《勇者のパーティーから追い出されましたが、最強になってスローライフ送れそうなので別にいいです》男は狂い唆され
「おいおいマジかよ……本當にあの狂獣がぶっ倒れてやがる」
とっぷりと日も暮れ、外に出歩くこと自が危険となるこの時間帯。魔が跳梁跋扈する森の中にいるにも関わらず、平然とした様子で幾人の若者は呑気に出歩いていた。
そのうちの一人、金髪の青年が目の前で巨を曬しながら倒れ伏している狂獣を見て驚きの聲を上げる。他の若者も聲こそ上げないが、その表に浮かぶ驚愕までは隠せない。
「ロッテ、あまり大きな聲出すなって。こんな所に居るのがバレたら、俺らろくな事にならねぇぞ」
「だ、だってよぉ……狂獣は俺達の切り札だったんだろ!?  それが倒されて、これが落ち著いていられるかよ!」
  仲間の一人から窘められる、ロッテと呼ばれた金髪の青年。だが彼はその言葉に酷く落ち著かない様子で反論する。事実彼らもそう考えていたのか、ロッテの言葉に顔を俯かせてしまう。
  だが、その集団の中から一人男が歩み出たかと思うとーー彼は唐突に、ロッテの腹を毆りつけた。
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「ゴッ!?  ゴボッ、ガハッ!!?」
「さっきからうるせぇぞロッテ。癪にるからし黙っとけ」
「……め、メリダス……」
  絞り出されるように発せられた言葉。自の名前を呼ばれた男は、その言葉に一等怒りをわにし、蹲ったロッテにより強い力で蹴りを加え始めた。
「メリダス!  様!  だろうがよ!  この!  クソ無能が!」
  言葉の間隔毎に蹴りをれるメリダス。とても尋常とは言えない激昂の様子に、周囲の若者達は止めにる事も出來ない。彼の矛先が変わって、自分に向く事を皆恐れているのだ。
  靜かな森に響く、怒聲と毆打の鈍い音。その後も自らのストレスを発散させる様に蹴りを続け、漸く彼の気が収まった頃には、ロッテの中がメリダスの蹴り跡で変していた。
  最早き聲すらも上げられないロッテの事を一瞥すると、続いて倒れ臥す狂獣へと目を向けるメリダス。彼はその屈強な四肢に、しかし微塵も怖気付いた様子も無く蹴りをれる。
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  何も知らない者が見れば単なる自殺行為だろう。しかし狂獣はそのに見合わない程の悲鳴を上げ、そのまま怯えるように自らの肩を抱きかかえた。
「テメェもだ……この俺が手ずから育ててやったのに、それが何処の奴とも知れない男に負けるだと?  この恩知らずが!!」
  その強靭なには、メリダス程度の蹴りが通用する事はないだろう。だが、彼の言葉は何より狂獣の心へと響く。言葉を介している訳ではないが、彼の態度と様子から自がどう言われているかという予測は付いているのだ。
  『狂獣』。獣人達からそう恐れられる怪の実態は、何処にでもいるような忠誠心の高い獣であった。理があるのに人を襲う理由は、全て自を育ててくれた主人の為。メリダスがんだからである。
蹴り続けたことで疲労がたまったのか、ため息を付くと彼はようやくきを止める。それでも怒りは収まらないのか、ぐしゃぐしゃと雑に己の髪を掻き毟る。
「どいつもこいつも役にたたねぇ……あのクソジジイもろくな事言わねぇし、次期の長は俺が引き継ぐんじゃ無かったのかよ!?  何だよあのクソ野郎は!?」
  手近な倒木に座り、苛立ちの聲を上げるメリダス。彼の兇行に、誰一人として異議を唱える事は出來ない。そうしてしまえば、下手をすれば命さえ奪われる事になるからだ。
「それもこれも、あの男がこの集落に來てからだ……ぽっと出の野郎がこの俺の地位をこそぎ奪っていこうとする?  そんなの許されるわけがないだろう!  今までこの村を守って來たのは一誰だと思ってる!?  ええ!?」
「ーーいや、全く貴方の言う通りねメリダス。見知らぬ男に自分の権力を持っていかれるなんて、屈辱以外の何者でも無いわよね?」
  と、唐突に森の闇から聞こえたの聲。若者達が驚いて一歩下がると、聲の主はその背後からぬるりと現れた。
  黒いローブを著てフードを目深に被っているが、その肢から漂う扇的な雰囲気は隠せていない。 何も知らなければ鼻息を荒げ無意識的に興してしまうだろうが、しかし若者達は警戒する態度を崩さない。彼から漂う、生暖かく邪悪な気配を本能でじ取っているからか。
「……アンタか。こんな時間に呼び出して、一どういうつもりだ?」
  食獣の如き鋭い眼を向けるメリダス。だが、はその視線をどこ吹く風とけ流しくつくつと笑う。
「どうもこうも……貴方の計畫が頓挫しそうだから協力しに來たに決まってるじゃない。こっちも・々・とアドバイスをして來た。ここで貴方に倒れられるのは本意じゃないのよ」
  言外に計畫の失敗を責める。だが、メリダスは如何にも不快そうな表を浮かべるだけで反論を口にする事はない。これが他の若者達であれば、それこそ烈火のごとく怒りをわにしただろうに。
  これは彼がだからとか、そういった易しい事では無い。ただ至極単純に、彼に腕力で勝つ事が出來ないからだ。
「この子も特別に改造してあげて、強くなるお薬も上げたのにまだ足りないの?  貴方が次期族長になるからと期待していたのに、見當外れだったかしら」
「……霊だよ」
「?」
  脈絡の無い言葉に、小首を傾げる。そんな彼に、メリダスは俯いたまま言葉を続ける。
「霊の寵をける者が現れた。そいつが今……何もかも奪っていこうとしている」
  霊の寵。その言葉を聞いた瞬間、のきが止まる。
  霊。霊。霊。その言葉だけが、彼の頭の中をグルグルと駆け巡る。フードの闇に隠された奧で、の口角が三日月に歪んだ。
「……フ、くくく、アハハハハハハハハハ!!!」
「何が可笑しい!」
  自が明確にバカにされるのは我慢ならないのか、メリダスは激昂し立ち上がる。その行為が無駄になる、というのは分かっていた事だが。
  目に浮かんだ涙を拭いつつ、はメリダスへと半笑いで謝罪の言葉を口にする。
「いやーゴメンゴメン。こーんな簡単に目的の尾がつかめるなんて思っても無かったから……ねぇ、貴方その男の事が目障りなんでしょ?」
「……だったらなんだよ」
「なら話は早いわね。貴方の名譽回復とその男の抹殺、両方同時にどうにか出來る方法があるのよ」
  の言葉に目を見開くと、メリダスはへと詰め寄りその肩を握った。
「なら聴かせろ。俺は一何をすればいい?  何をすればあの男を殺す事が出來る?  どうすればーー」
  そこまで口にした所で、メリダスの言葉が途切れる。狀況を見守っていた若者達が怪訝に見ていると、メリダスのは糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
「め、メリダスさん!?」
「暴な坊やは好かれないわよ?  全く、し薬の調整をミスったかしらね」
  髪をかきあげて気だるそうに言う彼の手には、闇の中でも煌々と輝く焔の棒が。恐らくこれで打ち據えた事で、メリダスの意識は途切れたのだ。
  だが、例え武があったとしてもメリダスはそれなりに訓練をけた獣人の戦士。そこらのが不意を打った所でそう易々と不覚は取らない。
  この、やはり只者じゃ無いーー分かっていた事だが、彼らはその事実を再度確認することになった。
  はメリダスの首っこを摑み、ズルズルと引きずっていく。流石にこのまま放っておくのはまずい、と若者の一人が聲を上げる。
「お、おい!  メリダスさんをどこに連れて行くつもりだ!」
「ん?  あー、そんな心配しなくていいよ。明け方には返すから」
  友人との間ででも貸し借りするような軽い口調。勇気を振り絞った若者は、その一言だけで何も言えなくなってしまった。
「それよりもさー……ここで起こった事、誰・に・も・言・う・な・よ・?」
  ゾクリ、と。
  相変わらず軽い口調だというのに、若者達の背筋に冷たいが走る。これは本能的な畏れか、はたまた彼への純粋な恐怖か。
  森の奧へと進んで行く彼を止める事は、狂獣にも出來なかった。
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