《傭兵と壊れた世界》第百一話:亡霊の目覚め

戦闘開始から十數日。北門はエイダン隊長と老將シモンのにらみ合いが続き、中央の主力部隊は押して押されてを繰り返し、南門はルートヴィア側の混合部隊が闘するもしずつ後退をしていた。

激戦の晝と靜寂の夜。第二〇小隊は未だ姿を見せず。

ホルクスは疑問を抱きつつ進行を続けた。ローレンシア軍にも被害が出たが、ルートヴィアに比べれば軽微だ。

「――さすがに突出しすぎではありませんか?」

「大丈夫だ。ノブルスまでの帰還ルートは確保している。このまま勝ちきって奴らを南側から囲むぞ。イサークも気合いれていけよ」

勝敗を分けるのは速度だ。中央と北が拮抗しているならば、南を勝ちきった陣営が流れを摑む。第二〇小隊が何かを企んでいるならば、敵がくよりも早く解放戦線を食い破るだけである。

ホルクス軍が三つ目となる敵の拠點を破壊した。兵に疲れが見え始めたが、勝ち続けたおかげで士気は高い。

「――その帰還ルートですが、中央からの圧力でし押されています。どうやら我々から逃げた敵兵が中央と合流したようです」

「チッ、だから隙間なく包囲しろって言ったんだ……中毒部隊(フラッカー)を投しろ。三分の一で良い」

「シモン軍団長から止されていたはずでは?」

「どうせ爺さんは北門に夢中だ。反対側で何をしようが平気だぜ。ビビるなイサーク、はなから綺麗な戦(いくさ)は出來んと知っていただろ」

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中毒部隊(フラッカー)とは第三軍が裏に編した特殊部隊だ。部隊、といえば聞こえがいいが、その実態は大國の花(イースト・ロス)の中毒者を利用した捨て兵士である。おこなっている容は「星の落とし子計畫」と似ているが、中毒部隊(フラッカー)は遙かに多量の大國の花(イースト・ロス)を用いた洗脳であるため、その危険を考慮してシモンが全面的に止した。だが、シモンが気づいた時には大規模の兵士が集められており、今さら解をするには費用も時間もかかり過ぎたのだ。

第三軍が抱える闇の側面。戦場に解き放っていいものかとイサークは躊躇する。だが上の命令は絶対だ。ホルクスが是と言った以上、イサークは従うしかない。

「っと、ここが第四拠點か。罠に注意しろよ」

廃墟の広場を中心として陣地が組まれている。ホルクスは部下に指示を出しながら拠點を進んだ。

人の気配はない。不気味なほど閑散とした拠點だ。駆け抜ける風がやけに大きく聞こえた。土嚢(どのう)は役目を果たさぬまま置き去りにされ、寢床にはまだ新しい焚き火の跡が殘されている。

「ちっ、誰もいないな。つまらねえ」

「――無駄な戦闘を避けられて良かったです」

「しけたこと言ってんじゃねえイサーク、お前も遠くで覗いているだけじゃ飽きるだろ」

「――飽きませんよ。私、戦いに飢えておりませんので」

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ホルクスの嗅覚に引っ掛かる匂いは無く、イサークからも敵兵の姿は見えない。完全に撤退したとみるのが妥當だ。部隊を左右に展開しつつ、ホルクスは広場に近付いた――。

直後である。

パン、という銃聲が鳴り響き、空に信號弾が昇った。

「待ち伏せだ! 全員警戒!」

ホルクスはすぐさま、廃墟に隠れて周りの様子をうかがった。だが敵兵の足音は聞こえない。ならば何のために信號弾を撃ったのか。

「なんだ? なにも――」

地面が揺れた。狙われたのはホルクスの部隊だけではない。見據えているのはもっと外側。ローレンシア軍を追い詰めるための致命的な一手、その始まりである。

拠(・)點(・)の(・)周(・)囲(・)を(・)ぐ(・)る(・)り(・)と(・)囲(・)む(・)よ(・)う(・)に(・)巨(・)大(・)な(・)結(・)晶(・)の(・)壁(・)が(・)出(・)現(・)し(・)た(・)。それらは一枚一枚が銃弾で貫けぬほどの厚さを誇っており、さらに家屋の三倍近い高さがあるため乗り越えるのも容易ではない。

ホルクス軍を孤立させることで、ローレンシアの戦力を大幅に削ぐための罠だ。

「くそ、退路を斷ちやがったか!」

「――解放戦線にこのような技が……?」

「んなわけあるかよ! こんな馬鹿げた作戦を実行できる奴なんて一人しかいねえ」

結晶化現象(エトーシス)を自在に引き起こす研究者を彼は知っている。ルーロ戦爭で幾度となく衝突し、ついぞ手が屆かなかった傭兵小隊。引きこもりの亡霊がようやく戦場に現れたのだ。

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「敵は近くにいるはずだ! 探し出せ!」

信號弾が放たれた場所に部下を向かわせた。優秀な狼の子らは位置を正確に特定し、銃を構えて包囲する。

「誰もいないぞ!」

「撃つな! 味方同士だ!」

敵がいるはずの場所には、自で発砲されるように細工を施された信號銃だけが殘されていた。ここにきてようやく狼部隊の足が止まる。

「逃げろ、これも罠だ――」

続く、二度目の地響き。突如として発生した地割れが部下を飲み込んだ。

(くそ、地下で発生した結晶化現象(エトーシス)で地盤を崩壊させたか……相変わらずな奴だぜ、くそが)

通信機から伝わる部下の悲鳴。誰もいないはずの拠點に流れる嫌な空気。ホルクスは絞り出すような聲で命令する。

「イサーク……狀況を説明しろ」

「――確認に向かわせた兵士、約半數が地割れに巻き込まれました。土煙のせいで安否がわかりませんが、恐らく、手遅れでしょう」

拳を握りしめる狼の主。恐らく、敵軍は後退しながら罠を仕掛けていたのだろう。しかも最前線の兵士には何も伝えていなかったはずだ。罠の匂いが一切しなかったから。

そしてホルクス軍が第四拠點に到著したのを見計らって結晶の壁を出現させ、主力となるホルクスやイサークを後進の部隊から分斷する。

すべては敵の掌(てのひら)だ。警戒はしていた。多の驕りはあったが、冷靜さを失っていなかった。単純に敵との読み合いで負けたということである。

「ようやく大人しくなったなあ犬っころ。まっ、俺様の策に絶するのも無理はない。なにせ俺様は希代の天才研究者! 船乗りから生まれたルートヴィアの麒麟児だ!」

廃墟に男の聲が木霊する。姿を見せないあたりがいかにも彼らしい。聲は飄々。策は。そして寸分の狂いもない完璧な計算。

「ベルノアァァアア……!」

第二〇小隊、始

中央の戦場に赤い影が走った。ローレンシア兵の青年が思わず足を止めるも、すでに人影はない。はて、見間違いだろうか。疑問に思って隣の仲間に話しかける。

「なあ、俺は疲れているようだ。ついに幻覚が見え始めた」

「何が見えたんだ?」

「赤い髪のの子が走ったような気がしたんだ。たぶん俺の見間違いだよ」

仲間の男が手を止めた。一拍、まるで何かを察したかのようにを鳴らす。彼は散らばっていた弾倉を急いで集め始めた。

「おい、何をしているんだ?」

「何って逃げるんだよ。お前も早くしろ」

「敵前逃亡は重罪だぞ!?」

「お前は赤い子供の噂を知らないのか!? 黙って従え、お前だってまだ死にたくないだろ――」

大きな地響きが男の言葉を遮った。砲撃に慣れた軍人ですら驚くほどの轟音だ。

震源は中央よりも南方。廃墟群の周囲に巨大な結晶の壁が生えている。雄大で幻想的。太を反して輝く景は月明かりの森を彷彿させる。

「あの馬鹿でかい結晶は何だ!?」

「知らねえよ! だが、戦場が狂い始めたのはわかるだろ? 赤い影を見たのなら間違いない。亡霊どもが現れたんだ。くそっ、なんで中央なんだよ。奴らは南門のはずだろ……!」

青年の背後で銃聲がした。先ほどまでのような、中距離での牽制ではない。もっと近く、そして激しい銃聲だ。兵士のび聲も聞こえる。怒聲、悲鳴、誰かが命を散らす音。

「ああ言わんこっちゃない! さあ早く立て! ここから離れるんだ!」

青年は振り返った。土煙の中にが立っている。返りで隊服を赤く濡らし、同じように真っ赤な髪を揺らした小柄なの子。それも一瞬のことだ。男に腕を引かれ、目を離した隙に消えていた。

「ついてねえ、ついてねえ! 俺たちは一番不幸なローレンシア人だ。よりにもよって亡霊かよ、ああ、ついに星天の運も盡きたか……!」

炎が上がる。ローレンシア軍の機船が破壊されたのだ。一隻で止まらず、二隻、三隻と炎が続く。敵の砲弾が屆かない距離のはず。だが事実として、中央に停泊していた機船は次々と炎に包まれていく。

ただの炎ではない。機船の燃料が引火した炎と、から生まれる怒りの炎だ。二つの炎が混じり、渦巻き、その中心に鋼鉄の乙が立つ。空に昇った煙が塵や結晶を飲み込んだ結果、分厚い雲になって乙の周囲に影を落とし、その暗闇が余計に彼の炎を明るく染めた。

青年も流石に見當がつく。ローレンシア軍の先輩たちがまことしやかに流す噂――「ルーロの亡霊」と呼ばれる傭兵小隊が現れたのだ。

経験の淺い青年はパニックに陥った。亡霊の噂が本當なのは一目でわかる。どこの世界に単で機船を破壊できる人間がいるだろうか。

「止まれ!」

仲間が制止をんだ。彼に連れられて廃屋の影に隠れる。瓦礫の隙間から前方を覗くと、どうやら他の部隊が敵と戦中のようである。

「た、助けにいかないのか?」

「靜かにっ、敵の姿を見ろ」

青年は目をこらす。敵は一人だ。武は拳銃とナイフのみ。特に変哲のない傭兵の男に見える。既に包囲が完しており、逃げ道はない。

だが、味方部隊は傭兵にれることはおろか、傷一つ負わすことすら出來なかった。目にも止まらぬ速さで近くのローレンシア兵を拘束し、壁にしながら他の兵士へ接近。障害で視線を遮りつつ兵士を無力化。いつの間にか投擲されていた手榴弾が回り込もうとしたローレンシア兵の足元へ転がる。

派手さは無い。特別なを使っているわけでもない。なのに傭兵のきを青年は理解できなかった。あらゆる無駄を削ぎ落とした合理の極みだ。

気付けば味方部隊は壊滅していた。戦場に一人、黒をまとった傭兵だけが殘る。

「ハハッ、ダメだ、この戦場は終わりだ、俺たちみたいな凡兵じゃ勝てるはずがない。ひひ、持ってきておいて良かったぜ」

「待て、それは……!」

仲間が取り出したのは末狀の大國の花(イースト・ロス)だ。青年が止めようとするも間に合わず、彼は大國の花(イースト・ロス)を一気に吸い込んだ。

大國の花(イースト・ロス)は即効の麻薬だ。數秒も経てば全管が浮き上がり、四十度を超える高熱と強い幻覚癥狀が表れる。彼らが見る幻覚は夢に近いが厳には異なり、一説によると、かつて人間が持っていた神の力が世界の真理を見せているのだとか。

「へ、へへっ、キタキタキタ!」

男は戦場であることを忘れてんだ。あっという間に正気を失い、脈絡のない単語があふれ出す。

「さあ、我ら星の子が夜に落としたユートピアを追いかけよう! 探求者の夢の果て、石に想いを、想いを石に、さしもの星天も許さなんだ! 刮目せよ! 僕らが失くした年時代は空を見上げてでんぐり返し……もがっ」

「ちょっ、黙れよ……!」

青年は慌てて仲間の口を塞いだ。幸い、例の傭兵には聞こえていないらしく、もう一度顔を出した時にはいなくなっていた。

「良かった、見つからなかったみたいだ。いや、良くないか。とち狂った仲間と俺一人、どうやって戦うんだよ」

「絢爛豪華な砂の――もがっ」

「黙っとけって」

彼は頭を抱えて廃墟にもたれた。急に世界が一変したのだ。一緒に戦っていた仲間は大國の花(イースト・ロス)を飲んで妄言を吐き、部隊長を始めとした他の仲間には連絡がつかず、ようやく見つけたかと思えば目の前でたった一人に全滅された。

「っ、足音……!」

廃屋の影に隠れて息を潛めていると、自分たちの來た方向から足音が聞こえた。

數は多い。恐る恐る顔を出すと、前線で戦っていた部隊のようだ。彼らは一様に怯えた顔で走っている。その姿はまさしく敗殘兵。意気消沈して戦意が失せており、語らずとも何が起きたのかが想像できた。

青年は路地に飛び出し、兵士の一人に聲をかけた。

「お、おい、狀況はどうなっている!?」

「見りゃ分かるだろ、最前線は崩壊した! 負けたんだよ! 貴様こそこんな場所で何をしている! 早く帰還して部隊の再編に加わるんだ!」

「ちょっと待ってくれ! 仲間が正気を失って――痛ッ!」

すがりつくように兵士の服を摑むと、苛立った兵士が青年を毆り飛ばした。

「貴様の隊は貴様でどうにかしろ! 私は一刻も早くシモン軍団長に伝えねばならないのだ!」

最後まで話を聞かずに兵士は走り出してしまった。青年は慌てて中毒者の仲間を肩に擔ぎ、逃げた兵士達の後を追う。

「何がどうなっているんだよ……こんなことなら街を出なければ良かった、ああ早く帰りたい、くそ、軍なんて今すぐ辭めてやる……」

足をかすたびに毆られた頬がじんじんと痛んだ。片手で仲間の腕を、片手で首に下げたペンダントを摑む。する家族の思い出だ。し前までは素直だった娘も反抗期になった。だが軍で忙しい自分のために料理を手伝って待ってくれる。そうだ、待っているのだ。人一人に、一つの人生。青年にも帰る場所がある。

そうして角を曲がった先で、味方部隊が結晶化していた。

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