《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》085 トライアングラー

全方位からフラムを狙うの槍。

最初こそその読めない攻撃に戸っていたものの、フラムは次第に適応していく。

そして慣れたところで、どうにか避けつつ、オティーリエへの接近を試みた。

だが彼は距離を詰めることはせず、ひたすら離れた場所からの刃を放つ。

フラムの全に刻まれた細かな傷と、そしてに侵したは、確実にから力を奪っていく。

オティーリエは、殺規則ジェノサイドアーツ使いなら解除できると言っていたが――なくとも今のフラムはその方法を知らない。

だからきが鈍るたび、その部位を反転で切り離すしかなかった。

「あなたの、まるでトカゲのしっぽですわね」

できればもうし可い例えをしてしい――などと言っている余裕はない。

下方からせり出した槍を避けるために右に飛び、著地した瞬間を狙って真橫から突き出すそれをのけぞってやり過ごす。

さらには前方からはオティーリエの放った蛇咬アングイスが迫る。

「くっ、重力反転リヴァーサルッ!」

地面を蹴ると、ふわりとフラムのが浮き上がる。

用ですわねえ」

フラムは天井を走り、オティーリエに接近した。

足元から無數の槍がせり出すが、それらを前進しつつ軽く躱す。

攻撃直前の予備作――壁全に広がった筋が、かすかに膨らむことさえわかれば、回避は可能だ。

もっとも、數の暴力で攻められると対処が難しくなるが。

「近づいたところでどうにかなると思っていまして?」

「どうにかしてみせる!」

天井を蹴り、同時に重力反転を解除。

床に落下しつつ、全重を込めた一撃をオティーリエに振り下ろした。

ガゴォンッ!

前方數メートルの床をえぐるほどの破壊力。

だが軽な彼には當たらない。

床に魂喰いを叩きつけたフラムは、続けて低い姿勢で足元を狙うように薙ぎ払う。

「重い攻撃……ですがそれゆえに、隙は大きいですわ」

バックステップで避けたオティーリエ。

は著地した瞬間に次の跳躍を行い、すぐさまフラムに接近する。

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なぜ蛇咬アングイスを放たなかったのか――フラムは疑問を抱きつつも、魂喰いを一旦収納。

大剣を振り回した勢いのまま回転し、オティーリエのブロードソードをガントレットの手首部分でけ止めた。

強い衝撃に、左手が麻痺する。

さらに篭手全の網が広がり――それが地に到達する前に、フラムはエピックの特を利用して裝備を一旦消す。

そして亜空間より魂喰いを引き抜こうとするフラムを前に、オティーリエは悔しげに表を歪ませて後退した。

「全エピック裝備――羨ましい限りですわね」

「使ってみる?」

「遠慮しておきますわ、呪い殺されたくはありませんもの」

その聲と行から、フラムは若干の焦りをじ取った。

目つきにも、盲信が若干失われ、正気のりが見え隠れしている。

追い詰められているのはフラムの方だ。

しかし――オティーリエの手元に、彼はその原因を発見した。

弾倉ブラッドカートリッジの殘量だ。

オティーリエの手に隠れて一部が見え隠れする程度だが、戦闘開始時は満タンだったそれが、すでに四分の一ほどにまで減している。

戦場などの長期戦が必要とされる場では、スペアも含めていくつかのカートリッジを所持しているのかもしれないが――今の彼は、ほとんど準備もせずにフラムを止めに來た。

そんな彼が、周到に準備をしているとは思えない。

しかも、紅蛇絡キャリティアなどという大技まで使ってしまったのだ、消耗が激しいに違いない。

本來は、とっくに仕留めているつもりだったのだろう。

だが存外に、フラムはしぶとかった。

殺規則ジェノサイドアーツできを封じていたはずの部位を切り離し、無効化していたのもその大きな要因の一つである。

「お姉様、どうかわたくしに力を……ッ!」

つまりオティーリエがこうして接近戦を挑んでくるのは、の節約のため。

ゆえに、フラムは積極的に攻めない。

弾切れ・・・を狙い、のらりくらりと攻撃をけ流す。

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鋭い突きは魂喰いでけ流し、首のあたりを狙った橫薙ぎはしゃがんで回避。

フラムはそこで彼當たりをし、勢を崩す。

大剣を振り上げ追い打ちをかけようとするフラムだったが、床から首を狙っての槍が飛び出した。

剣を手放し、バク転し窮地をする。

だが落ち著く暇なく、四方の壁より鋭い刺突が彼を襲う。

続けて二度、三度とバク転で避け、紅蛇絡キャリティアの範囲外まで逃げ切ったフラムは、大剣を握り構える。

一足先に勢を持ち直したオティーリエは、すぐさまの刃を出。

それを凍結させて打ち砕き、フラムは橫一文字の気剣斬プラーナシェーカーで反撃する。

オティーリエは再びの蛇咬アングイスで迎撃、二つの力は空中でぶつかり合うと、打ち消し合って消滅した。

直後、二人は互いに前進し、黒の大剣と銀のブロードソードで切り結ぶ。

ガギンッ!

刃と刃が衝突し、火花が散る。

二人は顔を突き合わせながらにらみ合った。

「もうすぐキマイラが來ますわ。こうもわたくしに手間取っていては、走など葉いませんでしてよ?」

小刻みに震えるオティーリエの腕。

本來なら、ステータスで勝る彼の方が有利なはずだ。

だが相手は大剣だ。

しかも、プラーナで筋力を同等程度まで増強している。

重さの差が――しずつ、彼を追い詰めていく。

「謹慎させられてた人間しか來てないってことは、上の人間はここの狀況を完全には把握してないんじゃない?」

「お姉様に限ってそんなことはありませんわ!」

「どうだろ。あの人、意外と鈍いから」

「お姉様の悪口は許しませんわよッ!」

「悪口じゃないって、事実だから。だって、オティーリエさんの本當の気持ちに、私に言われるまで気づかなかった人だよ?」

「そ、それは……それはぁっ!」

どうやらオティーリエも、アンリエットに鈍い部分があることは知っていたようだ。

あるいは彼にとっては、そんな部分すらお姉様の可い一面だったのかもしれない。

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何にせよ、その揺は――均衡を破るには十分すぎる変化だ。

「はあぁぁぁぁッ!」

フラムの両手に力が籠もる。

気圧されたオティーリエは弾き飛ばされ、後退しながらよろめいた。

そこを見逃すフラムではない。

真一文字に剣を払い、気の刃を放する。

オティーリエに迫る不可視の力。

人間の反応速度では到底間に合わうはずのないタイミング。

しかし彼は常人離れした反神経でそれに対応し、素早くのけぞった。

気剣斬プラーナシェーカーは腹部を軽く掠めたものの、傷を負わせるには至らず。

起き上がったオティーリエは、ニタァと笑みを浮かべ、フラムに近づくべく前のめりになった。

だが――無防備な姿を曬すフラムの口元にもまた、微笑が。

ゾクリと悪寒をじたオティーリエは、背後・・から忍び寄る殺気をじ取り、とっさに振り向いた。

「まさか、軌道が反転して――!?」

ザシュッ!

オティーリエの白い軍服が切り裂かれ、彼が宙を舞う。

よほど防刃能に優れた材質で出來ているらしく、を真っ二つにすることはできなかったが、衝撃は相當なものだろう。

「う……が、ぁ……」

床に倒れたオティーリエは、苦しげな表いている。

そしてやがて聲も聞こえなくなり、かなくなった。

どうやら気絶したようだ。

その影響なのか、壁に張り付いていた赤い筋も消えていく。

倒れるオティーリエの姿を見て、フラムはしだけ気が晴れていた。

あのとき、ボコボコにされた自分の苦しみをしは理解してくれただろうか、と。

「はぁ……今度こそ逃げられそうかな。ミルキット、セーラちゃん、待たせてごめんね」

「いえ、私こそごめんなさい、大して役に立てなくて」

「そういうのはいいの、ミルキットがいてくれるだけで力になるんだから」

そう言ってミルキットの頭をでるフラム。

記憶を失う前と変わらない主に、彼は溫かいもので満たされていた。

「おらは力になれない上に役立たずで……」

「キマイラのときに助けてくれただけで十分だって」

「いや、もっと強くなれるように頑張るっすよ!」

「でも今は、とりあえず出ね」

「わかってるっす、階段を登った先の窓から逃げる手はずになってるっす、急ぐっすよ!」

目的地までの距離はそう離れていない。

今度は三人全員が自分の足で走り、階段を駆け登っていった。

◇◇◇

一人、廊下に殘されたオティーリエ。

「……さ……ま」

は虛ろな意識の中で、離れていく三人分の足音を聞いていた。

「……お……さま」

自分自のためなら、攻撃をけて気絶するのは“仕方のないこと”で済ませてもいい。

だが彼がフラムを止めようと思ったのは、そんなもののためじゃない。

「……おねえ、さま」

アンリエットが。

しいアンリエットが。

世界で一番しているお姉様が。

世界を構する全ての要素よりもずっとずっとおしい唯一の存在であるお姉様が、それをんでいるから――

「ふ……ふふふ……ふふふふふっ……」

は笑いながら、ゆらりと立ち上がる。

カートリッジの殘量は殘りわずか。

もう大技は使えない。

なら、まだ殘っていますわ」

だが、何も使えるのはカートリッジだけではないのだ。

実際、戦場においては自らが傷から流したを使うことも珍しくはない。

「お姉様に捧げると思えば、むしろ痛みは……快楽エクスタシスゥッ!」

オティーリエは剣で自らの手首を斬りつけた。

プシッ、と噴き出す大量のが、銀の刃を濡らしていく。

「喰らいなさい、界蛇ヨルムンガンド」

振るった剣から放たれる、蛇咬アングイスとは比べにならないほど巨大なの刃。

それは蛇のように形を変えると、うねり、逃げたフラムを追尾する。

「逃しませんわよ……わたくしとお姉様の未來のために……ふふふっ、あはははははははぁっ!」

戦闘でボロボロになった廊下に、オティーリエの笑い聲が響く。

そして彼もまた、指先からぽたぽたとを滴らせながら、フラムを追って階段をゆっくりと登っていった。

◇◇◇

「……っ!?」

何かをじ取ったフラムが振り返る。

目的地はもう見えている、先にある窓から飛び降りて、さらに集合場所に到達すれば出は功だ。

たとえオティーリエが追ってきたとしても、駆け抜ければ追いつくのは不可能。

だから止まる必要など無いはずなのだが――

「おねーさん、早く行くっす!」

「……來るっ!」

「へ?」

ゴォォォオオッ!

蛇というよりは龍のように、赤くうねるの刃が姿がを現す。

「そんな、まだ仕掛けてくるなんて!?」

「執念だけは世界一かもね」

フラムは魂喰いの柄だけを引き抜き、腰の高さで両手で摑む。

そして、迫る界蛇ヨルムンガンドを真っ直ぐに見據え、剣の間合いまで引きつけ――

「はあぁッ!」

一気に息を吐き出して、抜刀した。

ズシャアァァッ!

ど真ん中から両斷される蛇。

「く、おぉぉおおおおおッ!」

押し返されそうになる刃を気合で支え、尾を斷ち切るまで耐えきる。

完全に分斷しきって、一瞬だけ気を抜くフラム。

すると、二つに別れた界蛇ヨルムンガンドは、力を失うことなく、旋回して彼の背中に食らいついた。

「ご主人様ッ!」

主を呼び、駆け出して割り込もうとするミルキット。

だが彼の足では間に合わない。

「くっ、しつこさまで使い手譲りだって言うの!?」

同時に襲いかかってきたの蛇を、魂喰いの刃の腹で抑え込む。

凍結させてきを止めようと試みるが、込められた力が大きいためか、完全には凍らない。

だがきは鈍っている――さらにフラムは大量のプラーナを生、両手から刃に注ぎ込み、炸裂させる。

「おおぉぉおおおおおおッ!」

ブオオォオオオッ!

フラムを中心にエネルギーが発し、風が吹き荒れる。

激しい空気の流れに、ミルキットは「きゃあっ」と聲をあげて両手で顔をかばった。

「はぁ……はぁ……」

肩を上下させて呼吸をするフラム。

消耗した力は多かったが、おかげで界蛇ヨルムンガンドを完全に消し飛ばすのに功した。

これで今度こそ出――と思っていた彼の耳に、今度は張本人・・・の聲が聞こえてくる。

「ふふふぅ……んふ、ふは……おねえさまぁ……おねーさまあぁっ……」

そこにいたのは、もはや命をおかしくないほど大量のを垂れ流す、オティーリエの姿。

は左手だけでは飽き足らず、右手の手首まで斬りつけ、大量のを刃に滴らせていた。

その虛ろな瞳がフラムを捉える。

はさらにニタリと笑い――ふらふらと揺れるからは想像できないほど鋭く、素早く、剣を十字に切った。

「よる、むん、がん、どぉっ」

先ほどの蛇が二匹――大口を開けて、フラムに突っ込んでくる。

「ほんとにどうかしてるんじゃないのっ!?」

わかりきっていたことだ。

だが――それでも、直面すると言わずにはいわれない。

このは、どうかしている。

フラムはとっさに魂喰いを床に叩きつけ、気剣嵐プラーナストームで吹き飛ばそうと試みる。

だが出力が違いすぎる、多は勢いを削いだものの、まだ十分な威力を維持していた。

「はっ、はあぁぁっ!」

続けて気剣斬《プラーナシェーカー》の二連撃。

それぞれが蛇を真っ二つにしようと食い込むが、の三分の一ほどまで切斷したところで力負けして消滅する。

「止まってよおおぉおおおッ!」

さらに剣を十字に切り、空中に刃を靜止させる。

その中央――接點に切っ先を突き立てると、プラーナのが円形に広がる。

それは盾だ。

打ち勝とうとは思わない、一時的にオティーリエの攻撃をけ流せれば十分。

お願いだから耐えてよね、と祈りを込めて、フラムは攻撃に備え両足に力を込める。

バヂイィッ!

二匹の蛇とがぶつかり合うと、激しく火花が散った。

「ぐっ……ううぅ……!」

絶えずプラーナを注ぎ、盾の補強を続けるフラム。

だがオティーリエの力はしずつ、その刃を食い込ませてくる。

「うあ……ああ……っ」

凍結の力を注ぐ。

一部が凍り、プラーナとぶつかった衝撃で砕け――しかし、まだ全てを削ぐには足りない。

炎上の力を注ぐ。

盾の表面が炎を纏い、を蒸発させ――だが、まだ足りない。

ならば、とありったけの力を注ぎ込む。

反転でこちらに向かってくるその力を逆転させ、力を奪う。

手応えはあった。

あとしだ、あとしだけ、フラムが力を出せれば。

「うがあぁぁぁ……あああっ!」

つまり――そのための咆哮。

無茶なことをやっていると、彼は自覚している。

だがが言うのだ。

“お前はいつもこんなもんだぞ”と。

無理は慣れている、それぐらいやらなければ生き殘れなかったのだから。

そしてこれからもきっと、たくさん、越えなければならない限界があるだろう。

本當は嫌だ。

疲れるのも、痛いのも、苦しいのも、全部。

そういうのが嫌いなのが、フラム・アプリコットという人間だ。

「ご主人様……っ!」」

しかし――そうでもしないと、守れないものがあった。

そうでもしないと、勝てない相手がいた。

バヂッ、と頭の中で弾けるような音がした。

たぶん、一部が吹き飛んだのだ。

そして溢れ出す記憶。

全てではない、まだおぼろげな部分が大半を占めているが、これだけははっきりと思い出した。

敵がいる。

自分を狙い、みんなに迷をかけて、偉そうに立ちはだかるクソッタレた敵が。

そいつに――神に勝って、平穏な毎日を、気ままに暮らせる日々を手にれるまで、負けるわけにはいかないのだ。

「くぉんのおぉぉおおおおおおおおおッ!」

盾に、さらに大量のプラーナが注ぎ込まれる。

バチバチィッ!

激しく眩く火花が散り、フラムの腕にれようとしていた蛇の頭部が蒸発し消えた。

それだけではない。

に向かってきていたそのもボコボコと泡立ちはじめ、次第に気化し、小さくなっていく――

「はっ……は……ふ……」

ジュッ、と言う音とともに完全消滅したのを見屆けると、フラムの両手から力が抜けた。

だらんと垂れ下がる両腕。

魂喰いはこぼれ落ち、地面に落ちる寸前で粒子となって消えた。

オティーリエも似たような狀態で、もはやけるようには思えなかった。

だが、殺気が消えていない。

フラムはく気が起きないぐらい消耗しているというのに、なぜか、その気力が萎えていないのだ。

「よる」

ブロードソードが、高くかざされる。

「むん」

滴るが、軍服の袖を肩まで汚している。

「がん」

まだ、あの大技を放つというのか。

フラムとて、むざむざやられるつもりはない。

魂喰いの柄を引き抜き、震える右手で握る。

だが、もしオティーリエがあと一発放てるのなら、どう見ても、止めるのは不可能だ。

そんな彼の前に――ミルキットが、両手を広げて立ちはだかった。

「な、なに……して……」

「ミルキットおねーさん!?」

はオティーリエを強い意思を持ったまなざしで見つめ、言い放つ。

「もしご主人様の命を救えるのなら、私は自分の命ぐらい喜んで差し出します」

「だめ……ミル、キット……」

「ダメなのは、ご主人様の方です。私、ご主人様のいない世界なんて耐えられませんからっ!」

それは、離れたことで改めて痛した、紛れもない事実だ。

生きているとわかっていても、あんなに辛かったのだ。

自分を一人殘してフラムが逝くなんて、れられるはずがない。

きっと世界に嫌気がさして、すぐさま自殺するだろう。

そうなるぐらいなら、主のために命を使った方が何萬倍も有意義だ。

「……」

そんなミルキットの姿を見て思うところがあったのか、オティーリエのきが止まる。

そして、剣を高く掲げた彼の手に――ザシュッ、とどこからともなく飛んできた矢が突き刺さった。

「い……っ!?」

驚愕に見開かれる目。

元より力の限界を越えていたオティーリエは、その衝撃で今度こそ完全に意識を失い、崩れ落ちた。

が立っていたのは、城外から見えない場所だ。

だが、矢は窓から城に侵し、ぐにゃりと曲がり軌道を変え、その手を貫いた。

神がかり的な狙撃技、こんなことができるのは一人しかいない。

一人しかいないのだが――フラムは名前が思い出せなかった。

「今のうちに逃げるっす!」

まあ、思い出すのは後でもいい。

フラムは自分をかばってくれたミルキットの耳元で「ありがとね」と囁くと、頬を赤らめはにかむ彼を抱きかかえた。

そしてセーラがメイスで破壊した窓から飛び降り、城外へ出する。

著地したフラムは、腕の中のミルキットに尋ねた。

「こっからどこに行けばいいんだっけ?」

聞いたところで王都の道を知らないのだが、とりあえず場所ぐらいは知っておきたい。

「中央區の空き地です」

「なんでそんな場所なの?」

「読まれにくい場所の方がいいからと……」

「行けばわかるっすよ!」

いまいち釈然としなかったが、セーラの言葉を信じて、彼の先導で三人は中央區へ向かった。

◇◇◇

「……わかった、持ち場に戻れ」

「はっ」

サトゥーキへの報告を終えると、兵士は司令室を出ていく。

「王都の空に赤い、おそらく信號弾ですね。ライナス・レディアンツの仕業かと」

「何の合図なんだ……!」

彼はドンッ、と苛立たしげに機を叩いた。

周囲の兵士とスロウが、びくっと肩を震わせる。

そこに空気を読まず、ノックもせずにエキドナが室してきた。

「あらぁ、空気が悪いですわぁ」

相変わらず呑気な彼に、サトゥーキは“冷靜になれ”と言い聞かせて聲をかける。

「どうした?」

「地下に向かわせた三のキマイラ、し前にロストしていたようですわぁ」

し前だと……なぜすぐに報告しななかった!」

「そう怒鳴られてもぉ、一人でどれだけの數を制していると思っていますのぉ?」

「くっ……そうか、わかった」

「地下ということは、先ほどの信號弾は――」

「ああ、フラム・アプリコットの救出が完了したことを示す合図だろう」

「ですが相変わらず、そこから先が見えてきません」

確かにフラムの救出は功した。

そして彼は城を出て、キマイラだらけの王都に踏み出したわけだ。

城壁、及び城門の完全な封鎖はすでに完了しており、リターンも使えない狀況。

イリエイスから獄したときと同じように、彼らが空を飛んで逃げようとしていたとしても、千近いキマイラが一斉に追跡を開始する。

引き連れている人數も多い、以前と同じようにはいかないだろう。

「だが、策が無いとは思えん。王都で捕らえることさえできれば、走は阻止できるはずだ」

しかし、それすら敵わず――圧倒的數の優位があるにもかかわらず、なぜただの一人も捕縛できないのか。

さらに苛立つサトゥーキを目に、ししょんぼりした様子で部屋を出るエキドナ。

はドアを開いた瞬間に、「あらぁ」と意外そうな顔をして足を止めた。

サトゥーキとアンリエット、そしてスロウの視線も同時にそちらを向く。

そこに立っていたのは、修道の肩を借りるオティーリエの姿だった。

フラムとの戦闘後、偶然にも通りがかった修道に傷を治療され、ここまで連れてきてもらったらしい。

「お姉様……」

「オティーリエ、どうしたんだ!?」

慌ててアンリエットは彼に駆け寄り、そのを抱きとめる。

「フラムの、走を……止めようとしたのですが、失敗、してしまいました……」

「一人でフラムとマリアの相手をしたのか!? なんて無茶を……!」

「……マリア?」

首をかしげるオティーリエに、サトゥーキは眉をひそめた。

「フラム・アプリコットの走を手助けしたのは、マリア・アフェンジェンスではないのか?」

「違い、ますわ。顔が、包帯でぐるぐる巻きの、ミルキットというと……あと、セーラという、メイスを背負った金髪の、でしたもの」

「まさか、チルドレンの一件で追放されたセーラ・アンビレンか!?」

教會関係者であるサトゥーキ以外はピンときていない様子だ。

だが、重要なのは救出に向かったのがミルキットとセーラだったことではない。

マリアでは・・・・・なかった・・・・、それが最大の問題だった。

「どういうことだ? ならば、マリア・アフェンジェンスは何をしている!?」

彼がマリアの手助けを確信しているのには、とある理由があった。

キリルに作戦を伝えられるのは、マリアだけなのである。

常に兵士の監視にさらされ、自由に他人と接することが許されていなかったキリル。

聲も、手紙も、暗號を使ってもそれは不可能。

そんな彼に伝える方法は“お告げ”だったのだと、サトゥーキは見ている。

本來、コアを使用した時點でマリアは死ぬはずだった。

だが、がコアに適応することで彼は生存した。

つまり――牢獄からの走に功した時點で、彼はすでに人間とは違うものにり果てているのだ。

すなわちオリジンにさらに近い存在になったということ。

そんなマリアならば、オリジンと同じような力も使えるだろう。

それが“お告げ”、いわゆるテレパシーだ。

先代教皇や先代王は、い頃からオリジンからこのお告げをけ取ることで、洗脳されてきた。

この方法ならば、厳重な監視下に置かれたキリルが、計畫を知っていたのにも納得ができる。

「おい、しいいか?」

アンリエットは近くにいた兵士を呼びつける。

「寶庫にある転移石の數を確認してしい」

指示されると、彼はすぐに司令室を出ていった。

「どういうことだ、アンリエット」

「フラムの走を手助けしたのはマリアではなかった、つまり彼の手は空いているということになります。ならば、彼はどういった形で英雄たちの走を手助けしているのか、それを考えたんです」

「そうか、彼が王都の外に新たに転移石を設置しているとしたら……!」

「はい、仮に他の転移石とのリンクが切られたとしても、キリルがリターンの魔法を使用することでで王都から出られます」

二人が意見をわしていると、早くも寶庫へ確認に向かった兵士が戻ってくる。

彼は慌てた様子で言った。

「數が一つ減っているとのことです!」

それを聞くと、サトゥーキはカチッ、と人差し指と親指の爪を弾いて鳴らした。

「チッ、王都の外にキマイラを向かわせても、今からでは見つかるかわからんな……!」

「全力でリターンの発を阻止するしかありません」

「エキドナに伝えろ、城門と城壁の防衛はもういい、全戦力を英雄の捕縛に員しろと!」

一人の兵士が素早く部屋を出て、エキドナの元へ向かう。

後手に回ってばかりだ。

「だが……なぜだ、何のために聖は、そこまでして英雄たちの手助けをする……?」

マリアがライナスのことをなからず想っていることは、サトゥーキも知っている。

しかし、それが理由ではないような気がするのだ。

もっと彼らしく・・・・・、そして全力で阻止すべき意図があるのではないか――

サトゥーキはうまくいかないもどかしさと、意図の読めない聖の存在に、何度も繰り返し爪をカチカチと鳴らしていた。

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