夢のような一時から目を覚ますと、時刻はすでに晝を過ぎていました。

隣には、を一枚まとっただけの、エリスの姿。

私は彼の頬に手をばし、耳をくすぐるようにでていると、「ん……」という聲とともに、エリスの瞼がきました。

「おはようございます」

微笑みながら告げると、彼はぽわっとした表で「んへへ……」とはにかみます。

まだ夢の中にいるのでしょうか。

あるいは、昨夜のことで、それほどまでに私の虜になってしまったのでしょうか。

「目を開けて、チグサがそこにいるなんて……すっごい幸せ」

「私も同じ気持ちです、思わず頬にれてしまいました」

エリスは自然と私に顔を近づけてきます。

私も自ら顔を寄せ、を重ね合わせました。

れ合うだけの……こういうの、バードキスって言うんでしたっけ。

それを2回、3回と繰り返し、そしてお互いに見つめ合って、笑い合いました。

「好き、大好き。チグサのこと……世界で一番、してるの」

「ふふ、ライルさんより、ですか？」

「むぅ、チグサのいじわる。でも……今ならはっきり言えるよ、ライルなんかよりチグサの方がずっと好き。ううん、ライルだけじゃない。他の人なんてどうでもいい」

あまりに可いことを言ってくれるので、今度は私から引き寄せてキスしました。

し強引に、舌をねじ込みながら。

口を躙されると、エリスは嬉しそうにぎ、をくねらせます。

もはや彼は、私が何をしても喜んでけれるでしょう。

そのままもう一度を重ねてしまおうか、と手をの中にり込ませると――エリスのへその下に、私は見慣れぬ紋様を見つけたのです。

赤で、ハート型に悪魔の羽が生えたようなこれは……タトゥー、でしょうか。

昨晩はこんなもの無かったはずなのですが。

「あ……そこ、られると熱くなって……っ」

紋様に指先でれると、エリスは熱っぽい吐息をらします。

それを見ていると、無に彼を滅茶苦茶にしてしまいたい求が湧いてきます。

一これは何なのでしょう。

私は襲いかかりたい気持ちをぐっと抑えて、彼に問いかけました。

「エリス、以前からこのタトゥーはれてましたか？」

「へ、タトゥー？　ううん、そんな上等な、れるお金なんて無いよ」

「でしたらこれは……」

どうやらエリス自も、私に指摘されて初めてその存在に気づいたようです。

最初は不思議そうに自分でれていましたが――

「ねえチグサ、もういっかい、ってもらっても良い？」

「こう、でしょうか」

指先でなぞるように、らかく弾力がある皮にれると、エリスは微かに聲をあげながら小刻みに震えました。

「やっぱそうだ……自分でるのと、ぜんぜん、違う……っ」

「結局、これは何なのでしょうね」

「あ……ん、ふ……わかんないけど……えへへ、私のはチグサのもの、ってじがして嬉しいかも」

まあ……本人が嬉しそうなら、それでいいのでしょう。

私は彼の反応を楽しみながら引き続き紋様にれ、そしてまた貪るようにを重ねました。

夜が明けても私たちの宴は終わらず。

エリスのお腹が「ぐぅ」と鳴り、場の雰囲気を壊すまで、それは続いたのでした。

◇◇◇

空腹をじたからと言って、その場に食事があるほどここは恵まれた場所ではありません。

かと言って、買えるほどの金があるわけでもなく、腹が減ったのなら探すしか無い。

私はエリスに案されて、廃棄街から離れた場所にある金屬で作られた頑丈な柵までやってきました。

この柵は、何かがるのを防いでいるというよりは、廃棄街の人々を寄せ付けないために存在しているようにじられるのは気のせいでしょうか。

「この柵は、廃棄街と市街を隔てるために作られたんだ」

私の疑問を察してくれたのか、問いかけるまでもなく、エリスは説明してくれました。

「側の連中からしてみれば、私たちこそが本當のゴミなの。都合の悪いものから目を背けるために、私たちは捨てられたってわけ」

「理解できませんね、こんなに素敵なの子がここに居ると言うのに、その価値にも気づけ無いなんて」

「……それ、私のこと言ってるの？」

頷くと、エリスは顔をれた果実のように真っ赤に染めました。

溫の上がった彼のは、きっと抱きつけば心地よく、噛み付けばさぞ気持ち良いのでしょうね。

溢れ出す命の雫もまた甘で――

「チグサ、ここだと……誰か見てるかもしれないけど、いいの？」

気づけば私のはエリスに迫っていました。

周囲の目を気にする彼の恥心などお構いなしに強引に抱き寄せ、そして火照ったを満喫します。

「あぅ……結構、強引だよね……そういうとこも、好きだけど」

「そうさせるだけの魅力がエリスにはあるんです」

を強く押し付けると、彼の心臓の鼓すらじられます。

脈するその臓から、全に新鮮なが流れ込まれているかと思うと――それだけで、私も火照ってしまうのです。

「あ……は、ぁ……っ、チグサ、くすぐったいよぉ……っ」

だけでは足りないと、私は彼の首筋にを押し付けると、彼の溫を確かめるように舌を這わせました。

エリスの味がして、ならその側はもっと濃いエリスの味がするはずだと思って。

匂いも、エリスの匂いも、雌の匂いも、昨日よりずっとにじる。

私をっている、中においでおいで、と手招きしている。

ああ、熱い――脳が茹で上がったみたいに熱くて、ぼーっとしている。

正常な……いや、正常って、何でしたっけ。私の正常は、吸鬼としての正常は、正しいこと、生きるためにすべきこと。

それは、生きとし生けるもの全てが抱く本能――とは生に本能を満たさせるために存在しており、そのを満たすということはつまり――

何のために、生きるのか。

何のために、侵食するのか。

何のために、魅了するのか。

何のために、支配するのか。

その種は、同種族同士での生は行わない、まるで寄生するように植え付け、増する――

「はっ……はあぁっ……ん、ぁ……」

興が、抑えきれませんでした。

がエリスを――エリスの中・・を求めて止まらないのです。

気づけば、私は熱に浮かされながら、鋭く尖った牙を彼の首筋に埋沒させようとしていました。

「ぁ……あ……チグ、サ……っ」

しかし、それに気づいても彼は抵抗しようとはしません。

なぜならば、そのための下準備・・・はもう終わっていたからです。

シルシ、は。

そう、そうでした、なぜ私は失っていた……いや、思い出せなかったのでしょう。

その記憶の存在に気づいた今となっては、自分の間抜けさを笑ってしまいそうでした。

印、つまりエリスの下腹部に浮き上がった紋様は、下準備が終わった合図。

私のから彼の中に流し込まれた力が飽和し、もはや一片の隙間すら無いほど満たされたことを示すサインなのです。

いわば呪い、魔的な魅了、解呪魔法が得意な人間に見つかれば元に戻されてしまう狀態。

ですがこの狀態で人間のを吸い上げ、吸鬼の魂の欠片を注ぎ込めば、彼は晴れても心も私のものとなります。

眷屬として、夢も希もも価値観も一切合財を私への、あるいは忠誠心に塗りつぶされる。

ですが……彼からだけではない、私とて、エリスの事がおしいのです。

これは吸鬼としての本能？　作られた狀態？

いえ、いえ、だとしても！　だったとしても！　私は早く、早くエリスの何もかもを奪い去ってしまいたい！

ほら、だってエリスも抵抗していないのですから。

きっとわかった上で、私にを委ねているのです。

ならばこのまま牙で乙のを裂いて、人間を吸い上げてしまえば――

「おーいエリスー！　市街の方に行くなら俺にも聲かけろって言ったろ！？」

「っ！？」

背後から聞こえてきた聲に、私たちは慌ててを離しました。

そしてエリスは首筋をでながら、恨めしそうにやってきたライルさんの方を睨みつけます。

「な、なんだよ、なんで俺が睨まれないといけないんだよ」

「別にぃ……」

馴染がとっくに私のものになっていることなど知らないライルさんにとって、この狀況を理不盡と思っても仕方ありません。

なぜなら、所詮私は、昨日彼と出會ったばかりの他人なのですから。

「つーかさ、市街の方は最近警備が多くて危険だって話は聞いてたはずだよな、何だってこのタイミングで行くことになったんだ？」

「チグサが守ってくれるって言うから」

「お前、やけにこののこと信用してんだな。まあいいさ、確かに多の危険を犯してでも行く価値がある場所ではあるからな、ただし俺も付き合わせて貰うぞ」

「勝手にしたら？」

「だからなんでそんなに不機嫌なんだよ……」

本當はふたりきりが良かったのに、という不満が表から丸わかりです。

ですが、ライルさんはエリスの思いに全く気づいていないようで。

まあ、彼が仮に気遣いのできる鋭い人間であれば、とうの昔のエリスの気持ちにも気づいていたはずですから、當然といえば當然なのですが。