《魂喰のカイト》15話 英雄の素質

ロシュが茂みの奧に飛び出した。

「くそっ、なにやって――」

そう言いかけて、俺は目を剝く。

速い。

ロシュの走る速度はとてもじゃないがFランク冒険者とは思えない。

その速さはダークゴブリンと激闘を繰り広げていたミラと互角――いや、それ以上だ。

思わず見ってしまう。

ロシュは背を向けているゴブリンファイターに駆け寄ると、殺気のこもった鋭い突きを繰りだす。

その怒濤の殺気に気づいたのか、ゴブリンファイターは振り返ろうとする――が、遅い。

振り返るより先に突きが迫り、命中した。

が飛び散る。

貫通することこそできなかったが、腰に深く突き刺さった短剣は致命傷になりうるダメージを與えている。

それに伴い、ゴブリンファイターは振り返ることを阻止されてしまった。

そのスキを見逃さずに腰を捻り、半円を描きながらゴブリンファイターのから短剣を抉えぐり出す。

吹き出したがあたりの木々にこべりついた。

そして、ゴブリンファイターはあまりの衝撃と腰を斬られた反で地面に投げ出されてしまっている。

倒れたゴブリンファイターを見ると、酷い有様だ。

おびただしい出量。

そして腰の斬り込み。

もう立ち上がることもままならないだろう。

ロシュもそのことは理解しているらしく、殘りを片付けようと闘志を宿した瞳で殘りのゴブリンを睨む。

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ゴブリンたちはその威圧により、すくんでしまった。

まるで蛇に睨まれた蛙だ。

たまらず後ずさりをしている。

――とそこで、ロシュに異変が起きた。

「……ん? あれ?」

先程までギラギラとしていた瞳の闘志が消えた。

狐に包まれたかのような表だ。

そこにゴブリンファイターを文字通り瞬殺した面影はない。

逃げるタイミングを探すために必死でロシュを凝視していたゴブリンたちは、そのことを見逃さなかった。

後ずさりをして空いていた距離をその短い足で駆け寄り、詰める。

その顔には嘲笑。

ロシュに対する畏怖の消失を意味している。

それとは対照的に、ロシュの表は一瞬にして絶に包まれた。

ダメだ、死ぬ。

勝ち目なんてない。

なんでこんな目に。

様々なが渾然としているのが目に見えてわかる。

「ここからは俺の出番だな」

いつでも飛び出せるようにと準備していた暗黒剣を握りしめ、加速する。

足に力を込め、地面を蹴る。

ただそれだけのことなのに、半神人デミゴッドであるで行うと、発的なエネルギーを生む。

圧倒的推進力。

圧倒的機力。

圧倒的瞬発力。

すべてが混ざりあった加速は既に人間の域を超えていた。

――先にロシュのもとに到著したゴブリン計2匹が手に持つ武である棒を振り下ろす。

ゴブリンのひ弱なから繰り出される一撃。

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本來なら即死することなんて無いが、それはゴブリンが素手の場合であり、こちらが防できた前提でり立つ話だ。

による攻撃力は馬鹿にならない。

そして、ロシュの防は向かってくる魔に驚いて反的に行った頭部の覆い隠しのみ。

當たりどころが悪ければ死ぬ。

運が良くても確実に重傷を負う。

癥が殘る可能もあるだろう。

つまり、この狀況ではロシュは絶絶命ということだ。

――俺の存在を除いたら。

「そらよっ、と。ゴブリンの攻撃なんて軽い軽い」

「……! イルムさん……!!」

ロシュは目を見開く。

驚き半分、嬉しさ半分と言ったところだ。

俺が見捨てて逃げなかったことに対するだろう。

どうやらロシュは俺のことをそんなに薄な人間だと思っていたらしい。

俺の剣の腹で阻まれたゴブリン2匹による棒はしっかりと靜止している。

いや、正確にはプルプルと震えている。

力を込めて押し返そうとしているんだろう。

だが、かない。

ゴブリンたちは先程の俺の挑発的言も含め、頭にきたみたいで、怨嗟えんさの視線を送ってくる。

……いや、さっきのは挑発のつもりはなかったんだよ?

ロシュを安心させようと思っただけなんだ。

ゴブリンに挑発しようがしまいが結果は変わらないしな。

する意味もない。

そういった事を理解してほしくてちょっと謝罪の意を込めた視線を送ってみたが――

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「ギッ、ギギギ!!」

――伝わらなかったようだ。

ゴブリンたちは更に表を歪ませ、棒に力をれる。

無駄だったか。

まあ伝わるわけもないよな。

それにしてもゴブリンは俺の構える剣を弾けるとでも思ってるのかな?

俺の手元がピクリともいてない時點で無理だとわかりそうなもんだけどな。

いや、もしわかってなくても押すのに時間がかかると気づいたところで反撃を恐れてすぐに後ろに引くのが得策なんじゃないか?

やっぱりゴブリンの知能レベルは低いのかもな。

ゴブリンファイターが拉致していた人が開放されたため、もなく、お気楽モードだ。

拉致されていた人はと言うと、ちょうどゴブリンファイターの橫で寢そべっている。

口元が手の形で赤くなっているところを見るに、ばれるのを防ぐためにゴブリンファイターがずっと口元を抑え続けていたのだろう。

そのせいか、今はすっかり気絶しているようだ。

生命には別狀は無い。

呼吸音も聞こえる。

要するに、後はこの3匹のゴブリンを片付けるだけなのだ。

ひとまず剣で前に力をれて衝撃を生み出し、ゴブリン2匹を弾き飛ばす。

大分力は抑えたのだが、それでも空中に浮いてしまった。

だが、ちょうどいい高さだ。

し集中をする。

取りこぼしを防ぐため、ゴブリン2匹を一気に片付けることにしたのだ。

瞬時に時の流れが遅くなる。

知覚、そして能力が上がったのだろう。

これは剣ではなく半神人デミゴッドの能力によるものみたいだ。

右手に持っている剣をの左に移させ、左から右に水平に斷つ構えを取る。

目標は現在も空中に浮いているゴブリン2匹。

3匹目はまだこちらにたどり著いておらず、距離が遠いので対象外だ。

時を待つ。

ゴブリンを斷つために最適な瞬間を。

ゆっくりと、しずつゴブリン2匹の位置がさがる。

だが、まだだ。

今斬ったら1匹逃してしまう。

まだ。

まだだ。

あとし。

――今だ。

スパッ!

水平に剣を振りきる。

自分でも驚くほどの剣速。

他人から見たら腕のきはほぼ見えてないんじゃないだろうか。

そう思えるほどの一撃。

その一撃はゴブリン2匹の首を一息に斬り落とした。

どうやら無事、両方倒せたみたいだ。

集中を解く。

すると、知覚ももとに戻り、時間の流れもいつも通りになった。

こちらに來るのが遅れた3匹目のゴブリンは、俺が何をしたのかはわかっていない様子だったが、本能的に危機をじ取ったようで、一目散に逃げ出した。

だが、ここで見逃すわけにもいかない。

暗黒魔法をゴブリンに向けて放つ。

いつも通りの音速の一撃だ。

いつぞやのオークと同じように発してしまった。

さて、これで片付いたな。

そう思い、狀況を確認しようと周囲を見渡してみると――

「す、凄まじいです! イルムさんって達人だったんですか!?」

ロシュがいきなりそんなことを言い出した。

その表はやはり憧れが含まれている。

「こんな力を持った人間が近くにいて怖いとか思わないのか?」

「怖い……ですか? そんなこと思うわけ無いじゃないですか。だって命の恩人ですよ? それにイルムさんは優しい人だって、初めて話したときにじましたもん」

ロシュはなんの迷いもなく言い切る。

最初からセリフを準備していたかのようにスラスラとだ。

もしかしたら怖がられるかもとか嫌われるかも、とも思ったのだが、杞憂だったらしい。

聞いていて気持ちいいくらいに言い切ってくれたんだ。

きっと本心だろう。

ロシュは俺のし安心した表を見て同じく安心したのか、し気分が上がったみたいで、俺に向かって質問を被せようとしてくるが――

「イルムさ――」

「まて、ロシュ。その前に言いたいことがある」

「え? なんです?」

「『え? なんです?』じゃねー! なに無茶してんだ! 俺がいなかったら死んでたかもしれないんだぞ!」

「いやー、でもイルムさんが助けてくれたじゃないですか! 終わりよければ全て良し、ですよ!」

「うるせー! 普通に考えてあんな特攻の仕方するか! 見ててハラハラしたわ! それはもう心臓が飛び出るくらい!」

「あはは、心配をかけたなら謝ります。でも、捕まってる人を見た瞬間に自然といちゃってたんですよ。こればっかりは自分でも止められないものだったんです。それに――なんだか不思議な覚でした。飛び出してからゴブリンに襲われるまで意識はほとんどなかったんですが、なぜか力が湧いてきてが勝手にいてくれたんですよ。まるで自分が自分じゃないようでした」

そうだ、あの時のロシュの戦闘能力。

それは確実にFランクのものではなかったし、ある程度経験を積んで実力のあるミラを超えてるように見えた。

すぐにもとに戻ってしまったが、特別な力であり強力であったことに変わりはない。

「もしかすると、何かのスキルかもしれないな」

「え? そうなんですか? 僕、スキルとかの本を読み漁るのが好きなので結構スキルについては把握してるつもりなんですが――」

「いや、それは多分ユニークスキルとかは載ってないだろ?」

俺の予測だ。

ルティアの話から、ユニークは希な存在だとわかっている。

ならば、リスト化されているのは普通のスキルだろうと踏んだのだ。

俺の言葉にロシュは目を剝く。

「まさか、僕がユニークスキルを持ってるって言うんですか?」

「そのとおりだ。可能が無いわけじゃないだろう? あの能力の上がり方はスキルでもないと人間じゃないぞ」

「えぇ、人間じゃないって……もし僕がそういうスキルをもってなかったら立派な暴言ですよ……それ」

「ごめんごめん、失言だった」

いやぁ、失敗。

人間じゃない俺基準だとスキル無しでもその能力の向上率は集中次第であり得るからな。

別に化だって意味で人間じゃないと言ったわけではないのだ。

「でも、たしかに言われてみればユニークスキルの可能も無きにしもあらずですね。ユニークスキルの習得條件は解明されてませんし……ない話ではないと思います」

「ああ、一応確認してみた方がいい」

「そうですね。では王都に戻ったらスキル鑑定のスキルを持った人に調べてもらいましょうか。あぁ、でもお金足りるかなぁ」

「ん? ああ、わざわざ金払って頼む必要は無いよ。なんなら俺が鑑定できるしな」

「えっ!? 鑑定までできるんですか!?」

ロシュは驚いた表を作る。

そんなにおかしなことなのか?

「まあ、できるけど」

「すごい! 持っているのはスキル鑑定ですか!?」

「いや、そのまま鑑定だけど」

「おおおおお、ユニークスキルじゃないですか!! スキル鑑定や武鑑定、魔鑑定を統合したスキル! 確かに他のユニークスキルと比べて所有者は多いですが、それでも王都に10人いるかいないかのスキルですよ!」

「へぇ、そんなにすごいスキルだったのか」

あの最初の黒い空間で手にれたスキルはどれもすごいものばかりらしいな。

俺なんかがこんなに貰ってしまって良いのだろうか。

……まぁ、貰ってしまったものは仕方ないよな!

切り替えることにした。

我ながら素晴らしいポジティブ思考である。

「まあ、そのスキルを持ってるわけだし、どうせならロシュも俺が鑑定するよ」

「はい、ありがとうございます。ぜひお願いします!」

そう言って頭を下げるロシュに鑑定を念じる。

いつも通り脳に直接報が流れ込む。

すぐにステータスのイメージとなって理解できた。

名 前:ロシュ=アトリー

種 族:人間

稱 號:英雄の芽リトルヒーロー

スキル:【英雄ヒーロー】

∟【救世主メサイア】

∟【長率上昇】

【短剣LV1】

うおっ!?

なんだ英雄の芽って。

スキルもやっぱりユニークっぽいじゃないか。

短剣は――まあ、アレだけど。

それでもユニークっぽいスキルと稱號から考えるに相當強そうだぞ。

《スキル:英雄ヒーロー 生まれながらの特別な才能に加え、勇気と正義の心を兼ね備えたものに與えられるスキル。スキル自も常に長を続け、強力になっていく。また、スキルの習得條件に該當しなくなった場合は剝奪される》

《スキル:救世主メサイア 英雄ヒーロースキルの第一段階。他人を助ける戦いでの戦闘能力の大幅向上。対象が救われた瞬間に効果は切れる》

――すさまじいな。

ロシュはどうやら英雄の素質を持っているらしい。

俺はとんでもない子と出會ってしまったようだ。

そう思いロシュの方に振り返ると、俺の鑑定の結果が早く知りたいらしく、興張がじった表でこちらを見つめている。

――この子には、これから辛いことがたくさんあるだろう。

英雄ヒーローのスキル。

それは所持者の長を助けてくれるものだ。

もし、無事に長できたら危機なんてじることが無いほど強くなれるのだろう。

だが、問題は長過程。

このスキルを與えられた瞬間、力は増え始める。

ときには慢心し無謀な戦いに挑み、ときにはその中途半端な実力とそれに加えた正義、救世主メサイア故に強大な敵に立ち向かわなくてはならないときが來るだろう。

――全てはこのスキルに選ばれたからだ。

こんなスキルを持っていなかったら、助けを求める人を見捨てて逃げたところで多の罪悪が湧くくらいだろう。

だが、英雄ヒーローを持っている、つまり強大な敵と戦える力があるのだ。

そうなってしまってはさいそく見捨てて逃げるなんて選択肢はなくなってしまう。

いや、逃げること自はできないこともないのかもしれないが、そんなことは世間が許さないだろう。

このスキルの存在はいずれバレる。

鑑定なんてある世界で隠し通すことは難しい。

英雄ヒーローという力があるのに守れなかった。

そればかりか見捨てて逃亡までした。

その事実が出來上がってしまう。

これは力を持つものの宿命なのだろう。

もちろん半神人デミゴッドとなった俺が持っている宿命でもある。

力を持つものは誰かを守らなければならない。

普通に生きたければ。

「今、鑑定が終わった」

「!! どうでした!? 僕のスキル!」

「まぁ、落ち著け。ひとまず、話したいことがある」

「え? なんですか?」

ロシュが不思議そうな顔をする。

俺がスキルを教えることをためらう理由がわからないのだ。

……やっぱり言うしかないな。

俺が言おうと言わなかろうが自然とどこかで知るのだ。

ならばすぐにでも伝えたほうがいいだろう。

俺の雰囲気が変わったのをじてか、ロシュも真面目な表に変わった。

「ロシュ、君は……これから壯絶な経験をたくさんすると思う。それも、すべて誰かの命に関わるような。その命は君自のものかもしれないし、他人のものかもしれない。それでも――君は冒険者の道を進めるかい?」

ロシュは俺の言葉を真剣にけ止めた。

そして、すぐに曇りない笑顔を作り――

「そんなの、決まってるじゃないですか。誰かを守る、それが僕が冒険者の道を歩み始めた理由の1つでもあります。そのために命を落とす覚悟なんて、孤児院を出る前からとっくにできてますよ」

――言い切った。

この子は本當に迷いがないな。

もし、嫌だ、死にたくない、と言ったら俺が保護することも考えた。

俺の力があればロシュが英雄であることがバレて、危険な道を歩むことを阻止することができただろう。

でも、この子はあえて危険な道を選択した。

守れる命があるならばと。

どうやら俺はおせっかいを焼きすぎてしまったようだ。

「ははは。ロシュ、君の決意を疑って悪かったよ」

「気にしないでください。まだ會ってからししかたってないので當然といえば當然です!」

ロシュもニッコリと笑う。

……おせっかいは焼きすぎてしまったが、しくらいの餞別ギフトはいいだろう。

「ロシュ、さっき売った武の他に、もう1本渡そう」

「えっ、いいんですか? それに、僕2本も使いきれないですよ?」

「いいんだ。2本目は、誰かに危機が訪れたとき――君がどうしても勝てないような敵が出てきたときに使ってしい」

そう告げ、武創造を念じる。

想像するのは、短剣。

どこか力強く、この年の歩む道を示してくれる剣。

形は的には考えない。

ただ、ひたすらにロシュを守る剣を想像する。

が集う。

もう見慣れた景だ。

徐々に形がされる。

魔剣、魔槍を作ったときのようにが暴れるが、すぐに収まった。

が短剣へと変わる。

――どうやら完したようだ。

顕現したのはどこまでも真っ白な短剣。

だが、鍔の一箇所に、真紅の寶石が埋め込まれている。

その姿はどこか幻想的で、神的だ。

「これがユニークスキル【英雄ヒーロー】を授かった君に向けた餞別せんべつだ」

俺が作り出した短剣をけ取り、そしてユニークスキルの存在を聞き、俺の武の作を見て不思議そうな表だったロシュの顔がほころぶ。

だが、そのほころびの中にどこか決意に溢れているような気がした。

《條件を達。人間族”ロシュ=アトリー”へ加護を授與します》

ロシュのが淡くる。

加護が與えられたのだろう。

ロシュは自ったのを不思議そうに眺めている。

――が、俺の正がバレるわけには行かないので、短剣の効果だと適當に誤魔化した。

まあ、いいだろう。

加護が與えられたなんて普通は気づかないだろうしな。

こうして、俺はロシュに加護を與えたのであった。

《武:無銘ノ英雄アンノウン 作者メーカー:イルム 等級ランク:伝説級レジェンド 今はまだ無名である英雄の芽に送られた短剣。半神人デミゴッドの魔力が浸しており、すさまじい威力を発揮する》

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