《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》129 隙あらばのろけとけ

アンリエットがついているおかげか、人々は必要以上にフラムたちに近づいてはこない。

とはいえ、遠巻きに見られるのを防ぐはないわけである。

大聖堂を出て西區に近づくにつれて、英雄フラム・アプリコットを一目でも見ようと、野次馬の數が増えてきた。

「うっへぇ、こんなことになっちゃうんだ……」

「みなさんご主人様のファンなんですよ」

誇らしげに言うミルキット。

ちやほやされて悪い気はしないが、度が過ぎるとビビってしまうのが一般人のなのだ。

フラムが一歩前に進むと、人の海が割れ道が開く。

まるで神話の登場人にでもなったような気分である。

「だから私、そんな立派な人間じゃないんだけどなぁ」

困った顔でそうぼやくフラム。

「世界を救っておいて何を言っているんだ、誰もが君には謝しているぞ。もちろん私もな」

「アンリエットさんまで。私は、私の鬱憤を晴らして、しいものを手にれただけですから」

そう言って、ミルキットと繋いだ手にし力をれた。

しいもの”が自分であることに気づいた彼は、嬉しそうにはにかむ。

もっとも、そんな言い訳が王國民に通用するわけもない。

彼らにとってフラムとは、紛れもなく救世の英雄。

しかもオリジンを倒して帰ってくるなり、三日間も意識を失っていたというのだ。

自己犠牲を連想させるシナリオに、民衆が食いつかないわけもない。

フラムはいつの間にやら、知らないうちに『命を削って世界を救った』という設定になっていたのである。

「本人の考えがどうであろうと、それとは関係なく進むのが世論というものだ。しかし、これは帰り道の護衛だけでは足りそうにないな」

さすがのアンリエットも周囲を見ながら困った表である。

するとオティーリエが素早く反応する。

こうして実際に書として一緒に行を始めて気づいたことなのだが、アンリエットに対する観察眼に関して彼の右に出るものはいない。

軍の頃は、基本的には優秀だが自分のことになると我を忘れる軽い問題児――のような扱いだったわけだが、今は右腕どころか、オティーリエがいなければ歩くことすらままならないほど、優秀な書となっていた。

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天職というやつなのだろうか。

あるいは、アンリエットをそういった狀態にすることこそが、オティーリエの目的だったのかもしれないが。

「兵士の手配をしておきますわ、置いておくだけで効果はあるでしょうから」

「ああ、頼んだよ」

「そこまでしなくても……って言いたいところだけど、そうしてもらった方が助かる気がする」

「それが賢明っすよ、おねーさん」

「私たちも熱烈な歓迎に曬されて翻弄されっぱなしだったものねえ」

セーラとネイガスがしみじみ言った。

どうやら二人も英雄待遇というものを嫌というほどけてきたらしい。

最初こそ嬉しいものだが、それが數か月も続くとうんざりしてくるのは彼たちも同じこと。

あまり他者にネガティブなを向けなさそうなセーラやネイガスですらこうなのだ。

となると、フラムはもっと手厚い待遇になるに違いない。

はぐったりと肩を落とす。

「私の気ままな暮らしはどこー……」

と嘆いたふりはするものの、実際のところ、彼にとってそれは割と些細な問題だった。

なにせ、隣にはミルキットがいるのだから。

もし二人の時間を邪魔するような輩が現れたら、命に影響を與えない手段で遠くに・・・行ってもらうだけだ。

そんな考えをミルキットも理解しているのか、落ち込む主を見て、彼は口元に手を當てくすくすと笑った。

「ところで、こっちに戻ってきたときから思ってたんだけど、その水晶の板切れは何なの?」

「通信端末ですわ」

オティーリエはひらひらと見せびらかしながら言った。

フラムは「ほへー」とアホっぽく相槌をうつ。

「……あなた、本當にあのフラム・アプリコットと同一人ですの?」

「記憶が無くなってた頃は割と気の抜けた姿を見せてたと思うけど。ここ四年で頭ん中で勝手に凜々しいイメージがついてるだけじゃない?」

実を言うと、彼はそれを恐れていた。

過去の自分が神格化されて、再會したときにがっかりされないだろうか、と。

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野次馬に対する恐怖も、半分ほどはそれが原因である。

かといって、英雄を演じるつもりもさらさらないのだが。

「オティーリエさんたちは知らないかもしれませんが、ご主人様は以前から可らしい人でしたよ」

すると、ミルキットがそんなことを言い出す。

「もちろん、かっこよさも兼ね備えていますが」

「あんまり持ち上げすぎないでね、期待外れだと思われるのも怖いから」

なくとも私に関してはそんなことありえませんから、安心してくださいっ」

はそう斷言する。

一切の迷いなく、自信に満ち溢れた聲で。

要するに、そんな心配など必要ないほどべた惚れだとアピールしているわけだ。

「いかなる隙も見逃さずにのろける……これはかなりの高等テクよ、セーラちゃん。ぜひマスターしましょう」

「勘弁っす」

フラムは別にそんなつもりではなかったのだが。

ちなみに、ミルキットも別に自覚があったわけではなく、素直に思ったことを口に出しただけである。

「ごちそうさまですわ」

「別にそんなつもりじゃなかったんだけど……」

「それにしても羨ましいですわね、時も場も選ばずにの言葉を堂々と」

言いながら、ちらりとアンリエットの方を見るオティーリエ。

は気まずそうに目をそらした。

「お姉様はドライな方ですから、そういった熱的な表現は期待できそうにありませんもの」

「うまくいってるんじゃなかったの?」

「人は張りになってしまうもの。相思相になるだけで満足できると思っていましたが、いざお付き合いを始めてみると、あれもこれもとしがってしまいますの」

オティーリエは、あくまでしらを切りとおすアンリエットと、わざとらしく腕を絡める。

「こらオティーリエ、勤務中だぞ」

「勤務中でなくともこの調子ではないですか。そういう奧手なお姉様も嫌いではありませんが、ふふふっ」

ああ、これは完全にに敷かれているな――とその場にいる全員が思った。

アンリエットは元からヘタレな面があったし、仕方のないことなのかもしれないが。

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押しの強いオティーリエと付き合うには、あれぐらい奧手でちょうどいいのかもしれない。

「ところでさ、さっきの通信端末ってやつ、どうやって使うの?」

「ああ、これなら相手の端末番號を力するだけですわよ」

「たった四年でそんなものまで作られるなんて、軽くカルチャーショックだなー」

「我々も驚いているよ、彼がいなければし遂げられなかっただろう」

「もしかして、彼ってジーンのことです?」

アンリエットが頷くと、フラムは「うげー」と骨に嫌そうな顔をした。

「これ以外にも、稼働を開始したばかりの魔導列車を始めとして、彼は様々な発明で復興を手助けしてくださいましたわ」

まあ、あれほどの頭脳がまれるがままに王國のために使われれば、かなりの果を出すことは想像に難くない。

人々がそうんだから、ジーンはそういう男になった――ああ、やはり彼は死んだのだな、とあらためて思う。

「その通信端末とか、列車のアイデアって今のジーンが発案したものなの?」

「なぜそんなことを聞きますの?」

「いや、なんとなく」

認めたくはないが、一連の戦いの中で、フラムはジーンという男について理解しつつあった。

だからこそ思うのだ。

今のジーンに、果たしてかつての彼のような発想力は備わっているのだろうか、と。

「そこを聞かれても、わたくしは詳しい経緯までは知らないのですが――」

「おらは知ってるっすよ。確かに、あれを発案したのはジーンじゃなくて、エターナさんっす。なんでも、カムヤグイサマに襲われてるときに、異世界? みたいな景を見せられて、そこで似たような道を見かけたらしいっすよ」

「また懐かしい名前が……って言うには最近すぎるけど」

フラムにとっては、カムヤグイサマとの戦いもほんの數日前の出來事だ。

「しかし、なんでおねーさんはそれを聞いたんすか? エターナさんが関連してることすら知らないっすよね」

「んー……なんていうかさ、あいつがぶっとんだ魔法ばっかり作り出してたのって、たぶん格が歪んでるからだと思うんだよね」

そのせいで、まともに使いにならない発明も數多く生まれていたようだが。

ヴェルナーの襲撃をけた王城で発した結界魔法はその最たる例だろう。

「でも今のジーンは、聞いた話によるとそうじゃないんだよね?」

シアの能力の特上、なくともかつてのジーンが完全に再現されているとは思えない。

まともさを得た彼は、その代償に何かを失っているはずなのだ。

なくとも、すれ違うとおらに爽やかに白い歯を見せながら挨拶してくる程度には違うっす」

「完全に別人だよそれ……」

引きつるフラムの表

想像できない――というかしたくない。

そのうち嫌でも遭遇することになるのだろうが。

「だから、獨創っていうの? そういうの、以前ほどじゃないんだろうな、と思って」

そして事実、エターナのアイデアを彼はすんなりれ、それを作り上げたわけだ。

以前の彼なら絶対にありえないプロセスであろう。

「なんだか寂しそうな表ね、嫌いなんじゃなかったの?」

ネイガスにそう問われ、フラムは拳を握り返事をした。

「まだ毆り足りないですから」

旅の中で彼を毆ったのは、あくまであのときの気持ちを抑え込むためだ。

平和になったら、もっと盛大に仕返ししてやるつもりだったのに、しかし彼は勝手に死んでしまった。

恩著せがましく、置き土産まで殘して。

「ははは、今の君に毆られたら、さすがの英雄でも跡形もなく消し飛ぶだろうな」

アンリエットは笑っているが、割と笑いごとではない。

実際、フラムが本気で拳を振るえば、人程度なら軽く消滅させることができるだろう。

、オリジンもいなくなった今、そんな力があっても持て余すだけなのだが。

「……ん?」

と、ふとあることに気づき首を傾げるフラム。

「アンリエットさん、なんで私の力のこと知ってるんですか?」

まだあの異世界で起きた出來事は、誰にも話していないはずだ。

つまりオリジン・ラーナーズという男の存在も、フラムがなぜこれほどの力を持っているのかも知らないはず。

いや、スキャンでステータスを見ればわかるのかもしれないが、それならそれで大騒ぎしていないとおかしい。

「君に例の作戦を発案した男は、一応生きているだろう?」

「まーたジーンですか。というか今の彼にも、その辺の記憶はあるんですね」

「らしいな」

「本人も、自分の記憶がどこから持ってこられたものなのかわからないって言ってたわね」

生前の彼がシアに何を吹き込んだのかはわからないが、さすがに二人のジーンが同時に生きているという矛盾は発生させないはず。

となると、新ジーンは、舊ジーンの死後に生まれた存在となるわけだが――彼のは魔王城で消失している。

つまり記憶が刻まれていた脳も消えたということなのだが、どういうわけか脳以外のどこかから、それを持ってきているわけだ。

「相変わらず頭を悩ませるやつめ……」

頭を抱え、「うがー!」とうなるフラム。

ミルキットはそんな彼の手を両手で握ると、にこりと笑いかける。

「ご主人様、あんな人のことを考える必要はありません。せっかく自由になれたんですから、もっと楽しいことを考えましょう」

「例えば?」

「えっと……私のこと、なんてどうでしょうか」

恥らいながらも、大膽に自己主張するミルキット。

もじもじする彼を前にフラムは我慢できるはずもなく、

「ミルキットはかわいいなぁー!」

と野次馬に聞こえるほど大きな聲で言うと、がばっと抱きしめる。

ミルキットは「きゃっ」と聲をあげながらも、その表はにやついていた。

無論、さすがにこれには周囲の四人も呆れていたことは言うまでもない。

いや……ネイガスだけは「このやり方はメモっとかないと」と興味深そうに観察し、セーラに睨まれていたが。

◇◇◇

フラムたちはその後も徒歩で移した。

魔導列車を使えば早いそうだが、あんな鉄の箱の中にったのでは、逃げ場が無くなり帰宅どころではない。

かといって馬車を使えば今以上に目立ってしまうので、結局は歩くのがちょうどいいのだ。

會話は弾む。

互いに話したいことが積もり積もっていて、止めどなく、家に到著するまでの數十分などあっという間である。

目的地に近づくにつれて、フラムに落ち著きがなくなってきた。

真新しい石畳、立ち並ぶ見慣れぬ建

通っていた屋も魚屋もそこにはなくて、通り過ぎる顔ぶれも見たことのない人ばかり。

かつて王都に暮らしていた人の大部分は命を落とし、今ここに暮らしているのは、復興後に王國から移り住んできた人たちだ。

過去に暮らしていた場所に向かっているはずなのに、そこには“馴染み”というものが一切無かったのである。

もっとも、フラムだってここで過ごしたのはほんのわずかな間だけで、本來、“帰るべき場所”と呼ぶには淺すぎる付き合いなのだ。

今は異國の地に降り立ったような気分だが、たぶん、すぐに慣れる。

大事なのはどこにいるのか、じゃない。

誰が傍にいるか、なのだから。

しかし、以前の王都の面影が完全に消えたかと言われればそういうわけではない。

比較的被害のなかった場所は、あえて以前の建をそのまま殘してあるらしいのだ。

西區のフラムたちが住んでいた家の周辺は、特に被害がなかった。

近づくにつれて、見覚えのある景が増えてくる。

「あんだけ滅茶苦茶に壊されてたのに、この一帯だけ無事ってすごい奇跡だよね」

「はい、私も王都に戻ってきたときは驚きました」

「おねーさんの気持ちがこの家を守ってたのかもしんないっすよ?」

「そこまで便利な力は持ってないから」

もっとも、今のフラムならやろうと思えばやれるだろうが。

「あながちセーラちゃんの言葉も間違いじゃないと思うわよ」

すると、ネイガスがそう言った。

フラムは「ないない」と手を振って否定する。

「さすがにそれはオカルトですよ」

「オリジンの話なんだからオカルトなのは當然よ。あれはフラムちゃんにビビってたわけじゃない? だったら、余計に怒らせたくないと思って、ここらだけ焼くのを止めた可能はあるんじゃないかしら」

「あー……それならありえる、のかなぁ」

なくとも當時は、オリジンも勝利を確信していたはずだ。

100%の勝利にノイズを混させたくない、という意図でフラムを必要以上に煽ることを中斷したと?

いや、それこそありえない。

目的など関係なく、あれ・・は“趣味”で人間を恐怖させ、追い詰めるような輩なのだから。

むしろフラムに見せつけるように、わざと家を燃やす方がずっとあれらしいとは思うのだが。

「正直、私はオリジンの本を一方的にぶん毆っただけなんで、どういう人間なのかまではいまいち把握できなかったんですよねー」

「直接、會いはしたんすよね」

「まあね」

「ちなみに、見た目はどんな風だったんすか?」

フラムは目を細め、虛空を見上げながら言った。

「見た目はジーンそっくりなんだけど、中はもっとしょぼくしたじの……」

思い出すだけで糞悪くなる顔である。

まあ、それだけに毆ったときはすかっとしたが。

「あぁ……」

セーラは何やら納得している。

他の面々も、たやすく想像できてしまったのか、微妙な表を浮かべていた。

しかし、ジーンというのはどこまでもフラムの人生に付きまとってくる男だ。

勇者パーティで無駄にげられたことに端を発し、奴隷として売られ、なぜか味方として旅をすることになり、そして最後は命を散らし――と思いきや、ちゃっかり形を変えてこの世に存在していて。

加えて、オリジンの外見にまで影響を及ぼし――いや、似ていたのは全くの偶然なのだが。

それにしたって、厄介極まりない男である。

そりゃあ神だって恐れるはずだ。

「あー、ダメダメ。気を抜くとすぐにあいつのこと思い出すー!」

「ご主人様、そんなときのための私です!」

「ミルキットぉー!」

抱き合う二人。

馬鹿らしいやり取りに見えるが、実際こうしている間は気が楽になるのである。

そうこうしているうちに、家の前まで到著してしまった。

「わたくしたちはここまでですわね」

「兵士の手配は任せておいてくれ」

アンリエットとオティーリエが立ち止まる。

フラムは首を傾げた。

「あれ、二人はパーティには參加しないんですか?」

「パーティに參加できるほど親しい間柄ではありませんもの」

「ああ、それにまだ仕事が殘っているからな」

「じゃあパーティに參加できなくても仕方ありませんね」

執拗に繰り返されるパーティという言葉。

これにはさすがにセーラの頬もひくつく。

「パ、パーティなんて無いっすよ? 何を言ってるんすかおねーさん!」

は聲を震わせ言った。

どうやらまだバレていないで突き通すつもりらしい。

必死なセーラに、アンリエットとオティーリエも半笑いだ。

「……セーラちゃん」

「同はいらないっすー!」

ネイガスは『あきらめなさい』と言わんばかりにセーラの背中を優しく叩いた。

そんなやり取りを見ながら、二人は軽く頭を下げて離れていく。

仲睦まじく肩を寄せ合う彼たちを見て、フラムはしみじみとつぶやいた。

「あの二人も落ち著いたようでなにより」

「みんなご主人様のおかげですよ」

止まらないべた褒めに、軽く照れるフラム。

ミルキットのことだ、照れ隠しに謙遜したって無駄だろう。

それに、あながち大げさでもないのだ。

事実、フラムがオリジンを倒していなければ、あの二人が平和に日々を過ごすことはなかったのだから。

「さて、それじゃあ中にろっかなー」

わざとらしく言い、フラムは玄関に近づいた。

一度はすでにくぐっているが、それでも張はある。

冷たい金屬のドアノブを握ると、さらにはこわばった。

ついでにセーラの表にも不安が濃く表れる。

まあ、そこまで心配せずとも――仮にこの先にサプライズが待っているとわかっていようがいまいが、喜びは変わらない。

自分の帰還を心から祝ってくれる人がいる。

大切な人たちが必死に準備をして、今か今かとその瞬間を待ってくれている。

嬉しくないはずがあるものか。

口元がにやける。

この浮ついた覚を、できるだけ長く味わいたいような気もする。

けど、あんまり焦らすのも悪い。

きっとフラムの聲は家の中まで屆いているはずだし、ってくるのを現在進行形で待ち構えているだろうから。

ああ、その姿を想像するだけでも――いや、浸ってばかりではきりがない。

思い切って、扉を開く。

すると――

パンパンパンッ!

クラッカーがはじける音が鳴り響き、紙吹雪がフラムの頭上に舞った。

そして待ちけていたエターナ、インク、そしてキリルの三人が、

『おかえり!』

と聲をそろえ、家主の帰還を祝う。

(ほら見ろ)

フラムは誰に向かってかはわからないが、心の中で言った。

わかっていたって、やっぱり嬉しいものは嬉しいし、こみあげるものは止められない。

ミルキットと再會したときとは違う暖かさが――一度は顔を合わせているにも関わらず、涙腺とつながる氷を溶かす。

「ただいまっ!」

フラムはそう言って、白い歯を見せて笑う。

みんなも笑顔で彼を迎え、駆け寄り囲む。

「病み上がりだから心配してたけど、調はいいみたいだね」

「セーラちゃんのおかげでね。キリルちゃん、やっぱり大人っぽくなったね。人さんでびっくりしちゃった」

「やめてよそういうの、中は変わってないから」

「そうかなぁ?」

なくとも以前のキリルは、今ほど明るく笑っていなかったと思うのだが。

の四年に何があったのか、これは掘り葉掘り聞かなければ。

「あははー、あのときにぶつかったの、やっぱフラムだったんだ。聲がちょっと低いから違うかな、と思っちゃったんだけど」

「お互いに気づかなかったね。たぶん、疲れてたんだと思う。私の方ももしかしたら、とは思ってたんだけど――」

大人びたキリル以上に、インクの変化は大きい。

まず長期で、フラムと同世代にまで見た目が変化している。

以前のように年下扱いはできそうにない。

髪型は――今は前と同じポニーテールだが、あの時はお祭りで気合をれていたのか、全部下ろしていた。

そして最大の違いは、目だ。

い合わせていた糸は取り除かれ、無かったはずの眼球がそこにはある。

の瞳をフラムはじっと覗き込んだが、そこからを読み取ることはできなかった。

「それ、義眼?」

「えっへへー、すごいでしょ? エターナが作ってくれたの。つい最近のことなんだけどねっ」

「さすがですね、エターナさん」

「褒めても何も出ない」

と言いつつ、エターナの頬はほんのり赤い。

「あと、正確には義眼と疑似視神経のセット」

「よくわかんないですけど、すごさは増しましたね」

「そう、すごい。わたし、頑張った」

片言になるぐらい相當頑張ったらしい。

王都を復興していくにあたって、用なエターナに任される役目は多かっただろうし、忙しい仕事の合間をってやってきたんだろう。

それらは全て、インクのために。

四年という月日を経てさらに深まった二人の絆を垣間見ることができ、フラムはうれしかった。

「さあさあ、話す時間はまだまだあるんですし、料理が待ってますから、早くあがりましょうっ」

ミルキットがせかすようにフラムの背中を軽く押した。

よっぽど自分の作った料理を見せたいらしい。

「いい匂いがするっすね」

「匂いだけでなく味も保証します!」

「おおう、ミルキットが自信に満ちてる」

「だって、ご主人様に食べてもらいたくて、今日まで練習してきましたから!」

待ちんできた。

たぶん、他の人の何十倍も、何百倍も――否、何萬倍も、フラムの帰りを。

だから明らかにテンションが高いし、目だってキラキラ輝いている。

フラムには、彼を見ているだけで、自分がされていることが痛いほど伝わってくる。

在るだけで、幸せになる。

「ミルキット」

「はい、ご主人さ……んむっ!?」

フラムは衝的にミルキットの顎に手を當て、を奪った。

いきなりの出來事に、固まる面々。

キリルとセーラは顔を真っ赤にし、インクとネイガスはなぜかはしゃぎ、エターナは頭を抱えて呆れている。

(我ながらとんでもないことをしてしまった……)

それはフラムにとっても予想外の出來事だった。

自分でやったことではあるのだが、気づいたらそうしていたのだ。

(ミルキットが可すぎるのが悪い、うん)

理不盡に責任転嫁するフラム。

全霊で“好き”を伝えてくる破壊力にあらがえるはずがないのだ。

しかも相手は、無條件で自分をれると公言していると來た。

つまりストッパーが無い。

いや、恥心がそれにあたるものかもしれないが、フラムの好意もまた、そんなくだらないものはとっくに超えているわけで――だったら、我慢できなくなったらするしかない。

「ぷはっ……は……はぅ……」

を離すと、ミルキットの目がとろんと潤んでいる。

のご主人様メーターは最大値を遙か彼方までぶっちぎり、天高く見えない場所まで上り詰めている。

無論、言うまでもなく、いきなりを奪われたことに対する怒りなど彼の中には存在しない。

ひたすら『嬉しい嬉しいご主人様がキスしてくれた好き好き大好きご主人様好き』と頭の中で繰り返すばかりだ。

ミルキットに尾があったら、千切れんばかりにブンブンと振り回しているに違いない。

「ごめんね、ミルキットを見てたら我慢できなくて」

「い、いえ……あの……じぇんじぇん、問題ないでしゅ……りょうり、りょうりたべましょう……」

ろれつの回らないミルキットは、よろよろとフラムを部屋に案した。

どう見ても問題しか無さそうだ。

一連のやり取りを唯一冷靜に見ていたエターナは、二人の姿がリビングに消えると、「ふっ」と吹き出すように笑った。

以前よりはるかにエスカレートはしているものの、どこか懐かしい覚だ。

フラムの帰還は、彼にとってもまた、一つの區切りである。

平和な日常に足りなかった最後のピースがようやくはまった瞬間であった。

そんなエターナも、フラムたちを追ってリビングに向かおうと一歩踏み出す。

だが、何かに引っ張られうまく歩けない。

振り返ると、なぜかエターナに向かってインクが、「んー」とを突き出していた。

「ていっ」

顔面を割るようにチョップが炸裂する。

インクはし赤くなった顔をさすりながら、違う意味でを尖らせて抗議した。

「痛いよエターナ、あたしはただ二人に対抗したかっただけなのに!」

「それがおかしい」

クールに一蹴し、リビングに去るエターナ。

「ぶーぶー! エターナのへたれーっ! ツンデレ―っ!」

インクの罵倒も彼には屆かない。

その様子を見て、セーラが苦笑いを浮かべた。

二人は同世代だ、そしてパートナーとの年齢差も似たようなものである。

だからこそ比べてしまうのだろう。

まあ――そもそもエターナとインクは、まだ人ですらないのだが。

◇◇◇

「うわぁ……!」

並ぶ豪華な料理の數々、そして手作りあふれる部屋の飾りに、フラムは思わず聲をあげた。

実家の誕生日會だって、こんなに手の込んだ準備をしてもらったことはない。

それと比べるものではないかもしれないが、とにかくフラムはしているのだ。

「こ、この料理、全部ミルキットが準備したの?」

「もちろん手伝ってはもらいましたが、主に私が作りましたっ」

どうにかキスの衝撃から回復したミルキットは、うかれた様子でフラムの後ろについていく。

「この巨大なの塊は?」

「バッファローのローストです。ちょっと切ってみますか?」

「うん、お願いっ」

橫に置いてあったナイフを手に、を薄く切るミルキット。

刃が表面を割くと、側からがじゅわっとあふれ出し、表面を流れた。

斷面はほどよくピンクで、ナイフのり方を見てわかるように驚くほどらかい。

質の高いと腕のいい料理人、この二つが組み合わさって初めてり立つがそこにはあった。

フラムは思わずごくりと唾を呑み込む。

「一切れ食べてみますか?」

「いや……食べたい、けど……パーティが始まってからにしよっか」

「そうですね、それがいいかもしれません」

フラムたちがはしゃいでいる間、部屋にってきたエターナたちは飲みや取り皿の準備を進めていた。

手伝いたい気持ちもフラムにはあったが、今日の主役は彼だ。

逆にここで出て行っては迷だろう、とミルキットとの會話に集中する。

「こっちの魚は、トゥーナだっけ」

今度は赤魚の刺に近づくフラム。

「ディープトゥーナです」

「うわ、味しいけど高いので有名なAランクモンスター! 生で食べられるの?」

「ツァイオンさんに頼んで魔族領から取り寄せてもらいました」

今日のために直送で送ってくれたらしい。

主に北で取れる魚なので、なかなか王國では生で食べられるものではないのだが。

脂が乗ったはライトに照らされてかっており、その姿はまるで寶石のようだ。

花に見立てた盛り付けも含めて、食べるのがもったいなくなってしまうほどしい。

「お次はボアの煮込み……くんくん……この甘い匂いは、キャンディボア?」

「正解ですっ」

「んふふ、一回ここで食べたもんね。懐かしいなあ、あのときミルキットが作ってくれた料理もすっごくおいしくて」

「あの頃よりももっとおいしくなってますよ」

「うあー! 楽しみだー!」

料理を前に、気分が高ぶるフラム。

さらに今度は、ひときわ目立つ、三段重ねの、果をふんだんに使った大きなケーキに近づいた。

「これもミルキットが?」

「いえ、こちらはキリルさんが作ったんです」

「キリルちゃんが? このでっかいケーキを!?」

驚くフラムの元に、キリルがグラス片手に近づいてくる。

はそれをテーブルに置くと、はにかみながら言った。

「ミルキットほどじゃないけど、私もフラムの帰りを待ちわびてたから」

「いや、それにしたってこれ、趣味で作れるレベルじゃないよね」

「うん、実は私、ケーキ屋さんで修行中なんだ。フラムと一緒に行ったあのお店でね」

「キリルちゃん、お菓子職人目指してるの!?」

ほどの力があれば、冒険者として一財産を築くのは余裕のはずだ。

だというのに、勇者としての力がほとんど関係ない職業に就くとは。

「寶の持ち腐れとはよく言われるけど、やりたいこととできることは違うからさ」

「そっか……戦いとかあんまり好きじゃないって言ってたもんね」

「私自、今の方が向いてると思ってる。この無駄な力も、全く役に立たないわけじゃないし」

街で悪さをすると、どこからともなくエプロンを著たキリルが現れ――なんてことも珍しくないのだとか。

「いつか自分のお店、持てるといいね」

「そのつもりで頑張ってる」

キリルもキリルなりに、前に進んでいるようだ。

フラムは置いてけぼりにされているような気がして、しだけ寂しくなった。

今はうかれているから気づかないことばかりだが、冷靜になれば、そういう風にじることも増えていくんだろう。

「こっちの準備は終わった、そろそろ始めよう」

エターナの聲で、會話は一時中斷された。

全員がジュースのったグラスを手に持つ。

そして視線が一斉に、フラムの方を向いた。

「……え、乾杯の音頭って私がやるの?」

「それがいいかな、と」

「いきなり言われても、何を喋ればいいのか……えっとぉ」

を真一文字に結び、考え込むフラム。

すぐ隣では、ミルキットが「頑張ってください」と小聲で応援している。

そして、結局は気の利いた言葉などほとんど思いつかなかったので、行き當たりばったりでフラムは口を開いた。

「今日まで々あったけど……どうにか、無事に、この家に戻ってくることができました。いつの間にか、四年も過ぎてて……えと、戸うことも多いけど、意外と、みんな変わってなくて、ほっとしてます」

は強張った表で、途切れ気味に言葉を紡ぐ。

「なんで敬語なのー?」

「それだけ張してるの!」

インクの野次にムキになるフラム。

だが、しだけ張がほぐれる。

「今まで、私は必死で戦ってきました。痛くても、苦しくても、オリジンを倒さなくちゃいけないって自分に言い聞かせて。でも、本當は……嫌で、嫌で、仕方ありませんでした」

救いのある戦いなど、數えられる程度しかなかった。

あとはがもやもやするような、気味の悪い決著ばかり。

しかったのは幸せだ。

だが実際は、押し寄せる地獄から逃げ続けるために戦い続けてきた。

「そりゃそうよね」

「わたしもフラムみたいな目には合いたくない」

ネイガスとエターナほどの人でも、フラムの境遇は勘弁願いたいらしい。

というか、同じ目に合いたいと思う者などこの世のどこにも存在しないだろう。

結果的に彼の手には大きな力が殘ったが、求めていたのはそんなものではなかったのだから。

「終わりが見えていたから、どうにか頑張れたんです。今日という日を、この家で、大好きな人や、大切な人たちと一緒に暮らす日をずっと夢見て、それを力にしたからこそ、戦えたんです」

支えは、間違いなくそこにあった。

仮にフラムが孤獨だったら、もっと早く心は折れていただろう。

そうでなかったとしても、ミルキットを今ほどせていなければ、終著點までたどり著くことはできなかったはずだ。

「大好きな人と大切な人は別枠なんすね」

「仕方ないよ、フラムとミルキットだから」

「説得力がありすぎるっす」

フラムと関係ない場所で、話の容と関係ない部分で納得するセーラとインク。

同い年の二人は今日も仲良しだ。

「その、ここまで長々話しておいてこんな結論で申し訳ないですけど、今日まで私、すっごく頑張ってきたんで……なんで、もう頑張りません。死ぬまでぐうたら過ごします。お気楽に、深く考えずに、ミルキットと抱き合って、好きに生きてくって決めたんです!」

エターナはそこまで比較的真面目な表で話を聞いてきたが、ついにがくっと崩れ落ちた。

明らかにフラムの表は浮かれていたし、最初からシリアスな話で終わるとは思っていなかったが、それでもである。

「どんな生き方でも、どんなご主人様でも、私はついていきます」

そして気の抜けるフラムの意思表明を聞いても、なおうっとりするミルキット。

もはや何をしても、たとえ神が割り込んだとしても、彼の主への想いを斷ち切ることは不可能だろう。

「えっと、だから――私の気ままな暮らしのはじまりに、かんぱーいっ!」

やけくそ気味に、フラムはグラスをかかげた。

続けて他の面々も、半分笑いながら『乾杯』と続く。

こうして、騒がしく愉快な、フラムの帰還を祝すパーティが始まったのだった。

しかしそのとき、彼たちはまだ知らなかったのである。

この先に、想像を絶する混沌が待ちけていることを――

    人が読んでいる<「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい>
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