《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》131 王子様のキスでもこの夢は覚めない

暗くてじめじめした場所が、私の生まれ故郷。

人の悪意を糧にして、細々と命をつないでいきます。

の見えぬへどろの沼に沈んで、二度と――いや、一度も・・・の當たる場所にたどり著くことなんてありません。

沈んだまま。

白骨と同じ。

くことなく、淀んで、靜かに、腐り、伏す。

無音。

明。

無味無臭。

無意味。

虛無が並ぶ。

私にはその先にあるものは見えませんでしたが、何となく、ここは水槽の中なんだろう、と思っていました。

要するに見世なんです、私は。

現世と隔絶した容れられて、泳げもしないのに汚水を満たされ、無様に溺れる姿を見て、勝者を楽しませるだけの。

生まれつき、ショーの生贄となることを義務付けられていたんでしょう。

それを不幸だと思ったことはありませんでした。

もちろん幸せだとじたこともありません。

だって、そのような概念は、私の中に存在しませんでしたから。

期待するだけ無駄だと、心ついたときにはすでに學んでいました。

もっとも、それを賢さだと思ったことはありません。

例えば、ある年は、び、苦しみ、この世の理不盡を呪いながら死んでいきました。

きっとそれは、正しい姿なんです。

しかし一方で、ある年は、笑い、ここではないどこか遠くを見ながら、幸せそうに死んでいきました。

彼は知っていたんです、けれど間違った姿だと思います。

でも、正しいとか、間違ってるとか、そんなのは些細なことです。

だって、私たち、最初から――生まれたときから、間違っていたんですから。

でなければ、生後まもなく売られるなんてこと、ありえないじゃないですか。

だから命に価値はなく、私たちの行く末は、いかに早く楽にこの地獄から抜け出すか。

すなわち死。

私が十四年間生き延びたことは、“幸い”などではありません。

決して、そうではなかったはずなのです。

水槽の外には出られない。

絶対的な壁がそこにはある。

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……だったらどうして、あなたは、私の手を取れたのでしょう。

今でも、不思議でなりません。

そして、どうしてあなたは、そんな私の手を握り続けてくれたのでしょう。

あなたのを疑うのではなく――そんな奇跡が、私のような沼底の小石に舞い込んだ現実が、いまだに信じられないのです。

◇◇◇

結婚式は終わっても、王妃としての仕事は山積みである。

書類整理は得意な方だが、社界における役目はそれとまったく違う。

周辺諸侯との接見は、イーラの力と神をガリガリと削っていた。

「あぁー、やっと終わったわぁー!」

いらだちのこもった聲でそう言いながら、彼はドレスのままベッドに突っ伏す。

外はすっかり暗くなっており、ちょうどフラムの家で酔っ払い共が騒いでいるのとほぼ同時刻であった。

スロウは苦笑いしながらそんな妻の様子を眺めている。

「イーラ、まだ従者が見ているぞ」

「いいのよ見せといて。私はこういう人間なの、いい子ぶるのは貴族連中の前だけで充分だっつの」

王妃になったからと言って、西區育ちのっこが消えるわけではない。

結婚しても、イーラはイーラのままであった。

というかむしろ、っこまで王になりきっているスロウの方が異常なのだ。

これも王族のがなせる業なのだろうか。

(以前より頼りがいもあるし、男らしいし? それに顔も悪くないから、別に今のスロウに不満があるわけじゃないのよねぇ。なんかそれが余計にムカツクわ)

ぶっちゃけ現在のスロウは、程よくワイルドでイーラの好みど真ん中である。

だが右往左往する自分をよそに、すっかり王に慣れている彼がどうしても恨めしく思えてしまうのだ。

言葉にできないもやっとした気持ちを抱えたままベッドに顔をうずめるイーラ。

すると扉の向こうから聲が聞こえてくる。

「殿下、アンリエットでございます。お時間よろしいでしょうか」

「アンリエット將軍?」

「何かことづけていたのかい?」

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「あー……あの子の件ね。いいわよ、って」

イーラが許可を出すと、外に待機していた二人の兵が扉を開いた。

部屋の出りだけで仰々しいものだ、と彼は王妃の地位の高さに思わずため息をつきそうになる。

それはさておき、さすがにアンリエットを前にだらしない姿を見せるわけにはいかない。

イーラは素早く立ち上がり、アンリエットはそんな彼の前に跪く。

「楽にしていいわよ、特に私の前では。そういう堅苦しいの苦手だって知ってるでしょう?」

「はっ、かしこまりました」

スロウとのお付き合いは、かれこれ二年に及ぶ。

その間、將軍であるアンリエットとは何度も顔を合わせてきた。

もまた、イーラがそういった対応を苦手としていることは知っているはずである。

とはいえさすがに、王妃相手に無禮ができるほど、無謀な人間ではない。

顔を上げたアンリエットは、イーラに書類の束を手渡す。

その表紙には、『ミルキット・アプリコットに関する調査記録』と記されていた。

「ありがとね。それにしても早かったわね、資料の大部分は焼失してるって言ってたから、もっと時間がかかるものと思っていたわ」

「軍の総力をあげて調査いたしましたので」

イーラは思わず『暇なのね』と言おうとしたが、ぐっと抑え込んだ。

実際、最近はテロ組織のきもなく、モンスターが暴れている様子もないので暇は暇なのだが。

無論、王妃を前にして過剰な表現をしている部分もある。

アンリエットの用事はそれだけだったらしく、報告書を渡し終えると部屋を出て行った。

スロウはイーラの顔に自らの顔を近づけ、わざとらしく表紙をのぞき込む。

「顔、近いわよ」

「いいじゃないか、夫婦なんだから」

「……ほんと、別人みたいになったわね」

「たくましい男の方が好みだと言ったのは君の方だろう」

「まさかそれ、私の好みに合わせたの?」

「それ以外に変わる理由があると思うかい?」

周囲からは『よく玉の輿をもぎ取ったな』と言われるイーラだが、言い寄ってきたのはスロウの方からである。

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付き合い始めるまでに二年もかかったのは、それまで彼がスロウの口説き文句を突っぱねてきたからだ。

別に嫌いではないし、付き合ってみてもよかったが、その程度の覚悟ではしばかり相手の立場が重すぎる。

何せ王なのだから。

「弁も立つようになっちゃって、お姉さん寂しいわ」

「おかげさまでね。ところでその報告書、まさかこの間の話を真にけたのかい?」

「まあ……馬鹿馬鹿しいとは思ったけど、ポーズだけでも『調査しました』って言っておけば、説き伏せやすいでしょう」

この間の話――それは二人の結婚式當日、とある有力貴族が二人に告げた世迷言・・・のことである。

ミルキットとフラムが仲なのは、もはや王國における常識のようなものだ。

フラムの圧倒的な英雄の前に、同士がどうこうと言うものは一人もいない。

つまりはミルキットも、オリジンを倒した英雄を支えてきた者として、かなりの有名人であった。

奴隷という過去も、包帯で顔を覆った奇妙な風貌も、今や人々が妄想する二人の語を引き立てるエッセンスとなっている。

しかし――中には、その出自をよく思わない人間もいた。

己や他者の地位を何よりも重んじる一部の貴族は、こう考えたのだ。

『奴隷として生まれた穢れたが、気高き英雄のと混ざることなどあってはならない』

さらにこうも言っていた。

『フラム殿が目を覚まし次第、我が子との縁談を進めるのはどうだろうか。どうしてもでなければ、と言うのであれば娘でもいい』

馬鹿げた話だ。

権威と金だけであの二人の心をかせると思っているあたりが特に。

もしこの言葉がフラムの耳に屆けば、彼の拳の一振りによって、彼の屋敷ごとそのは吹き飛ばされるだろう。

もちろん、イーラもその場でグーパンチでもかましてやろうかと思ったが、やんわりとスロウに止められてしまった。

そしてその場はどうにか誤魔化し流したのだが――冗談を言っている風でもなかった、おそらくまた彼は同じ提案をしてくるはずだ。

それも、より的な案を添えて。

「もちろん中を見せるつもりはないわ、アリバイ作りよ」

「それで諦めてくれるかな」

「諦めなければフラムにチクるだけよ」

イーラの説得は、ある意味でその貴族のを守るためでもあった。

結果はそのときになってみないとわからない。

今はひとまず、報告書の中に目を通す。

◇◇◇

――ミルキットの両親は、すでに他界していた。

母は西區でスリ集団の一員だったらしい。

父は同じく西區で酒におぼれていたならず者で、口だけは達者だったため、んなの元を転々としていたそうだ。

そんな男であるがゆえに、妊娠が発覚した途端に姿を消し、ミルキットが生まれる數か月前、強盜殺人を起こし処刑されている。

母も母で、ミルキットを出産後、産まれたばかりの彼を専門・・の奴隷商人に売り、手にれた金で幻覚剤を買っていたそうだ。

ちなみに彼はその一年後、當時王都で広まっていた悪な薬により中毒死している。

この二人の記録が殘っていたのは、共に犯罪者であったからに他ならない。

泣く泣くミルキットを手放した一般人であれば、その出自が明らかになることもなかっただろう。

さて、生後まもなく闇の奴隷商人の手元に渡ったミルキットは、その後すぐにとある貴族に売られた。

労働力にもならない赤子を買いたがる者はあまりいない。

それでも商人の商売がり立っていたのは、大口・・の買い手がいたからだ。

そのは、當時東區に居を構えていた。

三歳になったばかりの息子を失い心を病んでいた彼は、いつからか闇商人から赤子を買い取るようになった。

それも一人ではなく、五人も、十人も。

曰く、予備・・なのだという。

そして全ての子供に自ら名前をつけ、使用人と共に育てるのだ。

“ミルキット”という名は、そのときにつけられたものなのだという。

後にその所業が新聞によって明らかにされ、夫の商売に支障がでたため、そのは王都を離れた。

ちなみに、當時育てられていた子供は王國に保護されて、教會の孤児院に預けられたそうだが――その中に、ミルキットの姿はなかった。

それもそのはずだ。

は、息子が死んだ三歳になると、育ててきた子供を『こんなのは私の子供じゃない』と言って再び奴隷商人に売っていたのだ。

そして売った金で、また新たな赤子を購する。

奴隷商人は、三歳になりまた別の需要が生まれた子供たちを売りさばく。

理不盡に翻弄される子供の存在を除けば、win-winの取引であった。

三歳になったミルキットは、その後も様々な主の元を転々とした。

奴隷がやせ細る姿に的興を覚える男。

社會の最底辺である奴隷に見下されることでストレスを解消する

児を壊すことに執著する教會の幹部――違法奴隷を求めるのは、その他にも列挙すればキリが無いほどの変態ばかり。

特に教會の幹部に買われたときは、ミルキットもさすがに『もう死ぬだろう』と思っていた。

だが運良く――あるいは運悪く、男の犯行・・が王都の記者に嗅ぎつけられてしまったらしい。

発覚を恐れた彼は、泣く泣く全ての奴隷を手放し、死を隠蔽した。

そして數か月後、隠したはずの子宮が破裂した死が発見され、犯行が見……したものの、何故か貧民街の男が処刑された。

教會からの圧力があったと思われる。

ちなみにその男は、オリジンが王都で引き起こした慘劇により命を落としている。

再び商人の元に戻ったミルキット。

はそのとき十歳だった。

つまり三年以上も、次の主――サティルス・フランソワーズに買われていたということになる。

実際、ミルキットにとっても一番付き合いの長い主だったようだ。

この頃になると顔立ちも整い、無表で無反応なこともあって、サティルスはミルキットのことをひどく嫌っていたという。

食事にムスタルド毒を混ぜたのも、嫉妬心からのことだ。

だが顔が爛れてから、しばらくの間は手厚く可がっていたらしい。

『そんなに醜い顔をしてかわいそうに』

『汚らしい面ねえ、かわいそう、かわいそう。どうしてそんな風になってしまったのかしらぁ』

白々しくそう繰り返しながら、にたにたと笑い――だがその代償としてサティルスの機嫌はよくなり、十分な食事と寢床が與えられた。

その間も、別の奴隷は鞭で打たれ、ナイフでふくらはぎを開かれ、細いヒールで腹を繰り返し踏まれ、終いにはを吐いて死んだりしていた。

もまた、奴隷を殺すタイプの主であり、ミルキットもやがてそうなるのだろうと思っていた。

だが結局――彼は一種の“オブジェ”として扱われ、人を自稱するサティルスのしさを引き立てるための道として利用されていたようだ。

やがて彼もそれに飽き、ミルキットはまた商人に引き取られ……もはや買い手もつかなくなり、地下牢にれられた。

の匂いが充満する冷たく暗い場所で、このまま命を落とすのだろう。

ミルキットはそう考え、ただその瞬間がやってくるのを、空っぽの心で待ち続けた。

そこから先は――あえて語る必要もないだろう。

◇◇◇

「はぁ……」

一通り資料に目を通し終えると、イーラは大きくため息をついた。

「予想はしてたけど、あの子も壯絶な人生を送ってきたのねえ。そりゃフラムに心酔するわけだわ」

ひょっとするとミルキットにとって、フラムは初めて出會ったまともな人間だったのかもしれない。

それぐらい、世界の暗部にどっぷりと漬かっていた。

もしフラムがジーンに突き落とされなければ、二度と這い上がることはなかっただろう。

「文字通りの英雄だったわけだな」

「そして追い詰められたフラムにとっても、ミルキットの重すぎるがいい合に支えになってくれた、と。持ちつ持たれつ、奇跡のバランスでり立った関係ね」

それだけに、がっちりとはまった場合の絆の深さは尋常ではない。

冗談抜きで、二人を引き離す可能を示唆しただけで、件の貴族は消し飛ぶことになりそうだ。

「勇者が毆られたときは、さすがにヤバいと思ったけど……それも納得したわ。褒めるつもりはないけど」

「はは、あれはな……」

後にミルキットとキリルは和解し、毆られた側も『毆られたおかげで正気を取り戻せた』と笑いながら語っていたが――國王であるスロウとしては、思い出すだけで胃が痛む事件だった。

なにせ、國民の神的支柱である勇者が仲間に毆られた上に、落ち込んで引きこもってしまったのだから。

オリジンとの戦いの後癥だの、古傷が痛んでいるだの、それっぽい理由をつけてどうにか取り繕っていた當時を思い出し、苦笑する。

「ところでイーラ、その資料、アリバイ用に作らせたと言っていたな」

「もちろん中を見せるつもりは無いわよ。本當に犯罪者の娘だってわかったら、どんないちゃもんをつけられるかわかんないもの」

「ああ、それがいい。しかし――その二人から彼のような可憐なが生まれてきたのは奇跡だな」

「可憐も何もあなた、ミルキットの顔を見たこと無いでしょう?」

「雰囲気でな」

「まあ、フラムがべた惚れってことはそっちも中々なんでしょうけど……」

「イーラも見たことが無いのか?」

「私どころか、フラム以外は誰も見たことないんじゃないの?」

実はエターナも一度だけ見たことがあるのだが、それでも一度だけだ。

當時のミルキットは14歳で、今とは違う。

謎多き彼の素顔は、コンシリアで発行される新聞でも度々取り上げられており、中には風呂場を覗いて明らかにしようとした記者もいたほどだ。

まあ、すぐに家付近に待機していた兵に見つかり連行されたのだが。

「一度ぐらいは見てみたいものだな」

「見る機會があっても、見ないことをおすすめするわ」

「イーラ一筋の俺が、彼に惚れるとでも思っているのか?」

「違うわよ、バカ」

イーラの人差し指が、スロウの額を小突いた。

「たぶんミルキットは、自分の顔をフラムしか知らないって部分にこだわってんのよ。こういうの、被支配って言うのかしら」

「獨占されたがっているわけか」

「そういうこと。だからそっとしておいてあげなさい」

なんだかんだフラムと付き合いの長いイーラは、彼のいない間、ミルキットを頻繁に気にかけていた。

っこの部分で面倒見がいいというか、姉さん気質というか――スロウが惹かれたのも、そういった部分なのだろう。

◇◇◇

混沌なる夜が明ける。

甘い夢から覚めると、空っぽの現実が待っている。

……今までは、ずっとそうでした。

四年の間、最初のうちは辛くて、朝が來るたびに涙を流したものです。

いつの間にか、そんなのない目覚めにも慣れてしまいましたが。

ですが――今は、そこにご主人様がいます。

寢息が聞こえるぐらいすぐそばに、幸せそうに目を閉じる、最の人の姿が。

「ご主人様……」

れたら消えてしまうのではないか。

そんな恐れから、私はその頬に手をばしました。

ふにゅりと、暖かくてらかい、けれど弾力のある

ああ、本當にいるんだ――そう思うと、自然と目が潤んできました。

再會はとっくに済ませたはずなのですが、こうして共に朝を迎えてみると、また違うがあるものです。

「おはようございます、ご主人様」

私がそう言うと、ご主人様の口元がふにゃりと緩みました。

まだ起きていないと思うのですが、夢の中まで聞こえているのかもしれません。

ああ……それにしても、なんてかわいらしい寢顔なんでしょう。

いつも凜々しくて優しくて頼りがいがあって、見ているだけでがぎゅーってなるんですが、今はまた別の魅力があります。

ギャップ、っていうんでしょうか。

ご主人様はかっこいい部分とかわいい部分が混ざり合ってて、どっちか片方でも好きになるには十分すぎるぐらいなんですけど、どっちもあるんで、見るたびにどんどん好きになっていって、好きになっていって。

というか、ご主人様はご主人様なので、かわいいとかかっこいいとか関係なしに、好きなんですけどね。

それはそれとして、とにかく寢顔が素敵なんです。

四年前――戦いの中で苦しんでいた頃よりも、心なしかその表は安らいでいるようにも見えます。

ずっと、いつ命を狙われるかわからない狀況にあったんです、きっと眠っていても安心できなかったんでしょう。

でも今は無防備で、警戒なんて微塵もしていなくて、だからこそ……もっと、かわいく思えて。

ご主人様はよく私の顔を見て綺麗だとか可いだとか言ってくれますが、全然、かないっこありません。

世界一です。

私のご主人様は、どこをとっても世界一なんです。

理想的すぎて、そんなご主人様が私の隣にいる現実が都合がよすぎて、作りなんじゃないかって疑ってしまうぐらいに。

まぎれもなく私の理想。

いえ、そもそも私の中にある理想という概念そのものが、ご主人様のために作られたものです。

出會うまでは存在しなかったのですから、ご主人様の全てが理想的であるのは當然のことではないでしょうか。

はあぁ……ダメです、見てるだけでくらくらして、が熱くなってきました。

心臓がバクバク言ってます、もっともっとりたいって本能が訴えてます。

我慢しきれず、私は足を絡めました。

のほんのり冷たいじて、さらにどくんと心臓が跳ねます。

それでも起きそうにないので、私は大膽に、膝のあたりまでれ合わせてみました。

「んぅ……」

ご主人様のが、聲を鳴らします。

私はぴくりと震えて驚き――ですがまだ、起こしてはいないようです。

一安心。

本當は太ももまで絡めてしまいたくて、もっと言えばぎゅって抱きしめたいんですけど、さすがにそれは起こしちゃいますよね。

……というか、昨日、私どうやって寢たんですっけ。

そういえば、パーティで料理を食べたところまでしか覚えていません。

確か、お酒を飲むことになって……そこから、ぷつりと記憶が途絶えていました。

著替えたはずもないのに、いつの間にか寢間著になっていて。

パーティ會場の片づけをした覚えもありませんし、一、何が起きたんでしょうか。

うむむ……ご主人様に迷をかけていなければいいんですが。

本當は、昨日の夜に、いろいろやりたいことがあったんですけどね。

まずは包帯を外してもらって、四年ぶりに、私の姿をご主人様にさらして。

ご主人様がいない間も、誰にも見せたことはありません。

だって私のは全てご主人様だけのものなんですから。

見ていいのも、っていいのも、全部。

ご主人様は『こんなに綺麗なのにもったいない』って言ってくれますが、そんなことありません。

私はご主人様の所有

あなたが綺麗だと言ってくれるのなら、余計に、この顔はあなただけのものでなくては。

実を言うと、それも自分のためなのかもしれませんが。

だってドキドキしませんか?

顔も、も、何もかも――自分という存在が、好きな人のためだけにあるって。

離れていても、ただそれだけで、支配されている、所有されているっていう実があって。

だから私は、これから一生、ご主人様以外の誰にも素顔を見せるつもりはありません。

……あ、病気とかになったら、それは別ですけど。

でも、できる限りは。

「ミルキットぉ……」

ご主人様は甘い聲でそう言うと、もぞりとき、私の元に近づいてきました。

溫を直にじて、さらにドキドキ、バクバク。

私の名前を呼んだということは、夢の中にも私はいるんですか?

あなたの心のそんなに深い部分まで、り込めていますか?

私はご主人様に出會うまでずっと空っぽでした。

けれど今は、で満たされています。

全てはあなたに與えられたもの。

私はご主人様から得たく、ただそのためだけに生きる存在。

親しくしている人もいますが、他者に向ける存在も、またご主人様に與えられたもの。

一方でご主人様は、私以外にも、いくつも大切なものを持っています。

ご両親だったり、故郷のお友達だったり、エターナさんやキリルさん、インクさんをはじめとする仲間やお友達――沢山の人から向けられる想いや、そしてこれまでの月日がご主人様を作り上げたのです。

だから、その全てを私で染め上げることはできません。

それを“寂しい”とは思わないんです。

だって、そういうご主人様だからこそ、私をの當たる場所まで引き上げてくれたんですから。

でも、心のうち、できるだけ大きな範囲を私のものにしたいって思ってしまうのは、をしている人間としては避けられないです。

の程知らずの獨占

きっとあなたなら許してくれるだろう、という甘えから來るわがまま。

私はこの求に抗えません。

だから、しでもあなたの中に私の存在を見つけられたら、バカみたいに喜びます。

「んうぅ……ミルキットぉ……どこぉ……」

「ふふふ、それは私のセリフですよ、ご主人様」

ずっとあなたの帰りを待っていたのは私の方なのに。

でもきっと、私にはわからない辛さが、ご主人様にもあったんでしょう。

私は布団の下でそっと手を握って、指を絡めました。

「私は、ここにいますよ」

そう言うと、ぱちりとご主人様の目が開きました。

「……」

「……」

私の顔をじっと見つめます。

そのまま、私たちはじーっと見つめあいます。

寢てるご主人様もかわいいですけど、やっぱり起きているときが一番ですね。

このまま、何時間だって見ていられそうです。

でもせっかくなら、聲が聴きたい、言葉をわしたい、心を通じ合わせたい。

「おはようございます、ご主人様」

「んへへ。おはよ、ミルキット」

にへっと笑うご主人様。

釣られて微笑む私。

ただの朝の挨拶なのに、ここ四年でじたことのない幸福がを満たします。

どうやらそれはご主人様も同じだったらしく、さらに「えへへー」と力した笑みを浮かべると、そのまま私のに顔をうずめました。

「ど、どうしたんですかご主人様」

「寢て起きたらミルキットが目の前にいて、うれしすぎて我慢できなかった」

そんなの私だって一緒です。

今だって、ご主人様のじて、とても満ち足りています。

「やばい……このまま二度寢しちゃいそう……」

「いいですよ、私はずっとここにいますから」

「うう、甘えちゃいたいけど……やることあるし、起きる」

「やること?」

「まだミルキットの顔を見れてないもん。本當は昨日のうちにやりたいと思ってたんだけど……あんなことになっちゃったから」

ご主人様は苦笑いを浮かべました。

あんなこととは一、何が起きてしまったんでしょう。

「実は私、昨日の夜なにがあったのか覚えていないんです。どうして私はここに寢ていたんですか?」

「んっとぉ……私とエターナさん以外がすっかり酔っぱらっちゃって、最終的にみんなを二階に運んでベッドに寢かせたの」

その過程がすごく気になります。

ですがこのご主人様の表、そしてあえて飛ばしたあたりを見るに、聞かない方がいい容なんでしょう。

私も忘れることにします。

そうした方がいいような気がするんです。

「まあ、昨日のことは忘れるとして! 早く包帯を外して、ミルキットの顔を見せて? ね?」

よっぽどご主人様は私の顔が見たいようで。

私としても素顔をご主人様の前に素顔をさらす日を心待ちにしていましたから、むところです。

ひとまず布団から出て、改めてベッドの上に膝をついて座り、私たちは向き合います。

そしてご主人様の手が私の首の後ろに回り、結び目を解こうとしたところで――

「あっ」

私は聲をあげました。

「ん? どうかした?」

ご主人様の顔が間近にあることで、ふいに思い出したのです。

そういえば、まだ大事なことを済ませていない、と。

「あの……おはようのキスは、しないんですか?」

いざねだってみると、割と恥ずかしくて、もじもじしてしまいます。

キスは何度もしてきたはずなんですが。

「包帯を取る前がいい?」

「取ったあとだと、別のキスになりますから」

「別のキスなんだ……」

微妙な違いがあるんです。

それに、今のうちにキスをしておけば、なくとも二回はできるわけじゃないですか。

お得です、これはぜひしておくべきです。

「じゃあするね」

「はいっ」

思わず聲に嬉しさがあふれてしまいました。

仕方ありません、実際に嬉しいんですから!

ご主人様の顔が私に近づき、首を傾け角度を調整して、ふわりと――甘くすぐったいが、私のれました。

「おはよ、ミルキット」

そして、爽やかに微笑んでそう言うのです。

寢起きでそんな顔を見せられて、ときめかないわけがありません。

私は頭がぽーっとなって気づいたらまた、ご主人様と顔を近づけていました。

「ほんと積極的なんだから」

ご主人様はどこか嬉しそうにそう言って、私からのキスをれます。

今度はし強めにを押し付けて、時間も長めに、たっぷりとお互いのを確かめて。

顔を離すと、お互いに目がとろんとしていました。

これ以上やると線してしまいそうなので、目覚めのキスはここまで。

今度こそご主人様は結び目に手をばし、包帯を外していきます。

最近はずっと自分で変えていたので、人に変えてもらうのは久しぶりです。

まるでがせられるように、私のが外気にれるにつれて、心臓も高鳴ります。

たまにご主人様の手が私の顔に當たったりすると、思わずぴくりとを震わせてしまいました。

ただ、顔を見せるだけなのに。

「あ、あはは……」

私の顔を見て、ご主人様は笑いました。

一瞬、不安が私の脳裏をよぎります。

四年経った私の顔を見て、がっかりしたんじゃないか、って。

「こんなに人さんになってるなんてずるいよ、ミルキット」

でもそれは杞憂でした。

思えば、ご主人様が私にそんなことを言うはずがありませんもんね。

でも――お世辭なんかじゃなく、本気で言ってくれてるっていうのはわかってます。

よかった。

他の誰にどう言われようが興味なんてありません。

ご主人様さえ好いてくれれば、それで。

「お気に召していただけましたか?」

「當然! 今まで見てきた誰よりも綺麗だよ。見てるだけで、心臓がうるさくってかなわないんだから」

そういって、ご主人様は私の手を取り、に當てました。

確かに、どくんどくんって激しく鼓しています。

でもそれより、私としては、ご主人様のらかなが手のひらにじられて、そっちの方に気を取られているんですが。

「わかる? 世界で一番綺麗なの子が私の人なんだ、って喜んでるんだよ、これ」

「わかります、私と一緒です。世界で一番素敵なご主人様が私の人だって、いつもドキドキしてますから」

「相思相だねえ、私たち」

「ですね」

見つめあって、笑いあいます。

ちょっと心配になるぐらい、私たち、想いあってます。

「こんなに好きになっちゃったら、離れらんないね」

「ですね」

「手始めに、今日は一日中、ずっとくっついてよっか」

「ご主人様さえよろしければ、私もそうしたいです」

今日ぐらいは、みなさん許してくれると思います。

だからそうしましょう。

一時も離れずに、ずっと、あなたのぬくもりをじる一日にしましょう!

「そうと決まればまずは――」

ぐいっとご主人様が顔を近づけます。

「おはようのキスとは違うキス、しないとね」

私もそっと、ご主人様の腰に手をまわしました。

「これは、何のキスになるんでしょう」

「“してる”のキスじゃない?」

それは大変です。

そんなをキスで表そうとしたら、キリがないじゃないですか。

深くて、長くて、溺れてしまうような――そんな、キスになるにきまっています。

「ミルキット……」

「ご主人様……」

寄せられるは半開きで、その向こうに唾でぬらりとてかる、艶めかしい舌が見えました。

それが私のと絡むことを想像すると、生唾を飲んでしまうほどは反応して、火照って。

そしていざ実際にを重ねると――想像の何倍も、覚は強烈でした。

四年間ためにため込んだ発して、目がちかちかして、頭が真っ白になるような。

ただキスをしているだけなのに、を重ねるのと同じぐらい背中をのけぞらせて。

いつの間にか私はご主人様に組み敷かれていました。

求められている。

が押し付けられている。

らしくない獣じみたがぶつけられることに、私はさらなる高まりをじていました。

あぁ、ご主人様も待ちんでいたのだな、と。

はっきりとした共鳴の証明を手にれた歓び。

しばらくすると、気づけば私がご主人様を押し倒していたりして。

私が押し込むを、ご主人様は汗ばむ額に前髪を張り付けながら、笑みすら見せれるのです。

あぁ、なんて、狂おしく、おしい――

私たちは絶え間なく求めあって、熱を換して、歓させました。

とどまることを知らずに膨らみ続ける

淺ましさ、貪さを“不潔だ”と忌避するラインはとうに過ぎています。

重ねるたび、さらにその線は遠ざかっていって――私たちは恥心すら捨てるのです。

獣でもいい。

みっともなくたって構わない。

いや、むしろその汚らわしさすら、今はおしくじられました。

◇◇◇

ずずず、とエターナはお茶を啜った。

一見して落ち著いた朝の景に見えるが、天井からはギシギシと音が鳴っている。

耳を澄ませば、誰かさんの甘い聲まで聞こえてきた。

今まで微笑ましく見守ってきた二人の人の、生々しい一面を見せられてエターナは――特に取りしたりはしなかった。

いずれこうなるであろうことは想像に難くなかったからだ。

ゆえにいつも通り、に乏しい顔で、ひたすらお茶を飲み続ける。

しかし、視線はじっと虛空を見つめている。

どうやら、何かを考えこんでいるようだ。

「……リフォームを、考えるべきかもしれない」

そう、ぼそりとつぶやいた。

フラムの帰る場所を殘すため、この家は可能な限り改裝しないようにしてきた。

だが、全面改修はしないにしても、最低限防音設備ぐらいは必要になりそうだ。

音を聞き、苦いお茶で口を潤しながら、「出費がかさむ」とエターナはぼやくのだった。

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