《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》121 種火は泥濘の中で靜かに揺れて

『部屋にるときはノックをしなさい』

ツァイオンはふと、小さい頃、ディーザにそう言われたことを思い出した。

彼はまるで親のようにツァイオンに接してきたし、ゆえに親に向けるのと同じぐらいの信頼を寄せてきた。

裏切りを信じるか、信じたくないかで言えば――今だって、信じたくはない。

時間が経ってもなお、怒りと戸いはり混じっている。

だから、一度はディーザと話したい、ツァイオンはそう思っていた。

しかし一方で、こうも思うのだ。

あれ・・と対話を試みることに、意味などあるのだろうか、と。

「……考えても仕方ねえ」

ツァイオンは疑問を早々に振り払う。

本人に聞けばいい、ただそれだけのことだ。

彼は拳を握ると、そこに炎を纏わせる。

そして――

「ふんッ!」

魔王城の外壁に、叩きつけた。

魔力がぜ、大きなが空く。

白い砂埃が舞うその向こうにあるのは、ディーザの自室だ。

彼がそこにいる確証はなかったが、それならそれで探せばいいだけのこと。

しかし、ツァイオンの勘はどうやら當たったようだ。

いや――どちらかと言えば、この場合はディーザの勘が當たったと言うべきか。

「部屋にるときはノックをしなさいと教えていたはずですが」

椅子に腰掛けていた彼は、ツァイオンの姿を見ると微笑み、立ち上がる。

まるで來るのを待ちけていたようだ。

「魔族相手ならオレもそうしたさ」

「私は魔族ではないと? ああ確かに、半魔族ではありますが――」

「そうじゃねえよ、化が」

ツァイオンが凄もうとも、ディーザはじない。

相変わらず余裕をもった表で、殺意を向ける息子のような存在と向き合う。

「聞かせろよ、ディーザ」

「呼び捨てとは不躾ですね、私はあなたをそのように育てたつもりはありませんが」

「はっ、親気取りかよ。で、どういうつもりなんだ?」

「どういう、とは?」

機を聞いてねえ。なんでオリジンの封印を解こうとしたのか、なんでシートゥムを取り込んだのか、全部答えろよ」

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「対話に意味など無いでしょうに、どうせ私たちは殺し合うしか無いのですからなぁ。それともツァイオン、あなたもこちらに付いて――」

ツァイオンが拳を突き出すと、炎がディーザの顔面ど真ん中に撃ち込まれる。

だが彼は避けることすらしない。

その程度の魔法では、ダメージすら無いからだ。

生じたススを「やれやれ」とはたき落とす。

「いやはや、相変わらず暴だ」

「無駄口叩いてねえでとっとと答えやがれ」

「その前に、一つだけ答えてしいのですが……」

「あぁ?」

睨みつけるツァイオン。

ディーザがパチンと指を鳴らすと、彼の首に何本かのの刃が突き付けられた。

シートゥムを取り込んだことで得た魔法だ。

「その不遜な態度。よもやあなたは、自分が優位に立っているとでも思っているのですか?」

どうやら彼は、いつでも殺せる、そうアピールしているらしい。

さらにシートゥムを取り込んだことも見せつけている。

「関係ねえな」

ツァイオンは毅然と言い放った。

「優位だろうが不利だろうが関係ねえ。シートゥムを裏切ったてめえをオレは許さねえ、それだけだ」

「なるほど、のままにいていると。あなたらしい」

微笑んだディーザは、魔法を解除する。

そして再び椅子に腰掛け、ツァイオンの疑問に答えた。

機ですが、単純にオリジン様が封印されていることが我慢できなかっただけです」

「我慢だと?」

「不思議なことに私と同じ考えの者は誰もいないようですが――オリジン様はこの世に存在する何よりも強い力をお持ちだ。そんなお方が、か弱い人間や魔族に抑え込まれていることが、許容できなかったのですよ」

「恩を仇で返すことになっても、か?」

「オリジン様の復活に比べれば、些細なことだ」

ツァイオンは力まかせに機を拳で叩き、破壊する。

平然と言い放つディーザに、怒りを抑えきれなかったのだ。

百年以上にも渡って、寄りのないディーザを魔王の脈が支えてきた。

だというのに、この裏切りが些細なことなどと――たとえ噓でも、口走っていい言葉ではない。

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「先々代の魔王様がお前を拾ってなけりゃ、とっくに死んでたんだぞ!?」

「そうですなあ」

「先代だってお前のこと信じてたはずだ」

「ええ、兄妹同然に育って參りました」

「もちろんシートゥムだって!」

「私とて、彼のことは娘同然に想っていましたよ。ですが――」

それが當然のことであるかのように、彼は告げる。

「道理の前に、個など無価値ではないですか。どのような義理があろうとも、“力を持つものが世を支配する”、その理だけは歪めてはならない」

目を見開くツァイオン。

理解できない。

この男には、義ももない。

自分が持つ、歪んだ正しさの中だけで生きているのだ。

それでも――生まれてからずっと、頼れる大人としてディーザのことを信頼してきたツァイオンは、まだ完全にを捨てきれない。

拳を握り、腕を震わせ、苦悩する。

ぶっ殺してやりたいのに、どこかで信じたいと思ってしまう自分がいる。

いや、信じたいというよりは――納得したい。

理解ができる理由がしい。

自分が慕ってきた相手が、魔族の形をしただけの化だとは思いたくなかったのだ。

「やはり、あなたは理よりも本能でくタイプの魔族だ。私とは真逆で、全く理解できず、特にい頃は手を焼いたものです」

「おかしいのはてめえの方だ……! その道理とかいうゴミクズのせいで、一どんだけの人間が傷ついてきたと思ってんだよ!」

「必要な犠牲でした」

「トーロスの家族を巻き込む必要がどこにあるってんだッ!」

ぐらを摑み、怒鳴りつける。

それでもへらへらと笑うディーザの表は、もはや挑発しているようにしか見えなかった。

「トーロス……あなたを制しようと、友達ごっこをさせた私の子供のことですな」

「ごっこじゃねえ、トーロスは俺の親友だ!」

「そのようですなあ。いやはや、やはりあなたは理解できない、完全に染めきったつもりだったというのに」

「オレだけの力じゃねえ。あいつら自も、ずっと苦しんでたんだよ! 葛藤の中で、どうにかしててめえの呪縛から抜け出そうと足掻いてたんだ! トーロスも、あんたの教え子だった母親もッ!」

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確かにあの家族はわかりあえた。

しかし全てのわだかまりが解けたわけではない。

これから先の人生に、ディーザの存在はずっと影を落とすだろう。

だがやはり彼には、他人の心がわからない。

いや――道理に比べれば無価値であるがゆえに、わかろうとしない。

「それはありえませんな。私に抱かれているときの彼はとても幸せで、快楽に陶酔している様子でしたから」

無知は、罪だ。

もっとも彼の場合、それを罪だと理解した上で、しかし『道理の方が正しい』と罪を正當化しているわけだが。

「……あ?」

「もっとも、い彼にそういった行為は負擔が大きい。なので薬や魔法で多は細工もして――」

「ディイィィィザァァァァァッ!」

ツァイオンは毆りかかる。

その拳に炎を宿して、この腐りきった男を全力でぶっ飛ばすために。

だが渾の一撃は、ディーザの片手にいともたやすく止められてしまう。

「確かにはときに限界を越えた力を生む。ですが、それにも限度があります。相手の実力も考えずに突っ込むのは、昔からの悪癖ですなあ」

「ぐっ……離し……やがれぇ……ッ!」

「自分から毆りかかってきておいて命令口調とは稽だ。やはりあなたは、もっと厳しく躾けておくべきでしたな」

「が……あぁぁぁあッ!」

メリ……と握りつぶされるツァイオンの拳。

すでに指の骨は折れているが、さらに握りつぶす。

ディーザには怒りも憎しみも無く、変わらぬ笑顔のままで。

「このまま取り込んでしまってもいいのですが――」

「やらせる……かよぉおおおッ! アップビート・スカーレット!」

ディーザの足元から炎が吹き出す。

彼は後方に宙返りしながらそれを回避し、著地すると同時に手をかざす。

「取り込まれた方が幸せだったとは思うのですが」

「んなわけねえだろうがァッ!」

間髪をれず繰り出される拳と蹴りを、軽くを傾けてディーザは回避する。

どうせダメージはほとんど無いのだ、け止めればいいものを、わざわざ避けて対応する彼の瞳には、ツァイオンのステータスが映し出されていた。

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ツァイオン

:燐火

筋力:8761

魔力:12416

力:5371

敏捷:3795

覚:1347

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別に相手の戦力を分析したかったわけじゃない。

純粋に、自分が育てたも同然の、ツァイオンの長を眺めたかったのだ。

「立派になりましたなあ」

「クソッ、余裕かましやがって!」

必死で攻撃を繰り出すツァイオン。

彼だって、力の差が歴然としていることはわかっている。

一人で相手できるはずが無いことだって。

だから、與えられた役目は時間稼ぎだったのだ。

それが歯がゆくて仕方ない。

シートゥムを奪われたのに、奪ったクソ野郎が目の前にいるのに、それをぶん毆る役目が自分ではなく無関係のフラムであることが。

に任せるしかないことが――そんなこと、認められるはずがない。

自分でなければ。

コアを破壊するのが彼であったとしても、せめて、けじめを付けるぐらいは。

「バアァァァァニングッ、ナックルッ!」

折れた拳を叩きつける。

だがディーザには避けられ、その背後にある壁が破壊された。

強烈な痛みが脳に流れ込み、きを鈍らせるが。

彼は『邪魔すんな』と痛覚を一蹴した。

痛みはいらない、だから気合で遮斷する。

迷いもいらない、恐怖もいらない、全て気合で斷ち切る。

必要なのは、『シートゥムを取り返す』という意志だけだ。

「ディーザアァァァァッ!」

に任せて振り回される腕。

ディーザは簡単にそれを見極め、また手のひらで摑む。

「しかし、長すればするほど、空回りする様は醜く痛々しい。子供の頃は笑って見られたのですが」

「さっきから空回りだの何だの、隨分と見下してくれるじゃねえか!」

「見下しもするでしょう。何なら見てみますか、私の力を」

それまでは待ってやる、と言わんばかりにきを止めるディーザ。

ツァイオンは舌打ちをしながらも、スキャンを発

彼の圧倒的なステータスを目の當たりにする。

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ディーザ

:泥濘

筋力:32815

魔力:83241

力:31378

敏捷:29453

覚:61234

--------------------

それを見た瞬間、ツァイオンは思わず「はっ……」と笑ってしまった。

魔力の差は約七萬。

自慢の筋力だって四倍近くの差がある。

他のステータスも言うまでも無い。

こんなものを見せられれば、普通は誰だって心は折れる。

一方的な戦いが目に見えているのだから。

「どうです、諦めはつきましたか?」

優しいディーザの言葉に、ツァイオンは真っ直ぐに彼の目を見ながら答える。

「だからどうしたよ」

恐れも絶も無く、負けるつもりもさらさら無い。

「何度だって言ってやる、関係ねえんだよ。強かろうが弱かろうが、敵おうが敵うまいが、んなもん止まる理由になんねえだろ!? オレは、てめえを許さねえッ!」

ディーザの手は振り払われ、繰り出された蹴りが側頭部を狙う。

軽くのけぞると、それは鼻先を掠めた。

「実直を通り越してもはや愚かと呼ぶしかないですね」

「おうよオレは馬鹿だ。だがなぁ、バカ正直で何が悪いッ!」

誤魔化し無しの右ストレート。

當たりはしないが、ディーザの耳を掠め、かすかにが流れる。

普通なんてくそくらえ。

愚かだ阿呆だと罵られようとも、己の進む道を曲げない。

「そういうオレだからここまで來れたんだよ!」

それが、面倒くさいほど暑苦しい、ツァイオンという男だ。

シートゥムは、そんな彼だからこそ心を寄せたのである。

一方でディーザにとっては、鬱陶しいことこの上ないようである。

彼は笑顔を微かに引きつらせながら、ツァイオンに語りかける。

「私に殺されるとわかっていても?」

「100パーセントなんてこの世に存在しねェッ! どんだけ差があろうとも、オレは僅かな可能を摑んでみせる!」

ツァイオンのが炎を纏う。

熱で髪は逆立ち、襟もはためく。

「おらおらおらおらあぁぁぁぁッ!」

拳を振るうたび、炎の弾丸が放たれディーザに襲いかかった。

彼はそれを最小限のきで回避する。

命中しそこねた流れ弾が壁に衝突すると、石はどろりと溶ける。

人が蒸発するほどの炎。

無數に迫るそれを前にしても、ディーザの余裕は揺るがない。

「あぁ、あまりに弱い。哀れすぎて、思わず涙が溢れてしまいそうだ」

それどころか、その力量を嘆く始末だ。

激高するツァイオン。

「おぉおおおおらあぁぁぁぁッ!」

さらに炎も拳も激しさを増すが、どれも當たらない。

直接毆りかかろうとも、ディーザの周囲を炎で囲んでも、背後から魔法を放っても、どれ一つとして。

しかし、ツァイオンの限界はまだ先にある。

まるで熱でが活化されているかのように力強さと素早さが増していき、徐々にディーザから余裕を奪っていく。

「ほう、真の実力は數字だけではわからないものですなぁ」

心してる場合かよッ!」

「我が子の長は素直に褒める方針ですからな」

「だから親を気取ってんじゃねえ! クソ野郎があぁぁぁッ!」

の毆打が、ディーザの真正面から迫る。

ツァイオンの魔法を避けたばかりの彼には、その攻撃に対処するはない。

「もらったァッ!」

ゴォッ! と腕を包む炎が燃え盛り、加速する。

そのまま減速することなく、最大限の威力でツァイオンの拳はディーザのに突き刺さった。

同時にドォンッ! と魔力が炸裂し、風が魔王城の床や壁を大きく削り取る。

ディーザもろともすべて吹き飛ばした――つもりだった。

だが炎が消えると、そこには無傷の彼が立っている。

「本當は避ける必要もなかったのです。ツァイオンがそれをんでいたようなので、死闘を演出してみました。いかがでしたかな?」

言葉が出ない。

圧倒的だとは思っていたが、ここまで――

「そろそろ私の力をお見せしましょう。ああそうだ、離れておいた方がいいですよ。こんなに近いと、あなた程度では消し飛んでしまいますから」

「チッ!」

あそこまで言い切ったのだ、今さらツァイオンの戦意が萎えることはない。

彼は舌打ちをしながら、悔しげな表で後退する。

「カオスプラネット・イリーガルフォーミュラ」

ディーザはそう唱えた。

すると、周囲に散らばっていた瓦礫が持ち上がり、一箇所に収束していく。

地の魔力によって、直徑だけで人の長ほどある、二個の巖の球へと姿を変えたそれは、ディーザの周囲を回転し始める。

それはただの巖ではない。

炎のように揺らめく白と黒のもやを纏っている。

それにれた瞬間、あらゆるは朽ち果て、崩れ落ちた。

ディーザの屬は泥濘。

地屬と闇屬ることができる。

さらにシートゥムの闇を吸収したことで、に著けた。

すなわち、それは三屬を合わせた魔法。

地屬により球を作り出し、そこにカオス――すなわちと闇の魔力を付與したのだ。

「力で勝るのは私の方です。すなわち、あなたは私に従わなければならない」

「またその理屈かよッ!」

「この世における唯一無二の理ですからなあ」

言いながら、ディーザは手を前にかざす。

するとぬるりとしたきで、球はツァイオンに接近した。

その速度ははっきり言って遅い。

「ファイアアロー!」

ツァイオンは小手調べのつもりで、初級魔法で様子を見た。

火の矢が球に向けて飛んでいき、そしてれる前に消える。

(はっ、法外呪文イリーガルフォーミュラを使っても突破できるか怪しいもんだな)

どの程度の魔力がめられているのか、大はわかった。

今の自分では対処不可能なことも。

だがあくまでそれは、球への対処の話だ。

あの速度ならば逃げ切れる。

逃げながら、ディーザにもう一度、今度こそ全力の一撃を叩き込む。

「おや、逃げるのですか?」

から距離を取ろうとするツァイオンを、彼はわざとらしく嘲笑った。

無論、返答はしない。

挑発であることは明らかだからだ。

「私は真正面から立ち向かうツァイオンの姿に期待したのですが……つまらない展開だ、あなたらしい・・・・・・行をするように軌道修正してあげましょう」

ディーザがく。

彼が人差し指をくいっと持ち上げ、「アースグレイヴ」と唱えると、ツァイオンの足元が揺れた。

直後、鋭い巖の刃がせり出してくる。

「せえぇぇいッ!」

それを拳で破砕。

「アースバレット」

次は巖の弾丸が數発、ツァイオンに向けて出される。

「フレイムウォール!」

盾のように炎の壁が生み出された。

弾丸はそれにれた瞬間に消滅する。

「よくできました。ですが今度は――アースプレッシャー」

今度は開いた手のひらを、ぐっと握る。

するとツァイオンの頭上から天井が落下してきた。

所詮は薄い巖の板に過ぎない。

最初は拳で破壊しようとした彼だったが、異変に気づく。

「ぐっ……づ……」

明らかに度がただの巖ではないのだ。

どれだけ強力な魔法を放とうとも、今のツァイオンに破壊は不可能。

いや――超越呪文イクシードイリーガルを使えば可能かもしれない。

しかし、全ての魔力を使い果たしてしまえば、戦闘続行は不可能だ。

「ぬ……ふ、んぐ……ッ!」

こめかみに管を浮かべながら、両手でその重みに耐える。

そんな彼を見るディーザは、心なしか楽しそうだ。

「早く逃げないと次が來てしまいますよ? ほぉら、カオスサフォケイション」

白と黒の帯が、風に舞う絹のようにツァイオンに近づく。

それはに纏わりつき、を朽ち果てさせ、挙句の果てに窒息させるサディスティックな魔法。

すなわち今の彼にとっては、死そのものである。

「うおぉおおおおおおおッ!」

ツァイオンは雄び、気合だけで天井を押しのける。

腕からブチッと何かが切れた音がして、両腕にうまく力がらない。

だが痛みも気合で忘れ、かない腕も気合でかし、右手を前にかざした。

「フレアメテオライトぉ……イリーガルフォーミュラッ!」

ドゥンッ!

巨大な炎の球が放たれ、カオスサフォケイションとぶつかり合う。

一方は通常の魔法、法外呪文イリーガルフォーミュラを使用した魔法だというのに――互いの力は相殺しあい、空中で消滅した。

それを見ただけでも、力の差はあまりに歴然としている。

「必死に命を削っても、できることは火のを散らすことだけ」

「オレの本気がッ、この程度だと思うな!」

「そう言いながら逃げるしか無いではないですか。シートゥム様も悲しんでいますよ」

ディーザはに手を當て――

「『兄さんかっこわるい、大人しく死ねばいいのに』と」

取り込んだシートゥムの聲で、そう言った。

ツァイオンの目つきが変わる。

憤怒は、もはや制不能な領域にまで達していた。

「てめえはあぁぁぁああああああッ!」

なおも迫る球

それから逃げようとした彼は、その間を抜けてディーザに毆りかかった。

揺れると闇の魔力がツァイオンの肩を掠め、をえぐり、を流していたが、分泌された脳麻薬が痛みを殺す。

「どれだけ激昂しようとも、力のないあなたは何もできない」

「ご……ふっ」

向けられた拳を軽く手の甲で弾くと、ディーザの肘がツァイオンの腹にめりこむ。

続けて下顎に掌底。

「かっ――!?」

「シートゥム様すら救えない」

のけぞるツァイオンのぐらを摑むと、無造作に辛うじて殘った壁に投げつける。

彼のは叩きつけられ、磔になった。

ディーザはまるで瞬間移したかのように眼の前に移し、先程やられたお返しだと言わんばかりに、今度は顔を毆打する。

「ぶ……ぁ……っ」

「無力で、無能で、愚鈍だ」

すると壁は砕け、ツァイオンは吹き飛ばされた。

さらにディーザは地面と水平に飛翔する彼の背後に移し、背中を蹴る。

吹き飛んだ場所に先回りし、拳を叩きつける。

先回りし、膝を打ち込む。

先回りし、かかとで打ち落とす。

先回りし、回し蹴りで吹き飛ばす。

また先回りし――

「は……ぐっ……ぐああぁっ!」

近接戦闘における優位すらこちらにある――そうツァイオンのに教え込む。

そして最後に、首を摑みながら地面に叩きつけた。

「よくもまあ――その程度の力で、私に立ち向かおうと思ったものです」

「あ……うぅ……」

「『兄さん醜いです』、『兄さんがそんなだから私を助けられなかったんですよ』、『兄さんは口ばかりで何もしてくれませんね』」

「ぐ……ああぁぁぁぁああっ! うわあぁぁぁぁあああッ!」

びながらもがくも、ディーザの片腕から逃れることすらできない。

「まるで駄々をこねる子供のようだ。私は昔、そうやって喚くあなたのオムツを替えたことがある」

「だ……から……何だ、ってんだよ……ぉ!」

「ツァイオン、あなたはその頃から何も長していない」

「ざ……けんな……あ、がああぁぁぁっ!」

ツァイオンの聲に苦悶がじる。

ぞぶり、とディーザの腕と押さえつけられた首が同化したのだ。

「ゲームオーバーです。しかしあなたは喜ぶべきだ。私の中で、シートゥム様と一緒になれるのですから」

「あ……ああぁぁあ……っ!」

抵抗虛しく、の接続は止まらない。

最初にを取り込んだせいか、ツァイオンは斷末魔のびすら響かせることはできなかった。

◇◇◇

マリアとの戦闘から離したセーラとネイガスは、魔王城を駆けていた。

ディーザと一人で戦っているツァイオンを援護するためだ。

「おらたちの役目は、ライナスさんが來るまでの時間稼ぎだったんすか……」

ネイガスの腕に抱えられながら、セーラがし悔しげにそう言った。

「結局、おらはマリアねーさまを救えたんすかね」

「救えたんじゃない? 彼の雰囲気、隨分と棘が取れてたもの。あとはライナスがどうにかしてくれるわ」

実際、セーラがいなければ、ライナスが現れたときマリアはもっと取りしていただろう。

まともな會話すら立しなかったかもしれない。

「……でも、すごい音がするっす」

先ほどまで二人がいた場所からは、ライナスと“獣”が戦う音が轟いている。

「心配?」

「當然っす。オリジンが黙ってマリアねーさまとライナスさんのやり取りを見てるとは思えないっすし」

「そうねえ……」

「でも、おらたちには、別の役目があるんすよね」

なくとも、その戦いに加わったところでセーラにできることはあまりない。

悔しいが、割り切るしかないのだ。

「セーラちゃんは大人ね」

「ネイガスは子供っぽいおらの方が好きなんすよね」

「わかってないわねぇ、い見た目とのギャップがいいんじゃない」

「……マニアックっす」

こんな時だというのに、二人は笑顔を忘れない。

たちの場合、心の距離がそのまま“エンゲージ”の威力に関わってくるため、無駄なわけではないのだが。

しかし、ネイガスの笑みはすぐに消え、「ふぅ」と憂鬱げに息を吐き出す。

「ツァイオン、早まってないといいんだけど――」

まず一人でディーザと戦う時點で無謀なのだ。

それをジーンが許したということは、時間稼ぎに徹すればどうにかなるという判斷をしたのだろう。

だが――あのツァイオンが、シートゥムを手に掛けたディーザを前に、そんな用な真似が出來るとは思わない。

ネイガスは走る速度を緩めずに、前方の扉を蹴飛ばした。

その先は城の東側――長い廊下が広がっているはずだったのだ。

しかし彼が見た景は、記憶に殘っているものとあまりに異なっていた。

「城が……!」

「派手にやったわね、あいつ」

案の定だ。

やはりツァイオンに時間稼ぎは無理だった。

彼はディーザと真正面からぶつかり合い、そして――

「一足遅かったですねえ、ネイガス」

今まさに、その命を散らそうとしていた。

「ツァイオンさんが……ディーザのに取り込まれてるっす……!」

辛うじてディーザの右腕に顔が殘っている程度で、それもしずつ薄れていっている。

彼の言う通り、もはや手遅れだろう。

「勝てない、と何度も忠告はしたのですが、聞きれてくださらず。仕方ないので、過剰に痛めつけてしまいました」

瓦礫にこびりついているのは、ツァイオンが流したなのだろう。

それを見たネイガスは、悔しげに歯を食いしばる。

「ネイガス、あなたは彼と同じ過ちを犯さないことを願います」

ほぼ崩れ落ちた廃墟の中央に立つディーザは、彼にそう宣告する。

要するに、無抵抗で自分に接続されろ、と言っているのだ。

「ねえディーザさん。そんな忠告したって、ツァイオンが聞きれないことはわかってたはずよね」

「……どうでしょうなあ」

わざとらしい返答。

ネイガスはそれを鼻で笑う。

「はっきり言って、気が悪いわ」

そして、普段は優しい彼らしからぬ、侮蔑の表をディーザに向けた。

地面に降り、ネイガスの隣に立つセーラも、彼を睨みつけている。

「敵なら敵だと言い切ればいいのに、中途半端に過去のことを思い出させて。マリアの半端さともまた違う、本當に、心の底から嫌悪しか湧いてこないのよ」

で絆すのもまた、戦略のうちの一つでしょう」

「そうやって相手のを利用して、教え子たちも洗脳してきたわけ?」

「いかにも」

「恥知らずね」

恥で道理を通せるのなら――」

「そういうのはいいから」

下らない託など聞くつもりは無い。

機がどうであれ、外道は外道。

「しっかし、そうも平然と言い切られたんじゃ、“実はいい人だった”なんて幻想すら抱けないわね」

「おみなら、そのような設定で茶番を開いてもいいのですよ?」

「頭のイカれた変態と踴るなんてまっぴらごめんだわ」

「これまた辛辣な」

「オブラートに包んだ方よ? だってディーザさん、っこから壊れてるもの。たぶん最初から、先々代の魔王様に拾われたときから、魔族の皮を被っただけの異常者だった」

「ツァイオンには化と言われてしまいましたなあ」

「あいつにしてはいい例えね」

「しかし壊れていようが、まともであろうが、その正しさを擔保するのは、結局のところ力です」

何を話そうとそこに帰結するディーザとの會話。

ネイガスは「はぁ」と彼に聞こえるようにため息をついた。

「私はツァイオンよりも強かった、だからこのような結果になったのです。そして私はネイガスよりも強い、ゆえに末路は決まっております。さあ、それでも私に抗いますか?」

これが私の優しさだ、と言わんばかりに彼は問いかける。

「答えなんてわかってるのに、わざわざ聞くわけ?」

「あなたの理に期待したいだけです」

「理って言葉の意味、辭書あたりで引いてきた方がいいんじゃない?」

ネイガスは薄ら笑い浮かべ、そう言った。

「ディーザさんの言う理って、要するに自分の都合よくいてくれることでしょ? だったらを開いて、男だったら従屬して。はっきり言うけど、『僕ちんの言うこと聞いてくれないとやだやだー』ってガキみたいに駄々こねてるだけなのよ」

「私が子供ですと? それはあまりに暴ろ――」

のない反論など、聞くに値しない。

はディーザの話を遮るように言葉を続ける。

「ガキはガキよ。ほんとがっかりしたわ、素敵な大人だと思ってたのに、一皮剝いてみればガワだけ大人で中は未な子供のまま。長できなかったのは壊れたせい? それとも壊れてるのを言い訳に長しようとしなかったのかしら。無駄に歳だけは食ってるもんだから悪知恵が働いてやり方も汚いし、っていうかを抱きまくったのって要するにあんたがを制できなかったからでしょう? いい年したおっさんが、汚いもんおってて年端もいかないの子を追いかけ回して、吐き気がするわ。今日まで生きてて恥ずかしくなかったの?」

したり顔で言い切るネイガスだが――セーラは不思議そうに彼の顔を覗き込んでいる。

「年端もいかないの子……」

「セ、セーラちゃんと私の間にはがあるわ!」

「ふふふ、わかってるっすよ。言ってみただけっす」

二人のふざけたやり取りが、さらにディーザのを逆でする。

「安い挑発ですな」

聲にも表にも変化は無い。

しかし言葉の端に苛立ちが含まれていることを、ネイガスは見抜いていた。

「でもイラっと來てるわよね? 當然だわ、だって図星だもの」

「ふぅ……ネイガスは知的なに育ったと思っていましたが、ツァイオンに悪影響をけてしまいましたか。殘念ですなあ」

「はっ、の塊みたいな気持ち悪いおっさんに認められるぐらいなら、あのバカの影響をけた方がマシだわ!」

口では“マシ”と言っているが、ネイガスもツァイオンのあの真っ直ぐさは嫌いじゃない。

影響をけるだけでどこまでも折れずに突っ走れる強さが手にるのなら、むしろんでバカになってみせる。

「せっかく穏便に終わる方法があったというのに。これでは、戦うしかない」

「私は最初からそのつもりよ!」

「おらだっているっすからね、簡単に勝てるとは思わないことっす!」

「ふっ、勇ましいですなあ」

口論で勝ろうとも、実力でディーザが上回っているという事実は変わらない。

いざ戦闘にると、彼はまた元の余裕を取り戻す。

「それでは、結末の見えた戦いを始めましょうか。いつでもどうぞ」

どちらから仕掛けようが結果は同じ。

ネイガスも啖呵は切ってみたものの、まともな戦いどころか、予定通りの時間稼ぎすら怪しいものだ。

セーラは小さな聲で、彼に問いかける。

「ネイガス、作戦はあるっすか?」

ネイガスはじっと、ツァイオンが消えたディーザの右腕を見ていた。

「……笑ってたわ」

「誰が、っすか?」

「ツァイオンよ。呑み込まれながら、笑ってたの」

「あの狀況で笑うなんて、普通じゃないっす」

「ええ。いくらバカでも、死の間際に笑ったりはしないわ」

いくらツァイオンと言えど、死ぬとわかっているのにディーザと真正面からぶつかり合ったりするだろうか。

フラムの到著を待って、二人で協力して戦えば、復讐を果たすこともできたはずなのに。

「ただやられただけじゃない。あいつ、なんか仕掛けるつもりよ」

「ディーザの中からっすか……」

暑苦しければ、往生際も悪い。

そもそも、大人しくディーザに取り込まれた時點でおかしいのだ。

彼ならば、そんな結末を迎えるぐらいなら、自分で自分のを焼き盡くして拒むはずなのだから。

「詳しくは私にもわかんないわ。ま、結局やれることは、ツァイオンが仕掛けるまでの時間稼ぎしかないんだけどね」

「それでも、希があるのと無いのとでは大違いっす!」

圧倒的な力の差はある。

シートゥムを呑み込み、さらにツァイオンまで取り込んだディーザの力は、マリアをゆうに越えている。

だが――ディーザが思っているほど、絶対的に勝ち目の無い戦いでもない。

二人はツァイオンの殘した一筋のを信じ、立ちはだかる敵に向かっていった。

    人が読んでいる<「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい>
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