《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》閑話4-6 年貢の納め時

エターナが目を覚ますと、白い天井が彼を迎えた。

知っている天井だ。

「大聖堂……」

どうやら誰かがここまで運んでくれたらしい。

服はぶかぶかの病

切斷された左腕はすでに生えており、骨や筋にも問題は無し。

もちろん右手は生えないまま、だが魔法を使えばいつもどおり水の腕が現れる。

「さすがセーラ、完璧な仕事」

間違いなく彼が回復してくれたのだろう。

王國において、回復魔法に関して彼の右に出る者はいない。

単純な魔力だけならシートゥムのほうが上だが、屬とは別に回復魔法への適のようなものがあるのだろうか。

……まあ、それはさておき。

そろそろツッコミをれてやらないと、インクが泣いてしまいそうである。

エターナはため息を挾んで、ようやく椅子に座る彼に聲をかけた。

「なにやってるの?」

そう聲がかかると、インクはニコニコと笑って膨らんだ腹・・・・・をでた。

「えへへ……できちゃった」

ビシッ、とエターナのチョップが頭に突き刺さる。

同時に、お腹からするりとエターナが用する魔力増幅用の球が出てきた。

「いたいよぅ……」

「こっちは病み上がりなのにアホなことを言い出すから」

「だって、キスをしたら子供ができるって」

「そ、そんな教育をした覚えはないっ」

「うん、された覚えもないけど、それぐらいの気分ってことで」

頬を赤らめはにかむインク。

エターナはその顔をなぜか直視できず、思わず目をそらした。

おそらくセーラかネイガスあたりが、大聖堂に保管してあった予備の義眼をはめたのだろう。

インクは蒼い瞳で、じーっとエターナを見続けている。

瞳が蒼いのは――単純に、エターナの趣味だ。

當時はなんとなくそのがインクに似合いそうだと思っただけなのだが、今になって考えてみると、それだけではなかったのかもしれない。

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ただのイメージではあるが、水をる自分を象徴するは“青”なのだと、エターナは勝手にそう思っていた。

そのに、インクを染めようとしたのだろうか。

無自覚の獨占に導かれて。

しばし沈黙が続いた。

エターナは気まずくて、なかなか話しかける言葉が浮かばない。

するとインクは、

「……えへへぇ」

急に頬を緩めて、だらしなく笑った。

実に幸せそうに、思わずエターナのが締め付けられるほど可らしく。

「でへへへぇ……」

続けて、さらに表がだらしなくなった。

「笑い方が気持ち悪い」

「ごめんねぇ。でもエターナの顔見てるとぉ、自然とこうなっちゃうんだよねぇ」

むにむにと両手で頬をこねくりまわすインク。

どれだけ顔をほぐしても、笑顔は消えない。

エターナを見ているだけで、いくらでも幸せが湧いてくる。

「どーしよう。うあーっ! どうしよう、ほんとどうしようっ! 改めて考えるとそわそわしてきて落ち著かないーっ!」

インクは立ち上がって、病室をうろうろしはじめる。

騒がしい……と注意しようとしたエターナだったが、彼だってインクとあまり変わらない。

そわそわする。

どきどきする。

いっそ『覚えていない』でごまかそうかとも思ったが、あいにくまではっきりと覚えているし、あの喜びようを見ているとそうもいかないだろう。

なにより、さすがにここで逃げたら彼の純粋な想いに失禮だ。

「インク、座って」

「待ってエターナ、もうちょっと気持ちをクールダウンさせてからっ!」

「大事な話があるから、座って」

「……わ、わかった」

ようやく著席するインク。

は両手を太ももの上に置いて、頬を赤らめる。

「それで、大事な話っていうのは?」

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「その……意識を失う前のことだけど」

を奪われました」

「知ってる。そこに関して、しらばっくれるつもりはない。あれが、わたしの素直な気持ちだから」

エターナの顔も真っ赤になる。

するとインクは「きゃー!」と聲をあげながら顔を両手で覆った。

指の間からは、にやけた口元が見えている。

「疑ってたわけじゃないけど、はっきり聞くと喜びもひとしおだー!」

「喜ぶのはいいけど、もうし落ち著いてほしい」

「無理だよぉ! だって、人生で一位タイなぐらい嬉しいもん!」

「タイ……? 他にもあるんだ」

し落ち込むエターナ。

そんな彼を見てにやりと口角をあげると、インクは元気いっぱいに言った。

「あとはエターナに命を救ってもらったことと、エターナに義眼をプレゼントしてもらったこと。二位以下もだいたいエターナで埋まってまーす!」

そういうことを包み隠さず言えるのは、卑怯だ。

いちいちエターナの心の弱い部分に突き刺さる。

(こういうインクを見て“かわいい”と思うのは、親馬鹿みたいなものだと思ってたけど……)

本當は違うのかもしれない。

いや、かも・・ではなく、間違いなくそうだ。

でなければ、十五にもなったインクのにキスなどできるものか。

「あのときエターナはさ、自分以外にあたしを幸せにできる誰かがいるかもしれない、って言ってたよね」

「うん、ずっとそう思ってた」

「なんていうか……そんなこと考えちゃう時點で、あたしのこと大好きだよね」

「う……」

「好きすぎて好きすぎて、でもエターナはひねくれものだから、素直になれなかったわけだ」

ニヤニヤと笑いながら、エターナに顔を近づけるインク。

するとエターナは人差し指で彼の額を小突いた。

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「あいたっ」

「それは微妙に違う。わたしは、自分の中で保護者としてインクを幸せにするか、個人として幸せにするか、ずっと葛藤してた。ただ、それが無駄だったってことに、今回の件で気づいただけ」

でこをさすりながら、インクは元の位置に戻る。

エターナは布団に視線を落とし、目を伏せながら言葉を続けた。

「わたしはインクのことを、今度できる王立魔法學校にれようとしていた。全寮制だし、全國からんな人が集まってくるから、きっとインクの視野も広がるだろうと思って」

「そんなことしてたら、部屋のドアに接著剤を付けて引きこもってたと思う」

「それでもわたしは強引にインクを行かせたとはず」

「なんでそこまでしてあたしを遠ざけようとするかなー!」

「許してほしい、もうそんなつもりは無い」

「當然だよ! あたしの居場所は、エターナの隣だけなの!」

インクはを乗り出し、強弁した。

必死な彼を見て、「ふっ」と破顔するエターナ。

まったくもってインクの言うとおりだ。

エターナは自らの過ちを理解している。

だからこうして、自分がいかに間違っていたかを冷靜に語ることができるのだ。

「でも、仮にわたしの思通りに事が進んだとしても……そのあと、絶対に死ぬほど後悔していたと思う」

誇張表現などではなく、文字通り、心が死んでいただろう。

それほどまでに、神の脈にインクがさらわれたときの喪失、そして怒りは相當なものだった。

どれだけ“保護者”としての理屈をこねてインクの好意を突っぱねても、止められなくなるほどに。

「そのあとさらに、わたしよりもインクのことを幸せにできる誰かが現れたら、もっと後悔したはず」

「……それでもきっと、エターナは自分に『正しいことをした』って言い聞かせて、最後まで素直にはならないんだろうね」

インクの言葉に、思わずエターナは肩を震わせ笑った。

「ふふっ、驚くほど簡単に想像できる」

「あたしは笑えないよ。そういう風に思ってるのはお互い様ってこと、ちゃんとわかってよね」

「インクも?」

「エターナはすごい人だもん」

そんな漠然とした稱賛を皮切りに、インクはエターナの褒め殺しをはじめる。

決してそれは社辭令などではなく、彼が普段、心の底からエターナに対しじていることだった。

「みんなに慕われて、頭もよくて、魔法も上手で、見た目もかわいくて。どこをとっても、あたしが隣にいるのはふさわしくないぐらい、すっごい人なの」

エターナは自覚が無いのか、あまりピンときていない様子だった。

もっとも、“頭がいい”と“魔法が上手”の部分だけは納得しているようだったが。

「なのに、あたしはそんなにすごい人から、心臓の治療や義眼の開発で時間を奪って、右腕も奪って、今回は怪我までして。そもそも、あたし普通の人間じゃ無いしね! コアが無くなったって、化の影響はまだ殘ってて、あたしのの中には間違いなくあの気持ち悪いオリジンがいる。だから……なんで、そんなあたしなんかのためにって、思うよ。當然」

「そんなことはない、わたしはやりたくてやっている」

「そんな贅沢な気持ちをけ取る資格が、あたしにあるのかな、ってこと」

いつも明るく、エターナに笑顔を見せてくれるインクの心にだって、闇はある。

出會うまではあんな人生を送ってきたのだ、四年でなにもかもがまともになるわけじゃない。

そんな彼の暗い表を見るたび、エターナはが苦しくなった。

一切の闇を払わなければ――そんな強烈な義務に駆られる。

すぐさま否定の言葉を口にしようとした彼だったが、気づいたインクは屈託のない笑みでそれを止めた。

「でも、今は違うから」

「本當に? 隠してない?」

「もう噓はつかないよ。だって好きだから。そんな屁理屈じゃどうしようもないぐらい好きで、一緒にいたいと思うから。あー……これは、もしかしたらあれなのかも。単純に、あたしの格が悪くて、エターナの人ができてるってだけなのかもしれないけど……でも、あたしはあたしのみを捨てることなんてできないから。誰よりも、他人の事よりも、あたしの都合を優先したい」

そしてインクは、に手を當てて言った。

「好き。エターナのことが。他の誰かなんていない。エターナ以上なんて、こんなあたしをんなものを犠牲にして救ってくれる誰かなんて、世界のどこを探したっているはずがない!」

真っ直ぐで、眩しくて――そんな“好き”の気持ちを、エターナは正面から強く浴びせられた気分だった。

もはや暴力的とも呼べる純粋さである。

インクのそんな想いはさゆえの一過のものだと、エターナはそう考えていた時期もあったが、四年も続けば違うことぐらいわかる。

「こんな・・・なんて言う必要はない。インクはわたしにはもったいないぐらい、よくできた子だから」

「そこも含めてお互い様だって言ったの。エターナだって謙遜してたでしょ? たぶん他の人から見たあたしってさ、エターナが思ってるほど“幸せになるべき人間”じゃないと思うよ」

「そんなことはない!」

即座に語気を強め否定するエターナ。

好きな人が自分のために必死になってくれる。

嬉しくないわけがない。

「んふふ、そこで怒ってくれるエターナが大好き。でもそんなもんだよ。まわりから見れば、オリジンの力を今もの中に宿していて、そのうえエターナの右腕を奪った、役立たず」

エターナは歯を食いしばり、拳を握りしめた。

事実、そういった心無い聲もないわけではない。

インクの出自は伏せられているが、“教會の関係者だった”という噂を信じる人はなくないのだ。

「でもね、あたしは誰にそう思われたっていい。大好きなエターナがあたしのことを誰よりも大事に思ってくれている。これ以上の幸せって、他にはないもん」

そこには噓偽りも、強がりもない。

エターナにはそれがわかる。

誰よりもインクを理解しているからこそ、すべてが本音で、本気なのだと。

「だから安心してあたしの人になってください! ……って、まだはっきりとは聞けてなかったけど、人ってことでいいんだよね?」

「……いい」

「やったぁー! ひゃっほーう!」

もう口を挾む隙など無かった。

飛び跳ねて喜ぶインクは、疑いようもなく、今まで見てきた彼の中で一番幸せそうだったから。

そしてその幸福の中心にいるのが自分であることを、人として・・・・・誇りに思う。

「これでセーラと話してるとき一方的にのろけられずに済むぞーっ!」

「喜ぶのそこなんだ……」

「最近じゃフラムやミルキットも加わって焦れ焦れしてたから、一刻も早くエターナとお付き合いしたくて仕方なかったの!」

「やけにアプローチが激しくなってきたと思ったらそういうこと……」

「それもあるけど、一番の原因は目が見えたことでビジュアル面でもエターナのことが好きになったことかな!」

「言うほど?」

「言うほど!」

人は面だとは言うが、外見を褒められて嫌な気はしない。

総じて好きになってもらうに越したことはないのだから。

「うあー、人になったと思ったら、なんか人っぽいことしたくなってきた……」

再びそわそわと病室を歩き回るインク。

「とりあえず落ち著いてほしい」

「落ち著けるわけないよぉ! というかむしろなんでエターナはそんなに落ち著きくさってるの!?」

「元からそういう分だから。まあ……心臓はバクバク言ってる」

「ほんとにぃ? ちょっと聞かせてよ」

はそう言って、いつもの調子でエターナに近づくと、耳をに當てた。

どくん、どくんと高鳴る鼓が、すぐそばに聞こえてくる。

以前の関係ならばともかく、今の二人は人になったばかり。

エターナとしても、意識せずにはいられない。

「……インク、ちょっと大膽すぎる」

「あっ……」

自分の行のうかつさに気づき、インクは非常に気まずかった。

慌てて顔を離し、わたわたと揺しながら弁明する。

「ちっ、ちちっ、違うの! 今のは決して下心があったわけではなくてー!」

「それはわかってるけど」

いつもだったら、エターナだってわざわざ言ったりはしない。

だが、今日ばかりは黙っていられなかったのである。

あまりに恥ずかしくて。

「ううぅ、人になったことで何気ないスキンシップが特別な意味を持つように……! これじゃあ前みたいにベタベタできないかも」

「わたしもなるべく意識しないように気をつける」

「ストーップ!」

インクはエターナの目の前に手のひらを突き出した。

「そこは……そこは意識しようよ! このもどかしさがの醍醐味だと思うからっ」

「はあ、そうなんだ。じゃあ、しばらくはお互いにれないように気をつけて……」

「それはあたしがさび死ぬから勘弁してほしいかも」

「さび死ぬ?」

「寂しくて死ぬ!」

若者言葉――というかインク獨特の言語行使に、エターナは困する。

も混しており、自分がなにを口走っているのかよくわかっていなかった。

「逃げてばっかりじゃ進展しないだろうし、人としてのれ合いにも慣れておかないとね」

「じゃあ結局、る方向で?」

「スキンシップはいつもどおりに、でもドキドキしちゃうのは仕方ないってことで」

「……苦労しそう」

「あたしも張しすぎて疲れないか心配だけど、それも人になったから、だしね? というかエターナは一方的にキスしてきたんだし、そこで恥ずかしがるのはおかしくない?」

「あれは追い詰められていたというか、『今すぐ伝えないと』と思っていたからできただけで、今はたぶん、無理」

「いきなりキスは、あたしにとってもハードルが高すぎたかも……あ、でもファーストキスをもらってくれたのは、すごく嬉しかった、です」

「どう、いたしまして」

を思い出し、二人して真っ赤になって俯く。

これまで生きてきて、にはこれっぽっちも縁が無かったエターナにとっても、それは初めての経験だった。

王都で行われていた研究が頓挫し、両親代わりの二人に逃してもらってから、ずっと彼は山奧に引きこもって生きてきたのだ。

時折、助けを求める麓の村人が訪れ、彼らの悩みを解消することはあったが、それも數年に一度のこと。

つまり、オリジンに見つけられて旅に出るまでの五十年ほどは、まともに他人と接することも無かったのである。

そのくせ、よくもまああんな大膽なことできたものだな――と自分でも驚いているほどだ。

そのまま黙り込んだ二人だが、インクがなにかを決意したように顔を上げた。

「キスは無理だから、ハグ! ハグしよう! いつもみたいに! 千里の道も一歩からって言うし!」

「表現が理解できないけど……わかった」

それぐらいなら日常的にしているスキンシップだ。

張はするが、できないことはないはず。

インクは立ち上がり、ベッドに座るエターナに近づく。

靴をぎ、彼の足の上にまたがって、真正面から向き合った。

(普段のハグはこんな勢ではない……)

(冷靜に考えたら靴をがなくてもベッドの橫から抱き合えたのでは!?)

早速つまづく二人。

だが一度セッティングしてしまった以上、いまさら止めるわけにも行かない。

そのまま勢いに任せて、ぎゅっと抱きつくインク。

エターナはゆっくりとその背中に腕を回した。

「う……うあ……これは……」

想像以上にに、思わずインクは聲を上げる。

一方エターナは無言だったが、かなりいっぱいいっぱいになっていた。

「エターナ、すっごいドキドキしてるね」

「インクだって」

二人のは小さい。

それだけに、相手のも、鼓も、ダイレクトにじられた。

、熱いね」

「インクだって」

「すごいね……これ」

「……うん」

ただ抱き合うだけ、それもいつもどおりに。

なのに、“人になった”というだけで、全く違う行為のように思えた。

ドキドキして、落ち著かない。

だけど離れたくない。

そんな、心地よくもちょっと苦しいような不思議な気持ちでが満たされていく。

「フラムたち、よく人前でこんなことできるよね」

「あれは違う世界の住人」

ハグなんて日常茶飯事。

それ以上のことだって平気でしてしまうのだ、もはや惚気モンスターである。

「あたしたちは、二人きりのときにこっそりしよう」

「それが賢明だと思う」

二人は固く決意した。

というか、それが普通の人というものである。

「あ、でも、もしエターナがどうしてもしたいっていうんなら……あたしは、ハグフリー、キスフリー、ラヴフリーだからね」

「なにそれ」

「求められれば、なんでもするから。どんなに恥ずかしくても、エターナのためなら、ほんとなんでも」

言ってからなんでも・・・・を想像してしまったのか、インクは首まで真っ赤になる。

さらにエターナと目が合わせられなくなり、ずるりとり落ちるように下へと移し、に顔を埋めた。

それもそれで恥ずかしそうなものだが。

「いや……さすがになんでもは無理かもしれないけど、そんぐらい、好きってことで」

そして、くぐもった聲でそう付け加える。

恥じらいながらも、インクは惜しみなく“好き”という言葉をエターナに與えてくれる。

がそういう柄ではないことぐらい、インクもわかっているだろう。

だから、仮にエターナが想いを言葉にしなかったとしても、特に催促したり、ふてくされたりはしないだろう。

しかし単純に、アンフェアで、卑怯だと思った。

相手にばかり言わせておいて、自分の分に甘えて、黙り込んでいるのは。

エターナは大きく深呼吸をすると、元にあるインクの頭をで、勇気を振り絞って聲に出す。

「わたしも、同じぐらいインクのことが好き」

それは小さな聲だったが、ちゃんとインクには屆いている。

いっぱいに溢れるおしさに、彼はエターナのに、さらにぐりぐりと頭を押し付けるのだった。

◇◇◇

その後、晝食の時間になり、インクは名殘惜しそうに部屋を出ていった。

だが食事が終われば、すぐに戻ってくるだろう。

そして彼れ替わるように、ネイガスがやってきた。

どうやら部屋の前で、ずっと待っていたらしい。

椅子に腰掛けると、彼はにやついた表で言った。

「これが年貢の納め時ってやつね」

どうやら二人の會話を盜み聞き――いや、部屋の前にいたのだから、自然と聞こえてきたのだろう。

「勝てなかった」

「年齢に?」

「自分の側からこみあげる想いに」

「あら、若いわねぇ」

実に年寄りくさい言いである。

とはいえ、実年齢は互いに六十歳と七十歳を越えているのだから、年相応と言うべきなのだろうが。

「ところでさっきインクから聞いたけど」

「んー?」

自分で淹れたお茶を口に含みながら、ネイガスは聞き返す。

「セーラの全を開発してるって話」

「んげほっ! ゴホッ! お茶が……変なところに……っ!」

あまりに突拍子もない話に、彼は思わず咳き込んだ。

ってしまったのか、そのあとも何度も咳き込んでいる。

エターナに背中をさすられながらなんとか回復すると、両拳を握ってネイガスは聲を荒らげた。

「な、なによそれはっ! なんでインクちゃんが知ってるのよ!」

「事実なんだ……」

「語弊があるわっ! 私たちはあくまで、まっとうに人としての営みをやってるだけ! もう付き合いだして四年以上経つんだから、それぐらいの刺激がないと……こう、マンネリというかね……?」

否定はしていない。

つまり事実らしい。

白けた目で、相変わらず出の多い魔族を見つめるエターナ。

「なによその目はぁ! どーせエターナたちだってそのうちこうなるわよー!」

違う、といつもなら斷言するところだが――

「かもしれない」

今日ばかりは、そう言い切れない理由があった。

「どうもわたし……自分で思っていた以上に、インクに惚れているらしい」

「あなた、今まであれだけを張ってきて、いまさら気づいたの?」

今度はネイガスが呆れる番だ。

どんなに好きでも、躊躇なく両腕を犠牲にするなんて、そうそうできることではない。

當然、周囲はとっくにエターナの気持ちには気づいていた。

「自制が無くなるだけで、こんなにもインクがかわいく見えるのかと驚いている」

「あー、素質あるわ。それフラムちゃんパターンよ」

「……さすがにあそこまでは」

インクとも『二人きりのときだけ』と約束したばかりだ。

それにエターナはのコントロールは得意なほうである、フラムのようにはならない自信があった。

もっとも、人目もはばからずにいちゃつければ、それはそれで楽しいかもしれない、とも思っているが。

「付き合いだしたころはそう思うんだけどねえ。今じゃエターナよりもガードがかったセーラちゃんもあんなじだもの」

「見た限りでは以前とそう変わっていないように思える」

「周りに人がいるときはね」

「人がいるときに自制できるならなにも問題はない」

「それ以上に素質があるって言ってるのよ。ま、あなたにもすぐわかるわ」

できればわかりたくないものだが――未來のことばかりは、エターナにも読めない。

「それで、の調子はどう? セーラちゃんは忙しいから、私が代わりに聞きに來たわ」

「一切問題ない、パーフェクトな処置」

「ふふふ、そうでしょうねえ。だってセーラちゃんがやったんだもの」

「神の脈はあのあとどうなった?」

「生存者は捕縛……でも九割方死んだわ。あとオリジンは解して、作法を記した書は全部焼卻処分されたみたい」

「それはよかった。あんなもの、二度と生み出してはならない」

「同ね」

まがいで、完には程遠かったとしても、キマイラに力を與え、“同化”の能力を使用することはできていた。

ディードの言っていたように、オリジンは正確には神などではなく、中心に“オリジン・ラーナーズ”という男がいたせいで暴走した、ただの“エネルギー生裝置”だ。

作ろうと思えばいくらでも生み出すことはできてしまう。

だからこそ、設計図の類はこの世に殘してはならないし、頭の中にある理論も外に出すべきではない。

「オリジンは解したって言ってたけど、それなら取り込まれた人たちは――」

フラムが破壊したオリジンは、助ける間もなく反転したオリジンのエネルギーに飲み込まれ消滅した。

だが、取り込まれからすでに數萬年から數年経過していたのだ、分離したところで元には戻れないだろう。

しかし今回は違う。

せいぜい數ヶ月から數日ほどしか取り込まれておらず、なおかつオリジンの規模も小さかった。

流れ込む意識がなければ、まだ助かる見込みはあるかもしれない。

エターナの問いかけは、そんな希を込めたものだったのだ。

そしてネイガスは、そんな想いを理解し、神妙な表で答える。

「死んでは・・・・いなかった・・・・・わ」

「その言い方は、つまり――」

「當然、脳に重度の障害が殘ってる。ほぼ全員が昏睡狀態で、自然回復はめない狀態ね」

エターナは目を伏せる。

予想できた事態ではあるが、“封魔”と呼ばれる希をもったを始めとして、多くの無関係の人間も巻き込まれているだろう。

しかし、こんな狀況にもかかわらず、ネイガスは笑った。

「でもそこはほら、うちのセーラちゃんだから」

「……諦めなかった?」

「むしろ『絶対に治してみせるっす』ってやる気出してるわ。その姿がかわいいのなんのって……じゅるっ」

したたるよだれを手で拭き取るような仕草を見せるネイガス。

エターナは、素直に汚いと思った。

無論、本當によだれを垂らしたわけではないが。

「あとあなたが寢てる間に起きた出來事といえば……」

「ネイガス、そもそもわたしはどれぐらい昏睡狀態だった?」

「丸二日よ」

「そんなに……」

これもまた予想はしていたが、実際に聞かされると驚きは隠せない。

気持ちは一晩寢たのとなにも変わらないというのに。

「ちなみにキリルはまだ寢てるわ、新型のブレイブとやらが相當大きな負擔だったみたいね。ああ、でも怪我とかは無いみたいよ」

「それはよかった。でも、ケーキが……」

「そこなのよねぇ」

肩を落とすネイガス。

そう、キリルの合宿には、重要な役目があったのである。

だがケーキ屋を始めとして、周囲にいた人々を守った彼を、稱えることはあっても、責めることはない。

「法律のほうは問題なく変わって、壊れた街も魔族が急ピッチで修理を進めてて、並行してお祭り・・・の準備も始まってるわ。そのあたりは予定通りに間に合いそうなのよ」

「もしキリルがしばらく目を覚まさなかったら――」

「脳に回復魔法を直接ぶちこんででも起きてもらう……というのは冗談だけど、本人はそういうのみそうよねえ。最悪、師匠さんに作ってもらうしかないんじゃない?」

それはそれで素晴らしいものができるだろう。

だがインパクトも、喜びも、キリルが作ったほうがはるかに大きいはずだ。

できれば早く目を覚ましてほしいものだが、こればかりは祈るしかない。

エターナは、ふいに窓の外を見た。

壊れた民家は、応急処置ながら元の形を取り戻しており、すでに飾り付けが始まっている場所もある。

「まだ一週間もあると考えるべきか、もう一週間しかないと焦るべきなのか」

「後者のほうが余裕はできると思うわ」

「あまり焦ると、細かいミスが出るかもしれない」

「そこは大目に見てくれるわよ、なんたって、お祭りなんだから。國王夫妻も、自分たちのときよりも盛り上げて見せるってやる気出してるみたいよ」

それはきっと、幸せな一日になる。

誰にとっても、けれど一番は、二人・・にとって。

いや、そうしなければならない。

絶対に。

だが一方で、インクと人になったばかりのエターナには思うところもあって――

(法律が変わった……わたしとインクも、あと二年すれば……)

ずっと先の話だ。

そもそも、二年経ったからといって、すぐにそういう話になるとは限らない。

しかし想像せずにはいられなかった。

そして、想像してしまえば、にやけずにいられなくなる。

あまり表を表に出さないエターナでも、こればっかりは口元を緩めずにはいられない。

「顔、緩んでるわよ。インクちゃんのウェディングドレス姿でも想像した?」

こういうとき、今までのエターナなら『違う』とふてくされるところだろう。

しかし口に出しかけて、ふと気づく。

もうそんな必要もないのだと。

「うん、想像してた。きっとよく似合うだろうと思って」

窓の外に視線を向けたまま、正直に言い切るエターナ。

ネイガスは一瞬だけ意外そうに驚くと、すぐに微笑み、「ま、セーラちゃんのほうが似合うでしょうけどね」と対抗した。

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