「どうしたの？  威勢良く襲い掛かってきた割には隨分と貧弱じゃない」

「グッ……！」

  派手な裝束を纏った褐の蠱的なが、武をろくに構えもせずに嘲笑する。彼の目の前に跪いているのは二人の男ーー勇者パーティーに所屬している、フェルグスとフェイクである。

  裝備には激しい損傷が見られ、既にも満創痍だ。肩で息をついており、満足なコンディションとも言えない。そんな彼らを、は冷たい目で一瞥した。

「魔將軍、『獄炎』のスルト。偉大なる星魔王様からその稱號を頂いた私が、貴方達如きに倒されるはず無いでしょう？  全く、闇討ちしてもこの程度のダメージしか與えられないなんて……よくそれで歯向かおうと思ったわね？」

  そう、彼は人類と敵対する存在、星魔王が生み出した強力な魔の一人。人の形こそ取っているが、全てを焼き盡くす焔の概念を付與された、正真正銘の魔だ。

  そして、彼らは皆自のことを魔將軍と自稱し、霊大陸にてその勢力をばしているのである。それを聞いた勇者パーティーは、 星魔王を突破する足掛かりとする為、彼等をまず討伐する事に決定したのだ。

  だが、その第一歩である『獄炎』の魔將軍。彼の拠點に奇襲を掛けたのは良いものの、その攻撃は悉く通じなかった。

  フェイクが足止めし、フェルグスが極大魔法を打ち込む。大抵の相手ならばこれで消滅するのだが、彼に限ってはそうはならなかった。

  放った極大魔法は正面から握り潰され、仕掛けたトラップも大した効力を発揮出來ない。いかなる手段を使っても彼に痛打を浴びせる事が出來ず、結果返り討ちに遭ってしまったのである。

「……マズイな。このままでは討伐どころか、勇者達が著くまで持ちこたえられるかどうか。一旦撤退する事を勧めるが、どうだ？」

  相手に聞こえない様小聲で話しかけるフェイク。だが、その気遣いを知ってか知らずかフェルグスはその形相を苛立ちに染め、隠す事もなく話し出す。

「巫山戯るな。この僕が何も出來ずに撤退するだと？  僕はそんな役立たずじゃ無い。そんな事出來るわけないだろう」

「……そうか」

  完全に頭にが上っている。早々に説得を諦めたフェイクは、言葉なにそれだけ呟く。

  彼のそれは勇気ではなく、蠻勇ですら無い。最早ただの意地だ。自分は役立たずでは無い、それを証明したいが為の行である。

  「役立たずだ」と言ってバグスをパーティーから追い出したその日から、その傾向は特に顕著になっている。敵を深追いし、逆に窮地に追い込まれるというのも今では珍しく無い。

  だが、この場でそれを発されては堪ったものではない。隙を見出して、上手く出しなければ彼等が生き延びることは出來ないだろう。

「はぁ……やっぱり人間では駄目ね。私の焔にれてしまえば容易く燃え盡きる。この地に住まう霊ならば、私の渇きを癒せるのかしら？」

「……霊だと？」

  フェイクら人間大陸の住人には聞き慣れない言葉。それを耳聡く聞きつけたフェイクは、時間を稼ぐ意味も込めてスルトへと問いかける。

  強者の余裕か、彼は余裕を崩さずに微笑んだ。

「ええ、霊。この大陸に住まうとされる、屬を統べる存在。貴方達、この世界の事なのに知らないの？」

「生憎と、伽噺の中でしか聞いた覚えはないな。それこそただの噂じゃ無いのか？」

「あらあら、知らないなんて哀れね。彼等を味方に付ければ私に勝つ事も夢では無かったのに……」

  スルトが手に持った大剣へ力を込めると、刀へと蛇の様に炎が走る。問答は終わりか、とフェイク達は無理を押して立ち上がった。

  だが、ある程度の時間稼ぎにはなった。フェイクは袖から小型の懐中時計を覗かせ、時間を確認する。

「さあ、これで終わりにしましょう？  起きなさい、炎剣『レーヴァテイン』」

「させるか…… 『 溢れ出す破滅の炎よノヴァ・ビットフレイム』！」

  高速で出される破滅の炎。しかし、炎を司る存在であるスルトには屆かない。

  彼の手前で見えない壁にでも當たったかの如く、炎は虛しく搔き消える。自の魔法が通用しないことに、ギリと奧歯を噛みしめるフェルグス。

「無駄よ。諦めて私の糧になりなさい？  大丈夫、痛みをじる間も無く灰燼にしてあげるわ……」

「ーー勝ち誇るにはまだ早いのでは無いか？」

  フェイクが指を鳴らすと、あちこちに仕掛けられたトラップが一斉に発する。暗い闇の鎖が、対象であるスルトを拘束しようと蛇の様にびていく。

  褐のに鎖が巻きつく。だが、巻きつかれた當人は相変わらず涼しい顔だ。

「ですから、無駄だと言っているでしょう？」

  彼が自らのを振る。たったその一作、それだけで仕掛けられた鎖は全て砕け散った。

  砕けた欠片を踏みしめながら、徐々にフェルグス達へと近づいて行くスルト。だが、窮地に追い込まれたというのにフェイクの表は崩れない。むしろ、何処か笑っている様にも見える。

「……何が可笑しいのかしら？」

「いいや、大したことじゃ無い。ただ、一つ聞いておきたいんだがーー魔力で出來たが崩壊すると、どうなるんだったか？」

  スルトは眉を顰める。一彼は何を言っているのだろうか？

  魔からしてみれば當たり前の問いだ。魔力で構されたは、打倒されると塵へと消える。だが、それが一どうしたのかーー

「ーーまさか」

「遅いな。吹っ飛べ」

  何故か殘っていた足元の鎖の殘骸。その正にスルトが気付いた時には、すでに手遅れだった。

  瞬間、狹い通路に轟く発音。さしものスルトと言えど、予想だにしなかった一撃には対応出來ない。足元の発によって、完全に視界が奪われる。

  だが、それでもだ。先程までのフェルグス達の攻撃は一度として通らなかった。それは彼が視界を奪われていたとしても同じ。と言う事は、彼等が取るのは逃げの一手。そこを追撃すればーー

「ーーさせない！」

  聞き覚えのないの聲。それを疑問に思う間も無く、スルトのは激しい衝撃により揺さぶられる。

  別行を取っていた勇者メリダの一撃だ。フェイクの時間稼ぎがどうにか間に合い、辛うじて合流出來たのである。

「二人とも大丈夫！？」

「ええ、どうにか命は無事ですよ。ですが、再開を喜んでいる暇は無い様ですね」

「うん、多分アイツはあの一撃で死んでない。一旦この場から撤退しないと！」

  そう言って駆け出すフェイク達。メリダの一撃が響いたのか、スルトが追ってくることは無い。

  だが、その間フェルグスは始終黙りこくったままだった。

「霊……？」

「ええ。魔將軍本人から聞いた話です。この大陸に存在していると」

撤退したメリダ達は、スルトの本拠地から離れた場所にキャンプを張り、そこでこれからの方針を話し合っていた。

霊がこの大陸に存在するかもしれないという報。それは魔將軍に対して有効な手立てがない一堂にとって、一縷のみになるだった。

だが、その言葉を鬱な雰囲気でうずくまっていたフェルグスが否定する。

「バカバカしい、霊なんておとぎ話だけの存在だ。そんなものより、もっと現実的な手法を考えたらどうだ？」

「……バカバカしい、ね。私からしてみれば君の行も隨分とバカバカしく思えるが」

「なんだと……！」

顔を真っ赤にしてフェイクのぐらを摑みあげるフェルグス。だが、フェイクはあくまで冷靜に返す。

「ならばあの場でなぜ退かなかった？　君の極大魔法が通用しなかった時點で大人しく撤退するべきだった。本來ならこうも深手を負うことはなく、なんだったら勇者の力で打倒することも葉ったかもしれない。忠告を無視し、それを臺無しにしたのはどこのどいつだ？」

「この……！！」

「お二人とも、今は仲間で爭っている場合ではありません。落ち著いてください」

「そこまでだ、止めろ」

ヒートアップしそうになった二人を守護騎士パールが引きはがし、聖ハルートが諌める。場の空気は最悪、まさに一即発だ。

なぜこうなったのだろう、と勇者であるメリダは思い返す。

「（……最初のころは皆仲良しだったのに、バグスさんが抜けてから皆笑顔が無いよ）」

思えば、この大陸に來てから一度も笑いあったことはない。淡々と魔獣を殲滅し、星魔王を討伐するためだけにく。本來ならばそれが普通なのかもしれないが、なくともメリダにはそれが正しい姿とは思えなかった。

ため息をつき、バグスの事を思い浮かべる。彼は今、どこで何をしているのだろうか。霊大陸を抜け、家族と元気に暮らしているのだろうか。もしくは、新たなを育んで家族でも作っているところだろうか。

願わくば、自分がその隣に――

「そもそも、バグスがいれば獄炎を抑えることも出來たかもしれないのにな？　もうし、君は思慮深くなるべきだった。なんだったら今からでも彼を呼び戻したほうがいいんじゃないか？」

ふと、その言葉に頭を上げる。フェルグスが柳眉を逆立て、顔を真っ赤にしていたがそれを気にする余裕はメリダには無かった。

「――それは出來ないよ」

メリダの言葉に、一気に靜まり返る空間。

「自分たちの都合で追い出して、自分たちの都合で呼び戻す。そんなことが許されるはずはない。これ以上、バグスさんに迷は掛けられないよ」

追い出したのは彼たちだ。この話が勝手なものだったのは十分に自覚している。

それでも、獨りよがりだったとしても、彼には幸せを摑んでほしいから。勇者たちについて行ったから死んだ、そんなことになってしくないから。だからこそ、メリダはバグスを追い出したのだ。

そんな彼に合わせる顔など、もはや存在しない。彼のために出來ることは、一刻も早く星魔王を討伐して、幸せな暮らしを送れるような世の中にするということだけだ。

そのためなら、例えおとぎ話の存在だったとしても。霞か幻を追うような話だったとしても、それに縋ることを躊躇わない。

「霊を探そう。探して、私たちに力を貸してもらおう。大丈夫、誠心誠意頼めば何とかなるって！」

自の気持ちに蓋を掛け、今日も勇者の仮面を被る。それがメリダという存在だった。