《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》089 と闇と
魔王城で開かれた立食パーティは、大いに盛り上がった。
ディーザの作った料理が機に並べられ、フラムたちは各々にそれを皿に乗せ、口に運ぶ。
北でしか取れない野菜を使ったサラダや、魚のマリネ、溫かいポタージュ、メインディッシュのステーキや白魚のムニエルにと――餌付けされているのではないかと警戒してしまうほど、豪勢なメニューの數々。
さすがに一人で作ったわけではなく、手伝った魔族が數人いたようだが、それにしてもである。
シェフであるディーザ曰く、「もうし時間があれば見栄えも良く出來たのですが」とのこと。
今でも十分だと言うのに、ちょっと嫌味に聞こえるほどだ。
「でもなんで、魔族ってが無いのにこんなに豪勢な料理が出てくるんですかね」
そう言って、フラムは大きめのを口に運ぶ。
「わかんない」
エターナは“そんなことどうでもいい”と言わんばかりに、手作りのバゲットを頬張り、澄んだ果酒のったグラスを傾けた。
確かに些細な疑問だ、しかし一度気になってしまうと、どうしても引っかかる。
いっそ本人に聞きに行ってみるか、とフラムは、ミルキットからの質問攻めにあっているディーザに近寄ろうとした。
すると、近づいてきた男が、自分の皿にステーキを乗せるついでに答えた。
「こんなん作れるのはディーザさんだけだよ。他の連中は料理に興味なんざ持たねえからな。俺らは小さい頃からこの味に慣らされてるから、すっかり贅沢になっちまったってわけだ」
「ツァイオンさん」
「さんはいらねえ、むずいからな」
「えっと……じゃあ、ツァイオン」
「おう、それでいいぞフラム」
彼は歯を見せて笑った。
フラムが想像していたよりも、ずっと人懐こい格のようだ。
「なんでディーザさんは、同じ魔族なのに料理に興味なんて持ったの?」
ツァイオンは考え込む。
エターナもなんだかんだで興味があるのか、もっきゅもっきゅと咀嚼しながら彼の方を見ていた。
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「わっかんねえ、オレらが生まれたときにはもう今のディーザさんだったからな。料理に限った話しじゃなく、あの人は々やってんだ。街の方でも定期的に塾みたいなことやって、生徒もわんさかいるしな。オレらも々教わったよ」
「ただの執事さんじゃないんだ」
「神的支柱ってやつだな」
料理の腕といい、立ち居振る舞いといい、ただ者でないことはフラムにもわかった。
ある意味で、魔王以上に魔族にとって重要な人なのかもしれない。
「先代の魔王が亡くなってからは特にだな、あの人がいなきゃ魔王城は滅茶苦茶になってたかもしんねえ」
「どうして亡くなったの?」
「ちょうど人魔戦爭の前ぐらいだったか。病気で衰弱しちまったんだ」
「魔王でも病気にかかるんだ……」
「人間に比べてが丈夫っつっても、無敵じゃねえからな。それでも、魔王様ほどの強さを誇った魔族が病気で死ぬってのは、珍しいことらしい」
人間と違って、魔族は薬草の使用を制限していないはず。
つまり、回復魔法と薬を併用してもなお、治療できない恐ろしい病にかかってしまったのだろう。
「死因も特定できねえまんまだしな、シートゥムもあの頃はかなり落ち込んでたもんだ」
「……人魔戦爭って、三十年前だよね」
「ああ、そうだな」
「あの、シートゥム……って、何歳なの?」
見た目はセーラと同じぐらいだ。
だが魔族の壽命は人間より長いというし、おそらく外見より年上なのだろう。
それにしたって、三十歳を過ぎているという時點でも驚きだが。
つまり三十代後半、あるいは四十代ぐらいだろうか――と予想するフラム。
「五十歳は過ぎてるんじゃね」
「ごじゅう……」
予想をさらに上回ってきた。
驚愕するフラムに、ひっそり「ふふん」と勝ち誇るエターナ。
年齢で勝って嬉しいものなのだろうか、フラムには彼の価値観がよくわからなかった。
「じゃあツァイオンとかネイガスさんも……」
「ネイガスもさん付けしてんのか」
「それは、最初に會ったときにそう呼んじゃったから」
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「あー、それわかるわ。初対面のときの呼び方って、意外と変えらんねえもんだよな」
急に呼び捨てにしろと言われても、人間の心理がそれを拒むのだ。
まあ、それはさておき――本題は、魔族の年齢についてである。
「そんで年だけど、オレとネイガスは七十過ぎってとこだな、ディーザさんはもっと上だとは思うが」
「七十!? 全然そんな風には見えない……」
「そりゃあ、人間と比べりゃな。だが魔族の大半は、年齢なんて大して気にしてないと思うぜ」
長壽だからなのか、はたまたそういう文化なのか、魔族は年齢を重視しないらしい。
フラムが覚の違いに驚く一方で、エターナはがっくりと肩を落としていた。
「いや、だからエターナさん、そこで勝負しなくていいんですって」
苦笑するフラムに、彼は「でもなんとなく……」と暗い表で返した。
そこそこの期間を一緒に過ごしてきたはずだが、相変わらずよくわからない人である。
「ははは、変なやつだな。実際、戦ってるだけじゃ相手の人格なんてもんはわかんねえもんだよな」
「わたしも、ツァイオンと戦ってたときはもっと話の通じない相手だと思ってたから、お互い様」
「やんちゃそうな見た目ってよく言われるからな」
「違う、襟を立ててるから」
「なんで襟で判斷すんだよ、かっこいいだろ!?」
自慢げに襟を見せつけるツァイオンだったが、誰も同意しなかった。
決してファッションセンスが無いわけではないのだ。
ただ、そのやたら目立つ襟さえなければ――とフラムたちだけでなく、シートゥムも常日頃から思っているに違いない。
「ま、他人に理解されなくても構いやしねえよ。見た目と実際の印象が違うと言えば、フラムが一番そうだな」
「私が?」
「あんなに弱そうだったのに、今じゃ立派に戦力じゃねえか」
確かに、旅をしていた頃と比べると、今のフラムは別人のように見えるに違いない。
「それは……ミルキットを守るためには、もっと強くならないといけないから」
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「そうか。好きなを守るために強くなる、その気持ちはよくわかるぜ」
彼もフラムと同じように、シートゥムを守るために強くなってきた。
特に敵がいたわけではないのだが、いずれその時が來たら、絶対に助けてやるんだと――今でも鍛錬は欠かさない。
その結果が、魔族の中でも五本の指にるほどの高い戦闘能力だ。
「そういえば、フラムって呪いの裝備を使って強くなってるんだったか?」
「うん、屬のせいでエンチャントの効果が反転しちゃうから」
「だったら普通のエピック裝備じゃ駄目か……シートゥムにそう伝えとくわ」
「は、はあ」
なぜシートゥムに伝える必要があるのか、さっぱりわからないフラム。
ツァイオンはそんな彼を置き去りにし、二枚の皿を持ってシートゥムに近づいていった。
どうやら一方は彼の分らしい。
「見た目より優しい人だってことはわかるんですけど、なんで私の裝備のことなんて聞いたんでしょうね」
「ふぁがひゃひゃひ」
エターナは口の中にをパンパンに詰め込んでいる。
どうやら“わからない”と言いたかったらしいが、それより彼の膨らんだ顔の方が気になってしまう。
「ペース、早くありません?」
「んぐっ。ふぅ……やけ食い。インクがわたしを見捨てたから」
「あれ、そういえばインクはどうしたんですか?」
「セーラと一緒」
彼の視線の先には、年齢の近い者同士で楽しそうに話す二人の姿があった。
確かにその雰囲気に、エターナがることは難しそうだ。
もっとも、それですねている彼が一番子供っぽいわけだが。
「あれがいわゆる浮気」
「あはは……まあまあ、今ぐらいはいいじゃないですか、どうせ同じ部屋なんですから」
「だからこそ、さっきまでずっとくっついてたから、離れたときやけに寂しくじる」
依存は楽だ。
けれどリスクが生じる。
一生、絶対に離れ離れにならないという確信があればいいが――そんなものは、どこにも存在しない。
きっと、どれだけ強い力を手にれたって、理不盡は降って湧いて人たちを引き離す。
「フラムもそうだと思ってた」
「私は……そう、ですね」
フラムの視線が、ディーザに料理の話を聞いているミルキットの方を向いた。
「寂しくないって言えば噓になります。でも、信じてますから」
「何を?」
「どこにいたって、ミルキットは私のことを想ってくれてるって。だから、エターナさんよりはしだけ我慢強いかもしれません」
「むぅ、敗北」
それはどちらが良いか悪いかの話ではない。
フラムの方がエターナよりも深く、誰かに寄りかかっている。
ただ、それだけのことだ。
◇◇◇
パーティを終えたあと、ライナス、キリル、そしてエターナがシートゥムに呼び出された。
案された場所は、どうやら応接室のようで、ライナスたちは呼び出した張本人と、三魔將と向き合って椅子に腰掛けた。
「なんでこの三人なんだ?」
真っ先にライナスは、シートゥムにそう尋ねる。
報を一番持っていそうなライナスと、別に捕縛されていたキリルはともかくとして――なぜエターナなのか。
それは彼自も不思議に思っているようだ。
「こういうところに呼び出されるのはガディオだと思ってた」
「彼には、王國との間に私怨があると聞きましたので、話にバイアスかかってしまうのではないかと思いまして」
「なるほど、そういうことなら」
キマイラにティアを殺されたという話は、ネイガス経由で彼に伝わっているらしい。
エターナとしては、一刻も早くインクの待つ部屋に戻りたいところだったが、そう言われてしまっては仕方ない。
「さて、ここにお呼び出ししたのは他でもありません、手を組むにあたって、どう王國とやりあっていくか、的な話をするためです」
「戦い方を決めるってことか」
「それなんですが……私は、今でも王國との停戦を求めたいと思っているんです」
「そりゃ無理だな」
ライナスは即答した。
「どうしてそう言い切れるのですか?」
「領地やら資源が目的ならまだ話し合いで解決できたかもしれない。だがあいつらの目的は違う、“魔族を打ち倒すこと”そのものなんだよ」
「なんだそりゃ、おかしいだろ」
人魔戦爭を仕掛けてきたのは人間の方、停戦協定のを抜けて“軍人ではない、ただの一般人である”勇者を差し向けたのも人間の方だ。
むしろ怒りたいのは魔族の方で、逆恨みとしか思えない。
「今の王國を牛耳ってるのは、教皇であるサトゥーキって男だ。あいつの父親は、人魔戦爭の時代に軍務大臣をやってたらしい」
「そのリベンジマッチってわけ?」
「だろうな」
「そのような私のために戦爭を仕掛けてくるとは、人間とは愚かなものですな」
「……ぐうの音も出ない正論」
「ですがこうなったのも、もとを正せば私がオリジンを封印しきれていなかったせいです」
シートゥムは太ももの上に手を置き、スカートをぎゅっと握った。
心配そうに彼の方を見るツァイオン。
「確かに、以前の教皇や國王はオリジンにられてた。でも今のサトゥーキやエキドナは違う、オリジンの力を自分で利用しようとしてる。戦爭の理由に、オリジンの意思は介してない。私は、魔族が責任をじる必要は無いと思う」
王城で囚われたことをきっかけに、キリルは軽い人間不信に陥っていた。
この場合、“人間という種族”に対する不信だが。
もちろんフラムを筆頭とする仲間たちは別だ、しかし王國という組織に対しての信用はもはやゼロである。
田舎で平和に暮らしていた自分を騙した挙げ句に実験道にしようとした、その責任は全て人間にあると考えていた。
「ありがとうございます、キリルさん。ですがやはり、私は自分の責任をじずにはいられませんし、停戦を諦めたくないんです」
「あいつらが魔族領への攻撃を諦めるとしたら、その理由は一つしかない」
「なんでしょうか」
「キマイラの軍勢が潰されることだ。それで、あいつらの圧倒的な自信は一瞬にして崩れる」
ライナスの言葉に、シートゥムはしがっかりしたようだ。
戦いは避けられない、そう明言されたようなものだからである。
「やはり、命の奪い合いにはなってしまうんですね」
「今の段階から止めるのは無理だろうな」
「例えばよお、キリルがリターンっつう魔法を使って王都のキマイラを潰すってのはできないのか?」
「脳筋極まれりね、戦力でこっちが負けてるからこうやって悩んでるんじゃない。突っ込んだら袋叩きにされるだけよ」
「あと、王都にリターンで戻ることはもうできないよ」
「あら、そうなの?」
ライナスとエターナもキリルの方を見た。
“そんな話は聞いてない”とでも言うように。
「黙っててごめん、ディーザさんに聞いたら構わないって言われたから、“帰還地點”を魔王城に変えたんだ」
「あれってそんな簡単に変えられるもんだったのか」
「割と手軽かな。元々は、私の故郷に設定してたものだから」
「つまり、わたしたちが王都に帰ることになったときは……徒歩?」
「それはさすがに私が送ってくわ」
エターナたちが王都に帰るということは、王國との戦爭が無事終わったということだ。
その功労者たちを、徒歩で帰すほど魔族は恩知らずではない。
とはいえ、手軽に帰れる手段を失うというのは、そこそこショックだったようで、許可を出したというディーザも頭を下げた。
「申し訳ございません、もうし相談しておけばよかったですな」
「いえ、どうせ使えなかったんですし、判斷は間違っていないと思います。他の地點へのリターンも不可能なんでしょうか」
「うん、魔族領に設置した転移石との繋がりが切斷されてるから、難しいと思う」
「つうかさ、王都の連中は何のためにキリルちゃんを隔離してたんだ?」
ライナスがそう尋ねると、思い出すのも嫌だったのか、キリルの表が曇る。
そしてぽつりと、低い聲で語りだした。
「リターンを軍事転用しようとしたんだと思う。そのためにあいつらは、私のをずっと調べてたの」
「それは、完してるのか?」
「……たぶん」
「つまり王國は、あなたたちが転移石を設置した場所まで、ショートカットしてキマイラを展開できるってわけ?」
ネイガスの言葉に、こくりと頷くキリル。
「転移石の撤去はできないの?」
その疑問に答えたのは、ときにその設置を擔當することもあったエターナであった。
「できる、でも設置より撤去の方が難しい。一個につき三日はしい」
「それじゃあ間に合わないわ……」
大きくため息をつき、ネイガスは頭を抱えた。
「やはりそうなると、正面からキマイラとぶつかり合う他ないのでしょうか」
「対策はしてるの?」
セレイドは、敵からの襲來を前提として作られてはいない。
ただの街であって、キマイラの攻撃をしのげる要塞ではないのだ。
今のままでは一瞬で焼け野原にされてしまうだろう。
そんなキリルの疑問に答えたのは、ディーザである。
「シートゥム様の指示で、魔法で巖の防壁を作っております。一時的なものですが、數日後には街全を覆えるかと」
魔族もさすがにそこで何もしないほどお花畑ではなかったようだ。
しかし――
「ですが、気休めでしょうな」
彼はそう付け加える。
キマイラの圧倒的な火力を前には、巖の防壁程度、紙のようにあっさり破壊されてしまうに違いない。
確かに、數ではセレイドの魔族の方が勝っている。
だがステータスは、人間よりは魔力が高いとはいえ、もちろん個人差があるのだ。
頂點に立つシートゥムを始めとして、ネイガス、ツァイオン、ディーザ――そして街で暮らす魔族の中にも、強力な力を持つ者がいないわけではない。
しかしその全てを束ねても、千を超えるキマイラの軍勢に立ち向かうことは難しいだろう。
「だが弱點が無いわけじゃない」
ライナスはそう、自信を持って言った。
まるで勝ち筋が見えているかのように。
「倒す方法があるんですか?」
「オリジンコアを使うにあたって、問題となるのは“オリジンの意思”とやらで、コアを使った人間やモンスターが勝手に暴走することだ」
チルドレンの暴走は彼らの意思があったから別ではある。
だがエニチーデのオーガや、ネクロマンシーに関しては、制できなかったがゆえに起きた悲劇であった。
「だからキマイラは、その対策を取る必要があった」
「確かに、キマイラは統率の取れたきをしてたね」
「ああ、逆に言や自分の意思が無いってこった。そこまでしなきゃ、オリジンを遮斷できなかったってわけだな」
「それがどう、弱點と関わってくるのでしょうか」
「つまり、指示を出さなきゃかないんだ。そのための道がある」
それは、王城のとある部屋に設置されていた水晶である。
あれはキマイラと同じく、エキドナが作り出した制裝置だった。
「あれがなけりゃ、キマイラはきを取ることすらできない。しかも、適用範囲は限られてる」
それを聞いて、ネイガスはぽんと手を叩いた。
「だからイリエイスの人質を救出したとき、キマイラたちは途中までしか追ってこなかったのね……」
どこまでも追いかけ続ければ、いずれネイガスの方がガス欠を起こしていただろう。
だがキマイラたちは途中で止まり、彼らを捕縛できなかった。
その原因こそが、制裝置の範囲にあったのである。
「ライナス、待った」
「どうしたエターナ」
「それを知ってたなら、王都を出する前に破壊したらよかったはず。どうして教えてくれなかった?」
「俺も知らなかったからだよ」
眉間に皺を寄せ、訝しむエターナ。
出時點で知らなかったというのなら、ライナスは一いつそれを知ったと言うのだろうか。
「ほら、リターンで王都の外に出ただろ? あのときに聞いたんだ」
ライナスが最後に會話をしたのは、マリアだ。
フラムたちが出してくる前にも、彼はしばらくマリアと二人で話し込んでいた。
そのときに、聞かされたのだろう。
「……つまり聖様は、前からそれを知ってたわけ?」
ネイガスは怪訝そうな表で問い詰めた。
「だろうな」
「ライナス、あなた出前にも、彼とコンタクトを取ってるのよね」
「ああ、そうだ。じゃなきゃ出の手助けなんてできないからな」
「じゃあなんで、そのときに彼はあなたにそれを言わなかったの?」
「知らねえよ、あっちも出寸前に知ったんじゃないのか?」
いいや、そうではない――と彼はどこかで確信していた。
おそらく、彼がマリアのことを信用していないからだろう。
制裝置を破壊すれば楽に出できることを知った上で、彼はなぜかライナスにそれを伝えなかったのだ。
「その顔、まさか疑ってんのか?」
「だってそうじゃない。彼、やってることが怪しすぎるのよ」
「今はマリアさんを疑ってもしかたないでしょう。キマイラの軍勢を止めるための方法を模索するのが先決ではありませんかな」
ディーザに諌められると、ネイガスはぐっと言葉を飲み込んだ。
だが納得はしていないようだ。
一方でライナスも、マリアが信用されていないことに不満げである。
「とにかく、その制裝置ってのを壊せばいいわけだろ? だったら、真正面から突破すりゃいいと思うぜ。全員で行きゃあ、一人ぐらいはたどり著くだろ」
「それ誰が行きたがんのよ」
「敵は地上と空中を埋め盡くすほどの數と聞いております、もし突破できたとしても、犠牲は避けられないでしょうな」
「誰かが死ぬなんてダメです、許されることではありません!」
シートゥムは強い口調で言った。
死者を出さずに、キマイラの活だけを停止させて、停戦に持ち込む。
それが満たせなければ、戦いを認めることはできない。
そんな彼の決意は強い。
「つってもよお、シートゥム。だったらどうすんだよ。死者を認めないっつうことは、こっちで軍隊を作って戦うわけでもないんだろ?」
「もちろんです。というより……戦いをまない者も多いですから」
気盛んな若者はともかく、子供や老人たちは、積極的に戦いに參加しようとはしないだろう。
街の防衛には協力するが、キマイラの群れに突っ込んでいって立ち向かうような魔族は、ほとんどいないはずである。
実際、人魔戦爭のときも戦い參加したのはごく一部のみ。
それでも、人間の軍隊はあっさりと敗北した。
本來はそれだけの力の差があるのだ。
キマイラで、それはあっさりと埋まってしまったが。
それから數時間、部屋に集まった彼らは制裝置を破壊する方法について話し合った。
結局、どうあがいても安全な方法などは見つからず。
最終的にはシートゥムも妥協し、危険を承知の上で、ある一つの作戦が固まったのは――空が白み始める早朝のことであった。
◇◇◇
翌日、會議に出ていたキリルやエターナがようやく目を覚ました晝過ぎに、フラムたちは魔王城のとある部屋へと案されていた。
対価というわけではないが、戦闘に參加する全員に渡したいものがあるらしい。
そこは他の扉よりも厳重な鍵のかかった々しい部屋で、室もやけに薄暗い。
先にったディーザが壁の水晶に手のひらを當て、魔力を流すと、明かりが燈る。
そこは――過去に魔族たちが使ってきた裝備が置かれた、寶庫だった。
先導するシートゥムが、純白のドレスをゆらして振り返る。
そしてフラムたちに告げた。
「好きな裝備をどれでも一つ持っていってください、きっとみなさんの戦いに役立つはずです」
もちろん、そこに置かれた裝備にはいくつものエピック裝備が含まれている。
大盤振る舞いなんてものではない。
「……本當にいいのか?」
ガディオですら戸い、そう聞いてしまうほどの事態であった。
だがシートゥムはあっさりとこう言い切る。
「本來、戦いを好まない私たちには必要のないものですから」
ならばなぜここに大量の裝備が眠っているのか――という疑問を誰もが抱いたが、多くはオリジンとの戦いの産である。
つまりは、數千年前からここに眠る武や防たち。
埃を被っているものも多くあったが、磨けば問題なく使えるだろう。
「ですので、遠慮せずにどうぞ。無くなって困るものでもありませんし。ああ、それとフラムさんには呪いの裝備が必要ということなので、別の場所にご案しますね。ディーザ、ここはよろしくお願いします」
「かしこまりました」
シートゥムは、「こちらです」と言って寶庫から出て、さらに城の奧へと案する。
フラムはミルキットの手を引いて、彼についていった。
キリルは二人の後ろ姿を視線で追ったが、見えなくなると、自分の裝備選びに意識を移す。
とはいえ――全をエピック裝備で固めている彼に、使えそうな裝備はあまりない。
一方でキリル以外の面々は、それぞれ気になるものにスキャンをかけ、ディーザに逐一許可を取りながらにつけていた。
「一つって言われると、逆に困るもんだな」
「そうか?」
「そりゃあ、ガディオの場合は剣も鎧も変えるつもりはないからそうなるんだろうけどさ、俺は見ての通り軽裝だから」
使おうと思えば使える裝備は、そこら中に溢れていた。
しかも、どれもが金で買うどころか、市場に出回ることすら滅多にないものばかり。
修道であるセーラすら、いざ選び出すと一個だけでは収まらなくなる。
「セーラちゃんは特別だから、いくつでも選んでいいわよ?」
小さな彼を背中から抱きしめ、を押し付けながらネイガスは言った。
「そういうわけにはいかないっす」
「んんー、そういう謙虛なところも好きぃー!」
「恥ずかしいから、こんなとこで発するのはやめるっすよ」
それでも彼がやめる様子はない。
きにくそうにしながらも、セーラは一著のローブの前で足を止めた。
「白いローブ……」
「あら、今も似たようなのを著てるのに、またそれを選ぶの?」
修道であるということを隠すために、ネイガスと二人で旅をしているときは別のローブを纏っていたセーラ。
だが、魔族領に戻ってきてからは、また元の修道服を著ている。
追放されたとはいえ、彼の変えるべき家は中央區の教會だ。
その想いがあるからこそ、かけ離れた服裝はしたくないのだろう。
--------------------
名稱:孤獨なるエンシェントローブ
品質:エピック
[この裝備はあなたの魔力を670増加させる]
[この裝備はあなたの力を828増加させる]
[この裝備はあなたの屬魔法の威力を増幅させる]
--------------------
しかも、エンチャントまでもが完全に修道仕様。
見た目がそれっぽいので、元々が神に仕える者のために作られたものなのだろう。
その神は、決してオリジンではないだろうが。
「よし、おらはこれに決めたっす!」
「私もいいと思うわ、出が多くて」
「へ……?」
確かにスリットがやけに深く、かなりきわどいところまで太ももが見えそうである。
「それにエピック裝備となると、いざというときに一瞬でげるじゃない?」
「やめるっす、他のにするっす!」
「えー、私はそれがいいのー!」
「いやっすー! 絶対にいかがわしい目的でしか使われないじゃないっすかー!」
ローブの前から離れようとするセーラ。
そんな彼の腰にしがみつき、「お願いだから著てえぇ!」と懇願するネイガス。
ライナスは、頬を引きつらせながらそんな二人の様子を見ていた。
「……楽しそうだな」
「明るいのはいいことだ」
「そう言いながら目をそらしてんじゃねえか」
「ところで、ライナスは決まったのか?」
「ああ、俺はこれだな」
そう言って手にとったのは、茶いレザーのグローブだ。
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名稱:死活のレザーグローブ
品質:エピック
[この裝備はあなたの敏捷を1851増加させる]
--------------------
スキャンをかけてそのエンチャントを見たガディオは、思わず「ふっ」と笑った。
「んだよ、文句あんのか?」
「いや、極端でらしいと思っただけだ」
「そういうガディオはどうすんだよ」
「俺には必要ない。というより、全鎧と大剣で埋まっているんだ、裝備の余地がない」
「指とかはどうだ?」
「……今のところ、つける指は一つだけと決めているのでな」
ガディオはし控えめな聲でそう言った。
別の場所で、もらうつもりはないが裝備を見て回っているケレイナとハロムに配慮してのことだろう。
「ガディオって、一途なのか面倒くさいのかわかんねえよな」
「俺にもよくわからん」
だがなくとも、復讐を――エキドナをこの手で殺すまでは、はっきりとした答えを出すことは許されない。
そう考えているようだった。
「すごい裝備があるって聞いて來てみたけど、よく考えたら私には何もみえないよねー」
エターナと手をつないだインクは、し退屈そうにしている。
目の見えない彼は、もちろんスキャンを使うこともできない。
「この帽子、筋力が1000も上がる」
エターナは言いながら、インクの頭にその帽子を乗せた。
「別につまらないってわけじゃな……っておぉ……なんか力が湧いてきたぁ!」
一般的なと同じく、筋力のステータスが數十しかない彼がそんなものを裝備すれば、ただにつけただけでも効果を実できるだろう。
インクは楽しそうに踴るようにをかしたかと思うと、おもむろにエターナの腰をがしっと摑んで持ち上げた。
「うわぁ、簡単に持ち上がっちゃうし!」
「十歳に持ち上げられる六十歳……ふふっ」
なぜかエターナは誇らしげだった。
「どいつもこいつも楽しそうだな」
その様子を見ながら、呆れ顔のツァイオンがつぶやく。
「ここに來るまで長い間、命を狙われ続けていたようですから、気が緩んでいるのでしょうなあ」
「魔王城だってのにな。人間のために熱く戦ってきた勇者たちだってのに、酷いもんだぜ」
「ああいった、力があるのに報われない方々を見ていると、使命に駆られてしまいます」
ディーザはそこから離れ、キリルに近づいていく。
「立派な人だよなあ、ディーザさんって」
しみじみと言うツァイオン。
彼らが話している最中も、ネイガスとセーラは騒がしいし、エターナとインクはじゃれあっている。
だが、一応裝備選びは進展しているらしく、エターナは、とあるネックレスの前で足を止めた。
「これにする」
「どんなの?」
「ネックレス、青い寶石がってる」
見た目も水屬の彼によく似合っているが、エンチャントもぴったりのようだ。
--------------------
名稱:守護者のディープブルーネックレス
品質:エピック
[この裝備はあなたの魔力を539増加させる]
[この裝備はあなたの力を312増加させる]
[この裝備はあなたの敏捷を256増加させる]
[この裝備はあなたの水屬魔法の威力を増幅させる]
--------------------
彼はそれを見て、ご満悅であった。
これを王國で手にれようとすれば、豪邸がいくつも建つほどの大金が必要になるだろう。
それがタダでもらえるというのだ、上機嫌にならないわけがない。
ネックレスを首からかけ、増加するステータスを確認するように、手を閉じたり開いたりするエターナ。
次々とみなが裝備を決めていく中、キリルだけは一人で眺めるばかりで、手に取ろうとしていなかった。
「決められましたか、キリル様」
「ディーザさん……いや、私は元からエピック裝備を貰ってたから、必要ないかなと思ってて」
「そう言わずに、せっかくの機會なのですから。例えば、こういったものなのどうでしょうか」
ディーザは棚の引き出しを開くと、並んでいる指の中から一つを取り出して彼に手渡した。
それは何の変哲もない、しだけ黒みがかった銀のリングだ。
しかしこれでも、エピック裝備らしい。
--------------------
名稱:幻想のクローズドリング
品質:エピック
[この裝備はあなたの筋力を326増加させる]
[この裝備はあなたの魔力を422増加させる]
[この裝はあなたの力を483増加させる]
[この裝備はあなたの敏捷を276増加さセる]
[この裝備はあなたの覚を396増加させる]
--------------------
キリルはさらっとエンチャントを眺めて、「まあこれなら」と指にはめる。
特にずば抜けた能はないが、指という裝備しやすい部位で、なおかつ全ステータスが上昇する優れたエンチャントを持っている。
何かの邪魔になるわけでもなく、キリルに拒む理由などなかった。
ディーザは満足げに微笑むと、彼から離れガディオに近づく。
結局、彼だけはディーザの説得もむなしく、何も持っていかなかったらしい。
こうして、フラムを除いたメンバーの裝備選びは完了したのだった。
◇◇◇
シートゥムに連れられフラムとミルキットがたどり著いたのは、別の倉庫である。
そこは寶庫以上に暗く、ランプも設置されていないらしく、部屋にったシートゥムは魔法で周囲を照らした。
するとぼんやりと、そこに収められた品の數々が浮かび上がる。
「本來、ここは寶庫にれるほどではない裝備が置いてある場所だったんです。ですが今日の朝、兄さんが探していたら呪いの裝備がいくつも見つかったそうで」
「つまり、元は呪いの裝備じゃなかったってこと? それって大丈夫なの?」
「大丈夫ではない……と思います。あとで調査しなければならないという話はしていたんですが、中にはエピック級の呪いの裝備もあったそうなので、まずはフラムさんに見てもらおうかと思ったんです」
喜んでいいのか微妙なところである。
だが、そもそも自分が履いているレザーブーツの時點で、死の山から引っ張り出したものなのだ。
呪いの原因がわからないぐらい、いまさらである。
「確か兄さんが、こっちにあると……」
倉庫の奧へと進んでいくシートゥム。
だがフラムは、妙な気配をじて、その途中で足を止めた。
「ご主人様、どうかしましたか?」
「いや、これが妙に気になって。ねえシートゥム、見てもいい?」
「構いませんよ、ですが崩して怪我をしないように気をつけてくださいね」
彼は、上に乗っかっているが落ちてこないように、そっと“何か”の上にかけられた布を退かした。
すると、そこから黒い鎧が姿を現す。
「それは……どうしてこんなところに」
シートゥムは、それを見て隨分驚いているようだった。
フラムも改めて鎧に目を向ける。
下半の形狀や、大きさからして、用のようだ。
彼が気になって足を止めたのは、おそらくその裝備に呪いがかかっているからだろう。
発せられる禍々しい気は、近くに立っているだけで寒さをじるほどだ。
「お母様が、儀式のときに使っていた鎧です。亡くなったあと、いつの間にか無くなっていたのですが」
「つまり、魔王の鎧ということですか」
「はい、と言っても見た目だけで、元はそんなにランクの高い裝備ではなかったんですよ」
そうは言うが――フラムには到底信じられない。
この裝備に宿っている呪いは、他のものとあまりに格が違う。
スキャンを使わずともわかるほどだ。
的にどういったステータス変をもたらすのかはスキャンをしなければわからないが、しかし――フラムは、軽い気持ちでエンチャントを見ない方がいいような気がしていた。
「ご主人様、顔が悪いですが大丈夫ですか?」
「ちょっと、ね。でも……」
それだけの呪いがかかっているのなら、得られる力もそれだけ大きいはず。
キマイラとの戦いを目前に控えているのだ、勝つためには、日和っている場合ではない。
意を決して、フラムはスキャンを発した。
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名稱:鬼哭啾々のアビスメイル
品質:エピック
[この裝備はあなたの筋力を3871減させる]
[この裝備はあなたの魔力を5136減させる]
[この裝はあなたの力を4923減させる]
[この裝備はあなたの敏捷を3994減させる]
[この裝備はあなたの覚を5512減させる]
[この裝備はあなたの■罪を44444444許さない]
[許さない]
[私は許さない]
[お前を許さない]
[裏切りを許さない]
[死にたくなかった]
[どうして]
[私がどうしてこんな目に]
[私を返して]
[幸せを返して]
[返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返して][返し
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「あ、がああぁぁっ!?」
世界を呑み込むほどの質量を持った怨嗟の塊。
それが一気に脳になだれ込み、フラムの頭に頭蓋骨が破裂したかのような激痛が走る。
視界が真っ赤に染まった。
呪いが焼け付いて、未だに『返して』という文字で思考が埋め盡くされている。
「あ……かえ、し……ひ、へ……かえし、て……あっ、ああぁぁぁああああッ!」
「ごっ、ご主人様!?」
手を握り、顔を覗き込むミルキット。
「ひっ……」
フラムの瞳からは、の涙が流れていた。
道理で世界が赤いはずだ。
こんなに世界が赤いから、赤くない世界がしくなる。
返してとぶのは、きっと正しい求だった。
「かえして……かえして……かえしてえぇ……っ!」
「ご主人様、しっかりしてください! 自分を見失わないでください!」
何か違うものが主をかしていると、ミルキットは直的に理解した。
だから手を握って、抱きしめて、必死に呼びかけるが、まだフラムには屆かない。
すると、そんな彼にシートゥムが近づき、頭に手を當てた。
「魔法で回復してみます、ヒーリ――」
「待ってください、回復魔法は反転するので使えません!」
「え、えっと……でしたら、錯する魔法を使えば反転するのでしょうか」
「たぶんそうだと思います」
シートゥムは基本的に、他人を傷つけることを嫌がる。
だから使い方はわかっていても、それを実戦に使ったことはあまりないのだが――それで癒やすことができるのなら、と張した面持ちで魔法を放った。
「コンフューズ!」
手のひらから闇が放たれ、フラムの頭の中にり込んでいく。
けた者を錯させる、闇屬の魔法だ。
本當にこれでフラムの神が落ち著くのか、使った今でも懐疑的ではあったが――フラムのの涙が止まり、しずつ瞳が正気を取り戻していく。
「本當に、治った……」
「う……あぁ……」
がくっと膝から力が抜け、フラムは床に倒れ込む。
ミルキットは彼のを支え、顔を覗き込んで必死に呼びかけた。
「ご主人様、私です、ミルキットです。わかりますか?」
「ん……うん、ミルキット……わかる、よ……」
力なく手を持ち上げ、ミルキットの頬に手を當てる。
その指から伝わる溫もりが、じわりとフラムのに広がって、さらに彼の心を癒やした。
「わた、し……スキャン、使って……そしたら、怨念、みたいなのが……流れ込んできて……」
「スキャンをかけるだけで、神に異常をきたすほどの呪いですか」
「たぶん、この部屋に呪いの裝備が増えたのも……それが原因だと思う」
「どうしてお母様の鎧がそんなことに……」
シートゥムは、自分の母はみなに看取られて、幸せに逝ったのだと思っていた。
だが、仮にこの裝備に宿った呪いが母の怨念だとするのなら、その認識は間違っていたということになる。
それどころか、死してもなお恨むほどに強く、誰かを憎んでいたのだ。
「シートゥムさんは、ここに鎧があったことも知らなかったんですよね」
「はい、フラムさんが布を退かさなければ気づくことはなかったと思います」
「ということは、呪いがかかっていることをわかってて、誰かがここに隠したんじゃないでしょうか」
「誰かが……隠す……」
呪いを見られたら都合の悪い人間。
あるいは、その憎しみの対象が――鎧をこの場所に隠せるほど、近くに存在している。
「そんな、一誰が……」
信じたくはなかった、信じられなかった。
そんなことをする誰かが、この魔王城に――いや、それどころかこのセレイドに存在するとは思えなかったからだ。
「すごい呪いだから、使えたら私も強くなれるとは思うんだけど」
「無理はしないでください」
「うん、わかってる。たぶん今の私じゃ、この量の呪いは反転しきれないと思うから、素直に諦めようと思う」
それに、シートゥムも母親の形見をおいそれとフラムに渡すわけにはいかないだろう。
「奧に、他の呪いの裝備がありますから、見てきてもらってもいいでしょうか」
シートゥムは力なくそう言って、新たに球を生み出し、フラムたちを導した。
暗に“一人になりたい”と言っているのだ。
意図を察した二人はその場を離れ、案に従って呪いの裝備のを始める。
「シートゥムさん、落ち込んでましたね」
「事はよくわからないけど、母親の鎧に呪いがかかってるなんて知ったら、ね」
「ご主人様は、本當に大丈夫ですか? 目や頭は痛みませんか?」
「痛みには強いから、平気。ありがとね」
だが、聲はなかなか忘れられそうにない。
許さない、裏切り、返して――シートゥムの母親は、誰かの裏切りに合って死んでしまったのだろうか。
魔族の中の誰かが、長である魔王を裏切るなんて。
「……そういえばセーラちゃんさ、前に魔族に故郷を滅ぼされたって言ってたんだよね」
「確かにそうでしたね。でも今は、ネイガスさんともとても仲が良さそうで、セーラさんの勘違いだったんじゃないでしょうか」
「ネイガスさんは襲撃を否定してたから、きっとそれを信じたんだと思う。でも、もし裏切った誰かがいるのだとしたら……」
「セーラさんの記憶も、ネイガスさんの言葉も、どちらも噓ではなかったということですか?」
「かも、しれない」
魔族に潛む裏切り者が、魔族の名譽を傷つけるためにそういった悪事を働いていたのだとしたら――辻褄は、合ってしまう。
もっとも、今のところはフラムの妄想に過ぎないのだが。
それでも、あの呪いを見てしまうと、それぐらいの悪意を持った誰かが存在していないと、納得ができそうになかった。
釈然としない想いを抱きながらも、裝備のは続き――フラムが手にとったのは、鎧とよく似た黒のすね當てレガースである。
この形狀ならば、ブーツの上から問題なく取り付けられそうだ。
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名稱:慟哭のシェイドレガース
品質:エピック
[この裝備はあなたの筋力を811減させる]
[この裝備はあなたの力を363減させる]
[この裝備はあなたの敏捷を778減させる]
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裝備が完了すると、全に力が満ちてくる。
何度か出しれのもして、問題なく収納できることを確認すると、フラムは「ふぅ」と息を吐く。
どうしても、さきほどの衝撃から立ち直れないのだ。
ミルキットは心配そうに、いまだ顔の悪い彼の手を握った。
「本當に、無理だけはしないでくださいね」
「わかってるって、私だってミルキットのこと心配させたくないんだから」
そして二人はそのぬくもりを確かめあうように抱き合った。
溫が、傷を癒やしていく。
意識に紛れ込もうとするどす黒いノイズは、しずつ晴れていった。
紆余曲折はあったものの、こうして無事にフラムも新たな裝備を手にれることに功し――
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筋力:3012
魔力:2966
力:2185
敏捷:2226
覚:1891
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――ステータス合計、12280。
魂喰いの長もあって、フラムはついにSランク級にまで到達した。
上を見ればまだまだ果てしないが、それでも確実に強くなっている。
王國との全面衝突を前にして、この力で必ず打ち勝ち、ミルキットと過ごす平穏な日々を手にれてみせる――と、フラムは決意を新たにするのだった。
突然不死身という最強の能力に目覚めちゃいました
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