《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》078 バーサーカー

ライナスが人質が出した報を摑む一方で、フラムは記憶を取り戻せないまま隔離されていた。

とにかくやることのない彼は、自室で暇を持て余す。

ヘルマンの部屋に行けば剣を振ることができるが、彼にも仕事がある。

毎日り浸るわけにもいかない。

そんな彼の退屈を紛らわせるためか、ここ數日はアンリエットが部屋を訪れるようになっていた。

罪滅ぼしの意味合いもあったのかもしれない。

相変わらずアンリエットに対して抱く苦手意識は消えないものの、あれが偶発的な事故であったことは理解した。

どうやらアンリエット自もあの癖・・を良くは思っていないらしく、いつか克服したいと考えているらしい。

もっとも、に染み付いた衝がそう簡単に消えるはずもなく、目処は立っていないらしいが。

「オティーリエさんって、以前からああだったんですか?」

二人の共通の話題といえば、もっぱらオティーリエに関することである。

フラムにとっては彼の存在そのものがトラウマなので、できれば思い出したくはないのだが――今も同じ建で生活しているのだ。

命令により接じられているものの、近くにいると思うだけで気が気ではない。

アンリエットに彼のことを尋ねるついでに、なにか弱點でも聞き出せないかと期待していた。

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「ああ、子供のころはまだ可げがあったんだがな、いつからか……いや、私が仕事で相手してやれなくなった頃から、しずつ歪んでしまった」

「それであんなに、アンリエットさんのことを」

アンリエットはい頃から、オティーリエと近所で暮らしていたらしい。

で、家ではあまりいい扱いをけていなかったオティーリエは、彼のことを姉のように慕った。

しかしある日、アンリエットが軍にると、今までのように一緒に過ごすことはできなくなってしまった。

會えない日々が長引くほどにオティーリエはに狂い、そしてしいお姉様にしでも近づくために剣を握ったのである。

と、まあ――アンリエットは、彼が歪んでしまったのを、會えなかった時間のせいにしているようだが、実際はそれだけが原因ではない。

どうやらい頃から特定の相手のを好む歪んだ癖は健在だったらしく、二人は親に隠れてひっそりと、を舐めあっていたらしいのだ。

“まずいことをした”という自覚のあるアンリエットは、決してその事実を他人に語ることはないが。

「獨學で私と同じ剣技をに著け、副將軍になれるほどの実力をに著けたんだ。王國軍のトップとしては喜ぶべきなのだろうが――なかなか、手放しではな」

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はっきり言って、狂的である。

師も付けずに、誰の教えも乞わずに、自分一人の力だけで殺規則ジェノサイドアーツを習得するなどと、常識ではありえない。

周囲はそんなオティーリエのことを“剣技の天才”だと稱賛しているらしいが、そうではないのだ。

「アンリエットさんは、オティーリエさんのことが嫌いなんですか?」

「それは無いな」

アンリエットは斷言する。

「でなければ、い頃から可がったりはしないだろう。今でも私にとっては可い妹分だよ」

「それなら……私がこういうことを言うのはおかしいかもしれませんが」

ためらいがちに、フラムは言った。

「いっそ、彼の気持ちをれてしまえばいいんじゃないですか?」

“そうすれば犠牲者は減ります”、とまでは言わなかったが、察しのいいアンリエットには伝わっていたかもしれない。

オティーリエが暴走するのは、お姉様が自分以外の誰かのものになってしまうかもしれない、という不安のせいだ。

だから規律を破ってでも、邪魔者を排除しようとする。

だったら、アンリエットが彼の想いをれてしまえば、のゆらぎは排除できるはずなのだ。

しかし、彼は首を振って否定した。

「無理だな、誠実ではない」

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その答えは、フラムが思っていたのとし違っていた。

誠実さを求めているということは、アンリエットはオティーリエのことを真剣に考えているということ。

つまり、脈がないわけではない。

だからといって、フラムが何かを思うことはないはずなのだが――なんとなく、もやっとする。

いや、フラムにとっては、二人が通じ合って、これ以上被害者が増えないのがベストなのだが。

しかし、オティーリエの二面と、鬼のような形相を想起すると、どうしても思ってしまうのだ。

――あれのどこがいいんだろう、と。

「ヴェルナーにも以前、似たようなことを聞かれてな。それで同じように答えた」

「はあ、そうですか」

「そしたらな、今の君と同じような微妙な反応をしていたよ」

ヴェルナーのことはあまり好きではないが、今ばかりは共するしかない。

アンリエットは苦笑しながら、言葉を続ける。

「オティーリエは、いつも私の前だと必死で、頑張っていて――まあ、なんというか、素直で可い奴なんだ」

好きな人の前なら頑張れる。

その気持ちは、フラムにだって理解できる。

おそらく他人の知るオティーリエと、アンリエットの知るオティーリエは、まったく別なんだろう。

「貓をかぶってるんじゃないですか」

「逆だよ、そっちが素のオティーリエなんだ。他人の前に出る彼はいつだって気を張りすぎている」

やけに好意的な解釈だ。

まあ、馴染というのなら、そう思ってしまうのも仕方のないことなのかもしれない。

あの形相は、“気を張っている”の一言で済ませられるものではない、とフラムは思うのだが。

「アンリエットさんの言葉でどうにかしてリラックスさせられないんですか?」

「それがな、私は周囲からはよくこう言われるんだ。お前はオティーリエの扱いが下手だな、とね」

確かにオティーリエは、アンリエットがその気になれば、好きにることができる人間なのかもしれない。

甘い言葉一つで、死ぬまで盡くしてくれるだろう。

しかし、彼はそうしない。

誠実ではないから。

人類のはどれもが等しく尊い、それに対して打算で向き合うことは許されない――そう考えているのだ。

「だがその結果、君の心に大きな傷を負わせてしまった。そろそろ私も考え直す時期にきているのかもな」

果たして彼は、より近づくつもりなのか、はたまた離れるつもりなのか。

後者だった場合、被害はより拡大する可能が大きいのだが――そのリスクに、彼が気づいていることを祈るばかりだ。

「私にはよくわかりませんが、もう顔を合わせることさえ無ければ、それだけで十分です」

「それは何度も言い聞かせている。なにがあっても近づくなと念を押したんだ、おそらくもう大丈夫だろう」

“おそらく”と言わず斷言してしい。

だが、オティーリエは別に謹慎を命じられたわけでもない。

罰もなしに彼の自由を奪う権限は、いくらアンリエットと言えど持っていないのだ。

だから、言い切ることができない。

オティーリエに関する話題が一段落すると、アンリエットは「まだ仕事が殘っているんだ」と言って部屋を出ていった。

ひとり殘されたフラムは、ぬるくなった、し甘めのお茶を胃袋に流し込む。

釈然としない気持ちと一緒に飲み込んでやるつもりだったが、落ちていったのはだけ。

「私、これからどうなるんだろ……」

空っぽのティーカップの中を見つめ、ぼやく。

まだ記憶は戻らないし、外に出してもらえる様子もない。

かと言って、ここに殘っていても特にやることもなく、命じられることもなく――毎日ひたすらに、不安だけが膨らんでいく。

気分が沈み、ネガティブ思考がフラムの頭を支配しそうになると、ノック音が思考を遮った。

アンリエットが忘れでもしたのだろうか。

小走りでドアに近づき、「誰ですかー?」と言いながら開く。

「ごきげんよう」

――満面の笑みでオティーリエが言った。

「ひっ……!」

さっとの気が引き、全に鳥が立つ。

ぼうとしたが聲にならない。

慌ててドアを閉めようとするフラムだが、素早く足が挾み込まれてしまう。

それでもドアノブを両手で引っ張る。

だが、ステータス0の彼の力など、オティーリエにとっては無いも同然。

片手であっさりドアを開くと、フラムの襟首を摑んで顔を近づけた。

「っ……う……ぅ……っ」

フラムは目に涙を浮かべながら、を小刻みに震わせる。

一方でオティーリエは相変わらず笑顔のままで、首を傾げて彼に言った。

「ついてきてくださるかしら?」

そして、手を放して解放する。

背中を向けて歩きだしたオティーリエを、フラムはぺたりと座り込んで眺める。

しかし、ちらりとこちらを振り向いた、その殺意に満ちた眼をみた瞬間、慌てて立ち上がり、よろよろとおぼつかない足取りで彼を追った。

廊下に出てすぐの場所に、見張りと思しき兵士が二人ほどぐったりと倒れていた。

◇◇◇

オティーリエはうまく兵士のいないルートを選び、王城の、薄暗く埃っぽい部屋までフラムを連れてきた。

広い室の壁には、いくつかの剣が飾ってある。

他にも、壁になにかが飾ってあった形跡や、なにも著ていないトルソーが置かれている。

さしずめ、倉庫跡地と言ったところだろうか。

壁に歩み寄るオティーリエ。

一番小さな剣を見繕うと、彼はそれをフラムの前に投げつけた。

はカランッ、という音にすらを震わせる。

「持ちなさい」

仮面のように変わらない笑顔のままで、首を傾けてオティーリエは言う。

従うしかなかった。

従わなければ殺されるような気がした。

汗のにじむ手で、刃渡り五十センチほどの剣、その柄を握り拾い上げる。

するとオティーリエはにやりと笑った。

「これで、決闘・・が立しましたわね」

「え、それってどういう――」

フォンッ!

は問答無用で剣を抜き、フラムに斬りかかる。

的に後ずさったフラムだったが、切っ先は彼の右腕を裂いた。

「あぐっ! ぐ……あ、あぁ……っ!」

傷口を押さえ、に濡れた手のひらを見て顔面蒼白になる。

「痛い……痛いよぉ……っ!」

には経験も覚悟もエンチャントもない。

痛みはダイレクトに脳に屆くし、傷はいつまでもじくじくと痛んだ。

何より敵意を持った相手から、人を殺すための武で斬りつけられる恐怖が、その痛みを増幅させる。

「痛い? 痛いですってぇ? この程度で……このぐらいでっ、わたくしの怒りが収まるわけ……ねえだろうがよぉぉおおおおおッ!」

激昂し、フラムに薄。

オティーリエはまた彼ぐらを摑むと、剣を握ったままの右手で頬を毆りつけた。

「あううぅっ!」

フラムは吹き飛ばされ、背中から壁に激突する。

「は……はっ……ひっ……ひゅ……っ」

衝撃と恐怖の底に沈むが、彼の呼吸を阻害する。

肺が痙攣したように振し、思うように全に酸素が回らない。

も自由にかず、歩み寄るオティーリエを涙でぼやける視界で見るので一杯だ。

「あなたはぁ、お姉様とぉ、何をやってましたかぁ?」

「わ、わたし……は……っ」

「あなたはぁ、お姉様とぉ、何をやってたかって聞いてんだよぉおおおッ!」

刺突がフラムの顔面の真橫に突き刺さった。

「ひぎゅぅ……ッ!」

髪が數本舞い落ち、耳の郭がぱっくりと裂ける。

痛かった。

とにかく、腕も耳も痛くて、なんで私がこんな目に合わなくちゃならないんだ、と自然と涙がこぼれ落ちた。

あまりに理不盡だ。

神様だか將軍だか知らないが、こんなことが許されるはずがない。

だからあれだけ嫌だって言ったんだ、強引にこんな場所にまで連れてきておいて、どうしてこんな苦しい思いをしなければならないのか。

「う……うぐ……っ、わたし……なにも、しでない……っ」

「噓ばっか言ってんじゃねえよこのアバズレが!」

バチィンッ! と全力のビンタがフラムの頬を強襲する。

その衝撃で、彼は床に崩れ落ちた。

ぶたれた場所に手のひらを當て、嗚咽をらしていると、

「はぶぇっ!」

さらにその顔に、彼の蹴りがめり込む。

フラムはのけぞり、後頭部と壁に強打した。

意識すらゆらぎ、ぐったりと床に寢そべる。

「お姉様と、わたくしの・・・・・お姉様とぉぉぉ、同じ部屋で呼吸してぇ、あまつさえ、言葉までわしただろうがあなたはああぁぁぁああッ!」

かすれたびが部屋に反響する。

オティーリエはその聲とともに、全力でフラムの腹を蹴りつけた。

「うぶっ……ぐぇ……え、ぐ……」

口から唾が吐き出される。

さらにオティーリエは繰り返し執拗に腹部を蹴りつけ、踏みつけた。

ついに耐えきれなくなったフラムの口から、吐瀉が溢れ出る。

「きったねえなおい! その汚え口でお姉様と會話してんのかよ同じ空気を吸ってたのかよぉッ! それが許されるわけねえぇぇぇぇだろうがよぉぉおおおッ!」

「あぐっ、ぐ、ぶふっ……ぶぇ……っ」

「斷罪っ、斷罪っ、斷罪いいィィィっ! この罪人がッ、てめえなんざ満場一致で死罪なんだよ私とお姉様の楽園を邪魔する汚があぁぁぁぁッ!」

無抵抗に蹴られることしかできないフラム。

は聲には出さない――いや、痛みと苦しみで出せなかったものの、ひたすらに助けを乞うていた。

(助けて……お父さん、お母さぁん……私、何もしてないよぉ……早く帰りたいよぉ……っ)

なにが罪なのか。

なぜ罰をけなければならないのか。

記憶なんてもうどうでもいい、お願いだから解放してしい。

(マリン……パイルぅ……! 戻りたいよぉ……私を、パトリアに、戻してえ……戻してよおぉ……!)

故郷にいる両親や友人の姿を思い浮かべる。

ただただしかった。

なんてまともにできなかったし、みんなに迷をかけることも多かったけれど、幸せだったのだ。

多くはまない。

ただ故郷で、自分は――

(……あれ? なんか……違う、ような)

フラムの本能が、そう訴える。

奧底に眠るが、それはお前の真のみではないと主張している。

(私は……私が、しかったのは……)

故郷に帰りたい、その想いは消えていない。

けれど、どうせ平穏に暮らすなら、もっと一緒にいたい誰かがいたはずだ。

きっとそれは、フラムがをした相手。

記憶はすぐそこにあるのに、なぜか、まるで異が邪魔しているかのように思い出せない、おしい誰か。

「はぁ、はぁ、はぁ……ああぁ、いくら痛めつけたって意味ねえんだよなぁ……存在が許せねえ、ここにいることが許容できねえ」

どれだけ蹴りつけてもオティーリエの怒りは収まらない。

いや、そもそも最初から、暴力が目的ではなかったのだ。

「こんな、存在してるだけお姉様を汚す、くっせぇ雌はぁ――」

オティーリエは握った剣を、高く掲げた。

は殺すために、この世からお姉様を汚染させた忌むべき存在を消し去るために、フラムをここまで連れてきた。

まるで斬首臺ギロチンのように、フラムの頭上で銀の刃がきらめく。

(……邪魔、だ)

フラムは思う。

自分をなにもかもが、理不盡で、勝手で、そのくせ他人を巻き込んでばかりだ。

オティーリエも、自分の記憶を封じたこの、脳に存在する、不要な異も。

「死んじまえよなぁぁぁぁああああああッ!」

はむき出しの本で刃を振り下ろし、処刑を開始する。

フラムはその景をぼんやりと見ながら、なぜか・・・放さず持っていた剣を強く握った。

傷口から滴るは腕を伝って流れ、刃を濡らしていた。

◇◇◇

自室に戻ったアンリエットが椅子に腰掛けると、それとほぼ同時に誰かがドアを叩いた。

「誰だ?」

「……アンリエット、話がある」

「ヘルマンか、っていいぞ」

室したヘルマンは、見てわかるほど暗い表をしていた。

の抑揚が乏しい彼にしてはかなり珍しい。

「どうした、なにかあったのか?」

「……フラムが、いない」

「まさか――」

「……部屋の前で、兵が倒れていた」

アンリエットはその時點で、なにが起きたのかを察した。

あれだけきつく言っておいたのに――いや、ひょっとするとそれが逆効果だったのだろうか。

“どうしてお姉様はそこまでフラムのことを大事にするのですか”と、彼を逆でしてしまったのかもしれない。

だから周囲から、オティーリエの扱いが下手だと言われるのだ。

「ヘルマン、手分けをして彼を探すぞ!」

「……了解した」

二人は部屋を飛び出し、別々の方向へ駆け出そうとした。

しかし、そのとき――

「ぎゃああぁぁぁぁっ!」

城のどこかから、の悲鳴が聞こえてくる。

距離はそう遠くはない、おそらく同じフロアだろう。

アンリエットとヘルマンは目を合わせ、聲が聞こえてきた場所へと向かう。

何度か角を曲がり、到著したのは、今は使われていない倉庫の跡地。

周囲にひと気はない。

こっそりフラムを連れ込むには、うってつけのロケーションだ。

アンリエットはすぐにドアを開き、室に突した。

「オティーリエッ!」

は加害者・・・の名をんだ。

しかしそこで二人が目撃したのは、想像とはまったく異なる景だった。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

フラムは傷だらけながらもしっかり両足で立ち、肩を上下させ荒い呼吸を繰り返し、両手で剣を握っている。

一方でオティーリエは――

「あ……あぁ、痛い、痛い、痛いぃィ……!」

顔の右半分に刻まれた裂傷を、まみれの手で必死に抑えている。

「どうして……どうして、てめえがそれを……!」

指と指の隙間から、オティーリエはフラムを睨みつけた。

まだ殺意は萎えていない。

いや、むしろ先ほどまでよりも強くなっている。

殺規則《ジェノサイドアーツ》を使えるんだよぉぉぉおおおおッ!」

オティーリエはぶ。

それは彼にとって、自分とアンリエットを繋ぐ絆だった。

だが、フラムはそれを汚した。

許されざる罪だ。

だから聲にありったけの憎しみと怒りを込め、彼にぶつける。

「ふうぅ……」

しかしフラムはじない。

落ち著いて呼吸を整え、そして毅然とした表で、刃の先端をオティーリエに向ける。

さっきまであれだけ怯えていたのに、不思議と今は、その殺意を真正面からけ止められるようになっていた。

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