白刃の元からごぽりと溢れ出す粘の真っ赤な。麻で編まれた簡素な服が徐々にどす黒い赤に染まっていくが、それとは対照的に突き出た銀には一切の曇りも見えない。

「ご、ぱ……」

  言葉にならない聲がメリダスの口かられる。いや、れたのはそれだけではない。貫かれた場所が悪かった為か、臓から逆流したが出口を求めて彼の口周りを濡らしていく。

  そうして彼のから溢れ出たはボタボタと不可思議なまでの重量を持って落下し、茶の大地をゆっくりと染めていく。彼の足元には、赤というより黒と表現したほうが近い溜まりが出來上がっていった。

  一何が起きたのか。想像の範疇を超えた事態にが竦み、瞠目したまま思わず固まってしまう。

  そんな俺には一切頓著せず、目の前に突き出た刃は貫いた時と同等の速度で引き抜かれる。支えを失った事で、いとめられていたメリダスのは音を立てて地面へと沈んだ。

「だ……れ、な……」

「……ああ、まだ息が有るの？  肺を一息に貫いたのだから息をするのも苦痛でしょうに、しぶとい事ね」

  メリダスの恨みがましい目線の先。そして先程までメリダスのに隠れて見えなかったその先の景。

  どこか見覚えのある直剣を握り締め、悠然と立つ。想像もしなかった人に、俺は上手く纏まらない思考を必死に巡らせていた。

「本當は貴方のような小ので、この聖剣を濡らすつもりは無かったんだけど……でも仕方ないよね？  バグスに襲いかかるんだったら、脅威は絶対に排除しなきゃ」

  勇者、メリダ・ハートガード。正真正銘世界最強のが、虛ろな目をしながらそこに立ち盡くしていた。

  彼を前にして、俺は指一本かせずにいる。つい先程までペラペラとよく回った口は今や舌のまで渇き切り、息を飲むという比喩がそのまま通じてしまうのではないか、と思えるほどに上手く呼吸が出來ない。

  森で一方的に別れの言葉を叩きつけ、一切の流を阻んだ筈だ。その後の流は勿論の事、彼がここで一切の関わりがないメリダスを殺す理由など無い筈。

  ならば何故ここに？  一どうして？  そんな疑問だけがぐるぐると頭の中を回り、しかし言語となって口から出てくることは無く、いつまでもの奧へと引きこもったままだ。

「黙って聞いてれば口をつくのは不満ばかり。そんな下らない理由でバグスに迷を掛けようだなんて何様のつもり？  しかも挙げ句の果てには人質を取って支配者気取り、結局やってる事は三流の小悪黨……いや、笑い所すら無い分それにも劣るわね。本當に、本當に蟲酸が走る。本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當に本當にーーああ、もうダメ。まだ命があるに、その四肢をすり潰して上げるわ」

  何か、何かを発言せねばならない。どこからともなくやってきたそんな義務に突きかされ、俺は何とか口を開こうとする。

  だが、かしたにピリとした覚が走る。次の瞬間、思わず顔を顰める程度の痛みが。さらりとをでてみると、ザラついたとぬめりとしたを同時に指先でじる。恐らく乾燥でが切れているのだろう。ペロリと舌で一舐めし、しでもマシになるよう努める。

やがての最奧からじる張をどうにか飲み下し、ゆっくりと話しかける。だが、その聲は自分が思ったよりも遙かにけなく、掠れかかった聲だった。

「……な、何で、ここに？」

ざらつく口の中をしでもマシにしようと必死に唾を嚥下するが、それでも渇きは一向に収まる気配はない。収まれ、収まれと考えるほどに、俺の張はボルテージを上げていく。

そんな俺の張をあざ笑うかのように、メリダは微笑む。無垢で純粋な、かつて見た彼の笑顔と何一つ変わらずに見えた。

「そんなの決まってるじゃない。バグス、貴方に會うため。それ以外の理由なんてどこにも存在しないわ」

「何言ってんだよお前。お前には魔王を……星魔王を倒すっていう役割があったはずだろ？　それがどうして俺に、パーティーを追い出された俺に會うなんていう話になったんだよ」

現金なことに一度口火を切ることができれば案外話すことは出來るもので、今度は打って変ったように疑問と不平、それと不信が口をつく。

「私、バグスに言われてから考えたの。あの結論はを張って貴方を守るためだったと言い張れるけど、それはどうやっても貴方に伝わらない。というか伝わってなかった。それにし目を離したらこうして厄介事にに巻き込まれてるし、結局私の判斷には意味がなかった。ううん、私が傍に居れなくなった分マイナスの意味しかなかった」

噛み合っているようで噛み合っていない會話。森で言葉をわしたときには決して顔を見なかった為気付かなかったが、彼の虛ろな眼が向いているのは……間違いなく、俺だ。

「だからね、反省して別の方法を取ることに決めたの――貴方を、永遠に私の傍に置いとかなきゃって」

「……は」

一、何を言っているのだろうか。そうやって心ではわからない振りをして思い込もうとしても、僅かに殘った理の部分がその判斷を許さない。

  彼は間違いなく、俺に執著している。自惚れでも何でもなく、確実に。

「ごめんね唐突に。でも私が考えられる方法はもうこれしか無いんだ。大丈夫、旅の最中でも々あったけど何とかやって行けたんだし、きっと二人きりでも何とかなるよ！」

『……し見ないに隨分と様変わりしたものだな？  貴様のめられた念には気付いていたが、よくもまあここまで育ったものだ』

  返事が出來ない俺を気遣った訳ではないだろうが、橫に現れた霊が靜かに語り掛ける。だが、その瞬間メリダが浮かべていた空虛な笑みは完全に消え、鉄面皮と言っていいほどの無表に変わる。

「黙れ。貴は私とバグスの間に必要無い要素。その言で徒いたずらに災厄を呼び込んで來る邪魔者なの。分かったらさっさと消えてくれない？」

『ハッ、隨分大きく出たものだな？  塵芥如きが。我の機嫌次第では矮小にして卑賎なるなど風前の燈に過ぎんと、貴様のに刻み付けておこうか？』

「……ずっと見逃してたけど、その無駄に不遜な言いも気にらなかった。二度と口が聞けない位まで叩きのめしてあげる」

  が、両者の関係はまさに水と油。話し合いだけで解決出來るはずもなく、すぐに一即発の空気に変わる。そもそも霊にまともな話し合いが出來ると期待する方がバカだ。

  メリダは剣を向け、霊は無數の炎弾を出現させる。今二人が無駄に爭うべきではないと理解しているが、止めようといた瞬間に両者とも戦い始めてしまうのではないか、という懸念が俺のを縛り付ける。

『面白いーーが、それは上位者たる我に対して余りに不遜というものだ。口の聞き方に気を付けろよ？』

  クイ、と霊が一つ指をかしただけで一気に周囲の炎弾がき出す。標的は勿論、目の前に立つメリダ。

「待っててねバグス。今すぐコイツを殺すから」

「おい、待てってーー」

  制止の聲も屆かず、メリダは剣を振るう。青白くった刀が、囲うように襲い掛かる炎弾をすべて薙ぎ払った。

  まさに鎧袖一。あの一瞬だけで、高速で飛來する炎弾を全て叩き落とすというのは並大抵の技では無い。勇者である彼のみに許された絶技と言える。

  一気呵に走り出すメリダ。いや、殘像が見える程のスピードでくのは、果たして走り出すと言えるのだろうか。彼のは溶けるように視界から消えていく。

  が、それすらも霊には見えていたのだろう。次の瞬間激しく何かが斬り結ぶ金屬音が響き、慌てて振り向くと霊の目の前に現れていた炎の盾と聖剣が激しく打ち合っていた。

『ヒトたるで我に傷を付けようとするその不敬……分を弁えろ塵芥が！』

  怒りを現するように、彼を中心とした炎のサークルが突風を伴って広がる。炎に慣れている俺はさる事ながら、目の前にいたメリダは突風を利用する形で一気に背後へと飛んだ。

  先程の十倍はあろうかという炎弾が、メリダの周囲を包み込む。中央にいるはずの彼の姿が見えなくなるほどに展開されたその様は、『これこそが真の弾幕だ』と見せつけているようでもあった。

  だがーー絶的な狀況こそメリダのスキル、『勇猛ブレイブハート』の真骨頂。彼の手の甲に刻み込まれた勇者の紋章が著しく輝くと、それに呼応するように聖剣の輝きも高まっていく。

「ーー『共鳴演舞ハウリング・ブレイブ』」

  がそう呟いた瞬間、一瞬にして周囲に刻まれる剣閃。弾幕はガラスが割れるような音と共に砕け散り、突破口を開いたメリダは再び霊に向かって飛び出す。

  だが、二度も接近を許すほど霊も甘くは無い。彼が一つ顎をしゃくると、砕かれた筈の弾幕が再構され、一本の鎖となる。炎の鎖は鞭のようにそのをしならせると、背後からメリダに襲い掛かる。

  気配が消えていない背後からの奇襲など、メリダからすれば見えているのと同じ。振り向く事もなく、迫り來る鎖を聖剣で的確に斬り裂く。

『ハ、見誤ったな』

「っ！？」

  が、それこそが霊の狙い。斬り裂かれた鎖は二に分かれ、二方向から襲いかかる。

  ギュルリとメリダの両腕に巻き付く鎖。勇者としての膂力を十全に発揮してそれを砕こうとするも、霊が直々に鍛え上げた鎖は尋常では無い強度を誇る。彼の足掻きは、ガシャリと鎖を鳴らすだけに終わった。

  きを止められたメリダが霊の事を殺気の篭もった目線で睨みつける。だが、それをけた所で彼が怯む筈もない。

『フハハハ！  我に逆らおうなどと愚かな事を考えるには、まだまだ実力が足りぬ様だな？』

「っ、誰が……！！」

  彼がを捩ると、鎖が徐々に軋みを上げる。このままでは突破されると判斷したのか、霊は再び炎弾を作り上げ始める。

  が、ここで予想だにしない出來事が起こった。

『無駄な足掻きだ、ここで息のを止めてーーチッ！？』

  霊が全力・・でを引く。次の瞬間、彼の眼前を何かが高速で通り過ぎて行く。出會ってから初めて見たかもしれない、霊の全力を出した行だった。

『我の戦いで漁夫の利をむか！  相も変わらず姑息な奴だなーー漣の・・！』