《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》061 憐憫

「アアァァァァァァッ!」

未だ再生途中の口から吐き出される、フラムの咆哮。

そして打ち出される指弾。

「オオォォォォオオオ!」

ルークは苛立たしげに聲をあげると、手のひらを前にかざし、空間を回転させ迎撃する。

空中で力同士がぶつかり合い相殺。

その間に、彼は一気にフラムに接近する。

視界も未だ戻らず。

暗闇の中で、音だけを頼りに彼は再生した左の指を放つ。

頬をえぐり、肩を貫き、に突き刺さる。

しかしルークはそれをあえてけ止めてまで、一気にフラムの懐にまで踏み込んだ。

「オォオォオッ!」

そして回転する左腕を顔のど真ん中に一直線に突き出す。

「アアアァァァ――」

指のない左腕を前に突き出し、真正面からけ止めるフラム。

バヂィッ!

力がぜる。

お互いに弾かれあうが、彼の手首はその衝撃で千切れる。

すぐさま勢を持ち直し、再び螺旋の拳による一撃がフラムの頭部に迫る。

今度は右腕でガード、弾け飛び散る彼

もはやけ止めるための手は殘っていない。

しかしそこで、フラムは後退せずあえて前に踏み込んだ。

手首から上を喪失した左腕がルークの右脇腹に迫る。

だがれる直前――ガゴッ、グチャッ、とフラムの腕が回転しはじめる。

攻撃を読んだ上で、それを防ぐように罠を設置していたのだ。

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だからフラムのを犠牲にした拳は屆かない……と、思われたが。

「アアァァァァアアアッ!」

、そして破裂音。

魔力が肘・に集中し、と外を反転、その衝撃で左腕そのものを砲弾のように打ち出す。

「オ……オォッ!?」

それはルークのを包んでいた力場を突破し、脇腹にめり込んだ。

肘から上を喪失したフラムの傷口からは、大量のが流れ出る。

だが同時に人間をも喪失した彼にとってみれば、それは些細なことらしい。

さらに右腕を前に突き出し、その肘に魔力を溜め込んだところで――

「……あ」

脳の再生が完了する。

正気を取り戻した彼は、自分の腕を見て、自分が何をしようとしたのか、何をしていたのかと思いだして――ひるむルークに背中を向け、全力で駆け出した。

せっかくの勝機だ、あそこで右腕を放っていればさらに大きなダメージを與えられただろう。

しかしそれ以上に、フラムは自分がやったことを許容できなかった。

人殺しだってやった、自分のを犠牲にして戦うこともあった、いくら呪いのせいとはいえ人間離れしすぎだと自嘲することは數え切れないほどあった。

だが今のは――自らの意志での一部を攻撃に転用するなど、そんなことは――

「あーあ……はは、やだなあ……やだな、ほんと、もう……っ!」

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ぐじゅぐじゅと再生し、元の形に戻ろうとする左腕を見て、フラムの目に涙が浮かぶ。

何が嫌かって、一度認識してしまうと、もう元には戻れないことだ。

騎士剣キャバリエアーツとも反転の魔法リヴァーサルとも違う、小回りがきき予備作もない近・中距離攻撃。

それは戦闘中の選択肢として非常に優秀である。

そう、だからこそ――自分の出して武にするという手段を戦略の一部として組み込んでしまう。

使わなければ、認識さえしなければ、そんな化じみたやり方を使うことはなかっただろう。

「今さらだけど、そりゃそうだけどぉっ!」

フラムは壁に手をつき、うなだれ地面を見つめた。

浮かんだ涙で視界がにじむ。

これは彼々しさだ。

あるいは“年相応の人間らしさ”とでも言うべきか――それは彼が勝手に設けたボーダーラインで、何度も言うが“今さら”なのだ。

自分がまともな人間でないことぐらい、とっくにわかりきっていたことなのだから。

ひょっとすると、王都にミルキットという神的な支えがいないことも関連しているのかもしれない。

他者から傷つけられることを許容することはあった。

自分から攻撃に突っ込んで、それを利用して不意をつくことなんて何度も。

しかし、自分の力で自分自を傷つけて戦うのは、やはり何か違う――

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ああ、これも“慣れ”なのだろうか。

使っているうちに“どうってことない”と割り切れてしまうのだろうか。

だがそんな自分が、仮にオリジンを倒して普通の生活に戻ったとして――まともに、生きていけるのだろうか。

はるか先のことを考えたって仕方ないことはわかってる。

けれども、フラムが苦境に立たされても乗り越えて來れたのは、未來で待っている希があるからだ。

誰にも命を狙われない、幸福なる日々があるからこそ、そこに向かって走り続けられる。

が失せれば足は止まる。

例えそれが甘い考えだったとしても、フラムは、人の道から完全に外れてはならないと自分を諌める。

もっとも――だとしても、後戻りできないことは変わらないのだが。

追い詰められれば、今度は正気のフラムが自分の意志で、指や腕を弾丸として放つこともあるだろう。

「……うだうだ言ってたってしょうがないよね。とにかく今は」

戦うしか、ない。

ゴオオォォォォ――

遠くから地響きが近づいてくる。

またあの巖のドリルを作り出し、姿の見えぬフラムに向かって出しているのだろう。

ガゴオォオンッ!

背後の壁が崩れ、その向こうから回転する巨巖が現れる。

はそれを反転すら使わずに飛び越えると、空中で抜刀。

「はああああぁぁぁぁあッ!」

魂喰いを振り下ろし、反・気剣斬プラーナシェーカー・リヴァーサルを放つ。

ルークはそんな彼の行を読んでいたように、突き出した拳から螺旋の弾丸を飛ばした。

ぶつかり合い、衝撃波が周囲に広がる。

フラムは吹きすさぶ風の中、著地と同時に大剣の刃を地面に叩きつける。

反・気剣嵐プラーナストーム・リヴァーサル。

反転の魔力を帯びたプラーナの嵐が巻き起こる。

しかし、それはルークに屆くほどの範囲ではない。

フラムだって理解していた。

つまり目的は攻撃ではなく――設置されているであろう罠の探知。

バヂッ、バヂバチッ!

反転の魔力と反応しあい、その位置が視覚化される。

場所さえわかれば恐るるに足らず、フラムはルークに向かって駆け出した。

「オォォォオオ――」

突き出される拳、振るわれる剣。

回転の力は気剣斬プラーナシェーカーで相殺され、二人の距離はみるみるうちにまっていった。

フラムは敵の目前で跳躍、両腕で鉄塊を振り下ろす。

フォンッ!

剣は空を斬る。

橫に飛び避けたルークは、すぐさま回転した左腕で彼に襲いかかる。

螺旋の拳は切り上げられた刃とぶつかり合い、弾けた。

衝撃で互いに軽くよろめく。

ひるんだフラムの頭蓋骨がめきりと歪んだ。

はとっさに地面を蹴り前進、すかさず彼目掛けてルークは回転の力を振るう。

跳躍し、宙返りするフラム。

空中から振り下ろされた一撃を、彼は唸りをあげる左腕でガードしようとかざす。

する螺旋と刃――かと思いきや、その直前で、魂喰いは粒子になって消えた。

地面に著地したフラムは手刀を腹部に放つ。

そして指先がれる直前で――

「ぶっ放せェリヴァーサルッ!」

五指全てを出し、叩き込んだ。

走る痛みに歪む表

だが食らったダメージはルークの方が上だ。

「オ……オォ……ッ!」

彼はく。

だがすぐに反撃に転じ、回転の力で作り出した見えない右腕で、フラムの顔に手をばす。

はそれを反的に左腕で防ごうとするも――人のが耐えられるものではない。

ぜろぉリヴァーサルッ!」

そこで反転魔法の発

千切れる直前の腕に魔力を流し込み――

パァンッ!

分離された直後に、ルークの顔の目の前で側から炸裂。

その余波で吹き飛ばされ、二人の距離が再び離れる。

そこで指の再生が完了する。

勢を立て直したフラムは右手で魂喰いを抜き、地面を削りながら接近する。

そして切り上げようとしたところで、ルークが設置した力場により手首から先がぐにゃりと捻れた。

「ぐっ、またッ!?」

これでは剣は振るえない。

今度は逆にルークが彼に迫り、螺旋腕を向ける。

フラムは足裏に魔力を伝達、反転リヴァーサルを発

彼の足元の地面がぐるりと裏返った。

傾くルークの

しかし足元で渦巻いた力場が地面を砕き、彼が巻き込まれ押しつぶされることはなかった。

だが隙は生じた。

フラムはすかさず捻れた右腕を向け、“どうせ再生にかかる時間は同じだ”と割り切り、手首から上を細切れにして出する。

骨片と氷結した片が、數十発の弾丸となってルークの異形のを撃ち抜く。

それをけるたびに彼のは小刻みに振るえ、「ォ、オォ」と苦しげな聲をらした。

全てを打ち切ったところで、今度は左手で抜刀。

「もらったぁッ!」

切っ先がルークの心臓部を捉えた。

腕で防ごうとするも間に合わない。

黒き刃との黒き水晶が、かちりと接する。

「リヴァーサルッ!」

流し込まれる反転の魔力。

オリジンの螺旋は逆回転をはじめ、“負のエネルギー”の生を開始。

水晶はそれに耐えきれず自壊し、パキリと真っ二つに砕ける。

「オ……オォ……!」

赤い筋を束ねたようなが、一部解ける・・・。

激しく回転していた左腕もそのきを止め、ぶらんと垂れ下がった。

勝負あり――そう確信したフラム。

そして顔の半分ほどが人間だった頃のルークのものに戻ると、

「まだまだああぁぁぁああああッ!」

実に楽しそうな表んだ。

「うそっ!?」

止まるどころか、むしろ立ち向かってくるルークに戸うフラム。

彼の目的はフラムに勝利すること。

それはコアが一個破壊されようが、オリジンの支配から逃れようが関係はない。

「回れロタジオンッ!」

再び回転を始める左腕。

無論、コア二つのときに比べれば威力は劣るが、人のを破壊するには十分だ。

ルークの拳は無防備なフラムの左肩に命中。

魂喰いを握る腕が千切れ、地面に落ちる。

「その心臓、もらったぁ!」

「くっ!」

唸る拳がに迫る。

未だ再生しきっていない右腕で防ぐフラム。

そこに反転の魔力を流すと――ルークの回転は、あっさりと打ち消された。

「あーあ……やっぱこうなるか」

「……もう、気は済んだ?」

コアを失ったことで出力が低下し、フラムの力に太刀打ちできない。

だがそれでも、ルークの戦意が萎えることはなかった。

「済むわけねえだろ……俺が勝つまで、諦めるつもりはねえッ!」

後ろに飛び退き、片腕だけでファイティングポーズを取る。

しかしを包む筋のさまざまな部分が緩み、流れ出したが足を伝い、地面を濡らしている。

戦闘中のダメージも大きく、コアが二個だから維持できただった。

その一方が失われれば、崩壊は免れない。

「回転しろロタジオンッ!」

回る左腕。

それを武に立ち向かってくる年。

フラムは――再生した右腕で、魔法すら使わずにその拳をけ止めた。

手のひらが削られ、が溢れ出す。

微かな痛みに顔をしかめるフラムに、ルークは勝ち誇ったように笑う。

「はっ、剣は使わなくていいのかよ!」

「もういらないから」

「ふ、くはは……っ、舐めんじゃねえぇぇぇぇぇッ!」

摑まれた左手を引き抜くと、再び心臓を狙うルーク。

それをフラムは右手で軽く弾くと、再生途中に放つ左フックでその頬を叩いた。

彼はのけぞり、不安定な足取りで後ずさる。

「や……やるじゃねえか……だが、俺はぁっ!」

どんなにくじけても立ち上がる様は、八歳の年が見せる姿だと思うと微笑ましいほどだ。

彼らを見るたびに思う。

母親が拐されなければ、普通の人間として生きていれば、きっと立派な子供として長しただろうに、と。

「んだよその目はぁ……まさ、か。同でも……してんのか?」

「同っていうか、想像してた。螺旋の子どもたちスパイラルチルドレンがみんな真っ當に長してたらどうなってたんだろうな、って」

「はっ」

フラムの言葉をルークは鼻で笑う。

そして崩れかけのとは対照的に、強い意志を宿した目で言った。

「無意味な仮定だな」

「どうして?」

「俺は生まれた瞬間から俺だったわけじゃねえ。今の俺は、マザーに育てられ、ネクトやミュートたちと一緒に生きてきたからこそ、ここに立ってる」

人を作るのは、経験だ。

與えられた環境、人々との出會い、直面した試練――その積み重ねで人格は形される。

「てめえの想像してるそいつぁ……俺じゃねえんだよ。だから、無意味なんだ」

フラムは理解した。

だが、だからこそ同する。

ならば彼らには、裏切られ、居場所を無くし、八年というあまりに短い人生を終える、それ以外の結果が存在しないということではないか。

「私は無意味だとは思わない」

「當事者が、そう言ってんのにか?」

「言ってるからこそ、だよ。その価値観に至った経緯そのものが、忌むべきものだと私は思う」

理解はしても、納得はしない。

実験の犠牲になって死ぬ子供など存在するべきではない。

ましてや、それを子供自れるなどと――“仕方のないこと”だと許容すること自が罪である。

「まあいいさ、話が平行線なのは……ハナから、わかりきってたこった。言葉なんざ、どうでもいい。とっとと……決著をつけよう、ぜ」

「いいよ、いつでも」

フラムは相変わらず剣を抜かずに、ルークの攻撃を待つ。

「回れぇロタジオンッ!」

突き出された腕を、フラムは手の甲でいなす。

皮が剝がれ骨が剝き出しになるも、もはや被害はそれだけ・・・・だ。

すぐさま再生し、傷跡すら消える。

「は……はぁ……おらぁっ!」

彼なりの渾の一撃も、軽くはねのけられた。

フラムはさほど力を込めていなかったが、ルークのは傾き、倒れそうになる。

もはや満創痍なのは明らかだ。

しかしを流す彼の腕を見て、彼は満足げに笑った。

そしてゆらゆらと揺れながら再び立ち向かい、拳を振り上げ――毆りかかる。

「あ……あぁぁぁあああッ!」

かすれた聲をあげ繰り出されたそれを、フラムは手のひらでけ止めた。

もはやそれには、をそぎ取るだけの力すら宿っていなかった。

それでも、微かに傷が刻まれた皮を見て、ルークは力なく笑う。

「ふぅ……う、あ……あぁ……」

包み込んだ拳を軽く押し返すと、彼は後退して膝をついた。

腕も、足も、も、繊維・・がほどけ、壊れた人形のような姿になりつつある。

立ち上がろうと力を込めるたびにふくらはぎや太ももからが吹き出し、ぴくりと震える。

もうそれだけの力すら殘っていないのか。

フラムはルークに歩み寄った。

すると彼はまた笑って、

「ロタ……ジ、オン……」

なけなしの力を使い切る。

ゆっくりと回転する左腕。

それをばし、フラムのお腹に當てた。

「へ……へへ、もら……った……」

虛ろな目は、すでに彼の姿を寫していない。

自分の手がどこに當たっているのかもわからずに、呟く。

そして腕から力が抜け、も前のめりに倒れていく。

「おれ……の、か……ち……」

殘り一個のコアはまだ健在。

は崩壊しても、それを破壊するまで彼は生死の境をさまよいながら、生き続けるだろう。

夢なのか現実なのかもわからないまどろみの中で。

そんな場所に放置するほど、フラムは殘酷ではない。

無言で魂喰いを握ると、仲間の場所に送るべく、その背中に突き立てた。

殘りのコアが破壊され、微かに聞こえてきた聲も消える。

刃を引き抜いた彼はしゃがみこんだ。

そして、橫たわるルークのを抱えると、ゆっくりとギルドへ向かって歩きだすのだった。

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