《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》閑話4-5 そこにはあるのか
王城を襲撃する、一の獅子型キマイラ。
その化のからは、魔族の男の上半が生えている。
それを迎え撃つのはオティーリエだ。
彼は実戦を離れてから久しく、一人で化の相手をするのは厳しいはずだ。
しかし兵士たちが敵うはずうもなく、冒険者や兵士たちは街で暴れるテロリストたちの相手で手一杯。
ここを守れるのは、オティーリエしかいないのである。
しかしもう限界が近い。
彼の服はボロボロで、全傷だらけ。
の自由もきかず、気力だけで立っているようなものだった。
「わたくしは……わたくしはっ、お姉様のお嫁さんですのよぉおおおおおッ!」
彼を支えるのは、ただひたすらにお姉様アンリエット。
その顔を思い浮かべるだけで、プロポーズの言葉を思い出すだけで、ドバっと脳麻薬が溢れ出し、意識を覚醒させる。
「お姉様、お姉様……っ」
まばたきを忘れた瞳は大きく見開かれ、走った。
痛みで辛いはずだというのに、顔には不気味なほどの満面の笑みが浮かんでいた。
「お姉様、お姉様、お姉様、お姉様」
繰り返す。
そのたびに分泌される脳麻薬。
狂っていく神経。
飛んでいく意識。
今なら、いかなる不可能も可能にできるような気がした。
「お姉様お姉様お姉様お姉様おねえぇぇぇさまぁぁああああっ!」
さらにぶ。
そして――オティーリエは、自らの首を剣で切りつけた。
吹き出す大量の。
ドン引く敵。
だが、彼は意味もなく自分を傷つけたのではない。
それらはすべて、これより放たれる彼の最大にして最強の殺規則ジェノサイドアーツ発に用いられるものだ。
いや、もはやそれをそう呼んでいいのかはわからない。
アンリエットからのプロポーズをけてから今も冷めやらぬ興と、狂的なから生み出されたその技の名は、まさにそのまま――我がしき人よアンリエット。
流れたが蠢き、オティーリエの背後で巨大なアンリエットの形を作っていく。
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生まれたのはおぞましきの巨人。
しかし彼に言わせてみれば、それは“の結晶”だった。
「あぁ。お姉様……離れていても、わたくしを守ってくださいますのね!」
振り向くと、オティーリエはとろんとした目でその巨人を見つめた。
巨人も見つめ返す。
言うまでもなく、自作自演である。
あるいは、首からだらだらとを流す彼は、失により幻覚でも見ているのかもしれない。
もはや目の前の景がまったく理解できない、獅子型キマイラ。
なにはともあれ、オティーリエを殺せば彼の任務は功だ。
すでに満創痍なのは一目瞭然である。
とどめを刺すべくキマイラはき出し、そして――突き出された巨人の拳が、全を飲み込む・・・・。
の塊の中にずぶりと埋まった彼は、その部で地獄を見た。
殺規則ジェノサイドアーツの効果により、から力が抜けていく。
弛緩し、だらんとの中に浮かぶキマイラを、その中で生み出された無數の刃――すなわち蛇咬《アングイス》が襲いかかる。
前方だけではない。
四方八方から刃はキマイラを切り刻み、その様はまるでフードプロセッサーの中にれられたのようだ。
なまじ高い生命力を得てしまったばかりに、どれだけ切斷されてもなかなか死ぬことができない。
の拷問の中で彼はたっぷり苦しむと、最後は心臓を細切れにされ、ようやく息絶えた。
「はあぁ……お姉様……わたくし、やりましたわ! お姉様……を、まも……って……」
勝利を摑んだオティーリエは、顔面から地面に倒れる。
首からは、相変わらずだくだくとが流れ出ていた。
そんな彼に、戦いに巻き込まれぬよう、遠くから眺めていた回復士が近づき、傷を癒やす。
こうしてどうにかオティーリエは、一命をとりとめたのであった。
◇◇◇
一方、城にあるアンリエットの執務室。
そこは人狼型キマイラ同化となった魔族の手により、氷の室へと変えられていた。
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「敵が來ていることには気づいていたが、まさか外側から閉じ込められるとは」
オティーリエを助けに外にでようとしたところ、いきなり部屋が氷で閉ざされた。
逃げる間もなかった。
アンリエットがすっかり固まったドアに手を當てて困った顔をしていると、外から聲が聞こえてくる。
「キハハハハハッ! ねぇ、出られないでしょ? 寒いでしょお? どんな気持ち? ねえ、ねえ!」
を逆なでするようなその聲は、のものだ。
よりにもよって差し向けられたのがこんなヒステリックなとは――とため息をつくアンリエット。
「もうお前はそこから出られない。それはただの氷じゃないの、すっごく強い、鉄よりい氷なの! 殺規則ジェノサイドアーツを使ったって、絶対に逃げられないんだからぁ! キハハハハハッ、ざまあみろっ、ざまあみろぉっ!」
必要以上に煽ってくる。
その顔は、さぞいい笑みを浮かべているのだろう。
「なるほど、確かにこのまま部屋のなかにいたのでは、凍え死んでしまいそうだな」
「そう、人のはもろいから、その部屋の溫度には耐えられない! しかも逃げられない! もうおしまいだねえ、殘念だねえ!」
「ああ――殘念だ」
心の底から、アンリエットはため息をつく。
「よもや魔族たちが、私をこうも低く評価しているとはな。これでも私は將軍だ。命を賭けられるかはともかく、振るう力そのものは、ガディオとさほど大差はないと思っている」
実際、彼はガディオとライバル関係にあった。
騎士剣キャバリエアーツの達人と、殺規則ジェノサイドアーツの達人。
ガディオが“賭命”を使えば勝つことは難しいだろう。
しかしまっとうな方法のみで全力でぶつかりあえば、はっきりとした決著がつくことはない――それほどまでに互角だった。
要するに、この程度の氷など、アンリエットにとっては障害にすらならないということ。
「その証拠に――ほら」
「へっ?」
手のひらを凍ったドアにぺたりと當てる。
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そしてし腕に力を込めると、氷がパキッとひび割れた。
生じた隙間には、まるで管のように赤いが満たされている。
「剣を使わずとも、この程度の障害を突破するのはこんなにもたやすい」
を満たしたのは、技ではなく、アンリエットの質である。
つまりまだ、殺規則ジェノサイドアーツによる破壊が殘っている。
意識を研ぎ澄まし、氷の隙間にり込んだに力を注ぎ込む。
するとは熱を得て、膨らみ、ぜる。
氷はドアごと破壊され、アンリエットはようやく敵と対面した。
「を……ったの? ただ剣がちょっと得意なだけの人間だと思ってたのに!」
はワーウルフのに魔族の頭部という、アンバランス姿で驚愕した。
「いささかリサーチ不足だな、それともその必要もないと思われていたのか? 私の特技・・ぐらい、城に攻め込んでくるなら知っていて當然だと思うのだが」
とはいえ最近、アンリエット自が戦うことはほとんど無かった。
知らなくても仕方がない――だがやはり、攻め込んでくるのなら知っておくべきだろう。
あるいは、腕が鈍っていると思い侮ったのか。
今だって彼は、毎日の鍛錬を欠かしていないというのに。
するとそのとき、城の目の前にある広場から異様な聲と、大きな音が聞こえてきた。
窓の外に、ちらりとの巨人が見えると、アンリエットは苦笑する。
「ふ、外の戦闘も私の妻・・・が勝利したようだ。城も靜かだな、王や王妃への襲撃者はすでに取り押さえられたあとだろう」
「う……うぅ……」
形勢が逆転し、わかりやすいほど狼狽するキマイラの。
「もう観念するんだな。投降するのなら、悪いようにはしない」
「誰が……誰が投降なんてするもんですかっ! 部屋から出たところで、キマイラの力を手にれた私たち勝てっこないわよ!」
彼が説得に応じないのは、わかりきった結果だった。
つまりちょっとした時間稼ぎ。
その間にアンリエットは、次の展開を読み、相手のきを見定める。
「真正面から潰してあげるわ、これが將軍の最期よッ!」
敵はバカ正直に突っ込んできた。
思わず失笑してしまうほどの、お末なタクティクス。
首を狙って繰り出された爪を軽く避け、抜いた剣で敵の肩を切り裂く。
手応えはあったが、傷は淺い。
それだけキマイラのが丈夫だということか。
「キヒヒヒヒヒッ! 遅い遅い!」
「その割には傷があるようだが?」
「これぐらいの切り傷で私たちが死ぬわけないじゃんっ! キヒヒヒ――ギッ!?」
の顔が変わる。
一気に青ざめ、のあたりを押さえながら膝をついた。
「が……あ? なに、これ……くるし、い」
アンリエットはこの時點で勝利を確信し、剣を鞘に収める。
そして崩れ落ち、ついには橫たわってしまったキマイラに近づき、見下ろした。
「殺規則ジェノサイドアーツだよ。お前のにを送り込み、の機能を制限した」
「ど……う……い、う……」
彼とて、殺規則ジェノサイドアーツがどういった力を持っているかぐらいは知っている。
しかしそれはキマイラの力で抵抗できると思っていたし、食らったとしても、手足のきが鈍くなるとか、その程度だと思っていたのだ。
だが、アンリエットの場合は違う。
「わからないか? 心臓を止めたんだ」
もはやキマイラは聲を出すことすらできない。
だが大きく開かれた目が、その驚愕の度合いを表していた。
あの程度の傷で心臓が止められるなど、馬鹿げている――そう思ったに違いない。
とはいえ、事実として命の燈火が消えつつある以上、信じるしかなかった。
そしてそのまま、彼は眠るように息を引き取る。
「小さな切り傷一つでも致命傷……と、ちゃんと調べていればわかっただろうに。甘いやつらだ」
死の片付けが面倒だ――そんなことを考えながら、アンリエットはひとまず城外のオティーリエの元へと向かった。
◇◇◇
コンシリアに建てられた魔王城にも、神の脈は襲撃を仕掛けていた。
城前広場の異変に気づき慌てて飛び出してきたシートゥムとツァイオンは、ニのキマイラ同化と対峙する。
一人は人狼型。
蜘蛛の一部を取り込んでいたジェリルとは異なり、彼は両腕にオーガを取り込んでいた。
名はミリオル。
トーロス同様に、かつてツァイオンと友人だった男だ。
殘る一人は飛竜型。
ミリオルを守るように、前に立ちはだかっている。
神の脈が所持している戦力は全部で十なのだから、彼らはここに存在する戦力をキリル並には評価しているようだ。
だが一方で、ツァイオンはその敵を見て――
「つまんねえな」
そう一蹴する。
冷めた目で、彼らを心の底から軽蔑した。
名乗りをけずとも、それがディーザのを引いた子供であることは、シートゥムも含め直で理解している。
今日の襲撃にいたった機も、まあ理解できないでもない。
ディーザのを引いており、なおかつオリジンを信仰している――それは彼らの面の大部分を占めるアイデンティティだったに違いない。
その崩壊を、けいれられなかった者たちの集まり。
「どうしてそう、ネガティブな方向に命を賭けちまうんだよ。なあミリオル」
魔族の世界はそう広くはない。
ツァイオンは、人狼型キマイラと同化した彼のことを知っていた。
「お前たちが俺らのことをけれなかったからだろ」
「思想を押し付けることをけれるとは言いませんっ!」
シートゥムはミリオルを睨みつける。
だが彼はへらへらと笑うばかりだ。
「じゃあ、永遠に平行線だな。なんでわかんないかな、あれだけディーザ様のそばに居たってのに」
「いたからこそだろ。あれだけ家族ヅラしておきながら、オレらを裏切ってたんだ」
「そこが素晴らしいんだろうが。失するんじゃなくて、心酔するべきなんだよそういう一面に!」
「……理解できねえよ」
「らしいな」
ツァイオンは『もはや話すだけ無駄だ』と悟る。
キマイラと同化した時點で、魔族としてのミリオルは死んだようなもの。
最初から命の奪い合いをする――そのためだけに、姿を現したのだ。
「兄さん、いきますよっ」
そう言って、シートゥムは強引にツァイオンの右手を取って、まるでダンスでもするように指を絡め、ミリオルに向かってばした。
ツァイオンは不服そうに眉間にシワを寄せる。
「ったくこれ恥ずかしいんがなぁ……あと結婚したんだから兄さんはやめろっつってんだろ」
「じゃ、じゃあ……あなた?」
赤らむツァイオンの顔。
釣られて、シートゥムもぼっと耳まで真っ赤になった。
「言い出した兄さんが恥ずかしがってどうするんですか!」
「予想以上にぐっと來たんだよ! 悪いかよ!」
「別にぐっと來たんなら悪くありませんけど! 悪い気もしませんけど!」
突如始まった言い爭いに、ミリオルたちも戸いを隠せない。
挑発かとも思ったが、それにしてはトーンが本気だ。
「なんだあいつら……この狀況で癡話喧嘩を始めやがって」
余裕を見せつけられたようで、ミリオルは不愉快この上ない気持ちになった。
今すぐにでもこの手で殺してしまいたい。
最初からそのつもりだったが、考えていたよりもずっと殘酷かつ苦しむような手段で――
「敵さんも呆れてるようです、早く楽にしてあげましょう」
「そうだな、馬鹿は死なないと治らねえ」
「コケにするのもいい加減にしろよ! キマイラの力、ツァイオンたちだって知らないわけじゃないだろ!?」
「ああ、知ってるよ」
「私と兄さんさえいれば、大した敵じゃないってことはちゃーんとわかってます」
二人は同時に二のキマイラのほうを見る。
四年前よりさらに深まったその絆により、魔力の融和は容易に達される。
燐火と闇、炎と。
闇は制に用いられ、その威力を敵の周囲のみに留める。
「エンゲージ」
シートゥムが呟く。
二のキマイラの間に、橙の、を放つ球が現れる。
それは二人の魔力によって一気に膨らみ――
「ザ・サン」
ツァイオンの言葉と同時に、一気に弾けた。
一帯が、に包まれる。
瞬間的に視界が完全に白く染まり、なにも見えなくなってしまった。
同時に、その様子を遠巻きに見ていたセイレルやトーロスたちのを、熱風がでる。
「あっづぅ……」
「この威力は、さすが魔王様としか言いようがないね。これでまだびしろがあるって言うんだから恐ろしいよ」
を焼くほどではないが、そこそこの溫度だ。
しかし、その程度でキマイラにダメージを與えられるはずがない。
だが心配はいらない。
それらはあくまで、余波・・である。
闇の魔力で抑え込めない分は、どうしても周囲にれてしまうのだ。
つまりミリオルたちを中心とした範囲では――想像を絶する超高溫で満たされていた。
まさに、太に直でったかのような熱である。
ようやく視界の回復したセイレルは、広場に広がった景を見て驚愕した。
「あれ、消えた……? どこかに飛ばされたの?」
そこにミリオルたちの姿はない。
あるのは、どろどろに溶けた石畳だけだ。
「違うよ、蒸発したんだ」
トーロスは落ち著いた様子で言った。
四年前より魔力も向上し、裝備もよりよりものに変わり、なにより絆を増した二人による“エンゲージ”の威力は、當時とは比べにならない。
人狼型だろうと、獅子型だろうと、飛竜型だろうと関係なく、キマイラぐらいなら消し飛ばせるほどまで長していたのである。
魔族たちはその膨大な力を恐れる一方で、それ以上に頼もしさをじていた。
「……」
消えたミリオルたちのいた場所を、じっと見つめるシートゥム。
ツァイオンも同じ場所を見つめ、呟いた。
「傷か?」
「ええ、兄さんはなにもじないんですか? 以前は友達だったんですよね?」
同じ魔族。
ディーザの息子。
オリジンの信仰者。
その全てに深く関わってきたシートゥムとしては、思うところがいくらでもある。
だがツァイオンは、まったくじていない様子だった。
「なにもじないとまでは言わねえ、だが優先順位っつうもんがある。話しても無駄だった。あいつらはオレの大事なものを壊そうとした。だったら、當然の報いだろ」
彼が守るべきは、妻であるシートゥムと、“今ここで暮らす”魔族たちだ。
四年も経った。
説得だってした。
それでもなお、彼らは変わらなかったのだ。
こうなるのは、仕方のないことである。
「ディーザの呪縛から抜け出さなかったのはあいつらの選択だ。悲しんでんなよ、お前はなにも悪くねえ」
そう言って、ツァイオンはシートゥムの頭にぽんと手を乗せた。
「……ありがとうございます、兄さん」
彼はそう言って、気持ちよさそうに目を細める。
それでも割り切ることはできないようだが、ツァイオンはそれでもいいと思っている。
その優しさが、シートゥムがみなから慕われる魔王たる所以なのだから。
◇◇◇
殘るキマイラ同化は一。
唯一の生き殘りになってしまったジェリルは、それを知らないまま、英雄霊廟に攻撃を仕掛ける。
狙いはジーンだ。
素直に戦いを挑む必要はない。
排気口から侵して、弾戦が苦手な賢者を暗殺・・するのだ。
元より素早いきと隠行が得意なジェリル。
蜘蛛のモンスターの一部を取りれた、この“人狼型キマイラ同化”を手にれたことにより、さらに長所に特化された力を持つようになっていた。
彼のような暗殺者を警戒してか、霊廟のいたる場所には探知の魔法が仕掛けられていたが、さほど高度なものではない。
「天才様も墮ちたもんだねぇ……」
手際よく解除していくジェリル。
だが彼は気づいていなかった。
とっくに、霊廟を守る兵士が“魔法を解除したこと”に気づいていることに。
ジェリルはさらに排気口を進み、ジーンの部屋に繋がる通路へと出た。
そこに立ちはだかる、大きな盾をもった一人の男。
「ここは神聖なる地だ、貴様らを通すわけにはいかん」
バートが、ジェリルを待ち伏せていたのだ。
施設の一般人たちはすでに避難しており、周囲には誰もいない。
その迅速な行も、彼がいたおかげである。
「……偶然生き殘ったおこぼれで隊長に就いた男、バート・カロン」
「しっ、失禮なやつめ! まあ、否定はできんが」
さすがにそれは過小評価である、バートもオリジンとの戦いの中でフラムたちの窮地を救ったことがあるのだから。
だが、彼もいい年だ。
力も衰え始め、最前線に立つには厳しくなってきた。
仮に相手が一人だったとしても、抑え込むのは難しいだろう。
とはいえ、一方で年相応に落ち著きも出て、冷靜な判斷力を兼ね備えつつある。
「聖護の防壁アイアンメイデン・ピュリファイ!」
バートが盾を床に突き立てると、見えない壁が通路を塞いだ。
強度を犠牲にし、範囲を広げた正義執行ジャスティスアーツ。
彼の目的はジェリルを倒すことではない。
ここで足止めをし、援軍を待つことである。
「薄氷みたいなしょぼい壁だねぇ」
「時間稼ぎぐらいはできるさ」
「それはどうかなぁ――アクアバレット・イリーガルフォーミュラぁっ!」
ズガガガガガガッ!
機関銃のように、水の弾丸が秒間百発に迫る激しさでバートに迫る。
「ぬ、ぐおぉおおおおおおおッ!」
彼はこめかみに管を浮かせながら、必死でその攻撃に耐えた。
それを見てニタリと笑うジェリル。
「やるじゃないかぁ、意外と。なら次はこれでぇ……アクアバレット・スパイラル!」
オリジンの螺旋の力――それを魔法に混ぜ込んで、ジェリルの周囲に浮かぶ水の弾丸は高速回転を始める。
そして彼が手をかざすと、弾丸たちは一斉にバートに襲いかかった。
ギュイイィィィィィッ!
今度の攻撃は、防壁に當たって弾けるだけでは終わらない。
鋭く尖った先端が突き刺さり、そのまま回転を始め、しずつ潛り込んでくる。
「ぐ……あ……おぉぉおおおおおおッ!」
「おぉ、耐える耐える。でもそろそろ限界が近いんじゃないかなぁ?」
事実、そうだった。
すでにバートの力で抑え込めるレベルではない。
(あいつはまだか……! 俺にできるのは守ることだけ、こいつらを倒すことはできんのだぞ!?)
心の中で思わず愚癡る。
ジーンの部屋はすぐそこだ、探知魔法を設置したのは彼自だし、外があれだけ騒がしいのだから、すでに異変には気づいているはずである。
パキッ――と防壁がひび割れた。
弾丸の先端が、バートの眉間のすぐそこにまで近づいている。
皮が穿たれ、赤いしずくが鼻の橫を流れていく。
(もはや、ここまでか――!)
死を覚悟したバート。
そのとき、ようやくジーンの部屋の扉が開いた。
「キマイラとの同化か。コアは無し、しかしオリジン的な特徴が各所にある。新たなオリジンを作ったということか? 付け焼き刃の急造品にしては上出來だが――」
バートの危機になど気づいていないかのように、ゆったりと歩きながら彼は語る。
そして防壁越しにジェリルと向き合うと、決めポーズのように右手で顔を覆って言い放った。
「この天才、ジーン・インテージの前では無意味だ」
「かっこつけてないで早くどうにかしろ! もう、防壁が……!」
「安心しろ、骨は拾ってやる」
「勝手に殺すな!」
「ふ、ちょっとしたジョークだ。蒸発しろ、ヒート!」
ジーンが魔法を放つと、水の弾丸はジュワッと消滅する。
その景をフラムが見たら、奴隷の印を刻まれたあのトラウマが蘇り、彼に毆りかかるだろう。
「ジーン・インテージ……ようやくおでましか」
暗殺の予定は崩れたが、しかし一対一で戦っても勝てない相手ではない――そうジェリルは判斷する。
なぜか・・・スキャンを使ってもジーンのステータスを見ることはできないが、それは隠蔽魔法の効果であり、『相手に実力が大したことないことを悟られたくない』という彼の臆病さだと判斷した。
不敵に笑うジェリル。
そんな彼に対し、ジーンは「ふむ」と一息置いてから言った。
「顔が臭いな」
「は?」
いきなりの罵倒に、ぴくりとジェリルの頬が引きつる。
「ああ、ぷんぷん臭ってくる。これは下衆の匂いだ、僕の天才的な嗅覚にはふさわしくない。隠すなりして抑えてくれないか」
「この顔はディーザ様からいただいたものなんだよぉ? あの方のを引いてぇ――」
「だから臭いと言っているんだ。もっと恥じて、特徴を消すよう努力し、ひっそりと生きるべきだ。しかもそのような醜いキマイラと同化して、汚がお天道様の下を歩くんじゃない」
「おっ、お前はあぁぁぁぁあああッ!」
ジェリルは激昂する。
彼にとってディーザのを引いていることは、誇りであり、唯一無二のアイデンティティなのだ。
一方でジーンは、徹頭徹尾、相手を軽蔑していた。
彼のディーザへの強い憎しみは、王國の民の間にその悪行が広がっている影響に他ならない。
オリジンと並んで、お世話になった育ての親を裏切り、兄妹同然だった先代魔王を殺害し、あまつさえシートゥムまで手に掛けようとしたディーザは、人々にとって最大の悪なのである。
無論、そのを引くものも例外ではなく――もっとも、トーロスのように、その事実を公表した上で、まっとうに生きている魔族もいるのだが。
「殺してやるよぉ、絶対に、今すぐここでぇ!」
「無理な夢は抱くな、痛い目を見るだけだぞ」
「その余裕が気に食わないんだよぉ! アクアカノンッ、スパイラルぅッ!」
直徑二メートルほどの水の球が六つ浮かび上がり、弾丸同様に高速回転を始める。
その威力は、アクアバレットの比ではない。
命中すれば、ジーンのは々に砕け散ってしまうだろう。
……命中すれば、の話だが。
「アトミゼイション」
迫る水のドリルを前に、ジーンは軽く手を薙ぎ払った。
すると四の帯のような魔力がふわりと浮かび、ジェリルの魔法はそれにれた瞬間、粒子となって消えた。
「……なんで?」
「似たり寄ったりだという自覚はあるが、圧倒的な力とはそういうものだろう? 壊すとか、傷つけるとか、そういうことじゃあない。“消す”んだ。魔法を究めた先にたどりつく場所はそこにある」
ジーンは自慢げに解説を始めた。
冥土の土産・・・・・とでも言わんばかりに。
「アトミゼイション。我が“自然”の屬により、あらゆる質を原子レベルにまで分解する」
「そんなことが出來るはずないだろぉ!? なくとも、ジーン・インテージには不可能なはずじゃないかぁ!」
なぜかスキャンしても能力値が見えない。
それはジーンが、シアの“夢想”によって生み出された存在だからである。
ゆえに、彼のもつ魔力の正確な値を把握できるものはだれもいなかった。
「今やコンシリアは、人口10萬人を超える大都市だ。そしてその住民のほとんどが、僕のことを世界を救った英雄として認識している」
「だからどうしたって言うんだよぉ?」
「おいおい、仮にもディーザの息子であることを誇るのなら、多は頭の良さも継いでおけよ。いいかい、10萬人の魔力で僕はここに存在しているんだ。いや、王國全土に広げればもっと大量の魔力が僕に集まってきている」
自らの顔の前に人差し指を立てるジーン。
「ひとりあたり1だと仮定しても、それだけで10萬を越える。2だったら、20萬。3だったら、30萬」
語りながら、中指、薬指と立てる指の數を増やしていく。
「まあ、殘念なことにフラム・アプリコットには屆かないが、しかし――」
そして彼は、勝ち誇った表で、呆然と立ち盡くすジェリルを見下す。
「英雄ジーン・インテージは、君たちの常識で計れる存在じゃあない」
「魔力……30萬……?」
ありえない數字だ。
キマイラの力を借りても、六桁なんて夢のまた夢だというのに。
魔力が數十萬に達し、かつ四屬をれるのだとしたら――もはや彼の意のままにかぬ理現象はこの世に存在しないかもしれない。
「あくまで仮定だ、もしかするともっと上かもしれん。はは、知っていたら挑まなかったという顔をしているな。だがもう遅い、結果は変わらない、時を巻き戻せるのはフラムだけだ。そして彼が不在の今、コンシリアにおける最強の天才は僕だ!」
両手を広げ、軽く仰け反りながらジーンは自らの力を誇る。
別の存在とはいえ、彼の自己は変わらない。
自らが現在、このコンシリアにおいて最強だという事実は、彼に絶頂にも勝る快を與えていた。
高まっていく。
それに応じて、言葉も、振り手振りも、さらに大げさになっていく。
「お前たちは自らの選択を悔いて、ここで死ぬ。猶予は十分に與えたぞ、だから僕はゆっくりここまで來たんだからな!」
霊廟の廊下に、ジーンの聲が響き渡る。
その迫力に圧され、青ざめながら後ずさるジェリルとは対照的に、バートはどこか呆れたようにその様子を眺めていた。
「さあ、さあ、さあ――その汚らわしいを、ここで絶やしてろう! アトミゼイション!」
四の帯がふわりと、ジーンの手から放たれる。
「う……うわぁああぁぁあっ! 來るな、來るなっ、來るなあぁぁぁぁああっ!」
ジェリルは背中を見せて逃げるも、そいつはどこまでも彼を追いかけた。
排気口を駆け抜けても、どれだけ全力を出して加速しても、引き離せない。
いや、むしろ近づいてくる。
「離れろっ、まとわりつくなぁっ! いやだ、消える……消えていくぅ、、が……ぁ……」
帯はジェリルのにれると、その部位は溶けるように消えて無くなった。
きが取れなくなった彼はやがて全を包まれ、跡形もなく消滅する。
「斷末魔もなし……やはり今の僕は優しいな」
敵の死をじ取ったジーンは、自分に酔いながら言った。
◇◇◇
「上が騒がしくなってきたな」
地上での激しい戦闘は、ディードやインクのいる地下跡をも揺らす。
彼は混に陥るコンシリアを空想し、口元に笑みをたたえて悅に浸った。
作戦はうまくいっている、そう確信して止まない。
「君の知り合いも、今ごろ無殘に殺されているころだろう」
インクのそばにしゃがみ込み、語りかけるディード。
彼はまだ無事だ。
だが、ナイフで皮を剝ごうとするディードに抵抗し、怒りを買ってしまい、意識が朦朧とするまで毆られ、蹴られたところだ。
「う……うぇ、ぷ……うげ……っ」
自我が弱まったせいか、口から眼球を吐き出している。
しかしそれに、以前のような力は無い。
當然だ、ここにあるオリジンには“意思”が無いのだから、自発的に人を襲い、増させることもないだろう。
「もう抵抗もできない、か。なら今度こそ始めようか、痛くても泣いたり喚いたりしてはいけないよ、それはオリジン様からの祝福なんだからね」
「うぁ……エターナ……エターナぁ……」
うわ言のようにエターナの名を呼ぶインク。
それが気に食わなかったのか、ディードの表に悪意が宿る。
だが、彼の拳が彼の顔を毆りつける前に、部屋の扉が開いた。
「ディー、ド……」
室にった途端に倒れ込む魔族の男。
ディードは慌てて彼に駆け寄った。
「ルトール! その傷はどうしたっ!」
「もう……ダメ、だ……逃げ、ろ……」
「なにを言っている、キマイラとの同化は十もいるんだ、逃げる必要など――」
自分たちには、英雄たちすら屠る絶対的な力がある。
そう信じ込んでいたディードに、ルトールと呼ばれた彼は現実を突きつけた。
「全滅だ」
「……なんだと?」
「全滅、したんだっ! キマイラ同化も……人間弾も、構員も、含めて全員がっ! コンシリアの犠牲者もゼロ! 俺たちは……なにも、できなかった……!」
先ほどまで耐えず地上から伝わってきた揺れが、今はぴたりと止まっている。
「まさか……そんなことが……」
ディードは天井を見上げた。
あれだけの力をもった同化たちが、全員、敗北した。
信じたくないが、ルトールがそんな噓をつく魔族でないことを彼は知っている。
「はぁ……ふぅ……エターナ・リンバウも……近くまで、來てる。どうにか撒いたが……じきに、見つかるかもしれない。あいつも、以前とは違う……クーザは一撃で々にされた。俺も……同化になっても、敵わない……」
「エターナが、助けに來てくれる……!」
その名前を聞いた途端、インクの瞳がを取り戻す。
だがそれが、ディードのをさらに逆なでした。
彼は大で彼に近づくと、怒りをあらわにして蹴り飛ばす。
「嬉しそうな顔をするなッ!」
「あぐうっ!」
「オリジン様の恩寵をけながらッ! 我らの敗北を喜ぶなどッ! 恥を知れ恥をぉッ!」
「あぐっ、ぐ……げほっ……!」
さらにや顔を、何度も繰り返し踏み潰した。
しかし、瞳に宿ったは消えない。
エターナが近くにいる。
ただそれだけで、インクは救われたのだ。
「なんだその目は」
だから余計に、ディードはそれが気に食わなかった。
「そのような生意気な目で、私を見るなあぁぁぁぁああッ!」
手をかざす。
闇の魔法が、インクの目の周囲にまとわりつく。
「ひっ……あ、あっ……」
ぞわりとした生ぬるいに、彼は思わず引きつった聲をあげた。
「やだ……やめて、それだけは……やめてよぉっ、エターナからもらったものなのっ!」
「だから余計に憎たらしい!」
そして、義眼がずるりと引き抜かれる。
疑似視神経は引きちぎられ、インクの視界は暗闇に閉ざされた。
「返してっ、返してえぇぇっ!」
彼はなにも見えないまま、必死でディードにしがみつく。
だが彼はそんなインクを振り払い、手のひらに収めた義眼を無殘にも握りつぶした。
「……あ」
聞こえてきたバキッという音に、彼は絶し、崩れ落ちる。
「いや……なんで……せっかく、エターナが作ってくれたのに……」
「すりつぶされるには必要ないだろう」
言いながら、ディードは潰れた義眼を投げ捨て、さらに足裏ですりつぶした。
「う……ううぅうううううう……っ!」
「喚くな、鬱陶しい!」
「ぐっ! ぇふ……う……えぇ……」
加えて、何度も何度もインクのを蹴りつける。
彼はサディスティックに、苦しむの姿を見て楽しんでいた。
「お、おい、ちょっとやりすぎじゃ……」
いくらインクがじきに殺されるとはいえ、ルトールからしてもそれは異様な景だった。
いや、そうでもなければ、神の脈のリーダーになどなれないのかもしれないが――聲を上げた直後、そんな彼のは風船のように膨らんだ。
「が、ぼ?」
そしてわけのわからぬまま膨張を続け、そのまま破裂する。
その死を踏み潰しながら現れたのは、殺意に満ちたエターナだ。
すでにここに來るまでに、邪魔をするテロリストたちを何人も殺している。
躊躇なく、凄慘に、殘酷に。
そのせいか、服や顔はで汚れていた。
「早い到著だったな」
待っていたぞ、と言わんばかりに不敵に笑うディード。
「オリジン様には絶が似合う。どうせこのを殺すのならば、エターナ・リンバウをその前に殺し、さらなる絶を與えたあとで命を奪ったほうが、復活の贄としてはより相応しいのかもしれんな」
彼はエターナに歩み寄りながら語る。
しかし彼の視界には、インクしか映っていなかった。
「インク!」
駆け寄り、ぼろぼろになったを抱き上げる。
「エターナぁっ! あたし……あだいじぃ……せっかく、エターナからもらった目……こ、こわ、壊されて……ごめんなさい……ごめんなさいぃ……」
なにも悪くなんてないのに、繰り返される悲痛な言葉に、エターナのは締め付けられ、瞳に涙が浮かんだ。
に任せて、を押し付けるように強くそのを抱きしめる。
「義眼なんていくらでも作れる! だから謝る必要なんてない。インクが無事なら、それ以上わたしにとって嬉しいことはないから」
「エターナ……エターナあぁ……」
インクもすがるように、エターナに抱きついた。
目は見えなくても、その溫もりと匂いだけで、心がいっぱいに満たされていく。
改めて思う。
この人しか、自分にはいない。
この人のそばだけが、自分の居場所なんだと。
「の再會だな、思わずもらい泣きしてしまいそうだ」
わざとらしく拍手しながら、ディードは言い放つ。
その聲は震えており、無視されたのがよっぽど堪えているようだ。
エターナは振り向きもせず、背中を見せたまま反応した。
「殘念だけど、殘るはお前一人だけ」
「殺せるのか? 同化との戦闘を経て消耗をしているお前に、この私が!」
思わず、エターナはため息をついた。
下らない。
どうしてあんな男に、インクがここまで傷つけられなければならないのか。
下らない、下らない、心の底から下らない。
「インク、ちょっと待っててね」
「……うん。気をつけてね、エターナ」
エターナは微笑み、を離す。
そして立ち上がると、左の手のひらをディードに向けた。
とっとと魔法でなお男の醜い顔を吹き飛ばし、こんな下らない戦いは終わらせなければならない。
の魔力を左手に集中させる。
イメージするのは、鋭い氷の槍。
その先端で、頭蓋骨の向こうにある脳ごと、あの頭を吹き飛ばすのだ。
「アイスランス!」
宣言とともに、氷が出される――はずだった。
だが、なにも起きない。
「……?」
思わず首を傾げるエターナ。
その後も何度か試してみたものの、一向に魔法が発する様子はなかった。
「出ないなあ。はは、魔法、使えないよなあ」
「これは……」
「アイスランスぅ! か。くはは、隨分と気合が籠もっていたな、を傷つけられて激昂していたのか? それで空振りとは恥ずかしい。今すぐここから逃げたい気分だろう。なんだったら逃げてもいいぞ、もちろん彼は置いて」
「この部屋に、なにか仕掛けが施してある」
「そう。希屬、封魔。外への魔力放出を封じる力を持っている。私たちが辺境の村で見つけてきた逸材だ」
ディードは語りながら、壁に並んだ人のうちの一つに近づき、おしそうに頬をでる。
「このをオリジンの一部として取り込むことで、私たちはその制に功した。もっとも、適用範囲はこの部屋の中だけとかなり狹いが、お前を打ちのめすには十分だろう」
かつてオリジンも、フラムを取り込んで似たようなことをしようとしていた。
結局は実現しなかったが、止められなかった場合、“オリジンが反転の力を行使する”という悪夢のような事態が起きていたのだろう。
「魔法の使えないエターナ・リンバウはただの雑魚。ああ、私はちょっとした細工をしているのでね、そのような制限はない。そういうわけだ。今から一方的に躙して、戦闘不能にした上で、お前の眼の前でこのをすりつぶして殺す。神の脈はそうして完全なる勝利を得させてもらおう」
「くっ……」
苛立たしげに、歯を食いしばるエターナ。
「もう仲間はいない」
「だからどうした。あんなものはにすぎない。本命はこっちなんだよ」
「どうせフラムにすぐに壊される」
「そのために人質を取るんだ。あれはお人好しの甘ちゃんだ、仲間を壁にしてやれば手を出せないだろう?」
それはありそうではある。
しかし今のフラムを怒らせれば、人質など意味をなさないほどの力で、敵を薙ぎ払うだろう。
だから人質は無意味だ。
無意味なのだが――それはエターナの勝敗には関係のないことだ。
魔法を封じられたこの場所で、ディードを殺し、インクを救出する。
今やらなければならないのは、それだけなのだから。
「しかし、さっきまでの威勢はどうした? 言葉などわしている余裕があるのか? なんなら、今すぐにでもそのを殺してやってもいいんだぞ?」
「インクはやらせないっ!」
「だったら止めてみせるんだな、ダークネスバレット!」
ディードはインク目掛けて、黒い弾丸を出した。
とっさにエターナはき、庇うように彼の前に立ちはだかる。
「づぅ……っ!」
弾丸が肩を貫き、が噴き出した。
「あっははははは! 無力だなぁ、世界を救った英雄様のこんな慘めな姿、私も見たくはなかったよ」
言いながらも、続けて何発も魔法を放つディード。
そのたびに、エターナのは為すもなく傷つけられていった。
「心が痛むが仕方ない、これもオリジン様のため」
「ぐ……」
「お前を痛めつけて」
「ぎ……が、あっ……!」
「苦しませて」
「は……ああぁぁっ……!」
「絶に突き落として殺さなければ!」
「ぎゃ、あ、があぁぁああっ!」
闇の魔力が左腕にまとわりついたかと思えば、関節を逆方向に曲げてへし折った。
やろうと思えば、高い威力の魔法で一撃で殺せるはずだ。
だがディードはそうしなかった。
インクにそうしたように、エターナが苦しむ様を見て楽しみながら、ちまちまと、を破壊していく。
腕の関節を折ったあとは、指の一本一本の爪を剝がし、骨を折り、最後にを潰す。
「ぐ、が、が……」
気絶しそうな痛みが、エターナを襲った。
だが彼は膝もつかない、インクの目の前でそんなことは許されない。
死んでも、守り続けなければ。
「健気なものだ、お互いに」
しずつエターナに歩み寄るディード。
「だからこそ、死が映える。お前が必死で守れば守るほど、インク・リースクラフトはその死に絶してくれるだろう」
「やら……せない……」
「抵抗の手段もないくせになにを言う」
いつもエターナの周囲に浮かんでいる球すら、部屋のり口に打ち捨てられている。
もはや打つ手なし、誰の目にもそう見えた。
「ダークネスブレイド」
ディードの腕を闇が包み、刃へと形を変える。
「最後は、私自の手で殺してやろう!」
彼が腕を振り上げると――エターナは歯を食いしばりながら、ぐちゃぐちゃになった左手で、隠していた“石”を彼の足元に投げた。
「魔石だとっ!?」
封じられているのは、外への・・・・魔力の放出だ。
ならば魔石なら発できるかもしれない。
それは賭けだったが、ディードの慌てようから言って正解だったようだ。
石に込められた魔法が発し、無數の氷の矢が足元から出される。
ディードは後方に宙返りしながらそれを回避した。
だがいくつかの矢がを掠めていく。
「っ、は、ああぁぁぁっ!」
エターナはさらにいくつかの魔石を投擲。
さすがにこの數ならばディードでも避けられまい。
追い詰められた彼の表に焦りが浮かぶ。
そして魔石から氷の矢が大量に放たれ、全方位から囲み――命中する直前に、空中で消滅した。
「……どうして」
唖然とするエターナ。
一方でディードは、すぐに狀況を理解し、肩を震わせた。
「は……ははは……はははははっ、あはははははっ! 學習したんだ、長したんだよ、オリジンが!」
「そんなことがっ!」
「封魔が魔石に効果が発揮しないのをみて、私たちを守るために適応範囲を拡大させたんだ!」
「都合が、良すぎる……」
「私は神の祝福をけている、運が味方するのは當然! 明白! 明快!」
再び形勢逆転。
魔石すら使えなくなったエターナには、今度こそ打つ手は無くなったはず。
その確信を得て、魔法を発させる。
「ダークネスリッパー」
漆黒の円盤が、ディードの頭上で高速回転を始める。
「さあ、今度こそ死んでもらおうか。避けてもらってもいいが――その場合は、彼が死ぬことになる。安心しろ、ちゃんとお前が死ねば、それ以外には被害を及ぼさないよう止めてやる。もっとも、そのあとにインク・リースクラフトはすり潰されて死ぬがな」
「エターナ……もういいよ、やめて! あたしのことなんてどうでもいいから、逃げてっ! きっと他の人たちと協力したら、あんなやつ簡単に倒せるはずだから!」
「そんなわけにはいかない。ここでインクを見捨てたら、わたしは死ぬよりも後悔する!」
「そこまでする価値なんてあたしには無いよっ!」
「あるッ!」
何時になく強い語気で言い切るエターナ。
「わたしにとってはインクの命が自分の命よりも大事だから、今までだって隣で歩いてきた! 今だってここに立ってる! そしてこれからだって! どこにいても、なにをしてても、わたしはインクのことを守り続ける!」
「エターナぁ……」
今だからとか、追い詰められたからとかじゃない。
今までだってずっとそう思ってきた。
エターナにとってインクは、そういう存在だった。
だからこそ、高い理想を抱いてしまうのだ。
インクは誰よりも――この世界のなによりも幸せにならなければならない。
それが自分で無くてもいい、彼が幸せなら。
「泣かせるなぁ、吐き気がするほどお涙頂戴だ! そのおぞましい絆とやらを夢見たまま死ぬんだな、エターナ・リンバウッ!」
円盤が出される。
ディードの宣言通り、避ければインクが死に、ければエターナが死ぬ。
究極の二者択一を前に、エターナは――なおも、諦めなかった。
考える。
魔力が使えない今、彼に殘されているのは頭脳だけだ。
考える。
天才を自稱したことはないが、人よりは頭は回る、それがインクを守るためならば余計に。
考えろ。
封魔には例外がある、魔石がそうだった、あとで対処されるにしても今だけは、一度だけならば。
考えろ。
見えてきた、ほら突破するためのロジックが、そのために犠牲になるものがあったとしても――嗚呼、インクの命を比べれば、どれだけ軽いものか。
「そうか、貴様は自らの命を捨てる道を選ぶか!」
エターナはかない。
インクの前で仁王立ちして、闇の円盤が自らのを切り裂くのを待つ。
「いいや、わたしは――」
瞳に宿るは闘志。
熱い想い。
その滾る心を以て、恐怖心を制し、ダークネスリッパーを――自ら、左腕・・でけ止める。
「ぐっ、ううぅぅぅぅうう……ッ!」
ギュアァァァァアアッ!
高速回転する刃が、を斷ち、骨を削る。
「エターナッ、もういいってばぁ、エターナあぁぁっ!」
が飛び散り、エターナの頬を汚した。
彼は歯を食いしばり、その痛みに耐え――
「ぐ、おぉぉおおおおおおッ!」
吠えた。
そして円盤は、エターナの左腕を犠牲にして、向きを変える。
放たれた魔法は誰も殺さずに、壁に衝突して消える。
「エターナ……今の音、なに? なにを……」
「左腕まで犠牲にしてそのを救うか」
「左腕……? エターナ、また、腕を……!」
傷口からを流しながら、エターナは俯き、肩を上下させる。
額には汗が浮かび、苦しげに顔をしかめる。
だがやはり、後悔はなかった。
を満たすのは、インクを守れたという達。
正しい行いをした、その確信がエターナにはあった。
「だが、無駄なあがきだな。その一撃を止めたところでなんの意味がある?」
「意味なら、ある」
「ほう、聞かせてもらおうか」
彼は顔を上げ、なおも変わらぬ闘志を抱き、敵を見據えた。
「実験は完了した、これでお前を殺せる」
「虛勢だな」
笑うディード。
だがエターナの表は変わらない。
勝利への道筋はもう見えているのだ。
絶対的な自信をもって、その魔法を発させる。
「ブラッドトランス」
腕から流れるが――ぐにゃりと形を変えた。
それはすぐさまエターナの腕となり、自由にかせるようになる。
「を……っ!? まさか、流れているは外・・ではないと? そうか、さっきの攻撃をそらしたのも、を犠牲にしただけではなく、の魔力を使ってっ!」
そう、まさに実験だった。
ならば、ならば、封魔の影響をけないのではないか――それを確かめるために、彼は左腕を犠牲にしたのだ。
普通、生の人間に、あれほどの威力をもった魔法の向きをそらすことなど不可能なのだから。
そして、それが可能ならば――まだできることは、いくらでもある。
「――フェイタルアクション」
ディードの視界からエターナの姿が消えた。
直後、彼の耳・に強烈な痛みが走る。
「ぎいぃっ……!?」
思わず押さえると、そこに耳はなかった。
引きちぎられていたのだ。
「貴様……そのきは……っ!?」
振り返るディード。
そこにエターナは立っていた。
“フェイタルアクション”なる魔法の発後、目に留まらぬ速度で彼の耳を引きちぎり、背後を取ったのだ。
「魔法を封じられた狀態で、どうやってそのスピードを!」
「人間のは、半分以上が水分でできている。それを魔力によってることで、限界など、いくらでも越えられる」
「滅茶苦茶だ! そのような行為、人ので耐えられるはずがない!」
「耐える必要はない」
地面を蹴る瞬間、足の骨が砕けた。
速度に耐えきれず筋がちぎれ、出を起こして足回りがまるで魔族のように真っ青に染まる。
両腕も、魔力による支えがなければかせないほど、骨も筋も無殘に破壊されていた。
「死にさえしなければ、どうとでもなる」
想像を絶する苦痛がある。
だが、それを塗りつぶす使命がある。
エターナは再び地面を蹴って、今度はディードの腹部に拳を叩き込んだ。
その打撃の威力はすさまじく、彼を吹き飛ばすのではなく、腹部を貫通し、背中まで突き通す。
「ぐ……ぼぉっ……!」
反撃しようと手をばたつかせるディードだったが、魔法は発しなかった。
「お前にはもう、封魔の力は使えない」
「ぎざ、ま……ピアス、に、気づいて……!」
「これでも、頭はいいほうだから」
「がひゅっ!?」
腹から腕を引き抜くと、今度は蹴りがディードの顔面を強襲する。
浮き上がったでは避けきれず、彼のは壁に向かって吹き飛んでいく。
「封魔を……解除しろぉッ!」
そう指示を出すと、オリジンから発せられる封魔の効果は消失した。
そしてディードは衝突直前、壁と自らの間に闇の魔法でクッションを作り出す。
しかし彼に一息つく暇などない。
すぐにエターナが近づき、彼に向かって拳を繰り出す。
「お、おぉおおっ!」
腹にをあけられ朦朧とする意識。
その中で、生存本能が必死に彼のをかす。
ギリギリで回避すると、その手を前にかざし、魔法を発――
「アクアテンタクルス」
「しまっ――」
封魔を解除したのだ、當然エターナも魔法が使える。
そして単純な力のぶつかり合いにおいて、彼がディードに負ける道理はない。
水の手がそのを絡め取ると、遠心力を利用して、全力で壁に叩きつける。
「がっ、はぁっ!」
幸いなことに・・・・・・、魔族のは人より丈夫だ。
一度壁に叩きつけられた程度では、死んだりはしない。
エターナは何度も何度も彼のを壁にぶつけた。
先ほどまでのやられた恨みを晴らすように。
「お前は醜い。どうしようもない醜い。リーダーだかなんだか知らないけど、自分だけは化にならず、こんな地下跡で自分より力の無いインクをさらって悅に浸って!」
「ぎゃっ、ふがっ、ごひゅっ! もう、ひゃめっ! ひぎゃあぁっ!」
「なにがオリジンの復活だ、なにが神の脈だ! そんもの関係なしにお前はクズだ、ただのクズだ、だから他人から否定されて、こんなものに頼るしかなかった!」
「ぐぎいぃっ! もうっ、しぬっ……じぬがっ……がひっ、ひいぃっ!」
嬉しいことに・・・・・・、ディードはまだ死なない。
けれどさすがに飽きてきた。
こいつが生きているだけで世界がとても汚れているように思える。
そろそろ、終わりにしなければならない。
水の手はディードを壁に叩きつけるのをやめ、エターナの斜め上でぴたりと止まった。
ボロ布のようになった彼からは、もはや抵抗の意志はじられない。
というより、放っておいてもそのうち死ぬだろう。
だから、彼はその手でとどめを刺すことに決めた。
「あ……あ……や、やめ……謝る、謝るから……しにたく、ない……やめっ……」
「アクアブラスタァァァァ……」
「ひゃめっ、おねがいしまふっ、私はっ、じにだぐっ……!」
「イクシードイリーガルッ!」
ゴオォォォオオッ!
コンシリア全域を水浸しにするほどの膨大な水量が圧され、加速し、エターナの手から放たれる。
それはキリルの“ブラスター”を模した、破壊力に特化した水魔法だ。
ただでさえ高い威力に、超越呪文イクシードイリーガルまで重ねたとなれば、完全なオーバーキルだ。
もはやディードは跡形も殘らず吹き飛んでしまったに違いない。
地下跡の壁には大が開き、外まで繋がって、遠くにのが見えている。
幸運にも、その先はコンシリアの外だった。
とはいえあれだけ大量の水が噴き出してくれば、大騒ぎになっているに違いない。
戦いを終えたエターナは、ふらふらとインクに近づいていく。
魔力も、力も、すでに限界を越えていた。
気持ちが切れると、一気にその反がやってくる。
歩けるのも奇跡的なほどの疲労。
彼はそのまま、インクを押し倒すように倒れ込んだ。
「エ、エターナ? 大丈夫? 生きてる?」
「心臓がちゃんといてるなら大丈夫」
「でも、その傷じゃ……」
「すぐに助けが來る」
「腕、が……」
「すぐに治せば生えてくるから平気」
「あたしの、せいで……」
エターナの水でできた手のひらが、インクの頭をぺちんと戦いた。
ほとんど力は籠もっていないので痛くはないが、心には響く。
「全てはわたしがんだことだと言ったはず」
「でも……エターナは、あたしのこと、煩わしいと思ってるんだよね? 嫌いになっちゃったんだよね?」
「……ごめん、それは噓。というか、嫌いな人に、ここまではできない」
「じゃあ、どうして?」
理由がなんであろうと、インクを傷つけた自分の罪は消えない。
だからこれは、言い訳ではなく、一つの事実として、正直な気持ちをエターナは吐き出す。
「好きだから」
まず、それが一番だった。
四年前よりずっと、彼を想う気持ちは深くなっている。
「好きすぎて、インクには幸せになってほしいと思って、でも……そのためには、わたし以外の誰かと一緒になるのが一番いいと思ったから」
「エターナ以外に、あたしのこと幸せにできる人なんていないよ」
「それは、わからない。インクの世界はまだ狹いから。もっと、広い世界を、見て……」
そのために學園に向かわせる準備もしていた。
世界は広い。
インクがれたことのないもの、見たことのない景がいくつも広がっている。
そういうのを見ていけば、いつか――
「だけど……わたしは……」
――そこで、エターナは一つの事実に気づく。
怖かったのは、自分ではインクを世界で一番幸せにはできない……そう思っていたから。
だけ、ではないのかもしれない。
別にも怖いものがあった。
関係の破綻だ。
今の保護者という立場なら、よほどのことがない限り、インクと他人になることはない。
しかしには終わりがある。
壊れてしまえば、以前と同じような関係に戻ることは不可能だ。
それが――なによりも、怖い。
「そっか……わたし、は……」
けれど普通の保護者は、そんな不安は抱かない。
そんな可能を考えてしまう時點で、エターナの心はすでに――
「インク」
「……なに?」
「ごめん」
エターナはインクの頬にれた。
なんて勝手なんだ。
だけど、意識を失う前に、それだけは伝えておきたいと思った。
だから、言葉よりも手っ取り早い方法を選ぶ。
「なにがごめんなの? 謝るのはあたしのほ――ん?」
重ねられる、らかくて暖かくてドキドキする。
れてはいないけど、近すぎて、に相手の溫をじる。
吐息の音が聞こえる。
心音が、ユニゾンする。
「は、ふぅ……」
を離すと、エターナはそのまま意識を手放した。
「エターナ……今のって……えっ? あの、えっと、キ、キス……っ? ねえ、エターナ、今のだよね? どうしてっ、エターナ、エターナっ!?」
戸うインクだけが、その場に殘される。
彼はそのまま、ネイガスたちが助けに來るまで混し続けるのだった。
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アトランス界にある優秀なウィルターを育てる學校―『聖光學園(セントフェラストアカデミー)』では、新學期が始まった。神崎のぞみは神祇代言者の一族、神崎家の嫡伝巫女として、地球(アース界)から遙か遠いアトランス界に留學している。新學期から二年生になるのぞみは自らの意志で、自分のルーラーの性質とは真逆の、闘士(ウォーリア)の學院への転校を決めた。許嫁の相手をはじめ、闘士のことを理解したい。加えて、まだ知らぬ自分の可能性を開発するための決意だった。が、そんな決意を軽く揺るがすほど、新しい學院での生活はトラブルの連続となる。闘士としての苛酷な鍛錬だけでなく、始業式の日から同級生との関係も悪くなり、優等生だったはずなのに、転入先では成績も悪化の一路をたどり、同級生の心苗(コディセミット)たちからも軽視される…… これは、一人の箱入り少女が、日々の努力を積み重ね成長し、多くの困難を乗り越えながら英雄の座を取るまでを明記した、王道バトル×サイエンスフィクション、ヒロイン成長物語である。
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“最強無敵な魔王様の、マイペースな異世界スクールライフ(?)” 見た目は小さな女の子。しかし中身は最強の魔王様にして、吸血鬼の真祖様。 そんな魔王ウルリカ様は、どうやら魔王に飽きてしまったご様子。 そして興味を持ったのは……なんと、人間の通う學校だった!? 「魔王も真祖も飽きたのじゃ!」と、強引に人間界へと転移してしまうウルリカ様。 わがまま&常識外れなウルリカ様のせいで、人間界は大混亂!! こうして、剣と魔法の世界を舞臺に、とっても強くてとっても可愛い、ウルリカ様の異世界スクールライフが幕を開ける(?)。
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