《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》076 ワイルドカードの

別棟にある研究室から出ると、エキドナは壁に背中を預けて大きくため息をついた。

「長時間あの目に睨まれていると疲れますわぁ」

勇者の使う魔法、“リターン”の解析を任された彼は、その間ずっとキリルの眼にさらされている。

フラムを人質にされた彼の殺意たるや、同じ空間にいるだけで胃が常にキリキリと痛むほどである。

自分の研究だけに沒頭したいのだが、サトゥーキは己の野のために彼をこき使うことをいとわない。

まあ、そんな彼についていくと決めたエキドナの自業自得なので、誰を恨むというわけでもないのだが。

「ふぅ……こういうときはキマイラちゃんでも見て癒やされるに限りますわねぇ」

のバネで壁から離れた彼は、自分の研究室を目指して歩き出す。

だがその途中――一人の男が目の前に立ちはだかった。

今までも何度かニアミスはしてきたが、こうして直接やり合うのは初めてである。

「あらぁ、ガディオさんったら、私になんの用事かしらぁ」

彼もまた、殺意に満ちた瞳でエキドナを見下ろしている。

「せっかく同じ場所で暮らしているんだ、一度ぐらいは挨拶しておかねばならないと思ってな」

「律儀ですのねぇ、どうぞよしなに。それではごきげんよ……」

早々に立ち去ろうとする彼の肩に、ガディオの手が置かれた。

さほど力はっていないが、“絶対に逃さない”という強い意思がじられる。

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「私に手を出せば、するケレイナさんとハロムさんの命はないですわよぉ? あなた、同じ過ち・・・・を二度も繰り返すつもりですのぉ?」

振り向いたエキドナは、歪んだ笑みを浮かべ彼を煽った。

なぜガディオが自分を恨んでいるのか、その理由ぐらいはわかっている。

妻であるティアに、親友でありケレイナの夫、ソーマ。

そして仲間のジェインも、ロウも――彼の作ったキマイラに、全員が殺された。

挙句の果てには死をもてあそばれ、さらなる傷を負ったのだ。

本來ならば、ここで殺してしまいたかった。

しかしそれが許されないことぐらい、ガディオにだってわかっている。

「挨拶をしたいと言ったんだ。もうしぐらい付き合ってくれてもいいだろう、エキドナ」

「とは言ってもぉ、あなたと話したいことなんて、私にはないわよぉ?」

「俺にはある」

ガディオは、珍しく穏やかな笑顔を浮かべていた。

もっとも、目はまったく笑っていないが。

「ずっと、會えたら伝えたいことがあったんだ」

熱的ですわねぇ」

「ああ、この熱だけは一度だって忘れたことはない。今日まで、ただそればかりを考えて生きてきた」

エキドナに迫るガディオ。

は視線をそらさず後ずさるが――行き止まりだ、背中が壁に當たる。

すると彼はエキドナの頭の真橫に手を置き、至近距離で目を見開いて言った。

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「俺は必ずお前を殺す。斬り殺す。刺し殺す。毆り殺す。圧し殺す。潰し殺す。壊し殺す。全をバラバラにして原型がなくなるまでバラしてこの世から魂ごと消えてくなるぐらい徹底して殺す。殺してもまた殺す。なにがあっても、どうなろうと、俺の命を使ってでも、絶対に、殺してやる!」

押し寄せる圧倒的な憎しみ。

ただそれだけで押しつぶされてしまいそうなほどだが、エキドナはなおも笑う。

「逃げられないくせに、人質を助ける算段もないくせに、たかが人間四人が死んだ程度でそこまで――あなたったら、稚で、かわいらしい人ですのねぇ」

はガディオの首筋に指を這わせながら言った。

そして満足気に「ふふっ」と笑うと、白をはためかせながら彼から離れる。

ガディオはその姿が見えるまで、ひらひらと手を振りながら消えていく彼の背中を睨みつけていた。

「……人を実験材料としか思っていないの価値観など、そんなものか」

凄んでも意味はないのだろう。

ただの自己満足だ。

結局は、結果で示すしかない。

ここから出し、エキドナをあらゆる手段を盡くして殺すという結果を――

「やけに怖い顔をしているな、ガディオ」

「アンリエットか、なんの用だ」

エキドナとは逆の方向から現れた彼に、ガディオはしうんざりした様子だ。

今は他人と話す気分ではないのだろう。

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「間が悪かったか、し尋ねたいことがあったんだが」

「多なら付き合うぞ」

「それは助かる、聞きたいのはあのフラム・アプリコットというについてだ。確かあの娘、騎士剣キャバリエアーツを使うんだったな」

「ああそうだが、それがどうかしたか?」

「どこでにつけたものだ?」

怪訝な表で問いかけるアンリエット。

ガディオはさも當然のように言う。

「俺が教えただけだ」

「それはおかしい。旅の中で彼に訓練を付けられる時間はそう長くないはずだ、旅に出る前からすでにある程度は騎士剣キャバリエアーツをに著けていたんじゃないのか?」

「聞いているだろう? フラムはパーティを抜けるまでの間、ずっとステータスが0の狀態だった。マイナスエンチャントが反転の能力でプラスに変わることに気づいたのは、そのあとだぞ」

「だったらますますおかしい。つまり、ガディオが訓練している間は、一度も使えなかったということだろう?」

殺規則ジェノサイドアーツと比べて、騎士剣キャバリエアーツの習得にかかる時間が特別短いということはない。

どちらも同等に、につけるのが困難な剣である。

「それがお前の手を離れて、戦えるだけのステータスを得ただけで……使えるようになるものなのか?」

アンリエットの疑問はもっともだ。

仮にガディオの訓練のおかげだとしても、期間はせいぜい二ヶ月程度と、あまりに短い。

普通はありえないことだ。

そう、普通ならば――

「あれは、空のだ」

ガディオはし機嫌がよくなったのか、かすかにほほ笑みながら言った。

「ステータスが0であるがゆえに思うようにかせず、日常生活を送れないほどではないものの、他の同世代の人間と比べて圧倒的に経験がない」

「だから、常人を超越する技の吸収が可能だと? だがそれだけでは説明がつかない」

「もちろん、フラム自の才能もあるんだろう。口では説明しにくい覚を、あいつはいとも簡単に摑んでみせる」

魔法にしたってそうだ。

エターナから多のレクチャーはけたが、以降の魔法は全てフラム自が、戦いの中で編み出してきたものだ。

その習得速度は、あまりに早い。

「だが、なぜお前がそれを気にするんだ。裝備を奪われたフラムには何もできないはずだが」

「……いや、ただ気になっただけだ。取り込んでいるところすまなかったな」

不安げに表を曇らせるアンリエット。

はそのままガディオの前から去っていった。

ひとり殘された彼は、黒いコートのポケットに手を突っ込んで、もう見えない彼の背中に向かって言い放つ。

「フラムに見せたのは失策だったな、アンリエット」

そして踵を返し、自室へ向かって歩き出した。

◇◇◇

剣を握らせてしい。

フラムはそうアンリエットに頼んだ。

ステータスが0の自分が剣を握ったところで意味なんてないのかもしれない。

けれど、何かが思い出せそうな気がして、そして――何かが摑めそうな気がして。

はフラムの要求を飲んだが、一つの條件を付けた。

「……重くないか?」

ヘルマンはフラムに剣を渡して、心配そうに問いかけた。

に対するヘルマンの扱いは、どこか妹を想う兄のようでもある。

「大丈夫です、これだったら私でも振れるとと思います」

「……ならいい」

彼はそう言って安堵すると、槌を片手に自分の作業に戻っていった。

アンリエットが出した條件は、剣を握っていいのはヘルマンの部屋だけだ、ということ。

彼も副將軍の一人だ、溫厚そうに見えるが、戦闘には長けているのだろう。

もっとも、今のステータス0のフラムならば、誰だって取り押さえることは容易だし、彼も逃げる気などさらさらないわけだが。

「えいっ!」

フラムは刃渡り五十センチほどの剣を両手で握り、持ち上げ、振り下ろした。

「……ふぅ」

たったそれだけで、しきつそうに息を吐く。

そんなフラムが、普通の鉄で作られた剣など扱えるはずもなく――彼が握っているのは、ヘルマンに用意してもらった、軽い金屬で作られた剣だった。

「本當に私、剣なんて使ってたのかな……」

すでに疲労が溜まっている腕を見ながら、フラムはつぶやく。

だが確かに、はそれを覚えていた。

自分は確かに剣を――それももっと大きなものを振り回していた、その記憶が染み付いている。

脳で封じられても、に蓄積された経験は消えない。

「どうにかしてステータスを上げてた、とか?」

反転屬のせいで、0になったステータス。

訓練しても、エンチャントの付いた裝備をにつけても変しない能力を、上昇させる方法。

首を傾げて考え込むも、そんな方法はまったく思いつかない。

仕方ないのでまた剣を振る。

は自然とく、しかし脳はうんともすんとも言わない。

フラムが再び口をへの字に曲げて悩んでいると、自分に向けられた視線に気づいた。

「ヘルマンさん?」

「……気にするな」

「そうもいきませんよ、なにか私に聞きたいことでもあるんですか?」

ほほ笑みながら尋ねるフラムに、ヘルマンは気まずそうに頭を掻きながら言う。

「……妹に似ている」

「妹?」

「……俺の、妹だ」

「私が、ですか?」

彼はこくりと頷いた。

どうやら彼がフラムに優しかったのは、そういう理由らしい。

「その妹さんは今、どうしてるんです?」

「……王都」

「近くに住んでるんですね。そういえば、王都はボロボロになってましたけど、怪我とかされなかったんでしょうか」

「……問題ない」

「それはよかったです。ヘルマンさん優しいですし、仲のいい兄妹なんでしょうね」

「……會えていない」

「そうなんですか? でもなんで……王都ならすぐそこなのに」

「……忙しい」

そう言いながら、ヘルマンは火が揺らめく爐を見つめた。

「ああ、なるほど。じゃあもしかして……私って、邪魔でしたか」

「……それはない」

「でも……お仕事中なんですよね」

「……気分転換は必要だ」

彼も、こんな暗い部屋に一日中閉じこもっていては気が滅る。

無口というだけで、中は普通の人間なのだから。

そんなヘルマンにとって、フラムの存在は清涼剤のようなものだった。

アンリエットはともかくとして、オティーリエやヴェルナー、ヒューグは話していて心が安らぐ存在ではないし、彼らに比べるといるだけで気が休まる存在がどれだけ貴重なことか。

「ありがとうございます。なら、言葉に甘えさせてもらいますね」

「……それでいい」

口元を緩めたヘルマンは、また槌を振りはじめる。

その様子をしばし観察するフラム。

舞い散る火のに、響く金屬を叩く甲高い音。

目を閉じると、その音がの中で反響し、脳に刺激を與える。

以前の自分なら“うるさい”とじていたはずなのに、こうして自然とけいれられるのは、やはり記憶にないなにかが自分に刻まれているからだ。

「私の知らない私がここにはいる……」

きっと今の自分も、失われた自分からみたら、自分ではない誰かだ。

頭とが噛み合わない、気持ちの悪いずれが苛立ちを起する。

右手に握っていた剣を持ち上げ、目の前に持ってくると、よく磨かれた刀に寫る自分の顔を見つめる。

“お前は誰だ”と問いかければ、“お前は誰だ”と問い返される。

その正を確かめるように、左手の人差し指で反する自分の顔をなでた。

そのままらせ――刃で、ぷつりと指の腹を裂く。

「いっづ……!?」

自分は一、何をしているのか――フラムにも理解できなかった。

のにじむ人差し指を見ながら、呆然とする。

恐怖はなかった。

當たり前のように、自分の意志で、自分のを傷つけていた。

まるで、それに慣れている・・・・・かのように。

「私、なにやってたんだろ」

の玉が膨らみ、重力に引かれて落ち、手のひらまで流れてくる。

フラムはごくりと唾を飲み込むと、そのを剣の刃にこすりつけた。

綺麗な銀が、かすれた赤で汚される。

はぼんやりとした目でそれを見つめると、「ほぅ」と息を吐いて、腹に力を込めた。

まるで自分が自分でないような覚。

ふわふわと、夢にうかされたような覚の中、彼はぶつぶつと言葉を発する。

「……に自分の意思を導通させる」

目を閉じる。

それはかつて自分の一部だったもの。

つまりから出ていった今でも、繋がりは殘っている。

それは目にはみえない、じようとしても見つからない、しかし確かに存在しているもの。

意識する。

蜘蛛の糸よりも細いそれに、切れないように見えない手をばす。

この覚は知っている、どこかで経験したことがある、だから失敗はしない。

糸をたどり、と接続――完了。

外に排出されたことによって死につつある彼らをい立たせ』

彼らはもはや自分ではない。

それが『 』と異なる部分。

い立たせるのだ。

応援して、もう一度戦ってくれ、と熱量を與えるのだ。

とくん、とくん、とくん。

繋がった糸からまるでのように、実のない“溫度”そのものが送り出される。

聞こえるか、私の聲が。

じるか、私の心を。

今よりずっとふさわしい死に様を與えてやるぞ――そう告げると、に宿る力たちがざわつくのをじた。

あとは、従えるだけ。

「言うことを聞いて、私の意思を……!」

刃上の赤い染みが、ぐにゃりと蠢く。

従屬する。

確固たる意思に惚れた彼らは、お前にならば命を預けやろうと心を許している。

ならばあとは、敵に向かって放つだけだ。

「あとは敵に向かって――あ」

握る手に力を込め、瞳を開き、目の前にいる敵に振ろうとするフラムだが、ここには敵がいない。

それを思い出した瞬間、急速に気分が冷卻されていくのをじた、

同時に集中も切れ、と繋がっていた意思が分斷される。

「はぁ……いや、私なんかにいきなりできるはずがないじゃん、なにがっかりしてんだろ」

出來た気になっていたのは、雰囲気だけだ。

実際は、あのまま剣を薙いだところで、の刃など放てるはずも――

「……フラム」

そのとき、一部始終を見ていたヘルマンが彼を呼んだ。

フラムは彼の方を見ると、恥ずかしそうにはにかむ。

「ヘルマンさん、見てたんですか」

「……惜しい」

「いいですよ気を使わなくて、私にそんな高度な技扱えっこないんですから」

「……」

謙遜するフラムだったが、ヘルマンは彼の握る剣の刃を凝視したまま黙り込む。

釣られて彼も見てみたが、特に変化はなかった。

薄く塗られたもそのままだ。

「あ、ごめんなさいヘルマンさん、せっかく貰った剣なのに、いきなりで汚しちゃって!」

「……これを使うといい」

投げられた付近を、わたわたとどうにかキャッチするフラム。

それでを拭き取る彼を、ヘルマンは目を細めながら、さらにじっと見つめていた。

◇◇◇

ミルキットが隣の部屋に続くを開いてから一週間。

つまりかれこれ三週間近くになるだろうか――彼たちの走が終わるまでの間、ネイガスとセーラはずっと付近の山中に潛み、手紙のやり取りをしつつ、施設の様子を観察していた。

言うまでもなく、その時間は暇である。

もちろん、近場の町で王都でなにが起きているのか報収集をしたり、施設の構造を調べたり、キマイラの正確な數を把握したりとやることは多いのだが、それでも時間つぶしには限界がある。

しかも、いつミルキットたちが走を始めるかわからない以上、この場を離れるわけにもいかず――

「ネイガス、これ飽きないんすか?」

「んー? ぜんぜーん」

ネイガスはひたすらに、セーラをでていた。

的には足の間に座らせて、後ろからハグする、ただそれだけ。

別にこれだけをしているわけではないのだ、セーラの希で魔法の訓練だってやったし、その他のトレーニングも一通り行っている。

だが彼に魔法を教える條件が、“自分にを委ねること”だったわけだ。

もちろん『このド変態!』と罵られてメイスで半殺しにされようとしたが、怒られてし嬉しそうなネイガスが気持ち悪かったので途中でやめた。

「ところでネイガスは、なんでおらにここまでべったりなんすか? その理由がよくわからないんすよ」

「一目惚れ。最初に會ったときにかわいいって言わなかった?」

「言ってたっすけど、本當にそれだけなんすね……」

「かわいい子をでるのに理由なんていらないわ!」

熱弁するネイガス。

白けるセーラ。

だがもはや、彼から魔族に対する嫌悪は完全に消え失せていた。

を包み込むらかくて溫かいも、まあ悪くないと思ってしまっている。

「もちろんセーラちゃん限定ね。誰にだってこういうことをするわけじゃないわ」

「わかってるっすよ、それぐらい」

が伝わってる!」

「気持ち悪さの間違いっす」

そんなやり取りしていると――空からひらひらと、白い紙が落ちてきた。

「帰ってきたわね、今日の経過報告」

ミルキットたちとは、毎日定期的に連絡を取り合っている。

出手段を確保したことも、すでに把握していた。

そして今日の報告には、ついに――

「決行は明日の朝だそうよ」

そう、書かれていた。

「思ったより早かったっすね」

「そうねえ、上手く行ってくれるといいんだけど……走に関しては、私たちはどうにもできないのが辛いところだわ」

キマイラひしめくあの施設に突し、全力の風魔法で外に出てきた四人を救出する――ネイガスにできるのは、それが一杯だ。

部に侵して、走そのものをフォローするのは不可能である。

「失敗して、もっと厳しい場所にれられたりしたらマズくないっすか?」

「當然まずいわ。でもこれ以上に長引けば、その前に戦爭が始まってしまう可能だってあるもの、待ってる余裕はないのよ」

すでに施設から何百というキマイラが送り出されていた。

向かう先が魔族領のある北でないのが気になるが、王國が開戦の準備を著々と進めているのは間違いないだろう。

「だから私には祈ることしかできないわ。お願いだから功してよね……あなたたちに、魔族の命運がかかってるんだから!」

命運を勝手に背負わされた二人は、それぞれ“ご主人様に會いたい”、“エターナの聲が聞きたい”としか思っていないのだが――走の否で世界の行く末が決まるのもまた事実。

夜が更け、が昇り――それは王國の辺境で、ひっそりと始まりを告げるのだった。

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