《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》EX6-7 アヴェンジャー

にさらわれたショコラは、気づけば見知らぬ空間にいた。

簡素な木造の建ではあるが、広さは民家とは思えないほどだ。

臺所も広く、ダイニングに置かれた椅子の數も多い。

大人數が暮らしていたことをじさせる景だが、一方でテーブルの上に置かれているのは、実験や薬品、寶石などなど。

とてもでないが、普通の人間が生活する空間に置かれているものではなかった。

窓の外に景は存在しない。

真っ暗闇が広がっているだけで――だというのに、不自然に部屋の中は明るかった。

「アンバランスな景だろう」

椅子に腰掛けていた、髪の長い男が口を開く。

彼が紫の鉱石に手をかざすと、魔法陣が浮かび上がった。

「郷愁に浸ったつもりではなかったのだが、思念晶を作る際にノイズが混ざってしまったらしい。ああ、思念晶というのは私が作り出したこの紫の水晶のことでね。“夢想”の魔法を発させるのに必要な“噂”や“信仰”を明確に定義して、式にしたものなんだ。夢想の魔法を封じたあちらの鉱石と合わせることで、理論上、ありとあらゆる現象を引き起こすことができる」

饒舌に語る男。

もはや種を隠すつもりはないということらしいが――急に連れてこられて、急に語られて、今のショコラに意味が理解できるはずもなかった。

唯一わかることと言えば、その黒い髪の男に見覚えがあるということだけだ。

「王立魔法研究所のクロスウェル・マトリシス……」

「私のことを知っているのか」

ショコラをここまで連れてきた化が、クロスウェルに歩み寄る。

そして彼は化の頬を優しくでた。

「知ってるに決まってるじゃない……だってあなたは、五年前、私たちを助けてくれた張本人なんだからっ!」

王都からの出路を作り出したのは、間違いなくクロスウェルだ。

つまりショコラにとって彼は、尊敬の対象であった。

それだけに――“先生”の正が彼であったことに、ショコラは憤りを隠せない。

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「なのに、どうしてあなたがこんなことを……お父さんを返してよぉっ!」

「死んだ人間は生き返らない」

「……え?」

「摂理だろう。この世界に存在する、ごくごく當たり前の」

それを破ろうとした男とは思えない、あまりに殘酷な言いだった。

ショコラは首を振って、その言葉を否定する。

「期待させておいて……お母さんのあんな姿を見せておいて……何? 最初からわかってたの? どうにもならないことを!? しかもそれでっ、生き返らないってわかってて、お父さんを殺したっていうの!?」

「どうにかしたいとは思っていた。だが同時に、どうにもならないこともわかっている。私はこれで……それなりに頭も良いんだ。わかりきった答えに、駄々をこねたりはしないさ。それで理法則が変わるわけでもあるまい」

「だったら何のためにこんなことをぉっ!」

ショコラの激などけ流すように、平然とした様子でクロスウェルは言った。

「わからない」

「は……?」

「唯一の家族だと思っていたキナが死んだ。五年前のあの日だ。炎上する王都を見て慌てて戻ってみれば、そこに転がっていたのは、し前まではキナだった捻じれた片だった。もはや確かめるまでもなく、完なきまでに死んでいたよ。信じたくはなかったが、同時にそれを見て、もうどうしようもないことだと――どうにもならないことなんだと、瞬時に理解した。そしてすぐさま、人々の出を手助けしはじめた。別に意識したわけじゃない。たぶん私にとって、それが當然の行いだったんだろう」

は善人なのだ。

だがそんなも腐ることはあるし、雨滴に打たれればだって朽ちることもある。

「それから全てが終わって、王都の復興が始まった頃ぐらいだろうか、私はようやく自分に起きた異変に気づいた。わからなくなっていたんだ。自分が何をんで、何に憤って、何に悲しんでいるのか。まるで魂から柱を抜いたように、自分自が空っぽで、私は私自を客観視することでしか、自分のを認識できなくなった」

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「わけのわからないことを……!」

「すまないな、私にもわからないんだ。どうやら私自は、自分ののままにいているらしいのだが、それを他人事のようにしか思えない。つまり――とうに私の行原理は、私の理と切り離されているということだ」

「だから、自分は悪くないとでも言いたいわけ!?」

クロスウェルは穏やかに首を橫に振る。

「いいや。私はもはや後戻りできないほどの極悪人だよ。それは理解している。それを踏まえた上で――なおも私は、自分が何をしでかすのかわからない、という意味だ」

タガが外れてしまった、というのが一番適當な言葉なのだろう。

クロスウェルが止めようと思っても、止まらない。

止めたがる理と、実際にかす本能が完全に乖離してしまっているから。

だが、當のクロスウェル自の理も、己の愚行を止めたがっていたかと言えば、答えはノーだ。

どこまでも無関心。

誰が死のうと、誰が生き返ろうと、限りなく遠い世界で起きる他人事で、どうでもいいとしか思っていなかった。

「最初に、王城に殘されていた五年前の真実を偶然にも知ってしまった。厳重に匿されていたものを、見てしまったんだ、私は。そこで、オリジンの封印を解いたのがキリル・スウィーチカだと知った」

「でも先輩はられてたのっ!」

「ああ、知っているよ。だからその時點では、別に復讐しようとは思っていなかったんだ。だが時間が経つにつれて……キナの喪失に私自が耐えきれなくなったんだろう。誰かのせいにしないと、気が済まなくなった。しかしオリジンはもういない。オリジンに最も近かったと言われているディーザも死んでしまったらしい。だったら、キリル・スウィーチカを恨むしかないだろう」

「ただの勝手じゃない……!」

「まったくもってその通りだ。しかし、起きた事実は変えようがない。そう……なってしまったのだよ。もう、すでに。どうしようもなく」

あるいは最初の時點で踏みとどまっていれば、彼は善良な魔法使いとして、王國の人々に慕われながら生きていたのかもしれない。

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だがその“最初”の過ちが、彼にとって最上のであった以上、どのみちこうなるのは時間の問題だったのだろう。

「思えば偶然の積み重ねだったな。私はシア・マニーデュムと出會ったことも――」

「シア……?」

「シア・マニーデュム。夢想と呼ばれる希の持ち主で、危険な能力なので報も隠匿されている。簡単に言うと、“人々が想像したことを現化させる屬”だ。あまりに危険な力なのでな、研究所で解析した上で管理されている」

「じゃあ、お父さんやお母さんをあんな風にしたのは、その力を使って……!」

「いいや違う、そちらはネクロマンシーの研究資料を手にれた結果だよ。あれも偶然のことだった。もし私がシア・マニーデュムと出會わなければ、ネクロマンシーに興味をもつこともなかったのかもしれない。理論上、全ての現象を実現可能とする――そんな力と出會わなければ、キナを蘇らせようなどと、馬鹿げたことを考えることもなかったのだから」

シアの力について知った彼は、それが『自分ならば制可能なもの』と認識してしまった。

そしてほどなくして、それを実現してしまったのだ。

「だが、夢想の力を使ってキナを蘇らせようとした結果、生まれたのは――人ですらない、り損ないの存在だった」

「おに、ちゃ……」

り損ないと言われたその化は、し寂しそうにクロスウェルを呼んだ。

だが彼も、別に彼を嫌っているわけではない。

キナではないが、自分に生み出した責任があることはわかっている。

だから最大限――興味を持てないなりに、は注いだつもりだった。

一応、その一部にキナの片鱗はあるのだから。

「これもまた、ノイズが混ざった結果だろう。私の脳裏には、あの日死んだキナの姿がこびりついているんだ。ゆえに思念晶の生がうまく行かなかった」

「なんで……」

「ん?」

「そのシアって人、管理されてるはずなのに、どうしてそんな風に……」

「最初は苦労したよ、研究所のセキュリティは萬全だ。そうやすやすとシア・マニーデュムに干渉できるものではない」

クロスウェルは善良な魔法使いである。

信頼できる、悪いことはしない――そんな先観という名の隙があったからこそ、彼はセキュリティの網をくぐり抜けることができた。

「しかし一方で、一度うまくいけばあとは簡単だった。“誰も気づかず、無條件で、都合よく私を信頼する魔法”という報を持った思念晶を作ることで、かの英雄でさえも私の行を疑わなくなったからだ」

「そんなめちゃくちゃな……!」

「通ってしまうんだ、それが。だからこそ、夢想の力は危険なのだよ」

白々しく言ってのけるクロスウェル。

だがそれが可能ならば、もはや彼に敵はいない。

あらゆる人間に怪しまれることはなく、悠々自適に、人を殺し、人を蘇らせ、世界を冒涜し続けることができる。

そんな相手にどれだけ抗ったって、生きて帰れるはずがない。

ショコラはその事実を、認めつつあった。

つまりは諦めようとしていたのだ。

どうせ誰かが助けに來てくれたとしても、は毒で蝕まれている。

解毒剤だって存在しないというのなら、父のようになるのは時間の問題だったから。

「有名人のくせにここまで好きにけた理由はよくわかった」

――と、部屋にショコラでもクロスウェルでも化ない、の聲が響く。

三人の視線は同時に、ショコラの後方にある部屋の扉に向けられた。

開くと、そこから現れたのは、まみれのキリルだった。

「先輩っ!」

ショコラの表は一瞬だけ明るくなり、付著した赤いを見てすぐに青ざめた。

「ほう。存外に早かったな、キリル・スウィーチカ」

クロスウェルは意外そうに言った。

キリルの思通り、多なりとも出し抜くことに功はしたわけだ。

「気分はどうだ?」

「最悪。お前を殺さないと晴れそうにない」

「人殺しらしい返答で嬉しいよ」

「殺したといってもお前ほどじゃない」

「謙遜する必要は無い。ついさきほど、大量に殺してきたところなんだろう? ひょっとすると、そこのも混ざっていたかもしれないな」

「おかげさまで、だからこそ・・・・・殺しても構わないと割り切れた。そこにいるのが本人であるはずがないから」

「なるほど――これは失策だったな。下手に顔見知りを出すより、赤の他人を用意した方がよかったらしい」

特に悔しがる様子もなく、純粋に興味深そうにクロスウェルは言った。

「……っ」

二人の會話を聞いたショコラはますます青ざめる。

「あまり本を見せるな。後輩が怯えているぞ」

「構わない。ショコラはこれぐらいで私を嫌ったりしないってわかってるから」

「先輩……」

殺気を垂れ流すキリルの姿は、正直に言ってとても怖い。

けれど、そこにショコラをさらったことに対する怒りも含まれていると理解しているからこそ、頼もしくもじる。

「大した信頼関係だな。ならこれでどうだ」

がクロスウェルの傍らから姿を消し、ショコラの背後に現れる。

キリルは咄嗟にこうとしたが、化は“素早く移”しているわけではなく、完全に一瞬でワープしている。

ここから攻撃を仕掛けても、ショコラだけを救うのは不可能だ。

むしろ攻撃に巻き込んでしまう可能もある。

キリルは下手にけず――そうしている間に、再びの転移によってショコラはクロスウェルの目の前に移した。

そして彼は椅子から立ち上がり、魔法で作り出した巖のナイフをショコラの首に突きつけた。

いたらこの娘を殺そう」

「解放の條件は?」

「今からお前を、じっくりと時間をかけて殺す。その間、一度も抵抗しないことだ」

「聞かないでください、先輩っ! どうせ私、毒で死んじゃうんですっ! 解毒剤もなくて、もうそんなに長くもたないって!」

決死の覚悟でぶショコラ。

キリルはそれを聞いて、頬を引きつらせた。

「そっち方が人質よりショッキングなんだけど……とりあえず助けるからじっとしてて」

いたら殺すと言ったはずだ。私がこの娘を殺すまで0.1秒とかからんぞ?」

「なら私は0.01秒でショコラを助ける。リボルバー!」

キリルは発する魔法の名前を言い始めると同時に拳を振るう。

そこから放たれる魔力の弾丸は、小細工なしに一直線に出され、クロスウェルのナイフを握る――その手首から上を吹き飛ばした。

「ぐっ、手が……!?」

「お、おおおにちゃ、おにちゃっ!」

反応する頃には、すでに右手が喪失したあとである。

は、を流し、痛みに顔を歪めるクロスウェルにを寄せた。

「せんぱぁいっ!」

その隙にショコラは逃げ出し、キリルに抱きつく。

「ショコラ、もう大丈夫」

「先輩……先輩ぃ……私、お父さんと、お母さんを……私も、毒が……う、うぅ……」

ショコラはキリルのに顔をり付け、ぼろぼろと涙をこぼした。

「よしよし。毒はエターナに治してもらえるはずだから」

エターナならどうにかできる――その確信があるからこそ、キリルは焦っていなかった。

どうやらクロスウェル自も、Sランク相當のステータスを持ってはいても、勇者に勝てるほどの力をめているわけでもなさそうだ。

おそらく彼の扱う屬は地。

必死に傷口を押さえているということは、それを癒やす手段もここには無いということ。

あの出量だ、放っておけばじきに死ぬだろう――と、キリルはショコラを連れて部屋から出ようとした。

するとクロスウェルが二人を呼び止める。

「……私を殺さなければ外には出られないぞ」

「面倒だなあ」

「そう言いながら、本當は人を殺すことに抵抗があるんじゃないのか? 本の英雄であるフラム・アプリコットと異なり、お前は最後まで戦いに參加したわけではないはずだ」

「まあ確かに、あまり気乗りはしないけど――」

キリルが旅で戦ってきたのは、魔族とモンスター。

その中で、魔族を追い払うことはあっても殺した経験は無かったし、同じ人間を殺すなんてもってのほかだ。

だが、今の彼は違う。

「それさ、作りとはいえ、私に散々人殺しをさせた張本人が言えることなのかな?」

罪なき人々を、無抵抗の人間たちを、強制的に殺させられた・・・・・ところだ。

とはいえ、斷末魔のび聲も、を裂くも、本と同じである。

覚は完全に麻痺してしまっている。

「おかげさまで、たぶん私、今なら人殺しにこれっぽっちも抵抗が無いよ」

今ならためらいなく、一人や二人ぐらいなら殺せてしまえそうだ。

特に――クロスウェルのような、“殺しても構わない”相手なら。

「だったら早く殺してくれ。傷口が痛くて痛くてしょうがないんだ。こんな痛みに苦しんでじわじわ死ぬぐらいなら、手っ取り早く死んでキナのいない世界から消え去りたい」

「なにそれ。今さら死にたがりアピールするの? ずいぶんと沢山の人を巻き込んでおいてよく言える」

「きっと一人で死ぬのが寂しかったんだろうな」

「自分のことのくせに、他人事みたいに」

「よくあることだろう。大切なものを失ったとき、心ともに弱っているとき、人は自分すらも見失うものだ。何がしたいのか、どこに行きたいのかわからないまま、それでも時は進み、自分のく」

思い返せばキリルにも似たような経験はあったが――同調するつもりはない。

“この男と同じ”という不名譽なレッテルで、過去の記憶を穢したくはなかったから。

當時の思い出はとても苦いが、現在のキリルを構する重要なファクターでもあるのだ。

「ネクロマンシーによる蘇生も、完にはあまりに遠いものだった。死に殘った魂のぬけがらに、生者を食わせることで、本來の中とは違うものを詰めていただけだからな。あの方法では永遠にキナは蘇らない。わかっていたんだ。わかっていて、それでも――私は止めようとはしなかった。私のは、『まだわずかに希は殘っている』としがみつくんだよ」

「やけに自分語りが好きみたいだね」

「ふ、素は寡黙なタチなのだがな、最期ぐらい語らせてくれ」

初めてクロスウェルは笑みを浮かべた。

しかしキリルは、その表が、仮面めいた作りであることを理解している。

別に自分語りがしたいわけじゃない。

本當に彼は、時間稼ぎをしようとしているのだ。

何らかの意図をもって、往生際悪く。

「――まあ、いくら時間稼ぎしようと問題ない。すぐにフラムたちが到著するから」

そんなクロスウェルの意図を見抜いた上で、キリルは冷たく言い放った。

「來ると思うか? ここは先ほどまでお前が迷い込んでいた空間と同じ、コンシリアであってコンシリアでは無い場所だ」

「でも圏外・・ではなかった」

キリルはポケットから通信端末を取り出し、クロスウェルに見せつける。

激しい戦いの中で畫面は割れてしまっていたが、機能は死んでいない。

「なるほど、通信端末――姿を現す前に準備していたわけか。まさか時間稼ぎのつもりが、逆に時間を稼がれていたとはな」

「會話の容もばっちり向こうに伝わってる」

「そしてあれだけ時間があれば逆探知も可能、か」

キリルは逆探知のことなど知らなかった。

ただ、フラムなら會話の様子からこの場所を突き止めてくれるのではないか、と期待していただけだ。

だがクロスウェルが言うように、そういった方法があるのなら、エターナあたりがやってくれているだろう。

「そしてフラム・アプリコットならば、空間のわずかな歪からり口をこじ開けることも可能だ。このまま數十分――君の後輩が死ぬまで長引かせようと思ったが、そうもいかないようだな」

「そういうこと。お互いの腹を明かした以上、もう長引かせる名分は殘っていない。私はもうお前の顔を見ていたくないから、とっとと殺させてもらう――」

キリルはようやく、拳を振り上げた。

なんだかんだ言って、長々と付き合わされてしまった。

にも、多なりともクロスウェルがこのような行に及んだ理由を知りたいと思う気持ちがあったのだろう。

「先輩……やるんですね」

「目をつぶってて、ショコラ」

「いえ、このままで……ちゃんと見屆けます。たぶん、その方がすっきりすると思うんで」

父が死んだ。

そして母も――クロスウェルのせいで死んだような気分だった。

なくとも、踏みにじられて、汚されたのは事実だ。

もう人が死ぬところは見たくない。

五年前も、ついさっきの出來事も、ショコラの心に深い傷を殘している。

それでも、クロスウェルの死は――“恨みは晴らされた”という區切りを得るために、記憶に焼き付ける必要があった。

キリルはそれ以上ショコラに何も言わずに、拳を前に突き出した。

「リボルバー」

放たれる弾丸。

それは一直線に、クロスウェルの頭部に迫る。

「おにちゃ――」

が彼をかばうべくこうとした。

するとクロスウェルは手でそれを制した。

その直後、弾丸は彼の眉間に直撃し、ぜて――

「っ……」

眼球、骨片、明、ピンク、赤――頭の中をぶちまけながら、弾け飛んだ。

遅れて、クロスウェルのが背中からバタンと倒れる。

「おにちゃ……お、おにちゃ……」

は悲しげに彼に寄り添う。

キリルは無言で背中を向けると、呆然と立ち盡くすショコラの手を引いた。

「……あ、ありがとうございます」

「毒はエターナなら絶対に治せるから、安心して」

「はい……」

握られた手に込められた力は、軽く痛みをじるほど強かった。

『引きずられる必要は無い』

『これは悲劇なんかじゃない』

『人殺しが、自分に浸っているだけだから』

そう、ショコラに告げているようだ。

「先輩って……」

扉を抜け廊下に出たところで、彼は口を開いた。

「かっこいいですね。つい寄りかかっちゃいそうになります」

「別にいいけど」

「面倒くさい後輩になっちゃいますよ」

「ショコラが先輩不孝な後輩なのは今に始まった話じゃないよ」

「ひどいですねぇ……」

「手がかかる子ほど著が湧く」

「重ねてひどいです。本當にされてますかね、私」

「大丈夫。今にも折れそうな後輩を見捨てるほど、私は薄じゃないから」

そう言って、キリルは微笑んだ。

冗談じりの會話ではあったが、そこに込められた本気をじ取れないほど、ショコラも鈍ではない。

「あ……そうだ。この剣、お返しします」

ショコラはそこで、キリルから借りていた剣のことを思い出した。

というより、ここまで返すタイミングが無かったのだが。

キリルに手渡された剣の刃には、赤いがべっとりと付著している。

「おかげで、生き殘れました」

「うん」

「……ありがとう、ござい、ます」

この剣で一誰を斬ったのか――キリルはまだ知らない。

だがショコラの心の揺れ合を見て、それを想像するのは難くない。

キリルはショコラの手を握り、今度は彼を安心させるように指を絡めて、優しく告げた。

「早く出て、ゆっくり休もう」

「はいぃ……っ」

震える聲で返事をするショコラ。

は涙を流し、鼻をすすりながら、キリルと共に出口である扉をくぐった。

◇◇◇

エターナによる逆探知により、キリルの場所を知ったフラム。

クロスウェルのいる空間に繋がっているのは、彼の研究室の一角だった。

まさに燈臺もとぐらし、どうりで彼が研究所を出た痕跡が殘っていないわけである。

當然、り口は見えないが、正確な位置さえわかれば、あとはフラムの力でその“小さな”歪みを“大きな”歪みに反転してやればいい。

ぽっかりとが人間大に開くと、躊躇なくフラムはその中に飛び込んだ。

出た先は、薄暗い廊下だ。

前に進み、突き當りの左側にある扉を開く――

「キリルちゃんっ!」

名前を呼びながら室に足を踏みれたフラムだったが、

「あれ……いない?」

そこにキリルの姿は無かった。

部屋には生臭さが充満している。

「おに、ちゃ。かなし……か、かな、しし。おにちゃ、おにちゃ……」

キナのり損ないは、今もなおクロスウェルの死にすがりついていた。

「あの死は……キリルちゃんがやったの?」

首謀者であるクロスウェルはすでに死んでいた。

ならば復讐劇は幕を閉じたはずなのだが――この場にキリルがいないという事実が、フラムに不安を與える。

すでに出したあとだとすれば、彼と後輩はどこに消えたのだろうか。

「おにちゃ……わた、わわ、たた、し……いっしょ……おなじ、ばば、し、しょ……」

頭部にあたる部分の捻じれて生じた皺の隙間から、涙らしき雫をこぼす化

フラムは彼を見ながら、憂げにつぶやく。

「もしキナさんを蘇らせるのがクロスウェルさんの目的なら――本當は最初の時點で、うまくいってたのかもね」

フラムには彼の悲しみが、“本”に見えた。

つまり、與えられたが不完全だっただけで――そこには確かに、キナの魂が宿っていたのではないか、ということだ。

しかしそれを証明するすべはどこにもない。

を作り出した張本人であるクロスウェルは死んでしまったし、キナ自も、自分が本である確信を持てていないのだから。

何にせよ、ここに一人だけ殘しておくのはあまりに殘酷だ。

フラムは無言で、神喰らいを呼び出し、振り上げた。

「ふら、ららら、む、さん。あり……り、がが、と。おに、ちゃ……いしょ。わわ、た、た……ずと、いしょ……」

「……ッ!」

そして、刃が彼を斷ち切る。

人であれば一瞬で絶命していたはずだ。

だが彼はすぐには死なず、ぱっくりと開いた傷口からを濁濁と流しながら、最の兄の隣で、ゆっくりと死んでいく。

「いしょ……じご、く……いっしょ……どこ、でも……おにちゃ……」

フラムはを噛んで、その様子を見屆けた。

そして首を左右に振ると、両頬をぺちぺちと叩いて、気持ちをれ直す。

「さあ、キリルちゃんを探さないとっ!」

出した可能は高いが、まずはこの建を探索することからだ。

「キリルちゃーん! ショコラさーん! どこですかー!」

大きめの聲で呼びかけながら、室をくまなく探すフラム。

しばらくそうしていると、彼のおのポケットからプルルルと著信音が鳴った。

「んー? ミルキットからだ。もしもーし」

『ご主人様っ!』

通話に出たミルキットは、やけに慌てた様子だ。

「どうしたのミルキット? こっちにはキリルちゃんがいないんだけど――」

『それが、王都から南東の遠く離れた場所で、キリルさんが空に向かって『ブラスター』を使ってるみたいなんです!』

「南東で、キリルちゃんが、ブラスター?」

フラムは首をかしげた。

何がどうして、そんなことになっているのか。

「ブラスターって、あのをぶわーって出すやつだよね。それを南東って……南東……? あ、もしかして!」

『場所に心當たりがありますか?』

「その方角って、キリルちゃんの故郷がある方……まさか」

脳裏に浮かぶ最悪の可能

いや、仮にその予想が外れていたとしても、これは“嫌がらせ”としては最高で最低のやり方だ。

もしキリルが彼の故郷まで飛ばされていたとしたら、コンシリアからフラムが急いでも十分以上はかかる。

そこを往復する間に、ショコラの毒が進行したら――そうでなくとも、エターナが解毒に取り掛かるタイミングは確実に遅くなる。

「あんなに頭のいい人なら、それだけとも思えない……急がないと」

フラムは即座に駆け出し、クロスウェルが作り出した空間から飛び出した。

◇◇◇

「ど、どうなっているんだ? どうしてキリルがここに!?」

「そうよ! それにあの人は一……」

キリルの両親は、突如目の前に現れた娘と謎のを前に、戸いを隠せない。

だが當のキリルとショコラが最も混していた。

あの空間から出たら、いきなりキリルの実家に飛ばされたのだから。

だがやってきたのは二人だけではなかった。

ローブを纏った、長い黒髪の、クロスウェルによく似た――しかし顔が黒い影で覆われた正不明の男が現れ、キリルの両親に襲いかかろうとしたのだ。

それをすんでの所で止め、両親やショコラとともに家の外に出たのが、今の狀況である。

「最初からこっちが本命だったってこと……ぐっ、重い……!」

キリルは剣で、その“男”が振り下ろした手刀・・をけ止めた。

ガギンッ! とまるで巨大な斧でもぶつかった時のような重い衝撃と音。

現在のキリルの筋力は八萬を越えている。

それでもなお、押されるほどのパワーだった。

「お父さん、お母さん、早く離れてっ!」

「でもキリルちゃんが危ないわっ!」

「ぐ、あ……ショコラ、お願いだから連れて行って! 私には余裕が無い!」

キリルの母の心配ももっともだが、おそらくこの男の目的はキリルの目の前で両親を殺すことだ。

ならばまず真っ先に、あの二人を逃がす必要がある。

「わ、わかりましたっ! 説明は後でしますから……っ、ぐ、ぅ……お二人とも、こちら、に……!」

キリルの両親を導しようとしたショコラが、を押さえ、苦しげな表を浮かべて足を止めた。

「大丈夫っ!?」

「いいです。私は、いいので……早く……っ!」

心配するキリルの母だったが、ショコラは空元気で足を前に進める。

(まずい……まずい、まずいっ! このままじゃショコラがもたない。でも、私もショコラに気を回せるほど余裕じゃないっ!)

焦っても狀況が変わるわけではない。

しかし、目の前の男はさらに繰り返し手刀を叩きつけてくる。

ただでさえキリルはけ止めるので一杯だというのに、彼の手はしずつ刃のような形に変わっていっている。

その度に、叩きつけられるパワーが増すのだ。

『ああ……とても、晴れ晴れとした気分だ……』

影に覆われた顔――それを左右に割るように、中央に赤い口がぐぱっと生じる。

『キナのいない世界で、こうして純粋な存在になることで、初めて私は私を取り戻した……私はもはや私ではないが、いつになく私らしくここに存在している……』

男はクロスウェルの聲で語りながらも、狂ったように暴にキリルに腕を叩きつけた。

ガギンッ、ガギンッ! とその度に火花が散り、踏ん張っているキリルのかかとが、ずりずりと後退していく。

『さあ、果たそう、復讐を』

振り上げられる腕。

すでにその形は完全に三日月型の刃となっていた。

キリルは剣を橫に倒し、次の一撃をけ止めるために備える。

そして天より墮ちてくる兇刃は――しかし、衝突する直前に消えた。

『キリル・スウィーチカ。君は今日、大切なものを全て失うんだ』

背後から聞こえてくる聲。

彼の狙いはあくまでキリルの“大切なもの”。

男は逃げる両親の前に立ちはだかると、その首を刈るべく、腕刃を振りかぶる。

「アクセラレイトォォオオオオオッ!」

加速の魔法を得て、大地を蹴るキリル。

今から攻撃を止めるのでは間に合わない。

であれば――両親を救う方法はただ一つ。

間に割り込み、を投げ出し、代わり・・・にけ止める――

「せんぱ……い……?」

男の刃は、キリルのを鎧もろともぶった切る。

地面を転がる彼は、から大量のを流しながら、ぐったりと橫たわった。

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