《魂喰のカイト》36話 3対1

現れた狐の魔は油斷なく、溫度をじさせない冷えた鋭い視線を三人に向ける。

それに対して、ロプトは未だうずくまり、アリシアは焦り、フィオンはくことがやっとという狀況。

戦力差は歴然。

とてもロプト達が戦いに勝てるとは思えない。

そのことは、立ちはだかる狐の魔、グレイスにも分かっていた。

しかし、戦いにおいて手は抜かない。

それが、一人の剣士としての流儀であり、グレイスにとっての誇りだからだ。

「ゆくぞ」

その聲とともに、一本の剣を手にグレイスが前方に駆け出す。

駆けた先にはアリシア。

裝備している杖、腰に攜行している短剣を見て、即座に魔師だと判斷をして標的にしたのだ。

師は何をするか分からない。

魔法を思わぬ使い方で行使し、実力差のある相手でもスキをついて致命傷を負わせることがある。

これまでの戦いの経験から、魔師を最初に仕留めることはグレイスにとっての鉄則となっていた。

アリシアは、駆け出したグレイスが自を狙っていることを把握し、咄嗟に杖の石突を地面に向けて下ろす。

地面と石突が接し、カンと音を鳴らすと同時にアリシアとグレイスの間にの壁ができた。

ここで、グレイスは自の誤算に気づく。

アリシアはただの魔師ではなかったのだ。

気づいた理由は単純で、たった今できた壁には魔力が流れておらず、魔法によるものではないと判斷できたからだ。

普通、魔師は魔法を使って防用の結界をるものであり、グレイスの前に存在する壁のような魔力をじさせない不思議なものを作り出すことはない。

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故に、ただの魔師ではない。

このように、アリシアが普通の魔師ではないと気づいた理由は、単純なものだった。

しかし、単純であるからと言って、気づくことが簡単というではない。

魔力という要素に人以上に通な魔、それも高位の者であるからこそ、この壁に魔力が流れていないと知ることができた。

言い方を変えれば、この不思議な壁に含まれる魔力やその流れを把握し、魔法でないと斷言できるグレイスは紛うことなき強者である。

(魔法でないとすると――スキルか)

この壁は魔法や神聖魔法などとは違う。

魔力の流れをじない防だ。

特に道を使った気配はない。

もし手に持っている杖が魔導で、それを使ったのだとしても、魔導である以上、壁に魔力が含まれてしまう。

ならば、その壁は必然的にスキルとなる。

壁に対し駆けたまま、グレイスは思考し、その存在をスキルだと定義する。

そして、その思考は正しかった。

壁の正はアリシアのスキル、聖盾。

魔法や神聖魔法、闇魔法や暗黒魔法で作る結界と違い、理攻撃の防に特化した壁を作り出すスキルだ。

今回は能的に発したが、このスキルはアリシアが攻撃されそうになったときにも自する。

が遅れて死ぬことはない。

そして、このスキルの最大の強みはそこらの結界と比べにならないほど堅牢なことである。

単純な防力では、パーティのタンク兼アタッカーを引きけるアルダスを凌ぐほどだ。

このスキルでアリシアは、幾度の戦いを生き殘ってきたと言っても過言ではない。

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だが、そのような壁を前にしてなお、グレイスは走る速度を緩めない。

「この程度、我が剣の前では塵芥同然」

グレイスが目の前に突然現れた明の壁に向かって、右腕を縦に大きく振って剣を下ろす。

その剣は甲高い音を上げ、壁の強度を前に弾かれてしまった。

しかし、剣が弾かれたことは予想通り。

グレイスは、剣と壁の接の反によって肩の辺りまで押し戻された剣を、流れるような作で逆手に持ち直し、今度は右から左へ斜めに剣を振り下ろす。

今度は弾かれない。

剣がそのまま壁に吸い込まれるようにめり込んでいく。

そして、やがて壁が強い衝撃をけた脆いガラスのように々に割れた。

「――えっ?」

そのの破片を唖然と眺めるアリシア。

アリシアは自のスキルがこうも簡単に破られてしまうとは考えていなかった。

なくともロプトが復帰するまでの時間稼ぎはできるつもりで居たのだ。

「あっ、しまっ――」

グレイスが再び駆け出したとき、ようやくアリシアは我に返る。

この一瞬の出來事に驚愕して固まってしまった思考を、またかし始めたのだ。

しかし、思考を取り戻し手にれた鮮明な視界に映るのは、到底打開することができない狀況。

グレイスが後數歩踏み出してしまえば剣撃の範囲にってしまう。

の聖盾を二撃で破壊するような強力な攻撃。

當たったらひとたまりもない。

ふと、アリシアの脳裏に故郷の村のことが浮かんだ。

何の変哲もない、ただの辺境の村。

王都からは離れた土地にある田舎。

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旅人にとっては記憶にも殘らないような村だが、アリシアにとっては違った。

その村は期を過ごした思い出の場所であり、村の人々は、勇者の仲間となり村を出るアリシアを寂しく思ってくれた大事な家族だったのだ。

これが走馬燈というものだろうか。

アリシアには、心なしか辺りの時の流れが遅くじていた。

しかし、気づけば杖には魔力が行き渡っている。

そのことに、アリシア自も驚く。

無意識に杖に魔力を込めていたのだ。

だが、驚きとは裏腹にその行の理由は理解できていた。

(……そうだよね。まだ、死ねない……!)

まだ死んでいない。

だから、生きる可能を生むために魔を行使する。

アリシアは無意識に生きようとしていたのだ。

剣を持ち、すぐ目の前まで近づいているグレイスに向けて杖を構え、即座に魔法を放つ。

杖から飛び出したのは炎。

火と呼ぶには大きすぎ、炎と呼ぶには小さすぎるその炎は、アリシアが持つ最大の攻撃魔法。

もとより、アリシアは戦闘に向いていなかった。

炎魔法などの上位互換を一つも獲得せず、火魔法などの魔法スキルも全てLV7止まり。

の長所は富な補助系統のスキルなのだ。

故に、この乏しい炎は斬り伏せられる。

グレイスの剣閃と共に炎は散ってしまった。

(やっぱりダメ……かぁ)

アリシアの中に渦巻くのは、諦め、恐怖、そして自の魔法への悔しさ。

逆転劇でもあっていいじゃないか、と心の中で冗談のように愚癡をこぼす。

しかし、得意では無かった攻撃の魔法が失敗したことに、違和は覚えない。

この結果が訪れることは分かっていた。

諦めと同時に死を覚悟した。

火魔法を打ったときから更に距離を詰められているのだ。

聖盾は再使用まで時間がかかる上、使えたとしても大して役には立たないだろう。

距離をここまで詰められてしまえば、もうどうしようもなかった。

アリシアの諦めなど知らず、剣を振るためにグレイスは駆け続ける。

そして、後二、三歩の距離というところで一気に踏み込み、一息にアリシアに斬りかかろうとした――その瞬間。

「ぐっ……!?」

グレイスがアリシアから向かって左に吹き飛ばされる。

その左肩には二本のる矢。

を取り立ち上がったグレイスは、肩に刺さった矢を抜き、矢が飛んできた方角へを向ける。

向いた先に居たのはフィオン。

息を荒くしながら両手に持つボウガンをグレイスに向かって構えている。

「我の索敵を掻い潛るとはな」

グレイスが表を変えないまま話す。

フィオンの持つ隠スキルの場合、対象人數が減るほど効果は上がる。

のみにかけた場合に至ってはほんのしでも気配を見失うと、並の実力ではどれだけ探し回っても見つけることができないほどだ。

そのことを利用して、アリシアに気が向いている間に隠スキルを発、そのまま不意打ちをしたのだ。

しかし、フィオンにはもう力は殘されていない。

現に顔は悪く、スキルを酷使し続けていることが目に見えて分かる。

あとしでもスキルを使えば移すら困難になることは、アリシア、そして敵であるグレイスにも理解できていた。

更に、グレイスはフィオンの持つボウガンから思考を巡らせる。

(あのボウガンは魔導。恐らく魔力を矢に変換、そしてボウガンに付加された魔法で矢の速度を加速させる仕組みだろう。だとすれば、矢を作る魔力と加速魔法を起させる魔力が必要になる。あの狀況では、もう數本しか打てまい)

そう考え、グレイスはフィオンを脅威の対象から外す。

脅威ではない相手でも油斷せず、手加減もしないが、優先度は低いと判斷したのだ。

そして、グレイスの考えは正しかった。

もうフィオンは數発しか矢を打てない。

下がりかけている腕を見ても、魔力、両方で限界が近い。

グレイスが再びアリシアに向き直す。

そして、剣を構えたところで、今度は後ろから鳴る瓦礫の音に気づいた。

振り向くと、そこには腹を抑え、足を震わせながらも、剣を杖にして立ち上がるロプトの姿があった。

「まだ……剣は手放してねぇ……。一矢、報いてやる……!」

ところどころ、いつもの違和のある聲が抜け落ち、別の聲質が混じる。

しかし、瓦礫の音に紛れ、その聲質がアリシアたちに屆くことは無かった。

勝ちたい。

絶対的な勝利じゃなくていい。

圧倒的な勝利じゃなくていい。

ただ、勝ちたい。

どれだけに染まろうとも、どれだけ傷を負おうとも、勝ちたい。

奴を殺したい。

ロプトの中にはただ一つ、勝利を渇するだけが渦巻く。

その目からは理じられず、ロプトの様相はまるでに飢えた獣のようであった。

◇ ◇ ◇

剣と剣が重なり、金屬音が甲高く響く。

バースは先程とは異なり、片手に剣を持って戦っている。

それに対し、リディルは落ち著いて、相手の実力を確かめるように両手に持った二本の翼剣を振るっていた。

「ふふふ……ははははは!! やはり貴様との戦いは心躍る!」

一度剣撃が収まり、お互いが距離を取ったところでバースが笑い出す。

その様子を、リディルは油斷なく捉え続ける。

「先の戦いを思い出す愉悅。最高の気分だ、勇者」

「無駄話はいい。早くかかってこい」

バースがそのまま言葉を紡ぐと、リディルは視線はそのまま、苛立たしげに言い捨てる。

その様子にバースは顔を喜に歪ませる。

「そうだったな。貴様は一刻も早く私を屠り、仲間を助けに行かねばならないのだった」

バースがまたもや挑発のような言葉を掛ける。

その言葉を聞き、リディルは一瞬的になりかけてしまったが、それを自制した。

そんなリディルを見てバースはつまらなさそうな顔を見せ、そのままリディルに接近戦を仕掛けだす。

再び剣と剣が金屬音を鳴らした。

攻守が目まぐるしくれ替わり、激しくなる戦いの中で、二人はそれに順応する。

リディルが右の剣で薙ぎ払うのをバースが左手から展開した小さな高度の結界で防ぎ、攻撃後のスキを狙ってバースが右手に持つ剣を叩きつける。

一方的にならない、均衡した戦いだった。

「小手調べはここまでにしておくとしよう」

バースが後ろにステップを踏み、まるで今までの戦いが本気では無かったかのように言う。

事実、バースは本気ではなかった。

均衡していたのはあくまでも抑えた力でのことだったのだ。

バースが剣を持つ右腕を上げる。

そして、腕を上げたと思った次の瞬間に、その腕から黒い手のようなものが飛び出し、剣と腕を固定した。

それから更に手が増え、ほんの數秒経った後には、腕が一本の大きな剣のような形に変形していた。

また、腕にばかり気を取られてしまい、気づきづらくはあるが、足や左腕も手によって鎧のようになっている。

リディルが一瞬のうちに変化したバースを注意深く眺める。

何をしてくるかわからない。

最大限警戒したほうが良いだろう。

そう思っての行だったのだが――

「うぐっ!?」

高速で縦に斬撃が飛んでくる。

その斬撃にすかさず反応したリディルは右手と左手の剣を差させて防ぐが、突如腹に衝撃をじた。

腹にじた衝撃の正は蹴りだ。

リディルは斬撃が囮であったことに即座に気づく。

しかし、攻撃をけた後に気づいても仕方がない。

吹き飛ばされた空中でを取り、衝撃を消して地面に著地した。

事前に張っていた神聖魔法の結界が破れてしまっている。

そのことが、ただの蹴りが相當な威力で放たれたことを証明していた。

「ふはははは! これが私の全力だ!」

リディルが前を向くと、バースが顔を歪ませ、笑っていた。

バースの言葉やその様子からリディルは確信する。

「確かに前回の戦いに比べて強い。でも、驚異的に上がっているわけじゃない」

「なに……?」

突然のリディルの言葉にバースは反的聞き返してしまう。

その聲を聞いたリディルは、更に言葉を続けた。

「お前の実力が今のものだということは分かった。だから、ボクも全力を出すことにするよ」

そう言うと同時に、リディルの左手にあったカーテナがとなってどこかに散る。

リディルは言葉の通り力を隠していた。

バースの全力がリディルの全力を上回っていた場合、リディルはどうしてもその実力差を埋めなくてはならない。

そのため、力を隠してここぞというときに力を全て開放することで、不意打ちのようにしてバースを倒すことにしていたのだ。

しかし、バースの実力を知り、それが自より劣ると分かった以上、隠す必要はない。

リディルがそっと口を開き、語りだす。

「人ってのは壽命が短い分、魔と違って短期間で大きく変わるものだよ。お前と戦ったときのボクの翼剣は、確かエクスカリバーとカーテナの二本だったはずだ。でも――」

淡々と告げる。

その言葉を聞き、思わず悪寒をじるバース。

目は見開かれ、額には汗が流れ始めている。

リディルはそのことを気にも留めず、口を開く。

「――《君臨せよ》、エクスカリバー」

聲が響き、それに呼応するかのように右手の剣から暖かな風が巻き起こり、辺りを包み込む。

しかし、その暖かさとは裏腹に、強大な魔力がリディルに集まっていた。

魔王であり、実力者であるバースはそれにいち早く気づき、見逃さない。

に負擔を掛けず出せる最高速、それを更に超えた速度を出し、リディルに飛びかかった。

無理をしすぎたのか、バースの顔が初めて苦痛に歪むが、その苦痛と引き換えに得た速度は恐ろしいものだった。

この場にいるリディル以外のものは反応、いや、認識すらできないだろう。

しかし、そのような速度を持ってしてもリディルの表は変化しない。

全くと言っても過言ではないほど焦っておらず、何か別のことに意識を向け、こちらへの関心を捨てているように見える。

その様子に苛立ちを覚えたのか、バースは戦いを楽しむことを一瞬忘れ、リディルに向かって渾の一撃を叩き込む。

腕を振り終えた後、空中で剣が何かに接したことを確認し、リディルを殺してしまったかもしれないということにしまったとじたバースであったが、そのはすぐに消え去った。

剣と融合した腕が、重なり合う六本もの宙に浮いた剣によって阻まれていたのだ。

その剣の中には、先程となって消えたカーテナもあった。

の渾の一撃が阻まれて焦りをじた直後、直的に濃な死の気配を察知し、バースはたまらずを引いて一度距離を取る。

「《撃滅せよ》、アスカロン」

リディルが言葉を言い放つと同時に轟音が鳴り響く。

地が二つに割れ、床が瓦礫となって下の階になだれ込んだ。

原因はリディルが左手に持っている、先程のカーテナとは違う一本の剣。

この剣が振り下ろされた瞬間、とてつもない力を持って城を揺らしたのだ。

リディルから前の床から壁までは崩壊し、左右にも亀裂がっていた。

このことに、自分の直が正しかったと確認し、回避できたことにホッとで下ろす。

しかし、落ち著いたのもつかの間、リディルの殺気に當てられバースは顔を上げ、その姿を視界に捉える。

リディルの背には三対の翼。

いや、翼を模すようにして広がる翼剣。

先程使った《加速》のカーテナ、たった今大地を揺らした《撃滅》のアスカロンもその翼の一部としてっていた。

そして、リディル自が右手に持つのは《君臨》の詞を持つひときわ輝く翼剣。

その剣一つ一つが持つ圧倒的力と、翼剣の解放に伴い上昇したリディル自の魔力、そして先程の機會を伺う慎重さと打って変わって出てきた殺気に気圧され、バースが一歩後ずさる。

その様子に対して、嗜心を刺激されることもなく、バースを殺すことしか考えていないリディルは至って冷靜だった。

「今、ボクが所有する翼剣は――」

そして、落ち著いた様子で、しかしバースを殺すような視線のまま、ゆっくりと、はっきり口を開いた。

「――七本」

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