から飛び出し、右へと駆け抜けながら炎の玉を複數生み出す。

先ほど握られた右足を地面へと下ろす度に鈍痛が走るが、ここで泣き言など言っている余裕は無い。先ほどのやり取りでは九死に一生を得たが、一歩間違えれば無くなるのは自分の命だ。歩みは止めない、止められるはずもない。

応急処置として、右足のひざ下からつま先までを覆うように魔力を纏わせ固定させる。旅の途中で培った技で、ある程度の行を可能とする……が、あくまである程度だ。本來は戦闘を続行させる狀況など想定されていない。

だが、それでも足をかせるようになるのならやるだけの価値はある。多かし辛くはあるが、何もしないよりはマシだ。

「そら、こっち來てみろよ！」

大聲で挑発すると、狂獣は一目散にこちらへと駆けてくる。やはり理が無いとはいえ闇雲ではなく、確かに明確な敵意を俺に抱いているようだ。以前に叩きのめした記憶が殘っているのか、はたまた別の理由か。

何にしてもこの狀況は利用できる。視界に俺しか映っていないのであれば、それを逆手にとってやるとしよう。

宙に浮かぶ火の玉を、狂獣と俺の間に仕掛ける。ちょうど走り抜けてくる狂獣の真橫に位置するように。

奴は全力で駆け抜けてくる。だが、こちらしか見ていないという事はそれ以外の事に気が回らないという事。不意の一撃を食らえば、相手の勢いも殺せる。

「起アウェイク！」

俺の言葉と同時に、宙に浮かんでいた火の玉が起。激しい発が飛び掛かろうとしてきた狂獣の橫っ面に突き刺さる。ベクトルを強引に逸らされた事により、その巨がたたらを踏んだ。

今まで俺が戦ってきた魔獣達も同様だったが、基本的に奴らは敵の事しか見ていない。だからこそ、目の前であからさまな罠を仕掛けようと簡単に引っ掛ける事が出來る。

そして、きが止まったその瞬間に狂獣の足元めがけて能力を発。

「『炎壁フレアカーテン』！」

天を貫くかの如く、一瞬にして立ち上る炎の幕。向こう側が見えなくなるほど高く聳え立ったそれは、狂獣と俺の間を明確に遮る。

込められた莫大な熱量がチリチリと俺のすらも焦がす。常人がれればたちどころにその全を焼き盡くす程であろうが、それでも俺は半ば確信めいたをじていた。

――狂獣は、この壁すらも超えてくる。

その想像を裏付けるように、向こう側から響いてくる狂獣の吠え聲。半ば反的に蜃気樓を作り上げ、その場から一気に距離を取る。先ほどまでの破を使った高速移は、この傷ついたでは出來そうもない。狂獣の視界から逃れるように、崩壊した廃墟の中へと飛び込んだ。

次の瞬間、壁をぶち抜いて一気に突き抜けてくる灰の巨。四本の腕を全て俺の蜃気樓へと向け、一切躊躇することのない速度で駆ける。

問題ない。ここまでも俺の想像の範囲だ。

降り抜かれる腕が俺の蜃気樓を凪いでいく。狂獣がれた途端、霧となって消えゆく俺の虛像。一杯食わされたという事に奴はようやく気付いた事だろう。魔獣は馬鹿だが、愚かではない。何度も同じ手段を使っていれば、そのうち警戒されて通用しなくなる。

だが炎の壁で一度視線を遮られ、炎による莫大な量を直視している狂獣に、先ほどのアレが虛像であるとは見抜けない。そして――罠に掛かったことにも気づけない。

「はぜろ」

パチリ、と指を一つ鳴らす。その瞬間、地面に仕掛けていた幾つもの雷が起する。凄まじい轟音と風が、に隠れているはずの俺まで揺らしてくる。

蜃気樓を作り出した際、同時に仕掛けておいた罠トラップだ。時間も無かった為込められた熱量はそれほど多くは無いが、それでも意識外からの零距離の一撃。大ダメージとはならずともノーダメージとはいかないだろう。

  ーーそんな淡い期待は、地獄の底から響くような唸り聲に掻き消されたが。

「マジかよ……」

  立ち上る煙の向こうに映る四本腕のシルエット。咆哮とともに暴れ回るそれの風圧により、姿を覆い隠していた砂煙はすぐさま消える。

  焦げ一つない灰の。しっかりとした足取り。意識の外から必死に仕掛けた攻撃も、今の狂獣にとっては大した痛にならなかった。寧ろ怒りで暴れ回っている現狀を見るに、卻って狂暴が増している。

  知らず知らずのうちに強く噛み締められる奧歯。チマチマと削る方法では、奴には傷一つ付けられない。だがこの調子では、全力を込めた一発をぶつけられる機會は恐らく一度のみ。それ以上はの方が持たないだろう。先ほどから不調を訴えかけてくる連続的な痛みが、俺の脳髄に警告を発する。

『フン、禍ツ気に侵されただけはあって隨分とも強化されているようだな。全く気にらぬ……だがそれ以上に気にらぬのは、主が我の力を使おうとしない事だ』

で狂獣の様子を伺う俺に、霊は不満を告げる。表こそ相変わらず見えないが、それでも聲から不機嫌になっているのは明らかだ。

『今の主殿の力では奴には屆かぬ。それが分からぬほど耄碌したわけでもあるまい？』

「……最初から不思議には思ってた」

彼の言葉を無視し、徐に話し始める。

「そもそも、お前が何で俺に力を貸す気になったのか。最初はあの戦いで勝ったからだと思っていたが、よく考えれば明らかにおかしい。あの戦い、本気じゃなかったんだろう？」

『……ふむ、暫し考えればその程度は分かるか。だがそれで？　我が力を貸しているのは只の気まぐれやも知れんぞ？　それでは大した理由になるまい』

「疑問に思った所はまだある。お前、力を貸すと言っても結局何もしなかったよな？　手伝って貰ったと思った人探しも、結局はお前のしたい事に導されただけだった」

『それならば先にも言ったであろう。我はそのような雑事に手を煩わせることは無いと』

「ならなんで執拗なまでに俺に付いてこようとする？　一度や二度なら気まぐれだが、何度も続いた事には説明がつかない」

『……』

霊は押し黙ると、先を促すように腕を組む。心なしか彼の郭から溢れ出る炎が弱まった気がした。

「拒否されても、退屈な雑事をこなそうとも俺に付いてくる……なら何か俺に付いてくることで果たされる目的があった。そう考えるのが自然じゃないか？」

『……面白い。なら、その目的とやらは何だ？』

霊の問い。彼の反応からしておそらくここが大詰め、正念場といった所だろうか。だが生憎と――

「……いや、そこまでは分からなかった」

『……は？』

俺が推測出來たのはここまで。理由まではそれなりに的をている自信があるが、その目的まで推し量ることは難しい。人外たる彼の思考をトレースするには、未だ経験が足りなかった。

普段の威厳たっぷりな雰囲気からは考えられない、素っ頓狂な聲を上げる霊。さしもの彼とは言え、ここまで大詰めに持って行ったというのにその大詰めを考えていないような大馬鹿は初めてだったのだろう。

『……ぷ、クハハハハハハ！！！！　は、腹が捩れる！　主殿よ、いくら我から報を引き出す為とはいえ笑い殺そうとするのはさしもの我も思わなんだ！』

「う、うるさいな！　凡人の俺が考えるにはこのあたりが限界なんだよ。人外代表の霊と一緒にしないでくれ」

ここが敵意溢れる戦場だと理解しているのか、霊は似つかわしくない程の大聲で高らかに笑う。いや、恐らく彼にとってこの場は危険とも思えないのだろう。先日に垣間見た彼の実力ならば、それも頷ける話だ。

だがこうも大聲を上げてしまえば、辺りを警戒している狂獣に見つかることは必至だ。案の定、奴の視線がこちら側へと向く。

「クソ、し位見逃してくれよマジで！」

から一気に右へ飛び出す。それと同時に蜃気樓を作り上げ、丁度鏡寫しになるように左側から飛び出させる。

これで僅かな攪にはなるだろう――しかし、狂獣は躊躇うことなく右側へ。即ち俺の側へと一気に飛び掛かる。

スローモーに映る視界。目の當たりにした報を高速で頭脳が処理していくが、しかしが追い付かない。

死。その一文字が明確に思い浮かぶ。

『――我を笑わせた褒だ。遠慮せずにけ取るといい』

次の瞬間、俺のを激しい衝撃が突き抜けていった。