《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》072 インスタントクレイジー

フラムを取り巻く謎はあまりに多い。

なぜ自分は城にいるのか、記憶喪失を治療するのなら診療所に行くべきではないのか。

部屋から出ようとすると、見張りらしき兵士に「外出は控えて下さい」と言われた。

自分が外に行くと都合の悪いことでもあるのだろうか。

部屋の窓には外から板が打ち付けてあり、景どころか日を浴びることすらできない。

閉じ込められている、フラムはそうじていた。

「記憶を失う前の私、何かやらかしたのかな……」

にしては、囚人のような扱いでもなさそうだが。

特にやることも見つからず、フラムは部屋に置かれたテーブルに突っ伏す。

木のひんやりとしたが心地よい。

しかし違和がある。

は無意識のうちに前髪をっていた。

「ヘアピン、やっぱりあった気がするんだけど」

旅に出る時點ではつけていなかったはずなので、間違いなくそのあとに、どこかで手にれたのだ。

そのまま目を閉じて眠ろうとしていると、また來訪者がやってきた。

コンコン、とドアをノックするまでは良いが、彼は返事すら聞かずに部屋にってくる。

「あらぁ、お休みだったかしらぁ?」

元が開いたインナーの上から白を纏った、セクシーな大人の

「どなた、ですか?」

もちろん今のフラムは誰なのか知らない。

に人差し指を當ててしばし考え込むと、フラムの方を向いて名乗る。

「エキドナ・イペイラよぉ、ここでとある研究をしているの」

「科學者さん、ですか。そんな方が私に何の用事でしょうか」

「まずは、何も言わずについてきてもらえるぅ?」

見ればわかる、そう言いたいようだ。

どうせ暇だし、斷る権限が自分にあるのかもわからない。

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フラムは立ち上がると、エキドナとともに部屋を出た。

◇◇◇

田舎者のフラムにとって、城の中を歩く経験など滅多にできることではない。

ましてやそれが、関係者しか立ちれないエリアとなれば余計にだ。

通りすがりの大柄な男と目が合ったり、水著のようなタイツのようなよくわからない服を著たが悲しそうな顔をしていたりと、すれ違う人々も一筋縄ではいかない。

「さすが都會……」

と、よくわからない理由で心しているうちに、目的地に到著する。

エキドナは「ここよぉ」と言ってドアを開く。

するとその先には地下に続く階段があり、そこを降りると両側に檻のある、牢獄のような空間に出た。

フラムは漂う匂いに、思わず顔をしかめる。

「なんか、獣臭くないですか?」

「そこも問題よねぇ、でもキマイラの改良案としては優先度が低いのよぉ。どうしても強さを追い求めたくなるっていうかぁ、研究者のよねぇ」

「……んん?」

會話は立しているようだが、フラムはまったくついていけてない。

々と聞きたいことはあったが、まず彼は、ここが何のための場所なのか知るために檻の中に視線を向けた。

薄暗い室に、かすかにその姿が見える。

大きさと形から、最初は人間が直立しているのかと思ったが、どうやら違うようだ。

頭は鳥、は狼、腕は熊、背中には大きな羽――それは紛れもなく、モンスターだった。

「きゃあぁっ!?」

飛び退くフラム。

背中に鉄格子が當たる。

さらに背後に気配をじて振り向くと、そこには同じ見た目をしたモンスターが立っていた。

「ひっ……ど、どうして城の中にモンスターがっ!?」

「新鮮な反応ねぇ。安心しなさい、フラム・アプリコット。私の・・キマイラがぁ、指示もなしに他人に危害を加えることはないわぁ」

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「キマイラ……?」

「モンスターをつなぎ合わせて作ったぁ、最強の兵よぉ。しかも人間の命令に絶対服従、裏切る心配もないいい子ちゃんなんだからぁ」

キマイラのことを語るエキドナは、どこか誇らしげだ。

まるで自分の子供を自慢しているように見える。

「ほ、本當に、いきなり襲ってきたりしないんですか?」

「ないわぁ、斷言してあげる。でもぉ、念のためにぃ、ダフィズと同じ失敗はしたくないのよぉ」

「ダフィズ?」

「んふふふ、こっちの話よぉ。とにかくぅ、あなたが近づいて何も問題がないならぁ、それでテストは合格ってわけぇ」

「私が、近づいて……その、よくわからないんですが」

「いいのよぉ、わからなくても。ただ歩いて私についてくるだけでいいわぁ」

理由が聞けないのはもやっとするが、エキドナがこの化たちを作った張本人だとするのなら、聞くのもそれはそれで怖い。

藪蛇をつつくことになりそうである。

フラムはとにかく言われるがまま、導かれるがままに、彼の後ろをついてまわった。

奧に進むほど檻は広くなり、中にいるキマイラのサイズも大きくなっていく。

特にフラムは獅子型が苦手で、そのを見るとなぜか強烈な悪寒をじた。

檻エリアを抜けた二人は、また扉を開き、その先にある広い部屋に足を踏みれる。

どうやらここは、エキドナの研究室らしい。

三つほど並んだ巨大な試験管の中にはが満たされており、檻にいたものとは異なるキマイラが浮かんでいた。

そのうち、オーガの頭を持つキマイラと目が合った。

「ねえフラムぅ、あのクレードルのまわりを歩き回ってもらってもいいかしらぁ?」

クレードルという言葉は知らないが、試験管を指していることは理解できる。

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言われるがまま、フラムはオーガ頭の化に近づくと、その周りを歩き回った。

そんな彼を、モンスターの視線が追う。

「あら、やっぱり舊型だと影響があるわねぇ」

モンスターがフラムを目で追っているのがエキドナの言う“影響”なのだろうか。

確かに、先ほどの檻の個は通りがかってでも微だにしなかった。

まるで、自我が存在していないかのように。

確かに命令を阻害する自意識がなければ、忠実なしもべとして働いてくれるだろう。

だがそれは生というよりは、道と言った方が正しい。

その點、この試験管の中で浮かんでいるモンスターは、フラムの姿を目で追う程度には自我が殘っており、フラムは彼に親近を――抱くはずもなかった。

聲は聞こえない、目で追う以外のアクションも見せない。

だがなぜか、たったそれだけのきが、フラムにはひどく恐ろしいことに思えてならなかった。

険しい表を浮かべる彼を見ながら、エキドナは「本當に記憶喪失なのよねぇ」と小聲でつぶやく。

「ありがとう、もういいわよぉ」

「これ、なんで私を見てるんですか? わざわざ連れてきたってことは、他の人じゃダメなんですよね?」

「そうねぇ、そういうことになるわねぇ」

つまり――自分が城に閉じ込められている原因は、そこにあるのだろう。

あるいは、記憶喪失になった要因そのものも。

もっともそれがわかったところで、何も思い出せはしないのだが。

『ごしゅ……を……て……す』

何も――そう、たぶん、何も。

り込む頭痛にも似たノイズに、フラムは軽く目眩を覚えた。

「數値のチェックなんかは後回しになるかしらぁ、見た限りでは問題はないようだけどぉ、舊型に影響があったってことは干渉値は増加してるはずよねぇ……」

しかしエキドナは何やらぶつぶつ言いながら考え込んでいるようで、彼の異変には気づいていないようだ。

フラムは「ふぅ」と大きく息を吐き、気分転換にと部屋の中を見回す。

キマイラのったクレードルの他にも、部屋の隅には別のものがった明の裝置があり――中には人間の脳らしきものが浮かんでいる。

それと同じものが三つ並び、それぞれがケーブルで接続されていた。

「う……っぷ」

フラムは口を抑えて目をそらす。

キマイラよりもよっぽど強烈だ。

ただの田舎娘であるフラムは、人間の脳など當然一度だって見たことはない。

「あらぁ、あれが気になったのぉ?」

今度はエキドナもフラムの変化に気づいたらしい。

言いながら、脳の浮かぶ裝置へと近づく。

「リトルオリジン」

裝置の金屬部分にれながら、エキドナは言った。

「オリジンって、あの神様の?」

「そうよぉ。そのけ皿でぇ、中継點なの。あれからけ取った力を使ってぇ……ってあら、これはあなたに話すとまずかったかしらぁ。まあいいわよね、知られたからといってどうなるものでもないものぉ」

要するにキマイラとやらは、神様の力を使って作られたものらしい――とフラムは理解した。

わかったところで、オリジンの正もコアのこともわからない今の彼には、『神様の力ってすごいんだろうな』程度の想を抱くのが一杯だが。

その後、特に話すこともなくなったフラムは解放された。

詳細な検査は別の機會にやるつもりらしく、これからは定期的にエキドナのもとに呼ばれることになりそうである。

◇◇◇

兵士に連れられて部屋に戻ったフラムは、ドアが閉まった瞬間に、

「なんかうさんくさいよね……」

そう一人ごちる。

気になることが多すぎてうまく言葉にはまとめられないが、とにかくなにもかもが怪しい。

エキドナの風貌というか、纏う雰囲気はもちろんのこと、自分が監視されて閉じ込められているというこの狀況も。

罪人なら罰してしまえばいい。

そうしなかったのは、自分が王國にとって、殺したくはないものの、きを制限したい存在だったからではないか。

「……いや、でもステータス0の私なんかになにができるんだろ」

想像できない。

この失われた半年間で、どうにかして強くなったのだろうか。

だとしたら、なぜ今の自分は弱いままなのか。

考え、思い出そうとするが、頭に何かが引っかかって・・・・・・記憶の引き出しが開かない。

なぜだろう、そこにあるのはわかっているのに、鍵がかかったようにびくともしないのだ。

失われた、あるいは見つからないのではなく、封じられている。

フラムはそんな覚がして、部屋のり口で頭を抱えながら立ち盡くす。

すると三度、客がやってくる。

「フラム・アプリコット、いるか?」

「誰、ですか」

返事をすると――許可したつもりはなかったのだが――軍服を著た緑髪のってくる。

ピンとびた背筋に、にしては高めの長、そして自信に満ちた表

漂う雰囲気が、常人のそれとはまったく異なっていた。

ただ者じゃない、フラムは直で察する。

「アンリエット・バルセンヒムだ。目を覚ましたと聞いてな、挨拶ぐらいはしておかなければと思い訪ねたのだが、タイミングが悪かったか?」

その名前は、田舎暮らしのフラムですら知っているほど有名なものだった。

なにせ、王國軍の最高権力者なのだから。

「えっと……もしかして、將軍さんですか?」

「ふっ、知ってくれていたのか」

「當然ですっ、私の田舎にも話は伝わってきますから! でもなんで、オティーリエさんといい、そんな偉い方が私みたいな庶民に挨拶だなんて」

重ね重ね思う。

記憶を失う前の自分は何をやらかしたのか、と。

「その様子だと、調に問題はないようだな」

「はい、特には」

「記憶がないと不便だとは思うが、困ったことがあったらなんでも言ってくれ。外に出るのは難しいが、なら何でも揃えよう」

「じゃあ教えてください、私はどうしてここにいるんですか?」

単刀直な質問に、アンリエットは顎に手を當てて考え込む。

どうせはぐらされて終わりだろう、と高をくくっていたフラムだったが、予想外に彼はその理由の一部を教えてくれた。

「まず第一に、エキドナの要だ。先ほど、研究室に連れていかれただろう?」

「見たことのないモンスターがたくさんいました」

「ああ、シェオルでの一件以降、彼はずっとデータを取りたがっていてな」

「シェオルでなにがあったんですか?」

「申しわけないがそれは答えられない」

そこには確固たる意志がある。

聞いても無駄だと察したフラムは、切り替えて話を先に進めた。

「第一ってことは、第二もあるんですよね」

「第二は“抑止力”だよ」

さらに漠然とした返答に、フラムは首をかしげる。

格を読み違えていた、もっと穏便な人間だと思っていた。彼に対しては北に送った四人も効果を発揮しなかった。だから、もう一人追加する必要があったんだ」

「……よくわかりません」

「すまないな、今はそういう言い方しかできない」

それはアンリエットなりの誠意だった。

本來なら彼にとって英雄は、ともに戦う仲間であるはずなのだ。

王都を守り抜いたフラムたちに敬意を払うことはあっても、敵意を抱くことはないのだから。

「さて、本當に挨拶だけで終わってしまって申し訳ないが、用事があるので帰らせてもらうよ。また機會があれば言葉をわそう」

「そのときは、私の狀況をもっと詳しく教えてもらえると助かります」

「善処する」

そう言い殘して、アンリエットは退室した。

フラムは何となく立ち去る彼を見送ろうと、追いかけて廊下に出る。

「ひやあっ!?」

すると思ったより足があがらなかったのか、彼は敷居に足を引っ掛けてバランスを崩してしまった。

聲に反応しアンリエットが振り向き手を差しべようとするも、時すでに遅し。

フラムは転び、膝を床に強打する。

「いっつつ……」

「大丈夫か?」

手を差しべるアンリエット。

フラムはそれを握って立ち上がると、「お恥ずかしいところを見せてしまいました」と苦笑いを浮かべた。

ぶつけた部分がじくじくと痛む。

すりむけた膝からは、赤いがにじみ出していた。

「すいません、どこかで治療ってできますか?」

顔を赤くしてフラムは尋ねた。

確かに何でも揃えるとは言ってくれたが、こんなにすぐ頼むことになろうとは。

真面目な話をした直後なだけに、恥ずかしさはひとしおである。

しかし、アンリエットは返事をしない。

はじっと膝の傷に視線を向けたまま、微だにしなかった。

「アンリエットさん?」

尋ねるも、やはり無言。

だが変化はある。

「はぁ……はぁ……」

の頬はじわり赤らみ、呼吸が荒くなっている。

頬はひくひくと痙攣したように引きつり、瞳は虛ろに潤む。

アンリエットは――明らかに、興していた。

そしての昂りが頂點に達した彼は膝をつき、縋るようにフラムの足にしがみつく。

「はぁ、はぁ、はああぁ……っ」

「え、ええぇ!? ア、アンリエットさん、一なにをっ!?」

い大きな聲をあげるフラムだったが、彼には屆かない。

完全にトリップした表で、傷口に顔を近づける。

そして舌をばすと――ちろりと、を舐め取った。

「んふううぅぅ……」

に広がる鉄臭い味に、恍惚とした表を浮かべるアンリエット。

「ひ……ひぃ……っ」

フラムは怯えるあまり、引きつった聲をだすことしかできない。

そもそも、ステータス0の彼では、將軍であるアンリエットの腕を引き剝がすことなどできるはずもないのだが。

だ……が……はあぁ、んはああっ、こんな……こんなの、久しぶりに……あぁ、また出てきたっ!」

新たにがにじむと、しゃぶりつくように口づけるアンリエット。

膝を這いずる舌のは、フラムにとってはただただ気持ち悪い。

いくら相手が將軍とはいえ、ほぼ初対面の人間にこんな真似をされてれられる人間などいるものか。

「おいし……おいしい、が……他人の、……はふっ、ふぶううぅっ……!」

「や、やだ……やめてくださいアンリエットさんっ……やめてぇっ……!」

頭を両手で押し返してもそれは同じこと。

びくともしないアンリエットに、フラムは涙を流しながら首を橫に振る。

嫌だ、嫌だ、嫌だ、ひたすら聲でも心の中でもそれだけを連呼して拒絶に拒絶を重ねた。

そして――

「やめてえぇぇぇぇえええっ!」

フラムはありったけの勇気を振り絞って、ぶ。

するとようやくアンリエットはきを止めて、フラムの顔を見上げた。

「あ……ああぁ……」

その顔はみるみる蒼白になっていく、おそらく正気に戻ったのだろう。

足から手を離して立ち上がると、ふらふらとよろめくように後退する。

「す、すまない、私としたことがとんでもないことを……」

アンリエットは右手で顔を覆いながら、沈痛な面持ちで言った。

「昔からの、悪い癖なんだ。相のいいを見てしまうと、どうにもを抑えきれなくなってしまう。最近はオティーリエが満たしてくれていたんだが……いや、こんなものはただの言い訳だ」

にとっても、よほどショックな出來事だったらしい。

何度も何度も、將軍は一般庶民のフラムに向かって深々と頭を下げた。

フラムは『もういいですよ』と言いたいところだ。

だが、恐怖がに刻み込まれていて、うまく言葉がでてこない。

ただ無言で、その場に立ち盡くすことしかできなかった。

「本當に、申し訳ない!」

最後に大きめの聲で言うと、アンリエットはフラムに背中を向けて立ち去っていった。

一人殘されたフラムは、後ずさり、背中が壁にぶつかると、それにもたれてへたりこむ。

「なん……だった、の?」

終わってみても、なにもわからない。

話している間はまともな人だと思ったのに、そうじゃなかったということだろうか。

膝は未だに濡れたままで、とても気持ち悪い。

拭くものが無いので、立ち上がり部屋に戻ろうとするフラム。

すると――廊下の向こうから、オティーリエが姿を現した。

は真っすぐフラムに接近する。

「オティーリさ……え、ぎっ」

そして彼は、何も言わずにフラムの首を絞めた。

そのまま壁に押し付け、全力で殺しにかかる。

予想外の行に、フラムは目を大きく見開いた。

「あ、が……ど……し、て……?」

「見ましたわ……あなた……ううん、“てめえ”……お姉様に……お姉様にッ、何をした?」

「わだ、じ……なに、も……」

「噓をつくんじゃねええぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええッ!」

は吼え、そして鬼のような形相でフラムを睨みつけた。

「よくもっ、よくもよくもよくもよくもおぉぉおおおおおおおおおッ!このクソアマがあぁぁぁぁあああッ! お姉様にを飲ませていいのは私だけなんだよッ、てめぇみたいな臭えガキが調子に乗ってんじゃねええぇぇぇぇええッ!」

「や、め……ご、が……っ」

「死ねッ、死ねッ、死ねえええぇぇッ! 私のお姉様に近づくやつはどいつもこいつも死んじまえええぇぇぇぇぇぇええッ!」

もはや口調も原型を止めていない。

先ほどの行為はいわばアンリエットの暴走なわけだが、そんな事はオティーリエにとってどうでもよかった。

偶然、それを目撃してしまった。

當然、お姉様が悪いわけがない。

つまり、お姉様をしたこのクソアマが悪いに決まっている。

お姉様至上主義の彼のロジックは極めて単純である。

常に、いかなるときであっても、アンリエットが加害者になることはないのだ。

仮に100パーセント彼が悪だったとしても、である。

「戻らねえ、お姉様にてめえのり込んだことは変わんねえぇぇぇ! どうしてくれんだ、わたくしのお姉様を汚した責任、どう取ってくれんだよぉおおッ!」

「ぐ……ううぅ……」

「死ぬしかねえだろ!? なあ、死ぬしかねえんだよ、てめえみたいなクズがッ、ゴミがッ、生きて返すもんかよぉおおおおおッ!」

首を絞める腕に、さらに力が込められる。

オティーリエの殺意は本であった。

フラムの顔が赤黒く変し、口からは涎が垂れ、じたばたと暴れていた手足からも力が抜けていく。

『私だっ…………分、全然、……て……す』

走馬燈のように再生される記憶。

封印の隙間から、思い出がれるように溢れ出す。

それでもまた、すべてではない。

霞がかった、たぶん自分にとって大事な人の姿が、ぼんやりと見えるだけだ。

だがもうそれもおしまいだ。

意識が薄れる、自分は死ぬ。

わけもわからないまま、わけのわからない連中に殺されて――

「暴走してんなよ、副將軍様よ」

また、聞いたことのない男の聲がする。

突如現れた、ひげを生やした悪人面の男は、オティーリエの背中に向けて容赦なく剣を振るった。

すると殺気に気づいた彼はフラムを解放し、腰から剣を抜いて応戦する。

「邪魔をすんじゃねぇ、ジャック・マーレイッ!」

「これさえなけりゃいいなんだけどなァ、オティーリエ」

「貴様がどう思おうとどうでもいいッ、私の邪魔をすんじゃねえっつってんだよぉぉぉおおおおッ!」

フラムの前で、目にも留まらぬ速さで刃と刃がぶつかり合う。

「げほっ……ごほっ、う、ぇ……」

フラムの頭はくらくらして、視界は霞んで、からはの匂いがする。

唾を飲み込むと、それだけで絞められた部分の側がじくじくと痛んだ。

あまりに目まぐるしく変わる狀況に、も脳も混しきっている。

なにが起きているのか、なぜ自分はいきなり襲われて、そして二人が戦っているのか。

というか男は誰なのか――なにもかもがわからない。

「いいのかよ、フラム・アプリコットの保護はそのお姉様からの命令じゃなかったのか?」

「ぐっ……それは」

「嫌われるぞ?」

「う……」

アンリエットの名前を出されると、オティーリエはしずつ大人しくなっていく。

もまた、アンリエットがしたのと同様に、発作的にフラムに襲いかかってしまったのだろう。

そんな緒不安定な人間が將になれるものなのだろうか。

あるいは、だからこそ、將になれたのだろうか。

フラムには理解できない世界だった。

「……くっ」

オティーリエはフラムの方を見ると、悔しげに歯を食いしばって走り去った。

ジャックと呼ばれた男は、すっかり腰を抜かしたフラムに近づき、手を差しべる。

しかしアンリエットのトラウマが殘る彼はそれを拒否し、自分の力だけで立ち上がった。

「俺はジャック・マーレイだ、教會騎士団で副団長をしてる」

「どうも……ありがとう、ございます」

「災難だったな。いくら処刑しまくって人材がいないからって、ここの連中に任せるのは間違ってんだよ。どいつもこいつも人格破綻者なんだからさ」

「はあ……」

「それに比べて俺は正常だから安心だろ? さ、部屋にろう」

ジャックは馴れ馴れしくフラムの肩に手を置くと、背中を押して部屋に押し込んだ。

そしてドアを閉めると、なぜかすぐさま鍵をかける。

だが、すっかり憔悴しきっている彼はそれに気づかない。

そのままベッドの近くまで連れて行かれると、ジャックは急に暴にフラムを押し飛ばした。

シーツの上に、仰向けに投げ出される彼

彼は覆いかぶさり、襟に手をばす。

「え? なに、を……」

「守ってやったんだ、これが対価ってことで、いいだろ?」

そして力いっぱい引っ張ると、シャツの元が千切れ、ブラがあらわになる。

とっさに手で隠そうとするフラムだが、ジャックに手首をつかまれ阻止された。

やっとまともな人が出てきたと思ったのに――心ともに疲れ果てたフラムには、もう抵抗する力はない。

「やだ……やだああぁ……!」

ただ子供のように駄々をこねて、首を振るだけだ。

そんなフラムの様子を見て、ジャックは舌なめずりをした。

制だかなんだか知らないが、騎士団にいる限りまっとうな手段じゃを抱けねえからな。こうするしかないんだ。大丈夫、ちゃんと優しくしてやるからさ」

勝手に責任転嫁しながら、彼の手はフラムの下半びる。

ボロボロと涙を零し、彼は「うううぅぅぅぅ」と唸る。

そのとき――ガギンッ、と金屬を斷ち切る重く強い音が響いた。

ジャックはびくっと肩を震わせ、おそるおそるドアの方を見る。

破壊されたのは、部屋の“鍵”だ。

何者かが剣で強引に壊したのである。

ギイィ、と開くドアの向こうから現れたのは、白い鎧を纏った一人の騎士。

彼はその場で剣を高く掲げた。

「ヒューグ団長……!?」

ジャックは明らかに狼狽している。

「私ごときの言葉が他人に屆くとは思っておりませんが、は邪悪なものであると、常に貞帯を使用するようにと、あれほど……あれほど、言ったはずであります、副団長殿!」

はきはきとした口調で言い放つヒューグ。

彼のことなどまったく知らないフラムは、呆気にとられていた。

ジャックはフラムからもを離し、両手を上げて必死で無罪を主張する。

「待ってください、まだ俺はなにもしてないんですっ!」

「言いわけは不要であります!」

「そんなっ……嫌だっ、俺は死にたく――」

命乞いをするジャック。

だがヒューグは無にも、その場で真っすぐ剣を振り下ろした。

「正義執行ジャスティスアーツ――浄化の刃スコッチメイデン」

ベッドからドアまでは離れている、普通なら屆く距離ではない。

だが――ヒューグの刃は、どういう理屈か、正確にジャックの首を捉えた。

「……あ」

処刑はった。

刎ね飛ばされたジャックの頭部が宙を舞い、フラムの足の間に著地する。

さらに首の切斷面からが吹き出し、ベッドの上を――もちろん彼の顔も赤く汚した。

凄慘な景を前に、フラムの脳の処理能力が限界を越える。

アンリエットの暴走から始まり、オティーリエに殺されかけ、ジャックに襲われ、そしてヒューグがジャックを殺した。

なにが、どうなって。

どうして、こんなことに。

「もぉ……わけ、わかんない……よ……」

涙とでぐしゃぐしゃに顔を濡らしながら、フラムは意識を失った。

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