《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》139 お嬢さんを私にください?

ひとしきり涙を流しきったフラムは、ようやく顔を上げた。

そして周囲を見回す。

親子の再會を微笑ましく見守っていた村人たちと目があって、彼は顔を真っ赤に染めた。

「……お恥ずかしいところをお見せしました」

フラムが頭をかきながら言うと、どっと笑いが巻き起こる。

も一緒になって、誤魔化すように笑っているうちに、しずつ恥は消えていった。

その後、村人たちはフラムに近づくと、怒濤の質問攻めが始まった。

英雄たちとの旅路、オリジンとの戦い、ミルキットとの出會いに、コンシリアに戻ってきてからの出來事――フラムひとりでは答えきれない量の問いかけが次々と投げかけられるため、次第に彼はいっぱいいっぱいになっていく。

しかし、それだけ彼らも、フラムの帰還を喜んでくれているということだ。

の表には、自然と笑顔が溢れていった。

そんな中、フラムは村人たちのからし離れた場所に立つ、見覚えのある男を発見した。

おそらく、『あとからゆっくり話せばいい』と考えていたのだろう。

フラムは人混みをかき分け、二人――いや、三人に近づいていく。

「マリンと、パイル?」

そして、馴染の名前を呼ぶ。

「なんで疑問形なんだよ。俺らの顔、忘れちまったのか?」

「だって、前より大人びてるし。それに……」

同い年だった彼らは、もう二十歳すぎ。

すっかり立派な大人になっている。

だがフラムが驚いたのは、そこにではない。

「その子、まさか……?」

「私とパイルの子供だよ、フラムちゃん」

「やっぱりマリンとパイルのなのっ!? いつの間に子供なんて作ってたの!?」

「お前、村を出てってから何年経ったと思ってんだよ」

「そうそう、結婚だってするし、子供ぐらいできるよ」

「いつ!? なんで!?」

「結婚自は二年前だけど、なんでかは私にもわからないかな」

「それはひどいだろ!」

がっくりと肩を落とすパイル。

しかし、フラムにとってその二人の結婚は、あまりに意外なものだった。

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マリン自も、プロポーズをけたときは、相手がなぜフラムではなく・・・・・・・自分なのか、首を傾げたものである。

フラムには一切そんな気はなかったことはさておき――パイルは子供の頃から、彼に惚れていたのだから。

「私にもわかんないというか、予想外というか……」

「お前もひどいな」

「この子、何歳なの?」

「今は四ヶ月だよ」

「じゃあ生まれたのは私がこっちに戻ってくる直前だったんだ。うわー、かわいいー!」

「だろ? だろぉ!? うちの子なぁ、王國で一番かわいいんだよ!」

「うん、マリンに似ててすっごくかわいい」

「俺には?」

「似てない」

再び肩を落とすパイル。

フラムはけらけらと笑うと、マリンに抱かれた赤子の手をつまんだ。

「こーんにーちはっ」

「……?」

聲をかけると、不思議なものでも見たかのように、くりくりの目でフラムを凝視する。

「んふふ、お名前はなんて言うの?」

「あー……それなんだけどな」

「プラム、って言うのよ」

「プラム? 私にそっくりじゃん!」

素直に喜ぶフラムだったが、なぜかマリンとパイルは気まずそうだ。

フラムは首を傾げ、その理由を思案し――思い當たる。

「あー……あっははは、そういうことか。いいよ、気にしなくて」

二人は、フラムがもう帰ってこないと思っていたのだ。

オリジンを破壊した反に巻き込まれ、どこかに姿を消した。

普通に考えれば、それは消滅して死んだものだと思うだろう。

たとえ英雄たちが口を揃えて『フラムは必ず帰ってくる』と言っていたとしても、王都を復興させるにあたって、人々に希を與えるための方便だと思うはずだ。

だからフラムは責めない。

いや、むしろ結果として、馴染の子供が自分と似た名前になったことが嬉しい。

「……ごめんね」

「謝らないでよぉ、誰だってそう思ってただろうから。ねー? プラムちゃん?」

もちろん言葉の意味などわかるはずもないプラムは、相変わらずつぶらな瞳でフラムを凝視するだけだ。

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一方でマリンとパイルは視線を合わせ、ほっとした様子である。

フラムは、そのやり取りを見て、『ああ、ほんとに夫婦になったんだな』と実した。

そして同時に、時の流れをじて寂しさを覚える。

コンシリアに戻ってきたときも似たようなことを考えたが、故郷に戻ってくるとなおさら考えずにはいられない。

馴染はもちろんのこと、両親だって前に見た姿よりもし痩せて、老けて見えるのだから。

「ところでさ、俺のほうもずっと気になってたんだが――あの子、誰なんだ?」

パイルがミルキットのほうを見る。

二人の目が合うと、ミルキットは深々と頭を下げ、パイルも釣られて軽く會釈した。

「ああ、そろそろ紹介しとかないとね。ミルキット、こっち來て!」

手招きすると、彼は小走りで主のもとに駆け寄ってくる。

そしてフラムはミルキットの肩を抱き、マリンとパイルのほうを向いて堂々と言い放った。

「たぶん話はこっちまで伝わってると思うんだけど、この子がミルキット。ずーっと私を支えてくれたパートナーで、今は私のお嫁さんですっ」

「ど、どうぞよろしくお願いいたします」

改めて頭を下げるミルキット。

それを呆然と眺めるマリンとパイル。

もちろん村人やフラムの両親もその様子は見ており、誰もがぽかんとしている。

「あれ、なにそのリアクション。私たちの話、パトリアまで伝わってるって聞いてたんだけど」

「そりゃ、そちらのミルキットさん? が、フラムを支えたって話は伝わってるが……」

「いざ目の前に現れると、『本當にの子なんだ』って驚かされるというか。フラム、この子と付き合ってるのよね?」

「うん、もちろん」

あっさりと答えるフラム。

なくとも彼にとって、隠す必要のあることなど一切ない。

出會ってから今日まで、ずっと自分を支えてきてくれたのだ。

たとえ同し合うことに抵抗のある人がいたとしても、彼を張って『ミルキットのことが好き』と言い続けるだろう。

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もっとも――フラムのパートナーがであること自は、村にも伝わっていたのだ。

どちらかと言えば、彼らの驚きは、そのインパクトのある外見に対するものであろう。

包帯でぐるぐる巻きの顔に、メイド服を纏ったその姿は、コンシリアでも相當目立つのに、パトリアのような田舎ならなおさら浮いている。

いや、むしろ浮きすぎて、一周回って――

「獨創的というか、都會のファッションってすげえんだな」

「やっぱりパトリアみたいな田舎とは違うよねぇ」

――などと頷きながら納得している。

別にコンシリアで流行しているファッションではないのだが、訂正しないほうが場は丸く収まりそうだ。

「でもフラムちゃん。人を紹介するなら私たちより先に、おじさんとおばさんにするべきなんじゃない?」

「……確かに、それもそうだ」

というより、パトリアに里帰りした大きな理由のうちの一つが、それだ。

ミルキットを両親に紹介する――結婚前の人たちが、ほぼ必ず通る大きな関門である。

フラムはミルキットの手を引いて、若干戸いながらこちらを見ている二人のもとへ移する。

「お父さん、お母さん、この子がミルキット。事後報告になっちゃうけど……今は、ミルキット・アプリコットを名乗ってもらってます」

「よろしくお願いいたしますっ!」

さすがにミルキットも張しているのか、ぎこちないきで頭を下げる。

両親の戸いはマリンとパイル以上のようで、父ソルムは顎に手を當て、眉間にシワを寄せている。

一方で母ローザは興味深そうにミルキットを観察していた。

ひょっとすると、まさか娘が伴を引き連れて帰ってくるとは思っていなかったのかもしれない。

今回はただの里帰りで、久しぶりに戻ってきた娘を歓迎して、ゆっくり過ごして――そんな想像をしていたに違いない。

まあ、前もってその旨を伝えていなかったフラムも悪いのだが。

「……ふむ」

ソルムは考えても考えても、どう返事をしたものか思いつかなかったのだろう、難しい顔をしたままローザのほうを見た。

すると彼は微笑んで、

「ひとまず、こんな場所で話し込むのもなんだし、家にあがりましょうか?」

そんな提案をした。

確かに、村人たちが見ている中でする話でもないだろう。

◇◇◇

夜には、フラムの帰還を祝して宴が開かれるそうで、それまでの間は自由に過ごせることとなった。

本來はそのまま村長の家に行って、なにやら長話をする予定だったらしいのだが――ミルキットの、フラムの両親への挨拶という重大イベントよりも優先させるほど、彼も空気を読めない男ではない。

「変わっていないなぁ……」

実家に戻り、玄関を過ぎたフラムはしみじみと呟く。

「ここが、ご主人様の生まれ育った家なんですね」

ミルキットは興味津々といった様子で、家の中をきょろきょろと観察していた。

各々思うことはある。

しかし今はそれよりも、正式な挨拶のほうが先だ。

フラムとミルキットは、リビングでテーブル越しに、ソルムとローザに向かい合う。

「それじゃあ改めて、この子がミルキット。今は、ミルキット・アプリコットを名乗ってもらってます。事後報告になっちゃうけど、私とはそういう関係です」

張からかに力をれながら、い口調でフラムはそう告げた。

合わせて頭を下げるミルキット。

そして彼は今日に向けてあらかじめフラムと話し合い、用意しておいた言葉を発そうとしたが――張して口ごもっている間に、ソルムに先手を取られてしまう。

「話はパトリアまで屆いている。しかし、アプリコットの姓を名乗っているということは……婚約を?」

「……あぅ」

落ち込むミルキットの手を、テーブルの下でそっと握ってめるフラム。

「ううん、王國の法律じゃ同同士の結婚はできないから、名乗ってもらってるだけ。でもね、気持ちの上ではとっくに、ミルキットは私にとってのお嫁さんだから」

フラムは包み隠したりはしない。

堂々とそう宣言すると、続いてミルキットも、『今度こそ』と意気込んでフラムの両親を真っ直ぐに見據える。

「本來ならもっと前にご挨拶に來るべきだったとは思うのですが――」

二人――特にソルムは張からか、普段よりもい表で腕を組み、彼の言葉を待った。

「ご主人様……いえ、お嬢様に、私を貰っていただいてもいいでしょうかっ!」

心の底から真剣に、ミルキットは言った。

だが、それはフラムの両親の想像からはし外れていたのか――ソルムは「ん?」と首を傾げ、ローザは「んふっ」とこらえきれず噴き出す。

普通ならそこは、『お嬢さんを私にください』になるところなのだが、ミルキットの立場上、そうはならないのだ。

ならないのだが――形式上の話なので、あえて言い回しを変える必要もなかったのかもしれない、と彼は後に反省したという。

だが言ってしまったものは仕方ないので、そのまま押し通すことにした。

「その……ミルキットさんのご両親には、報告しているのかい?」

「んふふっ……ふふっ……」

どうにか真剣な表を作るソルムに対し、ローザはずっと肩を震わせ笑っている。

ツボにってしまったようだ。

もとに戻るまでひとまず放置しておき、ミルキットはソルムと話を続けた。

「いえ、心ついたときから奴隷として売られていましたので、両親は顔も知りません」

「そうか……すまないね、気の利かない質問をしてしまって」

「いえ、気にしていませんから」

「ふくく……くふっ、ふふ……っ」

二人が真面目に話す一方で、肩を震わせ笑い続けるローザ。

この様子だと、しばらく戻ってきそうにない。

さすがにミルキットも不安になったのか、その顔を覗き込みながら尋ねる。

「私、なにか変なことを言ってしまったでしょうか?」

「いいのいいの、ミルキットは別に間違ってないから」

「そう……ですか?」

狀況がわからないミルキットはソルムとローザを互に見て、あわあわと焦っている。

だが、これで笑ってくれたということは――おそらく両親には、最初から反対するつもりなど無かったに違いない。

「しばらく放っておいてやってくれ」

「はい……」

「ところでミルキットさんは、うちの娘のどんなところに惚れたんだ?」

「全てです。ご主人様のなにもかもをしていますっ」

「……そ、そうか」

あまりに真っ直ぐな瞳、そして言葉に、思わず気圧されるソルム。

もはや誰が見ても疑いようのないほど、彼には一切の噓がない。

本気で、フラムのありとあらゆる一面を、心の底からしているのである。

「なぜ、そこまでフラムのことを?」

「なにもない奴隷だった私に、全てを與えてくださったのがご主人様だからです。暖かな食事も、安心して眠れる場所も、帰るべき場所も、誰かを大切に思う気持ちも――今の私を作る心との全ては、ご主人様がいなければ存在しないものでした」

「フラムが教會に騙されて奴隷として売られた先で出會ったんだったな」

「へ?」

目をまんまるにして首をかしげるフラム。

しかしすぐに思い出した・・・・・。

ジーンを英雄ということにしておくために、表向きではそういうことになっているのだ。

「あー……うん、そうそう、そういうこと」

みなが“悪役”だと思えば、ジーンは本當に悪になってしまう。

そういう意味でも、フラムは真実を隠し通さねばならなかった。

「……おほんっ」

と、そこでようやくローザが復活する。

いや、まだ頬の筋が引きつっているが、しかし話すには問題なさそうだ。

「オリジンとの戦いの間も、ミルキットさんはフラムのことをずっと支えてくれていたのよね」

「いえっ、そんな。むしろ私が支えられていたほうですから」

「実際、ミルキットがいなかったら、私がこうしてパトリアに帰ってくることもなかったと思う」

「二人が想い合っていることは、見ているだけですぐにわかるわ。安心して、いまさら反対しようだなんて思っていないから」

「よかったです……反対されたどうしようかと」

ミルキットはに手を當て、ほっとをなでおろす。

「俺は納得してないぞ……と言うつもりだったんだが、さっきので出鼻をくじかれてしまったな」

「娘を嫁に出すのかと思ったら、逆に嫁を取ってくるなんて、想像できないものね」

「しかしだ、ミルキットさんを我が家の一員にれるにあたって、一つだけ気になることがある」

「なんでしょうか?」

「素顔は、見せてもらえないのかい?」

「そ、それは……」

うミルキット。

は不安げにフラムのほうを見た。

確かに、両親には顔ぐらいは見せておいたほうがいい気もする。

だがミルキットにとって重要なのは、それが“フラムだけのもの”であるという事実。

まあ、実際はエターナも見たことがあるわけだが、それでも今の長して人になった彼の顔は知らない。

「私も見せたほうがいいのかなと思ったんだけど……ごめん、やっぱりミルキットの素顔は私だけのものであってほしいから」

「どういうことだ?」

「元々、この包帯の下は焼けただれて、とても醜い姿だったんです。それを治してくださったのが、ご主人様でした。だから、私の顔は、ご主人様だけのものなんです」

この場にエターナがいたら、『わたしの治療のおかげでもある……』とぼやきそうだ。

別にミルキットは彼謝していないわけではない。

言ってしまえば、素顔を見せるというのは、ミルキットにとってを見せるのと同じようなものなのである。

「だがなぁ……」

しかしソルムは納得していない様子だった。

腕を組み、をへの字に結ぶ。

娘の結婚相手で、かつ義理の娘となるの顔すら知らないのは、親としてどうかと思っているのだ。

だがローザはそうは思っていないようで、やんわりと彼を諌めた。

「あなた、野暮なことは言わないの」

「ローザ。なら君は見なくていいのかい?」

「もちろん気になるわ。けれどそれが二人の約束事なら、私たちが踏み込むことじゃないわよ」

「うむ……」

妻に言われてしまっては、納得するしかない。

ソルムはもやっとした気持ちを抱えながらも、フラムとミルキットの意思をれた。

「そうだっ」

ローザは手をたたき、し重苦しくなった空気を吹き飛ばす。

「ミルキットちゃん、お願いがあるんだけど」

「は、はいっ! なんなりとお申し付けくださいっ」

「ふふふ、そこまで畏かしこまらなくてもいいわ。ただ、お義母かあさんって呼んでほしいだけなの。この人のことはお義父とうさんってね」

「呼んでも、よろしいのですか?」

ミルキットにとって、それは畏れ多いことだ。

フラムがご主人様なのだから、そのご両親は大ご主人様とでも呼ぶべき存在。

なにより、これまでミルキットには親と呼べる存在がいなかった。

単純に、その呼び方で誰かを呼ぶことに、張しているのだ。

そんなミルキットの想いを汲み取ってか、ローザは優しく微笑みかける。

「もちろんよ、あなたは私たちの家族なんだから」

「家族……」

それはミルキットにとって未知の領域である。

知らないのだから、考えたって先に待つものなんてわからなくて、繋がりながら模索していくしかない。

今日はひとまず、その関係を結べた時點で、目的は果たせたのだ。

先の不安をあれこれ考えずに、ミルキットは椅子から立ち上がると、

「それでは――お義母様、お義父様、これからも末永く、よろしくお願いいたしますっ!」

そう言って、テーブルにぶつかるほどの勢いで頭を下げた。

◇◇◇

「変わってないなぁ、この部屋も」

フラムは自分の部屋にると、ぐるっと見回しながらしみじみ呟く。

の居ない間、ローザはこの部屋の掃除を欠かしたことは無かったそうだ。

娘が旅だったその日と変わらぬ姿で殘された自室は、母のの証でもある。

「ご主人様の部屋……なんだかドキドキしますね」

ミルキットも、この家にったとき同様、きょろきょろとあたりを見回している。

「いつも同じ部屋で暮らしてるのに?」

人が自分の部屋にってくるって、特別なことだと聞きました」

「まあ、それはそうだけども」

フラムのいない間に、そういう本でも読んだのだろうか。

あるいは、インクあたりに吹きまれたのかもしれない。

まあしかし、無反応よりも、こうして頬を赤らめてそわそわしてくれたほうが、目の保養にはなる。

そんなミルキットの様子を見ながら、フラムはベッドに腰掛けた。

ふかふかの布団は真新しく、柄こそ村を出たときと変わらないものの、新しく誂えたもののようだ。

フラムが帰ってくると聞いて、急いで買い替えてくれたのだろうか。

背中から飛び込むと、コンシリアの家で使っているものと遜ない、やわらかなが全を包む。

「ふぅー……」

ミルキットを両親に紹介するという、一大イベント。

いくらフラムが人並み外れたステータスを持っているといっても、かなり力を消耗したようだ。

だが、ミルキットはそれ以上のはずである。

フラムは上半をむくりと起こし、両手を広げた。

「おいで、ミルキット」

そうわれると、彼は主に歩み寄り、そのに飛び込んだ。

二人はそのままベッドに沈み、互いのを抱き寄せる。

「お疲れ様」

「んぅ……んふ……やっぱりご主人様に抱きしめられていると落ち著きます」

「私も抱きしめてるときが一番安らぐー……」

たちにとって、これこそが最上の力回復法であった。

ぬくもりと、匂いと――なにもかもが、心とを癒やしていく。

張してたね」

「それはもう。ご主人様だって、顔が強張ってましたよ」

人を紹介するのなんて初めての経験だもん。でもこれで、両親への挨拶も済んだってことで、今まで以上にを張って夫婦だって名乗れるね」

「はい、言いふらしてしまうかもしれません」

「言っちゃえ言っちゃえ」

そうは言っても、今までだって似たようなものなのだが。

「エターナさんは呆れそうだけど」

「あの人はし素直ではありませんから」

「ミルキットも言うねえ」

「インクさんとのもどかしい関係をすぐそこで見せられていたんです、これぐらい言いたくもなります」

「確かに、戻ってきたばっかりの私でさえ焦れったかったし」

會話が途切れる。

沈黙に気まずさはなく、フラムとミルキットは、ひたすらに互いのを堪能している。

フラムの手のひらがミルキットの銀の髪をでる。

いたずらっぽくが耳たぶにれると、かすかに甘い聲がれる。

ミルキットは主の首筋に顔を埋めて、深呼吸を繰り返した。

肺いっぱいに満ちる大好きな匂いが、全に多幸をもたらす。

だがそのとき、ミルキットの表がふいに曇った。

「……ご主人様」

「んー?」

張だけじゃ、なかったですよね」

フラムの顔からも笑顔が消える。

ため息混じりに肺から空気を吐き出すと、彼は観念したように言った。

「ミルキットにはバレちゃうか」

「當然です」

パトリアに戻ってきたときも、マリンとパイルと話していたときも、両親に挨拶していたときも――親ですら気づけず、ミルキットにしかわからないほど微かに、フラムの表りが見えたのだ。

二人は一旦を話すと、ベッドの上で互いに正座して向き合った。

「さすがに五年も経ってるとさ、置いてけぼりにされたじがすっごい強いんだよね」

そしてフラムは、この村でじたことをぽつりぽつりと語りだす。

「ミルキットやキリルちゃん、インクなんかも確かに大人になってたけど、それとは違ってさ」

似た類のものではある。

というか、程度の違いでしかないのかもしれない。

だが、その差は大きい。

「マリンとパイルなんて、私と同い年の馴染だったのに、いつの間にか結婚して、子供まで作ってるし。お父さんやお母さんも、前に見たときよりもし痩せてて、年も取ってて。他のみんなもそう。ずっと……十六年間、ずっと同じ時間を過ごしてきたからこそ、なんていうか……率直に言うと、寂しいっていうか」

考えないようにしていた。

コンシリアではそれで誤魔化せた。

だが、パトリアではそうはいかなかったのだ。

単に、五年経ったみんなの姿を見たのが今日が初めてだから、というのも理由の一つなのかもしれない。

じきに慣れるだろう。

しかし、さすがに今日は、弱音の一つぐらい吐きたくなるものだ。

「あー! こういうの、もう一回やったはずなのにね! うじうじしてるの私らしくないよね! せっかくこうやって里帰りできたっていうのにっ!」

素直に喜びたかった。

ただそれだけので全てが埋め盡くされたらいいと思った。

マリンとパイルに子供ができてる? 素晴らしいことだ――でもいつの間にそんなことが。

その子供の名前が自分と似ていた? 心の底から歓迎しよう――だけど死んだと思われてたんだ。

両親が以前よりも老けて見える? そんなの経過した時間を考えれば當然だ――けれど自分が行方不明になったことで、二人に心労をかけてしまったのは間違いない。

どうしてもノイズが混ざる。

単純明快にとはいかない。

「もっと簡単に笑えたはずなのに。なんでだろうね……考えちゃうんだ、どうしても。もちろん、嬉しくないわけじゃなくって、みんなと再會できたこと、本當に喜んでるよ? でも……でも、よくないってわかってるのに、どんなに自分に言い聞かせたってどうにもならなくて……」

「いいと思います」

フラムの弱音すら、ミルキットは肯定する。

しかし無條件に、ではない。

理由はちゃんとある。

「我慢する必要なんて無いんですから。全部、吐き出して下さい。せめて私の前では。そういうもやもやを、心の中に溜め込まないでください。出してしまえばきっと、気持ちは楽になると思います」

「でも……めんどくさくない? こういう私」

「私がご主人様をそんな風に思うわけないじゃないですか。それに……その、夫婦って、後ろ向きな部分もさらけだしてこそ、だと思いますから……」

言いながら、赤面し俯くミルキット。

フラムの顔も熱くなってくる。

だが同時に、ミルキットの言葉に頼もしさをじていた。

「ミルキットって、包容力あるよね」

「へっ? そうでしょうか……」

今度はフラムがミルキットのに顔を埋める。

ミルキットはなにも言わずに、その頭を優しく抱きしめ、指で髪を梳いた。

フラムがコンシリアに戻ってきたばかりのときは、や髪は荒れていた。

あんな戦いの中にいたのだから當然である。

しかし今は、満たされた生活の中で、も健康になりつつあった。

なめらかな髪はその証拠だ。

ミルキットと過ごす平穏な生活――そんな、夢のような日々。

帰還してから今日に至るまで、そのぬくもりが、フラムの心の傷をどれだけ癒やしてきたことか。

「ねえ……しばらくこのまま抱きしめててもらってもいい?」

「はい、いくらでも」

時に取り殘され、悲しみをじてしまったのは、フラムの弱さではない。

きっと、誰だってそうなるはずだ。

どれだけ覚悟していたって、それがゼロになるわけじゃない。

だが、以前と違って、今の彼には弱音を吐く権利があった。

フラムを包む世界には、その心の弱さを許容するだけの余裕がある。

だから正直に全部吐き出して、甘えて、じゃれあって。

そうしているうちに、嫌な気持ちはしずつ消えていった。

◇◇◇

その後、フラムは両親に、旅で起きたことを詳しく語った。

一応、ジーンのあれこれはできるだけぼかして。

やはり現実と伝わっている話では隨分と容が異なるようで、ソルムとローザは、語には描かれなかった新たな事実を知るたびに目を丸くして驚き、慘劇に慄き、悲劇に涙した。

無論、全ての出來事を數時間で語れるはずもなく、その日は途中で話を切り上げることとなった。

どうせ五日はこの村に留まるのだ、話す機會ならいくらでもある。

夜、パトリアでは村をあげての宴が行われた。

フラムとミルキットを中心として、飲めや食えや、歌えや踴れやのどんちゃん騒ぎ。

フラムの知り合いが代わる代わるやってきては、『おかえり』、『おめでとう』、『末永くお幸せに』と言葉をわし、再會を喜ぶ。

村を出ていくときは年下だったが同い年になっていたり、おじさんの頭から髪のが無くなっていたりと驚くことも多々ありつつ、楽しい時間は過ぎていく。

途中からは、もうフラムのお祝いなど忘れて、好き放題に騒ぎはじめ――酔いつぶれる人間が出た頃に、宴はお開きとなった。

フラムの実家に戻ると、ミルキットはすっかりへとへとで、目が半分開いていない狀態。

ひとまず急いでフラムと一緒にお風呂にり、いつもより早くベッドにった。

◇◇◇

それから數時間後――深夜一時を過ぎた頃に、フラムは一人目を覚ます。

隣では、包帯を外したミルキットが、可らしい寢顔をさらしている。

しばしその様子を見つめていたフラムは、の乾きをじてベッドを抜け出した。

水を飲みにリビングへ向かう。

しかし、そこにはまだ明かりが點いており、ソルムとローザはグラス片手に靜かに酒盛りを行っていた。

宴でもかなり飲んでいたはずなのだが。

「……あれ、二人ともまだ起きてたんだ」

フラムが部屋に足を踏みれると、両親の視線が同時に彼のほうを向いた。

二人の頬はほんのり赤く染まっており、目つきからしても酔っていることがわかる。

だが、その量の割には酔いは淺いようだ。

「フラムか。あぁ、もしかして音で目が覚めたのか? すまなかったな」

「ううん、ちょっとが乾いただけ。まだ飲んでたの?」

「ええ、フラムが戻ってきたことを祝してね」

ローザがグラスを見せつけるように揺らしながら言った。

「もう日付変わってるよ?」

「わかってるわよぉ、でも今日ぐらいは飲みたいの」

「そうは言うが、ローザはいつも飲んでいるじゃないか」

「そういうあなただって」

そう言って、二人はケラケラと笑う。

仲睦まじい両親の様子に、フラムは思わず苦笑した。

あの頃と変わっていない。

うちの親は、昔からずっと仲がいいままだ――と安堵する。

フラムは臺所に移すると、棚からコップを取り出し水を注ぐ。

そして軽くを潤すと、壁に背中を預け、両親に訪ねた。

「本當のところ、どう思った?」

「どう、というのは?」

「私が、の子を――ミルキットを連れてきたこと」

そこに関して、ソルムもローザも深くは追及しなかった。

しかし、なにも思わないはずがない。

なくとも、この世界において當たり前のことではないのだから。

「もちろん驚いたわよ。でも、あなたの顔を見てすぐに納得したわ」

「私の?」

「見たことがないぐらい幸せそうで、充実した表だったからな」

そう言われ、フラムは自らの頬を指で軽くつまんだ。

パトリアにいた頃も、それなりに幸せにはやってきたつもりだ。

だがやはり、ミルキットと想いを通じ合わせ、なおかつ平和な生活を送れている今が――確かに、フラムの人生において最も幸せな時かもしれない。

「娘の幸せに勝るものはない、ってことよ。相手がの子だろうと誰だろうと、あなたはあなたの幸せを優先しなさい」

「親としては、できるだけそれを支えていくつもりだ」

「お母さん、お父さん……」

どこまでも暖かく――大らかで、いつまでも目標にしたくなるような、そんな親だと改めて思う。

「それとだな……あのときは、すまなかったな」

「なんのこと?」

「旅に出たときよ。本當は、行きたくなかったんじゃないかしらって、あのあとお父さんと一緒に話してたのよ」

娘が英雄として選ばれ、二人とも浮かれていたのだろう。

いや、二人だけではない――村の人々も、フラムの本心が見抜けないほどはしゃいでいた。

だから、誰一人として、彼の不安を和らげることができなかった。

王國からの命令だ、どのみち逆らうことはできなかっただろうが、せめて両親ぐらいは心配する言葉をかけておくべきだった。

「……うん、そうだね。行きたくなかったし、誰か一人ぐらいはその気持ちに気づいてくれるかな、って思ってた」

「そうよね……見送る前に気づけなかったなんて、親として失格だわ」

「でも、それも全部、過去の話だから。おかげでミルキットと出會えて、今はすっごく幸せで。だから、全然どうも思ってないよ」

フラムは屈託のない笑顔を両親に向けた。

それが余計に、二人の罪悪を膨らます。

こんなに幸せそうに笑う子がどうして、あのような悲劇に巻き込まれなければならなかったのか。

なぜ親として、それを止めることができなかったのか――と。

しかし今が幸せだと言い切ることができるのならば、親がするべきは引きずって嘆くことではない。

「フラムは本當に、彼のことが好きなんだな」

「そりゃあもう、お父さんとお母さんに負けないぐらいラブラブですからー。じゃ、そろそろ私は部屋に戻るね。あんまり離れてるとミルキットが寂しがるから」

しぐらい付き合ってもいいんじゃないのか?」

「今日は遠慮しとく。もういい時間なんだから、二人とも寢たほうがいいと思うよ」

「もうし飲んだら眠気がくると思うわ」

「なんて不健康な……」

とはいえ、それだけフラムが帰ってきて浮かれているということでもある。

日常的にこんな時間まで飲んだくれているならともかく、今日ぐらいは目をつぶったっていいだろう。

「まあいいや、それじゃあおやすみ」

「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

當たり前の挨拶をわす。

フラムはたったそれだけで目頭が熱くなる自分がなんだかおかしくて、両親に背中を向けながら頬を緩めた。

◇◇◇

その翌日、朝食を終えたところにパイルが訪ねてきた。

「よう、フラム」

片手を上げ、脳天気に笑い、子供の頃、毎日のように遊びにってきたときとほぼ変わっていない。

玄関で彼を迎えたフラムは、やけに大きな道袋を擔いだ彼を見て怪訝な表をした。

「こんな朝っぱらから、そんな格好でどうしたの?」

「今日はお前にちょっと頼み事があってな」

言いながら、どさっと袋を地面に置く。

その音からして、中はぎっしりとなにかが詰まっているようだ。

「実は、ちょっと前に近くの山が崩れたんだ。んで、その下から跡のり口らしきものが見つかったんだよ」

「ふうん、そうなんだ」

「前はよく三人でそういうとこ冒険してただろ?」

「私はいっつも二人に迷かけてばっかりだったけど」

「今回は逆だ、フラムに手伝ってほしいんだよ」

つまり、袋の中は探検用の道ということらしい。

ランプやスコップ、手袋、あとは水筒や弁當あたりがっているのだろうか。

「マリンは子供の世話があるし、最近はこの手の話をしたって『子供じゃないんだから』って突っぱねやがるんだよ。跡は男のロマン! 調べたくなるのがってもんだってのによう」

「マリンは昔から大人っぽいとこあったから。まあ、特に予定はってないから構わないけど……どうする、ミルキットも行く?」

「ご主人様が行かれるなら、ご一緒したいです」

「なら決まりだな、準備が出來たら早速出かけるぞ!」

一人で手を突き上げ、やる気を見せるパイル。

おそらく、ずっと調べたくてうずうずしていたのだろう。

それがフラムが戻ってきたことで葉ったというわけだ。

はしゃぐパイルを見て苦笑しながらも、フラム自も、実はちょっとだけわくわくしていた。

◇◇◇

パトリアの周辺にはいくつもの山があり、子供の頃からフラムたちにとってそこが遊び場だった。

もっとも、低ランクとはいえモンスターが出てくることも珍しくなかったので、そう遠出は出來なかったが――森で迷って夜まで帰れず、捜索隊まで結されて大騒ぎになったときのことを、フラムは今でもよく覚えている。

マリンとパイルと一緒にこっぴどく叱られたが、元はと言えば小を追いかけて、勝手に奧まで進んだパイルが悪かったのだ。

大人になった今、多の冷靜さはにつけたものの、彼の好奇心は変わっていないようで――

「いやぁ、ずっと調べたくて調べたくてムズムズしてたんだよ。村の連中は誰も近付こうとしないし、俺は俺でプラムのこともあるから中々山にれないし。でも今日は、フラムと話したいことがあるっていうちゃんとした理由があるからなぁ、マリンも止められなかったってわけだ」

聞いてもいないのに、パイルはとにかくよく喋った。

「じゃあ跡を探しにいくとは言ってないの?」

「言ったら『フラムちゃんをそんな下らないことに巻き込まないで』って止められるに決まってるだろ」

「確かに」

で簡単にマリンの聲で再生できる。

「にしても、ほんとパイルは変わらないね」

「人間そうそう変わらないって、マリンだって大人ぶってるだけで中はあの頃のまんまだ」

「そうなんだ……それはちょっと嬉しいかも」

「むしろ変わったのはフラムのほうじゃないのか? 前より頼もしくじるぞ、見た目やは変わってないが」

「余計だっての」

フラムもそこはかなり気にしている。

だが、ミルキットがしきりに『これがいいです』、『ちょうどいいサイズです』、『ご主人様らしくて好きです!』とベッドで言ってくるので、最近では言うほど悪くもないのかも――と思い始めているようだ。

「でも確かに、前よりは、多は自信がついたかもね」

「ステータスも0じゃないんだよな。今は100萬とかあるって聞いたが、マジなんだな。途方もない數字すぎてなにができるのか全く想像がつかないわ」

「うーん……例えばだけど」

フラムはその場で止まり、自分の足元をゆびさした。

「この山、片手で吹き飛ばせる」

「余計に想像つかねえよ」

そのまま、この場所を更地にできるという意味なのだが、実行するフラムはともかく、パイルにとってはスケールが大きすぎたかもしれない。

「なんかこの場で披できることとかないのか?」

「そう言われても、山を消すわけにはいかないし……」

顎に手を當て、考え込むフラム。

その視線が、前方十メートルほど離れた場所にある、太めの木で止まった。

「じゃあ、そこに生えてる木を素手で切ってみようか?」

「みようか? って言われてもわかんないけど、見せてもらえるなら見てみたいな」

あの木程度では、フラムの力の全てを発揮できるはずもない。

あくまでその片鱗を見せるだけだ。

は右手を手刀の形にして、軽く振り払う。

「せいっ!」

すると――ゴオォォオオッ! と激しい風が吹き荒れ、パイルは「うわっとぉっ!?」とバランスを崩さぬよう両足で踏ん張る。

主と腕を絡めて歩いていたミルキットは、フラムの腕に抱き寄せられていた。

そして、前方の木が――縦・に両斷される。

二つのパーツに分かれた幹は、それぞれ真逆の方向へと倒れていった。

「……とまあ、こんなじ」

「おおぉ……すげーな。ってないよな? いわゆる衝撃波だけで切ったんだよな!? かっけーよ! マジでかっけぇーよフラム!」

「そ、そうかな……」

パイルはフラムの手を握って、ぶんぶんと上下に振り回す。

目はキラキラと輝き、まるで寶を見つけた年のようなテンションである。

「そうだって! いやぁ、さすが世界を救ったやつは違うわ。一緒に遊んでたころは、まさかあのフラムが、こんな英雄になるとは思ってもなかったよ!」

「それは私だって思ってなかったからね」

「思えば、葉わぬだったんだなぁ……いや、旅に出なかったらチャンスもあったのか?」

「無いから」

即、斷言する。

実際、子供の頃からフラムは、パイルに友こそ抱けど、や、それに似たものを微塵もじたことはなかった。

しかし、過去のその場に立ち會わせたわけではないミルキットにとっては、死活問題である。

「ミルキット、本當に私、パイルに一切その手の類のを抱いたことないから、その殺気は抑えて? ね?」

の背中から黒い炎が燃え上がり、フラムですら背筋が凍るような殺気が放たれる。

馴染って、とても強いと思うんです」

確かに、そればっかりはミルキットでも絶対に手にれることのできない稱號だ。

がパイルをライバル視してしまうのも仕方ないというもの。

「でもミルキットはもう私の奧さんなんだから。それ以上なんて無いよ」

「それは……んっ」

それでも、“馴染”という未知の敵・を前に、不安が消えないミルキットのをフラムは奪った。

顎をくいっと持ち上げて、れるだけのキス。

「こんなことをするのもミルキットだけ」

「あふ……ご主人様ぁ……」

とろんととろけるミルキット。

いつになくキリッとしたフラム。

そして呆れた様子のパイル。

「仲いいんだな……っと、ここだここだ」

そんなやり取りをしているうちに、跡に到著した。

そこにあったのは、金屬で作られた重厚で大きな扉だ。

しかし扉には取っ手がなく、素手で開くことはできそうにない。

「なにこれ……」

「な? すげーだろ?」

なぜか自慢げなパイル。

フラムは扉に近づくと、蔦が表面を這うそれに、を確かめるようにれた。

「オリジンを封印した時代のものでもなさそう。となるともっと前の、カムヤグイサマの跡と似たような時代のものなのかな。でもエニチーデで見たキマイラの研究所にもし似てる気がする……」

「なんのことを言ってるのかさっぱりだが、中を見たほうが早いだろ。開けるぞー」

「開けかた、わかるの?」

「仕掛けはわからないけど、扉にし隙間があいてるだろ? 力ずくでどうにかなるだろ」

確かに、指がる程度の隙間がある。

「私がやろうか?」

「いんや、ここは男の仕事だろっ」

絶対にフラムがやったほうが早いのだが、そこは譲れない。

頼ってばかりでは、パイルのプライドが許さないということだろうか。

彼は隙間に指をさしこむと、「ぐぬぬ」と手の甲に管が浮き上がるほど力を込めて、扉を開こうとする。

「おっと――」

すると想像よりも簡単に橫にスライドし、人が一人れる程度までり口が広がった。

そして同時に、パンッ! という破裂音が響き渡る。

パイルの頭の上半分が、弾けて散った。

「……え?」

もはや生死の確認だとか、そんな問題ではない。

赤いなにかが飛び散り、衝撃で頭部の斷面図を見せつけるように背後に倒れ、辛うじて無事だった眼球が視神経を引き連れて宙を舞う。

あまりに明白な即死。

突然の出來事に、フラムとミルキットは呆然と立ち盡くすしかない。

「パイル……? パイルッ!」

無駄だとわかりながらも、慌てて駆け寄るフラム。

完全に油斷していた。

こんな場所で、自分が十六年間暮らしてきた村で、そんなことが起きるだなんて想像していなかったのだ。

開いた跡の門――その暗闇の向こうには、鈍をした金屬の人形が立っていた。

    人が読んでいる<「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい>
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