人のとはかくも醜いものなのか。

召喚される前の世界では、それをまざまざと見せつけられ、そしてをもって経験してきた私でも、今回アイのしてくれた話を聞いた時は、思わず眉をひそめてしまいました。

『とある地下にある店で、奴隷オークションと呼ばれている催しものが行われているの。文字通り、どこからか連れてきた奴隷たちを貴族たちが買い叩く、悪趣味なイベントですわ』

アイもリンドフォーグ家の人間、つまり貴族なだけあって、その手のいは何度もけたことがあるそうです。

『私のには合わないと、何度もわれる度に何度も斷ってきましたの』

彼に関しては、そういうわけで參加したことは無いのだとか。

しかし、アイ曰く、奴隷を飼っている貴族はそう珍しくないそうで、廃棄街の人間同様に人権の保証されていない奴隷たちは、それはもう酷い扱いをけているのだとか。

商品として売り出されるのは年端もいかないがメインでしたが、時にご婦人向け、あるいはそういう趣味の・・・・・・・ご紳士向けに年が売られることもあるそうで。

まあそちらはどうでもいいにしても、人間が売り買いされているという話を聞いて、気分を害してしまった以上は放っておくのも気持ち悪いものです。

ゆえに、私はその日、イベントが行われるという店にアイに借りた貴族らしいドレスをにまとい向かいました。

外はすっかり日が暮れていて暗く、とても心地の良い夜でした。

◇◇◇

その店は、貴族の屋敷が集する一角のほど近くにありました。

り組んだ道を進んだ先、周囲には店など見當たらない寂れた場所に、明らかに不自然に大きな建が存在しています。

そしてり口の前には2人のガードマンが立っています。

私が店に近づくと、彼らは口を揃えて言いました。

「會員証は？」

アイは會員制などと言っていなかったはずなのですが、さすがにフリーパスでれるほど甘くはないようです。

仕方ないのでガードマンの男2人の脳を影で破壊、撹拌、補綴し、無抵抗に仕立て上げてから場しました。

扉を開くと、すぐに地下へ向かう階段がありました。

そこを降りていくと、次第にあたりは暗くなり、次の扉にたどり著く頃には人間の目ではほとんど何も見えないほどです。

ひょっとすると、本來は誰かに案されて來る場所なのかもしれません。

ですが夜目はききますから、問題なく進み、問題なく會場にり――溢れ出した、むせ返るような香水と葉巻の匂いに、思わず手で口を鼻を覆いました。

會場は想像していた以上に広く、平気で數百人は収容できそうなほどです。

そこに居たのは、貴族と思しき100人ほどの人間たち。

割合は圧倒的に男の方が多いですが、マダムとも呼ぶべき化粧の濃いも數人見けられました。

部屋は地下とは思えないほど華に裝飾されており、振る舞われている料理も酒も、そしてそれを運ぶ給仕も、どこを見てもパーティー會場にしか見えません。

私が會場にってきたことに気づいた數人がこちらに目を向けましたが、名の通っていない人間だとすぐにわかったのか、數秒後にはほとんどが私から視線を外してしまいました。

ですが、単純に外見に惹かれたのか、1人の男が私に近づいてきました。

汚らわしい。

私は彼の隣と通り過ぎると、前方に用意されたステージがほどよく見える場所で待機しました。

すれ違った男は目からが失われ、ふらふらとした足取りで會場の外へとでていきます。

そのまま腕を口に突っ込んで、誰もいない路地裏で自殺してくれることでしょう。

影で、そういう風に命令を與えましたから、きっとそうなるはずです。

もっとも――あえて今のタイミングで殺さずとも、どうせ死ぬことにはなったと思うのですが。

給仕からノンアルコールのドリンクをけ取り、を潤していると、ステージ上にイベントの司會らしき胡散臭い顔をしたおじさんが現れました。

人々の視線は一斉にそちらに向きます。

そして、司會者が大げさな言い回しで奴隷オークションの開始を宣言した途端、會場は歓聲と拍手に包まれました。

熱気に包まれた會場というのは、一を味わえれば他にない気持ちよさがあるものなのですが、冷めた気持ちで狀況を見ていた私にとっては、その熱はに張り付くようで気持ちの悪いものでした。

私はそれをごまかすようにドリンクを飲み干すと、早速最初の奴隷が、ステージ裏から連れてこられました。

「まず1人目の商品はこちら、郊外の町から連れてきた、今日捕れたてのの子、名前はクレアちゃん！　年齢は9歳で捕れたてですので未調教、そしてもちろん未貫通！　奴隷がおみのお客様には足りないかもしれませんが、育てる楽しみは十分にめた上等品でございます！」

の整った外見を見て、會場が一気に湧き上がりました。

「9歳か、うちの息子に良いかもしれんな」

「いい聲で泣きんでくれるだろう、ありゃ相當な値段がつくぞ」

「付きも良いな、きっと良い親が育ててくれたんだろう。私たちに買われるために」

貴族たちは各々が勝手に想を述べています。

クレアと呼ばれたの顔は青ざめており、ボロボロと涙を流していました。

ぶつぶつ呟いているのは、両親の名前でしょうか。

可哀想に、まだ諦めることもけれることも出來ていない様子です、司會の男が言っているとおり、本當に今日連れてこられたのでしょう。

「それでは300スタートとなります――」

司會の煽りと同時に値段をび始めた貴族たちをみて、そろそろ私は限界をじていました。

もういいでしょう。

わかりきっていたことではありますが、このような腐敗を目にして、私は確信を深めるばかりです。

自分の正しさ。

人ではし得ない、に溢れた世界、その正しさを。

「が當たらない場所は、全て影。影は私の領域、つまり――」

私はきゅっと軽く拳を握り、前方へと突き出します。

オークションがヒートアップしていく中、私は1人だけ目を瞑り、意識を集中。

なにせ、これだけ大量の人間に対して力を行使するのは初めてですので、うっかり奴隷のを巻き込んでしまわぬよう、細心の注意を払う必要がありました。

そして照準が定まったのなら、閉じた手を、まるで明かりが燈るように一気に開く。

ドパァンッ！

風船にしては鈍い破裂音が會場の四方八方から轟いたかと思うと、同時にあれほどうるさかった司會と貴族の聲はぱたりと止まりました。

し遅れて、會場に満ちていくの臭い。

「人のもまた、影。だからそれすらも私の領域なのです」

そう、そこは醜いのるつぼから一転して、人間が華麗に花を咲かす花畑と化したのです。

奴隷のを除いた全ての人間が、頭を側から・・・・破裂させられ、絶命していました。

「うえぇ……う、ぐうぅ、おぇっ……」

のべ100名ともなると充満する匂いはとても濃で、酔ってしまいそうなほどで、まともな人間であるクレアが嘔吐してしまうのも、仕方のないことなのでしょう。

私はそんな彼に近づくと、縛り付けていた拘束を影に破壊させました。

「ひ、ひっ……ご、後生ですから……殺さないで……！」

私は怯える可哀想なの頬に手を當てると、なるべく恐怖を取り除けるよう優しく微笑みました。

「安心してください、殺したりはしませんよ。私は、奴隷を解放しにきたんです」

「……そ、そう、なの？　でも……あの人達、死んで……」

「はい、いらなかったので殺しました」

どうやらここでの笑顔は逆効果だったようで、彼はあまりの恐怖に聲も出さずに目を見開き、口をぱくぱくさせながら失してしまいました。

……いけませんね、普通の人間の価値観というものとどんどんかけ離れているような気がします。

ですが落ち込んでいても仕方ありません。

私はクレアを影に抱き上げさせると、おそらく他の奴隷たちが居るであろうステージ裏へと向かいました。

◇◇◇

「それで、こんなにたくさんのの子を連れてきたんだ」

奴隷たちの救出を終え教會に戻ると、急に増えた住人にエリスがため息をつきました。

連れてこられたたちは誰もが戸いの表を浮かべており、特に奴隷にされてから日が淺いクリスは私と目が合うと骨にをすくませていました。

ここまで怯えられると、さすがにちょっとショックです。

「行くなら行くって言ってよね、お姉さまのこと手伝えたかもしれなかったのに」

「手をわずらわせるのも悪いかと思ったんです」

「それより、私はお姉さまと一緒に居るほうが大事なの！」

「まあまあ、そんなに怒ってたらこの子達が怯えるだけだよ」

みゃー姉に諌められると、ようやくエリスは怒りの矛を収めてくれたようです。

レイアのこともあるのであまりエリスには無理をさせたくないのですが……確かに彼の言うとおりですね、いざとなれば私が守ったらいいだけなんですから。

さて、あの會場で私はクレアを含めて5人のを救出しました。

4人に関しては、それぞれ1人ずつ別々に虜にしてもらって、仲間にするつもりです。

中には以前に奴隷として仕えていた場所で酷い的暴行をけたらしく、トラウマを抱いているも居ますが、きっとそれも解消できることでしょう。

しかし、問題は殘りの1人です。

「でさ、その子……どうすんの？」

「私が面倒を見ますよ。どのみち、人間では彼を元に戻すことは出來ないでしょうから」

そのは――果たしてと呼んでも良いのかも判斷出來ないほど、破壊しつくされていました。

髪は剃り落とされ、耳と鼻は削がれ、目も歯も無く、もいびつで舌はスプリットタン。

両手両足は當然のように無く、房も一部欠損しており、も損壊寸前、と悲慘なものです。

「この狀態では臓もボロボロでしょう、生きているのが不思議なぐらいです」

「食べとかちゃんと與えられてたのかな」

「それは……ほら、見てください」

彼の口元に手をやると、で溫を察知したのか指を咥え込み、舐め始めます。

その様を見て、エリスは骨に嫌そうな顔をしました。

気持ちはわかります、何のためにこうしているのか、言うまでも無いでしょうから。

「そういう風に躾けられているんだと思います」

「悪趣味ここに極まれりってじ、よくもまあこんなことできるよね、人間って」

「他のの子たちが言うには、彼は””と呼ばれていたそうです」

「……さらに悪趣味」

エリスは吐き捨てるように言いました。

そして彼の顔に手をばします。

「人ごとじゃないよね、廃棄街で生きてきた人間としてはさ。ひょっとするとこの子も私と同じ出なのかもしれないし」

「だったら、エリスも一緒にどうですか？」

「どう、って……」

「このこを半吸鬼デミヴァンプにして元のに戻してあげようと思っています」

「そっか……そりゃそうだよね、他の子もそのつもりなんだろうし。じゃあせっかくだし私もお姉さまに付き合うよ、えっと……名前はどうしよっか」

「本當の名前がわかるまではジェーンとでも呼んでおきましょうか」

「なんでジェーン？」

「偽名の定番だとどこかで聞いたことがあるからです」

そう説明すると、エリスは再び彼の顔を見て、「よろしくねジェーン」と聲をかけました。

反応は無かったが……名前があった方が遙かに親しみやすい、ひとまずはこれでいいはずです。

◇◇◇

かくして、ジェーンと私たちの生活が始まりました。

生活というよりはほぼ介護のようなものでしたが。

他の4人のに関しては、力を分け與えた仲間たちに託しています、2日もしないうちにみな半吸鬼デミヴァンプになっているでしょう。

とりあえずはジェーンにれた狀態で、エリスと他もない會話を繰り返しました。

そもそも耳が聞こえているのか、彼には人間らしいが殘っているのか、など気になる點はいくつかありましたが、まずは虜にすることからです。

二人がかりだったおかげか、翌朝には、ジェーンの目の下に印が浮かんでいました。

ですが相変わらず、彼からのリアクションはありません。

試しに印をってみましたが、多をかしたり、からかすれたような呼吸音はするものの、いでいるかは微妙なところです。

「もう壊れちゃってるんじゃないかな、吸しないとどうにもならない気がするけど」

エリスの言うとおり、手早く吸してしまうのが一番なんでしょう。

ですが私は、なんとなく、彼と今の狀態でコミュニケーションをとることに拘っていたのです。

予、とでも言えば良いのでしょうか。

ジェーンにはそうするべき理由があるような気がして。

私が考え込んでいると、彼は突然、口をぱくぱくと開き始めました。

昨日も何度かこのような行を取ることはあって、特に意味は無いのではないかと思っていたのですが――口に耳を寄せてみると、ジェーンが何かを言っているのがわかります。

「ぇ……い……あ……」

え、い、あ。

一度だけなら偶然でしょうが、彼はそれを何度も繰り返していました。

「お姉さま、どうしたの？」

「えいあ……全て母音ですね、何か意味があるのでしょうか」

「え、い、あ？　ただうめいてるだけじゃない？」

「それにしては、同じことばかり言っているのですが――」

えいあ。

それに近い言葉を、最近、どこかが聞いたような気がします。

歯が無く、舌も自由にかないので母音しか発音出來ないのだとしたら――け、せ、て、ね、へ、め、れ……れ？

れ、い、あ。

この名前って、確か――

「レイア・ハーシグ……？」

しこじつけが過ぎるでしょうか。

しかし、この異常なほどまでに壊されたと、城の魔。

私はこの2人を結びつける接點らしき報を持っていました。

「あのお城に住んでた魔法使いの？　でもなんであんなやつのことを、奴隷が知ってんの？」

「彼は元々、田舎にあるのどかな村に住む子供だったのですが、村は吸鬼に襲われて壊滅してしまい、だから彼は吸鬼を恨んでいるのだとみゃー姉が言っていました」

「つまりこの子も、その村で奇跡的に生き殘ったうちのひとりってこと？」

「本當に奇跡だったのでしょうか。そもそも、村が壊滅したという話自が妙なんですよ。エリスがもし同じことをするとしたら、どうしますか？」

「どうするって、そりゃあ仲間を増やそうと……して……あれ？」

私もまったく同じ部分で引っかかっていました。

襲撃したのが本當に吸鬼だとするのなら、人間たちを皆殺しにするわけがないのですから。

人がする人間を子をしたいと本能で思うように、吸鬼もまた、人間を見ると仲間に引き込みたくなる。

だというのに、村を襲ったという吸鬼は、なぜか全員を殺してしまいました。

不思議です。

まるで犯人は吸鬼ではないように思えてなりません。

私はその仮説にさらに信憑を持たせるべく、繰り返し”えいあ”とつぶやく彼に囁きました。

「リーナ」

「う……あ、ぁ……！」

そう呼ぶと、彼はかくんかくんと、首と何度も縦に振りました。

ずっと、自分がそう呼ばれるのを待っていたかのように。

「ヘ？　お姉さま、リーナってレイアが持ってた黒貓人形の名前だよね」

「そう名前を付けているだけで、本來は親友であるリーナというの形見だったようです」

「ちょっと頭がこんがらがってきちゃった。レイアは襲撃をけた村の生き殘りで、黒貓人形はリーナって子の形見で、そしてこの子が……そのリーナ本人、ってこと？」

「そういう認識で正しいと思われます。犯人は吸鬼では無いわけですから、襲撃者にさらわれてそのまま売られたんじゃないでしょうか」

「じゃあ、吸鬼に全責任を押し付けた、その憎たらしい襲撃者っっていうのは……」

見當はついていました。

しかし、確信するにはまだ材料がなすぎる。

私はふいに、窓から明るい外の景を見ました。

「エリス、私はこれからレイアと會ってこようと思います」

「ってあれ、襲撃者の正は？」

「裏付けが取れたら教えますよ」

そしてその時は――きっとレイアは自分の意志で、人間を捨てることとなるのでしょう。

きっと、人間の度し難い醜さに失して。