《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》125 バイバイ、またね

駆け出すフラム。

飛び上がった彼が振るう剣を、キリルも己の剣でけ止める。

黒と白の刃、その二つが重なったとき――

ガゴォオオオッ!

巻き起こる暴風。

そして、押し負け、地面をるキリルのかかと。

「このままァ、押しきるッ!」

重とプラーナを込めた重みが、キリルの腕力を越える。

ガギンッ、と弾かれ、よろめき、戸いにうごめく螺旋。

「アルターエゴ」

隙を見せた本に変わって、現れた分が追撃をかけるフラムに迫る。

勢いに乗る彼は、鋭い刺突でその顔を吹き飛ばした。

その間に勢を持ちなおすキリル。

「バインド」

「吹き飛べリヴァーサルッ!」

フラムの足を拘束する、の蔓が現れる。

きを阻害し、そこに斬りかかろうとしたのだろう。

だが彼はそれを読んでいた。

即座に反転で地面を弾けさせ、蔓ごと掻き消す。

さらにその風を利用して加速、コアがあると思われる腹部に向かって剣先をばす。

バックステップ、回避。

著地と同時に前進、「ブレイド」と呟きびた剣がフラムの頭を狙う。

首を傾ける。

続けて小さなきでフラムの首を狙う。

は地面を蹴り、橫に飛び込み転がった。

上から振り下ろされる“ブレイド”。

「重力反転リヴァーサルッ!」

片手で地面を押すと、フラムのがふわりと浮かび上がる。

すぐに反転は解除。

プラーナの壁を空中に生み出し、それを蹴って方向転換。

同時に神喰らいを気想刃プラーナエッジで補強。

キリルに接近し、剣を振り下ろす。

衝突し、砕け散る空想の刃。

の粒と、それを反し煌めく破片が舞い散る中、剝き出しになった刃で二人は打ち合う。

「ふッ!」

フラムは息を吐くと、両手にぐっと力を込めて後ろに飛び上がる。

空中でくるりと回りながら著地。

著地と同時に地面を蹴る。

なぎ払い。

キリルは剣でけ止める。

だがその衝撃に彼はよろめく。

フラムは神喰らいを消し、回転。

遠心力を利用して頭上から、再び剣を異空間より抜いての一刀。

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一方の手で剣を握り、もう一方の篭手で刃を支えガードするキリル。

圧迫する“重み”に、ずしりと地面が沈む。

「オーラ」

そんな彼を中心に、発的に衝撃波が広がる。

軽く吹き飛ばされるフラム。

はのけぞり転びそうになるも、地面を蹴り上げ、バク転し無事著地。

地面に剣を突き立てる。

キリルは足元からせり出す気剣標プラーナグレイブの刃を後ろに飛び避け、なおも墓標のように殘るそれを蹴り砕いた。

舞い散る破片を挾んで、にらみ合う二人。

「はあぁぁぁぁ――!」

「……ッ!」

振り下ろされる神喰らい。

漆黒の刃は空気とし、バチッと雷閃を放つ。

一方でキリルは剣の先端をフラムに向ける。

白銀の刃は魔力を満たし、キュイイィ――とを纏う。

「雷気槍レヴィンスティングッ!」

「ブラスター」

雷とがぶつかり合う。

二人の攻撃はこれだけでは終わらない。

目は閃のせいで使いにならないが、気配で相手の位置ぐらいはわかる。

互いに弓のように肘を引き、そして矢を放つように前に突き出した。

「気剣旋槍プラーナスピアぁッ!」

「シューター」

激突する雷撃と束の中央を貫く、細く鋭く凝された一撃。

それは二人の中央で正面衝突し、さらにエネルギーが弾ける。

臨界點を突破した力は、一瞬だけ収したかと思うと、あたり一帯に風が広がった。

フラムもキリルも、ひるむこと無くその中に自ら突っ込み、剣をわらせる。

「アルターエゴ」

つばぜり合いの最中、現れた分がフラムの背後に回った。

は神喰らいを手放すと、をひねって挾撃をわす。

そして分の腹部に拳を當てると、反転の力が肘のあたりで炸裂。

ガントレットごと腕を出し、上空へ吹き飛ばす。

殘る左腕で神喰らいを摑み、キリルの斬撃をけ止めた。

その間に放った腕は再生し、エピック裝備である篭手も戻ってくる。

「まともな打ち合いなら! もうっ、負けないッ!」

怒濤の連撃を繰り出せば、相手はそれをけ止めるので一杯だ。

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ステータスで勝っていようと、戦いにおける実力は數字だけで計れるものではない。

や心――あらゆる要素が複雑に絡み合って、結果は導き出される。

その末にあるのが、現狀、近接戦においてキリルはフラムに勝てないという事実であった。

オリジンとてそれは理解している。

自分の力がフラムに劣っていることを認めたくはなかったが、優先すべきは、世界で唯一自分を殺すことの出來る彼の排除。

合理的に、キリルはミドルレンジ以上での戦いをするしかなかった。

「アクセラレイト」

は加速し、瞬時にフラムから距離を取る。

だがフラムもまた、相手がそう出ることを察していた。

に手を當てる。

心臓が激しく脈を打つ。

脳にが巡る。

視界はぼんやりと赤く染まり、しだけ自分が誰だかわからなくなりそうになった。

プラーナが、痛みと共にに満ちる。

「ううぅぉおおおおおおおおッ!」

聲を張り上げ、その背中を追って彼もまた加速する。

フラムはを酷使している分だけ、キリルよりも速い。

の隣を通り抜け、前に回り込むと、『逃がすものか』と強い意志を込めて神喰らいを叩きつける、叩きつける、叩きつける――!

修羅のごとき形相で、一切の反撃を許さず打ちのめす。

「……っ!?」

キリルの手から剣が落ちた。

の剣もまたエピック裝備だ、すぐに粒子となり、呼び出せば手元に戻るが、隙は生じる。

フラムの放った袈裟斬りが、ガゴンッ! と強固な白銀の鎧を裂いた。

よろめくキリル。

距離を取ろうと後ろに飛ぶも、うまく踏み切れない。

これでは、フラムから逃げることは不可能だ。

はコアの破壊を避けるため、剣を強く握りしめる。

「もらったぁッ!」

フラムは前進し、キリルとすれ違うようにして腹部に刃を叩き込んだ。

剣によるガードごと、押しつぶすように。

ガゴォッ!

重量級の一撃が、キリルのを吹き飛ばす。

鎧は凹み、もはや使いにならない狀態であった。

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吹き飛ばされるキリルは、剣を地面に突き刺しストッパーにした。

速度が緩むと両足で著地し、さらに金屬のブーツと地面との間に火花を散らしながら減速する。

ようやく靜止した彼は、鎧を外しインナー姿になるしかなかった。

だがエピック裝備として消失したということは、まだエンチャントは生きているのだろう。

要するに、実際はスキャンで覗いたステータス以上の差が二人の間にはあるわけだが、もはやそれすらも誤差と呼ぶべきか。

キリルのには汗が浮かんでいる。

追い詰められている証拠だ。

「あと、ひと押しッ!」

フラムは自分に言い聞かせる。

もまた、有利に立ち回っているように見えながら、一人で苦痛と戦っていた。

もっとも、彼の場合は自滅でもあるのだが。

気越一閃プラーナルオーバードライヴの負擔は、しずつフラムのを消耗させている。

使えたとしても、あと一度か、二度か。

しかしキリルのガードを突破してコアを破壊するためには、あの奧義が必要となる。

すなわち、気軽に使えるのはあと一度のみ。

最後は、確実に仕留められる場面で放たねばならない。

(キリルちゃんのも限界が近い。あんまりオリジンに使われてると後癥が殘る可能もあるし、早く決著をつけないと)

コアとは別の部分で、人としての心臓はいている。

コアの破壊後、セーラとシートゥムに即座に治療してもらえれば、命は救えるだろう。

どちらかと言えば、問題は――

(……今は、考えちゃダメ)

フラムは首を振った。

忘れる。

いや、忘れてはならない、でも忘れなければならない。

そこにフラムの意志は介在していない。

果たさなければならない――本當なら投げ捨てて逃げ出してしまいたい、クソッタレな使命があるのだから。

(っていうか私、なんでこんな場所でキリルちゃんと戦ってるんだろ。冷靜に考えたら、わけわかんないよね)

今さらだが、改めて思う。

世界が滅びるとか、神様が復活するとか、誰が裏切ったとか誰が死んだとか、そんなのとは縁のない世界で生きてきたのに。

この數ヶ月で、見える景の全てが変わってしまった。

転んだだけで涙目になって、馴染のマリンやパイルの手を借りて立ち上がるぐらいひ弱だったくせに、世界を救うと言っている。

(でもそれは、たぶん、キリルちゃんも一緒だ)

だって、まさか自分が化みたいな姿になって、フラムと戦うとは思っていなかっただろう。

(みんな、一緒だ)

あれさえいなければ、失わずに済む日常があった。

なくとも、それが數萬人――いや、過去から遡れば數十億人か。

それだけの數の命を、奪ってきたのだ。

やはり、終わらせなければならない。

英雄が必要ない世界へと、生まれ変わらなければ。

その役目が自分にしか果たせないと言うのなら――

(と言われてもピンと來ないし、そんな大それたもののために戦いたいとは思わないかな)

そんなもの、らしくない。

今の、決著を前にして、傷的になっている気持ちを引き締めるために必要なものは、そんなものじゃないのだ。

(私は私の悪夢を終わらせる。近にいる大切な人が笑ってくれれば、私が嬉しい。そんなもんだよ、どんだけ痛くても戦う理由なんて)

フラムは「ふぅ」と息を吐き出す。

心臓が痛む。

肺も焼けたように熱い。

酸素が中に行き渡っている気がしない。

それでも呼吸を繰り返す。

意識を整え、前を見據える。

キリルもまた、不利な狀況に追い込まれ、踏み込むのをためらっていた。

剣を構え、タイミングを見計らっている。

フラムが片手で握っていた神喰らいを中段に構えると、相手の手にも力がこもる。

風が二人の頬をでた。

金と橙の髪が揺れる。

限界まで研ぎ澄まされた集中力――それを阻害するように、フラムの耳に“聲”が屆く。

『フラム』

はまたオリジンか、と無視しようとしたが、様子がおかしい。

『ねえ、聞こえる? フラム』

「キリル……ちゃん?」

『うん、私だよ。オリジンが、話せって』

それはオリジンコアによって抑え込まれているはずの、キリルの聲であった。

さすがに揺するフラム。

その隙に攻撃を仕掛けてくるかとすぐに気を引き締めたが、相手はかない。

『もう、いいよ』

「な、なにが?」

『たぶんフラム、私を殺そうと思えば、いつでも殺せるよね? さっきもそうだった。お腹じゃなくて、頭を潰してればそれで終わりだったはずだから』

「そんなことできるわけない! 私がここに來たのは、キリルちゃんを助けるためでもあるんだから!」

『でも……フラムのは、もう限界だよ』

「それは……」

いくら考えないようにしたって、誤魔化せるものではない。

心臓も脳も限界だし、今はその痛みを神力で押さえ込んでいるだけだ。

これ以上無理をしなければ、まだ治療次第で元に戻るだろう。

だが、まだ酷使するというのなら――殘るのは、使いにならなくなっただけ。

『だから、殺して。これ以上、私のせいでフラムが傷つく姿なんて見たくない!』

「それさ、オリジンに聞いたの?」

『そうだよ、自分を殺すように説得しろって。こんな風になったら、もうどうせ助からないよ』

「はは……そんで、私を揺させるつもりなわけだ」

取り合わないフラム。

キリルはそれでも必死に説得する。

『違うよ、私はただフラムのを心配して!』

「じゃあ、ちょっと聞いていい?」

『なに、フラム』

し間を空けて、フラムは言い放った。

「オリジン、あんたアホなの?」

直後、地面に剣を突き立て、注ぎ込んだプラーナを発させ、キリルに斬りかかる。

その表は、氷のように冷たい。

最初は一瞬だけ驚いたが、普通に考えれば、今、ここで、いかなる理由があろうとも、彼が聲を出せばフラムは心をされるのはわかりきった結果だ。

騙す意図があろうが、本気だろうが、足を引っ張る行為に違いない。

何より――キリルがもしそれをむのなら、本當は気が弱い彼の場合は必ずこう言うだろう。

『ケーキを食べに行く約束、果たせなくてごめん』

と。

まあ、しかしそれらは理屈っぽく考えた結果に過ぎない。

フラムがキリルの説得を一蹴した最大の理由は、勘だ。

はその聲を聞いて、直したのだ。

オリジン臭いな・・・・・・・、と。

「そうやって、人の心を弄ぶやり方を、懲りもなく!」

繰り出される斬撃を、キリルは的確にけ止める。

しかし力に押され、じわじわと彼は後ずさった。

『違うよフラム』

「違わない、なにも違わないッ!」

『フラム』

「黙って」

『フラム!』

「黙ってって言ってるの!」

『フラム! どうして――』

拒絶を貫き通すフラム。

すると、キリルの聲に別の誰かの聲が混ざり、低く濁った。

『私たちの聲を聞いてくれないのか』

『贖え』

『捧げよ』

『償いは』

『あなたの命をもってのみ果たされます』

ギリ、とフラムは歯を鳴らす。

やはりそうだ。

キマイラが人間の姿を模したように、そういうのがオリジンのやり口なのだ。

醜悪で、殘酷で、悪趣味で。

およそ集合意識の選択とは思えない手段。

だが――このような小賢しい手を使ったということは、それだけオリジンが追い詰められているということでもある。

「せえぇぇりゃああぁぁあッ!」

気想刃プラーナエッジの巨大な刃が、キリルに襲いかかった。

はどうにかけ止めるも、完全に威力は殺しきれず、勢が崩れる。

フラムはのプラーナを一気に外に発した。

を包む気円陣プラーナスフィアに押し出され、さらによろめくキリル。

「はあぁぁッ!」

そこに気剣斬プラーナシェーカーの斬撃を飛ばす。

一発目はを捻り回避、二発目は剣でけ止め、三発目で剣が弾かれ彼は武を失った。

それが戻る前に、フラムは反転の魔力を込めて気穿槍プラーナスティングを出。

コアのある腹部を狙う。

「シールド」

キリルは魔力の盾でそれを防いだ。

しかしフラムは攻撃の手を緩めない。

振り上げた神喰らいの漆黒が、地面を叩く。

巻き起こる暴風――気剣嵐プラーナストームである。

キリルのシールドは、まだ持ちこたえる。

そこに一気に接近し、腕にプラーナを満たす。

繰り出す怒濤の連撃、気剣連斬プラーナストリームでシールドを々に砕いた。

キリルは後退しながら、ブラスターを出。

迫る束を前に、フラムは素早く剣を十字に切る。

するとプラーナの盾が生され、を虛空へけ流した。

なおもブラスターを放とうとするキリルに向けて、フラムは目にも留まらぬ速さで剣を振り、無數の気の刃を放つ気剣プラーナクラスターを放つ。

ザザザザザッ! 相手の足元ギリギリに著弾するフラムの剣技。

さらに彼は自らの足元に神喰らいを突き刺し、地面にプラーナを注

風船のように弾けた衝撃で自らを出する、気吼疾雷斬プラーナアサルトバーストでキリルに最接近する。

“アクセラレイト”での後退は間に合わず。

再び剣戟がわされる。

するとキリルの白銀の剣が、赤い網・・・に捕らわれた。

殺規則ジェノサイドアーツ・絡新婦アラーネア!」

フラムは接近しながら、腕を反転によって側から裂き、を流したのだ。

「オーラ」

キリルはそれを嫌がり、フラムを吹き飛ばした。

さらに剣を素早く振り、纏わりつくを消し飛ばす。

もっとも、それは逃げの一手・・・・・だ。

狀況はキリルが不利になる一方。

オーラに飛ばされ空中を舞ったフラムは、またもプラーナの壁を蹴って彼に接近する。

さらに近づきながら剣を振るう。

まずは様子見の蛇咬アングイス。

次に本命の刃斬ブラッドシェーカー。

いずれもキリルはを傾け避ける。

次にフラムは地面に剣を突き立ててからの――気剣標プラーナグレイヴ。

足元よりせり出した刃が、敵を追い詰める。

しかしそれは命中しないだろう。

まだ、詰みではない。

相手が思った通りにいてくれて、フラムはニヤリと笑みを浮かべる。

気剣標プラーナグレイヴを避けてたどり著いた先、そこに――同時に、別の攻撃を仕込んでおいたのだ。

「殘念、そこはハズレでした」

足元から現れたのは、三本の赤い刃。

すなわち、殺規則ジェノサイドアーツ・潛蛇咬セルペンス。

そのうち一つがキリルの足に、傷を負わせた。

が人のを持つ限り、殺規則ジェノサイドアーツの毒からは逃げられない。

明らかに、そのきが鈍った。

(今なら!)

気越一閃プラーナルオーバードライヴ、今こそその力で決著をつける。

フラムはに手を當てた。

「アルターエゴ」

すると思うようにけないキリルは、己の分を作り出す。

いまさらそんなことをしてどうするというのか。

確かに作り出した分は自由にけるが、その程度で加速したフラムを止められるはずもないというのに。

だが分は、彼を狙うことなく――明後日の方向へ走り出した。

(どういうこと?)

そしてすぐさま理解する。

その先にいるのは……戦闘を終えた、エターナたちだ。

『全員は無理でしょう』

『でも一人か』

『二人ぐらいはよ』

『殺せると思います』

フラムの思考を導するように、オリジンが囁きかけてきた。

だがそれがあろうがなかろうが、フラムには彼たちを見捨てることなどできない。

「ぐうぅぅぅッ!」

悔しさと苦悶のり混じったきをあげ、フラムは分の背中を追って、気越一閃プラーナルオーバードライヴを発した。

しかし分は、まるで“アクセラレイト”を発しているかのようにきが速い。

いや、おそらく本から魔力を分けて実際に使っているのだろう。

だが速さでは、フラムの方が上。

その背中に剣が突き立てられ、貫いた先端がから飛び出す。

は消滅し、ボロボロの仲間たちと目があった。

戦えるものだけは臨戦態勢を取っていたが、だからと言ってアルターエゴによる“ブラスター”を止められたかと言えば微妙なところだ。

ひとまず仲間を助けられたことに、ほっと息を吐き出すフラム。

すると、セーラが空を指さしながら言った。

「おねーさん、上っす!」

フラムは見上げる。

真晝だというのに星が瞬いた。

“サテライト”だ――いくら今のキリルが弱化しているとはいえ、その威力は、まだけないツァイオンとシートゥムを巻き込むには十分すぎるほどだ。

「くっ……!」

瞬時の判斷が求められた。

無論、気剣斬プラーナシェーカーなどで止められるものではない。

気極壁プラーナシールドで防げるはずもない。

互角の力を、ぶつかるしか無い。

フラムは空を見上げながら、をねじり、両手で神喰らいを握りしめた。

それを見てなにかに気づいたエターナは、手を前にかざし、氷で刃を補強する。

禮を告げる暇はない。

だが、一瞬のアイコンタクトだけで互いの思いは十分に伝わった。

さらに、氷の上から、気想刃プラーナエッジが補強する。

ツァイオンとシートゥムも手をばす。

ネイガスもなけなしの魔力を注ぎ、これ以上魔法が使えないセーラは両手を重ね強く祈る。

と炎と風と、三人分の闇が、神喰らいに大きな力を與えた。

「ぐぉぉおおおおおおッ――あぁぁぁあああああああああッ!」

フラムは飛び上がり、巨大な剣を持ったままぐるりと一回転し、手を離す。

気剣擲プラーナスロワーが、いまだかつて無いほどの力と思いを背負って上昇していく。

そして墜ちてくる流星とエンカウント。

上空で、まるで太のようなを放ちながら力を散らす。

「はあぁ……ッ!」

著地したフラムは、大きく息を吐いた。

サテライトはこれで止まっただろう。

だが、これで終わりではない。

現れたキリルの手元には、すでに剣が握られていた。

一方でフラムは素手のまま。

「アルターエゴ・サウザンドブレイド」

數十本に増えた剣が、キリルの背後に浮かび上がる。

そして手を前にかざすと、怪我人を優先的に狙うように弧を描き飛翔する。

には、すでにそれらの剣でブラスターやサテライトを放つだけの魔力は殘っていないのだろう。

しかし、けない者を殺すにはそれだけで十分だ。

「セーラちゃんっ!」

「ちぃッ!」

自分が犠牲になると言わんばかりに、ネイガスがセーラを、ツァイオンはシートゥムを抱きしめる。

無論、フラムがそのような蠻行を許すはずもなかった。

「やり方が小悪黨すぎるでしょうが、あんたはァッ!」

猛る、燃え上がる怒り。

フラムの背後にも、同數の剣が並ぶ。

騎士剣キャバリエアーツ・気想剣プラーナブレイド。

も同じように手を前にかざし、その剣たちをキリルの剣に向かって出した。

それらは空中で切り結び――フラムの刃が、薄汚れたオリジンの力を打ち砕いていく。

キリルの聲を利用しても、傷一つつけられなかった。

仲間を狙っても、誰一人として殺せなかった。

空のはいつの間にか消え、フラムの手元に神喰らいが戻ってくる。

「……もう、終わりでいいよね」

形振り構わずに暴れても、結果を殘せなかったオリジンに、もはや勝機は無い。

勝負あり。

いさぎよく負けを認めて、自発的にコアを吐き出すのならそれでよし。

だが、オリジンがそのような引き際の良さを持ち合わせているはずもない。

フラムは柄を肩より高い位置で握り、呪詛に満ちた剣先をキリルに向ける。

終わりは一瞬で。

呪いによる腐敗すら殘さぬほどの剎那で、コアを破壊する。

に當てられた手。

心臓が高鳴ると、視界に白い火花が散った。

膨張する意識の空白。

意志で自分をつなぎとめる。

(これで……最後)

そう――正真正銘、最後の気越一閃プラーナルオーバードライヴ。

でなければ、もはや代償は代償では済まないだろう。

送り出される

に満ちる力。

それを加速する意識でプラーナへと変換する。

今のフラムには、一連のプロセスが一秒にも満たない時間の出來事なのか、それとも數分間経過していたのかわからなかった。

いや、常識的に考えれば一瞬の出來事なのだろうが、それほどまでに時間の覚すらちぐはぐになっていたのだ。

(ガディオさんもまあ、とんでもない技を教えてくれたもんだよね)

などと心苦笑いしつつ、しかし謝の気持ちは忘れない。

當然、恨みなどしない。

これがなければ、たぶんキリルに勝つことはできなかっただろうから。

「づ、ぅッ!」

足裏が大地を蹴飛ばす。

浮き上がる

地面すれすれを空し、刃で空気を裂きながら前に進む。

視線の先には、キリルの姿。

人が認識できる最短時間、その限界値の間に、數メートルの距離を進む。

人知を超えた覚を持つキリルにとっても、その姿はもはや離散的・・・としか言いようがない。

連続的に目で捉えることができないのだ。

そんなきに対して、彼は剣で自らのコアを守るだけで一杯だった。

そして、神喰らいの切っ先が、その剣の腹にれる。

フラムは急激に減速する。

落ちた速度分の負荷が、キリルに襲いかかった。

ゴォウッ!

だけではけ止めきれず、彼の背中から“力”が溢れ、直線上に存在する全て――未だ無事だったセレイドの外壁すらも吹き飛ぶ。

それだけのパワーだ、白銀の刃にかかる負荷も半端なものではない。

「ぐ……オォオオオ……!」

け止める腕が限界を迎え、を起こす。

それだけでは止まらず、ひとりでに裂けてが溢れ出す。

さらに指が、次は手首が、その次は腕全の骨が、みじんに砕された。

「ギ……イイィ……! ガアァァァァァアアアアアアアッ!」

加えて、刃そのものにもヒビがる。

王國において國寶として扱われた最高峰の剣が、バラバラに砕け散る。

もはや、フラムの剣を止めるものは何も存在しない。

『止まらない』

嘆くオリジン。

『どうしてなの?』

彼は悟る。

『平和はすぐそこまでやってきていたはずなのに』

數千年に及び続いてきた彼の支配の時代は終わり、

『どうして僕のみは葉わないんだ』

もはや、死は避けられないことを。

神喰らいがキリルのれた。

刃がに潛行し、先端がい水晶を見つけると、一気に反転の魔力が流れ込む。

コアの中は逆回転を始め、生じた負のエネルギーによって水晶は自壊。

さらに刺突そのものの威力によりキリルのにはが空き、コア本外へと排出される。

それが、彼を救うのに必要な最小限の傷だ。

すぐさまフラムは神喰らいを消し、倒れ込むキリルのを両手で抱いた。

足元がふらつく。

散々メガトン級クラスの重さをぶつけ合ってきたというのに、戦いが終わった瞬間に人すら支えきれなくなるとは。

歯を見せ、苦笑いを浮かべながらも、どうにか安定する。

そしてキリルの腕を肩にかつぎ、引きずるようにセーラとシートゥムの近くに連れて行った。

「回復を……お願い……」

螺旋の顔はしずつ元の人の形に戻っていく。

ただし、ところどころ皮は剝がれ、傷は開き、歪んでしまっている。

も同様に、顔ほどではないものの、ただの人間に戻った反で傷だらけになっていた。

だが、おそらく回復魔法で治るはずだ。

キリルのを地面に橫たえると、二人がかりで手をかざし、魔法で癒やし始めた。

効果はすぐに出た。

みるみるうちに痛々しい痕は塞がり、顔も、元の可らしい整ったものに戻っていく。

久しく見ていなかった彼の安らかな表を見て、フラムも釣られるように微笑んだ。

「キリルちゃんは、もう、大丈夫かな」

それを見屆けられたら、十分だ。

フラムはキリルたちに背を向け、魔王城跡地を歩く。

階段があった位置は覚えているが、すっかり瓦礫に埋もれてしまっている。

もっとも、今の彼の力があれば、それぐらい容易く吹き飛ばせるだろう。

「フラム、行くの?」

エターナが聲をかけた。

立ち止まるフラムは、ゆっくりと振り返り答える。

「ふぅ……はい、休んだら二度と立てない気がするんで」

の笑顔には力が無い。

限界は、とっくにいくつも通り越していた。

今はもう最後の限界すらも過ぎて、苦痛すら麻痺し始めている。

「そうだ、エターナさん。お願いが……あるんですけど」

「一緒にいった方がいいなら、喜んでついていく」

「そうじゃ、ないです。というか、逆ですね。みんなを連れて、セレイドの外まで逃げてしいんです」

首をかしげるエターナ。

は訝しげな表をして問うた。

「なんのために?」

「オリジンを反転させても、作られたエネルギーが消えるわけじゃありません。反転して、負のエネルギーが生まれるだけです。そのせいで、この一帯は消滅します」

悲壯すら無く言い放つフラムを前に、エターナは絶句した。

そこに、キリルの治療を終え、魔力を使い果たしたセーラが大きな聲で介する。

「じゃ、じゃあ、フラムおねーさんはどうなるんすか?」

「巻き込まれるかな」

「何を、そんな簡単に……それ、ミルキットおねーさんは知ってるんすか!?」

「知ってるよ」

あっけらかんと答えるフラム。

「あ、勘違いされると困るんだけど、別に死ぬわけじゃないからね? ほら、コアを反転させたときって、負のエネルギーで水晶が砕けるわけじゃない? それのもっと規模が大きい版が発生するらしくて、何でも、世界に“”が開いちゃうらしいんだ。で、セレイドはそこに吸い込まれるって理屈みたいなんだけど」

「それ、誰から聞いたんだよ」

ツァイオンはおそらく、わかった上で聞いている。

フラムもそれを理解した上でこう返した。

「もちろん・・・・、ジーンから」

シートゥムを除く全員が、大きくため息をついた。

「な、なんでみなさん、そんな顔されてるんですか?」

うシートゥム。

ツァイオンは何も言わずに彼の頭にポン、と手を乗せた。

そして長くなるので理由は後回しだ、と視線で伝える。

「帰ってこれる保証はあるのかしら」

「方法はあるみたいですよ。あ、そうだ……この鎧、リートゥスさんの形見だし、返しておいた方がいいよね」

フラムは傷ついたアビスメイルを呼び出すと、それをぎ、シートゥムとツァイオンの前に置いた。

もはや呪いの殘滓が殘るだけのただの鎧だが、二人にとっては多の意味はあるはずである。

「ごめんなさい、壊しちゃって」

「構わねえよ、鎧ってのは使ってこそだ」

「でも、大丈夫なんですか? 裝備の分、弱くなってしまいますよね」

「大丈夫だよ、あてはあるから」

「……あて?」

シートゥムは首をかしげる。

だがフラムはにこりと笑うばかりで、何も言わずに遠ざかってしまった。

「……フラム、本當に帰ってこられるの?」

エターナの橫を通り過ぎようとすると、彼は寂しげな表で言った。

にしては珍しい顔だ。

心からエターナが別れを惜しんでくれることが、今のフラムにとっては涙が出るほど嬉しい。

実際、そんな力は無いのだが。

「フラムは、何か隠してる気がする」

「エターナさんは鋭いですねー」

フラムは茶化すように言った。

「実は、帰ってこられるまで何年かかるかわからないんですよ。十年かもしれないですし、五十年かもしれないんです」

「そんな長い間、おねーさんは吸い込まれた先で閉じ込められるんすか!?」

「違う違う。なんでも、時間の流れが違う可能があるとかで、すぐに戻ろうとしても時間がずれちゃうんだって。だから私は待たないんだけど、みんなを待たせちゃうみたいなんだよね。あはは」

あえて気にけ答えするフラムだが、それがエターナからは余計に痛々しく見えた。

「……」

「なんですかエターナさん、そんな悲しそうな顔をして」

「本當は、嫌で嫌でしょうがないはず」

「そんなことないですよー……って言いたいところですけど」

フラムの表に微かに影がさし、視線も下を向く。

「そりゃそうですよ」

し低めの聲で彼は言った。

「でも、ミルキットが生きるこの世界を救えるのは、私の力だけなんです。だから、どんなに嫌でもやるしかありません」

ミルキットと二人で逃げる道があるのなら、フラムは迷わずそれを選んだだろう。

誰に糾弾されたとしても、彼にはそこまでの責任はない。

だが今は、それしか道が無いのだ。

「なんで、行ってきます。ミルキットのこと、よろしくお願いしますねっ」

作った軽い語調でそう告げると、今度こそ魔王城のある場所に向かい、地面に神喰らいを突き刺す。

すると瓦礫が吹き飛び、地下に続く階段が現れた。

その向こう、深い場所に、オリジンの本が眠っている。

これで直接対面するのは二度目だ。

あの気持ち悪い姿を想像するだけで、フラムの頭が痛くなる。

だが今は常に痛い上に、正直言うとよく思い出せないので、別に想起しても何の支障も無かった。

そして一歩目を踏み出したそのとき――弱々しいの聲が、しかしはっきりとフラムの耳に屆く。

「フラム……」

今度こそ、本當に、それはキリルの聲だ。

片手で頭を抱えながらも彼は上半を起こし、薄く開いた瞳でフラムの方を見ていた。

さすが勇者というべきか、いくら回復魔法があったとはいえ驚異的な生命力だ。

「私の、せいなのに……どうして、フラムが……」

フラムは『今度こそ最後』と自分に言い聞かせて振り向く。

そして必死に笑顔を作った。

「違うよ、キリルちゃんのせいなんかじゃない。むしろ、キリルちゃんがオリジンの封印を解いてくれなきゃ、あいつを完全に倒すことはできなかったんだって」

封印は、外からの干渉を完全に阻む。

確かにディーザは封印に小さなを空けていたが、その程度ではオリジンを破壊するほどの魔力を注ぎ込むことはできなかっただろう。

つまり、オリジンを倒すには、キリルによる封印解除が不可欠だったのだ。

「そんなの……そんなこと……」

「もー、泣かないでよ」

「無理……だよ。そ、そうだ、私が一緒に行けば、リターンで出して……!」

「帰還地點、魔王城になってるはずじゃなかった?」

「あ……」

そもそも、ほぼ魔力を使い果たした今のキリルに、リターンが使えるかも怪しいものだ。

「さっきも言ったけど、ちゃんと戻ってくるからさ」

「そのとき……私がまだ生きてるか、わからない……」

「運が良ければもっと早く帰ってこれるらしいし、私も頑張ってみるつもりだから」

「……フラムぅ」

「ちょっと、もう、やめてよ……キリルちゃん」

キリルの涙に発されるように、フラムの瞳にも涙が浮かぶ。

いや、キリルだけではない――セーラやエターナの目も潤んでいる。

そんなものを見せられて、耐えられるほど心の強いフラムじゃない。

手のひらで涙を拭い、を震わせながらも、彼は懸命で笑顔を作り続ける。

「え、えっと……あぁ、なんか……なんて、言えばいいかわかんないけど……っ。もう、行かなきゃ」

頭が真っ白になって、うまく考えがまとまらない。

だから最後にフラムが発したのは――まるで日が沈む茜の空を嫉む子供のような、シンプルな言葉だった。

「……バイバイ、またね」

震えた聲でそう言って、手を振る。

そして今度こそ背中を向けると、フラムは階段の奧へと姿を消した。

そのまま、明かりもなく、暗闇に満ちた段差を、地下へ向かって降りていく。

何も考えないようにして、ひたすらに。

地上から微かに、キリルの嗚咽が聞こえたような気がした。

    人が読んでいる<「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい>
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