《婚約破棄された崖っぷち令嬢は、帝國の皇弟殿下と結ばれる【書籍化&コミカライズ】》5.最悪のあがき方

それからもミネルバたちはメイザー公爵の浄化と最後の戦いの準備に沒頭し、ちょうど二週間目に萬全の備えができた。

「みんなよく頑張ってくれた。私たちも今夜はよく眠って、力を回復しよう。明日の作業が無事に終われば、特別休暇と褒賞が待っているぞ」

ルーファスの言葉に、醫療スタッフやおじいさんたちが顔を輝かせた。

「明日はさすがに、これまでのように簡単にはいかないでしょうね。ロアンの言うところの『イタチの最後っ屁』が、大したものでないことを祈ります」

アイアスが眼鏡のブリッジを指で押し上げる。

神的な脅威か、的な攻撃かはわからんがのう。やりがいのあることには、多の危険が伴うもんじゃ」

「ルーファス皇子が特別な安全対策をとったから、大丈夫に違いないぞ」

「老いぼれめ、皇子じゃのうて皇弟殿下だと何度言わすんじゃ」

「とにもかくにも、食って寢て準備を整えなければのう」

すべきおじいさんたちが口々に言う。

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「皆様のご盡力にどれほど謝しているかを、伝える言葉が見つかりません。本當に謝しています。このご恩は一生忘れません」

ベッドに起き上ったメイザー公爵が一時目をつむり、それから深々と頭を下げた。

ルーファスが片手を上げて苦笑する。

「メイザー公爵、禮ならばすべて終わった後に──」

そのとき、何かが起こった。言葉では説明できない、邪悪で恐ろしいことが。頭を下げていた公爵が、そのまま真橫に倒れる。

「メイザー公爵!!」

その場にいた人々が同時にんだ。床に落ちそうになった公爵のを、側にいた醫療スタッフの青年が咄嗟に支える。すぐに彼はぎょっと目を見開いた。公爵の口から、じわじわと黒い霧が滲み出てきたのだ。

「な、なんだこれ。気持ち悪い……っ!」

青年の支えを失った公爵のが、ベッドに倒れ込む。その口から吐き出された黒い霧が、天井付近で大きな渦を巻く。

公爵はの気のない蒼白な顔をして、まるで抜け殻のようになっている。

ルーファスが青年の前に立ちはだかり、黒翡翠を握った拳を振り上げた。マントのような結界が、あっという間にその場にいる人々のを覆う。

「アイアス、爺様たちと醫療スタッフを連れてこの部屋から離れろ。かなり不快なエネルギーだが、特殊な鉛の壁と扉が阻んでくれるはずだ。ミネルバとロアンは私の後ろに。急いでくれ、この人數を結界で守り続けるのは厳しい」

ルーファスは冷靜に、皆がとるべき行の判斷を下した。

「は、はい!」

アイアスが導し、人々は扉の外に避難した。特殊な鉛のむこうは安全地帯だ。

「なーるほど」

ミネルバと共に、ルーファスの背中にぴったりくっついたロアンがつぶやく。

「かくれんぼをやめたってわけか。やっぱこいつ、格悪いや。ミネルバ様、メイザー公爵の手を握って『見て』みてください。多分、空っぽのはずです」

ロアンが真剣に考えを巡らせているのがわかる。ミネルバも混した頭で考えた。

「空っぽ……。あの黒い霧が……召喚聖が、メイザー公爵の魂を盜んだの? まさか、そんなこと……」

あってほしくはなかった。考えるだけで冷や汗が噴き出してくる。

「僕も信じられないし、信じたくないけど。こういうのを異世界人の言葉で『チート』って言うらしいですよ。とはいえ、こいつはもう何も隠せてないから、何がしたいのかビンビンじる。メイザー公爵の魂を盜んで、丸ごと飲み込むことに力を全振りしてるんだ」

ロアンが不快そうに鼻を鳴らした。

「いまなら、ちょっと探れば本の場所もわかると思います。発しているエネルギーはめちゃくちゃ気持ち悪いけど、僕らは結界があれば神的にも的にも脅威はありませんから大丈夫──いや、全然大丈夫じゃないか」

ロアンが公爵を見る。

ミネルバは公爵の、ぴくりともかないの橫にひざまずき、祈るような気持ちで手を握った。意識を集中して、彼の心にってみる。

「何もない……」

特殊な視界に広がるのは、どこまでも白い空間。やはりロアンの言った通り、魂のない空っぽのしか殘されていない。

ミネルバは鼻梁をつまんだ。ひどい頭痛がしていたし、涙もこらえたかった。ルーファスもロアンも言わないけれど、から魂を盜まれてしまったということは──。

「ミネルバ、恐らくまだ猶予はある。特殊な鉛に阻まれて、こいつはどこにも行けない。魂を無傷で取り戻すことができれば、回復させることができるかもしれない」

「まあそうですね。メイザー公爵は瀕死の狀態だけど、あいつの中に魂がある限りは完全には死なないと思います。とはいえあいつを下手に清めて消そうとすると、公爵の魂も無傷じゃいられない。なかなか賢い策略を思いついたもんです」

「そうだな。時間切れで召喚聖が朽ちるとき、メイザー公爵の魂も一緒に消えてしまうだろう。一筋縄ではいかない『イタチの最後っ屁』だ」

ルーファスが拳を握りしめ、天井付近の黒い霧を睨みつけた。それは蛇のような形になり、こちらを嘲笑うように浮遊している。

「だが、舐められたままじゃ終われない」

その力強い言葉が、ミネルバの心を揺さぶった。気が付いたら無意識に元のベレーナを握りしめていた。力をれすぎて、爪がに食い込むのをじた。

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