フラムとオティーリエ、二人の剣がぶつかり合う。

かたや巨大な両手剣、片や片手でも扱えるブロードソード。

衝突すれば、當然のように一撃の重さで勝るフラムが打ち勝つ。

だが、その程度を理解していないオティーリエではない。

彼の剣より滲み出したが刃を伝い、魂喰いにれる。

そして次の瞬間――捕食するように、の網が黒い刃を包み込んだ。

「殺規則ジェノサイドアーツッ！？」

「絡新婦アラーネアと言いますの、絡め取ってあげますわぁ！」

を網のように展開し、相手を絡め取る剣技――絡新婦アラーネア。

彼の放つ赤い糸は、刀だけでなく柄にまで至り、そしてフラムの手を捕えようとしていた。

とっさに魂喰いを消し、後退するフラム。

「読まれていないと思っていまして！？」

彼だってわかっている、離れたところで次の攻撃が來るだけだ。

地面に突き刺されるオティーリエの剣。

潛蛇咬セルペンス、地中を潛行する三のの蛇がフラムに迫る。

彼はその技を見たことはなかったが、何かが近づいていることは察知していた。

魂喰いを再び抜き取り、彼もまた地面に突き立てる。

「はああぁぁぁぁぁッ！」

炸裂するプラーナが、周囲の空間を吹き飛ばし、床や壁までも削り取る。

騎士剣キャバリエアーツ・気円陣《プラーナスフィア》。

の蛇は地中から顔を出すことなくかき消され、接近して攻撃を仕掛けようとしていたオティーリエも一瞬怯んだ。

そこでフラムは一気に距離を詰め、全力で剣を振り下ろす。

「見えていますわ！」

オティーリエは橫に飛び回避する。

魂喰いにはプラーナが込められており、もし後退していたなら、彼は気剣斬プラーナシェーカーの餌食となっていただろう。

だがフラムの仕掛ける攻撃はそれで終わりではない。

刃が地面に叩きつけられた瞬間、

「押しつぶせリヴァーサルッ！」

地面が反転・・・・・し、オティーリエの足元ごと石の床がぐるんと回転した。

「っあ――お姉様あぁぁぁぁッ！」

意味もなくアンリエットを呼ぶと、彼はく足場を腳力の限界を越えて蹴り、飛翔する。

フラムは完全に仕留めたと思っていたのだが――

「なに、今の」

きといい、発した言葉といい、理解の範疇を越えている。

いや、元から彼に関して理解できることなど無かった気もするが。

「離れていてもっ、わたくしたちは繋がっていますのよ！　お姉様がわたくしに力を！　與えてくれますのっ！」

飛びながら上ずった聲でそう言い放つ彼に、セーラは頬を引きつらせた。

「おねーさん、あの人やばくないっすか……？」

見ていてそれは明らかだ。

できれば援護したかったが、しかし魔力を使い果たした彼が戦いに參加しても、あまり役には立てないだろう。

「おかしいのは前からだったけど、今日はにかけてひどいかも」

冷靜に言い放つフラム。

まさかコアでも使ったのではないかと危懼し、彼は試しにスキャンをかけた。

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オティーリエ・フォーケルピー

屬：闇

筋力：3397

魔力：276

力：2176

敏捷：3210

覚：8237

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特に目を引いたのは、覚の高さだった。

走するフラムの位置を予測したことも、先ほどの反転魔法を避けたことも、この覚による部分が大きいのかもしれない。

オリジンに侵されている様子はないが、果たして元からここまで高かったのだろうか。

はたまた、アンリエットと仲直りしたことで、脳が覚醒でもしたのか。

どちらにしても――必要なのは高い覚を持っているという事実だけで、フラムは経緯など知りたくもなかった。

「雑談をしている余裕などありませんわよ？」

著地したオティーリエは、すぐさま剣を振るう。

放たれるの刃。

あまりに正直すぎる攻撃に若干の違和を覚えつつも、フラムは魂喰いで迎撃する。

振り下ろした刃は蛇咬アングイスを捉え――しかしするりとすり抜けて、彼のに食らいつく。

だがそれぐらいはわかっていたこと。

フラムは『神を憎悪するレザーブーツ』のエンチャントを発した。

「が凍った！？」

刃でかき消せないのはそれが不定形ゆえ。

凍結させて固定させてしまえば、両手剣の破壊力で砕くことはたやすい。

攻撃を防ぐのに功したフラムは、前進しようと足に力を込め――

「ご主人様、後ろですっ！」

ミルキットの聲に反応し、とっさに振り返った。

そこにあったのは、地面から這い出てくる赤い殺意――先ほど放った潛蛇咬セルペンスが、まだ地中に潛んでいたのだ。

「あがっ……！」

避けようとしてももう遅い。

そいつはフラムの左ふくらはぎに食らいつくと、を裂きにもぐり込み、足のきを制限した。

熱をともなう痛みにフラムは顔を歪める。

「くふふふはははははっ！　もらいましたわッ！」

高らかに笑ったオティーリエは、素早く剣を振るい、の刃を二度放つ。

出し惜しみしない彼の猛攻にフラムは――まずは初撃を、あえてでけた。

「フラム、ようやく諦めましたのね！」

「そんなわけないッ！」

そして反転・・させる。

れる場所が最初から予測できていれば、準備した上で反転で防ぐことは可能だ。

弾かれた蛇咬アングイスは、ただのとなって床に落ちた。

二発目は、先ほどと同じように凍結させて魂喰いで砕くつもりだ。

だが、それは黒い刀にれた瞬間、網となって剣全に絡みつく。

「なっ！？」

「どちらも蛇咬アングイスだとは誰も言っていませんわ」

目を見開き、歯を見せながら笑うオティーリエ。

それはの網で対象を絡め取る絡新婦アラーネアだ。

の刃を飛ばせばそれは蛇咬アングイスだという先観が、フラムの対処を遅れさせた。

すぐに魂喰いを収納するも、そのときにはオティーリエ自が彼に接近していた。

「敗北たおれなさいフラム、わたくしとお姉様のの前に！」

剣を薙ぎ払おうとするオティーリエ。

フラムは足が自由にかない、回避は不可能かと思われた。

だが――まだ手札は殘っている。

重力反転で飛び避けることもできた。

しかしそれでは、足のきが制限されているという狀況は変わらない。

だから彼は、あえて左足を相手に差し出した。

まるでハイキックで斬撃をけ止めるように。

しかも丁寧に、ブーツを消している。

自殺行為としか思えないきに、さすがにオティーリエも困気味だ。

だが構わず剣を振るう。

「馬鹿なことをっ！」

いくら再生能力があるとはいえ、完全に治癒するまでにはタイムラグがある。

それを見逃すオティーリエではない。

だが、それもフラムの作戦のうちだった。

「っぐ……！」

彼は蹴りの勢いで一回転し、殘った右足で地面を蹴る。

そして、オティーリエに飛びかかった。

「やぶれかぶれですわね！」

軍で習得したのは剣だけではない。

不安定な勢での特攻など、簡単に投げ飛ばすことができる。

そう思い、避けようとしないオティーリエに、フラムはニヤリと笑った。

そして彼のばした手が、ブロードソードの鍔にれる。

「絡新婦アラーネア」

フラムは剣に付著した自分の・・・・で、殺規則ジェノサイドアーツを発させたのだ。

刃から柄、そしてオティーリエの腕までの網が広がる。

「わたくしの剣を利用した、ですってぇっ！？」

さらににれた部分からは、鋭く尖った針が打ち込まれ、にっていく。

結果、オティーリエは両腕の機能を喪失した。

「私の足は、ただであげられるほど安くないっての！」

勢を維持できなくなった両者は、絡まりながら床を転がる。

そうしているうちに、切斷された左足が見えない力で傷口に近づき――そしてぴたりとくっつくと、呪いによって治癒され、元の狀態に戻る。

あっさりと起き上がるフラムに対して、両手が使えないオティーリエはまだ橫たわったままだ。

「ミルキット、セーラちゃん、先に進もう」

言いながら、フラムは服に付いた砂埃を軽く払う。

呼びかけられた二人は頷くと、ミルキットはフラムに抱えられ、出を再開した。

「くふふふふっ、ふふふふふっ、ふはははははあははははははッ！」

し離れたところで、オティーリエの高笑いが聞こえてきた。

「ご主人様、あの人、まだ諦めてないんじゃ……」

「両手が使えないんじゃ戦えないはず――なんだけどなぁ」

そう言いかけて、振り返ったフラム。

彼はそこで、ふらりと立ち上がり、剣を振り上げるオティーリエの姿を目撃した。

ぞくりと、嫌な予がする。

フラムは抱えていたミルキットのを一旦下ろすと、神妙な表で告げた。

「二人とも、できるだけ離れてて」

「でもおねーさんはっ！」

「まだ逃してくれそうにないから、私がちゃんと潰しておかないと」

ボコボコに毆られた恨みだってある、両手を束縛した程度で満足はできない。

それに、普通に剣を握っているところを見るに、その束縛もあっさりと突破されているようだ。

「あははははっ！　甘いですわねフラム。殺規則ジェノサイドアーツ使いが、殺規則ジェノサイドアーツの解除方法を知らないと思いまして？」

「そっか、そうだよね。つまり私も、やろうと思えばできるんだ」

「記憶を取り戻したいのかしら？」

「當然じゃない」

「……もったいない」

オティーリエは心底悲しそうに言った。

意味はわからないが、どうせ聞いたって理解できないので、フラムはあえて聞き返さない。

だが、彼は勝手に語りだした。

「わたくし、ある意味でずっとあなたが羨ましかったんですのよ。それもまた、嫉妬の一つの原因だったのかもしれませんわね」

「あんな場所に閉じ込めておいて、好き放題に毆っておいて、羨ましい？」

「だってあなた――頭の中に、お姉様のを宿しているのでしょう？　それが葉うのなら、記憶など安いものですわ」

ほら、やっぱり。

話が通じることを期待するだけ無駄だったのだ。

フラムは無言で大剣を構える。

「理解できないという顔ですわね」

「それ以外にどう反応してしかったの？」

「いえ、別にどうでも。むしろその方が助かりますわ、お姉様を奪い合うライバルが増えても困りますもの」

仮にそんなライバルがいたとしても、オティーリエみたいなのがそばにいたんじゃ、誰も近づきたがらないだろう。

ある意味で、彼はアンリエットにとっての最大の魔除けなのだ。

もっとも、フラムは彼こそが最悪の魔だと思っているが。

「さて、々消費は荒いですが……出力を、上げさせていただきますわね」

ブロードソードの剣先が、こつんと床を叩く。

「紅蛇絡キャリティア」

すると壁全を、赤い筋が覆った。

どこかで見たことのあるようなおぞましい景に、フラムの頭がずきりと痛む。

これまでの殺規則ジェノサイドアーツは、どうにか真似できそうな気がしていたが、今回は難しそうだ。

それもそのはず、これはオティーリエの編み出した、彼だけの剣技なのだから。

「あぁ……わたくしのお姉様へのが、世界を覆っていく……！」

彼はうっとりとした表を浮かべる。

「このに満たされたが、わたくしをどこまでも強くしてくれる。負けませんわ、世界で一番強いを手にしたわたくしは、絶対に、誰にも！」

そう言い切るオティーリエ。

フラムは相手にしていなかったが、後ろで様子を見ていたミルキットが一歩前に出ると、珍しく大きな聲で反論した。

「ご主人様だって負けてません……！　あなたより、ご主人様のの方がずっと大きいです！」

どうやら、他人を顧みることなく、“世界一”を自稱する彼が許せなかったらしい。

「ミ、ミルキット……？」

戸うフラムをよそに、オティーリエは初めて包帯で顔を覆ったに興味を抱くと、に指を當てて言い放つ。

「それは面白いですわ。つまりこれは、どちらのが大きいかを決める戦いということになりますわね」

「いや、それは……」

「ご主人様は、絶対に負けませんから」

「わたくしだって負ける気はありませんわ。さあフラム、わたくしの全力をけてみなさい！」

本人不在で話は進み、いつの間にやら戦いは再開する。

「ああもうっ！　わけわかんないけど、勝てばいいんでしょう勝てば！」

やけくそ気味のフラムは、その勢いのままオティーリエに向かって走りだした。

そんな彼のきを阻害するように、壁から無數のの槍がせり出す。

加えて、オティーリエ本人もフラムを狙って攻撃を開始する。

つまり紅蛇絡キャリティアとは、殺規則ジェノサイドアーツによる自迎撃――激しさを増す刃の弾幕を、フラムは険しい表でくぐり抜けた。

◇◇◇

一方で城外――ネイガスはキマイラの相手をしながら、ひたすら時間稼ぎを続けていた。

最初は數だけだったはずだが、いつの間にか周囲を取り囲むほどに増えている。

ライナスたちも外に出たようだし、あとはフラムの出さえ確認できれば、ネイガスの役目も終わるのだが。

「ダークネスブリーズ！」

ただでさえ暗い夜の景に、闇を含んだ風が吹く。

視界はさらに遮られ、ネイガスの姿が完全に見えなくなってしまった。

それでもキマイラたちはそれぞれが覚を頼りに、空中に浮かぶ彼に攻撃を仕掛ける。

人狼型の魔法――巖の弾丸が出され、ネイガスの頬をかすめた。

しかし巖は闇にれた瞬間に朽ち、大したさではない。

ダークネスブリーズは、ただ視界を塞いだだけではないのだ。

それは近づくもの、れたものを溶かし、腐らせる闇の風。

本當は法外呪文イリーガルフォーミュラを使いたいところだが、出のことを考えると魔力は溫存しておきたい。

ゆえに、キマイラに対して致命傷を與えられるほどの魔法は、あまり使えていなかった。

「グオォォオオオオオオオッ！」

咆哮、そして――地上から、ネイガスめがけて真っ直ぐに渦を巻く風が放たれる。

たまたまなのか、それとも見えているのか、獅子型の放つその魔法は彼を完全に捉えていた。

舌打ちすると、ダークネスブリーズの範囲外に出て回避する。

すると直後、何者かが彼の頭上から降下してきた。

「おいらのこと忘れてほしくないんだけどなぁッ！」

ヴェルナーだ。

彼は細い目を薄っすらと開き、殺意をむき出しにしながら、ネイガスに毆りかかった。

その腕には鋭い刃のついたクローが付けられている。

だが、副將軍のヴェルナーと言えど、ただの人間。

空を飛ぶネイガスに攻撃を當てるのは至難の業だ。

ネイガスに軽く避けられる。

落下しながらも炎屬の魔法を彼に放つが、それすら風で軽くかき消された。

悔しげな表で著地するヴェルナー。

「くそっ、おいらはキマイラ以下だってのか！？」

彼に與えられた役目は、本來ポケットに忍ばせた小型の水晶で、周囲のキマイラたちに指示を出すこと。

だが王國軍の將として、あんなモンスターばかりに戦いを任せるのは、プライドが許さなかった。

ヴェルナーは誰よりも力を追い求めてきた男なのだから、余計にその想いは強い。

だというのに、実際にネイガスを追い詰めているのはキマイラの攻撃ばかり。

彼はもはや、敵として認識すらされていない。

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ヴェルナー・アペイルン

屬：炎

筋力：3197

魔力：2122

力：1984

敏捷：5111

覚：2437

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ヴェルナーとて、決して弱いわけではないのだ。

軍に所屬していなければ、英雄として魔王討伐に招集されていた可能だってあるほどの実力の持ち主だ。

しかし、キマイラの武力はそれをさらに上回っている。

「だからって、お株奪われてへらへらしてるわけにもいかないんだよねェ」

両手のクローが炎を纏う。

再びヴェルナーは腳力だけで飛び上がり、ネイガスに食らいつくのだった。

◇◇◇

水で作り出した狼にまたがるエターナは、その機を活かしてキマイラたちを翻弄する。

狼の中には、まるでそれを作しているように、いつも彼の周囲に浮かんでいる球がれられていた。

確かに獅子型と飛竜型の破壊力は脅威だ。

しかし、ここは王都の町中。

復興途中の街並みで、大規模魔法を使わせるほど、サトゥーキもうかつではない。

ゆえに、英雄たちの追跡における主戦力は、どうしても人狼型になってしまうのだ。

いくら軽で數が多いとはいえ、人間に比べて知能も低いキマイラたちに、逃げに徹したエターナを捕らえさせるのは荷が重い。

「よっ、ほっ、えいっ」

彼は落ち著いた様子で、時に狼の形を崩し飛び跳ねたり、空中に作った氷のレールをったりして追跡者たちをわしつつ、王都をさまよっていた。

エターナに限った話ではないのだが、なぜか誰も、王都の外に向かっている様子はない。

そんな彼の前に、

「……上？」

頭上から、大きな何かが落ちてくる。

ずしんと著地した、まるでブリキ人形のように全を――頭すら鎧で覆った謎の人は、無言でエターナに巨大なハンマーを叩きつける。

「敵……でもキマイラじゃない」

ズドォンッ！

大地を揺らすほど強烈な一撃を、冷靜に分析しつつ、くるりとバク宙して回避するエターナ。

さらにスキャンを使用、その正を暴く。

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ヘルマン・ザヴニュ

屬：氷

筋力：6498

魔力：5019

力：2963

敏捷：1089

覚：916

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中が人間だったことに、とりあえず彼はほっとした。

「副將軍ヘルマン」

「……そうだ」

エターナのつぶやきに、鎧の中からくぐもった聲で返事をするヘルマン。

別に返事を求めていたわけではないのだが、人のいい彼はつい反応してしまったらしい。

「通してしい」

「……無理だ」

「どうしても？」

「……どうしてもだ」

言ったって無駄なことはわかっていたが、エターナはなんとなく語りかけてみる。

無口だし聲は低いが、話が通じそうな予がしたのだ。

「……仕事なのでな」

だが、ヘルマンにも責任というものがある。

いつの間にかなっていた副將軍だが、なったからには役目を果たす――その強い意志で、ガントレットが鉄槌の柄を強く握る。

そして地面を砕きながらエターナに接近する。

「ウォータースピア」

彼が手のひらを前方にかざすと、ヘルマンの足元から水の槍がせり出した。

一般的な鉄鎧なら軽く貫通する威力だが、彼の鎧はびくともしない。

ただ水鉄砲を浴びせられたように、表面が濡れただけだった。

それは彼自が作ったものだ。

一流の鍛冶師であるヘルマンの裝備は、他の將たち以上に一級品のエピック裝備で固められている。

生半可な魔法では、傷を與えることすら困難だった。

「……ふッ！」

振り上げられる槌。

エターナは狼に乗って範囲より退避。

だが、今度の毆撃には、強烈な魔力が込められていた。

「……コールドブレイカー」

靜かに発を宣言。

そして鉄槌が地面を叩き――氷の魔法が炸裂する。

まるで花が咲くように、見上げるほど大きく、なおかつ刺々しい半明の塊が産み出される。

エターナは突き刺さらないように、間をって回避した。

さらにヘルマンはもう一度ハンマーを構えると、今度は氷塊に叩きつける。

するとバリィンッ！　と割れた破片が、矢の雨のようにエターナに殺到した。

「これはまずい」

迫る氷片を見て、そうつぶやくエターナ。

「アイスシールド」

彼は氷の盾でそれを防いだ。

だが圧倒的な數の差を前に、作り出した障壁はしずつ削れていく。

「ぐ……む」

珍しく眉間に皺が寄る。

小さくなった盾は全ての氷片を防ぎきれず、頬や肩、足を掠め、うっすらと傷が浮かんだ。

しかし――致命傷には至らない。

無事、ヘルマンの魔法を防ぎきったエターナは、ほっと小さなをなでおろす。

だがその目の前には、思い切りハンマーを振りかぶる巨大な鎧の姿があった。

「そこまで甘くはない」

ゴキャッ。

ヘルマンの右手から鈍い音が鳴る。

彼の腕には水がまとわりつき、ガントレットごとぐるんと回されていた。

無論、その中も回転し、人の限界を越えた挙に、腕の骨が捻れ砕ける。

「……ぐっ」

「これでもう利き腕は使えない」

したり顔で言い放つエターナ。

ヘルマンはぼそりと言い返す。

「……左利きだ」

「それは予想外」

片手で振り下ろされるハンマー。

浮かぶ球を摑み、ひょいっと軽く飛んで避けるエターナ。

どこか気の抜ける會話をしながらも、二人の戦いは続く。

◇◇◇

城を出たキリルも、王都を駆け抜けていた。

ただし彼の場合、積極的にキマイラも切り捨てているし、逃げているというよりは敵を探しているような雰囲気だったが――とにかく憂さ晴らしをしなければ、気が済まなかったのだ。

フラムを人質にされたことも、記憶を奪われたことも、友達の大事な人を利用されたことも、王城に捕らえられたことも、そして……何もかもが気に食わない。

王國そのものを憎んでも仕方ないのかもしれないが、それぐらい、今までの人生でじたことが無いぐらい、キリルはイライラしていた。

「ブラスタァァァァッ！」

彼はいつになく気合のった聲でぶ。

剣先から放たれたは、キリルに飛びかかろうとしていたキマイラたちを空中で蒸発させた。

落ちる亡骸に見向きもせず、剣を片手に路地を進む。

「お、おい勇者っ！」

そんな彼の前に、一人の男が立ちはだかった。

明らかに怯えているが、それでも勇敢……かどうかはさておき、大きな盾を片手にじりじりと詰め寄っていく。

キリルは落ち著いて、男にスキャンをかけた。

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バート・カロン

屬：土

筋力：2971

魔力：1086

力：3219

敏捷：1961

覚：1244

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見覚えのない名前に、首を傾げるキリル。

それもそのはず、彼は數日前に就任したばかりの、教會騎士団の副団長なのだから。

前副団長ジャック・マーレイの死後、希者が出なかったので、強制的に後釜に選ばれたのである。

とは言え、実力が無いわけではない。

Ｓランク冒険者並の力はあるし、何より彼の用いる正義執行ジャスティスアーツは、ヒューグと方向は異なるものの、かなり優秀だ。

「封邪の防壁アイアンメイデン！」

盾より発される魔力が、道を塞ぐように広がる。

正義執行ジャスティスアーツは、使用者の持つ魔力を、魔法とは別の形で発現させる技である。

本人の屬とは関係なしに使えるものの、その人間の心の有り様が効果に大きく作用する。

習得には才能が無い限りかなりの訓練が必要となる上に、教會騎士団にだけ伝わる門外不出の伝だ。

ゆえに、謎は多く――その存在だけは知れ渡っているものの、使い手はない。

「たとえ勇者であろうと、この私の作り出した壁は突破できまい！」

防壁を作り出した途端、強気になるバート。

だがキリルは全く興味を示さない。

人殺しをするわけにもいかないので、相手にするのも面倒だ。

彼は白けた表で周囲を見回すと、ひょいっと飛び上がり、屋の上に乗った。

そして何事もなかったかのように、他の場所へと移する。

「……べ、別に安心しているわけじゃないからな」

取り殘されたバートは、ひとりそう言い訳すると、大きく息を吐いた。

いきなり副団長に任命されて、最初に任務が勇者の追跡だなんて無茶に決まっている。

相手にされず、バートは心、ほっとしているようであった。

◇◇◇

そしてバートを副団長に選んだ張本人であるヒューグは、ガディオをひたすら追い続けていた。

「申し訳ございません、申し訳ございませんっ、私のようなゴミクズが英雄という偉大なお方に対して剣を振るうなど！　何という冒涜、冒涜、冒涜うぅぅぅッ！」

謝罪の言葉を繰り返し、あまつさえ涙まで流しながらも、ひたすらにヒューグはガディオの首を狙う。

ただ闇雲に振り回しているように見えても、見えない刃が、確実に急所を狙ってくるのだ。

もしその殺意を不意に向けられることがあったのなら、たとえガディオでも避けることはできなかっただろう。

「どうしたら償えますでしょうか！　私は自分の役目を果たすことでしかっ、これを償うを知らないのであります！　ですが、ですが、そうなれば私はあなたを殺してしまわなければならないのです！　ああ、矛盾するっ、自己矛盾が……ああぁぁぁぁぁああっ！」

嘆きながらも、剣を振るう手を止めない。

狙いが首だけならば、止めるのも避けるのも容易い。

だが最も注意しなければならないのは、ヒューグが接近してきたときだ。

たとえ彼が足を狙ったとしても、魔力は首を狙う。

腕でも、肩でも、でも――その斬撃と同時に、魔力の刃が首を落とそうとするのである。

本心と表に出ているの矛盾が、その力を生み出しているのかも知れない、とガディオは落ち著いて分析していた。

「殺したくないであります！　殺したくないであります！　私はっ！　あなたをッ！　殺したくないでありまあぁぁぁすっ！」

「來たか」

ヒューグが接近する。

その速度は、敏捷に特化したライナスほどとは言わないまでも、中々のものだ。

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ヒューグ・パニャン

屬：

筋力：4138

魔力：3972

力：4078

敏捷：3867

覚：2276

--------------------

実際、ステータスも他の副將軍たちと比べると一段階ほど高い。

合計値だけならアンリエットと同等か――ガディオが苦戦するのも當然だった。

彼は剣を振り下ろし、地面を叩く。

すると瓦礫とプラーナの刃が、嵐となって敵を襲った。

まずは様子見の気剣嵐プラーナストーム――だがヒューグは、それを真正面からけながらも止まらない。

ヘルマンの作った鎧がダメージの大半を防ぎ、顔はノーガードのままだが、傷を負うことも厭わず突っ込んでくる。

そして、彼の振るった片手剣が、ガディオに向けて振るわれようとしたとき、

「その心臓、もらった」

背中から部を狙って矢・が放たれる。

「これが罰でありますかッ！」

驚異的な反応速度でをひねるヒューグ。

遠方より放たれた矢は、彼を通り過ぎて地面に突き刺さった。

ライナスは間髪れずに次の矢をつがえ、今度は魔力を込めて出。

それはヒューグに飛來する途中で砕け、風の魔力を纏った斷片が、無數の弾丸となってターゲットを追尾した。

「さすが英雄であります！　このような技を見せていただけるとは、このヒューグ・パニャン、涙せざるを得ません！」

喋りながら剣を振り回し、ライナスの攻撃を打ち落としていく。

だが全てを防ぐのは不可能だ、いくつかの破片が鎧の隙間からり込み、彼の肩や足に傷をつける。

「ぐっ……これが、ああ、英雄から與えられた痛み……！」

なおもするヒューグに、ガディオは剣を振りかぶって迫る。

そして刃を叩きつけようとした瞬間――ヒューグはおもむろに、剣を薙いだ。

狙われているのはガディオの首ではない。

バチュッ！

水っぽい音とともに、遠巻きに戦いを眺めていた男の、首が飛んだ。

「な……貴様は……！」

「あ、あぁ、私のような汚がこのような行いをしてしまうとは、なんという……なんという……！　罰してください神よ！　あぁ神よぉぉおおお！」

狂ったように剣を振り回しだすヒューグ。

彼の狙いは――男とは別の観戦者・・・。

し離れた場所に立っていた、王都の住民たちに違いない。

「ライナァスッ！」

「間に合ええぇぇぇぇぇッ！」

ライナスの放った矢が、ヒューグの魔力と衝突する。

だが、それで全てを防ぎきったわけではない。

殘った首を狙う刃は――ギリギリで間に合ったガディオがをして防ぎきった。

抱きしめ守ったため鎧に多の傷がついたが、腕の中の年が無事だったことに安堵する。

「ガディオ、來るぞッ！」

そんな彼の首を狙って、ヒューグは再び剣を振る。

「ちっ、外道が！」

を捻って回避しようとしたが、ガディオの首に淺い傷が刻まれる。

幸い、脈は損傷していないようだった。

著地すると、観戦者たちが逃走したのを確認する。

そして誰もいないことを把握して――

「巖刃タイタンッ、轟気斬グランシェーカアァァァァァァッ！」

魔法で作り出した巖の刃を、ヒューグに叩きつける。

ガディオの渾の一撃を前に彼は、

「そそり立つ巖の塔……素晴らしいであります！　あぁ、このような力を見せられてしまうと、私も、貞帯の側で、が……ぜるうぅぅぅッ！」

頬を紅させ、興した表で自らの力の高まりをじていた。

◇◇◇

王城、司令室。

兵よりもたらされる伝令を聞き、サトゥーキは怪訝な表を浮かべていた。

彼の視線の先には、機の上に広げられた王都の地図がある。

「奴らの狙いは一なんだ……？」

上に乗せられた赤いマーカーは、走者の現在位置を示している。

フラムだけはまだ不明だが、キリルを含め英雄たちの居場所は全員分がほぼ正しい場所を示していた。

「キリル・スウィーチカ」

名前を呼びながら、サトゥーキは地図にれる。

「ライナス・レディアンツ、ガディオ・ラスカット、エターナ・リンバウ、そしてネイガス。なぜだ、なぜこうも離れている？」

「王都の外に出ようとしているわけでもありませんし、不可解ですね」

「最終的に一箇所に集まるとしても、それから逃走ルートを確保するのは難しいはずだ」

だったら、個別に王都の外を目指した方がまだ可能はある。

だがそういった様子もない。

彼らは、誰ひとりとして王都の外に出ようとしていないのだ。

「歯がゆいな……」

「ひょっとすると、特に意味などないのかもしれません。王都を混に陥れたいだけの可能も」

確かにそれだけでも、なぜサトゥーキやスロウに協力しているはずの英雄たちが走するのか、という疑問を住民に抱かせることはできる。

十分に、サトゥーキに対しての嫌がらせとしては立しているのだ。

「それだけのために、魔族までくと思うか？」

「それは……」

魔族が戦力増強を目論んでいるのだとすれば、やはり最終的な目標は全員出だろう。

この全員がバラバラに散っており、王都から外に出るのが困難な狀況から、どうしようというのか。

現在の報だけでは、サトゥーキにもアンリエットにも判斷はできなかった。