《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》073 臆病という強さ

アンリエットは深々と頭を下げると、部屋を出た。

見張りの兵がドアを閉め、彼の姿が見えなくなると、サトゥーキは「ふぅ」と大きくため息をつく。

「あんたも人間なんだな」

それを見ていたスロウが茶化すように言った。

王冠をかぶり、赤いマントを羽織った彼は、馬子にも裝とでも言うべきか、それなりに王らしく見えた。

だがそれは逆に言えば、裝が無ければ王には見えないということでもある。

「化だとでも思っていたのか?」

「似たようなもんだと思ってたよ、なんだって完璧にこなして、クールな顔してさ。でもミスもするんだな」

「人選に問題があるとわかっていてもな、能力と人格を両立した人間はなかなかいないものだ」

言いながら、サトゥーキはスロウの向かい側の椅子に腰掛ける。

サイズは小ぶりながらも、背もたれの部分に無駄に彫刻が施されているということは、教皇の部屋にふさわしくお高いものなのだろう。

それが自分のものになったかと思うと、多浮かれてしまうのも仕方のないこと。

何もかもが彼の思い通りに進んでいた。

だが、だからと言って油斷してはならない。

事実、早くも予定外の事故・・が起きてしまったのだから。

サトゥーキは目を軽く目を閉じると、先ほどのアンリエットとのやり取りを反芻する。

『フラム・アプリコットのを見た瞬間に正気を失ってしまいました、申し訳ございません』

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それが最初の懺悔だった。

サトゥーキは、なくともその失態を責めるつもりはない。

を見たとき、それがアンリエットの好みと合致していた場合にのみ発作的に起きる病のようなもので、ここ數年間は一度だって発癥したことがなかった。

そういえばそんな癖・・もあったな、と彼も忘れていたほどなのだ。

フラムのが彼の好みそのものだったのは、ミスというよりは、あまりに都合の悪い偶然だった。

『オティーリエが、フラム・アプリコットの殺害を試みました』

さらに彼は語る、もちろん“私のせいです”と付け加えて。

こちらは、まあ“失態”と言って差し支えないだろう。

オティーリエも、日常生活には支障をきたさないのだが、大きな問題を抱えただ。

アンリエットに対し狂信的なを抱き、そして自分と彼の間に第三者が介するのを極端に嫌う。

そして一度彼の逆鱗にれると、人が変わったように激しく相手を攻め立て、死ぬか消えるまで憎み続けるのである。

「使い方さえ誤らなければ、有能な人材なのだが」

「今回は間違ったってことか?」

「結果的にはな」

フラムのがアンリエットの好みと合わなければ、死者が出ることもなかった。

いくらサトゥーキが人の扱いに長けているとは言え、このような偶然までは制できない。

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もっとも――

『彼に暴行を加えようとしたジャック・マーレイを、ヒューグ・パニャンが殺害しました』

騎士団長に関してだけは、サトゥーキが自らの非を認めるしかないのだが。

ヒューグが副団長を殺したのは、これで何度目だろうか。

副団長が問題を起こすような狀況に追い詰められる、今の教會騎士団という組織にも問題があるのだろう。

しかしそれにしても、彼は緒不安定が過ぎる。

その振る舞いは、狂人そのものである。

圧倒的な剣の腕さえなければ、団長になることはなかっただろう。

「どう使っても扱いきれない人間がいることも事実だ」

「それってさっきアンリエットって人が言ってた、あれだ、えっと……騎士団長のヒューグだっけ。そいつのことか?」

「……まあな」

「確かヒューグって、あんたの……」

「ああ、息子だ」

若気の至りというしかないのだが、以前に際していたがこっそりと産んでいたらしい。

彼が騎士団にってくるまで、サトゥーキはその子供の存在すら知らなかった。

と、ここまで聞くと、だいたいの人間はヒューグがコネで団長になったと考える。

だが事実は異なる。

正真正銘、彼は実力でその地位にまでり上がったのだ。

歴代団長を凌駕する正義執行ジャスティスアーツの使い手――それがヒューグ・パニャンという男だった。

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「実際に育てたのは私ではない、あの人格ができあがった責任を私に押し付けられても困るのだが……親子という事実がある以上は、言い訳にしかならんな」

「あんたもあんたで苦労してんだな」

「ねぎらいの言葉などかけていいのか? 私は貴様をり人形にしようとしているのだが」

こうして大聖堂にあるサトゥーキの部屋にり浸っていることもそうだ。

ミルキットたちは人質にとられ、フラムたちは言いなりになり、そしてスロウ自もいいように使われている。

恨むことはあっても、懐く道理はないはずである。

しかしスロウは脳天気に笑う。

「どのみち俺に政治とかよくわかんないし、任せるしかないって。それに、フラムさんたちのことはひでえなって思うけど……おふくろの面倒を見てもらってる上に、イーラさんまで保護してもらってるって聞いたら、俺にはなにも言えないって」

確かに彼はフラムたちと面識がある。

助けられたし、何度も會話だってわした。

だが、彼たち全員を束ねたって、彼の母親を想う気持ちには屆かない。

母の無事が保証され、しかもそれなりの贅沢も許されているというのなら、スロウに文句は特になかった。

「ただ単純に、本當にあのアンリエットって人にフラムさんを任せたままで大丈夫なのか? って心配はあるけどさ」

「彼とて二度も同じ過ちは繰り返すまい……と、思いたいがな」

オティーリエがおとなしくしてくれれば、なにも問題はないはずなのだが。

サトゥーキは疲れた顔で、付け加えて言った。

「はっきり言って、今の私にはそちらに割く時間がない」

「確かに忙しそうにしてるもんな」

かすべき駒が多すぎる、自分が何人いても足りないほどだ」

「しんどくないのか?」

「ふっ、悲願を達するためだ、この程度はな」

父の代からけ継いだ悲願。

サトゥーキ自は魔族に対する恨みは持っておらず、手段と目的が逆転しているが、彼は“どうでもいい”と斷ずる。

葉えたいものは葉えたいのだから、理屈などどうでもいいではないか。

戦爭を起こす。

人間が勝利する。

大陸を本當の意味で統一する。

そのためには、國家転覆とていとわない。

サトゥーキはいつも、“私は為政者としては一流でも統治者は三流以下だ”と自嘲していた。

「忙しいのは私だけではない、貴様もだぞ。これから王都へ問に向かう手はずになっていたはずだ。じきに宰相が呼びに來る。準備をしておけ」

サトゥーキはそう言って席を立つと、扉へ向かう。

「へいへい、王ってのも忙しいよなぁ」

スロウは気だるそうに言った。

その姿には王の威厳など微塵もない。

サトゥーキが部屋を出ると、見張りの兵が扉を閉めた。

「ずいぶんと彼との距離が近いんですのねぇ」

出てきた彼の姿を見るなり、向かいの壁にもたれていたエキドナが言う。

「あの手の人間は、多馴れ馴れしく接した方が制しやすい」

冷たく言い放ったサトゥーキは、彼に目配せもせずに廊下を歩き出す。

「あら、そこまで計算されてましたのね。さすがですわぁ」

エキドナはそんな彼の背中を追った。

「フラム・アプリコットはどうだった」

「まずは連れていっただけですがぁ、現行タイプのキマイラは問題ないようですわぁ」

「つまり舊型には問題があったというわけか」

「ええ、力していない想定外のきをしましたのぉ。オリジンが彼を嫌っている、というお話は事実のようですわねぇ」

歩きながら、二人は會話をわす。

「反転か……不安材料ではあるが、オリジンへの対抗手段となるのなら、やはり切り札として手元には殘しておきたいな」

「私としてはぁ、キマイラのコアを破壊される危険があるので早いところ処分してほしいところなんですけどぉ」

「それは親としての・からくるものか?」

エキドナはキマイラの産みの親として、あの化著を持っている。

それは研究者としては、あって當然の執著なのだろう。

ダフィズやマザーのそれと比べれば、エキドナはいくらかドライに割り切ってはいるが、それでも常人には理解しがたい覚だった。

「そうですわねぇ。それにぃ、キマイラが完してしまえば、萬が一のときにオリジンに抵抗する手段はぁ、それだけで十分ではありませんかぁ?」

「オリジンに対する武がオリジンの力だけというのはな、不安が大きい」

「信用されてませんのねぇ」

「信用はしている、私が臆病なだけだ」

現狀、キマイラの制は完璧とはいえ、オリジンの底が知れたわけではない。

あれはあまりに得の知れないものだ。

そんなものに國の命運を託すのは、あまりに不安要素が多すぎる。

「私の目的は魔族との戦爭に勝利することだ。だが戦爭が終わっても國は続く、果たしたからといって立場を投げるつもりはない」

「そのあとのことも考えてますのねぇ。でしたらますますぅ、キマイラに頼っていただいてもよろしいのにぃ」

サトゥーキは、だからこそ余計に、キマイラに頼りきりになるわけにはいかないのだ――と心の中でつぶやく。

これまでオリジンは、教皇や國王に洗脳を仕掛けるほど積極的に王國に介してきた。

彼らは死の直前、尋問に対して口を揃えてこう言っていた。

『小さい頃からずっといっしょだった』

と。

時期はおよそ五十年前、先代國王がオリジン教を優遇し始めた頃と一致している。

つまりオリジンは、それだけ昔から、魔王城の地下にある自分の封印を解くために王國に働きかけてきた。

そして第一次人魔戦爭を引き起こし、さらには停戦協定のを突いて、勇者一行を仕向けたのだ。

無論、サトゥーキにはオリジンを解放する気などさらさらない。

むしろ魔族領を奪取した暁には、封印をさらに強固なものにするつもりだ。

だが――狡猾な神が、果たしてそれを許してくれるものだろうか。

教皇と國王という最大の手駒が失われたにも関わらず、オリジンはなんのアクションも見せない。

サトゥーキの行すら手のひらの上なのか。

はたまた、機が訪れるのを待っているのだろうか。

彼は考える。

もし自分がオリジンならば、戦爭に勝利し、邪魔な魔族が消えた瞬間にキマイラの制を奪取するだろう。

それか、キマイラが便利な道として王國に浸した頃合いを見計らって、暴走させる。

しかし、それが可能なら、教皇や國王が死ぬ前に、オリジンはキマイラを使ってそれを止めようとしたはずだ。

そして彼らの指揮のもとで、人類のためではく、神のために魔族を滅ぼし、封印を解除する――そっちの方がずっと楽じゃないか。

しなかったんじゃない、できなかった。

オリジンには、今のキマイラを遠隔から作するは、おそらくない。

だからこそだ。

だからこそ、なぜオリジンがきを見せないのかが不可解なのだ。

サトゥーキの想像を超える策謀が、彼の知らない場所で蠢いているのではないか、と無に不安になる。

最大の不安要素は、やはりマザーとの戦闘後に行方をくらましたマリア・アフェンジェンスだろうか。

英雄たちすら彼の居場所を知らないと、口を揃えて言っている。

はかつて、教皇フェドロと非常に近い立場にいた。

だからこそ、その力を削ぐために、當時オリジン派であることを裝っていたエキドナを使い、出來損ないのコアを彼に渡したのだ。

本來はそこで、コアの力に飲み込まれ、マリアは死んでいるはずだった。

しかし彼は、多數の兵士を殺害し城より走。

その後は、マザーとの戦いで英雄たちに協力した。

エキドナいわく、普通の人間だったらありえないそうだ。

つまり――オリジンからなんらかの力をけた、そう考えられないだろうか。

走したことも、戦いに參加したことも、そして行方をくらましたことも、全てがオリジンの策なのだとしたら。

やはりマリアを確保することこそが、オリジンの野を砕く鍵になるはずである。

だが、すでに兵に行方は探させているものの、有力は報はいまだ摑めず。

不安で不安で仕方ない。

笑えるほど臆病で――だがその分が彼を今の地位にまで押し上げたのだ。

ゆえに彼は油斷しない、常に見えない敵の可能を考えく。

「サトゥーキ様ったら、眉間に皺が寄ってますわよぉ? 教皇様がそんな顔をしていたらぁ、みぃんな不安になってしまいますわぁ」

「癖だ、大目に見てくれ。ところで、キリル・スウィーチカの方はどうなっている?」

「おおむね、実験には協力的なようですわぁ」

英雄たちと同様に城にされているキリルだったが、彼は別の役割を任されていた。

「転移魔法は実用レベルになりそうか」

転移魔法――“リターン”の軍事利用である。

魔族領には、勇者たちが打ち込んだ転移石が今も殘っていた。

これは設置にも時間がかかるが、撤去にも設置と同じぐらいの手間が必要だ。

魔族には、おそらく撤去する余裕はないはず。

つまりリターンを勇者以外の人間が使えるようにすれば、キマイラの進軍に必要な時間を一気に短できる。

「ええ、あと二週間もいただければ。でもぉ……」

「なにか問題でも起きたのか?」

「フラム・アプリコットを人質に取ればぁ、気弱な彼は言いなりになるはず。そう思っていたんですがぁ……」

いつもり付けたような笑顔を浮かべるエキドナが、珍しく顔をしかめる。

の脳裏に浮かぶのは、実験前のキリルの姿だ。

『お前たちだけは絶対に許さない。殺してやる、殺してやるっ、殺してやるぅッ!』

は鬼のような形相でエキドナをにらみ、じるだけで吐きそうになるほどの殺気を放っていた。

「正直、怖いですわぁ」

「數日前も似たようなことを言っていたな」

「そうなんですよぉ。あれたぶん、目だけで人を殺せますよぉ? 強引に走なんてされたら大変じゃないですかぁ?」

「キマイラで止められるだろう」

「それでも勇者相手となると、大型がいくつか持っていかれますものぉ、魔族領への侵攻に影響が――」

エキドナがそう言いかけたところで、二人は足を止めた。

たちの前には、進路を遮るようにエターナが立っている。

「エターナ・リンバウ、何の用だ?」

は「ふぅ」と息を吐きだすと、真剣な表でサトゥーキの顔を見上げた。

そして、深く頭を下げる。

「インクに、薬を送らせてしい」

がリーチの手配で王都を出したとき、持たせた薬の量と種類は最低限だった。

そもそも、あの薬はインクのの狀態を診た上で処方しているもので、彼が遠方にいる今、適正な量を把握するのは非常に難しい。

それでも無いよりは、あった方がずっといい。

最も危険な時期は過ぎたとはいえ、的リスクが消えることはないのだから。

だが、サトゥーキは冷たく言い放つ。

「認められないと言ったはずだが」

エターナとこの話をするのは、すでに三度目であった。

彼からしてみれば、インクのがどういった狀態であるかなど関係はない。

仮に病に倒れたとしても、イリエイスに常駐する修道の回復魔法、あるいは研究員の持つ薬草で対処できるはず――そう思っていたのだ。

しかし、インクを救えるのが自分だけであることを、エターナは知っている。

だから彼は必死だった。

人質を取ったサトゥーキに頭を下げる理由など本來ならないのだが、それでも、インクのためならば――と、

「お願い……します」

は膝をつき、額を床にこすりつける。

プライドなど命に比べれば安いものだ。

だが、サトゥーキはまだ彼を信用できない、獄のためになにか仕掛けようとしているのではないかと訝しむ。

世の中にはクズがあまりに多い。

最初からプライドを持っていない人間は、土下座だろうが踴りだろうが、相手の機嫌を取るためならなんでもやってみせる。

もっとも、英雄とまで呼ばれたエターナが、その手の輩と同類だとは思えなかったが。

心が揺らぐ。

彼とて人間だ、敵対する自分に、こんな無様な姿を見せてまで懇願する彼を前に、何もじないわけではない。

「なぜそこまでして、チルドレンの出來損ないを守ろうとする」

無視はできない。

“同的にはなるな”と自分に言い聞かせつつ、彼は問いかける。

「そんなことは関係ない、インクはわたしにとって大事な人。だから、助けるためなら、なんでもする」

聲を震わせながらエターナは言った。

サトゥーキは、絆されようとするを切り捨て、理で思考を巡らせる。

問題は、彼が信じるに値する人間か、である。

そして彼は、結論を出した。

「……薬の中は確認させてもらうぞ」

彼は低い聲で言った。

「問題ないっ」

即答するエターナの聲は、かすかに弾んでいた。

「ふん、ならば城の倉庫にある薬草を勝手に使え、話はつけておこう」

「禮を言う」

顔を上げて、改めて頭を下げるエターナ。

その橫を、サトゥーキとエキドナは通り過ぎていく。

「意外と優しいんですのねぇ」

角をまがり、エターナの姿が見えなくなったところでエキドナが口を開いた。

「人質に死なれては困るからな」

完全なる打算なのか、はたまた多なりとも心をかされてしまったのか。

サトゥーキの本心は誰にもわからない。

ただ、彼の口元に、かすかに笑みが浮かんでいたことは、確かな事実である。

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