《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》081 ミッション・スタート

ライナスの部屋に、外から一枚の紙きれが舞い込んだ。

奇跡的にも窓ガラスの隙間からり込んできたそれを、デスクに向かっていた彼は椅子から立ち上がり拾った。

「やっと來たか」

口元に笑みが浮かぶ。

フラムが牢獄にれられたときはどうなるかと思ったものだが、彼に加えてネイガスまで味方についたとなれば、もはや恐れるものは何もない。

彼はデスクの上に転がっていたペンを手に取ると、返事を書いて同じように窓の隙間から外に出す。

すると紙片は風に乗り、來たときと同じルートをたどってネイガスのもとへ戻っていった。

「人質を取ろうが、記憶を奪おうが、全ての人間のきを制出來るわけじゃない。人と人の繋がりを甘く見すぎたってこった」

そう言って再び椅子に座ると、今度はペンも握らずに背もたれにを預け、天井を見上げた。

どうにもならないことなんて何も無い。

今は袋小路に見えても、必ずどこかに抜け道があるはずだ。

「戦いさえ終われば……時間はいくらでもある、そういうことでいいんだよな?」

できれば、心の底から信じたかった。

しかし――

「いや、やめとこう」

彼はそう言って首を左右に振った。

戦いが終わったあとのことに思いを馳せても仕方ない。

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今はただ、彼とともに、城から出することだけを考える。

◇◇◇

ネイガスはライナスからの返事を摑むと、記された容をみなの前で読み上げる。

「『出の手はずは整ってる、あとはあんたたちさえ協力してくれればいつでも決行可能だ』」

「なんだか、おらたちが來ることを知ってたみたいな口ぶりっすね」

「人質救出の報せを、どうかにして聞いたのかもしれないわね。そういうのが得意な男なんでしょう、このライナスっていうのは」

単純な戦闘だけではなく、潛や諜報、未探索地域の開拓など、様々な依頼をけ、Sランクまで上り詰めたのがライナスだ。

戦闘力ではガディオに劣るが、パーティにおけるトータルの貢獻度では、ひょっとすると彼の方が上だったかもしれない。

「『こちらにも協力者がいる。手を借りて、作戦はキリルちゃんにも伝達済みだ。だが大きな問題がひとつある』」

「……それって」

ミルキットの表が曇る。

大きな問題――それがフラムに関連していることは、なんとなく予想できた。

「『フラムちゃんは、記憶を奪われた上に、地下の牢獄に閉じ込められている』」

大きく見開かれる目。

そして彼の震えるが、弱々しい聲を紡ぐ。

「そんな、記憶を奪うだなんて……」

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ミルキットを最初に支配したは、恐怖だった。

主は自分のことを忘れてしまったかもしれない、顔を合わせた瞬間に他人として扱われてしまうかもしれない。

自分だけを置いてけぼりにして、遠くへ行ってしまったような気分――

「ミルキット……」

インクは心配そうに、ミルキットの服の袖を握った。

「完全に記憶を奪う魔法なんて聞いたことがない、きっと封じてるだけよ」

「それなら、他の魔法で回復できるかもしれないっすね」

落ち込む彼を勵ますように、二人は言った。

しかし、ミルキットはそこまで沈んではいなかった。

確かに最初こそ恐怖したが、すぐに否定したのだ。

ご主人様が、私のことを忘れるはずなんて――無い。

後ろ向きに考えるなら、“そう思わざるをえなかった”。

自分のことを忘れてしまった、それを認めてしまえば、心が壊れてしまう。

それほどまでに強くフラムに依存している。

しかし、前向きに考えるなら、“信じている”。

二人は強いで結ばれていて、たとえ記憶を失ったとしても、顔を見た瞬間に思い出してくれるはず。

もし記憶が戻らなかったとしても、互いのはそこに殘っているはず。

だから怖がることなんて無い。

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そして同時に芽生えるのは、強い使命だ。

何があってもフラムを牢獄から連れ出し、抱きしめなければならない、と。

「平気です。ご主人様が私のことを忘れるはずがありませんから」

「お熱いねえ」

ケレイナが茶化すような言葉に、ミルキットは「あつい?」と首を傾げながらきょとんとしている。

「となると、フラムちゃん救出作戦には、セーラちゃんとミルキットちゃんの二人が適任かもしれないわね」

「救出作戦、っすか?」

「ええ、どうもそっちに関しては、走が一杯で手が回らないみたいよ。だから私のと、英雄の走で混している隙に忍び込んで、フラムちゃんを奪取するってわけ」

セーラ一人では荷が重いようにも思えるが、フラムの裝備さえ取り返すことができれば、彼も立派な戦力だ。

仮に邪魔がったとしても、キマイラなら人狼型ぐらいまでなら対処できるだろう。

「あたしの出番はないのかい?」

「ケレイナは、ハロムとインクも一緒に、先に王都の外に出ておく方がいいかもしれないわ」

「蚊帳の外ってじだねえ」

「子供を守るのも大事な仕事よ」

ネイガスはハロムの頭をでながら言った。

最初こそ怯えていたハロムだが、今は気持ちよさそうに目を細めている。

「私も一緒くたに子供扱いされてる……」

「事実じゃない、すねないの」

不満げなインクに、ネイガスは苦笑するしかなかった。

「ガディオも、あなたたちが無傷でいることを願ってるわ」

「……そうだね、わかった」

そこまで言われると、ケレイナは納得せざるをえない。

「あとはウェルシーだけど……」

「私はー、別に王都から出するつもりはないから。『英雄たちは人質を取られ、サトゥーキに協力するのを強要されていた』って記事でも書いて、をサポートしよっかなー」

ウェルシーは白い歯を見せながら、「にしし」と笑った。

英雄の走とタイミングを合わせて新聞を配れば、人々もしは記事を信じるかもしれない。

しでもサトゥーキに対する不信が生まれれば、彼の味方は徐々に増えていくだろう。

これは彼にとっても、絶好のチャンスだった。

「さて、そうと決まれば、返事をしておきましょうか」

「何を書いて返すんすか?」

立ち上がったネイガスは、得意げに不敵な笑みを浮かべ、言った。

「決行は明日、夜明け前」

どうやら彼は決め臺詞のつもりで言ったらしいが、セーラには効果がないようだ。

し呆れた顔をしながら口を尖らせる。

「……早すぎないっすか?」

「誰もが早すぎると思うぐらいでちょうどいいのよ、長居するほど見つかるリスクは増すのよ? 本當なら今すぐにでも始めたいぐらい」

さすがにそれでは、ライナスたちの都合が合わないので自重はしている。

しかしネイガスとしては、こんな敵地のど真ん中からは早いところおさらばしたいのだ。

「とにかくそのつもりで、特に準備することが無いんなら、今のうちから睡眠でも取っておくといいわ」

そう言って彼は、ウェルシーからペンを借りて返事を書きはじめた。

他のメンバーは、明朝と言われてもいまいちピンと來ていない様子だ。

だが、來ても來なくても、決行日時が変わることはない。

そのときが來れば、嫌でも現実に直面することになるだろう。

◇◇◇

王城、醫務室。

長らく眠りについていた赤髪のは、薄っすらと瞳を開けた。

同時に記憶も蘇ってくる。

を抑えきれずにフラム・アプリコットに暴行を働いたこと。

そして、それをお姉様・・・に咎められ、絶して腹を切ったこと。

だがこうして意識があるということは、死に損なったのだろう。

するお姉様に嫌われた瞬間、オティーリエの存在意義は喪失する。

生きている意味などないと、心の底からそう思った。

今でも同じように考えている。

なぜここに存在しているのか、彼に想われる以外に価値の無い自分が。

生まれた瞬間から今に至るまで、頭のてっぺんからつま先まで、余すことなく全てがアンリエットのものだ。

時間も労力も何もかもを彼に捧げてきた。

副將軍になったのも彼のため。

心臓がいているのも、を巡っているのも、全て。

なぜそこまで、オティーリエがアンリエットに心酔しているのか、彼にもよくわかっていない。

心ついたときから、近所で暮らしていた彼のことを“おねーさま”と慕っていた。

である彼には、家族での立場が弱かったこともあるのかもしれない。

だから家族は唯一人、がつながっていなくとも優しく接してくれた、アンリエットだけ。

理由らしい理由はそれぐらいだろうか。

他はわからない。

オティーリエはそういう人間だった、それ以外に説明できる言葉が見つからない。

「お姉様……」

見る夢も、む將來も、全てお姉様のために。

そんなオティーリエが、アンリエットの幻影を見てしまうのは日常茶飯事であった。

の想像は実にリアルで、その日に見たアンリエットの髪のはねから服の皺まで、一度見ただけで全てを鮮明に記憶することができた。

だから視界に寫る姿がどんなに鮮明でも、不自然だとは思わない。

それは幻だ。

お姉様は自分を見捨てた、そんな彼が自分の手を握りながら、微笑みかけてくれるはずがない。

「お姉様、わたくしは……」

「まだ本調子ではないのだろう? ゆっくり休むといい」

聲まで聞こえてきた。

アンリエット特有の、甘い匂いも漂ってくる。

手にはとぬくもりもあった。

なんて現実味のある夢だろうか。

いくらオティーリエでも、ここまで再現するのは困難だ。

の淵に沈むあまり、現実逃避が進み、幻視能力がここまで長してしまったのだろうか。

あるいは――実

「そこに、いるのですか?」

「ん? ふふっ、まだ寢ぼけているのか。私は本だぞ、アンリエット」

夢というのは、得てして不自然に現実アピールをするものだ。

信じられなかった。

「その目は疑っているな? よし、なら嫌でも本だということをわからせてやろう」

そう言ってアンリエットは布団の中に手をばし――橫腹を、人差し指でつついた。

「ひゃひいんっ!?」

オティーリエの全に、甘いが電撃的に走る。

的にがびくんと跳ね、非常に恥ずかしい聲が出た。

その反応を見て、アンリエットは子供のようにケラケラと笑っている。

「ははははっ、相変わらずここが弱いんだな、オティーリエは」

以前はよく、後ろからいきなり橫腹をられていたものだ。

それでも子供の頃の話で、ここ數年は無邪気なやり取りも減っていたが。

「お姉様ぁ……変なことしないでくださいませ……」

「変か? これぐらいなら私たちの間柄なら普通だと思っていたが」

アンリエットは気づいていないかもしれないが、オティーリエはくすぐったいから反応しているわけではないのだ。

文字通り橫腹が“弱い”――つまり、そういうことであって。

しかも相手がアンリエットとなれば、そりゃあだって跳ねる。

に手を當て、バクバクと高鳴る心臓を鎮めると、オティーリエは大きく息を吐いて、彼に尋ねた。

「どうして、お姉様がここにいますの?」

打って変わって真剣な表の彼に、しかしアンリエットはほほ笑みながら答える。

「フラム・アプリコットに説教されてな」

あの憎きフラムの名前が出てきたことに、オティーリエの心中は穏やかではない。

「……なにを、です?」

「ざっくり言うと、“お前の認識は甘い”、だな。まったくもって言う通りだ、私は自分がやってきたことを過小評価していた」

「あの、お姉様に対して偉そうに……!」

「ははっ、だが事実だ。オティーリエが私のことをどう思っているのか、現実が見えていなかったんだよ」

「私が、お姉様を……?」

アンリエットは布団越しに、オティーリエの腹に手を置いた。

「痛かっただろう」

「自分でやったことですから」

「いいや、これは私の罪だ。だからけじめを付けなければならない」

しっかりとオティーリエの目を見て、彼は言い放つ。

「なあオティーリエ、軍をやめるつもりはないか?」

それは――オティーリエにとって、ある種の死刑宣告だった。

軍から抜けてしまえば、ただでさえ忙しいアンリエットのそばにいることはできない。

もはや他人。

家族はおろか、人はおろか、地面を這いずる羽蟲に等しい存在になってしまう。

オティーリエは瞳に涙を浮かべ、を咬む。

するとアンリエットは、慌ててこう続けた。

「ああ待て、違う、違うんだ! 軍を辭めるだけではなくてな、その……私の屋敷か、それか書でもいい。戦いに関係ない場所で、私のサポートをしてしいと思ったんだ」

「……へ?」

「力が無ければ近くにいられない、その思い込みがお前を不安にさせていたんだろう?」

オティーリエは、アンリエットを無條件に信仰する一方で、彼から與えられるを信用していなかった。

いや、一概にオティーリエのせいとはいえない。

アンリエットも、相手が無條件でついてきてくれる狀況に甘えて、自ら報いようとはしなかったのだから。

「言葉で伝えても信じるのは難しいだろう。だから、立場を変えることでわかってほしいと思ったんだ。もちろん、今の地位に比べれば見劣りするが、それは――」

「お姉様……」

「ん?」

「本當に、よろしいんですの?」

まだ涙は乾かない。

しかし今、彼の瞳を潤ませているものは、悲しみではなかった。

圧倒的な、許容量を超える喜びが――全を満たしてもなお容量が足りず、溢れ出そうとしている。

自分の都合で、副將軍という地位を剝奪してしまうことを申し訳なく思っていたアンリエットは、「杞憂だったな」と笑った。

まったくもってフラムの言う通りだった、そう痛する。

甘く見ていた。

相當好かれているとは理解していたが、その程度の言葉では足りなかった。

の誠実さなど――オティーリエのの前には、あまりに些細な問題だったのだ。

「むしろこっちの臺詞だ、本當にそれいいのか?」

「ふ、ふふふ……うふふふふっ、愚問ですわお姉様ぁっ!」

がばぁっ、とベッドから起き上がると、アンリエットに抱きつくオティーリエ。

の表には、実に幸せそうな満面の笑みが浮かんでいた。

「いつやめたらよいのでしょうか、明日? それとも今日!?」

「そう慌てないでくれ、軍が混してしまう」

「オティーリエは今すぐにでもやめたくてたまりませんの! お姉様のおそばにいられるのなら、わたくしは地位も、命だって即刻差し出してみせますわ!」

「落ち著けオティーリエ、せめて魔族との戦爭が終わるまではな」

「魔族! 魔族との戦爭ですわね!」

テンションが有頂天にまで達したオティーリエの聲は、完全に上ずっていた。

さらに言えば目つきもおかしいし、表はとてもではないが他人に見せられるものではない。

は力いっぱいアンリエットに抱きつきながら、鼻息荒く、興しながら言い放つ。

「今のわたくし、誰にも負ける気がしませんわ! 魔族にも! フラム・アプリコットにも! 世界中の、誰にもっ! あっはははははははぁっ!」

のけぞり、高らかに笑うオティーリエ。

地下の牢獄で、膝を抱えてうずくまるフラムは、まだ知らない。

自分の発言で、天敵であるオティーリエが完全に復活してしまったことを――

◇◇◇

そして宵が過ぎ、空は暗闇に包まれ、王都は靜かに寢靜まる。

もはや顔を隠す必要もなし、とローブをぎ去り、堂々と歩くネイガス。

ケレイナとハロムは外へ出済み、ミルキットとセーラは所定の位置に潛み、ウェルシーは新聞の束を片手に中央區へ向かう。

一方で城

ライナス、エターナ、ガディオの三人は、約束の時間に備え気を研ぎ澄ます。

キリルは、自分に走計畫を伝えてきた彼・・の存在に不安を抱きながらも、同じく時間を待った。

何も知らないはフラムだけ。

は牢獄で橫たわり、呑気に寢息を立てる。

星の明かりも分厚い雲に遮られ、黒が支配する夜明け前。

ネイガスは、高くそびえる城を仰ぎ、両手に魔力を渦巻かす。

――定刻。

放つは全全霊の、ド派手にぜる反撃の狼煙。

「ウインドバースト――イリーガルフォーミュラッ!」

ゴオォッ!

出される風のスフィア。

旋風の球は、城壁に接すると同時に盛大に炸裂した。

それと時を同じくして、城の彼らも、城外の彼らもき出す。

「今度は俺たちが好き放題やる番だッ!」

部屋を飛び出したライナスがにやりと笑う。

好き放題やられた・・・・英雄たちの逆襲が今、始まった。

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