サトゥーキの訃報を聞き、崩れ落ちたオティーリエ。

ヒューグを除いたその他の面々も、みな驚愕し、微だにせずに固まっている。

通信裝置からは続けて、ロディの聲が響いた。

『すごい音がしましたが、何かありましたか！？』

「ご、ごめんなさい、あまりに突然のことで落としてしまいましたの」

オティーリエは雑草に埋まった水晶を拾い上げると、眉間に皺を寄せてその表面に反するを見た。

実質、王國のトップである人間が死んだ。

つまり今、王都に殘っているのは、ただの置だったスロウと、エキドナぐらいのものだ。

『死因は何だ？』

しだけ平靜を取り戻したアンリエットが、ロディにたずねた。

『大聖堂のバルコニーから落下したとのことです。また、騎士が數人行方不明になっています』

「殺されたってことかなァ」

「大聖堂に侵した上に教皇様を手にかけるとは、誰がそんなことをしたんだ……？」

『わかりません。目撃者も誰もおらず、王都は混しきっています』

その混沌は、簡単に想像できる。

特に困しているのは、王であるスロウだろう。

これまではサトゥーキの指示を聞けばいいだけだったが、今や糸の切れた人形のようなもの。

突然に自由と責任を押し付けられ、青ざめているに違いない。

『おいヒューグ、心當たりはないか？』

『はっ、わからないであります！』

『父親が死んだんだぞ？』

通信裝置の向こうでは、アンリエットがヒューグを問い詰めていた。

だがヒューグは、父の死にまったく興味がないようだ。

『父親と知ったのも騎士になってからであります！　無論、教皇様としては慕っておりますし、その死を悼んでおりますが、親として思うことは何もないであります！』

『そう、か。ヘルマンは、何も知らないだろうな』

『……そういうのには、疎い』

心當たりはなし。

いや、殺す機のある人間ならいくらでもいるが、しかし――

「仮に勇者たちが殺したとして、セレイドから、この狀況でどうやって王都まで移したんですの……？」

『不可能だ。もし移の方法があったとしても、距離が遠すぎる』

「でも殺しそうな人間って言ったらあいつらしかいないよん？　魔族もいるし、おいらは決まりだと思うけどなァ」

『リターンの使用は封じているというのに、一どのような手段を……』

アンリエットがそう言いかけたところで、言葉がぴたりと止まる。

「お姉様？」

心配そうに呼びかけるオティーリエ。

その直後、通信裝置から鳴り響いたアンリエットの聲は、

『なんだと……なぜお前たちがここにいるっ！？』

そんな、焦りと驚きのり混じったものだった。

『馬鹿な、キマイラの包囲は完全だったはずだっ！　おいオティーリエ、気をつけ――』

通信裝置が地面に叩きつけられる音。

そして向こうから聞こえてくる怒號と、剣戟の音。

さらには魔法の発音まで鳴りはじめ、戦闘に突したことがはっきりとわかった。

「お姉様っ、お姉様ぁっ！？」

『アンリエット様！？』

「ほら言わんこっちゃない」

「……こちらにも來たぞ」

いち早く三人・・の存在に気づき、盾を構えるバート。

彼と制裝置を、半明の障壁――封邪の防壁アイアンメイデンが包み込む。

それだけが彼の役割だった。

戦闘はオティーリエとヴェルナー、そして待機しているキマイラに任せることとなる。

飛竜型が二、獅子型が五、人狼型が十三。

制裝置を防衛するには十分すぎる戦力であるはずだった。

だがアンリエットの様子から察するに、相手もかなりの戦力を投してきている。

そして、ついにその敵の姿を――ヴェルナーの視覚が捉える。

「キリルさんにはステータス上昇を、フラムさんにはステータス下降の魔法をかければいいんですね」

「うんっ、それでお願い」

フラムが笑顔で答える。

「私はいつでも行けるよ」

キリルは前方の敵を見據えながら、首を縦に振った。

シートゥムは目を細め、意識を集中させると、まずはキリルに魔法をかける。

「スターライト！」

彼の頭上に白い魔法陣が現れ、そこからが降り注ぐ。

の粒子はキリルのにれると、溶けるようににり込み、力を與えた。

全ステータスを上昇させる屬魔法“スターライト”だ。

シートゥムほどの使い手ともなれば、その上昇量は相當なものである。

そして続けて自にも同じ魔法をかけ、能力を補強する。

それが終わると、今度はフラムの方を向き、別の魔法を発した。

彼の質を理解していても、本當に使ってしまっていいのか、シートゥムはし張しているようだ。

キリルに魔法をかけたときよりも険しい表で、手のひらをかざす。

「ソウルアブソーブ」

キリルのときと同じように、頭上に黒い魔法陣が生される。

そこから振ってきた黒い粒子がフラムのにり込み――本來はステータスを吸い取り、減させるのだが。

しかし彼は、確実に自分のに力が満ちていくのをじていた。

「ありがと、シートゥム」

「いえ……本當に、大丈夫なんですよね」

「ばっちりだよ」

「あっちはもう戦い始めてるみたいだし、私たちも早く片付けよう――ブレイブ！」

躊躇なく切り札を発する。

短期決戦で決めるつもりのようだ。

これで、戦いの準備は完了した。

いつの間にやらオティーリエたちも武を構え、戦闘態勢にっている。

だがその表には明らかに、城のときには見られなかった戸いが生じていた。

「の子三人とは、おいらたちも舐められたもんだ……って言いたいところだけど」

魔族の通者の存在によって、魔王の正は軍の上層部には知れ渡っている。

しかしこうやって実際に姿を見てみると、やはり驚きは隠せない。

「勇者と魔王、そしてフラム。割と悪夢だろ、これ」

「お姉様……お姉様……ああぁ、お姉様ああぁぁぁぁ……っ！」

アンリエットの危機を知り、錯狀態に陥るオティーリエ。

「チッ、相変わらず使いづらいなこいつ」

「よ、弱気になるなヴェルナー！　戦力ではこちらが勝っているんだぞ！？」

「あれのステータスを見てもそう言えるわけェ？」

ヴェルナーにそう言われて、バートは初めて三人のステータスを確認した。

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フラム・アプリコット

屬：反転

筋力：3182

魔力：3261

力：2987

敏捷：3365

覚：2864

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キリル・スウィーチカ

屬：勇者

筋力：26493

魔力：25186

力：25455

敏捷：27168

覚：27136

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シートゥム

屬：闇

筋力：4247

魔力：23793

力：4159

敏捷：3916

覚：5270

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絶句する。

これが、こんなものが、同じ人間のステータスなのか、と。

確かに數百、あるいは數千のキマイラがいれば、余裕を持って封殺できただろう。

あるいは彼たちがセレイドで迎撃していれば、ジリ貧の戦いになって、王國が勝利していたはずだ。

しかし――想定外に背後を取られた今、彼らに絶対的な優位は無い。

「が土で汚れてるねェ……はっ、地上と空中は完璧、か。だったら地中はどうだって話だよねん」

「お姉様、お姉様、おねえさまおねえさまおねえさま」

「どういうことだ？」

「おねえさまあぁぁぁぁっ、おねえさまっ、ああぁ、お姉様あぁぁっ！」

「うるさいなこいつ！　要するに、地面を掘っておいらたちの背後を取ったってこと」

通常なら、數日で數十キロメートルにも及ぶトンネルを掘るのは不可能だ。

だが彼たちは普通じゃない。

勇者に魔王、英雄、そして三魔將――全員の力を総員すれば、不可能すら可能にしてみせるだろう。

「ああぁぁっ、てめえ……フラムてめえぇぇぇぇぇッ！　よくも、よくもよくもよくもお姉様をををおおぉおおおッ！」

鬼のような形相で、一人フラムに突っ込むオティーリエ。

「あーあー、行っちゃったよ」

「そ、そうだっ、戦いで時間を稼いでるうちに攻め込ませているキマイラを呼び戻すんだ！」

「やめときなーん」

「なぜだ！？」

「たぶんあいつら、捨てだ。主要な戦力を全ておいらたちを潰すのに使ってる。つまり、セレイドの守りはスッカスカってこと」

それは必ずしも、必勝の戦ではない。

ハイリスクハイリターンの、見方によっては無謀とも取れる手段である。

ヴェルナーは、両腕に裝著した鋭く尖ったクローを構え、腰を低く落とした。

「時間が経ちゃあ、自的においらたちの勝ちってことだねェ！　キマイラの制は任せたよん、バート！」

「りょ、了解したっ！」

オティーリエのあとを追って、彼は獣のように飛び出す。

さらにバートが制裝置にれると、周囲に待機していたキマイラたちが一気にき出した。

「オティーリエは私が相手するから、シートゥムとキリルちゃんは予定通りキマイラをお願い！」

「わかりました」

「一匹も逃さない――！」

三人は散開し、それぞれの戦いへと突する。

「ふっ！」

キリルはすれ違いざまに人狼型を一閃。

もはやこの程度の敵では相手にならないほど、圧倒的な能力を手にしていた。

「カオスサフォケイション」

シートゥムも負けじと、魔法で襲いかかってくる人狼型を一掃する。

彼の両側から白と黒の、まるで糸を束ねたような魔力の帯が放たれた。

それらはゆるりとしたきで敵に迫ると、首に巻き付きのきを止める。

やがて呼吸だけではなく、のあらゆる活が低下したキマイラは、その場で朽ち果て、やがて灰のようになって崩れ落ちる。

「あなただって元は罪なき命だったはずなのに……ごめんなさい」

異形の命を奪うことにすら罪悪を覚える――戦いの中においてもシートゥムは彼らしさを失わない。

その力はあまりに圧倒的で、だからこそ使用には責任がともなう、彼はそう考えているのだ。

「おおぉぉおぉおおおおお！　フラムうぅぅぅぅッ！」

「オティーリエさん、やっぱりそっちが本なんじゃない？」

「黙れ、腐れ売があぁぁぁぁッ！」

殺規則ジェノサイドアーツすら使わず、オティーリエは力任せに剣を叩きつける。

フラムはそれを片手で止めた。

「くっ、舐めやがってェ！」

そのまま片手で押し返すと、オティーリエは吹き飛ばされる。

空中で勢を持ち直しうまく著地したが、その力の差は歴然だった。

シートゥムのステータス低下魔法で得た力は、今までの比ではない。

あまりに軽い自らのに、うまくれるかフラムが不安になってしまうほどだ。

「オティーリエさん、言っておくけどアンリエットさんなら生きてるよ」

フラムは呆れた様子でオティーリエに告げた。

あえて言う必要もなかったが、このまま錯した彼に命を狙われるのも嫌なのだ。

「……なん、ですって？」

「シートゥムから人間は殺すなって言われてるから、生きたまま捕らえられてると思う」

聞いた途端に、オティーリエから敵意が消える。

単純なものだ。

そして生じた隙を――フラムは見逃さなかった。

向上した敏捷を憾なく発揮し、瞬時にオティーリエに接近する。

「本當に、お姉様は生き――てぎゃっ！？」

頬にめり込むフラムの拳。

吹き飛んだオティーリエは地面を転がる。

參戦しようとしていたヴェルナーは、「何やってんのこいつら」と冷めた目で彼を見ている。

「いっつぅ……わたくしが喜びに浸ってるときにあなたは……ッ！」

起き上がったオティーリエは、フラムを睨みつけた。

「戦闘中に浸るほうが悪い」

「お姉様が生きていましたのよ！？　全でその喜びを表現するのがパートナーの務めというもの！」

「だから何？　言っとくけど私、まだあんたのこと毆り足りないから」

むしろ殺さなかっただけ謝してほしいぐらいだ、と心の中で付け加える。

「あなた……以前と雰囲気が違うんじゃありませんこと？」

「かなり記憶が戻ってきたから。あと、自分が私にしたことを思い出してみてよ。ぶん毆って當然でしょ？」

あのときは、どちらかと言うと恐怖や戸いといったの方が勝っていた。

だが落ち著いた場所で冷靜になって考えてみると、フラムがあそこまで暴力を振るわれる理由など一欠片も無いのだ。

だから彼は憤る、そして泣いて助けを乞うまで打ちのめすつもりだった。

オティーリエは、し考え込むような仕草を見せ、フラムに対する所業を思い出しているようだ。

そして、あっけらかんとした表で言った。

「お姉様に関連する事象は、全て不可抗力ですわ」

フラムの頬がひくつく。

「そういうところがッ！」

今度は殺すつもりで――と言っても避けることを想定した上でだが、魂喰いを叩きつけた。

オティーリエは橫っ飛びし、すぐさま剣を振るう。

放たれるの刃。

蛇咬《アングイス》――いや、絡新婦アラーネアか。

どちらにしても、力ずくで対処するつもりでフラムは柄を握る手に力を込める。

今の彼には、それが可能だ。

「おいらも忘れんないでよねェ！」

するとオティーリエとは逆の方向から、ヴェルナーが強襲した。

フラムは構わず剣を振り、プラーナの嵐を吹かせる。

出力で勝るフラムの騎士剣キャバリエアーツは、オティーリエの牽制として放たれた殺規則ジェノサイドアーツをかき消した。

「もらったァ！」

ヴェルナーの爪が、背中からフラムの心臓を狙う。

彼は軽くをよじり、肩に刺さるよう位置を調整した。

ザシュッ、とをえぐる鋭利な刃。

「フレイムクロー！」

「っ！？」

彼は火屬の使い手だ。

フラムのに爪がれた瞬間、それは炎を纏って傷口周辺を一気に焼き盡くす。

すると殺規則ジェノサイドアーツに使おうと思っていたまでもが蒸発し、臺無しになってしまった。

苛立たしげに、彼は無事な右腕でヴェルナーに剣を振るう。

だが彼は持ち前の軽さで飛び避け、後退した。

「ちょこまかと！」

「わたくしを忘れられても困りますわ！」

オティーリエは剣を地面に突き立て、の蛇を複數、地中に走らせる。

潛蛇咬《セルペンス》だ。

さらに素早く剣を振るうと、の刃を二発出する。

フラムの火傷した左腕はまだ再生途中。

まずはの刃への対処を――と右手だけで剣を大地に叩きつけ、気剣嵐《プラーナストーム》を放つ。

ゴオオォオッ！　と吹く暴風がまず蛇咬《アングイス》を消した。

「飛んでけぇリヴァーサルゥッ！」

さらに大地に魔力を叩き込み――潛蛇咬セルペンスが潛む地面もろとも、オティーリエの立つ地面の重力を・・・反転させた。

すると浮島のように彼の足元が浮き上がり、猛スピードで上昇する。

「こんなことまでできますの！？」

慌ててオティーリエはそこから飛び降りる。

著地を狙って気剣斬プラーナシェーカーを放とうとするフラム。

それを阻止しようと、ヴェルナーが再び背後から彼を狙う。

「そうはさせないってのォ！」

だがフラムは、後方から接近する彼の存在を察知し、ニヤリと笑った。

そう來ると思った・・・・・・・・とでも言うように。

魂喰いを収納、未だ火傷が完治しない左腕を彼に向け、フラムは自らので反転の魔法を炸裂させる。

「ぐうぅっ！」

痛みに顔を歪めながらも、標的は逃さない。

ズドドドドドッ！

彼は弾丸のように指の骨片を一斉し、ヴェルナーのに叩き込んだ。

「か……はっ！？」

そんなことまでできるのか――フラムの想定外の攻撃に、彼は完全に意表をつかれていた。

確実に仕留めようと、彼は追撃を仕掛ける。

「ぐ、おおぉぉおおおおおおおッ！」

だが彼は、著地の瞬間に全力で地面を蹴り、気合とでそれを回避した。

フラムの橫薙ぎの斬撃が空を切る。

「離れさえすれば――」

仮に蛇咬アングイスや気剣斬プラーナシェーカーが飛んできたとしても、避けられる。

そうタカをくくるヴェルナーに対し、フラムはさらに想像を超える一手を打つ。

刃を伝うと、刃に満ちたプラーナを絡めあい、高速で出する――

「は……っ！？」

それはヴェルナーをもってしても避けられないほどの速さで迫り、そして彼の太ももを撃ち抜いた。

騎士剣キャバリエアーツの威力、そして殺規則ジェノサイドアーツの拘束。

その両方を兼ね備えた一撃に、彼の右足の覚は完全に喪失し、膝をつく。

「バカ、な……」

視認できないほどの速度だった。

ヴェルナーの敏捷をもってすれば、通常の気穿槍プラーナスティングならば回避できただろう。

だが、今のは違う、反応すらできなかった。

「今の技は、まさか……フラムあなた、この短期間で、二つの剣を組み合わせたとでも言いますの！？」

「最高の師匠のおかげでね」

キマイラが攻め込んでくるまでの間、フラムたちは掘りだけをやっていたわけではない。

フラムは新たな剣を習得すべく、ガディオの指導をけながら訓練していたのである。

二つの技、その源となる力を正しく掌握し、ただ重ね合わせるのではなく、完全に一つにすることで威力を向上させる――

「殺剣コンプレックスアーツ、穿槍ブラッドピアス」

「そんなものを……わたくしとお姉様の間に土足でり込んだ上に、勝手に得のしれぬ力と混ぜ合わせるなどと……！」

別に殺規則ジェノサイドアーツは二人だけの持ちではない。

確かにアンリエットは有數の使い手ではあるが、彼らの他にも使用者はいるはずなのだ。

だが、オティーリエにそんな理屈は関係ない。

「フラム、やはりあなたはわたくしとお姉様の路を邪魔しますのね！？」

「心底どうでもいい」

フラムは遠慮なしに本音を吐き捨てる。

だがオティーリエには屆いていないようだ。

彼は剣を高くかざすと、弾倉ブラッドカートリッジの殘量などお構いなしに、大技を放つ。

「もう容赦しませんわ――界蛇ヨルムンガンドォッ！」

赤い大蛇が空を這い、フラムに牙をむく。

しかし彼は落ち著いた様子で、生み出したプラーナを剣に満たし、刃に滴る――そのにめられた力と混ぜ合わせる。

異なる波長と振幅を持つ二つの力。

この場合、すでに外に排出された側を変えるのは難しい。

よって自らので作り出すプラーナを、と結合させるのに都合のいい形にするのだ。

多の集中力は必要だが、一度コツさえ摑んでしまえば、あとは同じことの繰り返しである。

魂喰いを構え、迫る界蛇ヨルムンガンドを見據え、思い切り縦に振り下ろす。

「刃斬ブラッドシェーカーッ！」

バヂィッ！

の蛇と紅の刃が空中でぶつかり合う。

二つの力は拮抗している。

それを見てショックをけたのは、オティーリエの方だ。

彼にとってそれは渾の一撃、切り札のつもりだった。

しかしフラムの方は、それを放つのにさほど消耗した様子はない。

二人の剣技の威力は互角、どちらに傷をつけることもなく、そのまま霧散し消え失せる。

フラムはすぐさま次の攻撃に移った。

おそらく先ほどと同程度の出力で仕掛けてくるはずだ。

それに対応するためには、オティーリエも界蛇ヨルムンガンドを使わねばならない。

だが弾倉ブラッドカートリッジの殘量を見るに、出來てあと二発。

「くっ、キマイラは――」

他に助けを求めるなどオティーリエらしくもないが、そうしなければならないほど追い詰められていた。

しかしそのキマイラでさえも、押され、みるみる數が減っている。

こんなの、どちらが化かわかったもんじゃない。

「ブラスター・イリーガルフォーミュラ！」

キリルが飛竜型キマイラに対し、ゼロ距離でブラスターをぶっ放す。

しかもいつの間に習得したのか、法外呪文イリーガルフォーミュラまで使って。

魔族領で訓練していたのはフラムだけではない。

他の面々も、さらなる強化を図るべく魔族から魔法について學んでいたのだ。

極大のの帯が天に向かって放たれ、直撃を食らった飛竜型の上半が、焼け――いや、消滅・・する。

もちろんキリルも無傷というわけにはいかない。

複數の獅子型と飛竜型を相手にしているため、負傷はしているが、しかしあれだけの怪を相手にしておきながら、致命傷に至るものは一つもなかった。

また、シートゥムも同様に――

「マーブルドリーマー・イリーガルフォーミュラ」

白と黒のマーブル模様が蠢く球が、彼の周囲に無數に浮き上がる。

手を前にかざすと、それらは一斉に二の獅子型キマイラに殺到し、にり込んだ。

そしてれた部位は、まるで枯れたように灰に変し、風に吹かれてさらさらと末となって飛んでいく。

やがて全がだらけになったキマイラのからコアが落下し、力を失って倒れてしまった。

「確かにこれは、悪夢ですわ」

ちゃっかりヴェルナーの言葉を聞いていたオティーリエは、彼の言葉を引用して頬を引きつらせた。

本來の作戦通り、制裝置を大量に配置できていれば、こんなことにはならなかったはずだ。

彼らが全てを破壊し終える前に、セレイドが滅びていたはずなのだから。

サトゥーキの焦りが招いた敗北。

いや――まだ負けたと決まったわけではないが、しかし劣勢なのは事実だ。

そして同時に訪れた彼の死。

フラムたちの言葉を信じるのなら、彼を殺したのは勇者たちでもなければ魔族でもない。

すなわち第三勢力・・・・だ。

ならばこの戦いは――圧倒的優勢だと思われたにもかかわらず、王國が敗北に追い込まれるこの狀況は――王國でも魔族でもなく、突如現れた第三者が招いたものだとしたら。

「わたくしたちは、どこへ向かっていますの……？」

「ボーッとしないでよ、オティーリエ！」

フラムが刃斬ブラッドシェーカーを放つ。

オティーリエは、殘量がないことを理解しながらも、界蛇《ヨルムンガンド》を使うしかなかった。

そしてぶつかりあった二人の技は、空中で相殺。

続けざまに構えるフラム。

悔しげに歯を食いしばり、前進して彼との距離をめようとするオティーリエ。

接近戦ならば、リソース不足を補えると考えたのだろう。

しかし近づききる前に、フラムはもう一度刃斬ブラッドシェーカーを出する。

「はああぁぁぁぁぁあッ！」

フォンッ！　と小さなからは想像できないほど、鋭く黒い刃を薙ぐ。

飛來する紅の刃も、その振りの速さと比例して加速し、回避不能なスピードでオティーリエに迫るのだ。

「おおぉぉぉおおおおッ！」

そして彼もまた、幅広刃の片手剣を振るい最後の界蛇ヨルムンガンドで――打ち消す。

「この距離なら負けませんわッ！」

十六歳の小娘に、副將軍まで上り詰めた自分が負けるはずがない。

そう自分に言い聞かせ、オティーリエは鋭利な刺突をに放つ。

フラムは左手のガントレットでそれをいなすと、右手で魂喰いを斬り上げた。

オティーリエは素早く後退、著地と同時にまた前進し無防備な太ももを切りつける。

バックステップ、すぐさま剣を振り下ろし気剣斬プラーナシェーカーで反撃。

だが彼は橫に飛んでそれを回避、さらにくるりと回りながら殘りわずかなで蛇咬アングイスを放った。

大剣で撃ち落とそうとするフラム。

しかしの刃は斬撃をするりとくぐり抜け、彼の右腕に食らいついた。

口角を吊り上げるオティーリエ。

ここが好機と見て、攻勢に出る。

右半に狙いを定め、素早く小刻みに刺突、左薙ぎ、逆袈裟、そしてまた刺突――間髪をれずに繰り出される怒濤の攻撃が、フラムのにいくつもの傷を刻んでいく。

左腕しか使えない彼は、追い詰められているようにも見えた。

しかしオティーリエは気づいていない。

勝利を焦るあまりに、次第に攻撃が雑になっていることに。

そして、ステータスでも彼に勝り、力的、神的な余裕のあるフラムが、これしきで追い詰められるはずがないということに。

オティーリエはフラムの心臓をめがけて渾の突きを放った。

「もらいましたわ！」

フラムはそれを、待っていたと言わんばかりに――右手・・で摑んだ。

「んなっ……！？　どうして右手がっ」

「だから言ったでしょ、最高の師匠がついてるって」

殺規則ジェノサイドアーツの使い手ならば、の拘束を解除する方法があると言っていたのはオティーリエだ。

今日までの間に、その方法をに著けたまでのこと。

解除に々の時間はかかったが、こうなればもう、負ける気はしない。

とはいえ殺すことはじられているため、魂喰いで斬りつけてはならないわけだ。

そこでフラムは、剣を収納し、左手で拳を作る。

「ま、待ちなさいフラム……わかったわ、わたくしはもう負けを認めますわ……」

アンリエットも生きている。

ならばこれ以上、戦う必要もないだろう。

しかし、だからどうしたというのか。

「あのとき・・・・、私は泣いてたよね」

王城に囚われている間、フラムは二度、オティーリエから暴行を振るわれた。

「たぶんあのときのオティーリエさん、私がやめろって言ってもやめなかったと思うんだよね」

一度は首を閉められ、もう一度は蹴られ、殺されかけ。

そもそも、殺さずに彼を生かしている時點で自分は優しいのではないか――フラムがそう思ってしまうほどのことを、彼はしてきたのだ。

握る拳に力がこもる。

ガントレットがギシリときしむ。

「も、もう勝負はつきましたのよ……！？」

「まだ」

フラムの瞳に憤怒が宿り、彼はニタァっと悪魔のように笑った。

「私の怒りが、収まってない」

そして拳が振り下ろされる。

全力の一撃がオティーリエの右頬に突き刺さり、顔を歪めながら吹っ飛んだ。

そのあまりの勢いに、彼は剣を手放してしまう。

フラムはそれを投げ捨てると、もちを付いた彼のぐらを摑んだ。

「まだまだぁっ！」

「ひぎっ！？」

今度は右拳でぶん毆る。

また吹き飛んで、地面に倒れたオティーリエ。

彼にゆっくりと歩み寄ったフラムは、今度は馬乗りになって拳を振り上げる。

見上げる瞳は、恐怖に揺れている。

「そんな顔してるけど、あんたたちが私にやったことは、もっとひどかったんだからね！？」

「あのときは、お姉様のことで頭が真っ白になっていましたのよ……」

目をそらしながらオティーリエは言った。

そんな彼の鼻からはだらだらとが流れている。

「……もう、毆りませんの？」

「これ以上やると、毆り殺しそうだからやめとく」

怒りが完全に収まったわけではないが、どこまで毆れば収まるのかもわからない。

だから、やめられるところでやめておいた。

キリルとシートゥムの戦いも決著が付いたようだ、二人はそれぞれ最後の一を消し飛ばす・・・・・と、「ふぅ」と大きく息を吐く。

肩が上下しているところを見るに、彼たちも中々大変な戦いだったようだ。

立ち上がったフラムは、二人に笑顔で聲をかけた。

「おつかれさま」

「フラムさんこそおつかれさまです」

「でもまだ、肝心の制裝置が壊せてないから」

フラムたちの視線が、一斉にバートの方を向いた。

彼はこめかみに冷や汗を浮かべながら、「うっ」と聲をあげる。

「ど、どんなに強い力を持っていようと、俺の封邪の防壁アイアンメイデンを突破することはできないからな！」

「ブラスター」

問答無用でシュゴオォッ！　との帯を放つキリル。

「ひいぃぃぃっ！」

怯えるバートだが、一応彼に當たらないようには配慮してある。

それに――

「……本當に壊れないんだ」

障壁は彼のブラスターを使ってもなお、そこに健在だ。

法外呪文イリーガルフォーミュラを使ってもいいが、消耗しているキリルとしては無駄遣いになる可能は避けたい。

「困りましたね、あれを壊さないと戦いは終わらないのですが。全員で協力して、ありったけの魔力を注いでみますか？」

「それで失敗したら、まずいと思う」

「私もフラムと同意見かな。説得して諦めてもらうのが一番だと思うけど」

「俺は絶対に諦めないぞ、亡くなられた教皇様のためにも、勝利を持って帰るのだ！」

「……亡くなった？」

首をかしげるキリル。

フラムはオティーリエの方を向いて、視線で『どういうこと？』と問いただす。

「バート、あなた阿呆でしたのね……」

「な、なにがだ？」

「サトゥーキ様が死んだことをバラしてどうすんだって話だよん」

「はっ……！？」

どうやらアホだったらしい。

この歳まで、ここまでの実力を持っていながら副団長にもなれなかったのだ、こういう抜けた一面が彼の評価を下げていたのだろう。

「じゃあ、サトゥーキが死んだって本當なんだ……」

「その反応を見るに、あなた方が殺したというわけでもなさそうですわね」

「私たちは人間を殺したりはしませんっ！」

強弁するシートゥム。

むしろ彼は、サトゥーキが死んだことを悲しむだろう。

「バート、もういいんじゃありません？　たぶんこの様子なら、わたくしたちのの安全も保障されると思いますわ」

「だがっ！　このまま果もあげずに帰れば、國民にどういう顔をしていいのかわからんだろう！」

「往生際が悪ぃなァ」

「なんとでも言えッ！　俺のこの“完全に閉じられた領域”がある限り、勇者だろうと魔王だろうと突破は葉わん！」

バートの言い回しに、フラムがぴくりと反応する。

そして顎に手を當て、目を伏せて考え込みはじめた。

「フラム、どうかした？」

キリルは不思議そうに彼の方を見た。

「いや……今の、“閉じられた領域”って……」

「そうだ、俺の力は周囲の空間を閉じ、と外を別の領域として隔絶することで、あらゆる攻撃を防ぐ――」

「じゃあ、開けばいいのかな」

「は……？」

シンプルな答えだ。

閉じられた領域なら、反転・・してやれば開くはず。

フラムは魂食いの刃を障壁にこつんと當てると、軽く魔力を導通させた。

「開けリヴァーサル」

それだけで十分だったらしい。

バートご自慢の障壁は瞬時に消滅し、制裝置を守るものは無くなった。

そして直徑一メートルほどの水晶に近づいたフラムは、「えいっ」と大剣を叩きつける。

バキッ、と刃がめり込み、全にヒビがると、表面に浮かび上がっていたの點が消える。

それと同時に――セレイドを襲撃していたキマイラたちが、ぴたりときを止めた。

空中に浮かんでいたものたちも、次々と地上に落下していく。

「こんなあっさりと……俺の、障壁が……」

がっくりとうなだれるバート。

「これで、キマイラも止まったんだよね」

「あっちの戦いが終わってるならそうだと思う」

「お姉様を襲撃したのは、殘る全員ということですの？」

オティーリエの問いに、フラムは「うん」と頷く。

ガディオにエターナ、ライナス、セーラ、ネイガス、ツァイオン、ディーザ――勇者と魔王はいないものの、あちらは數の暴力でアンリエットたちを押し込んだ。

「いくらお姉様といえど、そんなの勝てるわけがありませんわ」

そう言って、彼は地面にを投げ出した。

もはや戦意などかけらもじられない。

『石に話しかける……これでいいのか。誰か聞こえているか、ガディオだ』

するとそのとき、地面に落ちていた手のひらサイズの水晶から、覚えのある聲が聞こえてくる。

「あれ、なんだろ……」

「通信裝置ですわ」

「遠くの人と話せるってこと？」

キリルが尋ねると、オティーリエは小さく首を縦に振る。

フラムは落ちていたそれを拾い上げ、返事をした。

「ガディオさん、フラムです。ちゃんと聞こえてます」

『そうか、その様子だと無事に終わったようだな』

「はい、ガディオさんの方こそ無事でよかったです」

萬が一怪我人が出たとしても、それを治癒できるようにセーラを連れて行っていたわけだが。

『無事ではあるが、捕虜にするには面倒なやつが一人いてな、し手を焼いているところだ』

「例の騎士団長ですか」

「お姉様の聲を聞かせていただけませんかっ！？」

『ああ、両手両足を魔法で拘束してようやく大人しくなった』

「大変ですね……こっちは比較的、落ち著いていますが……」

「お姉様ぁっ、わたくしです、オティーリエですわあぁぁぁぁぁっ！」

急に元気が出たオティーリエを見て、フラムの頬が引きつる。

「……なんか、うるさいのが一人います」

『そのようだな……アンリエット、あれを黙らせてやってくれないか』

『オティーリエ、私は無事だぞ。だから落ち著いてくれ』

「お姉様あぁっ！　はい、わかりました、落ち著きますわっ！」

興しながら言う臺詞ではない。

しかし黙ったので、結果オーライである。

「々とみなさん事はおありのようですが、ひとまず捕虜として、セレイドにお連れするという形でいいでしょうか？」

話が一段落したところで、シートゥムがそう提案した。

もっとも、捕虜なのだからわざわざ尋ねる必要もないはずなのだが。

「ま、おいらはもう抵抗はしないよ」

「わたくしも、お姉様と會えるなら何だっていいですわ」

「障壁が破られた以上、何をしたって無駄だろう」

文字通りお手上げ狀態の三人に、抵抗の意思は無い。

シートゥムは返事を聞いてほっとしたのか、に手を當てて息を吐いた。

戦闘経験のほとんどない彼は、今までずっと張していたらしい。

こうして、王國と魔族の戦いは、魔族側の勝利という形で終わりを迎えた。

捕虜たちをセレイドに連行しつつ魔王城へ戻るフラムたち。

その途中、フラムと並んで歩くキリルが、暗い表で口を開く。

「……なんか、釈然としないな」

「なにが？」

「王國との戦爭って言うから、もっと大きな戦いになると思ったんだけど、制裝置を壊すだけであっさり終わったから……」

「確かに、苦戦はしなかったね。でもそれっていいことじゃない？」

「ん……」

キリルはまだ納得できていないようだ。

フラムにだって気持ちはわかる。

セレイドの周辺に放置されたままの、人形のように固まったキマイラたちを見ていると、『まだ戦いは終わってないのではないか』と不安にもなる。

しかし、もう彼らがき出すことはないのである。

「サトゥーキが死んだって」

「そんなことも言ってたね」

「あれ……王都に殘ったマリアがやったんじゃないかな。やることがあるって言ってたよね」

「それは、ありえるかも」

「でも、今の狀態でサトゥーキが死んだら、王國が混するのはわかりきってる」

「確かに……スロウだけじゃ、政治とか絶対に無理だよね」

他人事のようだが、これから王都に帰るフラムたちも、いずれその問題に直面することになるだろう。

ミルキットと気ままに暮らすには、もうし時間がかかりそうだ。

「ねえ、フラム」

ついにキリルは足を止めてしまう。

そして俯いて、地面を見つめながら言うのだ。

「本當に、終わったのかな」

見えない何かが見えているわけではない。

しかしその存在を、キリルはじているのかもしれない。

だが、フラムも――その覚が、まったく理解できないわけではないのだ。

だからこそ、『終わったんだよ』と斷言できなかった。

言葉に詰まって、悩んだ挙げ句――手を差しべて、こう言うしかなかった。

「帰ろう、キリルちゃん」

キリルは揺れる瞳でフラムを見つめると、その手を取って、力なく笑みを浮かべる。

「……うん。そうだね、フラム」

そしてフラムとキリルは手をつないで歩き出す。

不安を分かち合い、しでもやわらげようと悪あがきをする。

きっと、うまく行きすぎたから、この気持ちはそれが原因なのだろう――と、二人は自分に言い聞かせた。