リーナを抱きしめながら、私は城の中を歩く。

近頃はずっと寢不足が続いていた。

起きても一向に目が冴える様子はなく、しでも気分転換ができればとこうして散歩を始めたのだけれど――

「あーあ、さすがに飽きてきたわ。あんだけが居ても飽きる時は飽きるもんなんだな」

「彩路さいじは一日中ヤりすぎなんだよ」

「峰たかも似たようなもんじゃねえか。凰彌おうやはどうよ、そろそろ飽きてきたんじゃね？」

「……いや、特には」

「あー、そうか、そうだったな、お前の所は特殊だったもんな。俺も新しいもらってくっかなー、都センセが居たらアレ抱いてたんだけど」

「……桜奈さくなはどうだ？」

「ありゃとっくの昔に飽きてる。アレ抱くぐらいならこっちの抱いた方がよっぽど気持ちいいわ」

「違いねえ、彩路の言うとおりだわ」

彼らは「ぎゃはは」と下品に笑いながら、私の橫をすれ違った。

私が召喚した6名――いや、チグサを含めると7名のうちの一部。

リーダー格らしい特別下品で、表に知のじられない男がサイジ・カタオカ。

それにいつもひっついている、これまた下品で、しかしサイジに比べると細の男がタカ・カガン。

そして1人だけクールを気取っているが大差のない、白な男がオウヤ・チザキ。

呼び出された男はこの3人だけだ。

城に居る殘りの2人は子で、それぞれサクナ・アキゾラとトウカ・サトウと言った。

どうやらサクナは以前サイジと際関係にあったらしく、似た者同士惹かれ合うと言うことなのか、言が若干彼に似ている。

そんなサクナの取り巻きがトウカだ。

トウカは地味で大人しいだが、だからこそ、近で自分を引き立ててくれる相手としてサクナは重用してるらしかった。

そしてトウカ自も、そのポジションを心地よいと思っている。

……不快だ。

私が召喚した人間たちは、確かに強い魔力を持っていたけれど、ミヤコ以外は同じ空気を吸うのも嫌なぐらい下劣な存在だった。

チグサだって、そうだ。

吸鬼などに魂を売って、そしてきっと、またあの時・・・と同じ悲劇を引き起こそうと算段しているに違いない。

「そうだよね……リーナ」

『うんうん、ボクも同意見さレイア。あいつはこの街の人々を殺そうとしているに違いない。早く退治しないとね！』

リーナに勵ましてもらいながらも、ただの自作自演なだけに虛しさが増すだけだった。

本當は――私だって疑ってるのに。

チグサの行を見て、その疑念はさらに強くなった。

以前から、私は王國に殘された資料を使って、吸鬼に関する研究をしていた。

いずれ復讐するために対策は練っておかなければならない、そう思い始めたことだったのだが――その中に私は、気になる記述を見つけたのだ。

『吸鬼は同族との間に子をすことは出來ない』

生というのは基本的に、種の繁栄のために生きるものだ。

例えば食人鬼グールと言われるアンデッドの魔。

あれは人間のを食らい、そして食らわれた人間がまた低位の食人鬼となって蘇る。

例えばアルラウネと呼ばれる植の魔。

あれは人間のオスを的興を促す分のった花を使っておびき寄せ、ごと吸収し、その中の子を使って子をそうとする。

また、中には人間のメスをおびき寄せる種もおり、その場合は人間を特殊な薬で同種へと変え、その者をツガイとする。

他にも様々な種の魔が居るが――どれもが、手段は様々だが、基本的には仲間を増やすために行していた。

吸鬼も同様である。

彼らの吸には二種類ある。

単純に食事としてを吸い取るための場合と、を吸うと同時に自の魂の一部を注ぎ込み相手を同族へと変える場合だ。

しかしどちらにしても、吸鬼に命を奪われることはあまりない。

なぜなら數が減ればそれだけ食料が減るということでもあるし、いずれ仲間にできるかもしれない素を減らす行為でもあるからだ。

つまり吸鬼は、自分を退治しにきた相手を殺したり、ターゲットではない別の人間を殺すことはあっても、無差別に人を殺すことはほぼ無い。

調べれば調べるほどに、”なぜ？”と疑問がいくつも浮かび上がってくる。

本當に自分の故郷を襲ったのは吸鬼だったんだろうか。

両親を殺し、親友であるリーナまで手にかけたのは、あの化なのか。

親友という贔屓目はあったとしても、リーナはあの村では飛び抜けて可いの子だった。

ああいうこそ、吸鬼の好ではないのか――

「しっかしさ、あの魔ってのもあんまり役に立たねえよな」

ちょうど通りがかった部屋の中から聲が聞こえてきたので、私は足を止めた。

城の警備を擔當する兵の詰所だ。

ここは、王たちが暮らす城の本からはし離れた場所にあるのだが――いつの間にか思ったより遠くにまで來ていたらしい。

「あいつがしっかりしてりゃ、外の見回りで死ぬこともなかったはずだろ」

「同だな、魔法で城全を見張っているというのなら、彼も救うべきだった」

「まともに仕事もしない上に不気味だしよお、実はあの噂も、本人が同をうために流した作り話だったりしてな」

「ああ、あの――故郷の村を襲ったのは実は王國兵だった、って話だな」

最近になって、そんな噂が流れ始めた。

もちろん私が作った話なんかじゃない、どこが出処なのかもわからない。

けれど村を襲ったのが吸鬼ではない可能が高まっている以上、私も疑わずには居られなかった。

でも……だとしたら、私がこれまで必死に、王に言われるがままに吸鬼への復讐につながると信じて作り上げてきた魔法の數々は、何だったんだろう。

足元がぐらついている。

結局、私にとっても、吸鬼が仇であってくれた方が、都合がいいのだ。

もし本當に噂通り、王國兵が私をさらうために村を滅ぼして、パパやママやリーナを殺したんだとするのなら。

その真実が暴かれれば、私はまた、居場所を失ってしまうのだから。

「……気分転換にはならなかった」

『部屋でじっとしているよりはマシさ』

「そうかな」

やっぱり頭はまだ冴えない。

散歩なんてしたって無駄だった。

今日は二度寢でもした方が堅実かもしれない。

また夢を見る可能もあるけれど、それでも起きて悪い想像を繰り返すよりは、きっとぐらいは休まるはず。

重い足取りで部屋の前までたどり著き、ドアを開く。

誰も居ないはずの部屋では、嫌というほど悪夢で見た半吸鬼デミヴァンプが、優雅に椅子に座っていた。

「こんにちは、お邪魔しています」

「っ！？」

私は慌てて部屋から出ようとするものの――

「待ってください！　今日はレイアとやりあうつもりはありません」

『化の言葉を信じる義理なんてないね』

「それは殘念です、リーナについての報を持ってきたんですが」

「……！？」

私は足を止めた。

リーナ、それはこの人形ではなく、おそらく私の喪った親友のこと。

それをどうして、チグサが知っているのか。

ミヤコから聞いた？　だから、それを私の足止めに利用した？

けど確かに、今の彼からは敵意らしいものはじられない。

いや待って、そもそも最初にやりあった時だって敵意は無かったはず、チグサはまるででるように私を弄んでいた。

だとしたら今だって――また、あの時みたいに――滅茶苦茶に、の外側も側も気持ちよくされて――

「どうしたんですか、急に顔を赤くしたりして」

「な、なんでも……ない」

「ふふ、やはり可らしい聲をしていますね。人形よりもそちらの方がずっと良いですよ」

「だ、黙れっ！」

「さあ、早く椅子に座ってください、落ち著いて話をしましょう」

抗えなかった。

たぶん、逃げようとしても、どうせ逃げられるわけがない。

影に足を巻き取られてきが取れなくなるだけだ――そうやって自分に言い聞かせて、私はゆっくりと彼の方に歩み寄り、向かいの椅子に座った。

「長話をするような仲でもありませんから、簡潔に言いますね。私たちは教會でリーナを保護しています」

「なに……を？」

リーナは死んでいる。

それを、保護している？

死でも安置してるって言うんだろうか。

「正直に言うと、私たちも彼がリーナであるという確証まで持てていません。その確認の意味も込めて、こうしてレイアに會いに來ました」

「どういう、こと？」

「私が彼を発見したのは、奴隷の売買が行われているオークション會場でした」

「貴族が、大量に死んだって……大騒ぎしてる……！」

「そうみたいですね。もっとも、流れている報ではただのパーティ會場という設定になっているようですが」

だから街に住まう民衆は、あれをただの魔法による殺だと思いこんでいる。

しかし貴族たちは怒ることなく、ひたすらに怯えていた。

その事件が、裏で売買されている奴隷に関するものだと知っているからだ。

「奴隷を、助けるために……やったの？」

「そうですね、もちろん仲間に引き込むためではありますが。それで、リーナらしき奴隷もそこで見つけたんです」

「リーナが、奴隷に……死んだ、はず、なのに」

だがそれも、王國兵の仕業と思えば納得はできる。

あの時、私は全ての人の死を確認したわけじゃない。

焼けていて誰のものかわからない死もたくさんあったし、そもそも姿を確認出來ない人もたくさんいた。

実はどさくさに紛れて、の子だけは村の外に連れ出されていたのかもしれない。

「でもさっきは、確証が持てていない、って言ってた。どうして？」

いくら奴隷と言えど、自分の名前ぐらいは喋れるはず。

それに、生まれつきの奴隷と違って、リーナはある程度村で教育もけていたから、読み書きはできる。

まともな狀態なら、コミュニケーションは取れるはずなのだ。

「私が見つけた時、彼はリーナではなくと呼ばれていました。意味はわかりますよね」

「……！」

「手足は無く、顔も原型を留めないほどに変えられていました」

「そ、そんな……リーナ、が。リーナが……！」

あの、可くて、明るくて、ずっと私の太で、憧れだったリーナが。

信じられない。

信じられるわけがない、この目で見るまでは！

「會わせて。私を、リーナに、會わせて！」

「最初からそのつもりで來ました。それでは一足先に城の外で待っていますから、準備が出來たら來てください」

やけにあっさりと承諾するチグサ。

私は一瞬だけ冷靜さを取り戻し、彼に問うた。

「……罠じゃ、無い？」

「ふふふ、疑いたくなる気持ちもわかりますが、考えてもみてくださいよ」

赤い瞳を細めながら、チグサは言った。

「罠など仕掛けずとも、あなたを墮とすことは、私にとってあまりに容易い」

「……っ」

蘇る、影に侵食される記憶。

中に鳥が立つと同時に、溫が一気に上昇した。

「もちろん、いずれレイアも半吸鬼デミヴァンプに変えるつもりではありますよ？　ですが、それは今ではないということです」

それだけ言い殘すと、チグサは沈むように影の中に消えていった。

「いずれ……私も……」

私と彼の間にある力の差は、あまりに大きい。

チグサが本気を出した時、私は果たして抗うことができるのだろうか。

いや――その時、抗おうとする意志は殘っているのだろうか。

勝てるヴィジョンが見つからない。

私はすでに気持ちで負けた狀態で、のこのこと、敵の本陣へ向かうべくチグサの後を追った。