《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》120 私をハネムーンに連れてって
ライナスから差しべられた手。
思わずその手を取ろうとしたマリアだったが、直前で止めた。
彼がコアを使ってしまったのは、自分が與えた傷のせいだ。
そしてコアがなければ、間違いなく彼はあの場所で死んでいただろう。
「自分には手を取ル資格なんて無い。ソう思ってるんだろう?」
「わたくしは、あなたを殺そうとしました。最後までわたくしを信じ続けてくれたあなたを裏切って!」
それも、『自分を追い詰めるため』という勝手な理由で。
許されるはずがないし、ライナスも許してくれないと思っていた。
だというのに彼は――
「すまネえ、マリアちゃんがそこまデ追い詰められてたってのに、何もでキなかった」
むしろ、自分が謝るのだ。
マリアの非を責めることなく。
それが、に任せて怒鳴りつけられるより、ずっと辛かった。
「もっト、うまくやレたはずなのにな」
「どうして……なんなんですか、あなたは! なぜそこまで、わたくしのようなどうしようもない人間に優しくするのですかっ!?」
「そんなもン、惚れてるカらに決まってる」
即答するライナス。
マリアは絶句するしかなかった。
そんなもの、理由になるはずがない。
死にかけることも、あんな化に変わることもなかったのに。
だが一方で、ライナスに迷いはない。
マリアに惚れている――それは十分に、命を賭ける理由になるからだ。
そういう生き方をする人間だから。
「好キなんだよ、マリアちゃんのことが。それ以上ニ理由なんてねェ」
「理由に、なっていません」
「納得してクれなくてもいイ。ただ、返事は聞かセてしい」
マリアは顔を逸らした。
「わたくしは……」
そして口ごもる。
心は決まっている、彼がライナスをどう想っているかなど、誰の目にも明らかだ。
無論、経験の富な彼とて気付いているだろう。
しかしそれを、言葉にして伝えることが重要なのだ。
特に、自分の心を偽って自ら過ちを犯そうとするようなマリアにとっては。
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「……あなたが、好きです」
もう誤魔化せないと想ったのだろう。
申し訳なさそうに、ついに彼は自らの本音を言葉にした。
するとライナスは「ふぅー」とを押さえながら大きく息を吐き出す。
「ライナスさんならわかっていたはずなのに、どうして安心しているのですか?」
「わかってテるつもりでも、人間の心ナんてものは、はっきりト言葉にしてキかなイと最後まではっきりしないモんさ」
特に心は、とライナスは心の中で付け加えた。
「ですが、わたくしの気持ちなど知ったところで、もうどうにもなりません」
「あぁ、俺もどうニもなりそうにない。マリアちゃンのこと考えテないと、今にも持ってかれそうに・・・・・・・・なル」
「意識を保てているだけ、すごいと思います。意志が強い証拠です」
マリアは彼を尊敬する。
もし彼が同じ立場なら、すぐにオリジンに乗っ取られていただろう。
もっとも、それだけの心の強さがあれば、醜い姿になることもなかったのだろうが。
「だかラ、さ。俺の手を取ってくれなイか」
首をかしげるマリア。
彼は苦笑い混じりに言う。
「ふ……どうにもならないと言ったではないですか」
「どうにもナらないなラ、せめて、最後グらいは納得して終わりたイんだ」
納得して、終わる。
そんな結末があるのだろうか――否、自分に許されるのだろうか。
マリアは己に問う。
答えは即座に返ってくる。
ノー。
許されない。
許されるはずがない。
人や魔族を何人も殺し、幾重もの罪を重ねた自分には。
しかし――ならば、すでに終わった自分に、償いなどできるのだろうか。
それもノーだ。
意地を通してライナスやセーラのみを葉えずに自己満足の果てに死ぬか、あるいは多なりとも恩義に報いて逝くか。
「もウ一度言う。だかラ、俺ノ手を取ってくれなイか」
わたくしにそんな資格はない――反的にそう返そうとしたマリアだったが、我を殺し、ぐっと言葉を飲み込む。
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そして、セーラの言葉を反芻した。
誰かが誰かを助けたいと思う気持ちは、正義でもなければ大義でもない。
突き詰めれば、所詮は全てわがままなのだ。
マリアがオリジンに加擔したことも、そしてライナスがマリアを追いかけ続けたことも。
すでにセーラたちを逃した時點で、彼の心は折れている。
自暴自棄すら諦め、ただ終わりをむだけ――ならば、泡沫の幸福であろうと、彼のわがままにを委ねるべきだ。
そう決めたマリアは、ゆっくりと、ライナスに手を重ねる。
その手は、拒んできたことが馬鹿馬鹿しくなるぐらい、暖かかった。
「あなたは――」
そして彼に問いかける。
最初は消えりそうな聲で。
「わたくしの手を引いて、どこに連れて行ってくれるんですか?」
そして次第にはっきりと、彼にできるだけ“かわいい”と思ってもらえるように、一杯微笑みかけて。
無論、そのようなことをしてもの渦が歪むだけだ。
しかしライナスには、彼の笑顔がはっきりと見えていた。
「新婚旅行……いヤ、ご両親への挨拶が先かな」
「ふふっ、ようやく気持ちを伝えあったばかりなのに、気が早いんですね」
「善は急ゲって言うダろ?」
「それもそうですね。ええ……じゃあ、そうしましょう。まずは両親に會いに行って、それで……」
死後の世界は実在するのか。
それを今、論じるつもりはない。
あることを前提にして、まるでおとぎ話を語り合うように、暖かなにを委ねる。
だが――徐々に強くなるオリジンのノイズが、それを許さない。
「それ、で……わたくし、は……は、あなた、と……」
「マリアちゃン?」
「あ……あぁ……そう、ですよね……あ、は……そんなに、甘くは……」
ドクンドクンと強く渦が脈打ち、大量のが流れ出る。
「ですが……もう、十分ではないのですか……まだ、足りないと……あ、ああぁああっ……!」
顔だけでなく、手足も側から何かが蠢いていた。
オリジンの意志は脳も汚染する。
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『封印解除に手を貸すっていうから』
『を與えてあげましたのに』
『必要ない』
『意志などどうでもいい』
『果たしてください』
『責務がある』
『果たせないんなら』
『いらない』
『いらないものは』
『いらないようにしてしまおう』
流れ込む言葉の濁流。
破裂しそうなほどの頭痛が、マリアの意識を薄れさせていく。
「あ、が、は、っあ、ああぁぁあああッ!」
彼は両手で頭を抱えながら、小刻みに震えた。
ライナスは咄嗟にそのを抱きしめ、繰り返しその名を呼ぶも、反応はない。
彼はオリジンの道だ。
コアを使った人間ですらなく、オリジンの力によってを寄せ集め、人のような機能を持たせているに過ぎない。
今までは、計畫に大きな支障をきたすことはなかったので、大目に見られてきた。
しかし、この局面で役目を果たさぬのなら――切り捨てられるのは當然の道理である。
「マリアチゃん、シっかりするんだ。マリアチャんッ!」
んでも、もう彼には屆かない。
ついにはまで変質を始め、大化したが皮を裂き、外に溢れ出す。
赤と黃い脂肪がざりあった人の中がその全を包み込むと、さらに膨らんでいく。
「クソッ、ドこまデ悪趣味なんダよ、オリジンはァッ!」
憤りながらも跳躍し、距離を取るしかないライナス。
彼は異形と化した右腕で、背負っていた弓を再び握った。
矢筒より取り出した矢をつがえ、弦を引き絞り、狙いを定める。
「オォォオオオオオオオオオオッ!」
膨らみ続けるマリアのは、やがて四足歩行の、牛めいた獣の姿へと変貌を遂げる。
響き渡る咆哮もまた、人ではなく獣のものだ。
その姿はまるで、もはやマリア・アフェンジェンスという人間などどこにも存在しないと主張するようである。
しかしライナスは揺るがない。
いや――あえて獣の姿を取ったからこそ、まだその側にはマリアが眠っていると信じる。
「グオォォオオオオオオンッ!」
獣はライナスに突進を仕掛ける。
「わザとらしいンだよ、オリジィンッ!」
放たれた弓は、瞬時に獣の頭に著弾。
バチュンッ! と衝突のインパクトにが弾ける。
顔の四分の一ほどが吹き飛んだが、すぐに新たなが傷を埋めた。
進行速度にも変化は無し。
そのままライナスに突っ込む。
「ふッ!」
直前で飛び上がり、さらに三発打ち込む。
だがやはり獣は止まらず、そのまま魔王城の壁にぶつかった。
頑丈な石で作られた外壁は、まるで紙のようにたやすく破壊される。
姿は獣でも、元はマリアのだ。
ライナスがスキャンしてステータスを確認すると、やはり先ほどセーラたちと戦闘していたときのまま。
「本當ニ怖いノは魔法ダな」
力任せの突進など、所詮は小手調べに過ぎないはずである。
油斷させて、あるいは意識を近接攻撃に向けて、そこで切り札を使うつもりか。
外見こそ獣だが、あれをっているのはオリジンだ。
相応の知能は宿しているはずである。
「グォ……」
一方で獣の方も、についた瓦礫を振り払いながらスキャンを発。
新たに作り出された渦巻く瞳で、ライナスの能力値を確認した。
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もはやオリジンにほぼ支配されたから、數字以外にまともな報は読み取れない。
上から順番に、筋力、魔力、力、敏捷、覚であることは間違いなさそうだが――ライナスは近接戦闘に関する三つの要素で勝っている。
しかも忌々しいことに、あれはオリジンの力を取り込みながら、その支配に抗っているのだ。
すでにと心の八割を食われているというのに、なぜ自我を維持できているのか――オリジンに理解できるはずもなかった。
ゆえに、喰らい盡くせない。
しかし、理解しようとも思わない。
それは“無駄だ”と彼・が切り捨てたものなのだから。
理解できずとも、力で押しつぶせばいいだけなのだ。
振り返る獣。
ライナスと向き合うと、背中が変形を始め、無數の手がずるぅっ、と飛び出した。
高速回転するその先端は、れるものを盡く貫くだろう。
自らに向かってくるその手に、ライナスはたった一本の矢で対処する。
「弾ケろ」
空中で砕けた矢の破片が手に命中し、さらにぜる。
手は本から引きちぎられると、ボトボトと地面に落ちた。
だがやられただけで終わりではない。
それらは瓦礫の上でうねり、ミミズのようなきでライナスに迫る。
彼は素早く二目を構えた。
つがえる矢の數は三本。
そして今度は飛び上がり、獣の足元に向かって出する。
「バーストアロー!」
風屬魔法・エアバーストを付與された矢は地面に突き刺さると、激しく発した。
ゴオォォオッ! と聴覚を塗りつぶすほどの風の音と共に、えぐられた地面が舞い上がり、手は吹き飛び、どうにか耐えて地表にしがみついている。
だが、ただ守るだけではない。
大きく口のようなを開くと、の粒子が中に集まり、一つの大きな球となる。
「ガオォォオオオオンッ!」
まるで神話に出てくる“カイジュウ”のような咆哮とともに、の帯が放たれた。
浮遊するライナスはそれを、浮き上がった瓦礫を足場に、別の瓦礫に飛び移りながら回避する。
「魔法一ツにも品がないネェ」
挑発も忘れずに、獣の背後を取りつつ続けざまに矢を放つ。
突き刺さった矢は全てその場で弾け、を飛び散らせた。
再びの手攻撃。
今度はそれすらも足場にして飛び移り、ライナスは腰の短剣を抜いた。
そして風を纏った刃で、手を本から斷ち切り、背中に著地する。
「グギャオォオンッ!」
獣は苦しげに吠えたかと思うと、今度は全をの粒子が包みこむ。
危機を察したライナスはすぐに飛び上がり離れた。
直後、まばゆいが一帯を包み込み、視界が真っ白になる。
「くっ……」
まだ辛うじて人間としての視覚が生きているライナスは、思わず片腕で顔を覆った。
同時に発される熱で皮がただれ、が焼け、痛みと共に不快な匂いが鼻をつく。
ヒュオォォ――視界を塞がれた彼は、そんなごく小さな、しかし不穏な音を聞いた。
「図はデカイくせにやルことハみみっちイな!」
目くらましに加え、背後からの奇襲。
彼は腰のナイフを一本抜き取ると、気配だけで迫る魔法の位置をじ取り、薙ぎ払う。
それはうねりながら曲がる、ホーミング機能を備えたの帯だ。
しかも數が多い。
二発目が著弾する頃には微かに視力が戻っており、今度は余裕を持って対処する。
しかしライナスの反応速度には余裕があっても、ナイフの方はそうはいかない。
超高溫のにさらされ、どろりと溶ける。
彼は舌打ちをすると仕方なく二本目を抜き、殘り二発に対応。
だがそうしているうちにも、獣は次なる攻撃をしかけようと口を大きく開いている。
空中で振り返ると、歯を食いしばりながら矢筒より五本の矢をつかみ――
「グオォオオオオオオッ!」
「ゲイルショット・スパイラルゥッ!」
獣の放つ線と、真正面からぶつかり合わせた。
拮抗し合う風との魔力。
まばゆいを放ち、ライナスからは空間がゆがんでいるようにも見えた。
だが、狀況はライナスの劣勢。
いくら筋力で勝っていても、大火力の魔法と矢で渡り合うのは無茶だ。
け止めきれなかった熱がじりじりとを焼く。
皮が剝がれ、がむき出しになると、その傷口はねじれ、オリジンに支配される。
その分だけオリジンの影響をうけ力は強くなるが、もちろん神への干渉も大きくなっていく。
『聞け』
『聞こえる?』
『気持ちいいよ』
『こっちにおいでよ』
『どうせ無駄だろ?』
『お前は役目を果たさなくてはならない』
『迎合せよ』
『接続しよう』
『一緒に』
『一緒に』
『一緒に――』
聲はオリジンに近づいただけでも大きくなる。
この狀況で、オリジンに忠誠を誓っていない人間が、人の形を保つのは非常に困難である。
マリアへの強い想いはそれを可能にしたが、影響がゼロなわけではない。
意識が飛ぶ。
(ふざけんな、この狀況で……クソッ!)
壊れたビデオテープのようにぶつ切りになって、視界の畫質が落ちていく。
ノイズが増え、聲も聞こえてきて、とてもキモチヨクなってくる。
の帯はしのいだものの、の熱で弓は焼け落ちた。
さらに意識が飛んでいる間に、ライナス自も地面に落ちている。
そこに、大きな口を開いた獣が接近した。
(埋め盡くされる、頭ん中が……雑音に……!)
まるで祭で賑わう町の雑踏を、固めて頭に打ち込まれたような覚。
『気持ちいいよね』
『接続』
『だから手放そう』
『あなたのものではありません、みんなのものです』
『辛いだけだろ』
『そんなことやったって――』
否定される。
優しく、厳しく、悲しく、恐ろしく、楽しそうに――様々な否定が脳に鳴り響く。
説得ではなく、量による暴力で意識を押し流そうとしている。
「黙レよ……オリジンッ!」
しかしライナスは抗う。
「俺は男だ。惚レたを守ルと決めたら、最後まデ止まんねぇんダよオォォオオオオッ!」
彼の気迫に呼応し、彼の腕が変形する。
束ねられていたの筋がほどけ、弓のような形に近づいていく。
弦も己のなら、矢も己の一部。
もはや完全に人でなしのだが、どうせこの命は使い捨て・・・・だ。
ならば使い切らなければもったいない。
「ゲイルショット・スパイラルゥ――」
方法はわからない。
彼が見たのは、マリアに殺されかけたとき、“彼がそうした”という記憶だけだ。
そういう言葉を発したら、魔法が強くなった。
たぶんこういう方法を使ったんだろう。
そのためにはああしたらいいんだ。
の欠片もない、曖昧な認識。
ゆえにその一撃は不完全だったかもしれないが――確かに、威力は増していた。
「イリーガルフォーミュラァッ!」
ゴバアァァッ!
再び、獣の吐き出す線とライナスの矢がぶつかり合い、生じる雲を切り裂くほどの嵐。
先ほどは彼の方が力負けしていた。
當然だ、二人の魔力には圧倒的な差があるのだから。
たとえそれを筋力や矢で補おうとしても、埋まるものではない。
だが――今度は、押している。
理屈では魔法で負けることのないはずのマリアが、押されているのだ。
なぜそのような結果になったのか、やはりオリジンは理解できない。
彼は恥ずかしげもなく、高らかにその“理由”をんだ。
「こレが、の力ってやつダあぁぁぁぁぁぁあッ!」
理解不能、説明不要。
人間は知っている。
その力は見えないし、計算もできないが――確実に、実在することを。
「グオォオオオオオオッ!」
ライナスの矢に、はかき消される。
そしてなおも力を失わないその一撃は、大きく開かれた口からに侵し、獣のを切り開いた。
「マリアチゃンッ!」
の奧に埋まっている、四肢を失ったマリアの姿。
ライナスがその名を呼ぶと、彼は渦に満ちた顔をあげて反応した。
「ライナス……さん……」
やはりそうだ、生きている。
ライナスを想う彼を、オリジンは殺しきれなかったのだ。
なぜなら彼はを知らないから。
だからわざとらしく獣の姿に変え、彼に殺させようとした。
どこまでも悪趣味に。
マリアに手をばしながら近づくライナスだが、傷はすぐに再生を始める。
さらに獣は次の魔法の充填を始め、二人を引き裂くように魔力の塊――の球が間に割り込んだ。
「やラセねぇよ、ソニックレイドッ!」
ライナス自が風となり、急加速する。
そして彼は、徐々に膨らむの魔力に、自ら左腕を突っ込んだ。
「シャらくせえッ!」
ライナスの腕とがぶつかり合って、互いに消滅する。
マリアのを摑むには、腕一本あれば十分だ。
彼は閉じかけの傷口に強引に腕を差し込んで、手をばした。
「すマねエ、暴なやリ方になっチまう!」
「構いません!」
獣は、大した彼の手足だ。
ゆえに今のマリアのに四肢は無い。
だからライナスは彼のを強引に摑んで、引きずり出すしかなかった。
ずるりと、明な粘にまみれたが地面に転がる。
彼は起き上がることすらできない彼を抱いて、すぐに獣から距離を取った。
「ありがとうございます、ライナスさん」
「気にしナイで……ッて、スまン」
今の彼は服を纏っていない。
一瞬、それを見てしまったライナスの顔は一気に赤くなった。
「今の醜いわたくしを見ても嬉しいのですか?」
「ソリゃな」
「ふふっ、そうなんですね」
一方で見られたマリアの方は、なにやら嬉しそうである。
なくとも今のリアクションが、誤魔化しようのない素の反応であることぐらいわかる。
だから、非常に下らないやり取りだが、彼の想いが直にじられて、つい喜んでしまったのだ。
「しっカシ、コアもねエのにまダくんダな」
ライナスの視線の先で、獣が苦しそうにのたうち回っている。
そのままかなくなるかと思ったが、むしろ逆だ。
すっと起き上がり、明らかに彼の方に敵意を向けている。
「ここはオリジンの本拠地です。コアが無くとも直接、力を與えることもできるのでしょう」
「そウまデして、俺たチの幸セを阻止しタイと? いヤあ、モテる男は辛イねェ」
やれやれ、と首を左右に振るライナス。
確かにコア無しでも獣はくかもしれない。
しかし、オリジンがそれを得意としているのなら、コアを埋め込むなどというまどろっこしい真似をせずに、最初からそうしていればいいのだ。
つまりあれは、虛仮威こけおどし。
ライナスたちを驚かすためにいているハリボテに過ぎない。
「グオォォオオオオオオオッ!」
それを証明するように、獣は荒々しく吠え、後ろ足で何度も地面を蹴った。
「神ノくセに虛勢を張るトはネぇ、やケに人間臭イじャねェか」
「グオォォオオオオッ!」
「ふゥ……マリアちャン、一旦下ニ置くケドいいカな?」
すぐに「はい」とらかな聲で答えるマリア。
ライナスは彼を優しく床に橫たえると、獣と向き合った。
「マ、嫉妬すル気持チはわカらンでもナいが――」
そして突進してくる敵を前に、右手を前にかざす。
すると今度は手の甲からの筋を固めた弓がずるりと現れ、クロスボウのような形狀に展開される。
さらにで生した化した片が、ボルトとして自裝填オートリロード。
「人ノ路ヲ邪魔すンジゃねエよ、外道が」
彼は忌々しく吐き捨てる。
すると――ドゥンッ! と、まるで大砲のような発音と共に、矢が発された。
風の魔力と回転の力を得たそれは、獣の眉間に命中。
に潛り込み、狙い通りど真ん中で靜止する。
に埋もれながらも、矢の魔力と回転は未だ健在である。
獣のは見る見る間にねじれ、変形していく。
その様は、に生まれたブラックホールに吸い込まれているようであった。
「オォ、オゴォォオオオオオッ!」
響き渡る不細工な斷末魔。
足をばたつかせて出を試みるも、待ちける未來はもはやミンチしかない。
「ったク、無駄ナ時間ヲ使ワせやガって」
わかりきった勝敗を見屆けることすらなく、ライナスはマリアとの語らいを再開した。
もう時間はあまり殘されていないのだ。
あんな塊に一分一秒でも時間を割くのはもったいない。
彼は地面に座り込むと、マリアのを抱きしめる。
「ごめんなさい、汚れてしまって……」
「今さラそコ気にすル?」
「します……だって、好きな人の前では、しでも綺麗なわたくしでいたいではないですか」
マリアの言葉に、ライナスは一瞬だけ驚いた表を見せたが、すぐに歯を見せて笑った。
「ソういウマリアチャん、新セんだな」
「わたくしだってなんですよ?」
普通の人間が許容量を越える重荷を背負えば、壊れる。
多くの狂った人間は、最初から狂っているわけではない。
そのほとんどが、外的要因によって狂わされたのだ。
「普通にをしていたら、デートに出かける前に、服で悩んだりすることもあったのかもしれません」
「俺ハ、どンな服でモ可いっテいイそウだ」
「わたくしも単純ですから、かわいいと言われたら大喜びすると思います」
マリアは明るい聲でそう言ったが、ふと現実に引き戻されるようにトーンが落ちる。
「ライナスさんと人としてデートしたら、さぞ楽しいんでしょうね」
「エスコートにハ自信がアる」
「でもわたくしは慣れていないので、ライナスさんを楽しませることは出來ないかもしれません」
「ソれハアりえなイな」
ライナスは得意気に斷言する。
「マリアちゃンと一緒ニ居ルだけデ、俺は他ノどんな時間よリも楽シイ」
聞いただけで噓偽りも、お世辭でもないとわかるその言葉に――耐のないマリアが平気でいられるはずがない。
バッと素早いきで顔を逸らし、耳が真っ赤になる。
「ソウいうトコも、可イな」
「や、やめてください……」
「マリアチャン」
名前を呼ばれ、ついライナスの方を見てしまうマリア。
すると彼は、迷いなく彼の……があった部分に口づけた。
「え……?」
マリアはあっけにとられている。
ありえないと思っていたから。
いくらライナスがマリアのことを想っていても、まさかそんなことは、と。
「や、やめてくださいライナスさんっ! そんなの……こんな、気持ち悪い顔にキスだなんて……」
「人とキスでキテ、気持チ悪いわケがなイ」
またもや彼は斷言する。
「そこまでさせるほど、なぜわたくしを……」
嬉しさを通り越して、罪悪が湧き上がってくる。
「どうして……どうして、あなたのような素敵な人が、わたくしなんかに……きっと、もっと別の人を好きになっていれば、ちゃんと幸せになれたはずなのにっ!」
仮にオリジンを誰も止められなかったとしても、世界が終わるそのときまで。
フラムたちが勝利したのなら、そのあとまで――間違いなく、彼は幸せになれるだけの魅力をもった人間だ。
異にも金にも苦労しない。
その気になれば地位と名譽も得られる。
それだけの、才能があるはずだ。
しかしライナスは首を振って、それを否定する。
「違ウんダ、マリアちャン。俺サ、知っテノ通り、かナリ遊び人ダッタんだ。マリアチャんニ出會ウまでハ、ンナの子ヲ取っ替エ引ッ替えしテさ」
顔も良ければ格も悪くない。
なくとも飽きるまでの間は優しく扱ってくれるし、一方的に捨てられることもない。
しかもS級冒険者。
そんなライナスに、王都のたちが群がらないはずがなかった。
彼もまんざらではなかったし、好みのに次々と手を出していく。
しかし一方で、虛しさもじていた。
仲間から長く付き合っている人の話を聞かされたり、結婚の話を聞くたびに――果たして自分に、そこまでしたいと思う相手は現れるのだろうか、と。
「デモ、マリアちゃンに出會ってかラ、俺ハ変ワッタ。こンナに一途ニなレたノは、初めテだっタ」
一目惚れとは、まさにこんな狀況のことを言うのだろう――ライナスはマリアを初めてみた瞬間に、そう思った。
今までとは違う。
年下だし、オリジン教會の聖だし、手を出すとマズい相手だ。
ライナスだって、そういう相手を避けるぐらいの節度はあった。
しかし、マリアを前にするとそんな理屈は吹き飛んでしまう。
この人でなければダメだ。
この人でないと――自分は、を知ることが出來ない。
「マリアチャんは俺ニ、本當ノ幸セを教エテくれタんダ」
彼と出會ったその日から、虛しさは消えた。
真の意味で、自分の人生が始まったと思った。
「ダから、本當ニ――こノ道ヲ選ンダこトに、後悔ハ無イよ」
マリアを抱きしめて逝けるのならば、それ以上の本は無い。
もはや疑いようもなく、それはライナスの本心だ。
もうこれ以上は、彼も彼を疑うことはできない。
抱きしめる腕にを任せ、上気しながら、マリアはライナスの顔を見つめる。
彼もまた、ようやく得ることのできた本當の幸せを噛みしめる。
「ライナスさ……がっ!?」
そのとき、何かが彼の首を絞めた。
ライナスの左手からずるりとが溢れ出し、マリアの首に纏わりついたのだ。
「くッ……!」
彼はに右手を當てると、風の魔法でそれを吹き飛ばした。
「ヅ……ぅ……ス、スまナい、マリアちャン。そロソろ……限界が近イ、らシイ」
神はおろか、も制できない。
だがそれは、マリアも同じである。
これまで変化の無かった手足の切斷面が、蠢き始めていた。
「そう……ですね。わたくしの中も、しばかり雑音がうるさくなってきました」
頭の中でも、オリジンたちが絶え間なくんでいる。
集中しなければ、相手の聲が聞こえないほどだ。
「消えてしまう前に――」
「あア、消えル前ニ、自分ノ手で終わラセよウ」
ライナスは上著の懐から、赤い水晶を取り出した。
それは王城に捕らわれていた時、ジーンから渡されたものだ。
「それは……」
「自魔法ガ仕込ンデあル」
「ジーンさんが作ったものですか。彼のことはよくわかりませんが、ライナスさんのことは、多なりとも大事に思っていたようですね」
「ドうシテそウ思ッタ?」
自用なんて騒な代だというのに、なぜ“大事にしている”という発想に至ったのか。
ライナスは純粋に疑問だった。
「キリルさんがオリジンの封印を解くまで、まだ二週間以上かかります。魔王城に潛り込んでいたジーンさんには、それがわかっていたはず。ゆえにわたくしたちは、てっきりタイムリミット直前で攻め込んでくると思っていたのです。ですがライナスさんたちは、なぜか・・・今日を選んだ。その理由は――」
一拍置いて、マリアは言う。
「今日が、ライナスさんにとってのタイムリミットだったから、ですよね?」
らしくないと思いながらも、不利になる可能を考慮しながらも、ジーンはそうすることを選んだ。
フラムたちを偽り、死にかけたライナスに本懐を遂げさせるために。
最終的にはそれが、彼一人でマリアを止めるという結果に繋がったわけだが。
「ハッ……あア、ソノ通リ、だ。まサカ、あいツがソコまデやッテクレるトは……えット、アイつ……」
顔は浮かんでくるのに、名前が思い出せない。
いや、手が屆く場所に保管してあるのに、ノイズが邪魔をするのだ。
「ジーンさん、ですよ」
マリアはし悲しそうに言った。
「そウだ、ジーン。アイツも、友っテやツ、ワカってクレたらシイ」
「ライナスさんが見捨てなかったおかげですね」
「ダト、いイんダガ……」
いまいち、ライナスは彼からの友というものをじたことがなかった。
それなりに面倒は見てきたつもりだし、限界まで見捨てずに付き合ってきたわけだが、どこまでもジーンはジーンだったのだ。
今回のタイムリミットの件だって、水晶やコアのことだって、本當にライナスのことを想っての行かは怪しいものだ。
もっとも、結果的にそれが自分のためになったのだから、ライナスは心の底からジーンに謝している。
「ナア、マリ……ま……マリアチゃン」
途切れ途切れに、人の名を呼ぶ。
「はい」
「ゴ、メン。名前……ワすレ、そウに……」
「わたくしがジーンさんのことを聞いたから、長引いてしまいましたね」
「ジーン……ソウ、ジー……ジ……誰だっケ……ハァァ、オリジ……ちガ、違ウ……マリア、ちゃ……」
「わたくしはここにいますよ、ライナスさん」
「アあ……マリア、チャン……」
これまでライナスは、気力だけでオリジンの意志による人格汚染を防いできた。
だが戦いが終わったことで、気が抜けてしまったのだろう。
しかし、今際の際に人のことを忘れてしまったのでは意味がない。
もう、逝かなければ。
「それでは、今度こそ終わりにしましょう」
ライナスが握る赤い水晶に、マリアは頬を寄せた。
二人はほぼ同時に、その中に魔力を流し込む。
そして、刻まれた式が起する。
強制的にから魔力が吸い取られていく。
オリジンの力を得た二人の魔力は、相當な量である。
それらが全て――を燃やし盡くす魔法へと変換されるのだ。
コアを破壊することは不可能だが、が完全に消滅すれば死は訪れる。
「やっと、ですね」
「ヤット……マリアチャン、と……」
「ええ、ライナスさんと――」
恐怖はなかった。
ライナスはいつになく達に満たされている。
正直に言うと、もう絶対に屆かないと思っていた。
それでもマリアのことをさずにはいられなかったし、している以上は諦めたくない。
その一心で、ずっと彼のことを追いかけてきたのだ。
そしてようやく、追いつくことができた。
もう手遅れだったかもしれない。
もっと早く、彼を止めることもできたかもしれない。
しかし、選ばなかった可能なんて、考えたって仕方ない。
だから彼は、『これが最善の結果だ』と言い切る。
なぜなら、今こうして、自分の腕の中でマリアが安らかに微笑んでいる。
その顔を見ているだけで、ライナスは十分に『し遂げた』と思えるのだから。
一方でマリアの心は、これまでじたことのない安らぎに包まれている。
死が訪れる。
いや、すでに生と死の狹間に自分はいるのかもしれない。
を包む暖かさや、聞こえてくる優しい音はきっとそのせいだ。
そこには家族がいる。
友達がいる。
ライナスも隣にいる。
もう誰も憎まなくてもいい。
もう自分のことを嫌いにならなくてもいい。
罪を置き去りにして無責任だと、自分を責めることもなくなる。
解放されるのだ、全てから。
だから、恐れるはずなど無かった。
魔力が熱に変換され、視界が白に染まっていく。
それは炎というよりは、小さな太である。
周囲を明るく照らし、近づいたものを何もかも焼き盡くす灼熱の星。
無論、その側に存在するは、何であろうと跡形もなく燃えて、消える。
は、灰のような粒子へと変わっていった。
腕が消え、足が消え、も消え――そして、意識もしずつ薄れていく。
「ライナスさん」
「どう、した?」
「新婚旅行、楽しみですね」
マリアが冗談っぽくそう言うと、ライナスは笑いながら、
「ああ、そうだな。俺も楽しみだ」
と答えた。
それが、二人の最後の言葉だった。
見つめ合う互いの笑顔も、に包まれ無に還ってゆく。
絶が、死という暖かな優しさに埋め盡くされる。
長い長い悪夢が終わる――
が収まると、もうそこにライナスとマリアの姿はなかった。
何かが、り輝きながら風に舞う。
遠くへ――ここではないどこかへ飛んでいく。
殘ったものは、寄り添うように転がる、二つの黒い水晶だけだった。
【書籍化!】【最強ギフトで領地経営スローライフ】ハズレギフトと実家追放されましたが、『見るだけでどんな魔法でもコピー』できるので辺境開拓していたら…伝説の村が出來ていた~うちの村人、剣聖より強くね?~
舊タイトル:「え? 僕の部下がなにかやっちゃいました?」ハズレギフトだと実家を追放されたので、自由に辺境開拓していたら……伝説の村が出來ていた~父上、あなたが尻尾を巻いて逃げ帰った“剣聖”はただの村人ですよ? 【簡単なあらすじ】『ハズレギフト持ちと追放された少年が、”これは修行なんだ!”と勘違いして、最強ギフトで父の妨害を返り討ちにしながら領地を発展させていくお話』 【丁寧なあらすじ】 「メルキス、お前のようなハズレギフト持ちは我が一族に不要だ!」 15歳になると誰もが”ギフト”を授かる世界。 ロードベルグ伯爵家の長男であるメルキスは、神童と呼ばれていた。 しかし、メルキスが授かったのは【根源魔法】という誰も聞いたことのないギフト。 「よくもハズレギフトを授かりよって! お前は追放だ! 辺境の村の領地をくれてやるから、そこに引きこもっておれ」 こうしてメルキスは辺境の村へと追放された。 そして、そこで國の第4王女が強力なモンスターに襲われている場面に遭遇。 覚悟を決めてモンスターに立ち向かったとき、メルキスは【根源魔法】の真の力に覚醒する。【根源魔法】は、見たことのある魔法を、威力を爆発的に上げつつコピーすることができる最強のギフトだった。 【根源魔法】の力で、メルキスはモンスターを跡形もなく消し飛ばす。 「偉大な父上が、僕の【根源魔法】の力を見抜けなかったのはおかしい……そうか、父上は僕を1人前にするために僕を追放したんだ。これは試練なんだ!」 こうしてメルキスの勘違い領地経営が始まった。 一方、ロードベルグ伯爵家では「伯爵家が王家に気に入られていたのは、第四王女がメルキスに惚れていたから」という衝撃の事実が明らかになる。 「メルキスを連れ戻せなければ取りつぶす」と宣告された伯爵家は、メルキスの村を潰してメルキスを連れ戻そうと、様々な魔法を扱う刺客や超強力なモンスターを送り込む。 だが、「これも父上からの試練なんだな」と勘違いしたメルキスは片っ端から刺客を返り討ちにし、魔法をコピー。そして、その力で村をさらに発展させていくのだった。 こうしてロードベルグ伯爵家は破滅の道を、メルキスは栄光の道を歩んでいく……。 ※この作品は他サイト様でも掲載しております
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