《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》103 善意を踏みにじる異形の噓

集落を出て白雪積もる荒野を見たとき、フラムは世界が終わってしまったのかと錯覚した。

思わずため息をつく彼に、ネイガスは苦笑いをしながら、

「元からこういう景よ?」

と言った。

それぐらいフラムにだってわかっている。

しかし、今日まで見てきた死の數があまりに多くて、この世界に生きている人間よりも、とっくに死の方が多いんじゃないかと思えてしまう。

得た力でオリジンを倒すと、そう決めている。

だが、こんな世界で――ミルキットのいない場所で生きて、なんの意味があるのか。

そう考えると、途端に、自分という存在が、酷く空虛にじられた。

空っぽの中に、ただ怒りと憎しみだけを詰め込んで、必死に『空っぽではない』と主張しているような。

それでもく。

フラムも含め、一行はそれから一言も口をきくことなく、ひたすらに南へ向かって進んだ。

先導するのはネイガスだ。

だけが、次の集落の場所を知っている。

南下しつつ魔族の集落を調べ、生存者を探し出す――それが今のフラムたちの目的だった。

タンッ、と足が地面を蹴ると、が數十センチ浮き上がり、そのまま高速で前進する。

幸いにもジーンとネイガスは風の魔法で素早く移できたし、フラムも異様に向上した能力でそれについていくことができる。

おかげで、一時間もあれば次の集落にたどり著けた。

空でも飛べば移は楽だ。

だがそうしないのは、目立ってしまうから。

不用意に、空を舞うキマイラたちと戦闘になり、タイムロスするのを避けたかったから。

それでも、セレイド周辺には千を超えるキマイラが徘徊している以上、地上を移していても必ず遭遇するし、全ての戦闘を避けることは不可能だ。

キマイラに発見されるたび、フラムは「ちっ」と舌打ちをして、一気に敵との距離を詰めて手のひらでれた。

人狼型ならそれだけで吹き飛ばせた。

獅子型も、全てを一撃で仕留めることは不可能だが、行不能レベルのダメージを與えられる。

Advertisement

飛竜型も、多タフだが苦にはならない。

だが、最大の問題はそこではなかった。

キマイラたちは決まって、自らが殺した魔族の死を使い、味方を裝って近づいてきたのだ。

見ればわかるし、今のフラムなら匂いや空気でも判別できる。

それでも、殺すたびにわざとらしく「ひどい」だの「どうして助けてくれないの」だの「お前のせいだ」だのと死を使って言われれば、嫌でも心はすり減っていくものだ。

今日三つ目の集落にたどり著いたとき、フラムは民家の壁を全力でぶん毆り、大きなを開けた。

鬼のような形相で歯を食いしばる彼を見て、ジーンは挑発するように言う。

「はっ、力のせいで理まで底辺奴隷並に落ちたか?」

もちろんフラムは無視した。

リートゥスもそれが正しい判斷だと気づいたのか、例の黒い腕をばすことすらない。

「正直、この有様を実際に見ちゃうと、心の方が先に參っちゃいそうね」

ネイガスも、に當たることは無いが、フラムと同じぐらい消耗していた。

キマイラの悪趣味なやり方もそうだが、彼にとって一番ショッキングだったのは、そこらに転がっている死だ。

セレイドから必死で逃げたと思われる者の亡骸を、道中でいくつも見かけてきた。

それが見知った相手であることもなくなかった。

友達、近所のおばさん、行きつけのお店の店主――それらのほとんどは、オリジンなど関係なく、日々を平和に過ごしていた人ばかり。

原形を留めていればいい方で、その大多數は首から上を切り取られている。

釣り・・の餌にでも使うつもりなのだろう。

何の罪があって、何の権限があって、命を冒涜されなければならなかったのか。

オリジンのその勝手さに吐き気がする。

「この集落もひどい狀況ですね。見ているだけで、また憎しみで我を忘れてしまいそうです」

「暴走するのは勘弁してくれよ」

「あの扉の向こうは、開けない方がいいのでしょうか」

フラムの背後に浮かぶリートゥスが言うと、一行の視線が教會のような形をした集會所の方に向く。

Advertisement

一見して建に異変は無いが、よく見ると窓にはしぶきがかかっているし、中から異様に濃な死の匂いが漂っている。

十中八九、中では殺が行われたのだろう。

どうにか集落に逃げ込んだ魔族でもこうなってしまうのだ、他の集落でもおそらく――

「でも、生存者がいるかもしれませんよね」

「楽観的だな、お前は」

「大丈夫? 見ても辛くなるだけだと思うわよ」

「見捨てる可能を殘して行く方が、よっぽど辛いですから」

そう言って、フラムは集會所の扉を押し開いた。

中からむわっとした異臭が溢れ出し、彼の鼻腔を埋め盡くす。

せり上がる吐き気にを噛んで耐え、や臓でまみれた施設に足を踏みれた。

すると、積み重なった死の一部がぴくりとく。

一瞬だけ生存者かと思ったフラムだが、その起き上がり方の不自然さですぐにわかった。

キマイラに片を與えられた、死者であるということを。

は襲いかかろうとする死に軽くれ、反転の魔力を注ぎ込む。

すると青いの死者は、ぱぁんと弾けた。

「だから言っただろう、期待するなと。しかし臭いな、いい子ぶっている魔族も腹を開けばこんなものか」

「ジーン、あんたねぇ……!」

「ネイガスさん、彼は構ってしいだけです」

「構ってしい? 誰のことを言っているんだフラム」

「気にするだけ無駄ですから、次の場所を調べましょう」

「おい待て、撤回しろ! 僕がいつ、貴様らのような凡百な頭脳の持ち主に――」

ジーンが何か喚いているが、誰も耳を貸さない。

フラムとネイガスは、彼を置いて近くにある民家の探索を始めた。

だが、こちらにも生存者の気配はなし。

異変が起きてからまださほど日數が経過していないせいか、室に生活がまだ殘っているのが逆に不気味だった。

いっそボロボロに崩れた建や、ほこりまみれの室を見せてくれた方が、諦めもつくというのに。

調べ終わって家から出ると、

「生存者などいないことぐらい、気配でわかるだろう」

Advertisement

と悪態をつく。

確かに、彼の言っていることも正論ではあるのだ。

なくともこの集落からは、誰かがいる気配がじられない。

今のフラムには、それがはっきりとわかってしまう。

それでも探してしまうのは――心のどこかで、ミルキットが生きているという可能を、捨てられないからかもしれない。

魔族領にいる可能は限りなくゼロに近い。

けれどゼロじゃない。

気配はしないので生存者がいる可能もゼロに近い、ましてやそれがミルキットである可能なんて。

けれど、ゼロじゃない。

神様ですら諦めるほど悲慘な確率だったとしても、フラムにはそれを、諦めることはできなかった。

「ふん、何だその捨てられた犬のような顔は。々しいな、どこまでも面倒なだ。いっそ人格を消して人形にでもしてやればよかった」

「オリジンみたいなことを言って」

「あれと一緒にするな!」

ジーンは否定するが、フラムは本気で、どこまでも自分勝手なあたりがそっくりだと、常々思っている。

厄介な絡まれ方をしそうなので、本人に言うつもりはないが。

會話が終わると、再び無言で集落を出る。

次は南西へ――ネイガスいわく、次に向かう“ニアセレイド”と呼ばれる場所は、比較的規模の大きい、町と呼んでも差し支えのない集落なのだと言う。

ニアセレイドは、古代の言葉でセレイドの近くを意味する言葉だ。

セレイドに近い集落が別に存在するにも関わらず、その名を持つということは、歴史の古い集落なのだろう。

フラムは『そこならば生存者が』と期待する一方で、今までよりも大量の死が並ぶ嫌な景も想像してしまった。

いや、むしろどちらかと言えば、後者の方が現実に近いだろう。

だが、ツァイオンが逃げ切って、生き殘っているのだとしたら、彼の守る集落が一箇所ぐらいあってもおかしくはない。

それが目的地であることを祈りながら、フラムは地面を蹴った。

今までの集落とは違い、移には二時間ほどかかるだろうとのことだ。

それから數十分、再び黙って移していたフラムたちだったが、先頭を行くネイガスが人影を見つけ足を止めた。

ジーンとフラムも同時に止まり、その視線の先を見る。

「どうせまたキマイラだろう」

「ですが、今までのキマイラとは行が違うようですね」

ここまでに遭遇したキマイラは、自分たちが普通の魔族だとアピールするように、自分からフラムたちの方へ近づいてきた。

だが今回は違う。

人間で言うと二十代半ばほどに見えるそのの魔族は、自分のを抱えるように、地面に座り込んでいる。

「この距離なら気づいてるはずよね」

「試しに撃ってみるか」

「普通の魔族だったら、責任取れるの?」

「今さら魔族の一人や二人死んだところ……チッ、わかってるよ、だから寄ってたかって睨むな! 特にリートゥス、お前の目つきは祟られそうで怖いんだよ!」

さすがのジーンでも、全員から睨まれると耐えられないらしい。

だが、最も近い集落からは徒歩で數時間の場所に、生きた・・・が一人でいるのは不自然ではある。

撃って確かめるのは論外として、うかつに近づくのは危険だろう――反転の力を持つ、フラムでもない限りは。

「おいフラム、いくらなんでも無防備すぎるぞ!」

ジーンの忠告を無視して、フラムはに近づく。

実を言うと、彼にはの正がすでにわかっていた。

……オリジンコアを取り込んだ、だ。

スキャンをかければ、一目瞭然である。

しかし、オリジンとて、それぐらいはわかっているはず。

だからキマイラの場合は、スキャンをかけて気づかれる前に、魔族アピールをして近づいてくるわけだ。

確かに、キマイラたちはすでに何度も同じ方法を使って近づいてきたため、もはやフラムたちに同じ戦法は通用しない。

かと言って、その場でうずくまってフラムたちをおうとするのは、前述した通り無意味である。

つまりこのは――何か別の理由があって、こうとしないに違いない。

フラムはそう考えていた。

「こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった」

近づくと、の聲が聞こえてくる。

は膝を抱え、顔を伏せ、ひたすらにそうつぶやいていた。

「こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった」

聲と同時に、ぶちゅ、ぶじゅ、というがこすれあい、が流れる音もする。

ふせられた顔がどうなっているのかなど、確認するまでもない。

しかし、間違いなくそれはオリジンコアを取り込んだであるはずなのに、フラムはなぜか敵意をじられなかった。

そのまましばし観察していると――ずるりと、る音がした。

「こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった」

「こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった」

そして、膝を抱えるが二人に増える。

全く同じ外見の二人は、橫腹が繋がっていた。

「こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった」

「こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった」

「こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった」

また増える。

繋がったままで。

「こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった」

「こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった」

「こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった」

「こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった」

さらに増える。

同じ姿、同じ形、同じ聲で。

そして突如、繰り返していた言葉がぴたりと止まったかと思うと――四人に増えたは、同時に顔を上げてフラムの方を見た。

が渦を巻いている。

ぶじゅるぶじゅると、を垂れ流しながら。

「おいフラム、何をしている。そいつをとっとと始末しろ!」

ジーンは遠巻きに様子を見ながら聲を荒らげる。

無論、無視した。

コアを取り込んでいることは間違いないのだが、きが妙だ。

まるで壊れているかのようにも見えた。

そのままフラムがの様子を見つめていると、ぶちゅっと音を立て、四人のが完全に分離する。

するとそのうち三人が倒れ、枯れたようにから彩が失われ、やがて朽ち果てて塵となった。

そして殘った一人は、また膝を抱え、「こんなはずじゃなかった」と繰り返す。

「なんなのよ、これ……」

ネイガスにも、行の意味がまったくわからない。

ただそれは、増と分裂を繰り返しているだけで、彼たちに敵意を向けることすらなかった。

「フラム、説明していただいてもいいですか?」

「私にもわかりません。コアを取り込んだであることだけは間違いないんですが」

「それはお前じゃなくてもわかる。どうなっているのか説明しろと言っているんだ」

「天才なんだから自分で考えたら」

「……ふん、ならば仮説を立てさせてもらう」

のつもりだったんだが、本當に自分で考えてしまえる頭脳があるのがジーンだ。

それが余計に、憎たらしかった。

「そいつは不良品のコアでも渡されたんじゃないのか? そして正確にオリジンの力を信できずに、意味不明な行を繰り返すだけの塊になってしまった」

そもそもオリジンコアは、王國で作られていたものだ。

高度な魔法の技が必要で、なおかつ使う相手によって形、大きさ、材質などが調整されたものが、実戦に投されてきた。

しかし現在、王國でのコア製造は止まっている。

魔族領では材料の調達が難しいことを考えると、ここに存在するコアはキマイラ用に調整されたものと考えるのが自然だろう。

そんなものを人間に対して使えば、対象が壊れるのは當然のこと。

フラムたちは知らぬことではあるが、マリアもそれで命を落としかけたことがある。

その際はオリジンがコアを通じて力を送り込み、彼を作り変えることで命を繋ぐことができた。

だが、オリジンもわざわざ、このようなただの魔族相手に、そこまでの処置は行わないだろう。

つまりこのは、合わないコアをに埋め込んだ結果、敵を襲う化にもなれずに、ただ意味不明な行を繰り返すだけになってしまった、失敗作ということである。

「だとすれば殺してやるのがこののためだ。フラム、お前ならできるはずだろう? とっとと息のを止めてやれ」

「できるけど……」

手のひらでれて、ごとコアを破壊すれば一発だ。

しかしフラムは、別の方法を模索していた。

が自分の意思でコアを取り込んだのだとすれば、フラムもすぐに殺しただろう。

しかし、遠くからここまで続く足跡と、破れた服、そして今は捻れて塞がってはいるものの、には爭ったような傷跡――それらを踏まえると、どうにもこのが自分でんだとは思えなかった。

それが失敗作となると、なおさらである。

フラムは彼の腹部に手を當てた。

「こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった」

――反応はなし、同じことを繰り返すのみ。

「フラム貴様、何をしようとしている」

それはただ純粋に、を救おうという思いだけではなかった。

しでも、希を繋ぎたかったのだ。

諦めなくて済ませるための、口実探しとも言える。

「まさかそのを助けようとしているのか? やめておけ、どうせ碌な結果にはならない。コアを取り込んだ者の末路は、お前が一番よく知っているだろう」

「フラムちゃんは何をしようとしているの?」

「おおかた、のコアだけを破壊して助けようとしているのだろう」

「助かる可能があるなら……!」

「労力の無駄だ。不完全とは言え、コアを取り込んでもそんな役に立たないの塊にしかならなかっただぞ!? 救えたところで、面倒を見たところでどうなる!」

心臓はいている。

つまりこのは、魔族としての生と、オリジンの化としての生が同居している狀態だ。

コアを破壊すれば、ただの魔族に戻る。

ただし、そのにはなからず後癥が殘るだろう。

回復魔法を使える者のいない今、コアを破壊したとしても、ボロボロになった彼を癒やし、生かしておくのは難しい。

「こんなもので、オリジンに対抗できる戦力になるとでも? 僕たちには時間が無いんだ!」

それでもフラムはやめようとはしない。

手を當てたまま、目を閉じ、意識を集中させている。

れると、いコアがどこにあるのかはなんとなくわかる。

そこに向けて、反転の魔力を注ぎ込めば――

「やめろと言っているんだフラム!」

ジーンはこらえきれず、後ろからフラムの肩を摑んだ。

は振り向き、にらみつける。

ネイガスは困した様子で、そんな二人の間にった。

「いいじゃないの、助けられるならそれに越したことはないんでしょう?」

なぜ魔族を救う救わないの話で、ここまでこじれてしまうのか。

ネイガスにもリートゥスにもさっぱり理解できなかった。

そもそも、ジーンがそこまでしてコアの破壊を否定する理由はなんなのか。

単純に嫌――という機だけでは、ここまで食い下がらないだろう。

「そういうことではないんだ。フラム。今お前が、その腐った脳で考えていることを當ててやろうか」

「……どうぞ」

「こののコアを破壊し、正気に戻って苦しんだ挙げ句に死んだとしても、一時的に戻れたのなら……キリルを同じ方法で救えるかもしれない。違うか?」

「そうだよ、だからなに? キリルちゃんを助けたいって思うのがおかしいっての?」

機のいびつさはフラムも認識している。

だとしても、それで諦めきれるものではない。

「エゴだな。そのために時間を浪費した挙げ句に、関係のないまで巻き込むのか? まるで人実験ではないか、それではお前が嫌っていた教會とまるっきり一緒だクソ!」

「じゃあこのまま見捨てて殺せっての!?」

「ああそうだ。さらに言わせてもらうとな、僕はキリルに死んでしいと思っている。だから助けるな、可能も探るな、とっとと殺せ」

「ただのモテない男のひがみじゃん、このちんちくりん雑魚貞魔師! 聞いてるこっちが恥ずかしい!」

「ど、貞だとっ!? 貴様そのような卑猥な言葉を使うとは、やはりっからの雌奴隷だな汚らわしい! 思考能力の低いだけで事を考える傾向にある、今のお前はまるっきりそれなんだよ!」

上等じゃないッ! だいたい、殺せとか簡単に言うけど、このの人はまだ生きてるの! 何の罪もない生きた魔族を私に殺せって言うの!?」

「今さらだろうが。お前は人間だって何人も、何十人も殺してきたはずだ! とっととこのも殺せ、善人ぶるな!」

「意味もなく殺してきたわけじゃないッ! リートゥスさん、こいつ黙らせてもらってもいいですか」

我慢の限界を迎えたフラムがリートゥスに頼み込むと、彼は首を縦に振ってあっさりと快諾した。

元魔王であるリートゥスが、魔族を救おうとするフラムをフォローするのは當然のことである。

エピック裝備であるアビスメイルは現在、表に出ていないものの、その力はフラムに作用している。

の背中あたりから黒い腕が、ジーンに向けてびていった。

「またそれか、だがそう何度も同じ手を……んぐっ!? ん、む、むうぅぅっ!」

黙らせればいいだけなので、口を閉じれば解決する。

もがもがと騒ぐジーンを放置して、フラムは増と崩壊を繰り返すに、反転の魔力を注ぎ込んだ。

オリジンの力が満ちるに作用しないように、慎重に、コアだけを狙って。

するとがぴくりと震え、から力が失せ、倒れ込んだ。

同時に、の脈が止まる。

フラムは彼を支えて、その様子を観察した。

やがて渦は消え、元の顔――まみれで、傷だらけではあるが――に戻っていく。

も同様に、普通の人間のに戻る過程で傷やが生じ、特に増を繰り返していた橫腹あたりの出量が多かった。

「う……ぅ……」

そしてうめき聲がれたかと思うと、は苦しげに表を歪める。

「あら、よく見るとセイレルに似ていますね」

フラムの手元を見ていたリートゥスが言った。

その名に反応して、ネイガスもフラムに背後からその顔を覗き込む。

「リートゥス様、彼はセイレル本人です」

「やはりそうだったんですね。ネイガスと同じで、長しましたね」

「はぁ……誰だ、それは」

いつの間にか解放されたジーンが、ネイガスに問うた。

「私とツァイオンと同世代の、共通の友達よ。のはずだから、目を覚ませば傷は自分で治癒できるはずだわ」

「……ふん、都合のいい偶然だ。良かったなフラム、苦しんだ挙げ句に死なれずに済んで」

「たぶん、偶然じゃないと思う」

フラムはそう言い切る。

視線の先には、南西から・・続く、足跡が殘っていた。

おそらくセイレルのものだ。

はフラムたちの目的地方向から歩いて、ここまで來たのだろう。

つまり――

「回復魔法が使えるから、コアを押し付けられたんじゃないかな」

「この先に、生存者が集っていると?」

「うん。でもそこには、他人にコアを渡すような……たぶんディーザの配下みたいなやつが、潛んでる」

まだ仮説に過ぎない。

だが、目を覚ましたセイレルが苦しげに、けれどはっきりと「……そう、だよ」と言った。

「ツァイオンに……報せ、なきゃ……」

「セイレル! ツァイオンがニアセレイドにいるってこと?」

「あぁ、ネイガス……よかった、生きて……ごほっ……たん、だ……」

咳き込むと、口からが溢れだす。

臓にも損傷が及んでいるようだ。

「あれ……そっちは……リートゥス、様……じゃあ、私……死んでる……?」

「いや生きてるわよ。リートゥス様は々事があって……まずは回復して、話はそれから!」

セイレルは頷くと、自分の腹部に手を當てて下級回復魔法を唱える。

はあまり魔法が得意ではない。

とはいえ魔族なので、普通の人間よりは遙かに高い魔力を持っているが、それでも臓の治癒には々の時間が必要だった。

そのタイムロスさえジーンには耐えきれないものなのか、苛立たしげに腕を組み、貧乏ゆすりをしている。

そして完全では無いものの、喋れるレベルまで回復が終わると、セイレルは改めてリートゥスの顔を凝視した。

「浮いてる……」

「怨霊のようなものです、あまり気にしないでください」

「無理です、気になります」

仕方のない話であった。

おそらく今後も、行く先々で似たようなことを言われるのだろう。

「それで、セイレルは何を報せたいの?」

「ああ、うん。その……トーロスが」

「トーロスって、あのトーロス?」

「懐かしい名前ですね、確かツァイオンが親しくしている男友達でしたか」

「そんな報はどうでもいい、とっとと結論だけ話せ」

空気を悪くするだけのジーンの発言に、ネイガスは顔をしかめる。

「ほんとうざったい奴……セイレル、トーロスがどうかしたの?」

「彼が、私に襲いかかってきたの。たぶん、何かを埋め込まれたのもそのときだと思う」

そう言って、セイレルは自分の腹部をでた。

まだ中には破損したコアが殘っている、いずれ摘出しなければならないだろう。

「ってことはあいつがコアを!?」

「ツァイオンも、ネイガスの両親も含めて二十人ぐらいニアセレイドにいるんだけど……まだ、トーロスがそんなことしてるってこと、誰も気づいてなくて」

「パパやママまでそこに……早く助けにいかないと! ジーン、戦力になるツァイオンもいるんだから、文句は無いわよね?」

「そう睨むな、僕は何も言っていない」

なくとも今回は、彼が反対する理由などなかった。

ネイガスは、まだ回復が完全でないセイレルを背負う。

そして再び彼が先頭となって、今まで以上の速度で、フラムたちはニアセレイドへ急行した。

◇◇◇

時は、セイレルがコアを埋め込まれる前にまで遡る。

ニアセレイドからし離れた平地で、激しく炎が燃え盛っていた。

二人の男がその前に立ち、無言でそれを見つめている。

「またここにいたんだね。ツァイオン、セイレルさん」

二人の背後から、水の髪をした、人の良さそうな顔の男が聲をかけた。

彼こそが、ツァイオンの友人であるトーロスである。

「離れてろよ、あんまり見てていい気分になるもんじゃねえ」

「私たちで死の処理はするから」

「僕も見ておきたいと思ったんだ、旅立つみんなの最期の姿を。どれだけ醜かったとしても」

燃えているのは、積み重なった魔族の死だ。

火葬を施すのは、単に弔うためだけではない。

衛生環境の悪化を避ける目的だったり、キマイラに利用されないため、モンスターの餌にならないため――と、複合的に理由が絡み合った結果だった。

「これで何人目?」

「わかんねえ、途中で數えるのはやめちまった。でも、今日だけで百人は超えてるんじゃねえのか」

「じゃあ、ニアセレイドの人たちは全部弔えたのかな」

「うん、町の中は一応ね。周辺地域となると、どれぐらい殘ってるか考えたくないけど」

「ごめんね、二人に任せっきりで」

「オレらが勝手にやってることだ、気にすんな」

の回収と火葬は、ツァイオンの自主的な活であった。

なくともかしている間は、自己嫌悪に苛まれずに済む。

初めた理由は、そんな勝手なものだが。

「それにトーロスには、レーリスちゃんやサッシアさんのこともあるだろ」

「妹と母さんは、僕より父さんにいてくれた方が嬉しいみたいだから」

元からの弱かったトーロスの母親サッシアは、この狀況に疲弊し、すっかり調を崩してしまっていた。

また、彼の妹であるレーリスも、若さゆえに心を病み、ここ最近はずっと熱を出してしまっている。

ニアセレイドに逃げ込んでからというものの、トーロスとその父であるグロウスは、つきっきりで二人の看病をしていた。

「僕にできることなんてあんまりないんだ」

「何を言ってんだ。たとえ言葉に出さなかったとしても、家族ってのは全員が揃ってた方が嬉しいもんなんだよ」

「……ツァイオンが言うと重いね」

「そうじたんなら、こんな場所にいないで集會所に戻ってやれ。あと、セイレルも一緒に戻ったらどうだ」

「私の回復魔法は、あの二人には効かないみたいなんだけど」

レーリスとサッシアの病は、気持ちから來る部分が大きい。

さすがにそういったものは、回復魔法で治癒することはできなかった。

「気持ちだけでもいい、それで救われる奴もいる」

「ふふっ、ツァイオンは相変わらず熱いね」

トーロスは茶化すように言った。

そしてツァイオンを除く二人は立ち上がり、炎の前を去っていく。

一人になった彼は、表を失い、虛ろな瞳で焼ける死を見た。

「シートゥム……お前も、その向こうにいるのか……?」

焼け焦げると臓の臭い。

誰もが等しく醜く朽ち果てる、死という末路。

それを越えた先に世界で一番大切な彼がいるというのなら――いっそ炎に飛び込んで、命を捨ててしまってもいいのかもしれない。

ツァイオンは半ば本気で、そう考えていた。

もっとも、炎を扱う彼が、この程度の溫度に飛び込んだところで、絶命することはないのだが。

「いや、まだだな。今のオレがシートゥムに會ったところで、『兄さんけないです』って嫌われるだけだ。せめて、あのクソ野郎ディーザを毆ってからじゃねえと……!」

強く拳を握る。

仮にその結果、命を失うことになったとしても、ディーザに一矢報いることができるのならそれでいい。

たぶんそれが、ツァイオンにとって自分の目指すべき最高の死に様なのだ。

もはや長く生きようとは思っていなかった。

シートゥムを失った時點でその気はとうに失せている。

あとはどれだけ、熱くこの命を燃やせるか――それが文字通り“命題”だった。

「おや、トーロスはいないのかな」

再び背後から、男の聲が聞こえてくる。

振り向いたツァイオンは、彼の名を呼んだ。

「グロウスさん、トーロスならさっき戻ったばかりだぜ」

トーロスの父親、グロウス。

彼は息子と同じ水の髪をかいて、「すれ違いかぁ」と肩を落とす。

「ツァイオン君は、また死を弔っていたんだね」

「ああ」

「すまない、辛い役目を押し付けてしまって。本來ならみんなでやるべき儀式なのに」

申し訳無さそうなグロウスの言葉を聞いて、ツァイオンは笑う。

「はっ、やっぱ親子だな」

「ど、どうしたんだい、いきなり」

「ちょうどさっき、トーロスにも同じことを言われたんだよ。人の良さそうで顔の雰囲気も似てるしな」

「そういうことか。でもそうかなあ、あんまり似てると言われたことは無いんだけど」

ツァイオンは、むしろそっちの方が不思議だった。

ここまでそっくりな親子など滅多にいない、と思うほどだというのに。

「……シートゥム様のこと、トーロスから聞いたよ」

「そうか」

「殘念、だったね」

「ふがいねえよ。オレに力があれば……いや、この場合は頭だな。もっと早くにディーザの裏切りに気づいてりゃ、こんなことにはならなかった」

「無理だよ、妻も驚いたって言ってたからね」

「サッシアさん、確か小さい頃はディーザに魔法を教わってたんだよな」

「みたいだよ。あまり聞いたことはないけど、優しい先生だったって」

ツァイオンも同じ認識だった。

人格もできていて、魔法の腕も一流で、料理もうまくて、頭も良くて、誰にでも好かれていて――それも全て、計算のうちだったのだろうか。

「世界は……どうなってしまうんだろうね」

「わかんねえ、考えたって仕方ないんじゃねえか」

「そうなのかな……」

「力のないオレらにできることなんて、たかが知れてる。もちろん世界なんか救えっこねえし、んなに手をばしたって、どれかこぼれ落ちちまう。だったら一番大事なを、一個だけ選んで、必死で守るしかねえだろ」

「大事なもの、か。そうだね、確かに私なんかが、世界のことなんて考えてもどうしようもない。私は……必死で家族を守るしかない」

グロウスは手のひらを見つめ、決意を改める。

幸運にも、彼の家族はまだ誰一人として欠けてはいないのだ。

余計なことは考えずに、目の前の大事な人だけを想い続ける。

終わりゆく世界の中で生きているからこそ、それが大事なのかもしれない。

「……なんだか、ツァイオン君に教えられてしまったね。私の方が大人なのにけない」

「んなわけあるかよ、トーロスやレーリスちゃんを立派に育ててんじゃねえか。グロウスさんのがオレよりずっと立派だ」

あまり褒められ慣れていないのか、グロウスは「そうかなぁ」と恥ずかしそうに頭をかいた。

やがて死の焼卻が終わり、炎が消える。

焼き盡くされ灰となったは、風に運ばれ自然に還っていく。

二人はその場で死者を見送り――トーロスたちの待つ集會所へと戻っていった。

    人が読んでいる<「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください