「づ、ああぁぁぁああああああッ！」

フラムは吼え、強く地面を蹴り後ろに飛んだ。

それは痛みというよりは、自分の頭蓋が破壊されることに対しての恐怖に耐えるための行だった。

しかし左足だけでの移には限界がある。

バランスを崩し、彼のは地面を転がった。

移したおかげか回転は収まる。

どうやら“フラムに対して”というよりは、立っていた場所を指定して力を行使しているようだ。

つまり、常に移を続けていれば、今の右足や左腕のように、完全にねじ切られることは無い。

それでも――すでに再生されてはいるが、頭蓋骨、ひいては脳に直接理的なダメージを與えられるのは、想像を絶する嫌悪である。

橫たわるフラムの口からは吐瀉が吐き出され、さらにむせて咳き込んだ。

もう二度と味わいたくない、けれどルークは攻撃の手を緩めてくれそうにない。

「オ……オオォ……」

そのうめき聲はミュートよりはし低い。

彼は特に手をばしたり、を震わせたりもせずに、首をし傾けた狀態でゆっくりとフラムに歩み寄った。

そして足裏がぺたりと地面を叩くたびに、発せられる力が周辺に異変を巻き起こす。

ガッ、ガガガッ、ガリッ――

フラムの耳に聞こえてくる、何かが砕けれ合う音。

聞こえてくるのは橫たわる地面から。

にじる振を、彼はどこかでじたことがある。

傾き、刃のように形を変える地面――おそらくそのうち高速回転を始め、を飲み込もうとするはずだ。

ようやく再生した足で駆け出し、フラムは渦から逃げ出す。

そして、範囲外まで出した瞬間――

「ぐ、が……ッ！？」

ゴリュッ、と鈍い音と共に腰がぐにゃりと捻れる。

臓が潰れ、が食道をせり上がり、口から吐き出された。

予兆もなかったのに、なぜ――地面に倒れ這いずるフラムは、予想外の攻撃に混する。

「オォォ……オオォオ……ッ」

ルークの聲は心なしか嬉しそうだった。

全の筋が脈打ち、その隙間からじわりと赤いが滲み出る。

「予測、して……設置していた・・・・・・……！？」

単純だが、不可視の罠というのはそれだけで厄介だ。

再生により、フラムののねじれはしずつ解消されていく。

それに連して、麻痺した下半の覚も戻っていった。

だが完治を待っている暇はない。

両手で這いずり、ルークから離れようともがくフラム。

爪にがにじむ、このまま剝がれてしまいそうだ。

それでもやはり、両足で移する彼との距離はなかなか離れない。

ミシッ……とまたフラムの耳に、側・・からの――頭蓋骨が変形する音が聞こえてきた。

「ぎ、いいぃぃ……ッ！」

苦悶の聲をあげるフラムは、自らの頭に右手を押し付け、反転の魔力を流し込む。

バチイィッ！

するとに流れ込んだ回転の力とぶつかり合い、激しく火花を散らした。

「あっ、ぎゃああぁぁぁああッ！」

フラムはのけぞると、その場でのたうち回った。

久々の、セーラにヒールをかけられたとき以來の苦痛だった。

とんだ自滅だ、右眼球が破裂し視界が塞がれ、さらに顔の右半分がケロイド狀に焼けただれる。

一部は完全に頭蓋骨が出していたが、脳までダメージが及ばなかったのが幸いか。

「あ……あがっ、が……っ！」

彼はそれでも前進を続けた。

火傷した右手が前にびる。

明のに塗れた手のひらが地面を叩き、フラムのを前方へ引きずった。

次は左腕を前に、まみれの爪先を石畳のに引っ掛け、力をれる。

ゴ、ガガッ、ガガガガッ！

また地面の回転が始まる。

ただでさえ速度が遅いというのに、もそれに巻き込まれうまく前に進めず、出はできそうにない。

それにどうせ、逃げたところでその先に見えない罠が設置されているに決まっているのだ。

「オオォオ、オオォッ」

その証拠に、ルークの聲はどこか嬉しそうである。

フラムは悩み、そして――地面に當たったに、反転の魔力を注ぎ込んだ。

「リヴァ……ァ、サルッ！」

バチンッ！

再び力同士がぶつかり合い、生じた火花が、瞬間的にあたりをまばゆく照らした。

そして衝撃で宙を舞うフラムの。

蔵や肋骨を撒き散らしながら、それでも心臓さえ無事なら死にやしないと割り切って、彼は強引に渦から出する。

いくらエンチャントで痛みが軽減されていると言えど、ここまでの重傷だと意識まで吹っ飛びそうだ。

腹を風車でかき混ぜられるような苦痛の中、フラムは空中で魂喰いを抜く。

それはルークが初めて見せた、攻撃作に対しての反応であった。

彼は拳を斜め上に突き出す。

すると竜巻のような螺旋の力が、彼へ向かって一直線に出される。

「つありゃあああぁぁぁぁっ！」

言葉に意味など必要はない。

ただ意識をつなぎとめ、をかすだけの気合さえれられば、発音なんてどうでもよかった。

フラムは猛る。

そして魂喰いを、迫る螺旋に向かって突き出した。

バヂバヂバヂッ！

ぶつかりあった力は拮抗する。

以前の戦いのとき、ルークの回転の力は、フラムの反転の前にあっさりと破れてしまった。

しかし二個目のコアを使用することで跳ね上がり――あのときよりもさらに高まった彼の魔力と、互角以上のパワーを見せている。

もっとも、ルークは命を捨ててまで力を得たというのに、それでようやく同等とは、あまりの相の悪さに笑ってしまいそうだが、あいにく彼にはその口がない。

「オォォォオオオオッ！」

代わりに咆哮する。

そしてさらなる回転の力を螺旋に込め、フラムに向かって放った。

「くぅ、押し……負けるッ！？　きゃああぁっ！」

力比べに敗北した彼のは、後方に吹き飛ばされる。

ルークは足元の空気を回転させ、気流を作り上げ宙に浮き上がった。

そして加速し、フラムに追撃を試みる。

接近する赤い化を見て、彼の口角がにやりと吊り上がった。

「反転リヴァー――しろサルッ！」

瞬間、フラムの移方向が反転し、猛スピードでルークに迫った。

急な方向転換により、ガクンッとフラムのに大きな力がかかるが、これまでの痛みに比べれば大したことはない。

「ふっ！」

空中ですれ違う二人の。

フラムが振り下ろした刃は、ルークの右腕を切斷した。

「オ、オォォオッ！」

苦しげな聲が周囲に響く。

傷口はすぐに捻れ、出は治まった。

しかしルークは怒りをじさせるきで振り向き、著地したフラムに力を行使する。

「あっ、ぐぅ……！」

走り出そうとした彼のに、鋭い痛みが走る。

ルークは――その心臓を、直接捻り潰そうとしたのだ。

無論、そううまくはいかない。

繰り返し頭やを狙って回転を力を放つも、背中を向けて逃げるフラムをうまく捉えることができない。

一方で彼は、どうやらイーラやスロウ、そしてキリルのいるギルドから離れようとしているようで、ある程度距離を取ると角を曲がり、建の影に姿を隠した。

ルークは彼を探す――などというまどろっこしい方法は使わない。

空中で両手を広げる彼は、

「オオォォォォォォォォ――」

まるで歌うように、澄んだ聲を響かせた。

もちろんその聲は、建の影に逃げ込んだフラムにも聞こえている。

壁にもたれ、肩を上下する彼は、ボロボロな上にまみれになった自分の服を見て苦笑いを浮かべる。

まだ戦いは始まったばかりだというのに、ひどい有様である。

しかし、服裝など気にしている場合ではない。

その姿は見えないが、間違いなく次の攻撃を繰り出そうとしているはずなのだから。

「すうぅ……ふうぅ……」

深呼吸をして、気持ちを落ち著ける。

痛みは消えても気持ち悪さが殘る。

特に蔵への損傷は非常に後味・・が悪く、今でも斷続的に吐き気がせり上がってきていた。

それにしても、先ほどからやけに靜かだ。

さっきまであれだけ派手に攻撃を繰り出していたというのに、一何を――フラムがそんなことを考えていると、

ガゴオォォオオオンッ！

腹の底から揺れるような重い音が轟き、彼の立つ場所からし離れたところにある建が、砕け散った。

いや、砕けたというよりは――貫かれた・・・・と言うべきだろうか。

「なに、今の……」

巨大な、尖った何かが高速で直線的に移し、その軌道上にある建を片っ端から破壊しているのだ。

ガゴオォンッ！

また別の場所の建が壊れる。

フラムは慌ててそちらを見ると、今度こそ、それの正を見た。

「尖った……巖？」

鋭く先端が尖り、回転しながら、猛スピードで豬突する灰の塊。

それは地面をえぐり、建を貫き、一直線に、遠くまで、前方に存在するもの全てをぶち抜いていく。

ゴオォォォオ――

そして三・目が、フラムの真後ろから迫る。

音で接近に気づいた彼はすぐさま走りだし、それでも逃げ切れないと悟ると――

ゴガアァァァァッ！

前に飛び込み、ギリギリのところで避ける。

余波が路地裏を駆け抜けた。

先ほどまで立っていた部分には大きなが出來ており、背もたれにしていた建は、中央に大きながあけられ全壊し、無殘な有様である。

削られたの向こうには、赤い筋を蠢かせるルークの姿がある。

瓦礫の上にたつ彼は、近くにあった石造住宅の壁に手を當てた。

その建に回転の力を加えると、土臺から剝がされ、瓦礫を撒き散らしながら回り始める。

やがてそれは回っていくうちに直徑四メートルほどの尖った石塊となり、ルークは地面に倒れたフラムにその先端を向けた。

そして――

「オォォォオオオオオ！」

出。

バシュッ、ズガガガガガガガガッ！

家屋がまるごと、ドリルの形狀となってフラムに迫る。

彼は立ち上がって走り出し、そしてまた倒れ込むように前に飛び込んだ。

そのまま、飛び散る瓦礫から頭を守って伏せていると、今度はぺたりぺたりと足音が近づいてくる。

ルークだ。

彼が死を引き連れて、フラムに迫っていた。

彼が慌てて立ち上がろうとすると、彼もまた――明確に、敵対する意志を持って駆け寄ってきた。

振るわれる黒い刃と、回転する左腕。

二つの力がぶつかり合い、バヂィッ！　と飛び散るスパークが路地を明るく照らした。

さらに二人は、幾度となくそれを叩きつけ合う。

フラムは必死で、どうにかしてのコアへ剣よ屆けと祈りながら、素早い連撃を放つ。

しかし、拳と大剣――力が同等ならば、勝るのは一撃一撃が高速な前者。

しずつ彼は押されていき、足元が後退する。

さらにルークは、失われた右腕で毆りかかってくるような作を見せた。

腕はないのだ、もちろんハッタリ――そう思いたかったが、フラムのは勝手にのけぞり、その攻撃・・を回避する。

すると見えない力が前髪をかすめた。

回転の力で右腕を模したのだ。

もっとも、それは腕というよりは、れただけでを抉る兇そのものだが。

「くっ、離れないとっ！」

せっかく切り落とした腕が、最悪の形で復活してしまった。

片腕ならともかく、今の狀況で真正面から毆り合うのは危険だ。

剣を振り下ろし、力同士がぶつかりあった衝撃を利用してフラムは後退する。

そして下がった先には、罠が待っていた。

「が、あ……しまっ――！」

可能は考えていたはずなのに。

右足が脛の真ん中あたりでねじれ、骨を砕きながら裏を向く。

彼は歯を食いしばり著地、さらに後ろに下がろうとしたが、きが鈍るのは避けられない。

「オォォ……」

ルークは聲を上げながら踏み込んだ。

だらんと垂れ下がった不可視の右腕が暴に振り上げられ――フラムの下顎にれる。

逃げ切れない。

指先らしき覚がにれた瞬間、悪寒が彼の全を駆け巡った。

それは皮を貫き、顎のらかい部分に埋沒し、舌の裏側から口腔へと侵する。

避けようにも、首をのけぞらせるので一杯だった。

「げ、ぴゅっ」

指が口蓋にまで到達、さらには鼻の側をえぐりながらなおも進行。

フラムの口から、意識せずとも奇妙な音がれる。

そして両眼球をも奧から引き抜くと、最後は頭蓋の部、前頭前野の一部をも破壊した。

彼の顔・が切り取られ、宙を舞い、地面に落ちる。

要するに――フラムは、頭部の前半分を喪失したのである。

視覚を喪失した彼の世界は、完全なる暗闇に包まれた。

それは幸福なことだったのかもしれない。

なくとも、今の自分の有様を見ずに済んだのだから。

鼻を啜ると、じゅぶっとが逆流した。

辛うじて殘った舌のっこでは、ひたすらに鉄の味と匂いだけをじる。

「カ……ア……ァ……」

痛い。

痛い。

痛い。

苦しい、嫌だ、助けて。

「ア……アァ、ア……」

しかし人という生きは――前頭葉が壊れた程度では死にはしない。

もっと奧深くにある、脳幹を傷つけて初めて死は立する。

だから潰さなければ・・・・・・ならないのだ。

抉るだけでは足りない。

だが、変化というか、被害はある。

理と本能のバランスの崩壊だ。

あるいは人格やの変質とでも言うべきか。

再生までのわずかな間ではあるが――要するに、フラムの心は“ぶっ壊れた”のである。

「オオォォォォオオッ」

無論、ルークはさらに致命的に脳を破壊しようと手をばす。

そんな狀態では反撃もままならないだろう、と判斷しての大膽な攻撃である。

一方フラムは、まるで何かを探すように両手を前にばした。

そして――

パァンッ！

火薬が発破したような音が鳴り、同時にルークの眉間に何かが突き刺さった。

「オォ……オオォ……」

フラムは、そんな小回りのきく遠距離攻撃を持っていなかったはず。

ルークは戸う。

しかし彼は続けて、それを放った。

パパパァンッ！

今度は三連続で、その肩に何か・・が突き刺さる。

「オオォォォ……」

「アアアァァァ……ッ！」

唸りをあげる異形二人。

追い詰められているはずは明らかにフラムの方なのに、ルークは若干及び腰だ。

そんな彼に向けて、おそらく音を頼りに場所を探り當てているのだろう、彼は指先・・を向ける。

すでに左の小指、薬指、中指、人差し指は存在していなかった。

だが再生途中である、じきにまた裝填・・される。

だから次に放つ・・のは、右の指。

魔力が手の先に流れる。

“反転”すれば、固著したものは、弾ける。

“反転”すれば、側にあるものは、外側へ解放される。

つまり理に囚われないフラムは、自らのを武として利用したのだ。

指の骨はそのまま。

は氷結させ補強して。

そして反転の魔力を帯びたその弾丸は、ルークのを守るオリジンの力を貫通し、絶絶命の狀況を覆す。

「アアァァ、アアア……！」

――正気に戻った彼がどう思うかは、別として。