目の前に広がる地獄は、フラムならば“見慣れた景だ”と言ったかもしれない。

マリアにとってもさほど驚くべきものではなく、あらゆる意味でキリルにとってのアウェーだった。

目を覚ましてからずっと表はこわばったままだ。

遠くから聞こえてくる何かがぶつかる音、そして泣き聲。

足裏に伝わるらかいも、そもそも目に寫る全てが――あまりに衝撃的すぎて。

「ブレイブは使えますか？」

隣を歩くマリアが尋ねる。

キリルは無言で首を橫に振った。

正直言って、最初から期待はしていなかった。

フラムが隣にいればまだしも、今の彼の神狀態でブレイブが使えるとは思えない。

「まずはフラムさんを助けにいかなければなりませんね」

場所に心當たりはない。

キリルを含め、當時は全員がギルドに集まっていたようだが、そこから散り散りになってしまっているのだ。

それにすでに全ての繭が明度を失っており、中を見ることはできない。

周囲を見回しながら進む二人。

まだ完全に信用することはできないのか、キリルは気まずそうにしているが、意を決して口を開く。

「ねえ、マリア」

「なんですか？」

「フラムはどうして、あんな風に戦えるようになったのかな。旅をしていたときとは別人みたいだったけど」

「それは――」

事など、まともにフラムと話していないマリアは知らないはずだった。

しかしまるで誰かから聞いたかのように、彼は連々と話す。

「力の使い方を知ったからです。呪いによるステータス減、それが反転することに気づいたのですよ」

「だからあんな禍々しい裝備ばっかり使ってたんだ……」

観察できるほどの余裕はなかったが、それでもフラムのにつけたそれらが、呪いの裝備であることは見ただけですぐにわかった。

なんというか、持っている“波長”が違うのだ。

キリルのエピック裝備と比べると素人でも一目瞭然である。

「それで……こんな化たちと戦ってたの？」

改めて空を見上げる。

そこではまた一、新たな異形が産み落とされようとしていた。

「ええ、もう何度も。あなたの知らないうちに、フラムさんはずいぶんと強くなりました」

「……そっか」

だけど、私は弱いままだ。

手のひらを見たキリルは、一人、心の中で呟く。

マリアは橫目でそんな彼を見ると、何か言おうと口を開いて――気配に気づき中斷、振り向いての剣を放った。

「ジャッジメント」

音もなく、宙を浮かび迫っていた赤子に、二本の剣が突き刺さる。

ほぼ同時に反応したキリルも剣を構えると、接近せずにその場で振り上げた。

「ブレード！」

天高くびるの剣。

ジャッジメントでひるむ敵に向けて、彼はそれを叩きつけた。

ザシュウッ！

脳天から真っ二つにされたそいつは地面に倒れる。

「はぁ……はぁ……」

人型の生を“殺害”するのは、キリルにとってはじめての経験だった。

頬を冷や汗が流れ、顔つきにも葛藤が見られる。

「あれを人間だと思っていると、このあと苦労しますよ」

「そんなことわかってるっ！」

聲を荒らげるキリルに、マリアの表は冷ややかだ。

二人の間にあるわだかまりが消えたわけではない、言葉をわせば反発するのは當然のことだった。

それに、流れ出るや臓は、人と全く同じ形をしている。

確かに巨大だし、異様な雰囲気を纏っているが、完全に別だと考えられるようになるまでし時間がかかるのも仕方がない。

それが、正常な覚・・・・・なのだ。

キリルは目を細めながら、両斷された死を見た。

自分が殺してしまった化は、おそらくかつて人間だったもののれの果て。

だから余計に――

「……あれ？」

「どうかしましたか」

「まだ、いてる……」

キリルの視線の先にある死の切斷面は、しずつねじれはじめていた。

最初は気のせいかと思ったが、その度合いが増してくると変化は明白になる。

やがて赤い渦と化した斷面から、新たな赤子が這い出してくる。

同時に抜け殻・・・は萎んだ。

生まれ変わったそいつは、大きさ二メートルほど。

ただし全く同じ外見をしており、なおかつ二いる。

「増えましたわね」

「どうしてっ、確かに斬ったはずなのに！？」

「にコアも無いはず……脳を破壊しても止まらないということは、獨立した生というよりはマザーの一部と考えた方がいいのかもしれません」

「一人で納得してないで、ちゃんとわかるように説明して！」

「本を――」

マリアは天井を指差す。

その上には、彼たちからは見えないが、王都を包む“本”のがあるはずだ。

「そのどこかにあるコアを破壊するまで、止まらないと思われます」

『正解よ、噓つき聖様』

赤子のうちの一方が、エコーがかかったように聞きづらい聲で言った。

『でもどうやってコアを破壊するの？』

『誰にもそんな力は無い』

『フラム・アプリコットはすでに私の手の』

『みんな同じになるわ、私になって子供で母親になる。この子はあなたたちの仲間よ』

『すぐにライナス・レディアンツも會いに來てくれるわ』

『おめでとう、あなたも子供になればわらずとも一つになれるわ』

『その醜いじゃどうせ無理なんですから、おとなしく私にをゆだ――』

饒舌に語るマザー。

マリアは無言で手を前にばし、

「セイクリッドランス」

二本のの槍を放った。

『ぶぇっ』

それらは赤子の額に突き刺さると、そのまま後方にある建に磔にした。

拘束された彼らは駄々をこねるように手足をばたつかせたが、足は地面に屆いておらず、手も空気をかき混ぜるだけだ。

「倒せないのなら、きを取れないようにするしかないようですね」

さらに背後から新たな敵が迫る。

必死で手足をかしながら、ハイハイとは思えない速度で。

「それなら――バインド！」

キリルが魔法を発させると、地面から現れたの鎖が赤子を拘束した。

その様子を見たマリアは「羨ましい」と呟く。

ジーンや三魔將のような複數屬ではなく、固有の希屬持ちが使う魔法というのは、“覚”に頼っていることが多い。

無論、それなりの訓練は必要になるが、しかし基本屬と異なり理論を學ぶ必要や、細かな魔力作を必要とせず、直で使えてしまうのだ。

おそらく使っている本人も、なぜ今の魔法が発したのかは理解していないだろう。

「これでいいかな」

「ええ、ですが――キリがありませんわね」

同化は著々と進み、化どもは刻一刻と數を増やしていく。

いちいち拘束していては、キリルたちの魔力が先に盡きてしまいそうだ。

だからと言って攻撃を加えれば、先ほどのように分裂されてしまうだけ。

「キリルさん、空は飛べまして？」

おもむろにマリアは尋ねた。

「さすがにそれは無理かな……ブレイブさえ使えれば、天井には屆くとは思うけど」

「はぁ……そうですか」

他人のため息を聞くと、キリリとキリルの胃が痛む。

勝手に期待されて、勝手に呆れられるのが、彼は最も苦手だった。

理不盡すぎて心の準備もできない。

「でしたらやはり、ここを抜けてフラムさんを探すしかありませんね」

さらに両側から迫る赤子が二。

キリルとマリアは、お互いに背中を向けて魔法による拘束を試みる。

しかし――二人に近づく敵はそれだけではなかった。

の槍に串刺しにされた二が震えたかと思うと、首から下が千切れて自重で落ちる。

同様に、バインドによって縛られていた赤子も、ひとりでに自らのを分割・・し、小さなで鎖の隙間を抜けてき出した。

「自分で分裂できるだなんてっ！？」

「これは中々自由に探せそうにありませんね。もっとも――それでは彼が無事だということを自白しているようなものではありませんか、マザーさん」

彼はマリアの挑発に反応は見せない。

だが心なしか、接近する赤子の速度が上がったように思える。

図星なのだろう――そう確信したマリアは、もはや配慮も不要、と魔法で赤子を片へと変えていく。

片は空中で形を変え、また新たな分裂となるのだ。

『いくらやったって無駄なのに』

『けれましょう』

『とても気持ちいいわ』

『痛くしないから』

『さらけだして、私を注がせて、私の子を宿して私になって』

新たに産まれ、空から落ちてくる敵は五。

先ほど地表に落ちたものがさらに五。

さらに十の赤子が、追加・・で

いくらやったって無駄なのに。

どんなに切った所で分かれてねじれて増えて、その繰り返し。

個々の力の差はあるかもしれない。

しかし、それを圧倒するだけの數の暴力だった。

「う……ううぅぅ……っ！」

キリルの手は戸いと恐怖で震えている。

まだ、本當の力は発揮できそうにない。

◇◇◇

摂取許容量が限界を迎えた。

それなのになぜ、彼は私にならないのか。

「う……ぶげっ、はっ、がぼっ……！」

オリジンが靜観している理由がわかった。

しかし、そうなればそうなるほど、意固地になるのが研究者というもの。

だって母は全ての子をせないと母にはなれない。

だからこの子がいる限りマザーは母になれない。

お前のせいで。

お前のせいで。

お前なんかのせいで――

「は……ぁ、あ……ふ、う……」

意識レベルの低下。

朦朧としているそこに流し込む。

「あぎゃっ、がひいいぃぃぃぃっ！」

目を剝いてぶ、効果なし。

苦痛を増幅させただけ。

何が彼をそうまでして自分にしがみつかせるのか理解できない。

記憶は全て理解して、悲劇だって全て飲みこんでいるはずなのに、なぜ。

いっそ殺してしまおうと思った。

しかし殺してしまえば、それは自らの不完全を認めるようで不愉快だ。

それはいけない。

自分が何のために母になったのか、その理由が崩れてしまう。

何としてでも――フラムを、我が子にしなければ。

『往生際の悪い子』

「これだけ、オリジンの力を使ってる……くせ、に……マザー、あんたが……あんたでいられる理由が、わかった、気がする……」

ミュートもルークもネクトも、二つ目のコアを使った途端に自らの意思を失い、オリジンにを乗っ取られた。

だがマザーは、ここまで変貌しているにもかかわらず、そんな様子が見えない。

『何を言っているのかしら』

それはマザーがそうなるようにこの“チルドレン”を作り上げた果だ。

キマイラとて、ライバルとなるネクロマンシーやチルドレンから技を盜んでいた。

それと同様に、マザーもキマイラからオリジンの意志を抑制する方法を得ていたのである。

無論、本と比べればその質は落ちるかもしれないが、そこはマザー自が強固な自我を持つことでカバーする。

そうやって、彼はこれだけオリジンの力を使いこなしながらも、意思を失わずに夢を葉えることができた。

しかし――“それは違う”と、フラムは真っ向から否定する。

「“孤獨”。自分以外の存在を……自分の、目的を……達するため、だけに……利用、する。繋がりを、否定……して、あれだけ、自分を慕った子供たちを……ただの“壁”だと切り捨てた」

『だから何だって言うの？』

「オリジンと、よく似てる。だから、飲み込まれない……」

そして同時に、こうも思うのだ。

（ひょっとするとオリジンは、私にマザーの力が通用しないことも気づいてた……？）

たぶん、“似ている”だけではオリジンによる乗っ取りを防ぐことはできない。

だからおそらく、“オリジン自”にはマザーを乗っ取ろうとする意図が無いのだろう。

（野放しにしている……その気になればマザーの人格なんて消せるはずなのに）

を流し込まれると、頭の中がかき混ぜられるようなじがした。

自分の記憶が別に上書きされて、自分が自分以外の誰かになってしまうような。

けれど奧にある、たぶん一番大事な部分までは、染め上げられない。

どんなに上っ面だけを書き換えても、フラムはフラムのままだったのだ。

（たぶん、反転の力だ。それがマザーの人格の流を拒んでるんだ）

だが、疲弊しないわけではない。

も神も、絶え間なく傷つけられ、ボロボロになっている。

がうまくかない。

心は、乗っ取られることはなくとも、いずれ折れてしまうかもしれない。

あるいはこの倦怠自が、汚染の影響によるものなのか。

（その前に……なんとかして、抜け出さないと）

オリジンは自分をしがっている。

なくとも、何の異変もなしに、このままマザーに命を明け渡すことはないはずだ。

それでも靜観している、何も干渉してこない。

つまり――フラムにもまだ、勝機が殘っているということを意味している。

オリジンに気付かされるのは癪だが。

『それがわかったところで現狀は変わらないわ、いい加減に諦めて心を開きなさい、フラム・アプリコット――いいえ、マイク・スミシー』

マザーには余裕があった。

自分の力がこんな小娘に通用しないはずがない、そう確信しているからだ。

しかしフラムは、その弱點を把握しつつあった。

オリジンとは究極の“個”を目指す。

確かに全ての命が一つになれば、爭いは起きないかもしれない。

負のは生まれない。

だが一方で、正のも生まれなくなる。

「……ミルキット」

そういえば、いつかもそうだった。

苦しくなると彼のことばかりを考えて、けれど今になって思えば、それはとても理にかなった・・・・・・行為だったのかもしれない。

マザー含め、オリジンたちには理解できないだろう。

確かに人付き合いはしんどい。

利害がぶつかりあって醜い爭いになることもなくはない。

平和ではない。

それは人が人である限り、逃れられぬ呪縛だ。

けれど――だからこそ、得られる力もある。

「死なない。私は、死なない。またあの子に會うために」

『ふふふっ、現実逃避で目をそらそうっていう魂膽なの？　無駄よ、人はどうあってもこの繭から逃げられない。逃げようとしても、癒著したは途端に崩壊するの！』

そうかもしれない。

だが、仮にが壊れたとして、それがどうした・・・・・・というのか。

崩壊したってすぐに再生する、ならばダメージはゼロに等しい。

『それにどんなに正気でいたところで、がかなければ意味はないでしょう？』

そうかもしれない。

でもそれなら、かせばいい・・・・・・だけの話だ。

どんなにオリジンの力に頼って、フラムのを縛りつけようとしたって、それだけでは止まらないものがある。

他者を想う気持ち。

論や神論じゃない。

どこまでも孤獨な彼らは、他者の存在という苦しみから開放されると同時に、他者の存在という幸福さえも失ってしまっているのだ。

キリル、エターナ、インク、ガディオ、ライナス、一応イーラ。

他にも様々な人々が居て、そりゃあ嫌なことだってあるけれど、その存在がフラムに力を與えてくれる。

その中でも特に大きいものを、人はと呼ぶ。

フラムとミルキットの間にあるを――それを源として湧き上がる力を――オリジンは、止めることができない。

「は、あぁ……！」

突き刺さった手により、壁に固定されていた左腕に力を込める。

するとべりっ、と何かが剝がれる覚とともに、鋭い痛みが走った。

骨がむき出しになっている。

しかしまだく。

「ミル、キットぉ……！」

ただ頭の中をおしい彼で埋める。

細かいことは考えない。

ただ世界で一番大事な人だから、彼に會いたいという思いだけで全てを満たして、そこから生じる力だけでを突きかした。

右腕や背中、後頭部が剝がれる。

痛い、冷たい、スースーする。

何がわになっているのか自分の目では見えないが、がやけに軽くじられた。

『ど、どうして……なんでこの繭の中でけてるのよっ！』

戸うマザーは、新たな手をフラムにけしかける。

を貫こうとするそれを、彼は接直前に左手で握った。

「反転リヴァァァ、しろぉサルゥッ！」

パァンッ！

管は側から膨らみ、破裂する。

『どういうこと……これが、反転の力だとでも言うの！？』

困からマザーのきが止まる。

その隙にさらにフラムはをよじり、拘束を引き剝がした。

「違う、そうじゃないっ！」

『だったらどうしてなのよぉっ！』

フラムは手をばし、今度こそ魂喰いを握る。

そして、狼狽するマザーの問いに、雄々しく応えた。

「はっ……あんたみたいな変態外道にはねぇ……一生ぉ、わかるもんかあぁぁぁぁぁッ！」

突き立てた刃が、赤く強靭なるを刺し貫く――

◇◇◇

「キリルさん、あれをっ！」

振り下ろされた拳を避けながら、マリアはある方向を指さした。

キリルは飛びついてくる小型の赤子を切り払い、そちらに視線を向ける。

そこには――傷だらけのまみれになりながら、繭から出ようとするフラムの姿があった。

「フラムッ！」

ぶキリルだが、その聲は屆いていない。

そんな彼の落下點には、複數の敵が迫っている。

あの傷の狀態では、逃げることも難しいだろう。

「この狀況では助けにいくことも……」

二人とも相手の攻撃を避けるので一杯だ、増え続ける敵の群れの合間をって突破するのは難しい。

だが――必死で生きようとするフラムの姿を見たキリルの顔つきは、今までとは明らかに違う。

戦いの最中、突如足を止めた彼は、こみ上げる熱を吐き出すように、高らかにんだ。

◇◇◇

中に繋がった管や、張り付いたが、引き剝がすたびにのを持っていく。

フラムの背中はとっくにズタボロになっていて、生きているとは思えない有様だった。

それでも彼はき続ける。

傷の再生はすでに始まっている、このまま逃げ切って、絶対にマザーの顔をぶん毆ってやる――そんな強い決意とともに、フラムは浮かぶ繭から這い出ると、い地面に落下した。

「あうっ……」

叩きつけられた衝撃で聲がれる。

しかし背中の痛みに比べれば大したことはない。

あとし、あとしだけ再生が進めば、戦うことができる。

早く、早く、早く――自らのを急かすフラム。

なぜ彼がそこまで焦っているのかと言えば、足音が近づいてきていることに気づいているからだ。

人ではなく、もっと巨大な何かが。

腕の力だけで前に進む彼の頭上から影がさしこむ。

恐る恐る見上げると……そこには、笑う赤子の姿があった。

「ひっ……」

抵抗できない狀況で見るその姿は、普段以上におぞましく見える。

思わずフラムでも聲をらしてしまうほどに。

まだには力がらない。

立ち向かうためにはあとほんのしの時間が必要だ。

しかし、それを理解しているからこそ、赤子はフラムに手をばす。

萬事休すか――諦めかけたフラム。

そんな彼が聞いたのは――

「ブレェェェイブッ！」

大切な友人の、かつて無いほど頼もしい聲だった。

普通の人間ならば、いかなる達人だとしても間に合う距離ではない。

しかしステータスが大幅上昇した今のキリルにとっては、その距離はわずか一息でめられるものだった。

つまりは、赤子が手をばしてフラムにれるよりも早く接近し――

「はあぁぁぁぁぁッ！」

一刀両斷。

真っ二つに割れた赤子の。

しかしその斷面は早くも捻れ、新たな個を生み出そうとしていた。

「やらせないっ！」

フラムとて守られてばかりではない。

そう、今の彼には、キリルの隣に立って戦える力があるのだ。

震える足で立ち上がると、変質する片に接近し、魂喰いを突き立てる。

「反転しろリヴァーサルッ！」

そして反転の魔力を注ぎ込むと、ゴパァッ！　と々に砕された。

付近に落下したもう一片も同様に。

それはコアを持った一つの生命ではない。

マザーより作り出された、コアを持たない、いわばオリジンの力の塊である。

ゆえにフラムの魔力の前には非常に脆弱であった。

「……フラム」

し離れた場所に著地したキリルは、フラムに歩み寄った。

だが途中で足を止める。

本當は手を取り合って、再會を喜びたかった。

でも自分にはそんな資格などない――そう思い込んでいるようだ。

「キリルちゃんっ！」

しかしフラムは、そんなことは気にしていない。

キリルが自分を拒まないのなら、もうそれだけで他のことなんてどうでもよくなった。

駆け寄り、彼の手を、両手で包み込む。

「あ……」

久しくじていなかったその溫もりに、キリルはうまく言葉を発することが出來ない。

一方でフラムは、屈託のない笑みを彼に向け言った。

「助けてくれてありがとっ」

「フラム……ごめん」

謝罪以外に、伝えるべき言葉が見つからなかった。

「ううん、私が足手まといだったのも事実だから。お互い様ってことで！」

それで済む問題ではない、とキリルは自分を責める。

だがそれは――ただの自己満足だ。

償いたいと思うのならば、尊重すべきはフラムの意思。

「戦闘中だから手短に聞くけども、キリルちゃんにとって私は、まだ友達？」

「そんなの當たり前だっ！」

キリルは即答した。

それだけで十分だった。

他には何も必要ない、迫り來る敵を見據えて剣を構える。

「ありがと、キリル」

微笑み禮を告げる彼に、キリルは“本當にそれでいいの？”と尋ねたかった。

だがそれは、エゴだ。

「それはこっちの臺詞だよ、フラム」

「うん、だからお互い様ってことで、この問題はもうおしまいっ！」

「……うん」

それが彼のみだと言うのなら。

キリルにとって納得の行かない部分は多數あったが、それは飲み込むことにした。

繰り返し自分に言い聞かせる。

“その罪悪はエゴだ”、と。

「さあ、協力してマザーを倒して、またあのケーキ屋さんに行かないとね！」

「そうだね……二人で“もう一度食べに來よう”って約束したんだ、それを果たさないと！」

瞳にが宿る。

狀況は絶的。

しかし――不思議と、何も怖くはなかった。

友と一緒なら、何でもできるような気がした。

「ふぅ……わたくしを忘れられては困るのですが」

「マリアさん！？」

敵の隙間からぬっと現れた彼を見て、驚くフラム。

「私を繭から助けてくれたのがマリアで、ずっと一緒に戦ってた」

「そう、だったんですか」

確かにあの狀況で、キリルだけが繭から逃れられるわけがない。

ひょっとすると勇者の力で抜け出せたのかと思っていたが、そうではなかったようだ。

「オリジンコアを使用したわたくしなど信用できないとは思いますが、今だけは」

「はい、わかってます」

地面を鳴らしながら、今もなお増え続ける赤子の群れが大挙する。

「三人で戦おう！」

キリルの號令に、フラムとマリアが頷く。

そして――それぞれ異なる宿命を背負った三人のは、自らの意思で絶の渦中へと突き進んだ。