《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》EX6-6 マーダー
キリルは、魔王討伐の旅に出るまで、フラムと同じただの町娘だった。
違いがあるとすれば、勇者の特として人並み外れた能力を持っていたことだが――特に、剣の扱いについて訓練をけたわけではない。
ただ王國から與えられた裝備が剣だったから、今までそれを使ってきただけだ。
勇者という屬の特徴は、“萬能”だ。
やろうと思えば何でもできる。
“したい”と思えば、頭の中に選択肢が提示される。
それが一度も使ったことのない武や魔法だったとしても、である。
ウェルシーの革を被った人狼型キマイラが、腕を振り上げる。
それは人が放つ“毆打”というよりは、まるで怪が爪を振り下ろすようなきだった。
めちゃくちゃで、理にもかなっていないが、それでも十分な威力であることを、キリルはを持ってしっている。
だが――奇襲ですらないその“雑”な一撃が、キリルに命中するはずもない。
軽くを傾け避けると、彼は最小限のきで、白銀の篭手に包まれた拳をウェルシーのみぞおちに叩き込んだ。
「スタン」
パンチ自は軽く――軽いと言っても勇者基準・・・・ではあるが、オリジンコアの力を解放したキマイラを屠るほどの威力ではない。
「ぎゃふぅっ!?」
だがウェルシーのは、ふわりと宙を舞った。
そして放線を描きながら、手足をびくびくと痙攣させている。
拳が命中すると同時に、魔力が神経系統に流し込まれ能力を麻痺させたのだ。
「まだ行ける」
キリルは吹っ飛び離れていくウェルシーに接近すると、空中で並び、腹部に二打目を放つ。
「キャノン」
またしても軽い毆撃。
しかし、今度は魔力を威力に全振りしている。
「ゴゲアァッ!」
“くの字”になって床に叩きつけられるウェルシー――もとい、そのフリすらできなくなったキマイラ。
その勢いに床は耐えきれず、キマイラのは貫通し、一階まで吹き飛んだ。
背中を強打。
衝撃による擬態の解除を期待したが、形態は維持されている。
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しかし人の姿をしている部分は間借り・・・しているだけだからか、ダメージをけ、ひしゃげて、赤黒いがにじんでいた。
「ふぅ……余計に気分が悪い」
確かにキリルはフラムから話を聞いていた。
ウェルシーだけでなく、リーチや、フォイエ、そしてこの街やこのあとの戦いの中で命を落とした人々のことを。
だがやはり、実際に見るのと聞くのとでは違う。
「わ、わわ、わかった、たた?」
ろれつの回っていないの聲が聞こえて、キリルは後ろを振り向いた。
そこには捻じれたを痙攣させた、辛うじて人間に見える“誰か”が立っていた。
「駅ぶりだね。やっぱりあなたが私をここに?」
「そ、そそ、うう」
「早くショコラのところに返してくれないかな」
「でき、でで、き、ない」
「私に復讐するために?」
「……」
そいつは無言で、答えもしなかった。
キリルは彼に近づきながら、再び問いかける。
「私に復讐するために、よそからの旅行者を何十人も殺したの?」
「……わわ、わか、らなななな、いい」
「わからない? やったのは自分なのに?」
「わからら、らら、ない。わた、わたた、し、なに? なに、ため、めめめ。ここ、いる? ででも、おにちゃ、おにちゃ、すき。だから、らら――」
もはや人型と読んでいいのかわからないほど捻じれた。
だが次の一言だけは、はっきりと、向けられた込みで伝わってきた。
「しんで」
溫度の無い、あまりに冷たい殺意。
「くっ!」
とっさにキリルはをのけぞらせた。
するとその顎を、階下より放たれ、床を貫通した螺旋の弾丸がかすめる。
「そっちがそのつもりならッ!」
よろめきながらも、キリルは目の前に立つ捻じれたに接近し、拳を振るった。
だがれようとしたその瞬間、姿が霞のように消える。
「わた。わたし、ここ、ここには、もう、うう、いない」
そいつは、そんな言葉を殘して消えていく。
キリルは舌打ちをしながらも、前方に飛んで、何度か転がりながら、下から連続して出される弾丸を回避。
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そして回転の勢いを利用して立ち上がり、両足で全力疾走して階段を目指す。
跳躍して階段を全て飛び越えると、踴り場で手すりを摑んでぐるりと方向転換、一気に一階まで降りる。
「キリルちゃん、雪合戦って知ってるー?」
キリルの著地を狙って、キマイラが複數の螺旋弾を放った。
だが方向がでたらめだ。
その弾丸は壁や床を接し、削り――そこから、跳ね返る・・・・。
跳弾によるランダムの高い攻撃は、先を読んで回避するのが困難だ。
キリルは著地直後でまだ定まらない勢のまま拳を構え、のひねりを加えた渾の右ストレートを繰り出す。
「ブランダーバス!」
そこから放たれるのは、大小様々な、白い球――魔力塊。
いわば剣で放つ“ブラスター”の散弾版といったところか。
その數はあまりに多く、ばらまくというより、弾丸の壁を前方に展開するようなイメージであった。
キマイラの放つ螺旋弾の威力は高く、ブランダーバスの一発では止められないが、無數の弾丸に衝突することで勢いは削がれ、キリルにまで屆かない。
なおかつ、魔力塊は一気にばらまかれたかと思えば、一気に減速してその場に留まり、キリルを守っている。
「ひどいなー、キリルちゃんってば。私のことそんなに嫌いかなー?」
だが、キマイラはキリルに接近することを諦めなかった。
魔力塊に接することを気にする様子もなく、その中を、堂々と歩きながら突っ切ってくる。
「でもねー、キリルちゃん。私たちがこうなったのは、キリルちゃんのせいなんだよー?」
もちろん、浮かぶ球にふれるたびにバチッとはじけ、ウェルシーのは焼けただれていく。
キマイラ本にはダメージが無いので構わないということだろうか。
あるいは――そうして崩れていく被害者・・・の姿を、キリルに見せつけようとしているのか。
「はぁ……」
キリルはこれみよがしにため息をついた。
「見てるのか、聞いてるのか知らないけど、私のことが嫌いだって気持ちはわかる。この世にはオリジンもいなければディーザもいない。憎しみを向ける相手がいなくなって、もう殘ってるのは私ぐらいだから。私はさらさら責任を背負うつもりはないけど、そのまでは否定しないよ」
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「そうだよー、どうして生きてるの? 私たちは死んじゃったのに。キリルちゃんのせいで。キリルちゃんがオリジンの封印を解いたからー」
「でもね」
嫌がらせとしか思えないキマイラの言葉は無視して、キリルは話を続ける。
「無関係の人たちやショコラまで巻き込んで、悪趣味な人形遊びをやってるお前は――私の敵だ。それ以下でも、それ以上でもない!」
戦いは嫌い。
を見るのは嫌だし、誰かを毆ったり、傷つけたりはしたくない。
でも、必要ならば出し惜しみはしない。
放っておけば、もっと嫌な思いをするのは自分なのだから。
肘を曲げ、顔の前に開いた手を構える。
指先まで魔力を注ぐイメージで、満ちた指から一本ずつ折り曲げて、拳を作る。
白銀の篭手は飽和した魔力でバチバチと雷を放ち、やがてそれは手だけでなく、腕全へと広がっていった。
そして軽く足を広げ、腰を落とし、拳を振りかぶる。
続けて腳部への魔力充填。
放たれる熱で絨毯が焼け、床が溶ける。
歩み寄るキマイラ。
ウェルシーの顔は半分以上が崩れ落ち、側からむき出しのと、元々の“鳥型モンスターの頭部”が呈している。
それでも笑顔は崩さず、キリルの名前を繰り返しながら近づいてくる。
もはやそれは、キリルにとって的でしかなかった。
元より、この世界は“再現されたもの”でしかないのだ。
過去ではない。
なぜなら本來いるはずフラムの姿がどこにも見えないから。
であれば、容赦の必要など無いだろう。
「容赦なく、微塵に、あの不愉快な複製を吹き飛ばす――」
ここ最近のストレス解消も込みで、キリルは地面を蹴る。
「レールガン!」
ドゴォッ! と腳部の魔力が発的に解放され、その一瞬で屋敷を半壊させた。
キリルの加速は音速をゆうに越え、衝撃波だけで壁を削り取る。
キマイラとの距離は元から近い。
つまり速度は減衰することなく、そのスピード全てを、相手の部に叩き込んだ拳の威力に乗せることが可能である。
まず接時の衝撃で、キマイラが纏っていたウェルシーの“ガワ”が弾けて消えた。
そして――その直後に、拳に蓄えられた魔力がぜる。
辺り一帯がに包まれ、キリル自の視界すらホワイトアウトした。
さらにそのは屋敷のみならず、外にまで溢れ出し、風を伴って巻き込まれた一切合切を砕し、溶解し、散させる。
無論、巻き込まれたキマイラの跡形など、殘るはずもなかった。
「ふぅ……さすがにやりすぎたかな」
フォロースルーで前傾姿勢になっていたキリルは、を起こそうとしてふらりとよろめく。
すでにブレイブは発済みだ。
彼の全てのステータスは2萬を越え、5年前のキマイラたちを凌駕するほどになっている――とはいえ、使用後に昏睡狀態になってしまうという欠點はそのまま。
あれだけド派手に魔力を放っては、タイムリミットも近づくというものである。
さらに、軽く後悔するキリルの目の前に、見覚えのある黒い球が転がってくる。
「……げ」
キマイラは滅せても、オリジンコアは滅せず。
こんな偽の世界でも、それはしっかり再現してあるようだ。
「もう見たくもないんだけどな」
キリルは反的にそれを蹴飛ばした。
黒い球はコロコロと、瓦礫の隙間に消える。
「にしても……さっきのやつを倒しても出られるわけじゃない、か。王都を再現してあるみたいだけど、どこが出口になってるのかな」
ちょうど建も無くなったので、王都全が見回せる。
出口らしき場所を探してぐるりと一周していると――
「グギャアァァァアアッ!」
「ギエェェェエエエエッ!」
汚いび聲が聞こえてきた。
飛竜型キマイラが近づいてきている――それも二。
先ほどの攻撃に引き寄せられてきたのだろう。
「やだなあ、本當に。私はショコラに會いたかっただけなのに」
愚癡りながらも、戦闘態勢を取るキリル。
出口は、未だ見つからず。
◇◇◇
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ショコラは額や背中に冷や汗を浮かべながら、肩で呼吸する。
震える両手には、キリルから渡されたお守り――白銀の剣が握られていた。
「は……あぁ……うああ……ああぁぁああああ……っ!」
刃はに塗れている。
ショコラ自の腕や顔にも――返り・・・が飛んでいた。
「おとうさ……あ、おかあさん……私……わたしぃっ……!」
そうするしかなかった。
襲いかかってきた二人を止めるには、その剣で二人を斬り殺すしかなかったのだ。
「こんなはずじゃ……なかった……こんなこと、したかったはずじゃ……!」
カラン――と、手から剣がり落ちる。
し遅れてショコラ自の腳からも力が抜け、壁伝いに座り込む。
剣の切れ味は相當なもので、父は首から脇腹にかけて斜めに分斷されており、ショコラの目の前に二つに分解された死が転がっている。
そうしようと狙ったわけではない。
ただ、父が目の前に迫ってきたから、とっさに剣を振り下ろした――その結果である。
一方で、遅れて襲って來た母に対してショコラは、を突き刺した。
だが母は痛がる素振りを見せずに、なおも腕をばし、で赤く汚れた歯をむき出しにして娘を喰らおうとした。
すぐさま剣を引き抜こうとしたショコラだが、肋骨に刃が引っかかりうまくいかない。
そこで彼はがむしゃらに腕に力を込め、骨ごとを斷ち、脇の下あたりから刃を出させた。
その拍子に母の右腕が落ちたものの、なおも彼は活を継続。
ショコラは錯狀態のまま剣を振り回し、頭部の上から半分を斬り落とし――ようやく、きを止めた。
とはいえ、父とは異なり完全に死んだわけではないようで、切りにされた頭蓋から脳漿を垂れながしながらも、母はビクビクとを痙攣させている。
「あ……ああっ、あしゅ、ししゅ……っしょ、ああ、ひうっ……」
時折、口からと唾とともに吐き出される聲に、わずかな“まともな”母の面影をじ、ショコラは現実逃避するように両耳を塞いだ。
「違う……ちがう……ちがう……たすけて、先輩……たすけて、たすけて……」
そして青ざめた顔を左右に振る。
しかし目の前の景は変わらず。
むしろ地下室に異臭が充満することで、“殺した”という実は増す一方だ。
たとえ、いくら二人が死者だったとしても――両親を手に掛けたという事実は変わらないのだから。
そのまま地下室できが取れなくなったショコラ。
無論、どれだけ呼んでもキリルが助けに來ることはない。
もちろんショコラは、キリルが店を出た自分を追いかけていたことを知らないわけで――だからこれは『仕方のないこと』なのだ。
助けに來ないからといって、誰かを責めたりはしない。
全ては自分が選んだこと。
自業自得。
もっと早くキリルに全てを伝えていれば。
『あと一週間だけでも家族を続けたい』などとわがままを通さなければ。
父は死ななかったし、自分が二人を殺すこともなかっただろうに。
悔いて、責めて、嘆いて、嘆いて――そんな資格は無いと自分を責めて、また悔いて。
そのループが延々と続いた。
なぜ父が死んでいたのか。
どうして死ぬ必要があったのか。
そもそも、いつ死んで、いつ蘇ったのか。
ひょっとすると、昨日の父の様子がおかしかったのは、すでに死者だったからではないのか――後悔の合間合間に、無意味な推察を挾む。
だがすぐに自責の念に上書きされて、考えはまとまらない。
「ううううぅぅぅううう……!」
時折ショコラのかられるうめき聲は、自分を殺したくなる衝から目をそらすためのものだった。
そのまま、どれぐらいの時間をそうして過ごしていたのだろう――彼がふと顔をあげて、目を開くと、
「ごご、め、んん。なさ、ささ。い」
捻じれた顔が、こちらを覗き込んでいた。
「ひっ……!」
もはやび聲すら出ない。
肺が引きつり、がこわばり、ショコラは壁にすがりつく。
だがなおもそいつは、どこか悲しげに語りかけてきた。
「おお、な、じ。おにちゃ、お、なな、じじ。なのに、ににに。かなし。どど、して。ど、して……でも、もも、わわ、た、わた、し。おにちゃ、だから。ごえん、なさささ、い」
聲を聞いていると、相手が悪意を持っているわけではないことは伝わってきた。
それでも恐ろしいものは恐ろしいので、ショコラの恐怖が和らぐわけではないのだが。
「もう、何なの……? あなたがやったの? お父さんを、こんな……っ!」
「……」
化は何も答えない。
すると、プルルルル――と、地下室に端末の著信音が鳴った。
化とショコラは、部屋の隅に無造作に落ちている端末を見る。
「お父さんの端末……っ!」
ショコラは這いずるようにそれに近づき、手にとった。
畫面には発信者の名前が表示されている。
「先生って……」
「おにちゃ」
「え?」
「おにちゃ、かか。ら。で、でで、て」
「先生は、あなたのお兄さんなの?」
震えるで、辛うじて頭を下げるような仕草を見せる化。
二人が兄妹だからと言って、何がわかるわけでもないが――ひとまずショコラは端末を耳に當て、『先生』と初めて言葉をわすことにした。
「……もしもし」
『その聲は……そうか、生き殘ったのか。それは運が良かったな』
聞こえてきたのは、思っていたよりも落ち著いた、大人の男の聲だった。
低く、の読み取りにくいその聲は、冷たい――というよりは、無気力にも聞こえる。
「私のこと、知ってるの?」
『ああ、知っているさ。キリル・スウィーチカに近づいてくれたんだろう? そのまま殺してもらうつもりだったが、計畫は失敗してしまったらしいな』
「お父さんをけしかけたのは、やっぱりそのつもりで……」
『それもある。だが一方で、私は真実を教えただけでもある』
「真実なんかじゃない。先輩はられてたって言ってた! そのことを、あんたは知ってたんじゃないの!? 知ってた上で、わざと隠したんだ!」
『信じたのか、キリル・スウィーチカの言葉を』
「え……?」
『自分の母を死に追いやった人間の言葉を、し絆されたぐらいで信じたわけか。単純なんだな君は』
「じゃあ、違うっていうの? 先輩が噓をついてたって!」
『いいや、彼がられていたのは事実だ。エターナ・リンバウとジーン・インテージから確認は取れている』
「っ……ふざけないでっ! それで私を弄んでるつもりなわけ!?」
涙混じりに、聲を荒らげるショコラ。
化はそんな彼の様子を、し離れた場所でじっと見つめている。
『確かに――言われてみればそうだな。なぜ私は今のような言葉を発してしまったのだろう』
「は?」
『ひょっとすると、私は苛立っていたのだろうか。なるほど、そうかもしれないな。キリル・スウィーチカと懇意にしている君という存在が、気に食わなかったのかもしれない』
「何、わけのわかんないこと言って……」
『そうか、そういうことか。いや、私らしくないと思っていたんだ。なぜ食事に毒などれさせたのか。同じ被害者である君の父や君自を殺す必要など無いはずなのに、そのようなことを君の母にさせたのか。なるほど、“苛立ち”――そう考えると説明がつく』
「毒……? 今、私にも毒って……」
『ああ、君の父親が先に死んだのはたまたま――というより、年齢による力差だな。自覚は無いだろうが、すでに君のも父親と同じ毒に蝕まれている』
「そんな、どこでっ!?」
『母親の作った食事だよ。れさせたんだ、私が。そう指示を出して』
ショコラのからの気が引いていく。
心當たりがあるわけではない。
だが先生の言う通り、いくらでも毒を仕込む時間があったことは間違いない。
『君は……そうだな、今日一日保てばいいほうだろう』
余命宣告は、あっさりと行われた。
いささか現実の無い言葉だったが――ショコラのすぐ橫には、その実例が転がっている。
「……何なの。何が目的なのぉっ!」
『人は私を冷靜沈著で打算的な男だと言うが、今回に関しては違う。行きあたりばったりだよ』
「行きあたりばったりで、一どれだけの人間を殺すつもり!?」
『最初は、私と同じ五年前の被害者を救うつもりだった』
「だったって……何で、そんなに適當に……殺すとか、死ぬとか……!」
『本當はどうでもいいのかもしれないな、他人の命も、キリル・スウィーチカへの復讐も。真に復讐するべきオリジンもディーザとやらも、この世にはもう存在しないのだから。守るべきものもいない。私の命は無価値なんだろう』
「だったらとっとと死ねばいいでしょうがぁッ! 一人でっ! 誰も巻き込まずにぃッ!」
『ごもっともだ』
ショコラの、聲が枯れるほどの怒聲を聞いても、“先生”のはびくともしない。
『しかしな、困ったことに、私には見つけられないのだが――私の中のどこかには、キリル・スウィーチカを殺したいと思うがあるらしい。多なりとも、他人を巻き込んでも構わないと考える程度には。しかしそれは――』
「もう、いい。わかった。要するにあんたは、私を人質にしようとしてるんでしょ? 先輩を殺すために私を使いたいんだ」
『それはどうだろうか。私は最初、君が父親に殺されるだろうと予想していた。仮に生き殘ったとしても、君は毒で今日中には死ぬ。解毒剤も無いから、人質としては有効ではない。ああ、でもそうだな……君がキリル・スウィーチカに絆されただけでなく、逆もあるわけか。だったら、人質ではなく、目の前で死んでもらうのが有効かもしれない。どうだ、ショコラ・チコルラトル。彼は君が死んだら、多なりとも悲しんでくれると思うか?』
ショコラは端末を握る手に力をれ、歯を強く食いしばりながら、潤んだ瞳から涙を流す。
なぜそうも、大切なことをさらっと言ってしまうのか。
解毒剤が無い、と――だったらショコラが死ぬのは、もう決まったことではないか。
「は……あはは……そんなの、悲しむに決まってるじゃん。先輩は、かわいいかわいい後輩のことが大好きでたまらないんだから。世界の終わりみたいに、わんわん泣くに決まってるでしょうがっ!」
『そうか、それはよかった』
ショコラの八つ當たりも皮も、先生には屆かない。
「う……うぅ……うわあぁぁぁあああああっ!」
ありったけのをぶつけた言葉を簡単に流されると、ショコラは端末を手から落とし、泣いているのか、怒っているのか、自分でもわからないび聲を室に響かせた。
その様子を見守っていた化はショコラに近づくと、落ちた端末を拾い上げ、耳らしき場所に當てる。
「おに、ちゃ」
『彼を連れて戻ってくるんだ』
「わ、わか、た」
化が涙を流すショコラの肩にれると、二人は一瞬でその場から消える。
地下室には、両親の亡骸だけが殘された。
◇◇◇
フラムはエターナに連絡を取ったあと、ミルキットをお姫様抱っこして、急いで王城方面へと向かっていた。
エターナやジーンが普段いる研究所もその近くにある。
「ご主人様……」
エターナとの通話を切った直後、フラムはミルキットに『後で説明するから』とだけ言って駆け出した。
その表だけで、事態が深刻であることが伺える。
ミルキットはエターナとの會話容を聞いていないので、なぜフラムがこんなにも焦っているのかはわからない。
だが聞いたところでミルキットに何かができるわけではないだろう。
今の彼にできることは、フラムが移しながら通話できるように、耳に端末を當てておくことぐらいだ。
「はい、クロスウェル・マトリシスです。資料は研究所に持ってきて――え、ウェルシーさんの関係者としてすでに名前があがってる?」
地上の人々は、空を飛び移するフラムを見上げて歓聲をあげている。
『本人はもちろん、研究所の人間にも証言を取っている。だが誰もが口を揃えて『彼に不審な點は無い』と言っていた。もちろんシア・マニーデュムもな』
端末の向こうでアンリエットが答えた。
彼の手元には資料は無かったが、それぐらいの報なら頭にっていた。
クロスウェルはそれだけ、軍に所屬する人間の間でも有名人ということである。
フラムも、エターナたちの同僚として、名前ぐらいは聞いたことがあった。
もっとも彼の同僚は一人や二人ではない上に、人となりまで知っているわけではないので、自の知識だけでは容疑者として個人を特定することはできなかった。
「でもウェルシーさんと関係あるんですよね?」
『直接ではないが、リーチ・マンキャシーに雇われていた冒険者だったようだな』
「がっつり関係してるじゃないですか……やっぱりおかしいですよ、研究所の人たち!」
『すでに何らかの魔法がかけられているということか。だが、エターナ・リンバウやジーン・インテージに気取られずに、そのような魔法をかけることが可能なのか?』
「不可能でしょうね。ただ一つの方法を除けば」
『それは――』
アンリエットがそう尋ねようとした瞬間、彼のいる宿舎の部屋の窓がバンバン! と叩かれた。
ミルキットを抱えたフラムが、重力を無視して外に立っている。
端末をテーブルに置いたアンリエットは窓を開き、二人を室に招きれた。
「さすがに心臓に悪いぞ」
「すいません、端末越しより直接話した方が早いと思って」
フラムの腕の上にいるミルキットはぺこりと頭を下げた。
そして三人はソファに腰掛け――降ろされたミルキットは微妙に寂しそうな顔をしていたが――クロスウェルについての報換を再開する。
と、ちょうどその時、部屋の扉がノックされ、兵士がクロスウェルに関する資料を運んできた。
「ナイスタイミングですね」
「本來はこれを研究所まで持っていく予定だったんだ。それで、クロスウェルについてだが――先ほど話した通り、リーチ・マンキャシーに雇われていた。主な仕事は、馬車の護衛や貴重な素材の収集だったようだな」
「リーチさん、こんな人まで雇ってたんだ……」
「なのに薬草の収集はご主人様とセーラさんに頼まれましたね」
「すでに有名人だったからな。堂々と、教會にじられている薬草を取らせるわけにはいかなかったんだろう」
Sランク冒険者を雇う――それは商人としての地位を示す意味もある。
裏に手を組み、表にできない仕事を任せるのもいいが、公表することにそれ以上のメリットがあるのだ。
それに、リーチはサティルスのように、裏でこそこそとく冒険者を雇うのは好まないタイプだ。
フラムやセーラの時は、妻であるフォイエが病に伏せっていたということで、特例だったと考えられる。
「他にクロスウェルについて気になる報はありませんか?」
「話すより目を通してもらった方が早いだろう」
フラムは手渡された資料に目を通す。
ミルキットも邪魔しないように覗き込んだ。
「い頃、両親に捨てられ孤児院へ。十代に冒険者になり、魔法の才能が開花。數年のうちにSランクに上り詰めた。報酬のうちの大半は、孤児院に寄付していた」
「そこまで悪い人、には聞こませんね」
「うん……でもその後、教會運営の孤児院が増えたことでクロスウェルの育った孤児院は閉鎖。彼は孤児院に居た“キナ”というをツテを使ってリーチさんの屋敷で雇わせた……」
「キナって……あのキナさんですか!?」
當然、二人とも覚えている。
られたキリルによってオリジンの封印が解かれ、王都が火に包まれた五年前のあの日――リーチの屋敷で捻じれながら死んだ、あののことを。
「クロスウェルって人、キナさんとお知り合いだったんですか……」
「キナというのことを知っているのか?」
アンリエットの問いかけに、フラムは靜かに頷く。
「そっか、あの馬車に乗ってたの、キナさんだったんだ」
「何だって?」
「見覚えがあるはずだよ。目の前で死んだんだから……」
「じゃあご主人様、クロスウェルはネクロマンシーの技を使ってキナさんを蘇らせたってことですか!?」
「ううん、それだけじゃああはならないと思う。最初はシアさんの能力を使ってキナさんを生き返らせようとしたんじゃないかな。でもうまくいかなくて……出來上がったのは、あんな化だった」
もはやキナと呼べるかもわからない、の捻じれた怪。
しかし完全に失敗したわけではなく――彼は、微かではあるがキナの意識や記憶らしきものを保持していた。
「だったら、やっぱりそうだ。クロスウェルって男はすでにシアさんの能力を……仮に違ったとしても、それに近い力を自由にっている……」
「さっきからどういうことだ? シア・マニーデュムの“夢想”は人々の“噂”があって初めてなりたつ魔法のはずだろう」
シアのもつ夢想の屬は、まずシア自が“存在しない事象”、あるいは“存在”を実在すると信じ込むことで発する。
その後、周囲の人間が夢想によって現化した存在を信じることにより、信じた人間一人一人から微小な魔力を吸収し、さらにその存在を大きなものとしていく。
つまり、第一に『シア自が信じること』、そして次に『周囲の人間が生じた存在の実在を信じること』の二段階が必要となる。
そういったハードルの高さがあるため、研究所による管理が行き屆いてさえいれば、絶対にシアの能力は発しないはずだった。
「アンリエットさん、研究所に向かいましょう。私がどれだけ話したって想像の範疇を越えません。行って暴くしか無いんです!」
「その前に多の説明は聞きたいが――わかった、そうしよう」
アンリエットは立ち上がり、ハンガーにかかったコートを羽織り、壁にかけられた剣を手にする。
フラムは再びミルキットを抱えると、
「先に行ってます!」
「ああ、すぐに追いかける」
窓から飛び出し、すぐそばにある研究所を目指す。
ミルキットはフラムの首に腕を回し、ぎゅっと抱きついていた。
「さっきのエターナさんとの通話だけど――」
走りながら、フラムは口を開いた。
「シアと接した人間の名前を聞いたら、エターナさんはすぐにクロスウェルの名前を出してくれた。でもね、『絶対に彼は犯人じゃない』って言うし、リーチさんとのつながりも教えてくれなかったの」
「どうして……エターナさんだったら、多なりとも疑うはずです!」
フラムは研究所のり口をくぐり、付で一旦止まる。
館証は持っていない。
「そう、だからね、たぶん何かしらの魔法をかけられてるんだろうと思って。誰もこの狀況に気づいてないってことは、たぶんジーンや、シアさん自も」
「そんなことありえるんですか? だってエターナさんですよ!?」
「ありえないと思いたいけど――もし本當に、クロスウェルがシアさんの能力を使いこなしているんだとしたら」
アンリエットが言っていたように、シアの力は條件が満たされて初めて発するもの。
それを任意にる方法など想像もつかないが――まあ、それも見て確かめればわかることだ。
「エターナさん、りますね」
端末で會話した時に、エターナの現在位置は聞いている。
フラムはミルキットを下ろすと、返事も聞かずに室に踏み込んだ。
「フラム。いきなり通話を切ったかと思えば、急に部屋にってきたりして……」
椅子に座ったまま、くるりとフラムの方に振り返るエターナ。
フラムは彼に気持ち大きめの歩幅で近づくと、顔を寄せて問いかけた。
「エターナさん、単刀直に聞きます」
「その前にわたしの話を聞いてしい」
「クロスウェルに怪しい點はありませんか?」
「だから……はぁ。彼が犯人というのはありえないから」
「理由を教えて下さい」
「理由と言われても、ありえないものはありえない」
「クロスウェルはリーチさんに雇われていたそうですね」
「それはそうだけど……」
「私が遭遇した怪は、どうやら彼と仲の良かった、“キナ”というリーチさんの屋敷で働いていた給仕のの子だったようです」
「気の所為かもしれない」
「どうしてそう言い切れるんですか?」
「どうもこうもない。わたしはそう確信しているという話。彼を疑うぐらいなら、他の人間を調べた方がいい」
フラムは頭を抱え、「はぁ」と大きくため息をついた。
エターナはその仕草を見て怪訝そうな顔をしている。
「フラム、さっきの通話もそうだったけど様子がおかしい。何か気になることがあるなら言ってしい」
フラムの苛立ちは、エターナはもちろんミルキットから見ても明らかだった。
だが一方で、エターナの言に違和があることに、ミルキットは気づいている。
そしてフラムの苛立ちが、エターナに向けられているわけでもないことも。
「今の世界でそうそうまずいことなんて起きない――というより起こせない・・・・・と思ってたけど、そうでもないんだね」
そう言ってフラムは、エターナに向けて手をかざす。
「消し飛べリヴァーサルッ!」
手のひらから放たれる膨大な量の魔力。
それは保険・・でもある。
萬が一、エターナに仕掛けられた“それ”が、フラムが想定している以上の強度・・を持っていた場合の――
「フラム、一何をっ!?」
「ご主人様!?」
エターナとミルキットの驚愕は當然のことだ。
しかし、二人が反応する頃には、すでに事は終わっていた。
「これでよしっ、と」
フラムは軽く手を叩きながら、一人達に浸る。
「答えてフラム。今のは何を消して――」
「エターナさん、もう一度聞きます」
「まずはわたしの質問に答えて」
「その答えを探るために必要なんです。ですから聞かせてください。クロスウェルは怪しいと思いますか?」
「何度同じ質問をされてもわたしの答えは変わらない。クロスウェルを疑うだけ――」
「どうしてそう思ったんですか?」
「……」
「今のエターナさんは、あの男の怪しい點が思い浮かぶはずです」
「どうして……」
「おかしいですよね。理由も無しに、無條件に信じるなんて」
エターナは理解し、戦慄した。
自分の思考に生じた異常と、その異常を認識できていなかった自分自に。
「……フラム。これは、クロスウェルがやったこと?」
「おそらくは。たぶん研究所にいる人たち全員にこの魔法がかけられてるんだと思います」
「ご主人様。それって、クロスウェルという人を疑わないようにした、ってことですか?」
ミルキットの言葉に、フラムは頷く。
「“絶対に誰にも気づかれない認識齟齬魔法”、そう條件付けをして力を発させたんだと思う。エターナさん、シアさんはどこにいますか?」
「施設にいるはず。おそらくはジーンと一緒」
「會いに行きますか、ご主人様」
「うん……と思ったけど、クロスウェル本人に會ったほうが早いかもね。もしここにいるんなら」
「あの男は施設にいるはず。基本的にあまり外には出ない」
「案してもらってもいいですか?」
「もちろん」
エターナの先導で部屋を出るフラムとミルキット。
クロスウェルが使っている研究室はそこからすぐ近くだが、そこにたどり著くまでの間に、フラムはエターナに、キリルやショコラの今の狀況を話した。
「キリルが消えた?」
「ショコラって子の家にった途端、です。追いかけようと扉を開いてみたら、もう違う場所に繋がってました。それで私でもれそうになかったんで、こちらに來たんです」
「現実味のない景でした……まるでカムヤグイサマに追われていた時に見た、あの違う世界のような……」
「フラムはそれを見て、シアとのつながりをじ取ったと」
「それ以外にあんなことできる人間、いないと思ったんで」
部屋の前に到著すると、いつもの癖なのか、ノックしそうになるエターナ。
だが直前で手を止めた。
逃げられては意味がない、問答無用で踏み込むべきである。
無言でドアノブに手をかけ、扉を前に開く。
室には――クロスウェルの姿は無かった。
研究に使われている臺の上には、魔法が封じられているであろう半明の鉱石がいくつも転がっており、デスクには書類が散している。
「おかしい。この時間は研究所にいる予定になっていたはず」
「外出記録は殘らないんですか?」
「付に聞けばわかると思う。わたしが行ってくる」
魔法に気づけなかった後ろめたさがあるのか、エターナはすぐに部屋を出て研究所のり口へと向かった。
殘ったフラムとミルキットは、室をする。
「んな石がありますね。それぞれに違う魔法が封じられているんでしょうか」
「鉱石ごとに魔法との相があるって言うからね」
「オリジンコアの素材も、黒水晶でしたもんね」
「うん、だからシアの夢想も、それに適した鉱石を探すところから始めると思うんだけど……」
フラムは臺の前で足を止め、そこに置かれていた無明の水晶を手にとった。
「うわあ、綺麗な石ですね」
「……」
「ご主人様?」
ミルキットがフラムの顔を覗き込む。
彼は眉間に皺を寄せていた。
「この石から、ジーンとかカムヤグイサマと似たような気配をじる……」
「ええっ!? じゃあ、これがシアさんの魔法を封じた石……? でもっ、こんな場所に無造作に置かれているものなんですか?」
「もう隠す必要も無くなったのかもね」
そう言って、今度は書類が置かれたデスクの前に移するフラム。
そのうちの一枚を手にとり、軽く目を通すと、彼はそれをミルキットに見せた。
「ほら、こっちも」
「他者の魂魄を経口摂取することによる、死者の蘇生……? まさか、これがネクロマンシーの資料を使った、研究?」
「死者に生きた人間を食らわせることによって、強引に“魂の”を満たす。あの下半だけ切斷された人たちは、おそらくこのための“餌”だったんだろうね」
「そんな、ひどいですっ!」
フラムも憤りを覚え、書類を握る手に力がる。
「でもご主人様、それにしたって犠牲者の數が多すぎませんか?」
「たぶん、蘇生してたのは一人や二人だけじゃないんだよ。それこそ、隠していても『死者が蘇る』って噂が流れるぐらい、何人か、あるいは何十人かをクロスウェルは蘇らせてる」
「何のためにそんなことを……」
「それもキリルちゃんへの復讐なのか――それとも、単純にダフィズさんと似たような思想を持っていたのか」
ただ死者を蘇らせて救いたい。
同じ被害者が多數存在するからこそ、彼らに手を差しべたいと思った。
キリルへの復讐とはまた別のとして、孤児院に寄付を続けるほどできた・・・人間だったクロスウェルの中に存在していてもおかしくはない。
「キナさんを蘇らせるための実験として、繰り返していた可能も……ありませんかね」
「それもある……っていうか、それが一番可能が高いのかもね。シアさんの力を使って蘇らせる実験は、真っ先に失敗してたんだろうし」
“蘇った死者”を、より“完璧な生者”に近づけるためには、実験を繰り返す必要があった。
そのためには、“生き返らせても問題が無い”人間が必要だ。
おそらくショコラのような五年前の王都で家族を失った者は、そんなクロスウェルにとって都合のいい存在だったに違いない。
手がかりを求めてさらに部屋を探るフラムとミルキット。
すると、付にクロスウェルの居場所を聞きに行ったエターナが戻ってきた。
「クロスウェルが外出した形跡は無かった」
「あの、付の人も、エターナさんみたいに魔法がかけられていた可能は無いんですか?」
「それも考えて、り口を撮影した映像も確認してきた。もちろんそこにもクロスウェルは映っていなかった」
この世界において最先端の技を生み出し続けるのたこの研究所の役目だ。
かつて古の時代に“監視カメラ”と呼ばれていたものも、すでに試験的に運用が始まっているらしい。
「研究所にいたことは間違い無いんですか?」
「ってきたのは確認している」
「ってきたのに……出ていっていないんですねぇ」
「他に出口は?」
「非常用の出口だから普段は解放されていない。廊下に出て見ればわかるけど、変わった様子は無かった」
「じゃあ、施設の中にいながら、どこかに消えてしまったんですね……」
「みは薄いですが、どこかに隠れてるかもしれません。施設を探してみようと思います」
隠れていれば、フラムならば気配でわかる。
そういう意味でも、現時點ですでに“みは薄い”。
それでも、彼が“気配を消す”魔法を使っていないとも限らない。
「わかった。わたしも一緒に――」
「いえ、エターナさんはこの部屋を調べてもらっていいですか。その臺の上にある水晶や、デスクに置かれた資料――どうやらクロスウェルは、今回使った研究果を、無造作に放置していってるみたいなんで」
「……挑発的。前から鼻につく男とは思ってたけど気に食わない」
エターナの青い瞳に闘志が宿る。
魔法をかけられていたことに憤っているのだろう。
「だけど、フラムにも協力者がいたほうがいい」
さっそく資料に手をばしながら、エターナが言った。
「もうしでアンリエットさんたちが到著します。あと、ついで・・・にジーンあたりの魔法も解除して協力してもらいますよ」
「それは助かる。おそらく“気づかれないうちに魔法をかけられた”ことを知ればジーンはやる気を出すはずだから、役に立つはず」
「できれば頼りたくないんですけどね」
とはいえ、これはキリルの命に関わることだ。
手段は選んでいられない。
エターナを殘して部屋を出たフラムとミルキット。
フラムは通り掛かる研究者たちに片っ端から反転の魔法をかけ、クロスウェルが仕掛けた思考への干渉を解除しつつ、シアとジーンのいる部屋に向かった。
◇◇◇
五年前の燃え盛る王都――それを再現した奇妙な空間で、キリルの戦いはまだ続いていた。
最初の戦闘での無駄な消耗を反省して、以後は近接攻撃を主に、襲いくるキマイラたちを打ちのめしていくキリル。
「アルターエゴ」
立ちはだかる飛竜型キマイラに対しては、無數の分を作り出し、相手を取り囲むと、
「キャノン」
“威力”、そして“重さ”を重視した拳による一撃を叩き込む。
「グギャオォォオオオンッ!」
四方八方から圧迫されたキマイラは破裂・・し、裂け目や口、鼻などあらゆるからと臓を撒き散らしながら息絶えた。
続けて、間髪をれず襲いかかってきた獅子型キマイラには、
「ブランダーバス」
拡散弾、ゼロ距離出。
本來ならば広範囲に散らばるはずの弾丸を一気に撃ち込まれ、キマイラはをズタズタに貫かれながら、空中に放線を描く。
お次は人狼型キマイラの群れだ。
キリルはとっさに、倒れている飛竜型キマイラのしっぽを摑んだ。
そして、握ったその死を巨大な“戦斧”と定義。
勇者としての力により、その“扱い方”を呼び出し。
瞬時に理解すると、大膽にもその武裝を水平に振り回した。
「っ、トルネードッ!」
さすがに重たかったのか、キリルは歯を食いしばり、腕にも意識して・・・・力を込める。
ブオォンッ! と振り回された飛竜型キマイラは、ただぐるりと一周しただけで、その場に激しい竜巻を生み出した。
キリルを取り囲んでいた人狼型は、その風の刃と瓦礫を巻き込んだ嵐に飲み込まれていく。
竜巻が生じたのはほんの十秒ほどだ。
だがその時間の中で、人狼型たちがけた斬撃、打撃の數は、四桁――あるいは五桁に及ぶほどであった。
もちろんキリルが放ったものだから、威力も折り紙付き。
彼らのは微塵となり、風が止むころには、オリジンコア以外何も殘っていなかった。
「これで一段落、と思いたい」
敵の姿がひとまず見えなくなり、キリルは一息ついた。
無盡蔵に湧いてくるように思えるキマイラだが、確実に、その數が減っていることは気配でわかる。
ひとまず王都に殘っているのはあとしだ。
だが問題は、それを全て倒したところで、この空間から出できる保証が無いということだ。
敵がこちらに向かってくる以上、倒す以外に選択肢は無いのだが、全滅させてもなお出口が現れないのなら――そんな不安が、キリルの脳裏をよぎる。
すると、彼は次の気配が近づいてくるのをじた。
大きさからして、またもや人狼型キマイラの群れか。
ワーウルフのに鳥の頭、そして熊の両腕を取り付けられた化たちが、ぞろぞろと現れる。
あいも変わらず気持ちの悪い景で、作った人間の的センスを疑いたくなる。
「クケェェェエエエエッ!」
飛びかかってくるキマイラ。
「もうし見た目に気を使えばいいのに」
ぼやきながら、拳を構えるキリル。
懐まで飛び込んできた時に、一撃で仕留めるつもりだったが――キマイラのきはキリルの拳のリーチ外で、ぴたりと止まった。
しかも、空中・・で。
「ひどいことを言うのねぇ、勇者さまはぁ」
そしてキマイラは、急速に形を変えて、金髪のの姿に変態した。
「エキドナ……!」
「私にとってキマイラちゃんはぁ、とぉーってもかわいい子供ですのよぉ?」
キマイラの背中には、赤い管が突き刺さっている。
他のキリルに襲いかかろうとしていたキマイラたちも同様に、背中に管が突き刺さり、エキドナの姿に変わっていった。
「どうしてあなたがここにいるかはわかりませんけどぉ」
「キマイラちゃんを馬鹿にする勇者さまはぁ」
「おしおきしてぇ」
「突き刺してぇ」
「中をぐちゅぐちゅ注いでぇ」
「わたしに・・・・してあげますわぁ♪」
本は、腳の間から無數の赤い管をばしているはず――だが今のところ、見えるのはエキドナの姿に変えられた分だけだ。
キリルは本を探そうと分たちに背中を向けたが、その行で得られた結果は、すでに自分が取り囲まれているという報を得ることだけ。
「くっ……」
エキドナのこともまた、フラムから聞いている。
一見して、人の形をしている時點で他の化たちよりもひ弱そうに見えるが、あの分たちには魂喰いを噛み砕くほどの力があるらしい。
周囲一帯は、キリルの魔法により建が破壊され、遮蔽の無い平坦な地形になっている。
ここで四方八方から襲いくる相手とやり合うのは、得策ではない。
できれば一旦距離を取って、地の利を得られる場所に移したいものだが――
「ぉぉぉぉおおおおおおお――」
そのとき、キリルは遠くから迫る、不気味なうめき聲を聞いた。
同時に、ゴガガガガガッ! と地面を揺らすほどの破砕音・・・が響く。
まるで建を――いや、街そのものを踏み砕きながら、こちらに近づいてくるような。
「今度は何っ!?」
さすがにキリルも焦っている。
そんな彼の前に現れたのは、無數の――あまりに多くの人と人をつなぎ合わせて作られた、“ムカデ”のような怪であった。
王都の門を塞ぐようにそそり立っていた“死者の塔”が倒れ、地面を這いつくばって近づいてきたのだ。
怪はキリルの逃げ道を塞いでいたエキドナの分を薙ぎ払いながら、こちらに突進してくる。
だが『道を開いてくれてありがとう』とはならない。
「お行儀の悪い子ですわねぇ!」
被害を免れるため、進路上から飛び退くエキドナ。
キリルも同じように回避しようと一度は考えたが――
(相手は私の力量を把握している。なくとも、“ブレイブ”を使用した場合のステータスぐらいは。その上で、仮にちょうどショコラの救出が間に合わなく・・・・・・なるよう計算されてるんだとしたら――)
ショコラの家の口をこことを繋げたということは、キリルを狙う敵の目的はショコラとの分斷だろう。
仮にこの場でキリルを殺すつもりだったとしても、切り抜けた場合のことを考えていないわけがない。
ショコラという人質は、そのための保険――だとすれば、救出のために必要なのは相手を出し抜き、意表を突くこと。
つまり敵の想定を越えて、早急にこの危機をすること――
「ブレイブ・リバレイトッ!」
だから出し惜しみの必要なんて無い。
ブレイブ・リバレイト――それはブレイブの狀態から、さらに能力値を數倍に向上させるキリルの新たな切り札。
使用後は三日ほど眠ることになるが、全てのステータスの値が八萬を越える、まさに反則的な力だ。
この力さえあれば、迫る巨の突進を避ける必要すら無い。
「ふんぐぅっ!」
先端だけでキリルの數倍もあるような巨大なムカデを、両腕で止めるキリル。
そのままガシッと摑み、百メートルを越えるそのを持ち上げた・・・・・。
「……そんな。勇者にこんな力があるなんて、聞いてませんわぁ!」
エキドナは困しながら、キリルの手により立たされた・・・・・死者の塔を見上げた。
彼が対峙しているのは五年後のキリルだ。
五年前の知識でくエキドナのデッドコピーが驚くのも當然であった。
「ぬおぉりゃあぁぁああああああっ!」
そしてキリルは、持ち上げたそれを“斧”と認識することで、勇者の魔法を威力に上乗せさせる。
「ミーティア――インパクトォォオッ!」
小細工無し、ただ振り下ろすだけの、あまりにシンプルな一撃。
「私はぁ、また……また? 私ぃ、あぁ、すでに一度死んで――」
エキドナの頭には“抵抗する”という選択肢すら浮かんでいなかった。
すすべもなく、死ぬ以外に手段が無い。
そう悟り、失の中、押しつぶされ、生じた発的エネルギーに、片すらも殘さずに消し飛ばされる。
キリルの放った一撃は、街を砕き、大地を割り、王都どころかその周辺地域一帯を激しく揺るがした。
無論、武として使われた死者の寄せ集めも、その衝撃に耐えきれずにバラバラになっていく。
「ふー……ずいぶんと見晴らしがよくなったなぁ」
まっさらになった前方の景を見て、呑気にそうつぶやくキリル。
壊れた城壁の向こうには、かつて存在した王都の外が続いている。
「どこまであるんだろう、この世界。まさかずっと閉じ込められたままじゃ……無いと思いたいけど」
正直言うと、さっきのが最後のボスなんじゃないかと楽観視していた。
そもそも、全て倒せば出られるというのも、キリルの勝手な想像に過ぎないのだが――しかし、復讐が目當てなら、こんな場所で殺したところで気が晴れるのだろうか。
他の所業の“ねちっこさ”に比べると、いささかあっさりしすぎではないか。
ひとまず他の敵を探して、キリルは王都を歩き回った。
先ほどの攻撃で大部分が損傷しているものの、まだ街としての原型を殘している所も多い。
彼はし懐かしい気分に浸りながら、キマイラの気配も無い東區の通りを歩いていると、誰かがその足首にれた。
「あ……ぅ……」
まみれで這いつくばっているのは、桃の髪をしただった。
「ど……して……勇者……なの、に……」
その怪我は、先ほどのキリルの攻撃に巻き込まれて負ったものらしい。
「おと、さん……も、お母さん……も、死んで……どうして……わたし、なにも、わるいこと……」
キリルは軽くため息をつくと、ショコラの手を振り払ってその場から遠ざかる。
冷たく見えるかもしれないし、キリル自もいい気分はしなかったが、いちいち傷ついていては相手の思う壺だ。
この空間にいるかぎり、自分以外の存在に意味などない。
全てが、嫌がらせのためにそこに在るのだから。
「……はぁ」
とはいえ、どれだけ割り切っても、何もじないわけではない。
まださの殘る顔をしていたとはいえ、あれは間違いなく、五年前この場所にいたショコラを再現したものなのだから。
「五年前もかわいかったね……とか言われても、ショコラは嬉しくないだろうなあ」
獨り言。
後悔や罪悪ではなく、怒りへと転換。
あらゆる手段を使って、落ち込もうとする心をい立たせる。
神狀況の悪化は、ブレイブ・リバレイトを使用している今、イコールステータス減につながる。
なんとしても避けなければならなかった。
當然、相手もそれをわかったうえでやっているのだろうが。
「あと出てくるとしたら、ディーザ……ヒューグ……マリアもあり得るかな。そのあたりだとかなりやりにくそうだな」
獨り言を続けながら、門の前までたどり著く。
今の所、新たな敵が襲ってくる様子はない。
そのまま外に出たら、コンシリアに戻っている――何てあっさりとした終わりならいいのだが。
「あいたっ」
だが門を潛ろうとしたキリルの額は、見えない壁にごつんと當たった。
彼は赤らんだ部分を手でさする。
「やっぱりだめかぁ。あとは何をしたら外に出られるんだろ――」
するとキリルは、街中で無數の生がくのをじた。
先ほどまでは存在しなかった気配だ。
振り向く。
同時に、様々な場所から聲が聞こえてくる。
「たすけてぇ……誰か、誰かぁ……!」
「おかあざあぁぁあああんっ! うわあぁあああっ!」
「もう終わりだ。もう死ぬしかないんだ……」
「安心しなさい、あなただけは助けるから。お母さんが助けてあげるからねぇ」
「離れるんじゃないぞ、父さんが守ってやるからな!」
「みんな……どこぉ……? 見えないよぉ、真っ暗だよぉ……!」
それはおそらく、五年前、実際にこの場所に居た人々の複製だ。
彼らが突然、キリルの前に現れた理由は――
「……ああ。そっか、わかった」
だらんと両手を垂らして、うつむき、瓦礫の散る地面を見つめてキリルは悟る。
「そんなに私を、悪黨ってことにしたいんだね」
知らない誰かが、キリルに命じている。
殺さなければ――悪役にならねば出られない、と。
復讐の対象として、どれだけ罪を重ねても妥當だと納得できるだけの“悪”に仕立てるために。
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