《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》幕間終 楽園喪失

王都を出て二日、シートゥムたちはようやくセレイドへと戻ってきた。

その日の風は珍しく弱く、雪もさほど降っていない。

そのせいだろうか、數日ぶりに歩く故郷は、夜ということもあってか、やけに靜かにじられた。

「おかえりなさいませ、魔王様」

迎えるディーザが、深々と頭を下げる。

彼の姿を見たシートゥムは、し驚いた表を見せる。

「ディーザ、わざわざ外で迎えなくてもいいのに」

「そうはいきませんなあ。待ちに待った、魔王様のご帰還ですので」

「ふふ、大げさですね」

何も知らない彼は、口に手を當てクスクスと笑う。

釣られて、ツァイオンとネイガスも笑った。

だがセーラだけは、し距離を置いている。

ネイガス一人ならともかく、馴染三人の関係に踏み込めるほどの図々しさを、彼は持ち合わせていない。

するとディーザは、そんなセーラの方を見て不思議そうな顔をした。

「人間は王都に帰すと聞いておりましたが、なぜ彼がいるのですか?」

當然の疑問である。

捕虜も含め、勇者たちは王都に戻すと事前に話していたのだから。

「ごめんなさい。わがままを言って私が連れてきたのよ」

「またどうしてそのようなことを」

「まあ……ちょっとね」

ネイガスは気まずそうに言葉を濁す。

さすがに『寂しかった』とか、『不安だった』などと正直に言えるはずもなかった。

ディーザは一瞬だけ、妙に冷めた目をセーラに向ける。

次の瞬間にはいつも通り、執事らしい上品な表に戻ったが、彼らしからぬその目つきは、強くセーラの印象に殘っていた。

◇◇◇

「結局、何もないみたいっすね。やっぱりネイガスの考えすぎだったんすよ」

ネイガスの部屋にるなり、セーラはベッドに飛び乗るように腰掛けた。

まるで自分の部屋のようなくつろぎっぷりである。

今頃、シートゥムは王都での渉結果をディーザに伝えているはずだ。

ツァイオンは、それに付き添っているか、あるいは彼と二人きりになるために部屋で待ってるかのどちらかだろう。

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「そうね……それなら、それでいいのよ」

まだ不安は消えないのか、影の殘る表を浮かべ、ネイガスはセーラの隣に座る。

今も納得のいっていない様子の彼に、セーラは大きくため息をついた。

「調子狂うっすねぇ。もっと馬鹿みたいにうざくて、馬鹿みたいに変態じゃないとネイガスらしくないっす」

「そ、それは言い過ぎじゃない?」

「言い過ぎじゃないっす。そう思ってる時點で、本調子じゃない証拠っす」

“うざくて変態”というレッテルだけは撤回してもらいたいところだが、気持ちが沈んでいるのは事実だ。

こうして魔王城に戻ってきても、なぜか不安は消えない。

いや、むしろ強くなっているような気すらする。

「ま、おらがいるだけで気が楽になるって言うんなら、喜んで時間ぐらいは差し出すっすけどね」

「ありがとう、本當に助かるわ」

「だからそのおとなしいじがしっくりこないって言ってるんすけど……」

お禮のついでに抱きついてくるぐらいの勢いがあった方が、ネイガスらしい。

だが、これ以上言っても仕方がない、あとはネイガスの気持ち次第だ。

落ち著いた途端、長旅での疲れをじたセーラは、隣に座る彼に寄り掛かる。

すると肩に手が回され、ネイガスの方に抱き寄せられた。

なんだか人同士のようなスキンシップに、セーラの頬が赤く染まる。

実際のところ、どうなのだろうか。

フラムたちとの會話でうっかり『好き』と口走ってしまい、それをネイガスに聞かれてからと言うものの、彼との距離はかなりまっている。

元々ネイガスは、セーラへの好意を隠そうとはしなかったし、を奪われたことから考えてもそういう意味・・・・・・での好意であることは明らかだ。

でも、正直、怖い。

セーラはまだ十一歳である。

対するネイガスは七十歳オーバー。

もはや年の差なんて問題ではない、犯罪云々すら超越している。

だからこそネイガスは『悩んでも無駄』と割り切っているのだろう。

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しかし、セーラの方はそうはいかない。

相手が大人ということは、お付きあいを始めたらあれやこれやされてしまうということでもある。

先輩修道のせいで耳年増になってしまったセーラは、人同士になった二人が何をするのかぐらいは知っている。

もちろん、キスより先のことだって。

「ぐぬぬぬ……」

悩みすぎて、思わずうなる。

「そう警戒しなくても、何もしないから大丈夫よ」

ネイガスは微妙に勘違いしているが、あながち間違いでもない。

だが、『手を出さない』と明言されると、ちょっと悲しい。

別に何かしてしいわけでは斷じてないのだが、何もされないとなると話は別なのだ。

そして思い悩むセーラは、この言葉にならないもやもやを訴えかけるように、ネイガスの顔を見た。

「……これ、嫌だったかしら?」

またもや勘違いされてしまった。

しかし眉間に皺を寄せた彼の表は、ネイガスからしてみれば睨みつけているように見えたに違いない。

「ち、違うっす! それは、いいんすよ。そうじゃなくて……」

慌てて弁明するセーラ。

とはいえ、どう言ったものか。

悩みの容をそのままぶちまけると、『何かしていいの!?』と調子に乗ったネイガスに襲われそうだし。

かと言って、このままぐぬぬってると彼を不安がらせてしまいそうである。

「おらとネイガスって、そういう関係になったんすよね?」

結果、セーラはほどほどストレートに尋ねた。

「なったつもりよ。あらら、セーラちゃんはそうじゃなかった?」

「いや、そのつもりだったっすけど。いかんせん初めてっすから、これでいいのかなっと思ったっす」

改めて明言されると、心臓がバクバクと騒ぎ始める。

大人の階段を登ってしまったっす――と思わず頬がにやけた。

それで彼は気づいた。

思ったより、喜んでいる自分の気持ちに。

まあ、なんだかんだ言って何ヶ月も一緒に旅をしてきた仲だ。

そりゃあ幾度となく繰り返されるセクハラに悩むことはあったが、ネイガスがセーラを守ってくれたのもまた事実。

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惚れてしまうのも、仕方のないことなのかもしれない。

相手がというのも、修道の世界ではさほど珍しいことではない。

を大事にしている先輩が、実は別の先輩と付き合ってましたー、なんてこともあったぐらいだ。

「じゃあ、ネイガス……」

「んー?」

優しく聞き返すネイガス。

セーラは立ち上がると彼の首に腕を回し、を重ねた。

いきなりの大膽な行に、ネイガスは目を見開き驚く。

「これぐらいならいつでもいいっすから、早く元気になるっす」

を離したセーラは、顔を赤くしてうつむきながらそう言った。

一方でネイガスは、もう元気どころの問題ではない。

の青さで誤魔化されて外見での変化はあまり見えないかもしれないが、顔から元まで真っ赤になっているし、心臓を始め溫も頭の中も大変なことになっていた。

お返しに気の利いた言葉でも――と思っても、全く浮かんでこない。

だが何もしないのは年上としてけないので、とりあえずセーラのを抱き寄せた。

そして耳元で、「ありがとう」とささやく。

すると彼は嬉しかったのか、「ん」と小さく返事をして頷いた。

そのまま抱き合っていると――恥ずかしさに耐えきれなくなったセーラの方から、を離す。

「暑く、なってきたっすね」

そして涼むフリをして、窓辺に近づいていった。

「そうね、とても熱いわ」

ネイガスはベッドに腰掛けたまま、そんな彼の姿を微笑ましく見守る。

同時に、セーラを連れてきてよかった、と心の底から思った。

「……ん?」

外の景を見ながら心を落ち著けていたセーラは、とあるものを目撃して首を傾げる。

の髪をした、眼鏡の男が歩いていたのだ。

セレイドに自分以外の人間がいる時點で奇妙なのだが、ローブを纏うその姿を彼は知っていた。

「ジーン・インテージ……」

それは英雄の一人であり、かつフラムをパーティから追放し奴隷商人に売ろうとした張本人だ。

王都にいるはずの彼が、なぜここにいるのか。

すると、ジーンはまるでセーラの視線に気づいたようにこちらを見上げる。

そしてにやりと笑い――直後、まるで見せつけるように、彼の背後にある建の影から、人狼型キマイラが姿を現した。

「え……ど、どうして……」

「セーラちゃん、どうしたの?」

青ざめるセーラを見て、心配そうに駆け寄るネイガス。

そして彼も、同じ景を目撃した。

「あれは、キマイラ……」

「ネイガス、早くシートゥムに知らせるっす!」

「……」

「ネイガスっ!?」

は黙って窓の外の景を見つめている。

やがてを噛んで天を仰いだかと思うと、おもむろにセーラの肩を摑んで言った。

「ここから逃げるわよ、セーラちゃん」

「へっ? いやでも、シートゥムに知らせないとっ!」

セーラの返事も聞かずに、彼を抱えるネイガス。

そしてそのまま、窓から外へ飛び出した。

「ちょ、ちょっと、いきなりすぎるっすよ!」

ジタバタと暴れるセーラだったが、本気のネイガスはびくともしない。

よほど追い詰められているのか、かなりのスピードで空を飛び、セレイドを離れていく。

「わかってたのに……わかってたのに、私は……!」

「ネイガス……?」

「ディーザさんが裏切ったのよ! 裝備に細工をして、王都にいたキリルを魔王城に連れてきて……オリジンの封印を、解いたんだわ!」

オリジンの封印が解けた、しかもあのディーザの裏切りで。

そんなセーラにとっては突拍子もない妄想としか言いようのない発想に、ツッコミがらないわけがない。

「待つっす、いきなりどうしてそんなことになるんすか?」

「キマイラがいてたのよ!?」

「それは、あのジーンってやつがかしてるかもしれないじゃないっすか!」

どうやってセレイドに忍び込んだかはさておき、フラムを追放した彼ならやりかねない。

しかし、ネイガスは首を振って否定した。

「違うわ、制裝置は全て管理下に置かれているの。數も揃った上で、全て渉の直後に処分されたって斷言してたわ」

「獨自に作ったとかじゃないっすか」

「仮にそうだったとして、だったらどうして彼がセレイドにいるのよ」

「それは……」

「私たちが王都にいた時、まだジーン・インテージは王都にいたはずよ。そこから私たちを追い越してセレイドに移する方法なんて、一つしかないのよ」

「まさか、リターン……?」

「その通りよ」

だとしても、なぜジーンがキマイラと一緒にいたのか、そしてセーラたちの前に姿を現したのか――と疑問は多い。

だがネイガスにとって、細かい理由や機などどうでもよかった。

重要なのは真実だ。

キリルは魔王城に滯在中、帰還地點をここに設定していた。

しかもはっきりと、ディーザに許可・・・・・・・をもらった・・・・・と言っていたではないか。

「もしかして……以前から、疑ってたんすか?」

返事は無かった。

ネイガスは無言でセーラを抱え、空を飛び南下する。

包む風が二人を寒さから守ってくれたが、ネイガスは絶えず寒気を覚えていた。

「それが、ネイガスのじてた不安だったんすね」

その疑念は、確証には至らない、細かなピースの集合だ。

いびつで、ところどころが抜けていて、完にはほど遠い。

しかし、封印を緩めることができる人間はごく一部だけである。

また、セーラやマリアの故郷が魔族に襲われたという話。

あれが事実だとするのなら、実行可能なのは、セレイドの魔族たちからも盲目的に慕われる彼ぐらいしかいない。

今になって思えば、先代魔王が最期に殘した『ディーザ、あなたが……』という言葉も、シートゥムを彼に託したのではなく、自らを病死に見せかけ毒殺した犯人に気づいたからだったのかもしれない。

でなければ、魔王が病に伏せって死ぬことなどありえないのだから。

「でも、気づいてたならどうして言わなかったんすか?」

「信じられるわけないじゃない! 私たちが生まれる前からみんなに慕われてて、しかも子供の頃からずっと面倒を見てくれた人なのよ!?」

悲痛なびに、セーラは言葉を失った、

だって、中央區の修道たちに裏切られたとしても、信じようとはしないだろう。

疑わしいが、疑いたくない相手。

ひょっとすると、自分を信用させることすら、ディーザにとっては計畫のうちだったのかもしれない。

「シートゥムも、ツァイオンだってそうよ! あの人のことは、無條件で信じてるわ」

「だからもう、助けに行っても遅いって……」

明言はしないものの、ネイガスの言葉はそう言っているようにしか聞こえなかった。

本當は彼だって助けたいはずだ。

それでも諦めたということは――もうすでに、セーラが口を挾む余地は無いということだろう。

確かに、シートゥムは今、ディーザと二人きりだ。

本當にディーザが裏切り者だとしたら、絶好の好機である。

だが、馴染としては救いに行くべきではないか、セーラはそうも考えたが――即座に否定した。

もしオリジンが復活して、セレイド付近に放置されていたキマイラが全て敵に回ったのだとしたら、それはただの命の無駄遣いではないか。

「南ってことは、王都に向かってるってことでいいんすかね」

「いや……たぶん王都も、もう」

「そんなっ!?」

し封印が緩んだだけでもあれだけの力を振るっていたのよ? 封印の規模から言って、すぐに全てが解除できるとは思えないわ。でも、今までよりも緩みが拡大すれば――」

言うまでもなく、被害はさらに拡大する。

お告げやコアに頼らずとも、自らの能力で、人の神を侵すことができるようになるだろう。

「じゃあ、王都に戻ったみんなは……」

無言で目を逸らすネイガス。

無事だ、と言い切れるほど楽観できる狀況ではない。

「だったらおらたちは、どこに逃げるんすか?」

「わからないわ。でも……セーラちゃんだけは、絶対に守ってみせるから」

の程を知っている。

ネイガスほどの力があっても、守れるのはせいぜい一人ぐらいのものだろう。

その相手として、セーラを選んだのだ。

そのために、友人を切り捨てた。

は強い覚悟を抱き、とにかくオリジンから離れようと南へ下る。

しかしその背後から、さらに早い速度で迫る影があった。

◇◇◇

魔王城へ戻るなり、シートゥムは自室でディーザと二人きりになった。

王都で行われた會談の容を、彼に伝えるためだ。

そして一通り話を終えると、彼は微笑み尋ねる。

「ディーザ、今日は本當に機嫌がいいんですね」

セレイドに帰還したシートゥムたちを迎えたときからそうだった。

機嫌がいいと言うか、浮かれているというか――とにかく普段のディーザとは雰囲気が違ったのだ。

「困りましたな、気づかれていましたか。隠さねばならぬことなのですが、私としたことが」

「まさか、私を驚かせようとでもしてるんですか?」

「ええ、いわゆるサプライズ・・・・・というやつです。きっと驚いてもらえるでしょう」

そう言ってディーザはシートゥムに近づくと、手を握った。

「なにをされてしまうんでしょうか、楽しみです」

「ええ、きっと楽しんでもらえますよ。お前たち、ってこい」

ディーザが指示すると、ドアが開き、五人の魔族が部屋にってくる。

その顔ぶれには見覚えがあった。

「彼らは……ディーザの教え子たちですよね」

「はい、私の子供たちです」

「子供? ああ、子供のようにかわいがっているということですね」

「いいえ。正真正銘、の繋がった子供です」

シートゥムは首を傾げた。

彼が何を言っているのか、まったく理解できない。

だってここに立っているディーザの生徒たちには、みなちゃんとした両親が存在するはずだ。

だというのに、それが彼の子供であるはずがない。

「彼らの母親も私の教え子ですから、私に従うように躾けるのはとても楽でした。結果、彼たちは私の言いなりになり、私の子供を孕んだ」

「な、なにを……言ってるんですか」

「本當はあなたもそうするつもりだったのですが、予想外に邪魔がってしまいましてね」

それはツァイオンのことだ。

彼とのさえなければ、ディーザはシートゥムも手篭めにするつもりだった。

普通に従わせるより、を利用した方が人間はりやすい、それを知っているのだ。

の繋がった子供ともなると、さらに心酔させるのは楽ですからなあ」

「本気で、言ってるんですか? 教え子に、手を出したなどと……いいえ、ディーザがそんなことするはずがありません、冗談ですよね?」

信じられないのは當然だ。

しかしディーザは、お構いなしに話を続ける。

「ふふ、彼らはよく働いてくれましたよ。人間とのパイプ役になり、時にを開いて籠絡し、時に魔族の名譽を傷つけるために人間の村を襲い――」

「じゃあ、魔族がセーラの家族を殺したというのは……」

「人間側との利害が一致しましたので、私が指示を出してそうさせました」

シートゥムは言葉を失った。

ディーザが噓を言っているとは思えない。

なくとも、表は真実だと告げている。

つまり――今、彼が語った言葉は、全て実際に起きたこと。

「従順で、自己犠牲的で、非常に私にとって都合のいい駒、それが彼らです」

ディーザはパチンと指を鳴らす。

すると彼の背後に並ぶ五人はコアを取り出し、一斉にに埋め込んだ。

「まさかそれは……あなたたち、やめてくださいっ! それがどんなものか知っているんですか!?」

「知っているからこそ、喜んで取りれるのです」

コアから流れ出したオリジンの力が、に満ちる。

やがて彼らの顔が歪みだし、赤く蠢くの渦と化した。

顔見知りが自らの意志で化に変わるという悪夢を前に、シートゥムはを震わせる。

「どうです、驚いてもらえましたかな?」

ディーザはいつもと変わらぬ様子でそう言った。

そう、変わらないのだ。

つまり彼にとって、今ここで起きている出來事は、全てが想定通りということ。

一方でシートゥムは、まばたきすら忘れ、大きく開かれたつぶらな瞳で、異形と化した魔族たちを見つめている。

「こんなこと……一なにがしたいんですか、ディーザ!」

「本來ならばキリル様を連れてくるつもりだったのですが、予定が変わったので伝わらなかったようですな」

「キリルさんを……? まさか!?」

シートゥムの脳裏をよぎる、最悪の可能

キリルを魔王城に連れてくるということは、つまり――

「ええ、そういうことです」

彼はそれを、即座に肯定する。

まるで子供がいたずらを白狀するように、どこか楽しげに。

「せっかくですし、ここでネタバラシもさせていただきましょう」

そしてさらに、全ての真実を告げた。

「先代の魔王様を殺したのも」

ディーザが脳裏に思い浮かべるのは、これまで魔族として生きてきた長い長い日々の記憶。

彼はじられた『人と魔族の混児』として生まれ、捨てられ、偶然にも先々代の魔王に拾われた。

當時まだかった先代魔王には、弟のように可がられたものである。

先々代の魔王は、食住のみでなく、知識や技を彼に與えた。

彼は優秀だった。

與えられた全てを吸収し、そのたびに魔王城に住まう者たちは彼を褒め稱えた。

しかし、知恵を得ていくにつれて、一つの疑問が生まれた。

「封印を緩めたのも」

――なぜ、オリジンのような素晴らしい力を持った者が、封じられなければならないのか。

力を持つ者が不當にげられている現実が、我慢ならない。

普通の魔族ならばそこで堪えたのだろう。

あれは解き放ってはならぬものだと、即座に理解しただろう。

だが、ディーザは普通ではない、深き人間との混だ。

魔族のと、人間の神を兼ね備えた彼が、自らの求を抑え込めるはずもなかった。

「人間からの依頼でセーラ様やマリア様の故郷を滅ぼしたのも」

そして彼はき出した。

全ては世界を正しき形にするために。

文字通り、何だってやってきた。

自分は正しいことをしているという確信が、ディーザの中からタブーという概念を消し去っていった。

「キリル様をり、オリジンの封印を解除させ、王都を滅ぼしたのも――」

ディーザの悪意を誰も見抜けなかったのは、彼は常識も・持ち合わせていたからだ。

自分の面倒を見てくれた魔族たちをしていないわけではない。

それなりのは抱いていた。

だが彼らは二番目だ、なぜなら世界で二番目に強いのが魔族だから。

優先順位の問題で、オリジンが一番だったから、最終的にそう落ち著いただけ。

だから、誰も気づけなかった。

最も魔王に謝すべき人が、まさか魔王にとっての最大の害悪だったことに。

「そしてシートゥム様、あなたをここで接続・・し、その強大な魔力を取り込むのも」

――致命的に、全てが終わってしまう今、この瞬間まで。

「全てはこの、ディーザがやったことでございます」

気づいたときにはもう遅かった。

シートゥムの腕はずるずると、ディーザの腕に飲み込まれていたのである。

彼も、すでにコアをそのに取り込んでいた。

「い、いや……助けて……っ!」

「ここまで育ててきたあなたがたを手に掛けるのは、非常に心が痛みます」

「やめてください、こんなことしても誰も幸せになりません!」

「幸せなどどうでもいいことです。それより強き者が報われる、その道理こそが優先されるべきではないですかな?」

「そんなのはおかし――ひぃっ!?」

接続は止まらず、すでにシートゥムのは肩までディーザに飲み込まれようとしていた。

もう一方の手で魔法を放とうと試みるが、思うように力がらない。

「こんな、こんなことって……ずっと、あなたのことを信じてきたのに……!」

「あなたのお母様も、同じようなことを言って逝かれましたよ。やはり親子、似ていますね」

ディーザには馬鹿にしたつもりなどなかった。

純粋にそう思い、聲に出してしまっただけだ。

だがシートゥムにとっては、度を越した挑発にしか聞こえない。

いつも穏やかな彼でも、もはや我慢の限界である。

「ディーザ、あなたと言う人はあぁぁぁぁぁぁっ!」

人生で初めて、他者を憎み、聲を荒らげた。

しかし、そんなことをしても接続は止まらない。

シートゥムのは無にも飲み込まれ、意識は薄れていく。

◇◇◇

「……んあ?」

ツァイオンはし離れた場所から聞こえてきた尋常ではない聲に、廊下の真ん中で足を止めた。

両手には洗濯ったカゴが握られている。

どうやら、旅から持ち帰った洗濯の処理をしていたらしい。

だが響いた聲は、どう考えても異常なものだ。

カゴをその場に置いたツァイオンは、シートゥムの部屋へと駆ける。

「おいシートゥム、どうした!」

勢いよくドアを開き、踏み込んだ彼が目にしたものは、顔の渦巻く魔族五人と、ディーザ。

そして――今まさに、彼に全を飲み込まれようとしている、シートゥムの姿であった。

まず狀況が理解できない。

しかしツァイオンの場合、細かな事などどうでもいい。

に危害が加えられているという事実さえ分かれば、取る行は一つだけであった。

たとえ無謀だとしても、無駄だとしても、理解した上で即座にディーザに毆りかかる。

「シートゥムに何やってんだてめえぇぇぇぇぇッ!」

しかし渾の一撃は、いともたやすく片手でけ止められる。

「ぐっ……」

「にい、さ……」

「クソッ、シートゥムを放しやがれディーザァッ!」

シートゥムのは、もう顔しか殘っていない。

快楽にも似た気持ちの悪い覚に涙を流しながら、彼は大好きな馴染を見つめる。

もう二度とれることすら葉わぬのだと、全てを諦めながら。

「相変わらず暑苦しいお方です。その豬突猛進さが、私には最後まで理解できませんした」

を崩さないディーザ。

摑まれた手に嫌な予がしたツァイオンは、素早く腕を引き接続を回避した。

その直もまた、理解できない部分の一つだ。

ツァイオンは、そこで日和ったりはしない。

れたらすぐに離せばいいと割り切って、続けざまに顔を狙って拳を突き出す。

すると橫で待機していた魔族の男が、目にも留まらぬ速度で近づき、その腕を摑み止める。

るんじゃねえよ魔族の面汚しがァッ!」

ツァイオンは、魔法で男のを燃え上がらせた。

普通のならば一瞬で灰となる高熱の炎。

だが、その中にあっても、彼は平然としていた。

まるで『涼しいな』とでも言わんばかりに、余裕を見せている。

「どれ、試してみますかな」

そのやり取りを見守っていたディーザが、おもむろに手をかざした。

「ぁ……うあ……」

もはやシートゥムは、目と鼻と口を辛うじて確認できるぐらいしか殘っていない。

つまり、すでにディーザは彼の力を取り込んでいるということだ。

「カオスサフォケイション」

と闇の帯がび、ツァイオンの首にまとわりつく。

気づいて避けようとしたが、察知が一瞬遅れた時點で勝負は決していた。

「ぐ……がっ……」

巻き付いた魔力は、彼の呼吸を止め、窒息させる。

さらにり込み、をも朽ち果てさせた。

「みなさんと過ごした日々は、楽しかったですよ」

ディーザは本心からそう言った。

あとは死を待つだけのツァイオンに向けて言う言葉ではないが、彼なりの手向けのつもりなのだろうか。

だが圧倒的不利な狀況にありながらも、ツァイオンは諦めなかった。

心の中で『熱くねぇ』と繰り返す。

こんな熱量の足りない、消化不良の結末、認めてはならない。

まだまともにシートゥムに想いを伝えてないってのに、やりたいことだってクソほど殘ってるってのに――終わってたまるものか。

その強い意志でと闇の魔力を摑み、もがく。

しかし、それだけだ。

現実は非で、気合と念だけで乗り越えられるものではない。

あとしで終わる――ディーザがそう確信した、次の瞬間。

彼のから、彼のものではない腕がびた。

「……おや?」

そして、ディーザの発した魔法を解除する。

開放されたツァイオンは、酸欠でよろめき、倒れそうになるが、

「にげ……て、に……さ……」

ディーザのから聞こえる聲のおかげで、どうにか踏ん張った。

ほぼ取り込まれていたシートゥムだが、最後の力を振り絞って、ツァイオンを守ったのだ。

「シートゥム……ちくしょう、ちくしょおぉおおおおおッ!」

悔み、吠え、それでも彼の言葉に従い部屋の壁に突っ込むツァイオン。

そのまま壁を破壊し大を空けると、そこから外へと出した。

「追いなさい」

ディーザが命令すると、五人の魔族たちは一斉に彼を追跡する。

「変わりませんねえ、彼も。それが短所でもあり、長所でもあり……まあ、何をしてももう手遅れなわけですが」

彼はそう言って、シートゥムを吸収したおしそうにでた。

◇◇◇

逃走を続けるネイガスとセーラ。

その背後から迫る人影に、真っ先に気づいたのはセーラの方だ。

「ネイガス、誰か近づいて來てるっす!」

「もう追手が來たのね。キマイラ? それとも別の魔族?」

「違うっす……あれは人間っす!」

「人間!?」

空を飛ぶ自分を追いかけられる人間など、果たして存在するのだろうか。

いや、一人だけ思い當たる相手がいる。

しかし、本當に彼・・だとしたら、どれだけ逃げたって無駄ということだ。

ネイガスは覚悟を決めた。

「セーラちゃん、今から私はあなたを逃がすわ」

「もう逃げてるっすよ」

「違うわ、あなただけを逃がすって言ってるの」

セーラは無言でネイガスの頬をつねった。

しかも割と全力で。

「いひゃいは」

「ふざけたことを言うからっす」

二人を包むシリアスな空気が、一気に崩壊する。

「いいっすか、おらとネイガスは人同士なんすよ? 人はずっと一緒にいるもんっす!」

「小さい見た目に似合わずロマンチストねえ」

々余計っす、またつねられたいんすか? とにかく、おらはネイガスと離れるつもりは無いっすから」

そう宣言するセーラに、ネイガスは真剣な表で言い聞かせた。

「死ぬかもしれないのよ」

「それでも……一人だけ取り殘されるのは、もう嫌なんすよ」

両親や、故郷の人々、エド、ジョニー、そして王都に殘っていた修道たち――生死不明な者も含まれているが、すでにセーラは十分すぎるほど大切な人を失ってきた。

普段は明るく振る舞っていても、本當は辛いに決まっている。

はまだいのだ、これ以上誰かを失うことに耐えられるはずがない。

ネイガスにだってその気持ちは理解できた。

だが、背後から迫る相手はあまりに強大だ。

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キリri・スウィnあ汨

:○rin

筋力:31658

おク:30971

リォ:32174

敏死:31678

ン覚:31189

--------------------

ネイガスは瞳に映る數値を見て、奧歯を噛みしめる。

オリジンコアにより基礎ステータスが向上している。

さらに今のキリルは、制約なしでブレイブを使用できるようだ。

ただしステータスの上昇は二倍程度に留まっているようだが、それでも二人を殺すには十分すぎる。

諦めたくない。

けど、諦めるしかない。

ネイガスだって、できれば彼のことを一人にしたくはない。

普段はふざけているように見えるかもしれないが、魔族のでありながら人間をしたその想いは、今まで抱いてきたどんなよりも大きかった。

だからこそ、願ってしまう。

自分が助かるのは無理だとしても、どうか彼だけでも、生き殘ってくれますように――と。

「セーラちゃん」

呼びかけると、セーラはネイガスの顔を見つめた。

きょとんとした表を見せるセーラ。

その隙を突いて、ネイガスは彼を奪う。

小さなが、ネイガスの腕の中でぴくりと震えた。

「んぁ……ふ。ネイ、ガス?」

そして彼の気持ちが緩んだところで、そのを突き放す。

「え、あ……ネイガス、何やってるんすか、ネイガスっ!」

新たに生まれた風の球が、強制的にセーラを南へと飛ばしていく。

には、抗うはない。

「ありがとね。今までずっと、私のわがままに付き合ってくれて」

悲しげな笑顔が、遠ざかっていく。

手をばしても屆かないほど、離れていく。

「ネイガスッ! ネイガスぅぅぅぅッ!」

セーラは涙を流しながらんだ。

確かにわがままで、変態で、迷なやつだったけど、けどそんなネイガスだからこそをしたのだ。

だったら、今さらじゃないか。

死ぬっていうんなら、そこまで一緒に連れて行ってしい。

をかけるなら、最後までかけ続けてしい。

こんなにも心の深い場所までり込んでおいて――今さら放り出すなんて、あまりに殘酷すぎる。

「ジャッジメント・イリーガルフォーミュラぁっ!」

セーラはありったけの魔力を込めて、風の球を破壊しようとした。

だが、彼がそういった手段に出ることぐらい、ネイガスにはお見通しだった。

風の壁に衝突したの剣が、儚くも粒子となり消える。

「いやっす……いやっすよ! おらがネイガスのこと、どれだけ好きかわかってるんすか!? だったらおら、死んでやるっす。そんで、あの世でかっこつけておらを逃したことを死んで後悔させてやるっす! ほら、無駄になるっすよ? 本當にいいんすか!? ねえネイガス。答えるっすよ、ネイガスぅッ!」

んでもんでも、もう彼には屆かない。

「う……ううぅ……」

崩れ落ち、涙で滲む視界に映るのは、キリルとぶつかり合うネイガスの姿。

遠く離れていても、その力の差はよくわかる。

勝てるはずがない。

ボロボロになって、を流して、追い詰められていく。

セーラが『おらがいたら治してあげられるのに』と悔やんでもどうにもならない。

やがてセレイドも、戦う二人の姿も見えなくなり、彼は誰もいない魔族領の空を飛び続けた。

そして數時間後、ついにネイガスの込めた魔力が切れ、風の球は優しく著地する。

最後の最後までセーラを気遣っているようで、それが余計に辛かった。

そこは、荒野のど真ん中。

の空と灰の大地がどこまでも続く、何もない、誰もいない、孤獨な場所。

「うぅっ、ううぅ……っく、ひ、ぐ……う、うわぁぁぁぁぁっ! あぁっ、ああぁぁぁぁぁあっ!」

セーラはそこで、灰の空を見上げながら泣きんだ。

    人が読んでいる<「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい>
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