《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》EX4 バレンタイン・カプリッチオ

バレンタインデー、それはかつてこの世界で二月十四日に行われていた、が男にチョコレートを渡すイベント。

お菓子會社の謀だとか、元はバレンタインさんが処刑された日だとか々あるが、実際に參加している人からしてみれば託はどうでもいい。

友達に渡してみたり、好きな人への告白ついでに渡してみたり、人への表現として渡してみたり。

バレンタインを口実にして、そういうやり取りを楽しんでいただけだ。

ここコンシリアでも、バレンタインの風習が広がりつつあった。

きっかけは、太古の跡より文獻が見つかったこと。

だがそこに記されていたのは、せいぜい“想い人にチョコを渡す風習”という容ぐらいで、実際に當時の人たちがどういうノリでその日を過ごしていたのかまでは書かれていない。

なのでけ取り方は、人によってさまざまだった。

必要以上に“跡から発掘された文獻”という部分をありがたがり、『チョコは神を降ろすであり、一年に一度だけ真なる神を対面できる日なのだ』と解釈して巨大なチョコ像を作る者もいれば、『好きな人にチョコを渡せばその人のをねじまげて自分に気持ちを向けられる呪いの日』とけ取って、下心満載で作る者もいた。

もちろんそんな面倒な人間は一握りだが、なにやらただならぬ意味が込められているのでは――と思う人間はなくなかった。

それも仕方ないことだ。

今の世界においてカカオはかなり高級品で、それを素材にして作るチョコレートなど、一般市民が口にできるものではないからである。

◇◇◇

二月になったばかりのある日。

夕食の席で、インクは何気なくキリルに問いかけた。

「キリルの行ってるお菓子屋さんに、チョコって無いの?」

「さすがに無いと思うけど……どうしていきなりチョコなんて」

「お菓子屋さんなら聞いたことあるんじゃないかな、バレンタインってやつの話」

「あー、あったねそんなのも。好きな人にチョコを渡す特別な儀式、だっけ」

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「そんなものがあるんですか?」

ミルキットは興味津々だ。

それに答えたのはエターナだった。

し前に、跡から発掘された文獻から見つかったらしい」

「最近、雑誌で特集が組まれたりして、ちょっとした話題になってるやつですよね」

フラムの言葉にうなずくエターナ。

「そうだったんですね……ご主人様、そういう雑誌も読まれるんですか」

「ギルドで待ってる間とかにね」

整備された今の西區のギルドには、そういった雑誌も揃っているのだ。

以前の薄汚れていた頃は、どちらかと言うと男向けの下世話な本が多かったのだが。

「そうそう、そのバレンタインなんだけど、できればエターナに渡したいなと思ったんだ」

エターナのフォークを握る手がぴたりと止まった。

そしてし恨めしそうな目でインクのほうを見る。

だがそれは照れ隠しで、し頬が緩んでいるのは一目瞭然だった。

「そういうのは緒にしておくものだと思う」

「いやあ、どうせ手にらないだろうと思って。噂によるチョコレートには人をやらしい気分にさせる効果があるそうだから、食べさせたらエターナが勢いで押し倒してくれないかなーとか考えてたのに」

「またそういう下品な話をする……」

赤らむエターナの頬。

本格的にお付き合いを始めた二人だが、フラムとミルキットとは対照的に、非常に清いお付き合いをしているようだ。

キスも數えるほどしかしておらず、先駆者二人の濃な絡みを見せつけられてきたインクとしては足りないらしい。

「あはは……でも、お店としては手にれたい気持ちはあるみたいだよ。目玉にできるからね」

「確か、カカオとかいうのが必要なんだよね。キリルちゃんのお店では手できたの?」

キリルはふるふると首を左右に振り否定した。

「今のところ王國に栽培してる場所は無いから、南のほうで自生してる木を探すしかないんだって」

「うっはぁー、それは大変そうだね。じゃあ冒険者にも依頼が來てたりするのかな。私は気にしてなかったけど」

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「もちろんあると思うよ。木を見つけたら、軽く家が経つぐらいの報酬はもらえるんじゃないかな」

それを聞いて、インクとフラムは同時に『ほへー』と気の抜けた聲をあげた。

「ご主人様に渡せないかと思ったのですが、さすがに無理そうですね……」

「大丈夫だよ、ミルキットのはいつだって私に屆いてるから」

「ご主人様……ありがとうございます。ですがし足りないんです、私の気持ちを全て伝え切るにはそれでもまだ」

「これ以上伝えられたら私壊れちゃうかもよ?」

「それでも……なんです」

「ふふふ、本當にミルキットは私のことが好きなんだね。嬉しい」

「私も、それでご主人様が喜んでくれることが嬉しいです」

そんなやり取りをしながら、自然と近づいていくフラムとミルキットの距離。

そもそも、椅子の初期位置の時點で肩がれるほど近く、もはや最初からキスをすることを前提にしているとしか思えなかった。

「好きだよ、ミルキット」

「私も好きです、ご主人様」

「今日のご飯も、とってもおいしい」

「ありがとうございます」

「いつもありがとうね」

「いえ、私のほうこそご主人様に……んっ、支えていただいて」

「足りないの。もっと私の気持ちを伝えたい」

「だめですよぅ……私のほうが、壊れてしまいます……っ」

淺いキスを繰り返しながら、周囲の目など気にせずにいちゃつきだす二人。

ふとしたきっかけでフラムとミルキットが二人の世界にり込むのは今や日常茶飯事で、もはやエターナですら『またはじまった』と呆れることすらしない。

「カカオかぁ……そこらへんにころっと落ちてるといいんだけどなー」

「寶くじに當たるより難しい」

「夢が無いなあ、エターナは」

「リアリストだから。それにそんなものが無くたって……その……インクは、わたしの人だから、気にしなくていい」

それはエターナにとって一杯の勇気だったらしく、耳まで真っ赤に染まっている。

「エターナ……えへへ、そだね」

インクはでれっと笑った。

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その様子を見ながら、パクパクと食事を進めるキリル。

しかし彼はおかずに手をばしていない。

この空間に満ちる幸福でいくらでも食べられる――そう言わんばかりに、黙々と食べ続けていた。

◇◇◇

その翌日、ギルドには珍しくエターナの姿があった。

最近はもっぱら魔法の研究や薬の開発で生計を立てている彼だが、戦いの腕が落ちたわけではない。

テロリストとの戦いを経て、まだ力を磨く必要があると考えた彼は、以前にも増して熱心に訓練を行うようになった。

水の魔法も、周囲に浮かぶ魚型の球を使った格闘も、確実に洗練されている。

しかしながら、今日ギルドにやってきたのはそれが目的ではない。

「おやエターナ様ではないですか、いかがなさいましたか?」

付カウンターのメイアは、し驚いた様子で聲をかける。

「依頼を見たくて來た」

「珍しいですね、お金に困ってらっしゃるのですか?」

「そんなわけはない、これでもお金持ち。ただ、どういう依頼が出てるか気になって來ただけ」

「それはなおさら珍しい。Sランク向けの依頼は……ああ、こちらがございます」

差し出された書類は、『カカオ採取依頼』と書かれている。

「同様の依頼がAランク、Bランクでも出ていますが、こちらが最も報酬の高いものですね。今のところ誰もけていないようですが」

「本當に出てるんだ……目的はやっぱり、バレンタインに合わせて?」

「エターナ様、それを調べるために來られたんですね。ええそうです、商人や貴族たちがこぞってカカオ豆をしがっているようでして、中にはギルドを通さずに冒険者に仕事を依頼する方もいるほどです」

メイアはし困っているようだった。

冒険者に直接依頼すること自は違法ではない。

ギルドに手數料を取られないので、コネさえあればいい稼ぎになる。

しかしそういった依頼は、非常に危険だったり、犯罪が絡んでいたりすることも珍しくない。

そして往々にして、そういう依頼をける冒険者というのは、振る舞いが暴だったり、倫理観に欠けていたりと、問題児が多いのだ。

「すでに出発している冒険者の方も多いですし、現地が荒れていないかが心配ですわ」

「現地は混沌としていると……これはチャンスかも」

今のエターナの実力ならば、例えSランクだったとしても、他の冒険者に遅れを取ることはない。

バレンタインデーまでもう一ヶ月も殘されていない。

つまりエターナは今の段階ですでに出遅れているわけだが、それでも手遅れではないわけだ。

「まさかエターナ様、依頼ではなく個人的にカカオを探していらっしゃるのですか?」

「まあ、そういうこと」

「インク様に渡されるために、ですか」

「……まあ」

恥じらい、メイアから目をそらすエターナ。

メイアは心なしかニヤついているように見えた。

「話を聞いたところによると、カカオを手にれただけではチョコレートの原料にはならないそうですが。発酵や乾燥など、面倒な手順がいくつもあるそうですよ」

「それぐらいはわかっている。そういうのは、わたしの得意分野だから」

「現地の方もどこに生育しているかもわからないので、広大な山を探索するところから始めなければいけないとか」

「……もしかして、わたしを行かせたくない?」

「それは當然です。ただでさえ現地に人が殺到しているというのに」

「それでもわたしは諦めるつもりはない。わかった、ギルドで場所を教えてくれないなら、力ずくでもそこらの冒険者から聞き出す。ちょうど良さそうな酔っぱらいがそこにいるし」

「む……わかりました。いつも冷靜なエターナ様がそこまで言われるということは、覚悟はいのでしょう。場所をお教えいたします」

「最初からそうしておけばよかった」

「私にも責任というものがあるのです」

不満げなメイアには、現地の狀況が伝わっているのかもしれない。

それでもエターナは譲らなかった。

インクと人同士になってからしばらく経ったが、まだ彼が満足できるような“人らしいこと”ができていないのだ。

かといって、キスやそれ以上の行為はエターナの得意ジャンルではないし、いくらインクがそれを期待していても、自ら迫るのは難しい。

だからこういうイベントに參加することで、人らしさを演出していき、仲を深めていきたいと考えている。

メイアから野生種のカカオが自生している地域の報を聞いたエターナは、ギルドを出る。

そして一旦家に戻ると、すぐさま荷をまとめ、馬車ではなく水魔法で作り出した、やたら足の長いダチョウにも似た謎の乗りを駆って、現地へと向かうのだった。

◇◇◇

その日の午後――仕事を終えたキリルと、買いにでかけていたミルキットは時間を合わせ、一緒に帰宅した。

「ただいまー」

「ただいま戻りました」

聲を合わせてそう言うと、いつもなら誰かしら返事をするはず。

だが今日に限っては、なんの反応もない。

ちなみにフラムはギルドの依頼に出かけているので不在なのだが、にしたってインクはいるはずなのだ。

キリルとミルキットは顔を見合わせて首をかしげると、ひとまず家にあがる。

そして居間を覗いた二人が見たものは――風船のように頬を膨らまし、不機嫌アピールをするインクとセーラと、そんな二人を若干困った様子で見ているツァイオンの姿だった。

インクとセーラは仲がいいので一緒にいるのはわかるとしても、なぜツァイオンが――再び同時に首をかしげるキリルとミルキット。

「お、帰ってきたか」

二人に気付いたツァイオンが聲をかける。

「どうも、ツァイオンさん」

「どうかなされたんですか?」

「むしろオレがそれを聞きたいぐらいなんだが……」

彼が頭を掻くと、膨れていたセーラがいきなり立ち上がり、吠えるように聲をあげた。

「ネイガスがおらを置いて遠出しちゃったんすよー!」

それにインクも続く。

「エターナもどっかいっちゃったのー! 何日か家を開けるって、あたしを置いて!」

「……つうことらしい」

「はあ……事はわかったけど、なんでツァイオンさんが?」

キリルの言葉に、こくこくとうなずくミルキット。

するとツァイオンはさらに眉間にシワを寄せて回答する。

「それがな、うちの嫁さんも何日か空けるって出て行っちまったんだわ」

「シートゥムさんが、ですか?」

「これは集団浮気っす!」

「三人で集まってやらしいことをしてるんだー!」

「ネイガスはロリ二人に挾まれてデレデレしてるに違いないっす!」

それは100%ありえないのだが、セーラもインクもそれぐらい不満らしい。

「ですがどうして、みなさん揃って出かけてしまったんでしょうか。なにか心當たりはありませんか?」

「オレに隠れてこそこそなんか調べてたのは知ってるんだが、なにを調べてたのかはさっぱりでな」

「どうせ行くならあたしも連れてってくれたらよかったのに」

「おらも……いや、おらは仕事があるから無理っすけど。でも、旅行なら日程を合わせて二人で行くべきっすよ!」

「なら旅行ではないってことじゃないかな」

「オレもそうだとは思ってるが……だったら、目的ぐらい話してくれてもいいと思わねえか? 隠すってのがよくわかんねえんだよな」

五人で『うーん』と首をひねりながら考えるも、やはり目的はわからない。

「ネイガスに、おらより大事なものなんてないと思うんすけど!」

「うんうん、エターナもあたしのことが一番大事だって言ってくれたし!」

「なら大丈夫なんじゃないでしょうか、きっと二人のためになにかを探しに行ったんですよ」

「そうは言うっすけど、ミルキットもフラムが何日もいなかったら寂しいっすよね?」

「絶対に寂しくなって夜も眠れないはずだー!」

「それはそうですが……でも、なにかしら隠したい事があるということでしょうし……」

「ほら二人とも、ミルキットが困ってるからやめてあげてよ」

キリルがやんわりと諌めると、セーラとインクは『はーい』と聲を揃えて椅子に座る。

四年前に比べるとかなり長した二人だが、人のこととなると子供っぽさが出てきてしまうようだ。

「でも私も驚いたよ、昨日までなにも言ってなかったよね」

「はい、エターナさんからは聞いてません」

「三人揃ってどこでなにしてんだろうなぁ……」

◇◇◇

コンシリアの遙か南に、その町はあった。

時折、貴族の避寒地として使われることもある場所だが、基本的にフラムの故郷と変わらないぐらいのド田舎である。

そんなところにカカオを求めた冒険者たちが殺到しているわけで、當然宿泊施設は足りず、町の外にはテントが並ぶ異様な景が広がっていた。

「これはまた……メイアがわたしを行かせたくなかった理由もわかる」

明らかに町のキャパシティを越えた人數。

食料、水、トイレなど、様々な問題が起きているのは想像に難くない。

もちろんエターナは、そういった事態を想定して、コンシリアで食料等は仕れてきた。

水やトイレは、自の魔法でどうにでもなる。

その気になれば、水のドームを使ってベッド代わりにすることだって可能だ。

できるだけ町に迷をかけないように、施設は使わない。

しかし、報を集めるためには、やはり一度は足を踏みれなければなるまい。

「みんな心なしか慌ただしいし、表も浮かない。特需で湧いてるのはごく一部……」

歩きながら住民を観察するエターナ。

この町でカカオを栽培しているならともかく、あくまで周囲に自生している話があるだけだ。

特別ここに住む人々が儲かる、というわけではないのだろう。

「お、おい、あれエターナ・リンバウじゃねえか?」

「マジかよ、あんな大まで爭奪戦に參加してんのか!?」

エターナの格好はやはり目立つ。

ただでさえ水著のような服を著ている上に、謎のオブジェまで浮かべているのだから、もはや一目瞭然だ。

「他にもとんでもない連中が來てるらしいな」

「魔族もいるんだろ? クソッ、Bランクの依頼なんかけるんじゃなかったぜ」

はそこらじゅうから聞こえてくる話に、聞き耳を立てる。

町を見た限りでは、そこまでの大がいるとは思えなかったが――やはりそのレベルの冒険者になると、町に迷をかけないよう、しっかしと準備した上で野営しているのだろう。

つまり、今この町にいるのは、低ランクの冒険者ばかり。

信憑の高い報は期待できないかもしれない。

「それにしても……」

だから・・・なのか、あるいはメイアが言っていたように、ギルドを通さない依頼をけてきた者が多いからなのか――

「こんだけ金を積んでんだ、出せねえなんていわせねえぞっ!」

「そうは言われましても、もう商品が……」

いかにもかつての西區にいそうな冒険者が、住民に絡んでいる姿がちらほらと見けられる。

「なあ、いいだろねえちゃん。俺ら困ってんだよ。一晩だけでいいんだ、泊めてくれよ」

「困ります。そんな余裕、うちにはありませんので」

「ベッドは一緒でもいいんだ。悪いようにはしねえって、な?」

「いや……っ!」

エターナは「はぁ」と大きくため息をつくと、左手に微かに力を込めた。

「口ごたえするな! 俺はAランクの冒険者なんだ、こんな店なんて簡単に――ってなんだこの手!? 引っ張られて……うおおぉおおおおおっ!?」

「嫌がるんじゃねえよ、たった一晩だぞ? いい夢を見せてやるって言ってぶぎょぉっ!? いってぇ……なにかが顔にいきなはぶっ!? ふごぉっ!!」

すると町のいたるところから、チンピラどものび聲やらうめき聲やらが聞こえてきて、中には空高く舞い上がって町の外まで吹き飛ばされる者までいた。

「こんなことをしにきたわけじゃないんだけど……」

そう言いながらも、さすがに見過ごせなかった。

あんなのを放置していれば、冒険者やコンシリアという街の印象を悪くしてしまう。

フラムなんて王國中を文字通り飛び回って頑張っているのに、それを臺無しにするような真似は許せなかった。

するとエターナに助けられたが、こちらに駆け寄ってくる。

「ありがとうございます、助かりました」

「大したことはしていない」

「いえ、そんなことは。それに、その……あなたは、エターナさんですよね? オリジン討伐に參加した英雄の」

「まあ、一応そういうことになっている」

「うわ、本當に本だった……あの、握手してもらってもいいですか?」

口を真一文字に結んだまま握手に応じるエターナ。

ぶすっとしているようにも見えるが、こういったファンサービスに慣れておらず、し照れているだけだ。

「ありがとうございますっ! エターナさんは、もしかして他の冒険者と同じようにカカオを探しに?」

「うん。できるだけこの町には負擔をかけないようにするつもり」

「でしたら……私の知っている報、お教えしましょうか? 助けていただいたお禮になるかはわかりませんが」

「むしろあの程度のことで教えてもらえるなら安いもの」

「それはよかったです。実は、私の子供が言っていた話なんですが――」

子供の報らしく、非常に曖昧でアバウトな表現ではあったが、こうしてエターナはカカオの場所を知ることに功する。

遅れてこの町に來たにもかかわらず、他の冒険者よりも一歩先に進むことができたのだった。

◇◇◇

得た報をもとに、彼は町からし離れた場所にある山にやってきた。

「雙子山の右側、たんこぶが三つあるうちの真ん中――」

目的地に辿り著くと、ここから先は手探りでカカオの木を探すしかない。

両手で道を塞ぐツタをときにかきわけ、ときに切り落とし進んでいく。

ここに來る途中で、何度か他の冒険者の姿を見かけたが、この場所までたどり著いた者は一人もいないようだ。

周囲に人が踏みった形跡が殘っていないのがその証拠である。

「持って帰ったら、喜んでくれるかな……」

コンシリアで待つ人も、まさかバレンタインにチョコをもらえるとは思っていないだろう。

理由も告げずに家を空けてしまったことは怒られるかもしれないが、きっとそれ以上に喜んでくれるはず。

その顔を想像すると、いくらでも力が湧いてきた。

そして絡み合ったツタを魔法で切り裂くと――他よりもしだけ開けた場所にでる。

「あったわ!」

実をひとつだけ・・・・・ぶら下げた大きな木が、そこにはあった。

念願のカカオを見つけ、彼は駆け出す。

そしてカカオポッドに手をばす。

すると――

「あら?」

「……あ」

「あれっ?」

三人・・が、そこで鉢合わせた。

全員が互いの顔を見ながら、目を見開く。

「エターナに、シートゥムじゃない」

「魔族二人がどうしてここに……」

「え、エターナさんにネイガスっ!? まさか二人ともカカオを狙ってきたんですか?」

それは誰もが予想だにしなかった顔ぶれだった。

人を置いてコンシリアを発ったのは、エターナ一人ではなかったのだ。

ネイガスもシートゥムもまったく同じ目的でこの場所を目指し、そして奇跡的に同じタイミングでたどり著いた。

そして、実ったカカオポッドは一つだけ。

つまり――人にチョコを渡せるのは、この中で一人だけ。

「一応確認しておくけど、あなたたちの狙いはカカオなのね?」

「當然」

「それ以外にありませんよっ!」

「それで、私に譲ってくれるつもりはないのね?」

「インクがコンシリアで待ってるから無理」

「むしろネイガスが、私の上司特権で諦めてくれるとか……」

「無いわね」

「ですよね!」

魔王と言っても、それ以前に二人は馴染。

上司特権など通用するはずもなかった。

「でも、魔王がカカオを手にれられなかったのに、その部下であるネイガスが持って帰ったら気まずい。逆に魔王だけ持って帰って部下が手ぶらで帰ったら、上司としてのの狹さを指摘されるかもしれない。ここはわたしが持って帰るのが一番丸く収まる方法だと――」

「丸かろうと尖ってようと、私はバレンタインにセーラちゃんとチョコプレイをやるって心に決めたのよ!」

「なっ――そんないかがわしい行為にチョコを使うなんて言語道斷です!」

顔を真っ赤にして憤るシートゥム。

その反応を見て、ネイガスのいじめっ子スイッチがったようだ。

「とか言いながら、あんただってツァイオンとそういうプレイをやるつもりなんじゃないの? セイレルが言ってたけど、なかなかお盛んだって――」

「私は普通に渡します! というか魔王城に住んでるわけじゃないセイレルがそんなこと知ってるわけありませんからっ!」

「わたしも普通に渡すから、この時點でネイガスは失格」

「そうですそうです! バレンタインデーは神聖なものなんです!」

「私にとってセーラちゃんとのえっちは神聖なものよ!」

「あー! えっちって言いましたね! 包み隠さず言いましたね!?」

「えっちはえっちよ! 好きな人と気持ちよくなってなにが悪いのよ!」

「うわー! わー! ダメですよネイガスっ、こんなお天道様が見てるところで卑猥な発言は!」

「えっちえっちえっち!」

「ああぁー、ダメです! バチがあたりますからぁ! エターナさんもなにか言ってやってください!」

「……ん」

「恥ずかしくてなにも言えないってじの顔してるわ」

「どれだけウブなんですか!?」

「それは仕方ない、まだわたしとインクは……そ、そういうこと、してないから」

いかにも乙なエターナの反応を見て、固まる二人。

特に爛れた生活が日常となっているネイガスにとっては信じられないようだ。

「そんな引かれるようなことを言ったつもりはない! そもそもシートゥムは見た目が犯罪だし、セーラに至っては年齢も完全に犯罪。それで堂々としてるほうがおかしい!」

の前に法律なんて無力よ! ほらシートゥムもなにか言ってあげなさいよ」

顎でシートゥムをけしかける。

しかし彼は人差し指をに當て、「うーん」と悩みながら逆にネイガスに尋ねた。

「正直なところ、どうなんです?」

「なにがよ」

「好きになった人がかったのか、それともかったから好きになったのか……」

「はぁ? そんなのセーラちゃんがたまたまかったからに決まってるじゃない! まあ、型に興したり、長してもさを殘してくれたことが嬉しくないと言えば噓になるけど」

「うわぁ……」

「やっぱりロリコンだったんですね……実は私のことも狙ってたんでしょうか」

「案外わたしも守備範囲だったのかもしれない」

「私をだったら見境なく手を出すみたいな目で見るのはやめなさいよぉ! セーラちゃんだから! セーラちゃんだからしてるし興してるのー!」

ネイガスは必死に弁明するが、時すでに遅し。

エターナとシートゥムは彼から理的に距離を取ろうと後ずさっていた。

「ああもうっ、このままじゃ埒が明かないわ。私たちの目的は言い爭いをすることじゃない、誰がカカオを手にするかよ! こうなったら、戦いで決めましょう!」

「ここでやりあうってこと?」

「ネイガスも無謀なことを言いますね。魔法での戦いなら、私が一番強いのは知っているはずです」

得意げに、無いを張って勝ち誇るシートゥム。

実際、単純な魔力だけなら、今でも彼が一番強い。

それは認めるところだが――実戦となると事が変わってくる。

「わたしだって最近は鍛えてる。戦いの経験もそれなりにある。相手が魔族だとしても、遅れをとるつもりはない」

「ふっ、私にはの力があるわ。どんな力の差があろうと、絶対に負けない!」

「ロリコンパワーだ」

「ロリコンパワーですね」

「だから違うって言ってるじゃない!」

もはやネイガスがなにを言おうと二人に屆くことはない。

そもそもどうあがいても覆せない事実なのだから、否定したところで無意味なのは當然のことである。

「ですがネイガス、ここで戦ったらカカオの木が危ないですし、なにより他の冒険者に場所を知らせてしまうことになります。かといってこの場を離れてしまえば、その隙に奪われるかもしれない」

「確かにそうね」

「わたしは、穏便にじゃんけんで決著をつけるのがいいと思う」

「私もそれに賛します。同士で傷つけあったってなに一ついいことはありませんからね」

なにより、ボロボロになって帰ってきたらコンシリアで待つそれぞれのパートナーが悲しむだろう。

そしてその理由のあまりの下らなさに怒るはずだ。

「そうね……わかったわ、ならじゃんけんで決めましょう。恨みっこなしの一発勝負よ? いい?」

「わかってる」

「絶対に勝ちます……!」

各々が腕に力を込める。

エターナは自らの切る手札を悟られないためか、あえて水で作り出した右腕で勝負に臨むようだ。

シートゥムは天に祈るようにの前で両手を組み、瞳を閉じる。

ネイガスも左手で右の手首を摑みながら集中するような素振りを見せたが、実際はひたすらセーラとのチョコを使ったいかがわしい行為を想像し、自らをい立たせているだけである。

そしてあたりに吹いていた風がぴたりと止まったその瞬間――三人は同時にき出した。

『最初はグー!』

誰かが示し合わせたわけでもないのに、そのタイミングはわずかにもずれていない。

繰り出された握りこぶしが三つ並ぶ。

たちはそれらを一度引き、直後、再び同じように――

『じゃんけん!』

しかし先ほどよりも確実に力強く、自らの前方に突き出す。

『ポンッ!』

二人は形を変えずに。

そして一人――ネイガスは“チョキ”の形に変えて。

「……」

「ふ、勝った」

「勝ちましたー!」

喜ぶエターナとシートゥム。

一方でネイガスは、チョキを出したまま、聲も出さず、微だにせずに固まっていた。

「あとはシートゥムに勝てばカカオはわたしのもの」

「兄さん待っててくださいね、必ず私の手作りチョコを渡してみせますから」

「……」

早々に二回戦が始まろうとしている。

それでもネイガスは止まったままだった。

目は虛ろで、を失っており、生気がじられない。

しかし時間の経過することで徐々に魂は彼に戻っていき、否が応でも現実を思い知らされる。

悪い夢だと思いたかった。

セーラとのチョコプレイが実現しないなんて、そんなこと。

いっそ別の食材――例えばオイスターソースとかで再現する可能も考えたが、やはり違う。

甘くてほろ苦いチョコレートだからこそ、意味がある行為なのだ。

――絶対に、譲れない。

たとえじゃんけんで負けたとしても、それを認めるわけにはいかない。

悪あがきだと罵られようと、ロリコンだと事実を指摘されようと、いかなる手段を使ってでもチョコプレイは実現されなければならないのだ。

「……ちょ、ちょっと待って、やっぱりこういう大事な戦いを運任せの一発勝負にするのはどうかと思うのよ!」

エターナとシートゥムも鬼ではない。

特にシートゥムはネイガスの馴染。

こういうときは、一度ぐらいは大目に見てくれる――

「一発勝負って言い出したのはネイガスですよね」

――わけもなかった。

むしろ馴染だからこそ容赦がないのである。

「そうそう。それにどうせ二回勝負だって運任せなことに変わりはない」

「えぇー! やだやだやだぁー! 私もカカオがしいのー! セーラちゃんとチョコでえっちなことしたいのぉー!」

「駄々をこね始めた……」

「一番外見年齢が高いくせに、そんな子供みたいなこと言わないでください!」

「えっちするぅー! セーラちゃんの型をチョコまみれにしたいー!」

「もはやロリコンであることを包み隠しもしない」

「ドン引きです……」

ドン引きされても駄々をこねるのをやめない。

ネイガスはそれほど強い決意でこの場に立っているのだ。

まあ、そんな彼を相手する側にしてみれば、ただただひたすらに面倒なだけなのだが。

「……ん?」

そのとき、ネイガスはふいにきを止め、カカオの木を見て首をかしげた。

「ねえ、今……その木、かなかった?」

「そんなことを言って気をそらそうとしても無駄」

「そうですよ、悪あがきがすぎます! さあエターナさん決著をつけますよ!」

年狀態である。

しかしネイガスは、決して二人をだまし討しようとしているのではない。

本當に、木がいているところを見たのだ。

しかも幹が揺れるとかそんなレベルではなく、ぐにゃりと曲がる姿を。

「いや違うのよ、本當にいてたの! ほら、ほら見てよ! 位置がさっきと違うじゃない!」

あまりにネイガスが必死なものだから、しぶしぶ木のほうを見るエターナとシートゥム。

すると、木の幹が踴るようにくねる。

「……いた」

いてますね」

「でしょー!?」

自分の目で見てしまった以上は、信じるしかない。

うエターナは、人差し指を木に向けると、軽めの水鉄砲を放った。

「アクアバレット」

「グギャオォオンンッ!」

明らかに獣的な聲が周囲に響く。

「なんか鳴きましたよ」

「木が出すとは思えない音だったわ」

幻聴ではない、間違いなく木は鳴いた。

さらにエターナは、先ほどよりもし威力を強めて、魔法を連発する。

「アクアバレット、アクアバレット」

「ギャオォンッ♪ ピギャアァァッ♪」

もはや考える必要もない。

カカオの木だと思っていたものは、植ですらなかったのである。

「あれ、モンスターだ」

「しかも攻撃をけて心なしか喜んでいるように見える」

「変態モンスターですね」

として、水を得られて喜んでいるだけなのだが、どこからどう見ても悅んでいるようにしか見えなかった。

割と気持ち悪かったので、エターナは魔法を止めて様子を見る。

「それってつまり……カカオの木じゃない、ってことですか?」

「いや、わからないわよ。あそこにぶら下がってる実だけは本って可能も――」

「キシャアァァァァアッ!」

実がくるりとひっくり返り、尖った牙をむき出しにして三人を威嚇する。

「獲を呼び寄せるための疑似餌らしい」

「まんまと引っ掛けられたってこと!?」

「そんな……カカオ……兄さんとのラブラブバレンタイン……」

「インクの喜ぶ顔が……」

「セーラちゃんとの盛りパラダイス……」

落ち込む三人。

その間に、モンスター――“カカオトレント”はどこかに逃げていってしまった。

だが子供も近づくような場所に生息する、危険なモンスターに違いはない。

姿が見えなくなったあたりで、エターナは空から水の球を落下させ、押しつぶして撃破する。

微かに斷末魔のびが聞こえたような気がしたが、その程度では気分は晴れない。

「これからどうしましょうか」

「三人で協力して探してみる?」

「でもこうなると、本當にカカオの木が自生してるかも怪しいわよ?」

あくまでこの周辺にカカオがあるという噂があるだけだ。

その噂も、先ほどのカカオトレントの目撃談が元になっている可能がある。

だとすると、これ以上探しても無駄になるわけで――重い空気が彼たちと包み込む中、それはいきなり空から落ちてきた。

ずしぃんと地面を揺らしながら現れたのは、フラムだ。

は肩になぜかっこから引き抜いた木を抱えて、三人の前にやってきた。

「あー! コンシリアからいなくなったと思ったら、三人ともこんなとこにいたんですか? インクもセーラちゃんも、あとツァイオンさんも困ってましたよ?」

「フラム?」

「どうしてここにいるんですか!?」

「というか、その抱えてる木、もしかして――」

「あぁ、これですか? イーラからの依頼で、コンシリア周辺で栽培するためにカカオの木を探してきてほしいって言われたんです。あ、ちゃんと時間の進みを“無”にしてるんで、持ち運んでも痛むことはありませんよ!」

そこには、先ほどまでネイガスたちが醜く奪い合っていた赤褐のココアポッドが、いくつも実っていた。

一つだけで家が建つほどの値段で取引されているのだから、これだけの量があれば城ぐらい買えるかもしれない。

しかし大事なのは値段ではない。

それさえあれば、三人の思い浮かべる理想のバレンタインデーが過ごせるという事実である。

たちはすがるようにフラムに駆け寄り、取り囲んだ。

「な、なんかみんな、目が怖いんですけど……?」

「フラム、お願いだからカカオを恵んでしい」

「兄さんとラブラブしたいんです!」

盛りパラダイス!」

「にょた……? えっと、チョコを作りたいん、ですか?」

コクコクと何度も頭を縦に振る三人。

「依頼されたものなんで、なんとも言えないですけど……イーラに頼んでみます、ね」

その必死さに若干押されつつも、ひとまずフラムはコンシリアに戻り、渉してみることにした。

◇◇◇

イーラは驚くほどあっさりとカカオを分けてくれた。

ただし、彼にも完したチョコを一部渡すことを條件として。

実際にチョコを作ったのは、それから二週間後、バレンタインデー前日のことである。

キリルが勤める店の廚房を借り、キリルを指導役として、それは行われた。

參加したのは、エターナ、シートゥム、ネイガスはもちろんのこと、フラムとミルキット、そしてどこから聞きつけてきたのか、オティーリエの姿もそこにはあった。

する人への想いを示す日にわたくしが不參加? そんなもの死に等しいですわ!」

「相変わらず大げさですねオティーリエさん。ところで、どこで今日のこと聞いてきたんですか?」

「あらフラム、わたくしが超人的な能力を発揮するのは、どんなときかおわかりではなくて?」

「アンリエットさんですか」

「そう! これはわたくしのお姉様へのが為せる業ですわ!」

どうやらアンリエットから聞いてきたらしい。

ちなみに最近の彼は、お姉様との結婚が決まったおかげか常にこんなテンションである。

「まあ、カカオマスの量は十分にあるから、參加者が増えても大丈夫だよ」

「ごめんねキリルちゃん、忙しいのに廚房まで借りちゃって」

「むしろ私はフラムにお禮を言いたいけどな。おかげでバレンタイン當日にお店にチョコを並べられそうだし、ね」

キリルは、明日店頭に並べるチョコ作りを任されているらしい。

フラムたちと一緒に作りながら、その作業も並行して進めるつもりなのだろう。

楽しそうに笑うキリルだが、かなり大変である。

普段から遅く帰ってくる日も多く、フラムはお菓子職人が力勝負だと思い知らされた。

しかし、キリルは元から力には自信があるし、旅をしている頃よりも生き生きとした表をしていて――本當に“やりたいこと”をやれているのだろう。

「じゃあさっそく、チョコづくりに取り掛かろっか。手順は私が実演しながら説明するから、ちゃんと見ててね!」

今日だって、フラムたちに自分の得意分野であるお菓子作りを教えられるとあって、目をキラキラ輝かせている。

いつになく饒舌なキリルに教えられながら、チョコ作りに取り掛かる面々。

「ハートを……できるだけゴージャスでのあるハートを作りたいんです……!」

やけにシートゥムがハートにこだわってみたり、

「がんばりなさい、シートゥム……」

いつの間にかリートゥスがから覗いていて、どこからどう見ても悪霊にしか見えなかったり、

「む……これは意外と……」

インクのことを考えすぎてエターナが意外にも手こずっていたり、

「人に塗るためのチョコはどう作ったらいいのかしら?」

「……えっ?」

ネイガスが妙な質問でキリルを困らせていたり、

「お姉様ぁっ! わたくしの一部をあなたに捧げますわぁっ!」

「なにやってるんですかオティーリエさん!? チョコはれたりするものじゃありませんから!」

オティーリエが暴走してキリルをさらに困らせていたり、

「見てよこれ、神喰らい型チョコ!」

「うわっ、かっこいいですご主人様!」

「ミルキットはオーソッドクスに丸型なんだ」

「はい……だってこの形のほうが……口移しで食べて、舌で転がすの……やりやすそうじゃないですか?」

「そういうのしたいの?」

「……はい」

「じゃあ今やろっか?」

「あ、ご主人様ぁっ……」

フラムとミルキットがいつもどおりいちゃついたりしていたが――なんだかんだで完にこぎつけ、無事にバレンタインに間に合ったんだとか。

というわけで以下、バレンタイン當日の各人の様子をご覧ください。

◇◇◇

「なんだかんだ言って、エターナってあたしのこと好きなんだねぇ……」

「……そうやってすぐに調子に乗る」

「乗るに決まってるじゃん! あたしに渡すチョコを作るために、わざわざ何日もかけてくれたんだよ? 向こう三十年……いや、死ぬまでは周りに自慢し続けると思うっ」

「大げさな……」

そう言いながらも、心なしか嬉しそうなエターナ。

ぱっと見はが希薄に見える彼だが、一緒に過ごしているうちに、実はかなり表かであることがわかってくる。

インクはエターナのことを、見た目は子供だけど保護者で大人でかっこいい、と思っていたのだが――最近では『案外子供っぽくてかわいい』と思うようになっていた。

「んふふー」

「……なんでそこでわたしを見て笑うのかが理解できない」

「えー、エターナには無いの? あたしのことを見てるだけで幸せになっちゃう瞬間みたいなの」

「それは……あるかもしれない」

特に言葉も必要なく、見ているだけでが暖かくなる。

人になってからは――いや、それ以前からも、そういう経験はあった。

「今はそういうモードなのです」

「なら見ててくれていいけど、わたしとしてはチョコのほうも見てやってほしい」

二人の前には、皿の上に置かれた立方のチョコがある。

四辺の長さをきっちり合わせ、綺麗な正方形にしてあるあたりに、エターナの研究者基質が出ていた。

「確かにこっちもいいなあ。見てるだけチョコを作ってるエターナの姿が浮かんでくるっていうか。あたしのことを考えながら細かい作業してたのかなー、とか考えるとでれっとしちゃうよねぇ」

「チョコそのものを見てほしいんだけど……あとできれば食べた想も聞きたい」

「うん……あたしも食べたいのはやまやまなんだけどね。でも、もったいなくない?」

「食べは食べられるために生まれてくる」

「存在意義の話じゃないの! あたしにとってこれは、ただのお菓子じゃなくてね、いわば黒いダイヤモンドみたいなものなの! エターナからの寶石のプレゼント! つまり実質的なプロポーズ!」

「プロポーズはそのうちちゃんとするから」

「それとこれとは話が――って、今、エターナ、なんて……?」

「インクが十六になったら、ちゃんと」

ぼふっ、と一気に赤面するインク。

しかしエターナも負けじと真っ赤である。

「あうあうあう……不意打ちは、ずるいよエターナ……」

「インクがなかなか食べてくれないから」

「……わかった、食べる」

インクは黒いダイヤをひょっとつまみ、まずはひとかじり。

エターナの作ったチョコはかなりビターだったらしいが、不思議なことにとても甘くじられた。

◇◇◇

「さてセーラちゃん、ここに溶かしたチョコがあります」

「あるっすね」

「問題です、私はこれをどうするでしょうかっ!」

「はい!」

「セーラちゃんどうぞ!」

に塗って舐めさせる!」

「ピンポンピンポーンっ! 大せいかーい!」

言いながら、ずぼっとチョコの中に指を突っ込むネイガス。

そして得意げな表で、引き抜いたそれをセーラに見せつけた。

「というわけでまずは指から行きましょうか」

「本気でやるつもりなんすか!?」

「ロマンチックな渡し方も々考えたのよ? でも私たちって、なんかもうそういう間柄ではないじゃない?」

「隙あらばやらしいことしてるっすもんね」

二人きりの時に限るが、常にどこかしらがれ合っている。

そんな日常に、セーラもすっかり浸りきっていた。

「そういうこと。だから私たちらしく、好きな方法でやりましょう」

「まさかせっかく手にれたチョコをそんな使い方するとは……」

「はいどーぞ」

「有無を言わさずチョコまみれの指を差し出されてしまったっす。もう、ネイガスは仕方ないっすねえ」

そう言いながらも、セーラはノリノリである。

は口を開くと、ネイガスに見せつけるように赤い舌を出し、指に絡める。

そのまま咥えこんで、わざとらしく音を立てながら舐めしゃぶった。

「ちゅぱっ……ちゅぷ、れる……んっ」

「おいしい?」

「んふ……おいひいっふ。おかわりを要求するっす」

「はーい、じゃあこんどは二本ね」

増えた指で、ぬるぬるの舌を挾んだり、引っ張ってみたり。

セーラの瞳は次第に潤んでいき、れる聲もっぽくなっていく。

ネイガスもスイッチがったのか、浮かぶ笑みはぞくりとするほど妖艶だ。

「はぷ……れる……えぅ、あふ……んむ……っ」

「まだまだいっぱいあるから、今夜も楽しみましょうね」

◇◇◇

「しっかし……せめて護衛ぐらい連れて行けっての。お前の強さはわかってるが、さすがに心配したぞ」

言いながら、ツァイオンはしゃがみ込み、夫婦のベッドに腰掛けるシートゥムと視線を合わせた。

「ごめんなさい……」

は本気でしょげていた。

しかし、ツァイオンは別に怒っているわけではない。

単純に心配しているし、必死になってくれた彼の想いも理解している。

「でも、そこまでしてオレにチョコを渡したかったって気持ちは嬉しかった。あんがとな」

「あ……」

シートゥムの頭に、大きくて溫かい手が、ぽふっと置かれる。

い頃からずっと彼を守ってきた、大好きな手だ。

そのだけで、なによりも心が安らぐ。

「せっかく兄さんにあげたチョコで、しぐらい返せたと思ったのに……すぐにまたもらっちゃうんですね、私」

「夫婦に貸し借りなんざねえよ、お前はを張って好きなだけもらっときゃいいんだ」

「難しいです、謙虛ですから私」

「本當に謙虛なやつは言わねえだろそれ」

ツァイオンが笑うと、シートゥムも釣られて笑った。

その表に、先ほどまでの暗さは殘っていない。

「その……そろそろ、チョコ食べます?」

「ああ、そうだな。もったいない気もするが、食べてこそだもんな」

「それでは――」

ツァイオンと比べると小さな手でチョコをつまみあげると、彼に近づける。

「はい、あーんっ」

そして、ほんのり頬を赤くしながら、シートゥムは新婚夫婦らしく、チョコを夫の口に運んだ。

◇◇◇

「そうか、オティーリエがこれを作ってくれたのか。本當に嬉しいよ」

赤い箱と赤いリボンで丁寧に包裝されたチョコをけ取り、アンリエットは素直に喜んだ。

しかし同時に、疑問も抱く。

プロポーズ以降、なにかと暴走しがちなオティーリエ。

そんな彼が、こんなオーソドックスな包みにれて、常識的なサイズのチョコを渡してくるのが意外だったからだ。

「お姉様に喜んでいただけて、オティーリエも天に上るような気分ですわ。ところで、バレンタインで渡すチョコの材料をお姉様はご存知ですか?」

「カカオや砂糖……じゃないのか?」

「それはもちろんですが、大切な人にの深さを示すため、昔の人は自分のや髪のれたそうですわ」

それを聞いた瞬間、アンリエットの頬が引きつる。

「いや、それは……」

を使った殺規則ジェノサイドアーツは、わたくしとお姉様をつなぐ絆の一つですから」

「いやオティーリエ、待つんだ、それは違うと思うぞ?」

「わたしくのお姉様へのは、ただのチョコでは表現することができませんわ! 安心してください、お姉様。お姉様が困ると思ってこの場でを流したりはしませんわ、今日のために久々に弾倉ブラッドカートリッジを準備してきましたの!」

「普通のチョコでも十分に、十分には伝わっているから。な?」

「これを今からチョコの味のアクセントとしてたっぷりかけて、お姉様のにわたくしのをっ! を流し込むのです! そうすることでわたくしたちはさらなるで結ばれ……お姉様? どうしてわたくしの両腕を摑んでいますの? どうしてわたくしを止めようとなさっているのですか!?」

「私は、普通のチョコが食べたいッ!」

今まではなんだかんだ言ってオティーリエの意思を尊重してきたアンリエットだったが、今日ばかりは我慢できなかった。

いや、が二人を繋いでいると考える気持ちはわかるのだ。

実際、アンリエットだってオティーリエのを舐めたりしてきたわけで、結果的にそれが今の彼の依存を作り出したわけだ。

だから否定できる立場でもないのだが――そういうのを差し引いても、単純に、チョコとの味は合わない。

「……そう、ですわね。わたくしとしたことが、大事なことを失念していましたわ」

「よかった。わかってくれたかオティーリエ」

「確かにをそのままかけたのでは、味に問題が出てしまいますわ」

「うん、うん、そのとおりだ」

「まずはの味を整えるところですわね! 砂糖……いや、はちみつもいいかもしれませんわ。とにかくんな味を試してみないと!」

「なんでそうなるんだーっ!?」

アンリエットのびがこだまする。

そのあと、どうにか普通にチョコを食べることはできたそうだ。

◇◇◇

「思っていた以上に大変でしたね」

「うん。あんなに難しいことをちゃちゃっとやってみせるんだから、やっぱキリルちゃんってすごいよね」

「さすがプロのお菓子職人です。私も負けてられませんっ」

「おお、ミルキットが燃えている」

「……でも今は、これを食べることに集中しないと。せっかくご主人様がカカオを取ってきてくれたんですから」

「作ったのはほとんどミルキットだよ」

「ということは、私たちのの結晶ですね」

「なんか子供みたい」

「う、そう言われると食べにくくなってしまいます……やっぱり一生大事に取っておきませんか?」

「あははっ、取っといたらすぐに悪くなっちゃうよ。せっかくだし、二人で食べよ?」

「そう、ですね。食べものは食べられるために生まれてきたんですもんねっ。それでは私が――」

どこかで聞いたようなことを言いながら、ミルキットはチョコに手をばす。

しかしそれより先に、フラムがそれをつまむ。

「いや、今回は私が」

「あっ」

いつもはミルキットがそれを咥えて、二人で味わうのだ。

もはや食べがキスの口実にしかなっていないが、それが彼たちの日常なのである。

「ふぁい。ひいよ」

だが今日は嗜好を変えて、フラムがで挾んだチョコを、ミルキットが食べる。

まあ、キスするという結果は変わらないので、他人から見ると大差は無いように思えるが、當人にとってはそうでもないようで。

「いつもご主人様からなので……とても張してしまいますね」

に手を當てて、高鳴る鼓しでも落ち著かせようとするミルキット。

毎日のように、さんざんいちゃつきまくっている二人だが、それでも毎度、手を繋いだり、キスをしたり、抱き合ったりするたびにドキドキしているのだ。

まるで新婚ほやほやの夫婦のように。

ひょっとすると、フラムとミルキットには倦怠期という概念が存在しないのかもしれない。

「それでは、いただきますっ」

ミルキットの顔が、フラムに近づいていく。

そして開いた同士を重ね、互いの舌で一つのチョコを味わう。

ここは二人の部屋。

時刻は二十時を過ぎている。

他の住人はそれぞれのパートナーと過ごしているし、キリルもなにやら店の同僚といいじで出かけている模様。

つまり邪魔はらない。

だから當然、“食後のデザートを楽しむだけ”でその行為が止まるわけもなく――

「ふは……チョコ、無くなっちゃいました」

口の中のチョコが溶けてなくなると、自然と顔が離れる。

フラムはすぐに皿の上から円形のチョコを口にれると、舌に乗せた狀態でミルキットに見せつける。

すると彼は、貪るように食いついて、また無くなるまでキスをわす。

「はふぅ……あと、いくつ、殘ってますか?」

「まだ五個あるけど――チョコが無くなってからが本番だからね」

「じゃあ、早く全部食べてしまわないと、ですねっ」

その後、夜が更けて日付が変わり、バレンタインデーが終わっても、部屋に満ちる甘い雰囲気が消えることはなかった。

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