《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》閑話4-3 理想と現実

ジェリルに連れ去られたインクは、地下跡らしき空間で暴に投げ捨てられた。

その両手は、キマイラが吐き出した蜘蛛の糸で縛られており、自由にくことはできない。

(まだ……王國が把握しきれてない跡が殘ってたなんて)

四年のうちに調査が進み、その全貌は明らかになりつつあった。

だが、迷路のようにり組んだ地下跡には、まだ調査れがあったのだろう。

そこを神の脈は城にして、コンシリアで破壊活を繰り返していた。

跡という割には生活に溢れており、隅のほうには食料や類などが積み上げられていた。

しかし他の人間や魔族の姿は無い。

「誰もいないのはねぇ、全員がこの聖戦に參加してるからだよぉ」

聞いてもいないのにジェリルは答えた。

インクは無視したが、それでも彼は話を続ける。

「キマイラと融合に功した兄妹・・もたくさんいてぇ、もちろん構員もいるからぁ、もっとたくさんの人が・・に參加してるんだけどぉ」

インクの眉がぴくりとく。

彼は今――“”と言ったか。

「そりゃあねぇ、こっちが本命だからさぁ。わかるでしょ? シンボル。オリジン教における教皇やぁ、聖みたいなものぉ。宗教にはぁ、決まってそういうのが必要なんだよぉ」

「あたしはあんたたちに協力なんてしないっ!」

「別にぃ、それでもいいよ? 意思とか関係ないしぃ」

そう言って、ジェリルはインクの首っこを摑んで引きずり移する。

部屋の奧にある重厚な扉を開くと、その向こうから腐ったような臭いが溢れ出してきた。

思わず顔をしかめるインク。

そして怪しげな緑のに包まれた室に、彼暴に投げ捨てられる。

「あうっ……」

地面に叩きつけられ転がるインクは、とある人の前で止まった。

「ようこそ、インク・リースクラフト。私はディード、知っての通りディーザ様の息子さ。君を待っていたよ」

髪の長い魔族の男――ディードは、両手を広げて彼を歓迎する。

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後にも先にも、ディーザが直接名前を付けた子供は彼だけだろう。

顔を見てみれば、目つきや鼻筋がよく似ている。

母親はディーザお気にりの生徒で、彼が時に可がられていたのは、それも理由の一つなのかもしれない。

インクが彼を見たとき、真っ先にじたのは生理的嫌悪だった。

言うなれば、昔のジーンにさらにねちっこさを足したような不快さ。

すぐさま憎悪のこもった視線を向けるインクだったが、すぐに彼の背後にあるものに気づき、戦慄する。

「わかるかい? あれは、次なるオリジン様さ」

ディードは薄ら笑いを浮かべ言った。

オリジン――すなわち、壁にぶら下がっているのは人のであった。

だがオリジンの一部に取り込まれていた人間とは違い、若干腐敗している。

はりつけられた人は一だけではなく、無數に――部屋の壁をびっしりと埋め盡くしていた。

その脳と脳は錆びたパイプで繋がれており、時折その口から小さなうめき聲が聞こえてくる。

「こ……こんなもの……っ」

「作ったってオリジン様は蘇らない、かい? 違うよ、インク・リースクラフト。あれは神ではあったが、元はただの施設だ。システムだ。人類に恵みを與えるための、エネルギーを生する道にすぎない」

「どういう、こと?」

「その気になれば、また作れると言っている。私たちの父、ディーザ様がこういうことも・・・・・・・あろうかと・・・・・用意しておいた、この――」

インクの前から離れるディード。

彼は床に置かれた本を持ち上げ、見せつける。

「オリジン様の設計図があればね」

あくまでそれは、生前のディーザがオリジンの設計を解析し、書き記したものにすぎない。

ゆえに、本來の設計図とは異なる點もあり、完全とは言い難いが――だがそれでも、劣化しているとはいえ、オリジンもどきの裝置を作ることはできた。

「だがこのオリジン様には魂が足りない。神を神たらしめるのは、どこまでも自己中心的な、神に相応しい人格があったからだ」

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「あれにあたしを組み込もうとしてるの? だとしたら無駄だから。むしろあたしがあれを乗っ取って、お前たちを殺してやるっ!」

「わかっているさ、それが不可能なことぐらい。別に君自に用があるわけじゃないんだ」

ディードはしゃがみこむと、インクの頬に人差し指でれる。

そのまま顎をで、首を通り、服の襟に引っ掛け――力を込めて、シャツを切り裂いた。

元が開き、年齢の割には背びした下著があらわになる。

「大人ぶりたいお年頃か」

「黙れ変態っ!」

インクは涙目で怒鳴りつける。

屈辱だった。

こんな男に見られるために、とっておきの下著を選んだわけじゃないというのに。

「まあ、要するに私がしいのは君のに染み込んだ、オリジン様の力というわけだ。生まれてすぐに心臓とコアを取り替えられた螺旋の子供たちスパイラル・チルドレン。そのに殘った殘滓は、キマイラたちの比ではない。それを――搾り取る」

「どう、やって?」

「文字通りだよ。まずは不要な心臓や皮、爪、髪などを切除する。その後、殘った、骨、臓を細かくすりつぶして狀にし、そこからオリジン様の力だけを出するんだ」

そう語るディードは、どこか楽しそうだ。

対照的にインクの顔は恐怖に引きつっていく。

「人の意思とは脳だけに宿るのではない。臓や骨、にも宿る。ならば元は人間であったオリジン様も同じだと考える。出されたオリジン様の力には、彼の意思が宿っているはず。それを大事に育て上げ、再誕させるのさ。文字通り、第二のオリジン様をね」

息継ぎもれずに続けざまに語る。

その途中、彼は一度も瞬きをしなかった。

瞳には不気味な狂気を宿して、頬を赤らめ興している様子である。

「オリジン様が復活したとなれば、再び彼を信仰する者も現れるだろう。喜ぶがいい、インク・リースクラフト。これまでは君がオリジン様の一部だったが、今度はオリジン様が君の一部になるんだ。そうだ、聖母として書に名前を殘そう、それがいい! 君はオリジン様の母、そして私がオリジン様の父。ははは、夫婦になってしまったね、いっそ生きている間に誓いの口づけでもしておくかな?」

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「も……もう聞きたくないっ! エターナ、助けてよっ、エターナぁぁぁっ!」

あまりのおぞましさに、思わずインクはんだ。

もちろん聲が彼に屆くことはなかったが、しかし名前を呼んでいる間は、しだけ気が紛れる。

「冗談だよ、そんな子供のように泣くことないじゃないか。しかしどうだろう、これは考えようによっては、君への救いにならないだろうか」

必死で首を振るインク。

拒絶しているのか、はたまた恐怖のあまり思わず取ってしまった行なのか、本人にもわからなかった。

「どうあがいても君のは人でなしだ。人にはなれない、普通などもってのほか。聞けば、君は被験者としても出來損ないの役立たずだったそうじゃないか。つまり、その存在価値は、オリジン様の力を蓄えるためだけにあったんだよ」

「ち、違う……あたしはっ!」

「だからエターナ・リンバウもれない」

「っ……」

「君の想いが遂げられないのは、君がっこの部分で人ではないからさ。わかりあえないんだ、どうあがいたって」

インクには過去、そういう経験があった。

マザーや他のチルドレンたちとともに、施設で暮らしていた頃の話である。

第一世代チルドレンであった彼は、第二世代との間に、心や言葉では埋められない隔絶をじていた。

だから施設を飛び出し、フラムの家に住み著いたのだ。

それと同じことが、今また起きている。

「あ、あたし……は……エターナと、一緒、に……だって、さっきも、助けてくれて……」

「しかしそれまでだ。そのあと、まさか都合よく自分の想いをれてくれると思ったわけではあるまい? 結局は同じことの繰り返しさ、彼のもとに戻ったところで、葉わないし、報われない」

「そんなことない……そんなことないもんっ!」

その言葉に、拠なんてない。

実際、エターナにはこっぴどく振られ、拒絶されたばかりなのだ。

は優しい。

インクに心臓と目を與えてくれた。

右腕を失っても見捨てなかった。

だから今回も助けてはくれるだろう。

しかし問題はそのあとである。

いや、全てはインクが我慢をして、気持ちを封じてしまえば解決することなのだが――それで終わる、思春期にありがちな一時の気の迷いなら、四年も続くはずがない。

「健気なことだ」

ディードは優しい口調で言うと、床に置いてあった半分錆びたナイフを手に取る。

「まあ、未來のことを話しても仕方ない。どうせ皮を剝がれてすり潰されて死ぬのだから」

「ひっ……ひいぃ……」

をよじって離れようとするインクだったが、逃げられるはずもない。

祈るように「エターナ助けて」と何度も何度も繰り返す。

そんな彼に向けて、ディードは冷たく言い放った。

「助けなどこない。英雄を超える力をもった十の適合者と、自らの命を厭わぬ百の構員によって、コンシリアに混沌が訪れる。王都が崩壊したあの日の慘劇が、再現されようとしているのだ。誰も彼も、そちらの対応で手一杯さ」

◇◇◇

地面が揺れ、大聖堂のほうから大きな発音が響き渡る。

それに反応して、泡立てを握るキリルの手のきが思わず止まった。

そして大きなため息をつく。

「またあいつら……」

神の脈の仕業であることはすぐにわかった。

ジーンの実験が失敗した可能も考えられたが、それなら発するのは王城なはずである。

フラムが不在になる時點で、彼らがなにかしら行を起こすだろう――と誰もが警戒し、実際兵士も多めに配備されていたはずなのだが、その網もくぐり抜けたということか。

同じく泊まり込みで修行していた同僚たちはもちろん、店主――つまりキリルの師匠も、窓から外の様子をうかがっている。

も窓に近づくと、大聖堂から煙が上がっているのが見えた。

大聖堂部での犯行――それは容易なものではない。

當然、警備も厳重だし、なによりあそこには一流の使いたちが揃っているのだ。

は不可能。

となれば、部の裏切り者による犯行と考えるのが自然だろう。

オリジン教の影響を完全に消し去るのは難しい、とセーラも悩んでいた。

神の死をれられない何者かが、神の脈にそそのかされ、弾を仕掛けたと思われる。

街を歩く人々も足を止め、ざわついている。

キリルはもう自らの意志で戦いに赴くつもりはないが――これは話が別だ。

コックコート姿の彼だが、エピック裝備はなおも健在である。

師匠に聲をかけ外に出ようとするキリル。

しかし、その直後に激しく地面が揺れた。

「きゃあぁぁぁあっ!」

「な、なにっ、地震!?」

「落ち著いてに摑まれ!」

店の中もにわかに騒がしくなる。

同僚たちは甲高いび聲をあげ、しゃがみこんだ。

一方でキリルはその場に両足で立ち、冷靜に周囲を警戒する。

異変が起きたのは外だった。

と同様の揺れに襲われた通りでは、人々が怯えとどまっている。

その足元が、突如隆起した。

「……來る!」

ぞくり――と背筋が冷たくなる殺気をじたキリルは、コック帽を置いて窓を開き外に飛び出した。

そして著地と同時に、全の裝備を裝著。

剣、篭手、鎧、ブーツ、グリーブ――全に白銀を纏い、現れる敵を迎え撃つ。

逃げながらも、人々はさっそうと現れた勇者に歓喜した。

しかし喜びもつかの間、その聲はすぐにまた悲鳴に変わる。

大量の土を巻き上げながら、巨大なモンスターが地中から這い出てきたのだ。

(敵は二匹……この見た目、飛竜型と人狼型?)

キリルの知るものとは微妙に形が違うが、間違いなくそれはキマイラだった。

フラムから生き殘りがいることは聞いていたが、神の脈が、それをるほどの力を持っていたのは初耳だった。

グオォォオ――と咆哮を轟かせる飛竜型。

人狼型はその肩の上に立ち、キリルを見下ろしていた。

「ブレイブッ!」

は迷いなく、その魔法を発させた。

ステータスが約三倍まで跳ね上がる。

ケーキ屋で修行をしているとはいえ、キリルにだって多長はある。

すべての能力値は24000近くにまで上昇し、敵をかろうじて・・・・・上回る。

そう――それでもギリギリなのだ。

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クーザ

:風

筋力:23331

魔力:18523

力:24163

敏捷:20732

覚:19234

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ミレイ

筋力:16234

魔力:23174

力:13675

敏捷:26832

覚:16821

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飛竜型、人狼型ともに、信じられないほど高いステータスを誇っている。

一人ならともかく、これを二人同時に相手するのは、いくらキリルでも厳しい。

だからこそ、神の脈は確実に潰すために二人よこしたのだが。

(にしてもこの名前、なに? クーザとか、ミレイとか、キマイラじゃない?)

モンスターならば、種族名が表記されるのが普通だ。

しかしこれではまるで、魔族の名前のようではないか。

キリルがそう思っていると、飛竜型の頭上から上半の男がずるりと現れる。

同時に、人狼型の顔がぐにゃりと歪み、青いのものに変わった。

「審判のときだ、勇者よ。愚かな民とともに死ぬがよい」

男――クーザは低い聲で言い放つ。

仰々しい言いだ。

自分に酔った人間にありがちな、いかにもな言い回しに、キリルは思わず笑ってしまった。

「はっ、オリジンが死んだのをれられなくて、駄々をこねてるだけのくせに」

「あなたにお兄ちゃんのなにがわかるって言うの!?」

激昂するミレイ。

どうやら二人は兄妹のようだ。

キリルにとっては、心底どうでもいいことだが。

「ここでみんなを殺したってオリジンは蘇らない」

「いいや、蘇る。次代のオリジン様が、もうしで生まれるのだ」

「現実逃避しすぎて、ついに夢との區別がつかなくなったの?」

「それはこっちのセリフ。オリジン様は蘇るし、あんたはここで死ぬの! お兄ちゃん、やっちゃって!」

妹はキリルを指差し、クーザが手を前にかざした。

「トルネード・イリーガルフォーミュラ」

放たれる渦巻く風。

同時にワイバーンの口から炎が吐き出され、紅の旋風となってキリルに迫った。

“シールド”を発し防ごうとした彼だが、それでは流れ弾による犠牲者が出ることに気づく。

慌てて剣を前に突き出し、

「ブラスターっ!」

まばゆいの帯で、敵の攻撃を打ち消すことにした。

ゴオォォオオオッ!

空中で衝突し、激しい衝撃波に、まだ逃げ切れていなかった一般人のが吹き飛ばされる。

見た限り死者はいないが、怪我人は避けきれないだろう。

キリルの意識が民衆に向いている隙に、ミレイは素早く彼の背後を取った。

「オーラ!」

「きゃあっ!?」

キリルはすかさず衝撃波を放ち、ミレイのバランスを崩す。

振り向きざま、よろめく彼に刺突を繰り出した。

「まだよ、シャイニィング!」

直後、まばゆいによって視界が純白に染まる。

が消えても明かりは焼付き、目が使いものにならなくなってしまった。

「テンペスト・イリーガルフォーミュラ」

「フォトンフューリー・イリーガルフォーミュラっ!」

クーザとミレイが大魔法を繰り出す。

一方は巨大な竜巻、もう一方は無數のの粒子――どちらも広範囲に影響を及ぼすものだ。

(私にトドメを刺そうとしてる?)

そう考え構えるキリルだが、先ほどまで絶え間なく向けられていた殺気を、今はじない。

(狙いは私じゃない……まさかっ!?)

ひるませる間に、あの二人はなんの罪もない民衆を殺そうとしているのだ。

最初に比べればかなり散ったが、それでも魔法の範囲にはまだ多くの人間と魔族が殘っている。

このまま魔法が発すれば、犠牲者はそれだけで三桁――ひょっとすると四桁に到達するかもしれない。

「こういうの私、向いてないんだけどな」

自己犠牲はフラムの専売特許だ。

だが今は、やるしかない。

嫌々ではなく、そうするべきだと、自分の意志で思っている。

だがそれは、『みんなを守りたい』などという正義に満ちた理由ではない。

フラムに嫌われるのがいやだとか、お店がボロボロにならないでほしいだとか――個人的なものばかりなのだ。

だがそれでいいと思う。

無理をして勇者ぶるよりも、よっぽど気持ちが楽だ。

まだまともに目も見えないが、二人の放った魔法が徐々に範囲を拡大しているのはじられる。

キリルは地面に剣を突き立てると、“オーラ”と似た要領で魔力を発散させ――ある程度まで広がったところで、留める。

「プリズンッ!」

クーザ、ミレイ、そしてキリルの周辺が、半球形のドームに包まれる。

テンペストもフォトンフューリーも、ドームを形する明のれると、それ以上、外に広がることはできない。

逃げる人々は救われた。

しかし、“プリズン”は魔法の威力を減衰させるものではない。

切り取られた空間の中で、さらに度を増して暴れまわるのである。

「愚かな、自分で自分を追い詰めるか」

「自己犠牲の神ってやつね。勇者らしくて泣けるわ」

徐々に視界は回復しつつある。

だが見えないほうがよかったかもしれない。

間を抜けられないほど集したの粒がキリルに迫る。

逃げようにも荒れ狂う風で思うようにきが取れない。

萬事休す。

クーザとミレイは勝利を確信し、兄妹らしく似た笑みを浮かべる。

そんな彼らを見てキリルは思った。

(テロリストなんかにならなければ、今の世界なら幸せに生きられただろうに)

つまり、自分が死ぬとはとも思っていない。

はまだ、本當の力を見せていないのだ。

ならばなぜここまで出し渋ったのかと言うと――これもまた、非常に個人的な理由なのだが、

(あーあ、ただでさえブレイブでがきついのに、こんなことしたら三日は起きられないんだろうな)

ということだ。

フラムの故郷、パトリアまでは順調にいけば馬車で三日。

往復で六日。

滯在期間は五日と言っていたから、戻ってくるまであと十一日。

その間に、準備・・を済ませなければならないのだ。

そのための合宿だった。

だというのに、こんなくだらないやつらの相手で三日も潰されるなんてまっぴらごめんだ。

しかし、仕方ない。

フラムが戻ってきたときに、街がめちゃくちゃになっていたら、それ・・どころではないだろうから。

「終わりだ、罪深き偽りの勇者よ」

「切り刻まれて、弾け飛んで死になさぁいっ!」

嵐は無數の風の刃を包し、人などたやすく切り裂く力で勇者に迫る。

れた瞬間に炸裂し、あらゆるを消滅させるほどの威力をめて勇者を囲む。

キリルは――剣を両手で握る。

真っ直ぐ垂直に立てられた銀の刃に、リラックスした彼の表が寫り込んだ。

葛藤の末に得た真理は、『好きなように生きること』。

キリルは勇者ではあるが、それは彼の人生を縛る枷ではない。

などしょせんは道でしかないのだ。

勇者の力を使って悪になってもいいし、お菓子屋さんになったって構わない。

それに気づいてしまえば、心はどこまでも軽くなる。

魔力とは、に左右されるもの。

以前と異なる心の在り方を得たキリルは、新たな魔法の形、新たな可能を得たのである。

ぶっつけ本番だが、勝手・・はブレイブと一緒。

なら、失敗する心配もない。

「ブレイブ・リバレイト」

ゴオォウッ!

“オーラ”を発したとき以上の力の奔流が、プリズンの部に吹き荒れた。

それはクーザの巻き起こす嵐をかき消し、ミレイの放ったの粒を一瞬にして消し去った。

キリルのは、いつになく軽かった。

まるで心の変化が、そのままにも反映されたかのようだ。

に記憶は無いが、フラムと戦ったとき、キリルが“螺旋覚醒”という魔法を使ったことは話に聞いている。

それはブレイブのステータス上昇に上乗せして、さらに數倍に能力を引き上げたのだという。

仕組みはそれと同じだ。

クーザとミレイはキリルのから発せられる圧倒的な力に困し、反的にスキャンを発した。

--------------------

キリル・スウィーチカ

:勇者

筋力:83152

魔力:86421

力:81729

敏捷:86728

覚:81058

--------------------

そして絶する。

「なんだ……その力は」

「私たちはキマイラの力を使ってようやくここまで來たっていうのに……それを越えていくの!?」

「なんと不公平なことか、神は我らを救わなかったというのに」

「大した苦労もせずに、ただ偶然、生まれたときに勇者の力を持ってたからって!」

を越えて、彼らはキリルに憎悪を向け始めた。

妬み、嫉み――二人を突きかすのはそんなだ。

どんな不幸が、彼らの過去にあったのかはしらない。

おそらくディーザの子供なのだろうが、彼のせいで家庭がめちゃくちゃになったのかもしれない。

だが、キリルにはこれっぽっちも興味がなかった。

は二人を哀れみ、苦笑する。

「そんなことを言われても困る。こんな力があったって幸せになれるわけでもないんだから」

「力があるからこそ、持っているからこそ、そんなことが言えるのよ!」

「でも、力がなくてもうまくやってる人はいるよ。あなたたちも神の脈なんかにらなければ、それなりにやれてたんじゃないかな。というか、もしかして馴染めなかったとか?」

「黙りなさいよ、溫室育ちの世間知らずがぁぁぁっ!」

のかけらもない醜い面で、ミレイは地面を蹴りキリルに迫った。

「ジャッジメント・イリーガルフォーミュラ!」

同時にの剣を作り出し、真正面から出する。

わけのわからない魔法で強化されたのかもしれないが、ご自慢の敏捷ならば圧倒できる――キリルはミレイから、そんな過信をじた。

目にも留まらぬ速度でキリルの背後を取り、爪で心臓を狙う。

前方にはの剣、後方からは鋭い爪撃。

隙のない、一人挾み撃ち。

「もらったぁっ!」

キリルはその攻撃が命中する直前までかなかった。

ミレイはそれを『反応できなかった』と判斷したようだが、それは違う。

反応する・・・・必要がなかった・・・・・・・のである。

キリルはの向きを90度変えると、右手での剣をけ止め、左手でミレイの腕を摑んだ。

普通ならどちらも、腕ごと弾け飛ぶ威力だ。

しかし今の彼にとっては、軽く指先で突かれた程度の威力である。

つまり、無傷。

むしろ、うかつに接近してきた敵の腕を拘束することに功した。

「とりゃっ!」

キリルはボールでも投げるように、ミレイのを、クーザに向けてぶん投げた。

「あ――」

瞬間、ミレイの意識がかき消えた。

あまりの速度に、脳が耐えきれなかったのである。

そしてそのまま、彼が目を覚ますことはなかった。

は弾丸と化し、飛竜型のに直撃したのである。

「ぐおぉぉおおおっ!」

クーザはとっさに魔法でガードを試みたようだが、付け焼き刃の風の壁で止められる威力ではなかった。

ミレイは兄の腹に突き刺さると、貫通し背中から飛び出して、そのまま壁に叩きつけられバラバラに飛び散った。

キリルが思わず「うぇ」と聲を出してしまうほどの有様だったが、相手は魔族と同化しているとはいえ、あのキマイラである。

の余地などない。

「ぐ……ぬお、なんという……殘酷さ、だ……我が妹を、武にするなどと……!」

「ここにいただけの人たちを殺そうとしたやつに言われたくはないかな」

「異教徒の命とミレイの命が比べられるはずもなかろう! その罪、貴様の死をもって償えぇぇぇぇぇッ!」

を流しながらも、翼をはためかせキリルに飛びかかるクーザ。

その巨から繰り出される一撃は、の重みも加わり筋力以上の威力だ。

迫る飛竜の爪を見て、キリルは――

「はぁ……」

心底呆れた様子でため息をついた。

そして地面を蹴り、前進。

即座にクーザのの下にり込むと、

「ふっ!」

その腹を、軽く真上に蹴り上げた。

「ごがっ……! ぬ、おぉおおおおおっ!」

飛竜の巨大なが、空中高くに打ち上げられる。

そのスピードは一向に緩む様子なく、ひたすら高度をあげていくクーザ。

さらにキリルは、剣を上空目掛けて放り投げる。

「アルターエゴ・ミリオンブレイド」

がそうつぶやくと、剣は空中で無數に分し、そのすべてがなおも上昇を続けるクーザを追いかける。

「スフィアシフト」

キリルの意思に従い、剣は立的に、球の形となって敵を取り囲んだ。

そして、クーザの上昇が止まったところで――

「ブラスター」

それらすべてが一斉に、刃からを放つ。

「まっ――」

彼は『待ってくれ』とでも言おうとしたのだろうか。

明らかなオーバーキルを前に、敗北を悔しがることすらできずに、熱線はキマイラもろとも焼き盡くす。

一瞬で皮が溶け、次の瞬間にはは焦げており、さらに剎那をの時を経て、の全ては欠片も殘らず蒸発した。

仕事を終えた剣が回転しながら落ちてくる。

「よっと」

用にその柄を握ったキリルは、踴るようにくるりと回してから、鞘に収めた。

その後、「ふぅ」と息を吐いてから力を抜くと、すべての裝備が粒子となって消える。

コックスタイルに戻った彼は、特に汚れてはいないが念のため服を叩くと、どうにか無事だった店のほうを振り向く。

窓から見ていた同僚たちが、目をキラキラさせながら拍手していた。

先程までは腰を抜かしていたというのに、呑気なものである。

師匠も興味無さそうにそっぽを向いているが、間近でキリルの戦いを見られて嬉しかったのか、心なしか口元がニヤついていた。

「とはいえ、褒められるのも今のうちなんだろうけどね」

キリルはこのあとに起きることを知っている。

とりあえず店に向かってピースサインを作ると、ほぼ同時にからふっと力が抜け――彼は背中から仰向けに地面に倒れた。

無茶をした反だ。

ブレイブ自も久々だったので、その負擔は相當なものだろう。

徐々に意識が薄らいでいく。

こうして寢ていると、背中に地面の揺れをはっきりとじられる。

おそらく別の場所でも同じように戦っている誰かがいるのだろう。

しかし、不安はない。

むしろ、おそらくフラムが居ない隙に総力戦を仕掛けたつもり・・・でいる神の脈のほうが心配だった。

「みんな怒らせると怖いから、ろくな死に方しないだろうな……」

大切な人を得た者は、以前よりも優しくなれるが、同時に他のなにかを切り捨てる殘酷さも包する。

だが、特にテロリストの無事を祈る必要もないので、キリルは「まあいっか」と流した。

そして瞳を閉じる。

すると一気に眠気が襲いかかってきて、そのまま彼は意識を手放した。

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