋め盡くし、意識をかき消そうとする雑音が弱まった。

「ぐ、お……おおぉぉおおおおおおッ!」

短剣を腰から引き抜くと、ミュートに突っ込んでいくライナス。

近づくにつれて彼の放つ力は強くなる。

だが、なくともマリアのことを考えている間は、彼の意思が押し負けることは無かった。

「おおぉおおおらああああああッ!」

自分の存在を誇示するように猛り、ミュートに刃を突き立てる。

ドッ――しかしその切っ先は、捻れた赤い筋に沈むことなく、その表面で止まった。

ライナスの持つ短剣は、品質レジェンド、なおかつ材質も貴重な金屬を使用した一級品である。

彼の技量と合わされば、モンスターの分厚い鱗をバターのように切斷できるほどの切れ味。

ミュートのはそれを容易くけ止める。

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固くはないのだ。

手のひらに伝わるらかいのだが、なぜかそこから先に進まない。

しかし攻撃が命中した瞬間に、ミュートのびは止まり、脳への侵食も収まった。

顔らしき部位が、ライナスの方を向く。

「オォ……オ?」

は首を傾げるような仕草を見せた。

まるで初めて、彼の存在に気づいたかのようだ。

そしてミュートが手をかざすと――何かが日を遮り、ただでさえ暗い路地が影で埋め盡くされる。

とっさに上を向いたライナスは、そこに浮かぶ巨大な巖塊を見た。

「おいおい……正気かよ、町のど真ん中だぞ!?」

オリジンにはそのようなことは関係ない。

むしろ――全ての命を消し、己のみが殘る世界に“平和”を求む彼らにとってみれば、人が減るに越したことはないのだ。

ライナスはミュートに背中を向けて、全力で距離を取った。

「オォォー……」

ミュートは再び不思議な聲を発した。

すると彼とライナスのちょうど中央あたりで風が渦巻く。

それは次第に強さを増すと まるで彼を引き寄せるように向かい風が吹き荒れた。

ライナスは腕で顔をかばいながらもその場で踏みとどまる。

だがジリジリと踵が地面をり、近づいていく。

そうこうしている間にも、空中に浮き上がった巖は落下し、地上に近づきつつあった。

「風魔法まで……希か!? くそっ、それなら俺だって――ソニックレイド!」

ライナスは全に風を纏い、空を切って前進する。

強襲レイドと名前にある通り、本來は急加速し、一気に相手との距離を詰めるために使う魔法だ。

それを逃げるために使うのは“我ながらだせえな”と心自するほど屈辱的だったが、生きるためなのだから仕方ない。

ガゴオォオオンッ!

落下した巖が、道の両側にある民家を押し潰しながら落下する。

その真下に彼の姿はなかったが、無數の破片が背後より迫った。

タイミングを合わせて高く跳躍すると、別の民家の屋の上に登りることで事なきを得る。

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彼は高い場所から潰れた建を見て、

「ひでえ有様だ」

と呟く。

しかし妙だ、これほど被害が大きければミュートも巻き込まれる危険があったはず。

もちろん自滅であれが死ぬとは思えないが、辺りを見回してもあの異様な姿は見當たらなかった。

ライナスが意識を集中させても、その気配はじられない。

そもそも人外と化したあれが、“気配”と呼ばれるものを発することはあるのだろうか。

「ォ――」

そのとき、ライナスの鼓をあの聲がくすぐった。

ぞくりと全に鳥が立つ。

聲が、あまりに近すぎる。

首を軽く傾けると、視界の端に、蠢く赤い渦が映り込んだ。

「うおおぉおおおッ!」

聲をあげ、振り向くと同時に短剣を振る。

それは、恐怖を誤魔化すための側面もあったのだろう。

例えSランクの冒険者だったとしても、気づかれずライナスに接近することは難しい。

それほどまでに彼の覚は研ぎ澄まされているのだ。

そして彼自も、自らの探知能力には自信を持っていた。

だというのに――この化は、一切気配をじさせることなく、彼の背後にぴたりと張り付いて見せたのだ。

「……オ?」

振り向きざまに放たれた渾の一撃を、ミュートは捻れた腕で軽くけ止めた。

……と言うより、偶然手に當たったが、全く通用しなかったといった様子である。

に防しようという意思はじられない。

ライナスは無駄だと理解しながらも、さらにもう一本の短剣も抜き、怒濤の連撃を仕掛けた。

「フッ、ハアァッ!」

もちろん剣ではガディオには敵わないが、彼とて英雄と呼ばれる人間の一人。

3000を越える筋力と、8000を越える圧倒的な敏捷から放たれる鋭く素早い攻撃は、普通の人間ならすでに細切れになっているほどの威力である。

それが、目の前の敵には一切通用しない。

心が折れかけ、ライナスの攻勢が微かに緩む。

その瞬間、ミュートは彼のに手をばすと、軽く押した。

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「が、はっ――」

まるで巨大な雄牛の當たりをけたような衝撃が、ライナスを襲う。

そして――

ゴオォオオオオッ!

彼のは、が散り散りになるほどの速度で吹き飛ばされた。

風で減速することもできず、為すもなく一直線に民家の壁に叩き付けられる。

ドゴオォンッ!

そのは民家の壁を突き破り、それでも止まらずさらにもう一度貫通して、道に投げ出される。

激突する直前、意識すら朦朧とする中、ギリギリのところで空気のクッションでを包んだおかげか、致命傷ではない。

だが全が痛む。

特にが――おそらく肋骨が折れているのだろう。

呼吸はできる。

つまり肺にが空いたわけではなさそうだ。

それでも彼のきを鈍らせるには十分すぎる苦痛である。

「ざ……けんな。んだよ、それ……」

いくらなんでも、馬鹿げている。

歴戦の勇士である彼がそう愚癡るしか無いほど、圧倒的な力だった。

元から子供にしては異様に能力は高かったようだが、ここまででは無かったはず。

やはり取り込んだ“二個目のコア”が、彼に力を與えているのだろう。

両腕でを起こし、ガクガクと膝を震わせながらライナスは立ち上がる。

そして周囲の異様な景を目撃した。

「人が死んで……いや、そうじゃない、気絶してるのか?」

何十人もの人々が、目を開いたまま倒れている。

は上下しているので呼吸はあるようだが――

い、辺りを見回すと、さらに多くの犠牲者を発見した。

通り存在する人間は、全て同じような狀態で意識を失っているようだ。

明らかにミュートが引き起こした異変である。

「何なんだよ、何をしやがったんだよあいつは!」

激昂するライナス。

はまだ彼の前に姿を現さない。

どこから出てくるのか、両手に短剣を握りしめて視線を彷徨わせる。

ヒュオ――

すると足元に冷ややかな風をじた。

頬をでる自然に発生したものとは明らかに異なるものだ。

ダンッ、と強く地面を蹴りその場から飛び退く。

すると直後、彼の立っていた場所が凍りついた。

空中でその様子を見下ろしながら、「ちっ」と舌打ちをする。

ライナスは著地し、息を吐いた。

だが気を休めている暇はない。

ズドドドドドッ!

今度は上空から無數の火の玉が降り注いだ。

そのうちいくつかを短剣で撃ち落とすと、転がり込んで殘りを避ける。

流れ弾に當たり、倒れていた數人のが燃えた。

だが彼らに反応はない、まるで死のようである。

を取り転がり立ち上がると、ライナスは止まることなく疾走した。

やはりまだミュートの姿は見えないが、攻撃は的確に彼を狙っている。

どこからか、見ているはずなのだ。

再び足元が凍りつく。

同じように飛び退くと、今度は著地した場所がぐにゃりと歪み、黒い沼に足が沈んだ。

闇屬魔法・・・・・である。

を蝕み、焼けるような――すぐさま風でを浮き上がらせるライナス。

そこに次は、彼のの大きさほどある巖の弾丸が強襲した。

「ぐ、あっ……!」

短剣を十字にわらせ防する。

直撃は免れたが、衝撃までは殺せない。

ライナスは吹き飛ばされる。

その先には――地面からせり出す、鋭い巖の槍が待ちけていた。

このままでは突き刺さり即死だ。

「ぬおぉぉおおおおおおおッ!」

空中で必死にを捻ると、短剣を投擲する。

衝突と同時に宿した魔法が発し、空気がぜた。

さらにもう一本も投げ、巖を完全に破壊。

地面に足を著くと、今度は前方から炎の槍が迫る。

退避しようと後ろを振り向くと、そちらにはの剣が並んでいた。

そして上空には巨大な巖、さらに足首を無數の黒い手が摑んでいる。

「六屬全部使いやがって……ジーンのやつ以上かよ……ッ!」

ジーンが聞いたら怒りそうな言葉である。

だが実際、四屬る彼以上にミュートは魔法を使いこなしていた。

元々、そんな力は彼になかったはず。

二個目のコアによって手にした力なのか、はたまた別の理由で得た能力なのか。

その理由を考える時間は、今のライナスには無さそうだった。

左右は建に塞がれ、上下と前後は魔法で埋められている。

今度こそ逃げ場はない――そう思われたが、

「俺のしぶとさを舐めてもらっちゃ困る」

まだ口元に笑みを浮かべる程度の余裕はあるらしい。

いや、余裕というよりは、強がりと言うべきなのか。

とにかく、彼はまだ諦めていなかった。

「ソニック――」

そして前から迫る炎の槍を見つめ、

「レイドォッ!」

自らその中に突っ込んでいった。

ライナスが風を纏うと、足を摑んでいた黒い手が吹き飛ばされる。

加速を始めた彼のは、普通の人間では制不能なスピードで空する。

走っているというよりは、出されたと言った方が正しい。

だというのにライナスは、その人間の限界を越えた速度の中で、舞うように炎の隙間を通り抜けた。

無茶なきに両足が悲鳴をあげる。

ブチッ、と何かが切れるようながあったが、今は分泌されるアドレナリンに鎮痛を任せて無視することにした。

炎の槍を突破した彼は屋の上に飛び移り、背後から迫るの剣をも回避。

直後、空から落ちた巖が地面を叩き潰した。

無論、それはもはやライナスには関係のない話である。

そして予想通り、屋の上に移った彼の頭上からも魔法が降り注ぐ。

今度は氷の雨だ。

背中の弓を構えると、素早く矢をつがえて放った。

パァンッ!

出されたそれは途中で砕け、破片が落下する氷とぶつかりあう。

ドドドドドドドッ!

的確に全ての攻撃が相殺されると、氷片が幻想的に輝き舞い落ちた。

「こんなもんで俺を倒せると思わないこった!」

そう言って、自分をいたたせるライナス。

すると、そんな彼の前のミュートが姿をあらわす。

もいつの間にか屋の上に移しており、二十メートルほど離れた場所で足を止めた。

目を構えるライナス。

一方でミュートは天に手をかざす。

「いいのかよ、そんな豪勢に魔法を連発して。この調子じゃそのうち魔力切れを起こすはず、そしたら俺の勝ちみたいなもんだ」

ライナスは挑発的に話しかける。

もちろん通じてなどいなかった。

もはや今のミュートに、人の言葉が通じることはないだろう。

しかし、大規模な魔法を連続で使えばいつか魔力は盡きる、それは事実である。

確かに六屬り、攻撃がまともに通らない相手は脅威だが、魔力切れを起こせばそこからはワンサイドゲームだ。

ゆっくり、とどめを刺す方法を考えればいい。

そのときまではひたすらに耐え続ける――そう、考えていたのだが。

「オオォォォオオ……」

しかし、オリジンはそう甘くない。

挑発など無視するように、ミュートは魔法を行使する。

空に浮き上がる、巨大な水の球

それを見てライナスは、ツァイオンと戦闘したときのエターナのことを思い出した、

あのときに彼が行使した水魔法と、同程度の規模だったのだ。

だがミュートの場合、発する魔法は一つだけではない。

その隣に、炎の球が浮かび上がった。

さらに隣に、巖の塊が作り出された。

そして吹きすさぶ風が、まばゆいが、全てを飲み込む闇が――ライナス一人を殺すためだけに、生された。

「……冗談、だろ?」

さすがに彼も、これには唖然とするしかなかった。

魔力の枯渇など関係ないと言わんばかりの、大魔法の大盤振る舞い。

ミュートはゆっくりと手をおろし、指先をライナスに向けた。

六つの衛星がき出す。

迫る圧倒的な暴力を前に、彼は無駄だと知りながらも、弓を引いた。

◇◇◇

バヂィッ!

キリルの剣とマリアのの剣が火花を散らす。

鍔迫り合いをしながら、キリルは相手の仮面を睨みつけた。

「いいのですが、わたくしなんかと戦っていて」

「あなたは私の敵だ」

「確かにそれは間違っていませんが、ミュートさんを放っておけば犠牲者は増える一方です。勇者として――」

「そんなのは関係ないっ!」

キリルは力づくでマリアを突き飛ばすと、距離が離れたところで大きく剣を振り下ろした。

マリアはの剣で応戦する。

しかしいくらオリジンコアで強化されているとはいえ、彼は剣の素人。

たやすく打ち落とされると、キリルの二の太刀が彼元を裂いた。

よろめきながらもそこに手をかざし、魔法で治癒する。

間髪れず繰り出される斬撃を、白いローブをはためかせながらバックステップで回避。

そこでマリアが手をかざすと、キリルの眼前でまばゆいぜた。

目潰しを喰らいよろめく彼に、さらにの剣をけしかける。

もっとも、殺す気はない。

ゆえに致命傷を負わせないよう、狙う部位には気を使ったが――その魔法が、キリルのを貫くことは無かった。

いつの間にか、を包んでいた白い鎧が、脅威から彼を守ったのである。

それは、王國に現存する最上位のエピック裝備であった。

魔王討伐のため、王よりキリルに與えられたその防は、並大抵の攻撃では傷一つつけることはできない。

「関係ないと言いながら、勇者であるあなたに與えられた裝備に頼っているではないですか」

「詭弁なんてどうでもいい。なんであんなことを……化になるって知ってたのに、なんで私にコアを渡したりしたんだ!」

再び二人は剣同士での打ち合いを繰り広げる。

さすがに近接戦闘では分が悪いと判斷したのか、マリアは魔法による遠距離攻撃をえながら、キリルの剣戟をいなした。

「決まっています。あなたを、わたくしと同じ化にするため、ですよ」

「何のために!?」

怒りに任せて振るわれた剣を、を傾け避ける。

そして不敵に笑ってマリアは言った。

「オリジン様とともに、この世界に存在する生きとし生けるものを全て殺すためです」

「なっ……どうしてそんなことをっ……」

予想外の答えに戸うキリル。

剣にも迷いが生じ、激しさを増したマリアの攻勢に押されていく。

「いや、そもそも、どうやってそんなことを!」

「どうせそのうち知ることになるでしょうから、教えてあげます」

まるで彼の未來を知っているかのようなマリアの言い。

キリルは気に食わなかったが、疑問を晴らすためにマリアの言葉に耳を傾ける。

「オリジン様は、魔王の住む城の地下に封印されているんです」

「封印……神様、なのに?」

なくとも現狀、キリルはまだそういう認識だった。

「オリジン様は平和をもたらします。ただし、この世からオリジン様以外の他者を全て消し去ることで。爭う他人がいなければ世界は平和になる、それがオリジン様の思想でした。だから、昔の人たちに封印されてしまったんです」

“昔の人たち”という言い方はいささか雑だが、わかりやすくもある。

実際は星の意思によって生み出された、オリジンに対しての耐を持つ人間と魔族なのだが――そこまで詳しく説明したところで、無駄に複雑になるだけだろう。

重要なのは、その封印を解けば、オリジンは今度こそその悲願を果たそうとする、という部分だけである。

「じゃあ私は、そんなものを解き放つために、勇者になったってこと?」

「そういうことになります」

きっぱりとマリアは言い切った。

キリルは失する。

何のために、今日まで苦しんできたのか。

何のために、今日まで背負ってきたのか。

“勇者”という突如押し付けられた重責を、彼は一度だって歓迎したことはなかった。

田舎で平和に暮らし続けたい。

ただそれだけが葉えば十分だったのに。

それでも、誰かを救うためだと自分に言い聞かせて頑張ってきた、無理をしてきた。

なのに――救うどころか、世界を滅ぼすための手伝いをしていたなんて。

「そんな……そんなことって……!」

「ですが誰かさんのせいでフラムさんが旅から離、結果的にパーティは崩壊し、計畫は臺無しになってしまいました」

そう言って、マリアはため息をつく。

その“誰かさん”とは、言うまでもなくジーンのことである。

「まさか、それでも強引に私を封印の場所まで連れて行くために、あのコアを渡したってこと……?」

「ご明察です」

あのときはまだ、オリジンは第一プランを実行するつもりでいた。

人數が減っても、コアさえ使えば魔王たちを打倒するのは可能なはずである、そう計算したのである。

しかし実際、そううまくはいかない。

キリルはコアを使わず、そしてマリアはエキドナの謀略にはめられ、今度こそ完全に作戦は破綻してしまった。

「どうして、どうしてそんなことをっ!」

「結局はそこに戻るんですね」

マリアはし呆れた様子で言った。

みがオリジン以外の生を滅ぼすことだというのなら、もはや理由などどうでもいい。

どうせ消えてなくなるのだから。

だがそれはマリアの論理である。

自分たちを殺そうというのに、その理由すら話そうとしない。

そのようなこと、巻き込まれた側のキリルが看過できるはずがなかった。

もっとも、聞いたところで納得するわけがない――そう理解しているからこそ、マリアは話そうとしなかったのだが……そこまで聞きたいと言うのなら、話すしか無いだろう。

「わたくしの故郷は、魔族の襲撃をけて全滅しました」

はそれを――ある日突然、青いの彼らが襲ってきたことを、はっきりと覚えている。

幸せだった。

心優しい家族や友達、村の人たちに囲まれて、不自由はあったがそれに不満を抱いたことなどなかった。

しかし魔族はそんなマリアたちに襲いかかり、無差別に殺を始めたのである。

何の前れもなく、理不盡に。

「家族は一人殘さず殺されました。魔族の魔法で窒息し、溶かされ、さらには空から降り注ぐ石に押しつぶされて。わたくしは家族がただの片になるその様を、目の前で見せつけられたのです」

それは彼が、魔族に対して憎悪を抱くには十分すぎる出來事だった。

「そして奇跡的に・・・・生き殘ったわたくしは教會に救われ、才能を見出され、聖として育てられました」

なくとも救出された時點では、生存者はマリア一人ということになっていたらしい。

それが余計に彼の神を高め、聖としての価値を向上させた。

「だったら、魔族はともかくとして、人間を殺す必要なんてないはず!」

「その通りです。わたくしは命の恩人である教會に謝していましたし、その教えを重んじ、聖として人間をし、心から慈しんでいました……」

優しく暖かな聲で語るマリア。

だがそこで、彼の纏う空気が変わる。

「二年前までは」

突如、言葉からが失せる。

その豹変ぶりに、キリルは底知れない恐怖をじた。

「私は知ってしまいました」

「何、を?」

「教會が魔族と繋がっていることを。そして、わたくしの故郷を魔族が襲撃するよう命じたのは、教會だったことを」

語るマリアの心に、昏い炎が燈る。

家族を奪われた怒り、自分を騙してきた憎しみ、大事な人に裏切られた悲しみ。

他にも數え切れないほどのが重なり合って、どす黒く、どんなでも照らしきれない闇を作り出した。

仮面を伝うの涙が、彼を表現しているようだった。

キリルは気圧され、さらに後ずさる。

「國民の反魔族を煽り、異教徒を排除し、才能のある子供を連れ帰り、研究の材料となる人間を拉致する。それは教會にとって、実行する以外の選択肢がないほど、利點だらけの作戦でした」

マリアの故郷だけではなく、セーラの故郷も同じように襲撃され、滅ぼされていた。

「救ってくれた張本人も、育ててくれた人も、優しくしてくれた教皇も、みなそれを知っていました。知った上で、わたくしの家族を殺しておいて、まるで本の家族のように接していたのです」

人間とは記憶の集合である。

過去に経験した出來事によって人格も変わる。

真実を知った瞬間、マリアの優しい思い出は、全てが欺瞞に満ちたものとなった。

赤と黒で塗りつぶされ、それが、新たな彼を構する要素とり代わったのである。

「あぁ、反吐が出る、なんて気持ち悪いのかしら。憎たらしい、憎たらしい、憎たらしいッ! こんなことが、こんなおぞましい生がこの世に存在することが許されてなるものですか!」

「マリアさん……」

「わたくしは認めませんわ。彼らに育てられたわたくしも含めてっ、魔族も人も全て、この世から消えるべきなのですッ!」

かすれた聲で強く主張する。

として過ごした過去も、家族に囲まれた現在も、そして夢に描いていた未來も、全てが汚された。

足場が崩れ落ち、深い深い、底のない泥沼の中に沈んでいく。

落ちた時點で、もう誰も――彼を救い出すことなどできない場所へ。

「だから……滅ぼそうと」

「ふ、ふふふ……わかっていただけましたか? 考えようによっては、道化という意味では、わたくしとキリルさんは似ているのかもしれませんわね」

「そう、かもしれない」

「ですが、この際だからはっきりと言っておきますわ。わたくし――」

苦しげな表を浮かべるキリルに向かって、マリアはの篭っていない聲で言い放つ。

「あなたのことが、大嫌いです」

それは彼らしからぬ――しかし間違いなく彼の本心だった。

「いくらジーンさんにそそのかされたとはいえ、フラムさんを裏切り傷つけるあなたの姿は、ひどく醜かった」

大事な人に裏切られる痛みを知る彼は、その様を見ているだけでが痛んだ。

立場上、フラムに手を差しべることはできなかったが、オリジンの命に背いてしまいたいと何度思ったことか。

「そ、そんなこと……言われなくても」

「ええ自覚はあるのでしょう苦しんでもいるのでしょう。だけどあなたは、結局のところ何もしていない。まるで被害者のような面をして、みっともなく逃げっているだけです。やろうと思えば、奴隷となったフラムさんの居場所を探すことぐらいできたでしょうに」

「そんなことは、言われなくてもぉッ!」

キリルは繰り返す。

そして怒りに任せて剣を振り下ろした。

バヂィッ!

マリアの握っていたの剣は叩き落され消えるが、すぐさま落ち著いた様子で新たな剣を作り出す。

他者から指摘される過ちというものは、往々にして、誰よりも本人が一番自覚しているものである。

だからこそ、ただでさえ苦しんでいることを繰り返し指摘されて、人は憤るのだ。

「だから何? だったら何だって言うんだ! 今はそんなこと関係ないっ!」

キリルはに任せてまくし立てる。

「第一、被害者ぶってるのはそっちの方だよ。裏切られた、辛かった、そいつらが憎い! それはよくわかるよ? でもだからって、人間を滅ぼすとか魔族を滅ぼすとか勝手に周囲を巻き込まないでよ! 復讐したいなら、他人に迷をかけずに自分のだけで処理したらいい!」

するとマリアも聲を荒らげ反論する。

「ヒステリーにフラムさんを巻き込んだあなたが、個人的な傷で殺人鬼を庇ったあなたが何を偉そうに!」

「私が何だろうとマリアさんを糾弾する権利がなくなるわけじゃない! だいたい、そんな神様の封印を解くとか人を滅ぼすとか言っておいて、じゃあ何でライナスさんと一緒に行してるんだ! 中途半端な覚悟のくせに簡単に人を殺すとか言うなぁッ!」

「それはっ――」

言葉に詰まるマリア。

その隙に、キリルは前に踏み込み、鋭い一刀を放つ。

肩口から斜めに深く斬りつけられたマリアは、苦しげにうめいた。

すぐさま回復魔法で傷は癒えたものの、キリルの攻勢は続いている。

「わたくしだって、あの人ともっと早く出會えていればと!」

「それを中途半端だって言ってるんだあぁぁぁっ!」

それは先ほどのキリル同様、“言われなくても”マリア自も自覚していることだった。

り果てたこので、何を期待しているのか。

中途半端だ、オリジンの封印を解くことと、ライナスと添い遂げることは両立し得ないというのに。

だから、図星だからこそ、マリアは憤る。

「責任逃ればかりしているあなたに、覚悟を語る資格などありませんッ!」

反論の言葉が見つからないから、結局は相手のを指摘するしかないのだ。

そんな風に論をぶつけ合って、互いに納得のいく答えなどでるはずもない。

はっきりとしている事実は、キリルにとってマリアは敵だということだけ。

つまり、剣をえ、どちらかが倒れる以外に、決著をつける方法など無いのである。

と、その時――

ドオォォオオオンッ!

王都にけたたましい発音が轟いた。

二人は同時に手を止め、まばゆい閃を放つその方角を見つめる。

「ライナスさん……!」

キリルの脇を抜け、駆け出すマリア。

「しまっ――」

慌てて反応するキリルだが、すでに彼の背中は離れつつある。

追おうと思えばそうできただろう。

だが、オリジンの使徒としてではなく、ライナスのことを想い走る彼を、止める気にはならなかった。

その後ろ姿を見送り、手のひらを見つめ、呟く。

「ミュート……」

キリルはその罪を知っている。

もはや生きて戻ることは不可能なことも。

ならば、戦う力を持つ者として、これ以上犠牲者を増やさないために、キリルも參戦すべきなのかもしれない。

しかし――マリアと協力して戦うことも、ミュートを傷つけることも、今の彼には難しいだろう。

何もできず、行き場所もなく。

また一人ぼっちで、キリルはその場に立ち盡くすしかなかった。

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