《魂喰のカイト》32話 決死の覚悟で
「さて、出発しようか」
出撃開始から四日目の朝。
今日もリディルの聲で俺たちは移を開始する。
「今日もよろしくねっ、狼くん!」
「アリシアは本當にが好きだな」
アリシアはいつも移前、こうやって騎乗する狼の魔に向かって語りかけている。
移中も、小が近くにいたときなんかは顔が緩んでいた。
「えへへ、だって可いんだもん! それ、もふもふ~」
「わふっ!」
狼に抱きつき、その並みに顔を埋めている。
狼の方もたまらず鳴いているところから、満更でもないようだ。
ちなみに、この魔はちゃんとを洗い、手れしているため汚くない。
決してアリシアは、汚れやホコリだらけの狼とハグしているわけではないのだ。
「アリシア、イルム。話してないで早く騎乗しろ」
「あっ、ごめんなさい! ついつい……えへへ」
アルダスがもたもたしていた俺たちに催促をする。
その聲かけに、アリシアは苦笑いで返し、慌てて狼の上にった。
俺もそのまま騎乗する。
「……今日は天気が悪いな」
フィオンがつぶやく。
確かに空のが悪い。
初めてこの世界に來て見た空。
邪神の住処から見た空にそっくりだ。
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なにかの予兆だろうか?
悪いことが起きなければ良いが……。
「それじゃあ、思念伝達を発しますね!」
いつも通りアリシアが思念伝達のスキルを発する。
このスキルは本當に便利だ。
言葉をさなくていい以上、タイムラグなしに意思が伝わる。
周りの騒音にも左右されない。
ただ、欠點はある。
距離が離れていては使うことができないのだ。
その距離とは約50m。
使用者、つまりアリシアと50m以上離れると効果は失われる。
だから、遠方への連絡などはできない。
遠くへの連絡はすべて直接ということになる。
今回魔城からの魔の出撃を知ったのも直接だ。
もともと魔城は警戒されていた場所らしく、張り巡らせていた偵察隊がうまく報を抜き出してきたらしい。
そして、その報を得た王國が、魔達が最前線の砦に到著する丁度に準備が整うように、援軍である冒険者と兵士を送ったということだ。
本來、俺達鋭は、本隊とは別に三日間の猶予なしに出撃したほうが良かった。
しかし、フィオンやアルダス、アリシアは王都に在住しておらず、王都に集まるのに三日かかるということで仕方なく三日後にしたわけだ。
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まあ、それで俺もスキルのレベルを上げることができたわけだし、結果として助かったわけだが。
《よし、思念伝達も繋がったね。じゃあ、行こうか》
リディルの聲掛けに皆が狼を走らせる。
ちなみに、フィオンは聲こそ出さないが、皆が走り出す頃にはしっかりと隠スキルを発し、俺らが見つからないように努めてくれている。
縁の下の力持ちってやつだ。
狼での移は慣れてしまっていて、ここら一は草原で風景もあまり変わらないため、正直暇だ。
しかし、魔城に攻め込む最中。
気の緩みを作ってはいけない、と皆がじているのか、移中は特に靜かである。
悪天候の下、聞こえるのは狼の軽やかな足音。
靜寂は保たれていた。
だが、その靜寂はすぐに破られることになる。
《……前方に魔の群れを確認》
フィオンがいち早く魔を察知して思念伝達で伝えてくる。
魔の群れに遭遇すること自はこれまでにも多々あった。
そのたびにフィオンの適確な敵把握で遭遇をしのぎ、ここまで移してきたのだ。
今回も大丈夫だろう。
そう、甘く考えていた。
《左に逸れてやり過ごそう》
リディルが行を決め、その決定に迷うことなく従い、左に逸れる。
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今までもこうしてきた。
しかし、ここで異変が起こる。
《……! 魔が、こちらに向き直した……!》
未だ魔は視界にっていない。
つまり、フィオン以外にはその事実はわからない。
しかし、フィオンはこんなところで冗談を言うやつでもなければ、これまで敵のきを外したことはない。
相手にも知を持ったものがいる。
魔を統べるものがいる。
計略は人間だけの特権ではない。
要するに――
《ボクたちの存在がバレている……!》
魔を統べるものは俺たちの襲撃を予期し、この位置に魔を送り出した。
そして、現に魔達は俺らを捉えている。
その知略に背筋が凍る。
これから襲ってくるであろう魔達に心拍數が上がる。
《おい、フィオン! 振り払うことはできないのか! 規模はどうなんだ!?》
アルダスが荒々しく問う。
その問いに、フィオンは答える。
《既にこちらの魔力が捉えられている。ここまで近距離だと振り払うことはできない。規模は約500、全てがBランク以上……!》
「……ッ! くそったれが!」
アルダスが思念伝達ではなく、口に出してこの狀況に嘆く。
フィオンは絶対に無能ではない。
現に魔が見えないこの狀況でいち早く存在を察知した。
しかし、フィオンの隠スキルは破られた。
魔が警戒しているだけならともかく、既に発見されている。
そして、この距離。
今更隠スキルを無茶な出力で使ったところで、魔との激突は避けられない。
この狀況は、まずい。
500。
軍だ。
たった6人に差し出していいものじゃない。
俺たちの構は対多數を想定しているものではない。
アリシア、フィオンは後衛、俺、リディル、アルダス、ロプトが前衛で戦う形となるが、多數を相手にすればそんな構は意味がない。
たった4人の壁なんてすぐに突破される。
後衛は前衛の守りを失い、すぐに喰い荒らされる。
力を消耗するなんてものじゃない。
隊列が崩れ、れたチームワークによって下手したら後衛、いや、前衛にまでも死傷者がでる。
確かにこれだけ実力あるものたちが集まったこのメンバーなら、500の魔と言ってもなんとか片付けることができるかもしれない。
でも、魔城で待つ相手に向けて余力なんて殘せない。
誰かが死ぬかもしれない。
《……すまない。俺の力の無さ故だ》
《フィオン、気にするな。俺達はこんな危機、何度も乗り越えてきただろう?》
《そうだよ、大丈夫! なんとかなるって!》
フィオンとアルダス、アリシアが言葉を掛け合う。
その中、俺はリディルだけに指向を持たせた思念伝達で話しかける。
《リディル。このまま襲撃をかけていることがバレた狀態でも、魔城を攻略できるか?》
《ここを乗り越えさえすれば、あるいは……ってところかな。確証はもてない》
《そうか……》
そこまで會話が終わったところで、魔の軍勢が見えた。
鷲型の魔、ガーゴイルのが変した魔、様々だ。
やるしかない。
覚悟を決めろ。
自分から志願したんだ。
しは役に立つってとこを見せてやれ。
「リディル、大きく左に曲がれ」
「えっ? でも魔からは逃れ――」
「――いいから! 早くしろ!!」
「――ッ!? わかった!」
既に魔の軍勢との距離はまっている。
時間がない。
《みんな! 更に左に曲がるんだ!》
《――! 分かった、左だな!》
リディルの言葉にアルダスがいち早く反応する。
このやりとりだけで二人が深い信頼関係にあるのが分かる。
なんたって、疑いもせずにオッケーだもんな。
リディルの一聲で、皆が左に大きく曲がる。
あくまで魔城に進路を向けた狀態で。
リディルたちはもともと俺がいない狀態で魔城を攻撃する予定だったんだ。
つまり、戦力的には俺なしでも魔城は落とせる。
大丈夫、俺は強くなった。
前にいる魔だって、強さはそこそこだが500しかいない。
大丈夫、死にはしない。
なんたって半分神だぞ?
大丈夫、俺なら全部まとめて――
「――殺せる……ッ!」
「えっ!? イルム! 何をやってるんだ!!」
俺だけは曲がらなかった。
メンバーのみんなからの聲を無視し、まっすぐに魔へと進む。
そろそろ、範囲か。
頃合いを見てずっと乗ったままだった狼の魔から飛び降りる。
既に思念伝達は屆かない。
狼の頭をさっとで、リディルたちのもとへ加わるよう、走らせる。
後ろを首を回すと、左に曲がって進み続けるリディル達。
リディルが剣を抜き、こちらに飛び出そうとしているのを、アルダスが険しい顔で羽い締めにして、抑えている。
アリシアは両手をの前に、祈るような勢をとり、フィオンは悔しそうな顔を浮かべている。
ロプトの表は包帯で見えないが、恐らく無表だろう。
空を飛ぶカラスでも眺めるかのような、無関心な目。
視力が良いせいか、はっきりと見える。
ああ、そういえばリディルは仲間を失ったことがトラウマになってるんだったか。
悪いことをしたな。
相當な苦痛のはずだ。
でも。
安心しろ。
俺は死なない。
きっと勝つ。
風になびく、出撃前にリディルから貰ったマントをぎ払い、暗黒剣を抜く。
そして後ろに振り向き、その剣を高く、一杯高く掲げる。
俺なりの意思表示だ。
俺は、死なない。
意思が伝わったのか、リディルが泣きそうな顔になりながらも、抜いていた剣を掲げた。
それを確認し、魔に向き直す。
「ははは……それにしても無謀だよな」
思わず言葉がれる。
しかし、その獨り言は誰にも屆かない。
既に仲間は魔城へと向かっていった。
「でも、死ぬつもりはさらっさらねぇ!!」
まだ、武屋を開店して全く経ってないし、金も稼ぎきってない。
贅沢もまだまだし足りない!
こんなところで死んでられっかよ。
抗え!
一杯、戦え!
恐れるな!
俺は自分にできることをすればいい。
きっと、なるようになる。
逆境を打ち砕け!
必ず生きて、加勢に向かうんだ!
「暗黒結界!」
未だ実戦で使ったことのなかったスキル。
それをできるだけ広範囲に展開し、500の魔を1匹たりとも逃さぬように閉じ込める。
すべての魔が収まるように位置も調整した。
大丈夫だ。
おそらく、500の魔が一斉に攻撃したらこの結界は數分も持たずに破壊されるだろう。
だからこそ、俺がここで戦って時間を稼ぐ。
「――黒霧!!」
対多數戦。
準備期間中、ダンジョンで経験したものだ。
黒霧における視界の剝奪は想像以上の効果を生む。
「――俺って実際、対多數に特化したようなスキルばっかり持ってるよな」
最後に黒翼を展開する。
これで準備は整った。
後は勝つだけだ。
親友を悲しませるわけにはいかねぇからな。
◇ ◇ ◇
「そろそろか」
薄暗いで包まれた部屋の中央、玉座に一人佇むバースは、今頃焦っているであろう勇者を想像し、思わず笑みをこぼす。
バースは數鋭がこちらに攻めてくることを読んでいた。
いや、數鋭がこちらに攻めてくるように仕組んでいた。
人間は魔を統べるものを倒すことで軍勢が弱化することを知っている。
故に、わざと人間が対処できない圧倒的戦力を送ることで、魔城を落とさざるをえない狀況を作ったのだ。
仕組んだ上で位置を特定することは容易い。
範囲を極限まで狹め、度を上げた気配察知を魔城と王都の一直線上に配置さえすれば、隠を破ることなど容易いことなのだ。
遠距離であるため、道を逸れ、隠の度を更に上げた勇者たちの行方は既に把握できていないが、足止めに殘っている一人の気配は未だ鮮明に映し出されている。
こちらにわざと攻めるようにした理由は、単純に簡単に勝利を得るためである。
王都への戦力を王國軍と均衡にまで落とし、自の周りに魔を侍らせて保に走れば、勇者の快進撃で負けるかもしれない。
均衡よりなくするのは論外。
王國軍に敗北、魔を無駄死にさせ、勝機を失ってしまう。
もちろんバース自ら戦場に赴くという事もできる。
しかし、戦火に紛れて討たれる可能も出てくるため、良策とはいえない。
そこで殘るのが王都に最大戦力を送るということ。
こうすることで、王都は魔の対応に追われ、魔城に來るのは必然的に數鋭。
その鋭をねじ伏せる事ができれば勝利は確実なのだ。
更に、理由とはそれだけではない。
「フフフ……勇者との戦いが待ち遠しい……」
魔王は再戦を希う。
勇者との戦い。
心躍るでを洗う爭いを。
鋭となれば來るのは確実に勇者一行。
そうなると、バースは先の戦いで敗北した勇者と再戦できるのだ。
この作戦自は、バースが勇者に敗北すれば失敗に終わる。
そして、作戦の失敗とは死を意味する。
バースの従える全魔、そしてバース自の。
しかし、バースが自と配下の危険を顧みることはない。
配下などそもそも眼中になく、自は何度でも復活できるという傲慢が顧みることを阻害している。
勝てるならそれでいい。
勝てなくても、自分が勇者と戦えるならいい。
死んでも構わない。
自分はまた復活できるのだから。
「私にとって”死”は”最期”ではない。勇者よ、今回の500もの魔は貴様への活力剤だ。貴様は仲間を失ってこそしく輝く。先の戦いのようにな」
バースは、凍てつくような覇気の篭った聲で、そう言葉を発した。
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